風のタクト
第2話 竜の島 前編


タウラ島の東方にある竜の島へ向けて出発したリンク達。
目いっぱいに張った帆が追い風を受け、小舟ながら爽快な気分にさせてくれる程の速度が出ている。
時折やって来る大きな波で船が跳ね上がり、リンクもノティも大はしゃぎだ。


「気持ちいいー!」
「竜の島に着かなきゃいいのにねー!」
「こら、何を適当な事を嬉しそうに言っておる」


上がった気分のまま勢いで叫ぶリンクに、赤獅子は進行方向を見据えたまま突っ込んだ。
そんな二人に微笑んでから後方を振り返ったノティの視界には、2年過ごしたタウラ島が影しか見えない程に遠ざかった景色が映っている。
不安は完全に消えてはいないが、これから何が待ち受けているか想像すると期待に胸が高鳴り、今や楽しさが勝っていた。

竜の島へ向かいながら、ノティはリンクが倒そうとしているガノンドロフについて聞いてみた。
彼も詳しくは知らないようだが、リンクの妹アリルを攫った怪鳥ジークロックを従えている事、魔獣島がモンスターの巣窟になったのも奴の仕業らしい事を聞けた。
魔物を率いて世界を支配しようとしているとか……何とも物騒な話で、ジークロックに捕まってそいつの元へ送られていたらどうなっていただろうかと小さく身震いする。
アリルも無事で居てくれれば良いのだが……。

そこまで考えた所で赤獅子に声を掛けられ、ようやく目的地へ迫った事に気付いた。


「よし、見えてきたぞ! あれがお前達の行くべき場所、竜の島だ」


見れば、下部が太めの高い煙突のような山が大部分を占める不思議な島。
ノティはタウラ島から島影ぐらいは見えていた為に想像はついていたが、やはり、初めて間近で見る島に驚きを隠せない。
帆を畳んでゆっくりと上陸地点へ近付き、それにつれてハッキリ見えて来る異民族の島は雄大だ。


「た、高いねぇ。プロロ島の山なんか比べものにならないや」
「あ、ねぇ! 山のてっぺんに竜がいるよ!」


煙突のような山のてっぺんに首の長い真っ赤な竜が座っていた。
何だか暴れているような気がするが、気のせいだろうか……?
あの赤い竜については、赤獅子が説明する。


「山頂に住んでおられるのは、空の精霊であるヴァルー様だ。お前達はその竜に会い、ディンの神珠という宝玉を授けてもらうのだ」
「でもさ、あんな山のてっぺんまでどうやって行ったらいいの?」
「竜に会う方法は、島に住んでいるリト族に聞くといい」


リト族……鳥と人の間のような種族で、大人に近付くと腕から羽根を生やして空を飛ぶ者達だ。
飛行能力を活かして、この広い海域で郵便配達を生業としている。


「分かった、じゃあ早速行こうかリンク」
「そうだ! ちょっと待て」


行こうとした矢先、突然赤獅子に呼び止められる。
振り返れば彼はいつの間にか一本のタクトを口にくわえていた。
聞けばこのタクト、昔 神への祈りを捧げる音楽を奏でる時に使われていたもので、使い方次第で神の力を借りる事も可能だとか。
今も使えるのかは不明だと赤獅子は言うが、何かの役には立つだろうと受け取って島へ足を踏み入れた。

上陸した砂浜の近辺は草地やヤシの木があり緑が確認できたが、登って行くとそれらが完全に失われる。
コツコツ足音をさせながら登山道として整備された道を登り小さなトンネルのようになった岩場を抜けた。
その先、恐らくリト族の住居であろう島内部への入口へ繋がる道と分かれ、小さな岬のようになっている見晴らしの良い場所に一人のリト族が立っていた。
何だか見覚えがあるようで……二人はすぐに、それが誰だか気付く。


「オドリー……? ねぇ、オドリーだよね!」
「! ノティ? ノティじゃないか!? それにリンクも一緒か! そうか、無事でいたか!」


嬉しそうに微笑んだ彼、オドリーは主にプロロ島周辺の配達を担当していて、ノティ達が幼い頃から知り合いだった。
リンクがアリルを助けに行くのにも海賊を説得するのに一役買ってくれたそうだ。
ノティの方は彼と会うのは2年振りで、オドリーも成長した彼女に目を見張る。


「それにしても、大きくなったなノティ。お前がプロロ島から引っ越して もう2年だもんな」
「うん、久しいね。昔はよく仕事で島に来たオドリーに、遊んでってワガママ言ってたっけ」


そんな我が儘にも律儀に付き合ってくれて、リンクと一緒に彼に掴まって空を飛んだ事もある。
ノティが懐かしい思い出に浸っている間にオドリーはアリルの事を心配し始めた。


「そう言えばリンク、妹さんは?」
「……助けられなかった。今は方法を探る為に旅をしてるんだ」
「そうか……それならウチの親方様に会ってみないか?」
「親方様?」
「ああ。前にここにいる仲間達にリンクの事を話したら、みんな心配してくれてな。それにウチの親方様なら きっと相談に乗ってくれるはずだ」
「アテも無いしね……会ってみようよリンク」
「よし! オレは一足先に行ってお前達の事を知らせてくるから、二人は後から来るといい!」


じゃあ待ってるからな! と告げ、オドリーはリト族の住居兼仕事場、ポストハウスへと飛び去って行った。
それを見送ってから、リンクとノティも更に道を登りポストハウスへ向かう。

オドリーと会った岬から分かれた道の先、島内部への入り口はやはりリト族達の住居だったようだ。
そこで親方と会うと、彼やリト族達はリンクの事を親身に心配してくれていた。
出来る限りの協力はすると有難い申し出をしてくれるが、どうやら今、この竜の島では問題が起きているようで。
それは島の守護竜・ヴァルーの事。
リト族の子供は年頃になるとヴァルーから鱗を貰い、それによって体に羽を生やし遠く長く飛べるようになる。
しかし温厚だったヴァルーがある時から急に暴れ始めて鱗を貰いに行けなくなり、このままでは子供達が飛べなくなってしまうと。


「え……それじゃあリト族の子供達、生活できなくなっちゃいますね……」
「ああ。一族の長としては、何よりもこの問題を先に解決しなければならない。すまないが、それが済むまで協力は待って貰えないかな?」


そもそも直接の関係は無いのに親身になってくれただけで有難いので、文句も何も無い。
素直に頷いたリンクとノティだが、親方から逆に、自身の子供についての相談を持ち掛けられた。
親方の息子であるコモリは本来なら翼を持たなければならない年齢なのだが、気の弱い彼は暴れ出したヴァルーを恐がり部屋に引き篭もってしまったらしい。
歳も近く、何より魔獣島に乗り込む勇敢なリンクと話せば心を開いてくれるかもしれないと思ったようだ。
ヴァルーから神珠を授けて貰えるようになるまでまだ時間も掛かりそうなので、出来る事をしようと二人は承諾した。

メドリというリト族の女の子に預けてある手紙を受け取り、コモリに渡して欲しいと頼まれたリンク達。
ポストハウスの上階へ行くと、長い髪を一つに結った女の子のリト族が居る。
きっとあの子がメドリだ。


「こんにちはー、親方様のお使いで来ましたー」
「あっ、ホントに緑の服にとんがり帽子……アナタがリンクさんで、そちらがノティさんですね? ワタシは竜の山に住む精霊ヴァルー様のお付きの、メドリといいます」
「へぇ、精霊様のお付きなんて凄いじゃない!」
「い、いえ、お付きと言っても、まだまだ見習いの身なんです」


控えめな子なのだろう、少し恐縮そうに告げてから、親方からの預かり物を渡してくれた。
彼の部屋の場所を聞いてさっそく届けに行こうとするが、その前にメドリに呼び止められる。


「あの……お二人に、少しお願いがあるのですが」
「お願い? なに?」
「後で、竜の山の入り口に来てもらえませんか? 詳しくは、その時に……」
「ん、いいよ。じゃ、先に手紙を届けて来るね」


軽く言って去ろうとしたリンクとノティに、メドリが後方から申し訳なさそうに声を掛けて来て来る。


「あの……コモリ様に会っても、どうか気を悪くしないで下さい。彼、悪気は無いんです」
「え……」
「どうか、コモリ様をお願いします……」


どうにも気まずそうな様子のメドリが気になったが、ひとまず頼まれ事を先に済ませようと、二人はコモリの部屋に向かった。

リト族達の居住区兼仕事場である洞窟内、奥まった場所にコモリの部屋はあった。
突然訪ねて来た事で怪訝な反応をされてしまったが、渡した手紙を読み終わるとその顔は見る見る皮肉そうな表情に変わる。


「キミの事、手紙に書いてあったよ。他人の事に首を突っ込むなんて随分お節介なヤツだな」
「そりゃ親方さんに頼まれたからね。ボク達に協力してくれるって言ってるし、それならお返しぐらいしたいじゃないか」
「……だからってヴァルーの所に行く気は無いよ。あんなに暴れてるのに鱗を貰うなんて無理に決まってる!」
「そんなのやってみなくちゃ……」
「やってみなくても分かってるんだよ! いいから出て行けよ!」


頑なに拒否するコモリはすっかり不貞腐れてしまい、ベッドの上に座ったままそっぽを向いてしまった。
これ以上話しても埒が明かないので、部屋を後にしてメドリの元へ向かう事にする。


「もう全然、話 聞いてくれなかったね……」
「怖いのはあたしも分かるよ。こうして旅立つのだってリンクが一緒じゃなかったら拒否してたかもしれない」
「じゃあ誰か仲間が居れば勇気も出るかな? 後でボク達で一緒に行こうって誘ってみる?」
「それ良いかも! ひとまずメドリの“お願い”とやらを聞きに行って、それから声かけてみようか。……鱗は一人で取りに行かなくちゃいけないってルールが無いと良いけどね……」


話しながら歩き、メドリに指定された竜の山の入り口へ向かった二人。
そこは強風吹き荒れる危険な場所で、時折 暴れているヴァルーの声が岩場に囲まれた低地に反響して耳を突いた。
その低地には巨大な岩があって、その近くにメドリが佇んでいる。


「あっ、来てくれたんですね。すみません、こんな危険な所にお呼びしてしまって……」
「すっごい風だね、ここが入り口?」
「はい。ここ、昔は湧き水が溜まったキレイな泉だったんですが、ヴァルー様があのようになられてから、落ちて来た岩で水脈が塞がれてしまって……」
「あちゃー。こんな岩場だらけの島じゃ貴重な水源だろうに……」


近くにある大岩が水脈を塞いでしまった物なのだろう。
岩の下部からは水が少しだけ漏れ出しているが溜まるには至らないようだ。

竜の山の入り口は随分と高所にあった。
元々は泉に橋が掛かっていて簡単に渡れたそうだが、今はとても届きそうにない。
気流の影響か風向きが定期的に変わり、巻き上げられたと見られる火山灰で視界はあまり良くなかった。
ところでメドリはどうしてこんな場所に自分達を呼び出したのか……と考えたノティにすぐに走る、嫌な予感。


「待ってメドリ、まさかヴァルー様の所に行くつもりじゃ……」
「……はい、私には、責任がありますから」
「ダメよ危ないって! そもそも責任って何……」
「コモリ様……元気、無かったですよね。実はコモリ様のおばあ様、ワタシの前にヴァルー様のお付きをされていたんです。尊敬する師匠でした」


お付きとして優秀なだけでなく、優しさと勇気を持っていたというコモリの祖母。
今の自分は彼女の足元にも及ばない、もっとしっかりしていればコモリも安心できたのではとメドリは考えているようだ。

その主張にノティは何も言い返す事が出来ない。
大海原へ旅立つ決意が出来たのも、久々に会ったリンクに頼もしさを感じたのが大きい。
危険へ飛び込むのは誰にとっても勇気が要るもの、故に指針となる人物の有無は行動に多大な影響を与える。


「心配して下さるのは嬉しいですが……私、もう決めました」
「メドリ……」


穏やかで控え目な彼女だが意外にも頑固な面を持っているようで、これは引きそうにない。
心配していたノティとリンクも折れて、彼女の願いを聞く事にする。


「で、ボク達は何をすればいいの?」
「ほこらの入り口は崖の上なのですが、私一人ではまだ上手に飛べなくて。うまく風に乗れたら、飛べると思うんです」


だから、私を担いで、あの崖の上に向かって投げて下さい!


++++++


「ワタシは、れん、れん、だいじょうぶ〜。ささっ、エンリョしないで……。か、風に乗せてやっちゃってくらさ〜い」
「ご、ごめん……」
「メドリって、意外にタフよね……」


苦節数回、風は読めているのだがなかなか上手くいかない上に、メドリを壁にぶつけるぶつける……。
ぶつかる度に目を回しながら呂律の回らない舌で次を促すメドリに、見ている方が痛くなって来た。

それにしても、と、自分と余り体格の変わらないメドリを軽々と持ち上げてしまうリンクにノティは驚くしかない。
リト族は空を飛ぶ為に一見した体格より体重が軽いらしいが、それでもああも簡単そうに持ち上げるのを見ると彼が怪力にでもなったのではないかと思えてしまう。
旅立つ前は心身共に力強さと頼り甲斐が育っているリンクに寂しさを覚えたノティだが、こうして冒険に出た今では良い面が大きい。

しかしこれ以上メドリを壁にぶつけてしまうのは申し訳ない。
風には乗れているので足りないのは高さかと思い周囲を見回したノティの目に映る、ちょっとした高台になっている場所。
元は泉の底だったのだろう盆地の後方、入り口との距離も丁度良さそうだ。


「リンク、後ろ! あのちょっと高くなってる場所からメドリ投げてみて!」
「分かった!」


すぐさまメドリを担いで高台に立つリンク。
風向きが竜の山 入り口へ向いたのを見計らい思い切り投げると、追い風に乗ったメドリが未熟な羽を広げて飛び立つ。
少々ふらついたが無事に入口へ到達できた。


「やったあリンク!」
「ありがとうございます! 私、これからヴァルー様に会いに行きますね。少しはヴァルー様の言葉が分かるから大丈夫です! もし私に何かあったら、コモリ様の事は宜しくお願いしますね!」


縁起でもない事を明るく言い放ったメドリに、この事は内緒にして欲しいと頼まれ頷く二人。
頑張って行ってきまーす、なんて明るく挨拶した彼女だが、そうして感じている恐怖を払おうとしたのかもしれない。
最後まで少々大げさに感じるほど明るく振る舞っていたメドリはすぐに走り去る。
リンクとノティは暫く見送っていたが、やがてどちらからともなく歩き出しポストハウスへと引き返した。


「ホントに大丈夫かなぁメドリ……何事も無かったらいいけど」
「うん、何かまた心配になって来ちゃった」


決意に押し負け手伝ってしまったが、やはり止めるか付いて行くかするべきだったかもしれない。
そうしてぽつぽつ話しながらポストハウスへ戻ると出入り口の先にオドリーが居て、困ったように声を掛けてきた。


「リンク、ノティ、メドリを知らないか?」
「えっ……メドリ?」
「ううん、知らないけど。何かあったの?」


どうかと思ったが約束したので一応知らぬ振りをする二人。
だが、次のオドリーの言葉に顔色を変える。


「たった今 仲間から、竜の山付近で見慣れない化け物達が、メドリらしき女の子を攫って行ったのを見たと報告があってな」
「えっ……!?」
「まぁあの子はまだ、一人で竜の山入り口まで飛べないから見間違いだと思うんだが。ちょっと、気になってな」


オドリーはそれだけ言い去ったが、ノティとリンクは動けない。
メドリは先程、まさにリンクとノティの手助けにより竜の山へ入って行った訳で……可能性は充分過ぎる。
二人は来た道を戻り竜の山へ向かったが橋は壊れていて入れない。
どうするか悩んでいると、ノティがある事を思いつく。


「リンク、泉は岩で水脈を塞がれてるのよね。なら岩を壊せば水が戻って向こうまで泳いで行けるんじゃ?」
「そうか! でも、あんな大きな岩、どうやって」
「これ使えるかも」


ノティが指さしたのは地面に生えている爆弾のような物。
これはバクレツの実と言い、もぎ取ると数秒の後に爆発する変わった植物で、ノティはタウラ島に来るリト族からそういう実があると話に聞いていた。
リンクが教えられた通りにもぎ取り岩に向かって投げつけると、大きな衝撃と共に岩が壊れて水が溢れ出し、あっという間に低地が泉に戻る。


「やった、いい具合に溜まったわよ! これで竜の山に行ける!」
「うん、じゃあボクが行って来るから、ノティはポストハウスで待ってて」
「えっ……?」


すっかり一緒に行くつもりだったノティは、留守番を指示され呆気に取られた。
リンクは真剣な表情をしており撤回する気は無さそうで。


「オドリーの話じゃモンスターが居たらしいし、ボクも魔獣島でモンスターの恐さは身にしみたから」
「で、でも危ないのはリンクも同じでしょ」
「ボクは剣を使える。だけどノティは戦えないだろ、連れて行けないよ」


確かにその通りだ。
リンクが戦う所を見た事が無いノティは彼も同様ではないかと思ったが、少なくともモンスターの巣窟である魔獣島から生還している。
そしてノティはそんな経験など微塵も無く、付いて行った所で足手纏いになりかねない。
辛そうな表情をしながらも、ノティはリンクの言葉に頷いた。


「ぜ、絶対、メドリと無事に帰って来てよ」
「うん、約束する。じゃあ行ってくる。ちゃんと留守番しててよ!」


笑いながら告げ、リンクは泉に飛び込み山の入り口を目指して泳ぐ。
ノティは心配で胸を痛めながら、彼が見えなくなるまで見送っていた。





−続く−



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