風のタクト
第4話 森の島 前編


竜の島でディンの神珠を入手したリンクとノティ。
今は竜の島から遥か南にある森の島を目指し、海路を進んでいる最中だ。


「うーん、潮風が気持ちいいねー」
「ホント。ボク、海に出て良かったかも!」


少々不謹慎かもしれないが、好奇心の塊である少年にとって海の冒険は楽しいようだ。
ノティも両親が死んでから沈んでいた心が晴れて行くようで、にこやかに波や潮風を感じていた。

この海域は大まかに縦7×横7の49のエリアに区切られており、場所を知ったり伝えたりする際にその区切りは使われている。
今 航行しているのは竜の島の一つ南、東の三角島と呼ばれる島のあるエリアで、森の島までは後エリア3つ分……。
あれ、何かすっごい重要な事を忘れているような……とノティが考えに浸っていると、リンクに掛けられた声に反応できなかった。


「ねぇノティ、日が暮れそうだけど、このまま進む?」
「……」
「……おーい」
「……」
「……ノティー?」
「……」
「ノティってば!!!」
「わっ!」


耳元で大声で叫ばれてからようやく反応しそのまま応対した為、結局 何を忘れているのかは思い出せなかった。
リンクの提案は、日が暮れそうだがこのまま進もうかというもの。
それを了承しかけるノティだったが、赤獅子が遮った。


「いいや、どこかの島で休んだ方がいいだろう。航海慣れしていない内に夜間航行するのは危険だ。それにリンクは、昨夜は魔獣島、今日は竜の島と戦いずくめだった筈」
「そう言えばそうか。やっぱり休んだ方がいいよリンク、近くに良い島がないか探そう」
「ボクは別に疲れてないよ」


リンクはそう言うが森の島でも何が起きるか分からない。
まだ航海慣れしていないのだし、休めるうちに休んだ方が良いに決まっている。


「新しい土地に行ったら問題が起きるのは当たり前の事だしね!」
「やだよそんな、縁起が悪い事。なんで当たり前になっちゃうのさ」
「お決まりってやつよ」
「ふーん」


どこかぼんやりとしたような印象のリンクは遠く前方を見ていた。
その様子に赤獅子は再度、今日はもう休めと促す。
先程リンクの呼び掛けに反応できなかったノティも知らず疲れているのかもしれないし、まだ子供の身の二人に過剰な無理はさせられない。

やがて暗くなり、辿り着いたのは森の島の1つ手前のエリアにあるバクダン島。
その名の通りまるで爆弾のような形をした島で森の島も近く、南の方角には島影が見える。


「ねぇリンク見て、今日は満月よ!」
「ホントだ!」


タウラ島を旅立ったのは今朝なのに随分と前の事に思える。
旅立ちの日が満月、なんだかいい気分だ。
赤獅子を停泊させてバクダン島に上陸し、絨毯のような芝生に腰を下ろした。
月明かりや星明かりのお陰で真っ暗闇にはならず、意外に見渡せる夜の海。

……ふと、バクダン島からそう遠くないエリアを船がゆっくり航行しているのが見えた。
見間違いかとノティは目を擦るが、船の形をした黒い影は確かに存在する。


「ね、ねぇリンク、あそこに船がない?」
「え……船って……あぁ、確かにあるね」
「見えるよね? 幻なんかじゃないわ」


ノティはカフェバーでバイトしていた時、船乗り達が幽霊船の話をしているのを聞いた事がある。
確かバクダン島の付近でも幽霊船の目撃情報があったのを思い出し、身震いする。


「やだーっ! あれって幽霊船だよリンク、あたしお化けキラーイ!」
「そんなワケないじゃん、ただの船だよ」


怖がるノティとは対照的に、落ち着き払ったリンクは船を見据える。
割と大きい船で乗せて貰ったテトラの船と似ている気がしたが、何となく違う気がする。
そのまま通り過ぎて行ったのでそれ以上は気にする事も無い。


「ほらノティ、怖がってないで早く休もう」
「そ、そうね。……あ、そう言えばブランケットが一枚あるよ」


旅立つ前、急いでした準備はやはり大した物は用意できなかった。
だがこの近海は気候も穏やかで夜もさして気温が下がらない。
風も穏やかで天気も良いので、あまり過剰に気にする必要は無さそうだ。


「ちょっと大きめだから一緒に被れると思う」
「じゃあそれで。こっちの草むらなら風除けになるかな」


背の高い草が群生している場所を寝床に決める。
まだまだ昼間の温かさが残っていて風も凌げ、温暖な気候も相まって意外に快適。
草の先同士を結んでちょっとした秘密基地のようにしていると二人から笑いが漏れる。


「ねえこれ屋根みたいね。こういう秘密基地とか作るの好きだったなぁ」
「よし、もっと結ぼう!」
『……お前たち、早く休みなさい』


先程までの疲れた様子はどこへやら、遊び始める二人にリンクの持つ石から呆れたような赤獅子の声が聞こえた。
仕方なしにある程度 屋根のようにした段階でやめ、寝転んで一枚のブランケットを被る二人。

……瞬間、背の高い草の壁と結ばれて閉じられた屋根によって二人きりで閉じ込められているような感覚になる。
密着しそうな程 近くで……いや密着して一つのブランケットを被る事になるのは分かっていて提案したし、了承した。
なのに唐突にお互いが恥ずかしくなってしまい、どきどき胸を高鳴らせる。


「(あ、あれ? ノティと一緒に寝るなんて前は時々やってたし、別に気にする事なんか何も無いのに……)」
「(……あたし今、ひょっとして……ちょーっとだけマズイ事してる?)」


恥ずかしくて気まずくて、どちらからともなくお互いに背を向けてしまった。
大き目のブランケットはそれでも二人で使うには少し小さくて、ちょっとした身じろぎで背中同士がくっ付いてしまうのが更に二人の羞恥を募らせる。


「(早く寝よう……)」


声に出さずに一致した思考回路によって、二人は何も言わずに目を閉じた。


……先程バクダン島沖を通過した船。
三日月にサーベルが刺さった旗を掲げるその船……海賊船では、一人の男が船首の甲板に立ち海を眺めている。
金の長髪を風に靡かせた容姿は整っているが、美しいというよりは男性的。
この海賊団の船長である彼は瞳に強い決意を湛えていた。
悲しみにも憎しみにも見えるその瞳を微かに歪めた瞬間、背後から船員に声を掛けられる。


「グラン船長、例の男から連絡が来ています」
「すぐに行く」


グランと呼ばれた男は、裾の長い黒コートを翻し船室へ入って行った。



++++++



翌朝。
カモメの鳴き声で目を覚ましたノティは、爽やかな朝に背伸びをした。
大きく1つ欠伸をしてから、隣に眠るリンクを起こしにかかる。


「起きて……リンク。起きなさい!」
「……うーん……」


揺すりながら声を掛けると、リンクは眠そうに目を擦りながらも起き上がった。
本当に寝ぼすけな所が変わってないと、呆れたような嬉しいような気持ちになるノティ。
モンスターと戦っていた彼を見たら少し遠い人になったように感じてしまったから。
割とどこでも眠れる性質のようで、そんなリンクを起こすのはノティの役目だった。
太陽は水平線の向こうから顔を出しつつあり、辺りはすっかり朝の顔。


「今日は森の島に行くんでしょ? ほら、あと1エリアで着くよ!」
「あ、そうだったっけ。よっし、行くか!」


停泊させた赤獅子の元へ行き、早速乗り込む。
目指すは1つ南のエリアにある森の島。
島影が遠くに見えているのであれを目指せば迷う事も無い。
風向きはまだ南を向いていて、順調に帆を張り波に乗って進んだ。


「リンク、ノティ、しっかり休めたか?」
「うん、もうバッチリ!」
「今日もぱぱっと神珠をゲットしちゃおう!」


今日も穏やかな顔を見せる蒼碧の大洋を進むうちにカモメが数羽ついて来て、図らずノティ達を和ませてくれる。
やがて島影が、ハッキリした色と形を以て勇者達を出迎えてくれた。


「うむ、見えて来たぞ! あれがお前達の行くべき場所、森の島だ」


それは海上に大木が立っているような島。
よく見れば岩場と地面が確認できるが、それも島にへばり付く足場のようで、段差になっているそこを登った先には島の内部へ通ずる入り口が見える。
あの中にデクの樹という大地の精霊が住む森があるらしい。
デクの樹はフロルの神珠という宝玉を持っているらしく、それを授けて貰わねばならない。


「やっぱり簡単にはいかないよね」
「そうだな。この島も既にガノンの手先が先回りしている恐れがある。二人とも充分気を付けるのだぞ」
「オッケー、じゃあ行ってくるね!」


赤獅子を下り、高い段差を登って島を進むとそれなりの高さになる。
ノティは大はしゃぎで海を眺めるが、リンクはそれどころではない。


「あのさノティ、危ないから離れ、わっ!」
「あ、それ大きな花かと思ってた」
「モンスターだっての!」


ノティがただの(大きな)花だと思っていたそれは、大きな頭と口を持つ植物状のモンスター。
大口を開けて襲い来る姿を見ていると、ノティは何だか頭がよく回転する気がした。
あのモンスターは……ボコババ。
頭が大きい割に、地面に植わっている蕾と頭を繋ぐ茎が細い。それ以前に植物のようだから茎を切ればいいかもしれない。


「ねぇリンク、頭ばっかり攻撃してないでさ、茎を切ってみれば?」
「えっ!?」


ノティの言葉を半分くらいしか聞いてないが、茎を切れば、の部分だけは良く聞こえた。
なかなか倒れないモンスターに業を煮やし、彼女の言う通りに茎を斬り落とすとあっさり消え去る。


「す、すごいねノティ。何で分かったの?」
「だって植物みたいだし……それに何だか、モンスターを見てると頭の回転が良くなる気がするの」


それが何故かは分からないけど、と複雑そうな顔をするノティ。
モンスターを見ると頭の働きが良くなるなんて何だか嫌な気分だが、リンクとしては非常に助かる。
気を取り直して島を進み、途中の川や池はリンクのカギ爪ロープに掴まって二人で渡り、島の中へ入った。

中は、美しい光が降り注ぐ幻想的な森。
木が上方まで生い茂っている為に多少の薄暗さはあるものの、陰鬱さなど微塵も感じさせない。
中央には圧倒される程に高く太い樹があり、その周りを何本もの木が取り囲んで生えている。
進んで行くと中央の大木には顔が付いており、恐らくこの木がデクの樹と思われた。
だが近付くと、その顔からグニャグニャしたゼリーのようなモンスターが出現し、デクの樹が苦しみに唸り始める。


「またモンスター!?」
「ノティ、下がって!」


リンクはノティを下がらせ、剣を振り翳してモンスター……チュチュを斬りつけようとする。
が、デクの樹の顔は高い位置にあり、とても彼の剣が届かない。


「どうしよう、剣じゃ全然届かないよ……! 弓矢があればノティが使えるのに」
「どうにかして登るか、それとも向こうに降りて貰うか……」
「モンスターが素直に降りて来る訳ないだろ!?」
「じゃあ無理矢理にでも落とすしかないわ!」


勢いで言ったが、案外それで良いのではないかと思えて来たノティ。
貼り付いたチュチュは不安定で衝撃を与えれば落ちて来そうだ。
と言うか、それしか無い。
ノティは駆け寄り、デクの樹の太い幹に渾身の体当たりをかました。
衝撃で体が痛み眩暈もするが上手い事チュチュが落ちて来る。
ここから先はリンクの仕事、あっと言う間にチュチュを全滅させてくれた。


「なんだ、それで良かったんだね」
「ビックリした……。言えばボクが体当たりするのに。女の子がそんな事しなくったって……」
「へえ、リンクも言うようになったわね。あたしの事、ちゃんと女の子だって思ってくれてるんだ」
「女の子じゃん」
「ああうん、まあ、そうね……」


通じているようで通じていない会話をしながら、改めてノティはリンクとハイタッチ。
すると突然、デクの樹が喋り始めた。
それはヴァルーの言葉と同じで、リンクは疑問符を浮かべるがノティは内容を理解する。
ヴァルーの言葉を聞いた時より細かい部分も聞き取る事が出来て、片言ではない流暢な言葉になっていた。


『お前の その格好……。もしや 伝説の 時の勇者か? 国王は ついに 時の勇者を見つけたのか?』
「(……時の勇者?)」


それは遥か昔に居たと言われる英雄の事だった筈。
その名を胸中で反芻した瞬間、ノティの胸がどきりと高鳴る。
お伽噺の中に現れる存在に奇妙な程の懐かしさを覚え、涙腺まで緩んで来た。
ばれないようこっそり顔を逸らして目元を拭い、息を整える。
呆然としているリンクを見てか、デクの樹は更に言葉を続けた。


『なんだ、ハイリア語が分からないようだな? では時の勇者ではないようじゃな』
「あ、あの〜……何を言ってるのか分かんないんですけど……」


ただ困惑しか出来ないリンクにデクの樹が低い笑い声を響かせる。
そしてノティとリンクが乗る巨大なハスを動かし、顔と同じ高さまで持ち上げた。


「すまんすまん。緑の服の少年、お前の身なりを見て、つい懐かしい言葉を口にしてしまった」
「あなたがデクの樹サマですか?」
「いかにも」

ノティの問い掛けに答えたデクの樹は助けてくれた事への礼もそこそこに、驚くべき言葉を口にした。
リンク達をこの島に導いたのは、赤獅子の王という言葉を喋る船ではないかと。
呆気に取られながら二人が頷くと、やはりそうか……と一人で納得する。


「では、お前達がここに来たのは神の神珠が必要だからだな?」
「うん。妹を助ける為に、ガノンドロフって悪い奴をやっつけたいんだ!」
「あのガノンが蘇ったか……モンスターが現れ、おかしな事を始めた理由がこれで分かった。ならば急がねばならんな」


言いながらデクの樹が合図をすると、まるで木に葉っぱで出来たお面が付いたような生き物が出て来て、くるくる回る葉っぱで降りて来る。
コログと呼ばれる森の精霊で、元々は人の形をしていたが海で暮らすうちにこのような姿になったらしい。
彼らが傍へ降りて来たのを見計らい、デクの樹は二人に名を問う。


「ボクはリンク!」
「あたしはノティです」
「そうか、リンクにノティよ、これからコログ達と共に年に1度の儀式を始める。お前達が必要としている神珠はその儀式の後に授ける事にしよう」


早くこの儀式を始めないと大変な事になるらしく、それならば待とうと二人は儀式を見物する事に。
デクの樹が儀式を始めようとした瞬間、慌ただしい声が森に響いた。


「た、大変デス! デクの樹サマ! マコレが、マコレが!」
「……ほら、新しい土地に行ったら問題が起きるのは当たり前の事よ」
「やだなぁ……」





−続く−



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