氷の鎮座した広口のグラスにカルーアと牛乳を入れ、軽くステアする。インスタントコーヒーの粉を少し振りかけて、出来上がったそれを手にシズちゃんの待つソファへ移動した。 「はい、カルーアミルク」 「ん」 節の目立つ指がグラスを受け取る。ローテーブルのワイングラスを持ち上げ、シズちゃんのグラスとほんの少し触れ合わせる。かちん、硬質な高い音が霧散する。乾杯の言葉は無い。 グラスの中身を含んだシズちゃんが、あまい、と呟いた。 「そりゃまあカルーアだし」 「上にかかってんのはインスタントの粉か?」 「そ。トッピングみたいなもの」 「ふぅん」 相槌を打ちながら窓の外を見やるシズちゃんの斜め向かいに腰を下ろす。舌にのせたワインの馥郁とした香りと少しの酸味に、俺は心中で上出来と呟いた。年代物より新しいもののほうが好みであることを知っているお得意様からの、まあ言ってしまえば袖の下的な役割で届いたそれだったが、俺を満足させる程度には上物を選んだようだった。 かと言って、モノで釣られるほど簡単でもないが。 「おい」 「っうわ、びっくりした…」 「手前が返事しねえからだろ」 グラスを傾けながらつらつらと考えていたため、シズちゃんが声をかけていたのに気付かなかったらしい。少し苛立ちの混じった呼び声に視線をシズちゃんに向けると、目の前に空のグラスが掲げられる。どうやら飲み干したので次を催促されたようだ。 「シズちゃんそんなかっこしてるんだからさあ、自分でシェークとかして作ったら?」 「めんどくせぇ」 「そんなだからすぐ辞めさせられちゃうんだよー」 「手前が出来んだったらやらせた方が楽だろうが」 「はいはい」 軽口を叩きながら、今度はカンパリとオレンジジュースでカンパリ・オレンジを作る。ビールとか苦いのがダメなくせに煙草は吸うシズちゃんの味覚は理解できないなあ、と思いながらグラスを手渡そうとすると、シズちゃんの手には俺のワイングラスがあった。 「それ、ワインだけど」 「知ってる」 「甘くないよ?」 「一口飲んだ」 「早っ」 「だから早くそれ寄越せ」 「うーわこのわがまま男が」 ほい、とグラスを交換する。確かに席を立つ前より減っているようだが、多分舐めた程度だろう。 「でもビールよりは苦くないだろ?」 「ビールとは違った苦さで好きじゃねえ」 「あっそ、それにしてもその図体で甘いもの好きとかねぇ、」 「るせぇな」 「あっは、可愛いんじゃないの?」 くすくすと笑う俺を睨みはすれど暴力は振るわない。なにしろこうやって酒を酌み交わしている間は、俺の舌もシズちゃんの手もへ理屈や暴力を振るうことはない。目の前の娯楽を愉しむことを優先させた結果だ。 そしてそんな時間が、俺もシズちゃんも嫌いでないのだから。 街の喧騒は遠く、部屋に響くのは氷とグラスが触れ合う音と互いの呼吸音。 明日になれば、また殺し合いの日々が始まるが。 (しばし休息を、ってね) かろん、 氷の音が響く。 |