「零、知ってた? 男子寮ってオバケ出るらしいよ」
桂零が登校する準備を終えて下の階まで降りていくと、男子寮の玄関口で月森瑠架が待ち構えていた。瑠架は零の姿を見つけると、開口一番に、冗談なのか本気なのかよくわからない口調で言った。
「んなわけないだろ。どこ情報だよ」
「野村が言ってた」
「誰?」
「同じクラスじゃん。ほら、よく天ノ河と一緒にいる……」
珍しい型のAIホロを連れている奴として、天ノ河宙の存在はかろうじて記憶の淵に引っかかっていたが、その天ノ河の交友関係まではいちいち把握していなかった。零は昔から、興味のないことには脳のリソースを割かない質だった。
寮長の部屋から女の笑い声がするとかしないとか、瑠架が得意げに語り始めた時だった。何者かがつかつかと近寄ってくる足音がした。誰かと思って振り向くと、当の寮長が眉を吊り上げてそこに立っていた。
「月森さん、また君か……!!」
「あ、寮長さん。おはよーございまーす」
怒りを滲ませる寮長の様子を全く意に介する様子もなく、瑠架は軽い調子で挨拶を返した。寮長は腰に手を当て、威厳のある態度で注意した。
「前にも言っただろう、男子寮には立ち入り禁止だよ」
「ギリギリ入ってません」
寮長の指摘に、瑠架は得意げに足元を指差した。わずかに入り口の自動ドアの外側に立っており、一応男子寮に立ち入ってはいない。寮長はその様子を見てため息をつくと、何かを思い出したように零の方を見やった。
「まったく……ああそうだ、桂くん。君にこれを渡しておこうと思って」
そう言って寮長は、紐がついた小さな布袋のようなものを差し出して零の手のひらの上に載せた。何かと思って覗き込むと、ちりめんの生地に金糸で「金運御守」と刺繍されている。
「これは……」
「お守り?」
「寮生たちの中で、君のスマホにだけバーチャルお守りを仕掛けられなかったからね。代わりに持っておくといい」
寮長は一人で納得したようにうんうんと頷き、そして指摘した。
「月森さん、つま先が0.3ミリはみ出しているよ。仲が良いのは一向に構わないが、節度ある交際を心がけてくれたまえ」
そもそも交際はしていない、と指摘する暇もなく、目的を果たした寮長は意気揚々と立ち去っていった。その場に取り残された零は、なぜか手渡された金運御守を指先に引っ掛けたまま瑠架と顔を見合わせた。
「……バーチャルお守りってなに?」
「……さあ」
2023/11/13