風のタクト
第17話 連なるもの


マコレを風の賢者として目覚めさせたリンク達。
メドリの時と同様に寂しい想いも持ちながら、二人は地上に戻って来た。
島の岸辺に停泊させていた赤獅子に近付くと何やら深刻そうな顔。
まずい事でも起きたのかとノティが訊ねる。


「赤獅子、何かあったの?」
「うむ……リト族達が魔獣島の様子を見に行ってくれたようでな。先程 私を見付けて報告に来てくれたのだが」
「リ、リト族は何て?」
「……魔獣島はもぬけの殻で、ガノンドロフの姿も魔物の姿も見当たらないと」
「え……」


それは遺体すら無いという事だろう。
元々あれでガノンドロフが死ぬとは思えなかったが、ではガノンドロフや魔物達は一体どこへ消えたのか。


「まさか、ゼルダ姫の居場所がバレたんじゃ」
「確定ではないが楽観も出来ないな。引き続きリト族達が捜索に協力してくれているが、こちらも何かしら動くべきだろう。リンク、時の勇者の話はノティから聞いたな?」


かつてガノンを倒しハイラルに平和をもたらした時の勇者にもゼルダと同じトライフォースが宿っていた。
勇気のトライフォース。
それは時の勇者が時を旅してハイラルを去る時に勇者の元を離れたと言われている。


「それがどこにあるか私も分からぬが、この広い海のどこかに眠っている筈。ハイラルへの入り口を再び開くにはその勇気のトライフォースが鍵となる」
「トライフォースが……」


もし見付からなかったらどうするつもりだったのだろうと思ったが、きっとハイラル復興の為に初めから探す予定だったのだろう。
しかし現状、手掛かりは全く無い。


「……ところでリト族にメドリの行方を訊ねられたが、一応知らないと言っておいたぞ」
「あ……」
「お前達の判断がどうか分からなかったから言わなかったが、いつかは話さねばならないだろうな」


きっと皆、特にコモリは殊更心配しているだろう。
森の島のデクの樹やコログ達にもいつか伝えるべき。

ひとまず今日はすっかり夕暮れなので休む事に。
戦いずくめだった二人を気遣った赤獅子が、故郷で休まないかと提案してくれた。
一も二も無く飛び付いて、疾風の唄でプロロ島まで飛んで行く。
この海域の南の果て、赤獅子を降りて踏む故郷の土はいつも変わらない。


「この前2年振りに戻ってから2泊しかしてなかったもんね。またプロロ島でゆっくりしたいな」
「戦いが終わったら、おじさん達が見付かるまでプロロ島を拠点にすれば? ……その、ボクもノティと一緒に居たいしさ」
「う、うん……」


風の神殿で変化した二人の関係。
やはり今までずっと仲の良い友人だっただけに、どうにも照れくさい。
照れで変な笑いを出すノティに誤魔化されないよう、リンクは彼女の手を掴んだ。
あの告白の後にされるそんな些細な行動が変化を余計に意識させ、ノティはこれまで通りの対応に苦労する。

……と、そうしていると声が。


『仲直りを通り越した途端にマセたなリンクよ』
「う、うっさいな赤獅子! ていうかゴシップストーンで覗かないでよ!」
「もしかして、風の神殿でのあたし達の事も見てたりする……?」
『……見ておらん見ておらん。あのような熱烈な告白など』
「見てるじゃんかーー!!」


日の暮れた静かな田舎島に、照れによる少年の悲鳴が響き渡る。
その声に数少ない島民達がリンクの帰還を察知し、家々の窓から「お帰り!」と声を掛けてくれる。
何年経っても変わらない優しい故郷はノティの心を穏やかに癒してくれた。

リンクの家から彼の祖母が出て来た彼の祖母も温かく迎えてくれる。
家に入ると帰した筈のアリルが居ない事に驚いたが、島へ一旦帰って無事を報告した後、テトラの海賊船で旅立ってしまったらしい。
なんでも手伝いをして祖母やリンク達を助けたいのだとか……要はアルバイト、なんとも健気な少女だ。
心配でない訳は無いが、テトラの仲間達であれば危険は無いだろう。

リンクの祖母の手料理でお腹と心を満たし、寝る前の静かな時間。
マスターソードを手入れしていたリンクにノティが近寄りながら声を掛けた。


「退魔の輝きは昔に戻ったけど、何だか随分と小さくなっちゃったみたい」
「昔はもっと大きい剣だったの?」
「うん。だから初めはリンクと同じくらいだった時の勇者には扱えなくて、7年も封印される羽目になっちゃったの」
「な、7年……! ノティは前世で時の勇者と一緒に居たんだろ。その間、一体どこで何してたの?」
「…………」


前世までの何もかもをはっきり思い出した訳ではないのだが、それでも7年間の事は大体 思い出している。
あれは……辛苦と幸福が同居する7年間だった。
リンクと離れて辛かったが、傍には常に仲間が居た。
ハイラルの色んな場所を巡って、温かな幸せを味わい……。
終盤は地獄の日々だったけれど、何とか耐えた。

耐えられたが、辛かった。
そしてその辛さは後に、とある秘密を知って何倍にも膨れ上がってしまった。
それが苦しくて今のリンクにはとても言えない。


「7年間、ハイラル中を旅したり色んな場所に滞在したりして、時の勇者の封印が解かれるのを待ったよ」
「……ボクは絶対、そんなにノティを待たせて寂しい想いをさせたりしないから安心してよ」
「ふふ、ありがとう」


想いが通じ合っても、時の勇者へのヤキモチは無くならないらしい。
今のノティが愛しく思うのは今のリンク。
幾らそう伝えても、ノティの記憶がある以上はヤキモチを避けられない。
微笑ましくなったノティはリンクがテーブルに置いたマスターソードに触れる。

……瞬間、ノティの脳裏に思い出せていなかった過去が次々と蘇り始める。


「あっ……!?」
「ノティ!?」


苦しそうに胸を押さえるノティに驚くリンク。
リンクの祖母が心配して寄って来たが、大丈夫です、とノティが言って下がって貰った。
昔のような完全な輝きを取り戻したマスターソードに触れた影響だろう。
記憶の水底から次々と湧き上がる過去がノティの胸を満たして行く。


「……まさかグラナティスがハイラル王家の血を引く存在になるなんて……」
「へ? グラナティス? アイツがどうかした?」
「ううん、ちょっとね……ああ、何だか早くゼルダ姫に会いたくなって来た」


遠い昔、ノティと深い関わりを持ったゼルダ姫や、ハイラル王家と因縁のあるグラナティス、愛しさと親しみを目一杯に抱いてくれた子竜、それに、無表情の中に確かな熱を持ったリンクの影。

そして……。

初めてこの世界に来た時に訪れた時代のあれこれ。
思い出すと胸が痛くて苦しいけれど、とても大事にしたい物ばかり。

そこまで思い出し、ハッとしてリンクを見た。
こんなに昔の事ばかりでは、また彼を不安にさせヤキモチを焼かせてしまう。
……そう思ったのだが、リンクの顔に浮かんでいたのは意外にも穏やかな笑み。


「ノティ、ハイラルが復活したら色々と案内してよ。ノティが旅した場所は全部だよ」
「全部?」
「そう。ノティの前世の思い出をボクや赤獅子、テトラ達が上書きするから。そして昔の人達に、今のノティはボクの隣に居ます、一生一緒に居ますって宣言するからね!」
「えっ……」


満面の笑みで放たれた言葉に呆然としたノティの顔は、やがて朱に染まる。
仲直りを通り越した途端にマセた、なんて赤獅子の言葉はその通りだ、こんなプロポーズみたいな事を言うなんて。


「早く勇気のトライフォースを見付けて、そうしたらテトラを迎えに行こう!」
「……」


リンクにとって彼女は、ゼルダではなくテトラ。
今の彼から考えてそれは当たり前の事なのに、ノティは妙に寂しくなった。
今のリンク達と共に生きるのであれば、過去のハイラルとは決別すべきかもしれない……分かっている。
だが、この世界での生活と因縁の始まりだった時代を、簡単に捨てられない。

覚悟できるだろうか。
もしハイラルが復活したらそこで暮らす事になるかもしれないが、そうしたら益々過去と決別など出来なくなりそうだ。
様々な事を思い出して、過去に縋りながら生きる事になるかもしれない。

……リンクはノティの過去を上書きすると言った。
ふと隣に居る彼へ視線を向けると、意思の強い瞳を真っ直ぐに向けて来ている。


「……リンク、あたしを繋ぎ止めてくれる? 昔の思い出に縋って、過去へ戻ってしまわないように」
「ずっと掴まえてるよ。絶対に放すもんか。ノティの居場所はこの時代なんだから、帰らせない」
「ありがとう、それを聞いて安心した。もしあたしが戻りたがって泣いても、絶対に引き止めてね」
「うん。約束する」


彼がこうして約束してくれるなら安心だろう。
昔を思い出したら、更に昔、日本で暮らしていた時の事も思い出した。
そう言えば今の両親は、かつて自分が殺した両親と何か関係があるのだろうか。


「ねえリンク、あたしがプロロに居た時に住んでた家、まだ残ってるよね」
「あるよ。引っ越して来る人も居ないからノティ達が最後に居た時のまま、ずーっと空き家だし」
「久し振りに行ってみたいと思って。リンクも来る?」
「うん、行く!」


日は落ちたがまだ慌てて寝なくてもいい時間。
リンク達は祖母に断り、灯りを持つとかつてノティ一家が暮らしていた家に向かう。

リンクが言った通り、本当に最後に暮らしていた時のまま家が残っていた。
中は雑品や日用品どころか家具すら無い、間取りだけのがらんとした部屋。
家族三人で、長閑な島民や親友と共に仲良く暮らしていた頃が鮮明に思い出され、無性に泣きたくなった。


「お父さんとお母さんと、暮らしてた時のままだ」
「ノティ……」
「また皆で過ごしたいなあ……」
「きっと過ごせるよ。戦いが終わったら一緒におじさんとおばさんを探しに行こう」
「ふふ、ハイラルを案内したりお父さん達を探したり……やる事が沢山ね」


リンクの前向きな力強い言葉が心から嬉しい。
彼と一緒なら全てが上手く行くような気がして、前に進む勇気が湧いて来た。

たいして部屋数のある家ではないし家具も何も無いが、少しだけ探検する。
両親の部屋、窓を開けて海を眺めるノティと、何気無く物置の扉を開けてみたリンク。
……するとリンクが物置の中に箱が転がっているのに気付いた。
両手で抱えられるくらいの大きさの箱。


「ねえノティ、この箱って何?」
「え……分かんない、忘れ物かな。その物置に荷物を山ほど入れた木箱とか置いてたから、持ち出した時に落ちちゃったのかも」
「開けていいかな」
「開けちゃえ開けちゃえ」


そこそこ頑丈な箱だけにノティも中身が気になる。
リンクが固かった蓋を力を込めて開けると、パカッと小気味良い音と共に、折り畳まれたメモの切れ端のような物がひらりと舞った。
それを掴んで開いた瞬間、真っ先に目に飛び込んだ文字を見てノティは我が目を疑う。


「勇気の、トライフォース……!?」
「えっ!?」
「“時の勇者に宿っていたというそれは、かつての勇者のように今も古の国を見守ろうとしているようだ。この海域をあちこちさ迷う幽霊船、私の見立てではあの船に眠っている”」
「幽霊船って、前にめがね島で見たアレだよね!?」
「う、うん……」


幽霊系の話が苦手なノティにとって、あの時の恐怖はどうにも忘れ難い。
モンスターであれば平気なのだが、現世の法則が効かない存在は恐ろしかった。
しかし折角の手掛かり、意を決して続きを読んでみる。


「“かつてある人物が幽霊船の出現位置を調べ上げて記したという海図を手に入れた。この箱に入っているのはその海図である。幽霊船にはこれが無ければ入れないようなので、捜索の際は必ず持ち出す事。他の海図と見分ける為、留め具にトライフォースを象った物を付け、背面を赤い塗料で塗り潰しておく”」


そう書いてはあるが、箱の中にはこのメモしかない。
メモを入れるには大きく、巻いた海図を入れれば調度良さそうなサイズの箱。
海図が入っていたと判断するには充分だ。


「ノティ、これ海図はタウラ島の家にあるんじゃない?」
「それなら良いけど、お父さん達が持って船出しちゃったかも……」
「まだ決めつけるには早いよ、明日タウラにあるノティの家に行ってみよう」
「と言うか、証拠も無いんだけど信じるのリンク? 幽霊船って不吉な噂が山程あるし、命を落とした人も居るみたいなのに……」
「ノティのお父さんの研究結果なら信じるよ。そのお陰で大地の神殿や風の神殿に入れたんだから」
「…………」


有り得ない、と笑われていた父のハイラル研究。
それをこうして真っ直ぐに信じてくれるのが、泣きそうな程に嬉しい。
ハイラルで生きていた頃の記憶が蘇った今となっては尚更。
ノティは浮かんだ涙を素早く拭うと、リンクに満面の笑顔を向ける。


「ありがとう、リンク。お父さんの研究を信じてくれて」
「……へへ。改めてお礼言われると照れるね」


本当に幸せで、これからも この幸福をずっと維持していたい。
その為にはガノンドロフを倒し、彼の野望を食い止める必要がある。


「(……ダメ。あたしはリンクを選んだんだから、未練も悲しみも感じちゃいけない。前みたいな事にならないようにしないと……)」


何も知らなかった頃とは違う。
リンクとガノンドロフ、二人が敵対している以上、どちらかに付いてどちらかを捨てなければ。
和解の道を探るのも悪くはないが、ガノンドロフが受け入れてくれるかと考えると望みは薄いだろう。

今はただ、リンクと一緒に居る為に。
それを叶えられるよう行動しなければならないと、ノティは油断すれば頭をもたげる胸の痛みを無理やり仕舞い込んだ。


++++++


翌朝、さっそくタウラ島に向かおうと家を出るリンク達。
途中の道にあるポストの側を通り過ぎようとした時、上空から声が掛かった。


「おぉーい、リンク、ノティ!」
「え……あ、オドリー!」


プロロ島方面の配達を担当しているオドリーの姿。
彼はリンク達の所に舞い降りて来る。


「ガノンドロフや魔物が消えたそうだな。オレは捜索には加わっていないが、早く見付かるといいな」
「うん、ボク達も頑張るよ。ところで手に持ってるのは何? チラシ?」
「ああ、今日は個人への配達物は無いんだが、船レースのチラシを配りに来たんだ」
「もうそんな時期なのね」


船レース……この海域の南東、森の島の更に南のエリアからスタートし、タウラ島を目指すレースだ。
年に一度開催されるそれは、名誉と賞金、賞品を狙い多数の船乗りが参加する。
何気無くチラシを貰って見てみたノティだったが……。
優勝者に与えられる賞品の一つを見て声を上げた。


「あーーっ!?」
「な、なにどうしたの!?」
「見てよ、この賞品!」


優勝者に与えられる賞品の一つ、海図。
普通は青い塗料で塗られている背面が赤い塗料で、留め具がトライフォース……。


「“賞品3:海図 各地に船が描かれた不思議な海図! 一説によると宝を詰んだ船の出現場所だとか! 上手く行けば賞金以上にお宝がっぽりかも!?”……」
「え、えっ、なんで、えっ……?」
「おい、どうしたんだ二人とも」


オドリーが不思議そうに訊ねて来るが、リンクもノティも碌に反応できない。
ややあってから、リンクが勢い良くオドリーの方を見て……。


「ねえ、オドリー!」
「なんだ?」
「これまだエントリー受け付けてる!?」
「ああ。直接タウラの運営本部に行くか、参加用紙を届ければ……預かろうか」
「ううん、自分達で本部に行くから大丈夫。ありがとうオドリー!」


疑問符を浮かべるオドリーを尻目に、二人は一目散に赤獅子の元へ向かった。


++++++


リンク達は疾風の唄でタウラ島まで飛ぶと大会本部へ行ってエントリーを済ませ、10日後のレース当日を待つ。
一応、あの海図は父の物なので返して欲しいと掛け合ってみたが、はっきりした証拠が無い上に今の所有権は大会側にあると主張され、返して貰えなかった。
こうなってはレースに出て何がなんでも優勝しなければならない。

あの海図は海に漂っていたのを拾ったと聞いたが、ノティはそれだけで両親に何かあったとは確定できないと考え希望は捨てない
こんな風に前向きに考えられるようになったのはリンクのお陰。

10日後までは暇が出来た。
リンクが剣の鍛練をしている間、ノティは赤獅子の元へ行き声を掛ける。


「赤獅子」
「ノティか、どうした」
「ううん、ちょっと……話したいなって思ってさ」


赤獅子はきっとガノンドロフを倒し、トライフォースに願ってハイラルを復活させるつもりだ。
かつてハイラルで過ごしていた身としても、そうして貰えると嬉しい、が。


「ノティよ、詳しくは知らぬが、お前はガノンドロフと因縁があるようだな」
「うん」
「そうか……一体どんな関係だったのだ?」
「愛してた」
「……!?」


一体それはどういう事か。
ノティは時の勇者を導き、共にガノンドロフを倒した存在ではないのか。
そんな赤獅子の疑問が視線に乗っていたのか、ノティは寂しそうに苦笑しながら言葉を続けた。


「赤獅子には言うまでもないだろうけど、人生って色々あるの……。かつてあたしはガノンドロフを愛していた。それは確かな事」
「その記憶が蘇っていると言うのに……ガノンドロフを倒す決心をしたのか」
「あたしは今の人生でリンクを選んだ。それに今のあたしは今のあたし。いつまでも過去の縁に引きずられながら生き方を決めてたら、今を生きる中で出会った皆に失礼な気がして」
「…………」
「今のあたしが一緒に生きてるのは、今の時代と今の人生で出会った皆なんだから。あたしは昔の縁じゃなくて、今の皆と生き方を決める」


迷ったり未練たらたらで過去に引きずられたりもするだろうが、最終的にはそうしたい。
黙っている赤獅子にノティは慌てて、ハイラル復活を否定している訳じゃないと告げる。
昔を大事にしてそれを生き方の指針にするのも素晴らしい事だろう。
結局は本人の意識と考え方次第。
それに赤獅子がハイラルを復活させると言うのなら、今の人々が生きる新しい王国にすれば良いと思う。


「皆で新しいハイラルを造ろうよ、赤獅子」
「…………」


笑顔でそう言っても、赤獅子は難しい顔で考え込むようにするだけ。
一瞬、怒らせたのかと思って気まずかったが、どうやら怒ってはいなさそうだ。
ややあって、赤獅子はいつもより優しい表情と声音で。


「まあ、過去と完全に決別できた訳でもあるまい。お前の前世は間違いなく今のお前にも影響しているだろうからな」
「それはそうね。前世までの縁があったから、今こうしてリンク達と出会えたんだと思うし。過去には感謝してる」
「……あまり無理をするな。辛くなったらリンクでも私でも良い、誰かに吐き出して楽になりなさい」
「……はい」


ノティが穏やかに笑むと、赤獅子はようやく難しい顔を破顔した。


++++++


そして船レース当日。
空は快晴、波も比較的穏やかで絶好のレース日和だ。


『さあ今年もやって参りました、風を読め! 波に乗れ! 富と名誉とタウラを目指せ! 爆走ッ! 船、レエェェェーーースッ!!』


何の仕掛けかスピーカーでも通したように実況の声が響いているが、魔法か何かだろうとノティは無理やり納得した。
まだ午前中だがそろそろ昼と呼べる時間、順調に行けばタウラ島へは夕方、宵に入る前には着けるだろう。


「船レース、いつか船を手に入れて出てみたいって思ってたけど、まさかこんなに早く叶うなんて!」
「リンクはあんな一つの島だけに収まる器じゃないもんねー」


実況の熱い言葉と主催者の長話を無視していると、突然、隣の小舟から声が掛かる。


「ぬぬぬ! その緑の服に緑の帽子……もしやオヌシは妖精さんでは?」
「え」


二人して隣を見る。
視線の先にはやたらファンシーな装飾と塗装が施された赤獅子と同じくらいの小舟、そして何よりそれに乗っていたのは。
全身緑のタイツに身を包んだ、子供のような体型のオジサン……。


「……リンク、ノティ、レースに集中しろ」


ちらりとオジサンの方を見た赤獅子が、そちらからリンク達の目を離させようと前を向いて言う。
微妙な顔で従いオジサンから目を離したリンク達だったが、オジサンはそんな雰囲気に気付かないのか明るい声音のまま話し言葉を続けた。


「本物の妖精さんなんて初めて会ったのだぁ! 一緒にレースに出られるなんて夢みたい!」
「……」
「ぼくはチンクル。妖精になりたくてオヌシ達を探していたんだ、ぞ!」
「……」
「じゃあレースでぼくが勝ったら妖精さんにしてくれるって事で!」
「“じゃあ”で繋げられる会話してないけど!?」
「リンク、だめ! 相手にしちゃ!」


ノティがたしなめ、リンクの顔を逸らさせる。
これはアレだ、“へんしつしゃ”とかいう関わってはいけないタイプの大人だ。
チンクルとか名乗ったオジサンはそんな反応すら気にする事は無い様子。

やがてスタートの時間が近付いて船乗り達の間に緊張が走り、帆や舵を手に出航準備をしたまま構える。
スターターが光を放つ巨大なクラッカーを手にした。
船が多くスタート地点が長い船レースでは、音よりも速く伝わる光の方が確か。


『3……2……1……スタートッ!!』


パァン! と耳が弾けそうな破裂音と一瞬だけの強烈な光。
それを合図に船乗り達は一斉にスタートした。

ノティが広げた帆は風をいっぱいに受けて張り、リンクは波と風に動揺する舵をしっかり取る。
風はタクトを使うまでもなく追い風。
スピードが乗れば小舟ゆえ波で跳ね上がったりして、空の蒼と海の青に挟まれた海上、ついつい爽快な気分になって声を上げるリンクとノティ。


「ィヤッホーーゥ!!」
「こんな沢山の船と一緒に海を行くなんて初めて!!」
「楽しそうで何よりだが、ライバルが多過ぎる。何とかして先に出なければ、このままだと下位争いの方に巻き込まれてしまうぞ」


楽しさでついつい目的を忘れていたリンク達に赤獅子が状況を伝える。
そうだ、優勝して海図を手に入れなければ、また勇気のトライフォースから離れてしまう。
大きな船に前に出られれば追い越すのは困難。
団子状態の現状を突破して早いうちに上位争いのグループに入らなければ……。

瞬間、リンク達の耳に届く爆音。
思わずそちらを見れば、爆弾の砲撃を受けた船が煙を上げていた。


『おぉっと始まったぞ妨害合せ〜〜ん!! ゴールする前に沈む船は何隻だぁ!?』
「何だよそれぇっ!!」
『ちなみに航行不能になった船の船員はスタッフが美味しく救出しますのでご安心を〜』
「美味しく!?」


ちなみに妨害行為に関しては応募用紙に書いてあったのだが……リンク達はきちんと読んでいなかったようだ。
しかし妨害がOKなら何も気にする事は無い。
ノティは勇者の弓を手にして炎の魔法を込めると、前を行く大型船の帆目掛けて正確に射った。


「お、おい! なんか帆が燃えてる!」
「早く消せ、船まで燃え移るぞ!!」


帆が燃え失速する大型船。
リンク達はその横を悠々と通り越すが、得意気な顔をするノティを見たリンクがぽつりと。


「……ノティ、なかなか、過激だね……」
「スタッフの人が助けてくれるんでしょ? それらしき船がずっと付いて来てるし。さあリンク集中して、上手く波と風を捉えればまだ先に行けるよ!」
「もー、こうなったらやるしかないか! 頼んだよノティ、でも程々にね」
「分かってまーす。さすがに人は狙わないよ」
「……そうしてくれ」


微妙そうな声を出したのは赤獅子。
いくら勇気のトライフォースの為とは言え、まるで手段を選ばない悪役のような事をしているのが気になるらしい。
物事には優先順位という物があるから、口に出して咎めたりはしないが。

やがて差し掛かった南の三角島は体当たりをかまして来るシーハットの巣窟。
それをわざと赤獅子を蛇行させて他の船を盾にし、何の被害も無く抜けた。
この南の三角島まで辿り着いたら北西に向けていた船体を北に向ける必要がある。
リンク達も何とか上位争いに食い込めたので、この進行方向が変わる場所が差を付けるチャンス。


「あんまり大きくない船もあるけど、それでも赤獅子よりは大きい船ばっかりだ」
「小舟は小舟ならではの利点を活用しなきゃね。という訳でリンクお願い」


上位の船が軒並み北を向いた所で、リンクがタクトを振り風向きを南向きに。
思い切り向かい風となって船が次々と失速し、北へ進む為に風を掴もうと左右に蛇行運転させ始める。
近距離に多数の船があるので最小の動きで蛇行運転できる船はおらず、じわじわ進路がずれた結果、赤獅子以外 全ての船が真北のタウラへの航路から大きく外れた。
すかさずタクトで風向きを北にし、がら空きになったタウラ島への最短航路を一直線に突き抜けるリンク達はあっと言う間にトップに躍り出る。


「よくやったぞリンク、ノティ!」
「へへ。ノティが作戦 考えてくれたんだよ」
「皆で掴む勝利……良いわねこういうの!」


もう既に勝った気になっているリンク達。
しかしそんな彼らの隣、同じような速度で一隻の船が並んで来た。
驚いてそちらを見るとそこには……あの、やたらファンシーな装飾と塗装が施された船……。


「妖精さぁぁ〜〜んっ! やーっと追い付いたよ!」
「げっ」


すっかり忘れていた、あのチンクルという怪しいオジサンだ。
というかあの小舟、帆が無いし舵を取っている様子も無い。


「オジサン、その舟どうやって動かしてるのさ!?」
「チンクルテレパシーに決まってるじゃん! 妖精になりたくて一生懸命ガンバッてるんだ、ぞっ!」
「え、ちょ、え? まさかあのオジサン色んな意味で本物……?」


もし本当ならとんだ人だ。
そこまで“ガンバッて”いるのなら認めてあげたい気もするが……そうしようと思っても頭が拒否してしまう。


「(人を見掛けで判断しちゃいけないけど……アレは、うん、まあ、アレだ)」


ノティは心の中でそう思い、チンクルからそっと目を離した……。

神の塔を東側に望みながら北を目指せば、辺りが茜色に染まり始めた辺りで北の三角島に辿り着く。
ここまで来れば、タウラ島まではあと一エリア。


「二人とも、疲れてはおらぬか?」
「そりゃちょっとは疲れてるけど……弱音なんか吐いてられないよ、ボク達は絶対に優勝しなきゃ」
「油断すると抜かれて差を付けられそうだもんね」
「……まさかデッドヒートを繰り広げる相手が、あのような者だとは……」


そう、あのチンクル。
赤獅子とチンクルの船はとっくに上位争いから抜け出して大差を付けており、一位を2隻で奪い合っている状態だ。


『まさかのまさか、一位争いは2隻の小舟だぁっ!! 栄冠はどちらに輝くのか、全く予想もつかない競り合いが続いておりますっ!!』
「……何気にスタッフ船が一番速い気がする……」


難なく付いて来る、実況者を乗せた船が妙に怖い……。

日がどんどん暮れて行く。
大海原の広大さを物ともせず一面を茜色に染める夕日は、そろそろ水平線に接触しようとしている。
影だけ見えていたタウラ島も、家々の境界線や色がはっきり見えるまで近くに。


「もう少しだ、ゴールのゲートが見えて来た!」


タウラ島の港から少し沖、ブイに支えられて浮くゴールのゲートが確認できる。
リンク達もデッドヒートを繰り広げるチンクルも、思い切り気合いを入れた。


「赤獅子いっけぇえぇ!!」
「勝って妖精の国に連れてって貰うぞぉぉぉぉ!!」
「オジサンそんな約束してませんよ」


勢いと緊張を胸に視界に映るゴールを目指して疾走し、やがて残りは僅か。
リンクの舵を握る手に力が入り……その瞬間。


「ぶぇえっくしょい!!」
「え」


赤獅子が派手なくしゃみをした。
ほんの少し、本当にほんの少しだけ失速してしまうが、今は隣のチンクルと1秒さえ惜しいデッドヒートを繰り広げていた訳で……。
ほんの少しだろうが失速してしまえば抜き去る隙を与えてしまう訳で……。


『ゴォオォ〜〜〜〜ルッ!! 決まりました、優勝は謎の怪しいオジサン・チンクル選手〜〜〜〜〜!!』


港に着いたリンク達が見たのは、薄暗くなった辺りを篝火が煌々と照らす中、集まったタウラの人々の微妙な視線に気付かず祝福を受けるチンクル。


『2位は珍しい獅子頭の舟でエントリーしてくれた最年少・リンク選手&ノティ選手〜〜〜!!』


ノティの名前に気付き、知り合いのタウラ島民達が集まって口々にお祝いの言葉をくれる。
が、それにも曖昧な笑顔と返事でしか応対できない。
表彰式も終わってそれなりの賞金や賞品を手に入れたリンク達だったが、当然その表情は曇ったまま。


「す、すまぬ二人とも……まさかこのような下らない失態で……」
「あはは……。わざとじゃないんだから仕方ないよ。それよりこれからどうするか考えないと」
「あのオジサンに交渉してみる? 2位の賞金と賞品を全部あげるから、とか」


取り敢えずチンクルと話して交渉……と思っていたら、島民達から声が上がった。


「おい、あれ見ろ! 海賊船だよな」
「カフェバーで一杯やりに来たのか……?」
「えっ?」


島民達が向ける視線の先、月明かりに照らされたのは三日月にサーベルが刺さったマークを描いた帆の船。
もろに見覚えのある船を見守っていると、船首の甲板に例の人物。


「おい、優勝した怪しいオッサン! 優勝商品の海図を渡しやがれ!」
「ちょ、グラナティス!!」


12日ぐらい振りだろうか、金の長髪に赤い瞳、黒のコートを纏い黒の海賊帽を被った、“いかにも海賊”な出で立ちのグラナティス。
彼がなぜ海図を欲しているかは分からないが、従妹として止めなければとノティが進み出る。


「何やってるのよ!?」
「は? ……ノティ、リンク! お前ら居たのか!」
「いきなり来て海図を奪おうなんて何のつもり!?」
「い、いや、俺はただお前らの助けになろうと……っていうか、まさかレースに出てるなんて思ってなかったっつの! 遊んでる暇なんざ無いだろうって思って、こうして海図を……」


彼の話を要約すると、偶然目にしたチラシに描いてあった優勝賞品の中に、トライフォースの留め具がついた海図を見付けて気になったらしい。
つまりリンク達と同じ。
違いはレースに出ず漁夫の利を狙った所か……。
こういう考えが出る辺り、やはり彼も海賊なのだと思い知らされる。


「なぁんだ、妖精さん達、このマップが欲しいの?」


一部始終を眺めていたらしいチンクルが寄って来る。


「そ、そうだけど」
「ならあげるよ!」
「いいの!?」
「同じ妖精のよしみじゃないか、エンリョせずにほら、パーッと持って行っちゃって!」
「あ、ありがとう!」


“同じ妖精”とかツッコミたい事は色々あるが、余計な事を言って機嫌を損ねるのは得策ではない。
ここは礼を言いつつ素直に受け取るべき。
チンクルから海図を受け取ったリンクとノティはそれを広げ、幽霊船が出没する位置を確認する。


「月のマークが一緒に描かれてるね」
「これは月の満ち欠けよ。月の形が海図と一致する時に描かれてる場所に出現するんだわ」
「ちょっと、妖精さん」
「ん?」


二人で話し合っている最中、チンクルが割り込んだ。
彼を見ると、キラキラと輝きを放つような雰囲気で。


「約束どおり、ぼくを妖精さんにして!」
「は!? ボク達そんな約束してないよ、そっちが勝手に決めたんじゃん!」
「えー? じゃあ海図のお礼って事にしちゃって。それができないなら海図は返して貰わなきゃ……」
「リンク、逃げるわよ!」


ノティがリンクの手を引き走り出す。
2位の賞金と賞品を全てチンクルに向けて放り投げ、それ全部あげますからー! と一方的に叫んで赤獅子に乗り込んだ。


「待つのだ妖精さん!」
「リンク疾風の唄!」
「わ、分かった!」


リンクが疾風の唄をタクトで振り、竜巻を呼んで空高く飛び立つ。
その最中、グラナティスの声が聞こえた。


「待てよお前ら、ちょっと話が……!」
「竜の島に行くから、用があるなら来てー!」
「ったく、待ってろよ!」


明日は満月、海図の通りなら竜の島の北西にある月島に幽霊船が現れる筈だ。
タウラからも距離は変わらないが、ひとまずチンクルから逃れる為に移動する。

竜の島に降り立ち、グラナティスを待つリンク達。
やがて夜も更けてからグラナティスが海賊船でやって来た。


「よぉ、退魔の剣ってのは力が戻ったのか?」
「うん、バッチリ!」
「今どういう状況で何をやってるのか教えてくれよ」


リンクが説明している間、ノティは複雑な顔でグラナティスを見る。
復活したマスターソードに触れて完全に戻った記憶の中、前世までの彼とも一悶着あった事を思い出した。


「(グラナティスがこうしてリンクと仲間で、ハイラルの為に行動してくれるなんて……)」


時の勇者の時代から分かれた、こことは別の世界のハイラル……、黄昏と繋がった時代でもグラナティスと出会い共に戦ったが、やはり“最初”を思い出すと奇跡のよう。

やがてリンクが今までの事を話し終えると、それから数秒も置かずグラナティスが宣言。


「成程、最終決戦も近そうだな。なら俺も一緒に付いて行く」
「え? で、でも」
「俺だってこの海に暮らす一員だぜ? それにお前らみたいなガキが命を懸けて戦ってるってのに、ノンビリ航海してられるかよ」
「ガキって……」
「ムクれるなムクれるな。これでも尊敬してんだ、そんな小さい体に世界を背負って戦ってんだから」
「あたしは賛成。味方が増えるのは歓迎だし、グラナティスはハイラル王家の血を引いてるんだから無関係じゃないでしょ」
「そうそう、俺だけ仲間外れは無しだぜ。なあ赤獅子のオッサン、結果的に俺はアンタの子孫な訳だろ。リンクに口利きしてくれよ」
「うむ……。まあリンクはグラナティスの加入によって、ノティを取られやしないかと心配しているだけだ」
「ちょ、赤獅子!」


その言葉にグラナティスは少し意外そうな顔をする。
だがややあってイタズラっぽい笑みを浮かべると、ノティの隣に来て。


「そういう事なら父親が見つかるまで唯一の男家族として、お前がノティに相応しいか確かめてやるよ」
「はぁ!?」
「俺はノティの兄貴みたいなもんだし、おかしくもないだろ?」
「あ、兄って……」


戸惑うノティだったが、自分にルビニを重ねているのかもしれないと思うと拒否が出来ない。
それに兄か姉なら少し欲しいと思っていた。


「……まあノティの兄云々は置いといて、確かに味方が増えるのは助かるよ。よろしく、グラナティス」
「お、自分を抑えたか。そういうとこ意外に大人だな、得点をプラスしといてやる」
「やっぱ腹立つな!!」


ムキになるリンクと、軽い態度でいなすグラナティス。
そんな二人のやり取りが楽しくて、ノティと赤獅子は声を上げて笑った。

かつてのハイラルと因縁のある仲間が増えて行く。
叶うならここに自分ではないナビィや子竜、ダークやミドナも居て欲しかったが、それは不可能だし贅沢というものだろう。

どこかに生まれ変わりや平行世界の別人として存在していないものかと、少し考えたが……探すのはやめておく。
居るなら出会うだろうし、出会わないなら居ないのだ。
そこは運命に任せるしかない。


「(……運命、ねぇ)」


あれほど運命という物を嫌い呪っていた自分が、今はこんなにも運命を受け入れ、また頼りにしている。
それもこれも、この世界に来てハイラルやそこに暮らす人々を愛せたから。
今の人生でこうしてリンクやゼルダ、グラナティスに会えたのも運命に導かれての事かもしれないと思うと、嬉しくなった。


「(そして明日は、上手く行けば勇気のトライフォースにも再会できる……)」


今の自分ではない、かつての自分が愛した勇者に宿っていた物。
胸を引き裂く思い出が甦って来て、ノティはそっと目を閉じた。





−続く−



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