季節が春から夏に移り変わろうとしていた、ある日のことだった。私は中学生活二年目にして、初めて理事長室に足を踏み入れていた。部屋の入口正面に置かれたデスクには、私をここへ呼び出した張本人――雷門夏未さんの姿があった。理事長の娘であり、校内の最高権力者とも呼べる彼女のことを知らない者は、この学校に存在しないと言っても過言ではない。対する私は、真面目な優等生と呼べるかは微妙だけど、問題児というほどでもない。雷門さんとはクラスが違うから顔見知りでもない。呼び出された理由がわからずに立ち尽くしている私に向かって、雷門さんは一枚の白い紙を差し出した。

「突然お呼び立てしてごめんなさいね。あなたに聞きたいことがあるの」
「なにこれ? ……サッカー部の名簿?」

 受け取った紙には、10数人ほどの名前がずらっと並べて記されている。どうしてこれを私に? そう聞こうとした瞬間、雷門さんの白い指先が名簿の一番下の行――「苗字名前」の名前を指した。

「これは、あなたのことで間違いないかしら?」

 そう確認されて、私がここに呼ばれた理由に何となく思い当たった。真面目に部活をしている様子もなくフラフラしている私の名前がなぜサッカー部の名簿に載っているのか、雷門さんはそれが知りたいに違いない。

「あー、これにはちょっとした理由があって……」

 そうして私は、一年生の時にあった出来事を説明した。当時同じクラスだった、サッカー部の半田真一に頼まれて名前を貸していたのだ。この学校では、顧問の先生と五人の部員が揃わなければ正式な部活として認められないことになっている。当時のサッカー部は、マネージャーを含めても部員は四人。最初はマトモな入部希望者を探していたけどまったく見つからずに困っているという話を聞いて、他の部活に入る気もなかったし、軽い気持ちで入部届にサインしたのが未だに残っていたらしい。

「つまり、幽霊部員ってやつ」
「そういうことだったのね。どうりで部室で姿を見たことがないはずだわ」

 事情を聞いた雷門さんは一瞬だけ呆れた顔でため息をついたけど、すぐに彼女の持つ立場にふさわしい真面目な表情を浮かべた。

「活動に参加していない部員をそのままにしておくことは、学校としては望ましくありません。今のサッカー部は部員も増えたことだし、あなたさえ良ければ退部の手続きをさせてもらって構わないかしら?」

 今だって一応サッカー部に籍を置いているというだけで帰宅部同然の生活を送っているし、私がその申し出を断る理由は特にないはずだった。でも、次の瞬間、どういうわけか私は自分でも思いがけないことを口にしていた。

「ねえ、それって部活に出さえすれば、このままサッカー部でもいいってこと?」
「そういうことになるわね。私が問題視しているのは活動実績のない部員を放置しておくことですから」

「じゃ、私もやろうかな。サッカー部」

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