ナイトに狙われる話

 旧校舎で情報交換を終えて建物を出てきた時だった。レイとルカの耳に、突然、複数の女子生徒の黄色い悲鳴が聞こえてきた。何事かと思って声のした方に視線を向けると、たった今グラウンドに降り立った人物を囲み、生徒の人だかりができている。それを見たルカが「そういえば」と口にした。

「なんか今日、授業の代わりに、偉い人の講演会があるんだって。割と有名人が来るみたいだから、それでみんな騒いでんじゃない? ほら、あの最近よくテレビとか出てて……空から降ってきたりする……顔がいい……『サンキュー未来』の人」
「……?」

 その要領を得ない内容に、レイは何が何だかわからないといった表情を浮かべた。

《Lコープの新CEO、雲龍寺ナイトのことか》
「今の説明でよく理解できたな」
《そこに案内がある》

 セブンコードバンドの中のハックモンに言われて、レイは近くに貼られていたポスターに視線を動かした。「人工知能の発展によってもたらされる人類の未来について」という堅苦しいタイトルと共に、話題の新CEOの姿がきらびやかに写し出されている。

「うーん……確かにカッコいいけど、あんまりルカのタイプじゃないな」

 一緒になってポスターを覗き込んだルカは、ほんの一瞬レイから目を離した。そして、そのわずか数秒後。ふと隣を見ると、ついさっきまでそこにいたはずのレイの姿は、跡形もなく消え失せていた。

「って帰るの早っ!」



 今やその名を知らない人はいない世界的大企業。その事業内容は、スマートフォン向けOSの開発から、アイドルのプロデュースまで多岐に渡る。多岐に渡りすぎていて、元々は何をしている会社なのかよくわからない。それが、ルカが――というか、世間の大多数の人間がLコープという企業に漠然と抱いている印象だった。

「皆さん、初めまして! ボクがLコープのCEO、その肩書よりも輝いている! 雲龍寺〜?」
「ナイトー!!」

 体育館に並べられたパイプ椅子の一つに腰かけ、ルカはこっそりため息をついた。講演会の内容に興味がないわけではないが、この独特の盛り上がりにはついていけなかった。

 まるでアイドルのライブか何かのような熱狂ぶりは、生徒たちが有名人の存在に浮かれているというだけが理由ではない。ナイトの巧みな話術がそれを可能にしているのだ。こういう人間を、カリスマ性があると表現するのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えていると、ふと視線を感じた。顔を上げた瞬間、壇上にいる雲龍寺ナイトの目線が、一瞬だけルカの方を捉えた。

(……今、目が合ったような)

 一人だけ退屈そうにしている姿が目についたのだろうか。ルカは背筋を伸ばして姿勢を正すと、真面目に聞いているふりをした。



「初めまして、月森ルカさん。さっきは楽しんでいただけたかな」

 その日のHRは、講演会の感想文を提出し終えた人から自由解散ということになった。ルカが適当に用紙を埋めて教室を出た時、ちょうど校内を見学していた雲龍寺ナイトその人に声をかけられた。ルカは自分の名前を覚えられていることに内心驚いたが、とりあえず挨拶を返し、さっきの講演会のことや学校の様子といった当たり障りのない内容についてナイトと立ち話をした。

「本当はキミの他にもう一人、是非とも会ってみたい生徒さんがいたんだけど――」

 その途中で、ナイトが突然こう切り出した。

「桂レイくんは、今日は早退したみたいだね。残念だよ」
「どうして私と桂くんなんですか?」

 唐突にレイの名前を出されたことで、薄々感じていた違和感が確信に変わった。しかし、ルカはそれを態度には出さず、無邪気なふりをして尋ねた。

「今から一年前、この学校のシステムに大規模な障害が起きたそうだね。その日のうちに復旧したけど、原因は未だに解明されていない」
「それがどうかしたんですか?」
「実際、大したものだよ。あれだけのことをしておきながら、何の証拠も残していない……リヴァイアサンの目がなければ、このボクにも真相が掴めないところだった」

 その名を聞いて、ルカの顔が強張った。ナイトは紳士的な微笑みを顔に張り付けたまま続けた。

「賢いキミのことだ。大事な友達を守るためには、どうすればいいかわかるよね?」

230808


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -