風のタクト
第16話 風の賢者と神殿と


メドリと別れ地上へ戻って来たリンクとノティ。
お互いに少し黙ったまま、やがて顔を見合わせると小さく溜め息を吐いた。


「必要な事だって、分かってても辛いわね」
「ね……。だけどメドリの行動を無駄にしないためにも、早く次の賢者様を探さないと。風の島へ行こう」
「……そうね。まだマスターソードに退魔の力が戻り切ってないみたいだし、まずは行動しなきゃ」


リンクの立ち直りに引っ張られるように、沈んでいたノティの心も浮き上がる。
こういう前向きな所はリンクの大きな長所だ。
赤獅子に乗り込み、タクトで疾風の唄をとなえて風の島に近いタウラへ向かう。


「赤獅子、マスターソードの力がまだ不完全って事は、まさか……」
「あまり考えたくはないが、残る神殿の賢者の安否が気がかりだな。急ごう」


赤獅子も二人の心を慮っているのか、メドリの事に関しては何も言わない。
ひょっとしたら王として、あんな少女に賢者となる決断をさせた事を不甲斐なく思っているのかもしれなかった。

タウラに着水すると辺りはすっかり夕暮れ。
しかし一刻も惜しいリンク達は、すぐ風向きを北にすると風の島へ向かった。
休むのは日が落ちてからで良い。
辿り着いた風の島は相変わらず、奥からの強風でまともな上陸さえままならない。
しかし氷山島で手に入れたヘビィブーツがあれば、この強風にも耐えられる。


「木とか有り得ないしなり方してるんだけど! よく折れないねこれ!」
「えー、なにー!?」
「きーがーあーりーえーなーいーしーなーりーかーたー……!!」


風の音が酷すぎて会話が上手く聞こえない。
こりゃダメだと、リンクはヘビィブーツを履いて重い鉄の音を響かせながら、ゆっくり風の出所へ。
島の奥には、凄まじい強風を吹き出す……タコのような印象の石像。
なんじゃこりゃ、と思う間もなくハンマーで破壊すると、瞬時に風が止まった。


「ノティ、止まったよ!」
「い、一瞬……。何百年もの間吹き続けていたであろう強風がハンマーの一撃で……。創造に比べると破壊は簡単だねリンク」
「ん、うん……?」


何だかしみじみと環境保護者みたいな事を言い出したノティに、頭でも打ったのか? とリンクは心配半分呆れ半分。
ノティが小難しい事を言い出さないうちに、いいから早く入ろうよとぐいぐい背中を押した。

洞窟の中は大地の神殿と変わらない造りのよう。
いつまでも燃え続けそうな二つの篝火と、正面にハイラル王家の紋章が刻まれた巨大な石碑。
石碑にはタクトの楽譜が刻まれており、またノティとリンクが二人で協力して曲を振る。
風神の唄というらしいその曲を奏でた瞬間、石碑のトライフォースが輝き、洞窟内に人が現れた。

……その姿を見た瞬間、ノティが息を詰まらせる。


「あっ……」
「ノティ?」
「オマエが新しい勇者か?」
「は、はい、そうです」


ノティの具合を訊ねる前に、現れた人物……どこか今のリンクと似た服装の少年に質問され、様子がおかしく見えるノティへの質問をリンクは続けられなかった。
お構い無しにその人物は言葉を続けるが、それにより更にノティが動揺する。


「オイラはコキリ族のフォド、こう見えても、とーっても偉い賢者なんだぜ」
「……コキリ族」
「ボクと同じくらいの年齢にしか見えないのに、賢者様に選ばれたんですか」
「ま、コキリ族は元々大人にならない種族だからな。というか、新しい大地の賢者もオマエらと同じくらいだったじゃないか」
「メドリを知ってるんですか!?」
「知ってるというか、彼女が賢者になったから“分かった”だけさ。それよりもマスターソードだ」


話を聞けば、フォドもマスターソードに退魔の力を注ぐ為のお祈りをしていたらしいが、やはりガノンドロフの手で葬られたそうだ。
フォドが示したのは、自身が手にしていたバイオリン。
これと同じ楽器を持つ者を探して風神の唄を教えてあげれば、メドリと同じように賢者として目覚めると。

しかし、探すまでもないとノティは考えた。
マコレだ。マコレが風の賢者に間違いない。
儀式でバイオリンを演奏していたのに加え、フォドがコキリ族だというのなら、かつてコキリの森だったという森の島が一番の関係要素に違いないのだから。


「オマエの持ってるタクトは昔、オイラたち賢者を指揮して神様を呼ぶ曲を演奏する時に使われてたんだ。その時は、いつも国王様が指揮していたんだけどね」
「だから赤獅子が持ってたのか……」
「国王様と一緒に旅してるんだろ? オイラは天国でもちゃんと演奏しているって、国王様に伝えてくれよな!」
「ま、待って下さい!」


消えようとしたフォドを寸でで引き止め、一歩近寄ったノティは彼と向き合う。
今更 躊躇いが出てしまったが、呼び止めたのだからちゃんと用件を言わねば。
きっとこれを確認できなかったら、ノティは一生後悔してしまうだろう。


「フォド様はコキリ族なんですよね。国が沈むまで、コキリの仲間達は何事も無く暮らしていましたか?」
「……ああ、オマエ、噂になってた輪廻の娘か。心配するなよ、みんな平和に日々を暮らしていたさ。と言ってもオイラは、賢者になる前……つまり、ガノンドロフがまだ復活の兆しさえ無かった頃の様子しか知らないんだけどね。ただコキリ出身の時の勇者とオマエの事は、ずっと語り継がれてたぞ」
「……そう、ですか。少し安心しました。有り難うございます」


ラルト同様、ノティと会った事は無くとも知ってはいるようだ。
ノティが触れ合ったコキリ族の仲間達と同じかは分からないが、彼らに連なる者達が平和に暮らしていたなら何よりだ。
コキリ出身のリンクが勇者だとはコキリ族の仲間達は知らないと思っていたが、全てが終わった後にゼルダなり他の者なり、誰かが話してくれたのだろう。
森から出てはいけないという掟も、精霊石が不要となり魔王も倒されてからは無くなった筈だ。

ホッとしたような表情で礼を言ったノティに、フォドはニカッと笑った。
ずい、とノティに顔を近付けると、とんでもない爆弾を投下する。


「オマエ、時の勇者とコイビトだったんだよな?」
「へ、えっ!?」
「はぁっ!?」
「少なくとも好かれてたらしいじゃんか。コキリ族の間ではそういう風に伝わってたけど違うのか? 違わないよな、オマエなかなか可愛いからきっと放っとかないよな。オイラも生きてたらな〜……」


残念そうに言うフォドに、いきなり時の勇者と恋人だとか可愛いだとか言われたノティは照れた。
容姿は生まれ変わる前と変わってしまっているので、今の容姿を指摘されても判断がつかないが、褒められるのは悪い気分ではない。
そうしてノティが頬に片手を当てて誤魔化すように視線を逸らしていると、リンクが急にノティの肩を掴んで後ろへ引っ張った。
そしてノティとフォドの間に割り込むと、やや声を荒げる。


「そのバイオリンを持つ人を探すんですよね、分かりました! 絶対に探し出すので期待して待ってて下さいね! 赤獅子にも伝えますのでご心配なく!」
「……」


その様子にフォドは呆然としたが、すぐ元の調子に戻って笑い出す。
仲良くやれよー、と、止まらない笑いを何とか抑えながら消えて行った。
フォドが消え去った後の洞窟内はしんと静まり返り、ぱちぱちと篝火の燃える音だけが反響する。


「……リンク?」
「お、お世辞に決まってるじゃん、可愛いなんて。真に受けて照れるなよ」
「ちょ、なにそれ! リンクだって妖精の女王様に好みだとか言われてデレデレしてたじゃない!」
「してないよ!」
「してた! リンクこそお世辞も分からずイイ気になってるんじゃないの!」
「なんだよそれ!」


言い合ううちに睨み合い、やがて ふん、と視線を逸らしてしまった二人。
何も言わずリンクが出口へ向かって歩き出し、ノティは少し離れてから付いて行く。
島の浜辺へ戻った二人が不機嫌そうな表情で頑として視線を合わせようとせず、ゴシップストーンを通し一部始終を見ていた赤獅子はやれやれと息を吐いた。


「話は聞けたようだし、今日はもう休むぞ」
「……」
「……ノティ、またリンクを家に泊めてくれるか?」
「…………うん」


溜めてから、リンクからも赤獅子からも目を逸らしたまま返事したノティ。
口論になった手前気まずいが、自分の我が儘で世界を救うリンクの体調を崩させる訳にはいかない。
かつてリンクを導いていた事もあるノティは、その辺りは公私混同せずに対応する事が出来た。
……が、そんな大人の対応をするノティを見たリンクには、複雑な想いが廻る。


「(ノティは……前世の記憶があるみたいだけど、こんな対応が出来るのも過去があるからなのかな。昔はノティも、もっと年上だったのかもしれないし……)」


そして同じくらいの勇者と、恋仲だったと……。
そう思った瞬間、また腹が立って来たリンク。
ノティはフォドに言われても否定しなかった。
という事は、たとえ恋仲なのが間違いでも好意はあったのかもしれない。
今リンクは、ノティと一番仲が良いのは自分だと自信を持って言える。
それなのに、いくら前世と言えど友人よりも親密であろう恋愛関係を持ち出されたら、自信が露と消えてしまいそうだった。


「(ボクが……ボクの方が今のノティとは仲良いんだ! 今の……)」


考えてから、つい今さっきの喧嘩を思い出した。
まずい、今のノティとも関係が危うかった。

リンクの立場からすれば、今まで誰よりも仲が良かったノティが可愛いと褒められたり、恋愛関係を示唆する事を言われ、慣れ親しんだ彼女が遠くへ行ってしまったように感じていた。
要は、異性というリンクとノティを何より隔てるであろう決定的な壁が、出現してしまった事に対する焦りが出た訳だ。
だからついあんな憎まれ口を叩いてしまった訳で……自分が情けないのは分かるが、心の整理がつかない。

ずっと一緒だと。
幼い頃から続く親しい関係をいつまでも続けられると、そう思っていたのに。
ノティが誰かと付き合ったり、まして結婚などしてしまえば、そんな付き合いは難しくなる。
まだ12歳になったばかりのリンクには、遠い未来にしか起こり得ない出来事だと思えていたのに、あのフォドの発言のせいでそれが急激に迫って来たように思えた。
ノティを色恋沙汰から遠ざけたい、まだまだ自分の一番傍に居てほしい。
そんな切実な想いから、憎まれ口が出てしまった訳だ。


「(……だからってノティも、妖精の女王様の事を引っ張り出さなくてもいいじゃないか……!)」


……分かってはいても、リンクとノティの意地っ張りはまだまだ続きそうだが。


タウラ島へ戻ってからノティの家で休み、ぎくしゃくした関係のまま朝を迎える羽目になった二人。
ノティもノティで、メドリにリンクと仲良くするよう言われた直後にこんな事になり、情けないやら申し訳ないやら。
何があってもリンクの味方だと、自分で言ったのに。
リンクには言っていないけれど、また巡り会えたも同然な彼と仲違いなんてしたくないのに。
何をこんな意地を張っているのか自分で分からない。
謝るきっかけを探してはいるけれど、先に謝るのはリンクの方じゃないかと、更に意地になったり。
いくら前世の記憶が蘇っても、今のノティは年相応の子供が基本だ。


「おはよう赤獅子」
「ああ、おはよう……まだ仲直りしておらんのか」


微妙に距離を開け、まだ視線を合わせようとしない二人に赤獅子は呆れた様子。
子供じみた子供らしい喧嘩に微笑ましい気分にならない訳ではないが、今は風の賢者を探すのが先だ。
ラルトの無念を晴らしたように、フォドの無念だって晴らしてやりたい。
それはリンクとノティも分かっているので、急ぎ赤獅子に乗り込むと疾風の唄で竜巻を呼び森の島へ飛んだ。


「風の賢者って、やっぱりマコレに違いないわよね」
「え、あ、うん、ボクもそうだと思う……」


普通に話し掛けて来たノティがあまりに唐突で、リンクは面食らった。
昨日の喧嘩は無かった事になったのだろうかと都合の良い考えが浮かんだが、雰囲気が昨日までと違うので、まだ心の中では引き摺っているのだろう。
つまり、ノティがまた大人の対応をしている。
その事実に気付いたリンクの心に再び広がる、じんわりとした嫌な気持ち。
子供扱いされているようで気に食わないのだ。
しかしここでまた突っかかっては昨日の二の舞、更に今以上の子供扱いは免れないはず。
なのでリンクも、ノティに視線は向けないまま会話を続けた。


「島の中に居ればいいね、マコレ。他のコログと違って他所の島へは行ってないと思うけど……」
「デクの樹サマに訊いてみましょ」
「そうだね」


……やはり違う。
昨日までのリンクとノティの関係は、こんな雰囲気ではなかった。
じく、と胸が痛んだのは、二人とも同じのようだ。

森の島へ辿り着くと外壁を登り川を越え、島の内部へやって来た二人。
中央の巨大なデクの樹の周囲をぐるりと正面へ回り、挨拶する。


「デクの樹サマ、こんにちは!」
「おお、リンクにノティではないか。万事、上手く事は進んでいるかな?」
「はい、順調です。今日はマコレを探しに来たんですけど、居ますか?」
「マコレならほれ、そこに……ん? おらんのう。この島のどこかに居るはずじゃが。すまぬ、探してみてくれんか」


森の島内部はさして広くないが、草が生い茂っていて小さなコログは隠れてしまう。
リンクとノティはマコレの名を呼びながら内部をくまなく探すが、なかなか見付からない。
それを見ていたデクの樹が、ふと二人の様子がおかしい事に気付いた。
ノティが反対側に離れてリンクが近寄ったのを見計らい、リンクを蓮の葉に乗せてこっそり訊ねる。


「リンク、お前達なにかあったのか? 何だか他所他所しい気がするが……」
「……実は、ノティと喧嘩しちゃったんです」


誰かに相談したかったリンクは、デクの樹に昨日の出来事を話してみた。
赤獅子でも良かったのだが、ノティも近くに居たので話せなかった。
リンクから やや掻い摘んだ経緯を聞いたデクの樹は、何でもない調子で。


「そうか。リンクお前、ノティの事が好きなのか。昔の勇者にヤキモチを焼いたのじゃな」
「な、別にボクは……!」
「違うのか?」
「それ、は……」


まだ12歳のリンクは そんな話題が照れくさい。
それが当たり前で今はまだそっと見守るべき時期かもしれないが、彼らは下手をすれば命を落としかねない冒険をしている訳で。
万一の時に後悔しないよう、素直になって欲しい。
些細な事で仲違いなど、そんな時間は出来るだけ過ごして欲しくない。
昔の……時の勇者と輪廻の娘の様子を少しだけ知るデクの樹はそう思い、優しげな声でリンクを諭す。


「のうリンクよ。誰かを好きだという気持ちは、恥ずかしい事や格好悪い事か?」
「っ、え……」
「違うじゃろう。その気持ちは素晴らしい事なのじゃ。そんな気持ちを持てるのは、お前が段々と大人に近付いておる証拠」
「大人に……」
「はっきり伝えるのはまだ照れくさいかもしれん。しかしお前達は明日をも知れない冒険をしておる。少しでもいい、素直な気持ちで行動してみんか?」


デクの樹の言葉に、リンクは考え込んだ。
もちろん彼の言う“好き”とは恋愛感情の意味。
今まであまりノティに対してそんな気持ちを考えた事が無かったが、言われてみれば昨日のアレはヤキモチだった気がする。
ノティを取られたくない、自分の一番で居て欲しいしノティの一番で居たい。
間違い無くそれは、リンクの本心なのだから。


「……謝ろうかな」
「うむ、まずはそれからじゃな。応援しておるぞリンク」


励ますように言われ、心に闊歩していた意地や照れが消え去って行く。
へらっと笑ったリンクの笑顔は、殆どいつも通りに戻っていた。

リンクとデクの樹の会話が終わる頃、ノティはマコレと一緒に島に残っていた薬屋のニヤトから、マコレがどこかでバイオリンの練習をしている事を聞いた。
恥ずかしくて、デクの樹にも内緒でこっそり島の外壁へ出ているらしい。

外壁を伝う川と滝、その中の海に最も近い滝の奥から微かにバイオリンの音色。
近くにあった木の枝にカギ爪ロープを引っ掛け、反動でジャンプし滝の裏側へ。
中は滝とバイオリンの音が響く涼しげな洞窟。
その更に奥、泉に囲まれた島でマコレがバイオリンの練習をしている。
間違いない、フォドが持っていた物と同じだ。


「マコレ、やっほー!」
「わあっ! リンクサマ、ノティサマ! どうしてここが分かったんデス!?」
「少しだけど音色が滝の外まで聴こえてたよ」
「あわわ……お恥ずかしい。来年の儀式で演奏する曲を練習していたんデスよ。滝や海の音が消してくれると思ったのデスが……」


みんなにはナイショにしておいて下さいね、と、表情は分からないが恥ずかしそうな様子で言うマコレ。
来年……その言葉に、メドリの時と同じような罪悪感がリンク達に広がる。
来年は無いんだよ、なんて言えない、言いたくない。
しかしこれもメドリの時と同じ、やらなければならない事だ。
リンクがタクトを取り出し構えると、マコレが嬉しそうに声を上げる。


「あっ、それはタクトじゃないデスか! リンクサマは指揮者サマだったのですか?」
「うん……少しだけどね、指揮できるよ」
「それはスゴイ! リンクサマ、ぜひ指揮をお願いしますデス。一緒に演奏いたしましょう」


無邪気にはしゃぐマコレを見ていると、騙しているような気になって来る。
それを振り払うように一つ深呼吸したリンクは、タクトを振って風神の唄を指揮した。
合わせて演奏していたマコレが、はたと止まる。


「あれっ、この感じ……なんでしょう? 前から知っていたような……」


呆然とした様子で呟いた後、バイオリンを構え直したマコレが何かに取り憑かれたように風神の唄を演奏し始め、それは洞窟内部に次々と反響してまるで合奏のように聞こえ始めた。
と、いきなりその場にフォドが現れる。


「えわっ、フォド様!?」
「リンク指揮続けて、マコレ止まっちゃう!」


マコレは相変わらず取り憑かれたように演奏を続け、フォドにも驚いたノティ達にも気付かない。
フォドもけらけら笑いながら演奏を続け、やがて大合奏状態になった洞窟内でリンクも遅れを取るまいと必死で指揮を執る。
遂に演奏が終わり、リンクとフォドはコンサートでも開いていたかのように並んでノティへお辞儀。
そして二人顔を見合わせるとお互いに笑い出し、フォドは消えてしまった。


「びっくりしたー……いきなり出て来るんだもんな」
「ふふ、メドリの時と全然違うわ。フォド様ってお茶目な人なのね」


まだお互いに謝罪していないが、ほんの少し気まずさが薄れた気がする。
もしかしたらフォドは仲違いの責任を感じて、二人の仲を取り持とうとしてくれたのかもしれない。
そんな二人に気付いているのかいないのか、マコレが遠慮がちに割り込んで来た。


「リンクサマ、ノティサマ。アナタ達の伝えてくれた聖なる曲で、ワタシは風の神殿の賢者として目覚める事が出来ました」
「……来て、くれる?」
「もちろん。マスターソードに退魔の力を蘇らせる事、それがワタシの使命デスから。祖先の無念を晴らすためにも、どうか風の神殿に連れて行ってください!」


賢者に触れ、マコレの心と記憶が使命に目覚める。
ノティはマコレを抱き抱え、リンクの後に続いて洞窟を後にした。
赤獅子に乗り込むと疾風の唄でタウラへ飛び、更に北の風の島へ。
辿り着き上陸すると、赤獅子が声を掛けて来る。


「二人とも、メドリがそうであったように、マコレにもきっと何か特別な能力があるに違いない。それを引き出してやるのだ」
「分かった! 大地の神殿みたいに、何か大掛かりな仕掛けがあるかもしれないしね」
「ああ、それと……雰囲気はマシになったが、早く仲直りしなさい。意地を張っていては、いざという時に失敗するぞ」


うぐ、とリンクとノティの声が詰まる。
意地の張り合いをしている場合ではないのは承知なのだが、まだお互いから謝罪の言葉は出ていない。
喧嘩をしているのデスか……? とマコレが不安そうな声を出したので、リンクとノティは慌てて場を繕う。


「そんなことナイナイ! ほら、あたし達すんごい仲良いから大親友だからっ!!」
「そうデスか……?」
「そうそう、だから心配しないでねマコレ!」


ややぎこちない笑顔で勢い良く言い、リンクとノティはマコレを促して洞窟の中へ。
石碑の前でリンクとマコレが風神の唄を演奏すると石碑がひび割れて壊れ、奥へ続く道が開かれた。
先にあった穴から下へ降りるとそこは、まるで木の中に入り込んでしまったような緑あふれる場所。
床は固められた土であちこちに苔や草が生え、壁色も土のようで神殿内部だとは感じさせず、森の島のような光まで飛び交っている。
墓場のようにおどろおどろしかった大地の神殿とは大違いだ。


「うぁ、明るい……禁断の森もこんな感じだった?」
「全然。ここより緑がいっぱいだったけど薄暗くてさぁ、気味が悪かったよ」
「ジメジメしていましたしね、恐ろしい場所デシた……」


マコレが頭を抱え(手が短いのでバンザイのよう)、怯えた鳴き声を上げる。
しかし風の賢者として目覚めた事を思い出したのか、すぐに立ち直った。
退魔の力を蘇らせるために早く行きましょう、なんて張り切ったりしていて。
目覚める前のマコレとは幾らか様子が違い、なんとも複雑な気分になるリンクとノティだった。

扉をくぐり先へ進むと奥行きのある広い部屋。
先の方は深い段差になっており、下方には柔らかい土が盛られた苗床が二つ。
先に進めそうな道が見える遥か前方は風が渦巻いていて通れそうにない。
風さえ止まればリンクはデクの葉で、ノティとマコレは飛んで行けそうだが。
すると下を覗き込んでいたマコレが、何かを思い付いたらしくリンクの服を引っ張る。


「リンクサマ、ノティサマ。あの苗床、怪しいと思いませんか?」
「あれか。気になるんだけど、植えられそうな物を持ってないし、掘るって訳でもなさそうだし……」
「種ならワタシが持っています。ちょっと試してみても宜しいデスか?」
「そうね、試せる事は何でも試さないと」
「分かりました、ワタシにお任せください!」
「ってマコレ、一人で行くのは危ないよ!」


制止が間に合わず、マコレはすんなりと下まで降りてしまう。
メドリの時も彼女が逸って飛び出してしまう事があったが、賢者として目覚めた事で退魔の力が衰えている現状に焦りが出てしまうのかもしれない。
慌てて追い掛けたリンクが着地したのと、魔法を使うウィズローブが出て来てマコレに狙いを定めたのは同時。
間に合わない、そう思ったノティはすぐに弓を構えて矢をつがえ、ウィズローブ目掛けて射ち出す。
命中した矢にウィズローブが怯んだ隙を逃さず、リンクが斬り付けて倒した。
ノティも下へ飛び降り、二人の元へ駆け寄る。


「二人とも大丈夫!?」
「大丈夫だよ。マコレ、やむを得ない状況じゃない限り、あんまり一人で行動しないでね。危ないよ」
「ハ、ハイ……すみませんデシた、お役に立てると思うとつい……。それにしてもお二人とも素晴らしいコンビネーション、やっぱり喧嘩しているなんて間違いデスね!」
「ん、うん……」


そう信じて疑わないマコレの無邪気さは相変わらずで、リンクとノティには却って気まずい。

改めてマコレが苗床に種を撒くと、驚くべき急成長で一本の木が生えて来る。
面白がったノティがマコレに種を貰いもう一つの苗床に撒いてみたが、何も起こらなかった。
やはり風の賢者であり森の精霊でもあるマコレだから出来る事なのだろう。

二つの苗床に木を生やすと行く手を阻んでいた風が止み、先へ進めるように。
メドリの時と同様、何度も助けられる事になりそうだ。
明るい風の神殿は大地の神殿で怯えていたノティにとっては気楽だった。
この雰囲気ならリーデッドも出て来ないだろうし、謎解きは三人で知恵を出し合いマコレの種の力を借り、戦いはリンクの剣とノティの弓矢で事足りる。

そう、順調に行きすぎていたが故、ノティはすっかり油断していた。
この軽い気持ちなら神殿を攻略した後、リンクに昨日の事を謝れるかもと、浮わついてさえいた。

とある部屋、崖に阻まれた先に段差があり、こちらより高い為リンクが渡れそうにない。
近くの扉は鉄格子で閉じられて開きそうにないが、ノティが飛んで段差の様子を窺うと所々に苗床が設置されていた。
敵も見当たらないのでノティがマコレと一緒に木を生やしに行く事になる。


「気を付けてよ、一見何も無くても仕掛けがあるかもしれないんだから」
「大丈夫よ、それに懸念すべきは敵でしょ? あたしだって戦えるし、無理そうならマコレ抱えて戻って来るから」
「……ボクも飛べたら」
「リンクサマ、ここはノティサマとワタシにお任せください」


少し悔しそうな顔をしたリンクを気にして、ノティはさっさと済ませて戻ろうとマコレを抱えた。
近い段差の苗床から順に木を生やして行き、一番奥の段差に木を生やすと扉を阻んでいた鉄格子が外れる。


「こういう仕掛けって分かんないわね、一体どういう原理なんだろう?」
「ワタシにも分かりません。けれどきっと、古の神々や賢者サマ達が……」
「危ないっ!!」


ノティが抱き抱えたままのマコレと話していると、遠くから切羽詰まったようなリンクの叫び声。
その時ようやく周囲に気を配ったノティは、自分の周りを取り囲むように四体のフロアマスターが出現した事に気付いた。
苦手なモンスターの登場にノティの動きが止まり、名を呼ぶリンクとマコレの声がいやに遠く聞こえる。
我に返ったのは二体のフロアマスターがノティの体を掴み、マコレを奪われ引き離されてから。
奪い返そうと必死で腕を延ばすも、その腕さえ掴まれ地面へ引きずり込まれる。


「いや、いやぁぁっ!!」
「ノティ、マコレ!!」
「リンクサマー!!」


飛べないリンクでは助けに行けず、ブーメランでは届かない上に弓矢はノティが所持している。
為す術なく、ノティとマコレが誘拐されるのを見ているしか出来なかった。
しかし希望は捨てない。
大地の神殿での例もあるし、きっと二人は無事だと信じてリンクは先へ進む。

……と、次の部屋、意外にすぐ二人を発見した。


「リンクサマ! ワタシ達はここデス!」
「マコレ!? どこ!」
「リンク、こっち! リンクから見て左の方だよ!」


円形の巨大なフロアの周りに、いくつか小部屋が付いているような広い部屋。
声のした方へ行くと、奇妙な石像に出入り口を塞がれているらしい牢が。
リンクの力ではとても動かせないし、今度は上部まで塞がっているのでノティが飛んで出る事も出来ない。


「二人とも待ってて、きっと方法はあるはずだから。絶対に助けるよ!」
「すみませんリンクサマ、ワタシがお二人をお助けしなければならないのに……」
「大丈夫、ボクだって助けられっぱなしじゃないよ」


にっこり笑い、リンクは神殿の奥へ駆けて行く。
それを見送ったノティは、ふぅと溜め息を吐いて背後の壁に寄り掛かった。


「ノティサマ、大丈夫デスか? リンクサマならきっとワタシ達を助けてくださいますよ!」
「……うん、それは信じてるんだけどね」


うっかり油断して、二度も同じモンスターに捕まってしまった自分の不甲斐なさに気が滅入る。
リンクとは まだちゃんと仲直り出来ていない後ろめたさがあるのに、更に足を引っ張るとは。
どうにも落ち込んでしまい体操座りで顔を俯けるノティを、マコレはなんとか励まそうと会話を続けた。


「……ノティサマ。アナタは昔の王国をご存知デスよね?」
「え? うん、まあ前世みたいな感じで、厳密に言えば今のあたしとは違うんだけど」
「ワタシも詳しくは分からないのデスが、思い入れならありますよ。いつか未来に、王国があった頃のような広い陸地を作るんデス」
「それって、森の島で儀式の後に言ってた……」


各地の島へ運んで行った、あの特別な大きい種。
あれらはデクの樹の力が込められた特別なもの。

木が育ち、土を肥やし、陸地を広げ、いつの日にかこの海域中の島を繋げるのだと、マコレは楽しげに遠い未来を夢想する。
それは素敵な事だ。海底に沈み、今は亡きと言っても過言ではないハイラル。
それと同じ場所に再び大地が姿を現すなんて。

ノティもかつてリンクと旅をした、あの美しい大地に想いを馳せてみる。
辛くも楽しく、悲しくも暖かい、あの記憶たち。
もう一度会いたいと願ったリンクに、また会えた。
それなのに今の自分達は。


「……マコレ。あたし達、マコレに嘘吐いてた。今ね、あたし達 喧嘩してるの」
「そうだったのデスか? だけど喧嘩中に息ぴったりなんて、きっとノティサマとリンクサマには切れない絆があるんデスよ!」
「切れない絆……?」
「ええ! まだ賢者になりたてのワタシデスが、それくらいは分かります」
「仲直り、できるかな」
「できます。賢者のワタシが言うのデスから、間違いありません!」


お調子者な面のあるマコレの明るい励ましに、ノティの心が軽くなる。
思わずマコレを抱えて抱き締めると、照れくさそうな笑い声が響いた。


「ありがとうマコレ、少し勇気が出たわ」
「ワタシに出来るのはこれくらいデスから。いつまでも見守っていられないのは事実デスし……」


何でもない調子で告げられた言葉に、ノティはマコレの為したい事を考える。
コログがどれくらい生きられるのかは分からないが、海が陸地になるには気が遠くなる程の年月が必要になるだろう。
完成を見られるとは限らない、寧ろ見られないのが当たり前といった所か。

マコレの夢は果てしない。
だからこそ彼は“結果が出るまで見守る事は出来ない”という覚悟を常にして来ていたのかもしれない。
賢者になった彼がメドリと違い寂しげな様子を見せないのは、そういった覚悟による慣れなのだろう。
もうコログの仲間達と会えない、演奏会のような楽しい儀式も出来ない、それらを受け入れる覚悟。


「マコレ……」
「何も言わないでくださいノティサマ。ワタシは全て受け入れます」


子供っぽくてお調子者、マコレに持っていたそんなイメージが変わって行く。
こんな覚悟が自分に出来るだろうか、この先何が起きても受け入れられるだろうかと、不安が過った。

ハイラル城で会った神は、もうすぐノティの贖罪の旅が終わりを迎えると言っていた。
元の世界へ帰らないとは言ったが、罪深い自分の身に何も起こらないとは考え難い。
そもそも今回、ノティにはどんな運命が待ち受けているのだろうか。
神から与えられた運命を呪い嫌ったノティに科せられた、【神から与えられる運命を受け入れ続ける】という罰。
過去の出来事を考えると、これからの気がする。


「……あれ? そういえばあたし、昔に……」
「? どうかなさいましたかノティサマ?」
「何か重要な事を忘れてる気がするの」


前世までの全てを思い出した訳ではないし、“二つに別れた歴史”のどちらにも行ったので記憶がごちゃごちゃする。
そもそも自分は、最後の最後にどんな結末を迎えたのだったか。
大人時代と子供時代で別々の決断をして……。

駄目だ、思い出さなければいけない気がするのに分からない。
これは罰なのだから、何が起きても受け入れなければならないが……予想が立てられるのと立てられないのでは、心構えが随分と違って来るだろう。
こうして何もしない時間が長いと、考えられるだけ考えてしまい不安が募る。
それを振り払うように首を小さく左右に振り、身を守るように体を丸めるノティだった。


++++++


それから暫くしてリンクが戻って来た。
すぐ開けるからねと明るく言うのでどうやるのかと見ていると、ヘビィブーツを装備したリンクは、何かを構えて入り口を塞ぐ石像めがけて発射した。

あれは……フックショット。
手元から伸縮自在の鎖が付いた楔を発射し、対象に撃ち込む事で飛んで行ったり、こちらが重ければ逆に対象を引き寄せたり出来る。
ヘビィブーツを履いたリンクの重みにより像が引き寄せられ、倒れて出入り口が開放された。
リンクに飛び付かんばかりの勢いで牢から出たマコレの後ろ、少し呆けたような顔でノティが出て来る。


「それフックショットよね。懐かしい……」
「え、知ってるの?」
「うん。昔、一緒に冒険してた時の勇者が使っててね」


懐かしくて笑顔でノティが言うと、リンクの顔がみるみる不機嫌になる。
あれ、と思ったのも束の間、俯いたリンクが拗ねたような声音で憎まれ口。


「……また時の勇者? もうボクなんかいらないよね」
「え、な、何でそんなこと言うの? いらない訳ないじゃない」
「だってノティは時の勇者が好きだったんだろ、じゃあボクなんてお払い箱じゃないか!」
「だからどうしてそうなるの、分かんないわよ!」


時の勇者を好きだという話は否定しないノティ。
これは確実だろうと思うと、リンクの心がじくじく痛んで辛くなる。
ここでデクの樹に指摘された通り素直になって、自分だってノティが好きなんだからと言えれば良いが……言葉が出ない。

もういいよ! と小さな子供のようにそっぽを向き、先に進もうとノティ達を促した。
ノティは戻りかけていた雰囲気が再び険悪になりかけている事に戸惑っているし、マコレも二人の様子がおかしい事にオロオロ。
何とかしたかったがこれ以上時間を潰す訳にもいかず、先へ進むリンクの後について行くノティとマコレだった。

気まずい空気のまま、しかし協力は惜しまず神殿を進む三人。
やがてボス部屋へ辿り着き、マコレを扉の外で待たせてリンクとノティの二人でボスの元へ。


「じゃあマコレ、ぱぱっと倒して来るから待ってて」
「ハイ……。あの、リンクサマ、ノティサマ。……気を付けてくださいね」


きっと二人の関係がぎくしゃくしている事に対して何か言おうとしたのだろう。
しかし言葉が見付からなかったのか、自分が何か言うべきではないと思ったのか、言葉を詰まらせた後は当たり障りない心配の言葉だけ。
ノティはマコレに笑顔で手を振ると、先に進んでいたリンクを駆け足で追い掛け、ボス部屋の中へ。

ボス部屋は大地の神殿と同じ円形の部屋だが、桁違いに広く、また入った場所から見ると深さがある。
中央にトライフォースが象られたハイラル王家の紋章が描かれた足場、その周囲、かなり広い範囲を砂が覆い尽くしていた。


「なに、この広さ……ボスも大きそうね、いつも以上に構えてた方が良いわ」
「……そうだね」


リンクはノティの方を向かないまま応える。
彼の心中を知らないノティは、何あれ、と不機嫌になりかけるが、これから戦いが始まるのだからと抑えた。
下の砂地まで飛び降りると、あちこちの壁から砂が滝のように降って来て足場を埋めてしまう。
次の瞬間、どこまで埋まっていたのかと言いたくなるような巨大なモンスターが砂中から飛び出した。

鱗で覆われた蛇のような体に、大きく開く口。
とにかく巨体で迫力が凄まじい。
奴は宙を一通り飛び回ると再び砂の中に埋まり、周囲を蟻地獄のようにして底から口だけを出す。


「奴は……モルド・ゲイラ! リンク、あの舌が怪しいわ。あたしが弓矢で攻撃してみる!」
「待ってノティ、フックショットで引き寄せられないか試すよ。退魔の力が戻りかけてる剣の方が強いはずだから!」
「あ、ちょ、リンク! ……蟻地獄に引き込まれないよう注意してね!」


言う事は尤もだが、今の気まずさを考えるとノティをスルーしたかったのではないかと思えてしまう。
仕方ないのでリンクが攻撃を試みている間、羽を出して周囲を飛び回り、罠や仕掛けが無いか確認。


「(特に砂以外には見当たらないか……あ、リンクがモルド・ゲイラの舌引っ張った)」


足下が動く為に照準が不安定だったが、蟻地獄に引き込まれる事なくフックショットが命中。
そのまま舌を引っ張り、引き寄せた所で何度も剣を斬り付ける。
かなりダメージが入ったようで、モルド・ゲイラは絶叫を上げて砂中へ逃げ込んだ。

すると、まるで親を守ろうとするかのように、小さなモルド・ゲイラといった姿の子供達が複数飛び出し、砂に潜ったり飛び出したりしながらリンク目掛けて突進して行く。
ノティはようやくの出番待ってましたとばかりに空中で弓矢を構えると、子供が砂から飛び出したタイミングを見計らい次々に撃ち抜いた。


「リンクは親を倒すのに集中して、小さいのはあたしが引き受けるから!」
「分かった!」


まだ子供を倒しきれないうちに、親のモルド・ゲイラが蟻地獄を形成する。
こんな時でもやはりノティを信頼しているのか、リンクは暴れ回る子供達を気にする事なく親に集中し、また同じように舌へダメージを与え続けた。
再び親が砂中に潜り、その頃には子供を全て倒し切っていたノティ。
また子供が出て来ると思い弓矢を構えていたが……次の瞬間、轟音を上げ親が宙へ飛び出して来た。


「きゃああっ!!」
「ノティ!!」


突然の事に対処が遅れ、気付けば宙を遊泳するように飛び回るモルド・ゲイラの口にくわえられているノティ。
奴はそのまま頭から砂の中へ突っ込んで行く。
急ぎリンクがその場所へ向かうと、蟻地獄の中心、潜った時の衝撃で脱出できたらしいノティが砂に沈みかけている光景が。
大慌てで蟻地獄に入ろうとするリンクを、ノティは鋭い口調で制止する。


「来ちゃダメ! あたしの事はいいから早くモルド・ゲイラを倒して!」
「放っとける訳ないだろ、今助けるから!」
「リンクまで沈んだら誰がこいつを、ガノンドロフを倒すの!?」


話している間にもノティの体はずぶずぶと沈んで行き、もう胸まで砂の中。
ノティを助けたいが、彼女の言う通り、リンクまで沈めば世界は終わってしまいかねない。
胸が詰まって再びノティの名を呼んだリンクに、ノティは埋まりかけている顔を笑顔に変え、今の状況に相応しくない優しい声で告げる。


「大丈夫、リンクなら絶対、世界を守れるから……」
「ノティーーーっ!!」


リンクの方へ延ばすように差し出されていた手が最後に沈み、遂にノティの全身が埋まった。
あまりの事にリンクは目を見開き、呆然として動かない。
リンクの足下まで蟻地獄が広がっているのを確認し、赤獅子がゴシップストーンを通じて檄を飛ばした。


『リンク、しっかりしろ! 敵を倒せばきっとノティは助かる、今は戦闘に集中して早く倒すのだ!』
「う……あ……」
『リンク!!』


叱り飛ばすかのような勢いの赤獅子にも焦りが窺える。
ノティは古の伝説にある時の勇者を導いた存在だという。
そんな存在なら砂に埋まるくらい何でもない筈だ……と、リンクに言い聞かせながら自分にも言い聞かせた。


『(そうであろうノティ、伝説を生きたお前は、こんな事で力尽きてしまうような存在ではなかろう!)』


リンクは辛うじて蟻地獄から脱出するが、まだ体が上手く動いていない。
手足が震えフックショットの照準さえ定まらなくなり、モルド・ゲイラの舌を捉える事が出来なくなる。
砂に沈んで行くノティが最後に見せた、あの優しい笑顔が頭から離れない。
動揺がいつまでも治まらず、迫って来る蟻地獄や追い掛けて来るモルド・ゲイラの子供達に追い詰められ始める。

リンクなら絶対 世界を守れると、ノティはそう言っていたが……。


「世界を平和にしたって、そこにノティが居なかったら意味ないじゃないか!!」
『だったら早く、モルド・ゲイラを倒してノティを救いなさいリンク!』
「えっ!?」


突然、どこからともなく女性の声が聞こえて来る。
ゴシップストーンを通じてテトラが喋ったのかと思ったが彼女の声ではないし、かと言ってノティの声でもない。
そもそも今の声は、ゴシップストーンを通したものではなかった気がする。

ただ一つ、言えるのは。
今の声を聴いたら、リンクに勇気と希望が湧いた事。
つい今までの意気消沈が嘘のように、自分なら出来る、敵を倒してノティを助け出せると思えた。


「だ、誰……!」
『私よりノティの事を気にして! 大丈夫、彼女はまだ生きてる。急げば間に合うわ!』
「ほんとに!?」
『ええ、モルド・ゲイラの体力はもう僅かよ。フックショットを上手く使えないなら使わなくていいから、一気に決めるの!』
「一気に……」


迫って来る蟻地獄の中心、巨大な口だけを出して獲物を待つモルド・ゲイラ。
そしてまだリンクを追って来る子供達。
思い付いたリンクは一目散に蟻地獄の方へ向かう。
力一杯 砂を蹴って跳躍すると、そちらから追って来る子供達の頭や体を足蹴に次々と渡って行った。
そして親の口の近くまで来た瞬間 渾身の蹴りで跳ね上がり、重力による速度が付加された剣身を弱点の舌目掛けて振り下ろす。


「ノティを、返せぇぇぇーーーっ!!」


最大の一撃が弱点に命中し、絶叫を上げたモルド・ゲイラが宙へ飛び出して行く。
しかし苦しげに唸ると宙で巨体が固まり、砂となって消えてしまった。
子供達も消えると増えていた砂が減って行き、ハイラル王家の紋章が描かれた足場の上に倒れているノティの姿が。


「ノティ、しっかりして!」


すぐに駆け寄りノティを抱き起こす。
気絶していたお陰か砂を殆ど吸い込んでいないようで、声を掛けながら優しく揺すると目を覚ました。
ノティは少しの間 焦点が定まっていないような虚ろな表情をしていたが、やがて瞳に光が戻り、その視線は自分を抱き起こして見下ろすリンクを映し出す。


「……リンク?」
「ノティ……! よかった、よかったぁ!」
「わ、ぅわ!?」


上体を起こしたノティを感極まったリンクが思い切り抱き締める。
突然の事に、ノティは顔を赤く染めておろおろする事しか出来ない。


「リ、リンクどうしたの、急に……えっと……」
「怖かったんだよ……ノティが、死んじゃうかもって、思って……!」


感極まっていたリンクの声が、次第に涙混じりのようになって行った。
抱き締めたノティの背後に顔を向けるリンクの表情は分からないが、きっと泣きそうに歪んでいるだろう事は分かる。


「こんな思いするくらいなら、つまんない意地なんか張るんじゃなかった……!」
「意地?」
「ノティ、ボク、時の勇者にヤキモチ焼いてた。ノティの一番はボクでありたいのに、勝手に割り込んで来ないでよって」
「え……リンク、あの、それって……?」
「ボクは、っ、ノティの事が好きなんだよ!! 時の勇者じゃなくって、ボクを見てよ!! ボクをノティの一番にしてよっ!!」


まさかの状態での告白に、ときめきやら照れやら焦りやらで心臓が爆発しそうになるノティ。
それから更に、昨日からの突っ掛かりや憎まれ口の理由まで聞かされ、思考回路が追い付いて来ない。
“昔”から想い続けていたリンクに告白され、嬉しくない訳がない。

今のリンクは今のリンク以外の何者でもなく、過去にノティが出会ったリンクとは別人である。
それでもノティの心は決まっていた。
前世の記憶があっても、今のノティは今のノティだ。
生まれも育ちも考え方も経験も、前世とは違う。
“今のノティ”が心奪われるリンクは、今 目の前に居る彼なのだから。

そしてガノンドロフの味方はしない、リンクの味方をすると決めた瞬間から、ずっと覚悟を決めていた事。


「(……これで本当に、あなたとはさよならね)」


ノティは心中にガノンドロフを浮かべそう思うと、まるで蓋をするように、思い出をそっと沈める。
胸が苦しくて痛むけれど、もう駄目だと自分に言い聞かせた。
そして自分を抱き締めていたリンクを一旦剥がすと、彼を真っ直ぐに見つめて。


「……あたしも、リンクのこと、好きだよ。“キミ”が一番だよ」
「ノティ……!」


嬉しさで感情が爆発しそうなリンクがもう一度、力一杯ノティを抱き締める。
それに抱き締め返してあげながら、幸せな思いで胸を満たすノティだった。

……が、次の瞬間。


「……あのー……」
「え……わぁぁぁ!?」


いつの間に入って来ていたのか、マコレが申し訳なさそうに近付いて来た。
リンクとノティは慌てて離れ、付いた砂を払いながら立ち上がる。


「喧騒が消えて……躊躇っていましたが、急がねばと思い直し入って来たのデスが……。あの、お邪魔してしまいまして……」
「あー、うん、大丈夫だよ気にしないで! 大事な使命だもん、しょうがないよ!」
「じゃあマスターソードへのお祈り始めようか!」


焦っているのが伝わらねば良いが、望み薄だろう。

大地の神殿と同じ、足場に描かれたトライフォースの紋章が輝き始める。
そこにマスターソードを立て、マコレがバイオリンを構えてリンクも風のタクトを構えた。

指揮によって奏でられる風神の唄。
マコレの隣に先代賢者のフォドが現れ、共に風神の唄を奏で始める。
演奏しつつ少しノティの方を向いてイタズラっぽく笑ったフォドに、今度ばかりは余裕も出来て手を振ってみたり。

演奏が終わる頃にフォドは消え、同時にマスターソードがいっそう光り輝き、遂に真の姿を取り戻す。
リンクは手に取ったマスターソードから溢れんばかりの力を感じ取った。


「これが……本当のマスターソード。凄い、勇気がみなぎって来る!」
「リンクサマ、これでマスターソードの退魔の力は完全に復活いたしました。祖先も、とっても満足しているようデス。この光が続くよう、ワタシはここで神への祈りを続けます」
「マコレ……」


全てを受け入れるとは言っても、やはりほんの少し寂しさが滲んでいる。
デクの樹サマやコログの皆に何かあったら力になってあげて下さいと言った彼に、リンク達は迷わず頷いた。

やがてトライフォースの紋章から光の柱が伸び、海上への道が開かれる。
リンクとノティがその光に乗ったのを見計らい再びバイオリンの演奏を始めたマコレは、音楽に負けじと声を張り上げた。


「お二人が仲直り出来たようで安心しました。これからのご武運を祈っておりますデス、どうかご無事で!」
「うん、マコレも元気でね!」
「絶対にガノンドロフを倒して、ボク達の海を平和にしてみせるから! どうか見守っててね、賢者様!」


叫ぶようにマコレへ声を掛ける二人の体は、もう宙へ浮いている。
マコレは二人が風に乗って消えてしまうまで、バイオリンで……風神の唄ではなく、来年の儀式で演奏する予定だった曲を弾き続けた。

いつか古の王国のような広い大地を作り出す事を夢見ていた森の精霊は、夢見る大地の源流だった王国で祈りを捧げる。
自分は見られなくとも、きっと仲間達は見る筈だ。
新しい世界を、平和になった海を、そして遠い未来、島々を繋ぎ一つの陸地となった、広い大地を。
そこを吹き抜ける風はきっと、リンクやノティのように優しく仲間達を包んでくれる事だろう。


「さぁ……練習練習」


今世でなくていい、来世でもいいから、その広大な大地を踏み締め、バイオリンの音色を奏でたい。
夢見る精霊は夢見る賢者となり、開かれるべき明るい未来へ祈りを捧げた。





−続く−



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