おまえなんかきらいだ。 俯いた男の表情は分からず、俺はただその痩身をじっと見つめていた。 狭い裏路地に街灯は無く、少し離れた表通りを通る車のヘッドライトが時折差し込む光源だけを頼りに男を視認する。 あれは折原臨也で間違いないだろう。癖のない黒髪に、ファーの付いた黒いフードコート、黒のパンツ。全身黒ずくめで、何より強く香るこの匂いが目の前の男を折原臨也たらしめる正確な情報だ。 ただ、いつもこちらを見下すような紅い両目が見えないだけで、その印象はがらりと変わるのかと思う。 今目の前に立つ男は、今にも泣き出しそうだ。 証拠もなく、そう思った。 おまえなんか、きらいだ。 男はもう一度同じ言葉を繰り返す。俺は決して頭は良くは無いが、同じことを二度言われないと分からないほどの馬鹿ではない。ましてやこれほど分かりやすい言葉で、何が理解できないというのだろうか。 俺は、人間が好きだ。 そんなこと知ってる。どれだけ殺し合いしてきたと思ってるんだこいつは。この男がどうしようもなく博愛主義で、救いようのない快楽主義なのは俺が一番よく知ってる。 馬鹿みたいな力を持ってるおまえは、化け物なんだ。 ああ、それも知ってる。短気だけならまだしも、この力のせいでどれだけの人に迷惑をかけてきたことか。力を我慢することはやめた。でも、気に病む心が死んだわけではない。力を振るうことで、周りから人が離れていくのが辛くないわけがない。それでも高校生になってから、数少ない友人と呼べる人も出来た。卒業してからも仕事絡みで多くの人と出会えた。 その中で、最初から最後まで俺だけにベクトルを向けてきたのは、誰だと思ってるんだ、てめえは。 化け物を、好きになるわけない。 俺はふう、と白い煙を吐き出し、銜えていた煙草を携帯灰皿に押し込んだ。物音に反応した男は咄嗟に足を引いたが、そのまま数メートルの距離を一気に縮める。掴んだ手首は同じ性別のそれとは思えないほど頼りなかった。 「まだるっこしい」 普段ならはっきりしない言葉選びに湧き上がるはずの怒りは、不思議と落ち着いていた。手首を掴まれても男が身じろいだだけで済んだのもそのおかげだ。未だ俯いたままの男を見ながら言葉を続ける。 「自分の気持ちに向き合えよ」 「好きでもない化け物に、どうしてこんな執着してんだよ」 「なあ、臨也」 名を呼ぶと男は、ひく、と喉を詰まらせたような音を零し、ようやっと顔をあげる。 きらきらと光る赤い両目がきれいだなと、素直に思った。 「あいしてる」 「やっと言ったな、馬鹿が」 これだから無駄に頭がいい奴は困る。自分の行動にいちいち理由を付けないと納得しないし、理由がないと行動に移せない。 好きでもない相手を何年も追いかけるのか?お前は。 好きでもない相手を何年も追いかけないぜ、俺は。 好きという言葉が枷になるなら、他の言葉を使えばいいだけの話だろ? なんでそんな簡単なことに気づかないんだろうな、お前は。 背中に腕を回してきた細い身体は夜風に晒され冷え切っていて、自分の体温を分けるように抱き締めた。 |