(私の考えるデリ日々その1) 扉の向こうが騒がしい。 私はベッドメイキングの手を止めて、廊下に顔を出した。 長い廊下の奥、明度は低いが上物と知れる金のマントを翻しこちらに歩いてくるのは、私の仕える主人でありこの国のトップでもある人物。 「あ、おかえりなさい日々也様」 「沙樹」 「正臣もおかえり」 「ただいま〜沙樹と会えない一週間はまるで何年間も閉じこめられてる気分だったぜぇ〜!」 「はいはい、私も嬉しいよ。…どうでしたか?北は」 「問題無いようだったので視察にとどめておきました、あまり上が強く出てもいけないですからね」 そう言ってにこりと笑う彼は、名を日々也と言った。 漆黒を溶かした黒髪のてっぺんに載せられた王冠に時折手をやりながら、ところで…と日々也様がこそりと耳元に唇を寄せる。 「デリックは…その、」 「デリックさんならほら、」 あちらに、と指し示す必要は無かった。 地を這うような低い声が、私と正臣、日々也様の鼓膜を震わせる。 「ひぃびぃやさまぁ〜………?」 「あ、で、デリック、た、ただい、ま…」 「今までどちらに?」 「こ、怖いですよデリック…」 「ええまあそのようにしているつもりですからねぇ?」 「…まっ、正臣くーん!」 「ええっそこで俺巻き込まれるんすか!?」 ぴゃっ、と正臣の影に隠れるように身を滑らせる日々也様を、彼の専属騎士兼世話役であるデリックさんが追いかける。真ん中の正臣はなんだか面白い顔をしていたので私は暫く見守ることにした。 「ちょ、沙樹助けて!」 「なんで俺に断りなく行ったんですか!なにかあったらどうしたんです!?」 「そのために正臣くんを連れて行ったんです、ほらちゃんと帰ってきたでしょう?」 「当たり前です!」 「どうしてデリックさんには内緒にしてたの?わざわざ薬まで盛って」 「いや、なんかたまには私と別行動を取って休ませてあげたいんですとかなんとか!」 「私だって大変だったんですからね!デリック中々薬聞かないから、新羅に頼んで特別に調合してもらったんです!」 「自慢するところじゃあないでしょう!」 「でも日々也様、デリックさんここ数日あまり寝ていらっしゃらないんですよ」 「え…!?」 「なっ、沙樹なんで…」 「そうなのか?」 「うん、いくら正臣が付いてるとはいえ、心配だったのには変わりなかったみたいで」 「……デリック…」 「っち、言わなくてもいいっつうのに…」 「あら、それはごめんなさい」 それまでぐるぐると回っていた二人はぴたりと動きを止めた。正臣がチャンスとばかりに二人の間から抜け出しこちらに身を寄せてくるのを迎えながら、不器用な二人を見つめる。 日々也様は眦を下げてデリックさんの頬を包み込んだ。 「デリック、寝てないのですか?」 「いや、別に」 「私は…デリックのためと行動したのにそれが裏目に出てしまうなんて、主失格ですね…」 「っちげぇよ!」 デリックさんの声に、日々也様は俯いてしまった顔をぱっと上げる。デリックさんは真剣な眼差しで、自分がされたように日々也様のしろい頬をそっと撫でた。 「俺は、貴方が俺の一歩前で笑っていてくれれば、それでいいんです」 「デリック…」 「だから、主失格だなんて言わないでください。むしろ気付かなかった俺が注意力散漫だったんです」 「いいえ、そんなことは…」 「日々也様…」 うん、もう大丈夫そうだ。 そう判断した私は、いまにもひやかしそうな正臣の腕を取り踵を返す。 「ちょっ、これからって時に沙樹〜」 「そういうのでばがめって言うんだよ?」 「ちぇ」 口ではそう言う彼も、なんだかんだ二人のことが好きなので静かに私と手を繋いでくれた。 (次出掛けるときは必ず俺に言ってくださいね?) (分かりました。…それとデリック、) (はい?) (私は、貴方に隣を歩いて欲しいです。後ろに控えるのではなく、共に) (…っはい、日々也様) |