その5

 そろそろ期末テストが近い。二人分のテスト対策プリントの入ったカバンを下げ、ルカはため息をついた。

 心配しているのは、自分の成績ではなくレイのことだった。もうすぐテスト期間だと一応伝えてはみたものの、レイは相変わらずネットの海を飛び回ってばかりいるようだ。

 セブンコードアプモンが手元に集まってきたとはいえ、弟を助け出す方法が見つかったわけではないのだから、気を抜いている場合ではないというのが彼の言い分だった。学校で習う勉強が多少遅れるぐらいレイにとっては大した問題ではないのかもしれないが、自分自身のことを後回しにしすぎるのは彼の悪い癖だった。

 浮かない気持ちのまま学校を出ようとしたルカは、ふとあることに気がついた。

「ん? あれは……」

 正門の前に、一人の少年が立っていた。地味なグレーの制服を着た生徒たちの中で、派手な赤色の私服とゴーグルが目を引く。他校生と思しき出で立ちの少年は、通りすがりの生徒たちから投げかけられる訝しげな視線に居心地悪そうな表情を浮かべながら、誰かを探している様子で周囲を見回している。

「ルカさん!」

 見つかったら面倒なことになりそうだ。ルカは回れ右をして裏門から帰ろうとしたが、それより先にこちらの存在に気付かれてしまった。大きな声で名前を呼ばれ、仕方なく振り向いた先に、新海ハルが立っていた。



「制服のデザインで検索・・して、ルカがどこの学校かわかったってわけね。さすが検索アプリ、便利ー」

 人目を避けるために、ルカとハルは学校から少し歩いた場所にある小さな公園に移動した。どうやら、待ち伏せしていたのはハル一人だけのようだ。ルカは他の仲間の姿が見当たらないことに気づいて尋ねた。

「そういえば今日、花嵐さんたちは?」
「二人とも忙しいみたいで……歌のレッスンとか、お茶のお稽古とか」
「ふうん」

 気楽なものだ。内心そう思ったが、声には出さなかった。彼らは普通の生活を送っているだけで、誰にも責められる謂れはないのだ。ルカは錆びついたブランコに腰かけて腕を組んだ。

「で、何か用?」
《決まってんだろ! オレたちのセブンコードアプモン、とっとと返してもらうぜ!》

 ハルより先に、そのバディ――検索アプリのガッチモンといった――のチップが勢いよく飛び出してきて叫んだ。ルカを守るように前に出たデジタマモンのチップと、空中でにらみ合う。

「あー……やっぱそれ?」

 ルカは軽く地面を蹴って、塗装のはがれかけたブランコを揺らした。小さな子ども用の遊具は背が低すぎて、すぐにつま先が地面についてしまう。ルカは揺れが止まるのに合わせて立ち上がった。

「返せって言われても、ルカは持ってないから。それじゃ」
「ちょ、ちょっと待って!」

 そのまま立ち去ろうとしたルカの前に、ハルが慌てて立ちふさがった

「ルカさん、この前言っていたよね。ぼくたちと戦うつもりじゃなかったって。何か事情があるんじゃないの?」

 前方をハル、後方を公園の植え込みに塞がれたルカは、数秒考えを巡らせた。

 アプリドライヴは持っているし、デジタマモンもいる。この場から逃げだすことは不可能ではないが、学校の場所も知られてしまっているし、また待ち伏せされたらたまったものではない。いっそのこと事情を打ち明けてしまえば、わかってくれるかもしれない。そんな思いつきがルカの脳裏をかすめる。

「ルカが勝手にしゃべったら、レイ、怒るだろうけど……まあ、正直に話した方が、ハルたちも納得いくでしょ」

 ルカはデジタマモンと顔を見合わせた。そして出した結論に頷き、ハルの方に向き直った。

「あのね、実は――」

 しかし、ルカが口を開こうとすると、突然周りの景色が歪んだ。足元の地面がふわりと浮くような感覚がして、ルカの目の前からハルの姿が消え失せる。ルカは一瞬のうちに、現実世界にある公園とはまったく違う空間に転移させられていた。

 ARフィールドのさらに奥の階層にある、ネットの海と呼ばれる場所だ。その名前の通り海の中のように空中を漂いながら尋ねる。

「助けに来てくれたの?」

 レイはただ一言、「喋りすぎだ」とだけ告げると、空を蹴ってその場から遠ざかっていった。だんだん小さくなっていくその背中を追いかけるべきか悩みながら、ルカはしばらくネットの海を揺蕩っていた。

2023/07/02


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