その3

 立ち入り禁止の旧校舎の屋上は、少し鍵に細工をすれば意外と簡単に出入りすることができる。月森ルカは、周囲を見回して人がいないことを確かめると、慣れた手つきで錆びたドアノブに手をかけた。

 一歩外に出た途端に冷たい風が吹き寄せ、思わず髪とスカートの裾を押さえる。灰色のコンクリートの地面だけが広がっている何もない空間だが、階段の裏手――本校舎からは死角になる位置――に回り込むと、そこには先客の姿があった。

「あ、いたいた。おはよー」

 声をかけると、同じクラスの桂レイは視線だけをルカに向けて答えた。小学生の頃からレイと付き合いのあるルカは、 複雑な家庭の事情・・・・・・・・で学校を休みがちな彼を気遣い、たまに姿を見せた時には何かと声をかけている。実際のところそれだけではないのだが、少なくともクラスメートや先生たちからはそんな風に思われていた。

 ”それだけではない”ことのうちのひとつが、ルカが取り出したアプリドライヴだった。一見おもちゃのようなその機械にICチップをはめ込むと、巨大なタマゴに脚が生えたような姿をした奇妙な生き物が現実世界に現れた。授業中はチップの状態のままポケットにしまわれていたデジタマモンは、外に出られて嬉しそうにあたりを転げ回っている。デジタマモンと追いかけっこをしながら、ルカは何気ない口調で切り出した。

「そういえば、どーするの? あの子のこと」

 レイはその緊張感のない光景をただ視界に入れているだけの状態だったが、ルカの言葉を聞いてわずかに表情を硬くした。旧校舎は単純に人の出入りが少ないというだけでなく、防犯カメラもなければWi-Fiの電波も届かない。秘密の話をするにはぴったりの場所だ。

「……新海ハル」

 実体化していない状態で、レイの彼の肩のあたりに浮いていたハックモンに青い炎が宿った。ウィルスに侵されたアプモンの仕業と思われる事件は、以前は全国各地で散発的に発生していたが、この数ヵ月間は東京のふじみ坂近辺に集中している。それと時を同じくして、アプリドライヴを手にしたと推測される少年。新海ハルの存在を知ったレイとハックモンは、ある目的のために彼の動向を探っていた。

 その目的とは、ネットの海のどこかへ連れ去られたレイの弟、はじめを救い出すことだ。そのために、全ての元凶たるリヴァイアサンに対抗する力を持つという、セブンコードアプモンを手に入れようとしている。全部で七体いるとされるその特殊なアプモンを全て揃えるためには、“新海ハルの手元にあるチップを含めて”手に入れる必要があるのだった。

「あのハルって子なら、頼めばフツーに譲ってくれそうな気がするけど」

 ルカは、新海ハルの人の好さそうな笑顔を思い浮かべた。ここしばらくの間彼の様子を窺っていたが、交渉次第で穏便にチップを手に入れることはそう難しいことではないように思える。

「どうだか」

 そう言ったレイの横顔は、できるはずがないと最初から決めてかかっているような、どことなく乾いた笑みを浮かべているように見えた。

2020/07/23


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