退屈な授業を聞き流しながら、窓の外をぼんやりと眺めていた、その時だった。停滞した教室の空気を、機械的なリズムが切り裂いた。一定の間隔で鳴り響く電子音。その音を耳にした私は、指の一本も凍りついたように動かせなくなった。

「誰だよー、ゲームなんか持ってきてる奴」

 静かだった教室が騒がしくなり、犯人探しが始まった。先生は教壇から皆を静かにさせると、続けて「心当たりのある人は、正直に手を上げなさい」と重々しく言った。

 私は通学鞄の中に入れている「あれ」を思い、心臓が激しく高鳴った。もし私だとばれたら、何も知らない大人から見たら携帯ゲームにしか見えないだろうし、没収されてしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければならない。

 持ち物検査なんてされたら一発でアウトだ。それならいっそ、最初から自分で名乗り出てしまえば軽く叱られるだけで済ませられるかもしれない。ああ、でも――

「すみません、僕です」

 どうすればいいか迷っている私の耳に、落ち着いた声が届いた。私は信じられないほど驚いて隣の席を振り向いた。一乗寺くんが、音の出どころは自分だと言って名乗り出たのだ。

「塾で帰りが遅くなるので、家族との連絡用に携帯電話を持っていて、電源を切るのを忘れていました。ごめんなさい」

 一乗寺くんは自分の席から立ち上がって、頭を下げた。すらすらと淀みなく話した理由は納得のできるものだったし、何よりあの一乗寺くんの言うことだから、先生の「次から気をつけるように」という一言だけで、この出来事はあっさりと流されてしまった。

 ただ一人、あの音が携帯の着信音なんかじゃないことを知っている、私を除いて。



「一乗寺くん」

 このまま黙っているなんてできそうにない。私は授業が終わった後、人通りの少ない場所まで一乗寺くんを追いかけていって、その背の高い背中に声をかけた。

「ごめんなさい。さっきのあの音……黙っていたけど、本当は私なの」
「ああ、知っていたよ」
「え」

 どうしてかばってくれたの? と、私は率直に疑問をぶつけた。一乗寺くんは誰にでも分け隔てなく接する人だけど、その実クラスの誰にも特別に関心を払っていないように見えた。仲良くもない私のために、先生に叱られる危険を冒す理由がわからない。

「ばれたら、ゲームが面白くなくなってしまうだろう?」

 そう言って振り向いた一乗寺くんは、笑っていた。だけどどういうわけか、私は彼を見た瞬間、心の底からぞっとした。あざ笑うような、冷たい微笑みだった。



 一乗寺くんがどうしてそんな表情をしたのかわからないまま、放課後になった。いつものように家のパソコンからデジタルワールドに向かい、そこで皆と合流する。

 ゲームが面白くなくなる、とはどういう意味だったのだろう。私は一乗寺くんのことが頭から離れず、仲間たちに今日あった出来事を話した。

「名前ちゃんが、学校にゲームを持ってきてたと勘違いしたんじゃない? 冷たく見えたのは、やっぱあのクールなお姿がそういう風に見えたのよ、きっと」
「そうかなー……」

 すっかり一乗寺賢ファンの京さんにテンション高くそう言われると、私の気にしすぎなのかもしれないという気がしてしまう。足元が険しくなってきたので、私と京さんは話すのをやめ、しばらく前に進むことに専念した。

 この先の深い山奥には、デジモン達が平和に暮らしている小さな集落があったらしい。しかしそこも今ではダークタワーがそびえたち、デジモンカイザーの支配する地になっているという。道々そういった事情を知り、大輔がぼやく。

「ったく、デジモンカイザーのやつ」

 デジモンカイザー。その名前を聞いて、私ははっとした。デジタルワールドの支配者と、ただの学校のクラスメート。かけ離れているその二つを、これまで結び付けて考えようとはしなかった。だから気がつかなかった。

 一乗寺賢のあの笑みは、デジモンカイザーのそれに似ていたのだ。

2023/06/12

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