はっぴーはろうぃん! | ナノ





ハロウィン、そういやあそんな言葉も聞いたことがあったなあ。
俺のハロウィンに対する認識なんてそんなもんだった。
俺がガキのころは、ハロウィンはまだまだマイナーな行事だったから祝った記憶がない。
成長して幽が俳優をやるようになって、そこでやっと存在を知ったのだ。まあ、祝い事っつったら正月と誕生日とクリスマスくらいの一般的な家庭で育ったのだから、仕方ないだろう。
今やハロウィンはそれなりのイベントになったようで、仕事を終え帰ろうとする街中はオレンジや紫を基調とした装飾がなされていて、店先はカボチャをくり抜いた飾りで賑わい、道行く人の中にもとんがった三角帽子やら猫耳やらマントやらがちらほら見えた。
ガキどもが仮装をして、なんつったか、お菓子くれなきゃイタズラするぞ、だったか、そんなような言葉とともに近所を練り歩く。
どこの国が始めたことだとか、起源は何だとか、そういうのは知らない。
まあとにかく、ガキが菓子をねだる大義名分にうってつけのイベントなんだろう、大人や、まして独り身の(別に寂しいとは感じてないが、字面は最悪だ)俺なんかには縁も何もない、そう思っていた。

のだが。






アパートに着いたのは普段にしては早めの時間だった。別段やることもないのでまっすぐ帰ってきてしまったが、レンタルショップに寄ってビデオでも借りてくれば良かったかとつらつら考えながら階段を登り、鍵を取りだす。冷蔵庫の中身を回想しながらリビング(兼ダイニング兼寝室)への扉を開けると、

「あ、お邪魔してるよー」

見知らぬ男がベッドに腰かけていた。

「…………ああ?」
「意外と早い帰宅だね、もうちょっとおあずけかと思ってたけど、まあ早いに越したことは無いし」
「……誰だ手前」

男はひょろっとほっせえ身体をしていて、黒のパンツに黒のタートル、首を隠す程度の黒髪と見事に黒一色だった。腕っ節には自信があったので、不法侵入者への恐怖といったものより、仕事から帰って疲れているのに何なんだという苛立ちの方が勝っていた。不機嫌さを隠さずに尋ねる。俺?と男は首を傾げ、口角を上げた。

「俺はイザヤ。なんてことは無い普通の平凡な吸血鬼だよ、『平和島静雄』さん?」
「手前なんで俺の名前…………は?なんだって?吸血鬼?」
「うん」

頷かれた。

「………知り合いに医者がいるから紹介してやるよ。闇医者だが腕はまあまあだろうし」
「ああ別に信じてくれなくていいよ、特にシズちゃんこういう非現実的な話信じないタイプでしょ?」
「なんだシズちゃんって」
「君のこと。可愛くない?」
「馬鹿か…っ!?」
「あはは、つーかまえたっ♪」

あまりに現実離れした単語に毒気を抜かれたのが悪かった。ポケットから携帯を取り出したその一瞬をつかれて、気付いた時は腕を取られて床に引き倒され、イザヤが馬乗りに俺の上にまたがっていた。まさかこんなひょろい男に引き倒されるどころか、馬乗りの状態から抜け出せないという事実が俺を混乱させる。

「くっそいきなり何しやがるどけ!」
「どかせるものならどかしてみれば?」
「っち…!うぜぇな手前…!」

あははーと俺の上で楽しげに笑う男を殴り飛ばすなりなんなりしたいのに、身体はまるで金縛りにあったように動かない。今まであったことのない状況に苛立つ。イザヤはそんな俺をにやにやと見下ろし、そして急に顔を近づけてきた。

「ねえシズちゃん、今日は何の日だか知ってる?」
「知らねえよどけ!!」
「知ってるくせに、全く短気なんだから…まあいいや、知らなくても関係ないし」

イザヤはそこで言葉を切ると、そろりと舌を出し唇を舐めた。そう、まるで御馳走を目の前に舌舐めずりをする獣のように。

「trick or treat?」
「……は?」
「お菓子、持ってる?」
「んなもんあるわけ」
「じゃあ、」


悪戯させてもらうね?


言葉を遮るようににいと笑ったイザヤの口端から覗いたやけに鋭い歯に、先ほどの相手の言葉を思い出す。思い出して、今更背筋を嫌な汗が流れた。

『吸血鬼だよ』

首筋にしっとりと湿った感触が這う。うわ、と思わず声が漏れてしまったのにイザヤは息だけで笑い、ああさっきからこいつ笑ってばっかだむかつく、と思った耳元で、いただきます、と呟く声が聞こえた。咬まれる、直感がそう告げたが逃げられるわけもなく、来るであろう痛みに身体を強張らせた。





がちいっ!!
「いったああ!!」
「……おあ?」

いつまでたっても予想していたような鋭い痛みは無く、代わりにイザヤの叫び声が耳元で響いた。恐る恐る目を開ける。イザヤは口元を両手で覆ってこちらを睨みつけていた。

「ちょ、ちょっと信じらんないどういう身体してんのさ…!」
「あん?」
「歯が折れるかと、思った…顎もイっちゃうかと…」

ぶつくさ呟くイザヤは何故か涙目で、俺はイザヤが咬みついたはずの首筋を指で辿る。そこに穴のような感触は無く、離してみた指にも血は付いてこなかった。

「…なんだよ手前吸血鬼とか嘘つきやがって」
「嘘じゃないって!俺は正真正銘吸血鬼だよ!」
「じゃあなんで血ぃ吸わねーんだよ」
「君が規格外の皮膚してるからだろ!?」
「は、軟弱な歯ぁしてる手前がだめなんだろうが」
「言っとくけど俺たちの歯は対合金仕様じゃないんだから。なんなのその固さ」
「知るか、つうか出てけよ勝手に俺ん部屋に入るんじゃねえ」
「やだ」
「は?」

そう言ったイザヤにひくりとこめかみがひきつる。やだって何だ、やだって。
イザヤはすっくと立ち上がると、俺を見下ろして(更に指を突きつけるというオプション付きで)言い放った。

「シズちゃんの血をもらうまで、居座らせてもらうから!」
「っはあ!?ふざけんな意味わかんねえよ!」
「だってシズちゃんほどの血のにおい、俺好みの血を持ってる人間なんてそうそう会えないんだよ!?諦められないね俺は」

……………。

「ふっざけんなあああ出てけええええ!!!」




かくして、俺と吸血鬼(仮)イザヤとの生活がはじまった。











ちょっとおバカなシズちゃん。
ハッピーハロウィン!


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