その1

「それじゃ、またな」
「うん、また明日!」

 いつもの分かれ道で友達に手を振って、少年はオレンジ色に染まった町並みを歩き出した。帰ったら、まずは明日提出の宿題を片付けて――その前に、読みかけの本の続きを読もう。ちょうど続きが気になるところでしおりを挟んでいたことを思い出し、少年は歩くスピードを少し早めた。

 人々が行き交う駅前の通りを過ぎると、閑静な住宅街に差し掛かった。自宅までの歩きなれた道を辿りながら、少年は今日一日の出来事を思い返していた。最近色々なことがあったから、友達と普通に遊んだのはずいぶん久しぶりのような気がする。そんなとりとめのない考え事に気を取られ、少年は曲がり角の向こうから現れた人影に気づくのが一瞬遅れた。踏み出しかけた足を慌ててかわそうとした拍子にバランスを崩し、気づけばアスファルトの地面に手をついていた。

「大丈夫?」
「う――うん」

 鈍い痛みに思わず顔をしかめた少年の頭上に、鈴を転がすような声とともに黒い影が落ちた。少年が顔を上げると、今さっきぶつかりそうになったところをぎりぎりで回避した相手が、心配そうにこちらをのぞき込んでいた。このあたりではあまり見かけない制服を着た、同い年くらいの女の子だった。

「これ、落としたよ」
「! ありがとう!」

 立ち上がって洋服についた土埃を払っている少年の前に、女の子は片手で持てるほどの大きさの赤色の機械を差し出した。転んだはずみにポケットから滑り落ちてしまったのだろう。少年の耳に、もうちょっと丁寧に扱えよなー、とぼやく声が聞こえる。「ごめんね」と咄嗟に声に出して謝ってから、少年は女の子が興味深げに自分を見つめていることに気がついた。ごまかすように笑ってその場を立ち去ろうとした少年に、女の子はまるで親しい友達に話しかけるように楽しそうな声色で言った。

「それじゃ、またね。新海ハルくん」
「え?」

 どうしてぼくの名前を?

 少年――新海ハルは、ひらひらと手を振りながら遠ざかっていく背中に向かって尋ねた。女の子はハルの問いには答えず、ただ振り返りざまに微笑んでみせただけだった。その視線がほんの一瞬、自分の肩の少し上、普通の人には見えないはずの”相棒”がいるあたりを捉えた気がして、ハルは目を瞬かせた。

 まさかと思った時にはもう、その子の姿は宵闇に紛れてどこにも見えなくなっていた。

2020/03/26


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -