「あ゛ー…しくった…」 そう呟く臨也の声に、普段の人を小馬鹿にしたような色は感じられない。ベッドに腰かけた状態で、臨也は大きくため息をついた。 (くそ、これもシズちゃんのせいだ…) ずきずきと痛む頭を支えながら心中で金髪の男に文句をたれる。いつものように喧嘩という名の殺し合いを繰り広げていた二人は、昨日突然の雨に強制終了となった。とはいえ相手は人並み外れた膂力の持ち主、しつこく臨也を追いかけ回し、臨也がようやく静雄をまいた頃には全身ずぶ濡れ状態だったのだ。 いくら性格破綻者だの血も涙も無いだの呼ばれようが臨也も人の子、体力も多少常人よりあるくらい。翌日にあたる今日、しっかりと風邪の症状が現れてしまった。 「ねつ、あるな、これは…」 体温計はあっただろうか、それより喉が渇いたな、あと汗を流して着替えたい、回らない頭でぼんやりと考える。時計はすでに始業時刻を指しており、そもそも不調なまま行って静雄から逃げ切れる自信は無い。欠席を選択したのはいいが、さてこの家に風邪薬があっただろうかと考えた。基礎体力は十分な家族なので、そもそも熱を出すような風邪をひかない。よほど、そう、例えば初秋の冷たい雨に長時間うたれるようなことをしなければ、であるが。 「う゛ー…シズちゃんのばかやろう…」 自分の行いはしっかり棚に上げ、臨也はぐたりとベッドに倒れこむ。 起き上がるのがだるい。階下に行くなんて以ての外。 (…寝とけば、いいかな…) どうせ大人しくしておけば回復するだろう。自分の体調をそう結論付けて、そのまま臨也は引きずられるように眠りについた。 (クル姉クル姉、これでいいかなっ?) (肯…(うん)) (こえ…おんな…クルリとマイル…?) 聞こえてきた密やかな声に、臨也はふと意識を浮上させた。と同時に顔をべちゃりと冷たい感触が襲う。 「っ!!??」 「あ、イザ兄起きた!」 「兄…(兄さん)」 いきなりのことに声も上がらず飛び起きる。怒鳴りつけようとした臨也だったが、強い痛みの波が前頭を襲いふらりとベッドへ落ちてしまう。床に膝をつけてこちらを覗きこむ双子を視界に収め、「何してるんだ…」と呟いた。それがあまりにも掠れていて自分でも驚く。 「イザ兄急に起き上がったりしたらだめだよー」 「水…渇…(水持ってきたから、のどかわいてたら飲んで)」 九瑠璃からミネラルウォーターを受け取る。たぷん、と揺れる中身を三分の一ほど空にして、ようやく落ち着いてきた頭で二人に改めて問いかけた。 「おまえら、学校は」 「今日は給食までだって、きのう言わなかったっけ?」 「あー…そういやそんなこと言ってたな…」 「イザ兄こそ学校やすんだの?」 「見ればわかるだろ…風邪引いたんだよ」 「自…(自業自得)」 「こらクルリ」 「だからね、クル姉といっしょにかんびょうしてあげようと思って!」 そこでようやく、あの冷たい感触が濡らしたタオルであることが分かった。顔の横に落ちていたタオルを摘みあげる。絞り切れていないそれは重たかったが、サイドへ視線を移すとにこにことどこかご機嫌そうな双子と目があった。 「…タオル、ちゃんと絞れてないぞ」 「えー水たくさんのほうが気持ち良くない?」 「冷…(冷えてきもちいいと思って)」 「ものには限度があるっつうの…」 「ねえイザ兄なにか食べたいものある?」 「桃…(桃缶なら開けられる)」 「つうか…移るかもしれないからあっちいってろよ…」 臨也の言葉にきょとんと目を瞬かせた二人は、くすくすと笑いあうと声を揃えて言った。 「「へんなイザ兄!」」 「…人がせっかく…」 「いいの、わたしたちがやりたいの!」 「兄…占…(たまには兄さんを独り占めしたいし)」 「クル姉、それを言うなら二人占めだよっ!」 「…クルリ、マイル…」 高校に上がってから、平和島静雄という良い獲物を見つけたためか、臨也は外で活動する時間が増えた。両親が忙しい折原家にとって、下の双子は兄である臨也が親代わりだ。確かに最近、必要最低限のことしかしてやってないな…と臨也は思い返す。 返答のない臨也を覗きこむ九瑠璃と舞流の頭を、掌でぐしゃぐしゃと撫でる。 「わわっちょっ」 「乱…(髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃった)」 「じゃあ、桃缶持ってきてくれるか?」 「え………っうん!」 「待…(待ってて)」 ぱたぱたと駆けていく後ろ姿を見送って、臨也はふうと息をつく。 (たまには、兄貴してやるか…) 風邪をひいている身としては若干遠慮したいところだが、双子が楽しそうならばまあいいか、と納得する。風邪を移してしまったら、看病すればいい話だ。 「全く、めんどくさい妹だ」 誰に似たんだか。 そう呟いた臨也が柔らかく笑っていたのは、双子はおろか本人すら気付いていない。 |