風のタクト
第15話 大地の賢者と神殿と


疾風の唄でプロロ島まで飛んだリンクとノティ。
風は東向きなのでそのまま、プロロからエリア1つ分 東にある大地の島を目指す。


「にしても、まさかプロロのすぐ隣のエリアにそんな重大な島があったなんてね……。今まで何も知らずに過ごしてたなんて信じられない」
「無理も無いわよ、ガノンドロフが蘇らなかったらきっと、ハイラルなんて知らずに居ただろうし」
「そうならないのが一番だったのだがな……。私としては複雑な気分だ」


赤獅子は自国民の子孫が脅かされなければ良いという気持ちと、かつての滅んだ国を知って欲しいという気持ち両方を持っている。
王としてどちらの気持ちも自然な事だろう。
自分はどうだろうかと考えを巡らせるノティ。
確かに魔王が復活しないに越した事は無いけれど、リンクと自分が守った国や伝説を知って欲しい、そしてガノンドロフに会いたかったという気持ちが無い訳ではない。
それは勿論、前世までの記憶を取り戻した後から培われた物だけれど、紛れも無い自分の気持ちだから。

色々と考えている間に大地の島へと辿り着いた。
島には人の顔のような巨大な岩があるが、パワーリストを装備した今のリンクにとって障害ではない。
ひょいっと持ち上げると放り投げて壊したリンクに、ノティが唖然としてから声を荒げる。


「障害じゃないにしたってアッサリ持ち上げすぎじゃないリンク!? 見た目とまっっっっったく釣り合ってないよ!」
「だって何か持てるんだもん、しょうがないじゃん! ほら、ノティも付けて持ち上げてみなよ、絶対にサッと持ち上がるから!」
「イヤーッ! 女の子に何て事させるつもりなのよリンク、サイッテー!」
「……お前達、賑やかしいのは結構だが道が開かれたのなら進まんか」


ゴシップストーンを使うまでもない位置から呆れた赤獅子の声。
特に叱るような声音ではなかったが、リンクもノティも慌てて入り口へ。
中は薄暗く、いつから燃えていたのか二つの篝火と、正面にハイラル王家の紋章が刻まれた巨大な石碑。
石碑にはタクトの楽譜が刻まれており、これは振るしかないだろう。

いつも通りノティがリズムを取り、それに合わせてリンクがタクトを振る。
地神の唄というらしいその曲を奏でた瞬間、石碑のトライフォースが輝き洞窟内に人が現れた。
いや、正確には人間ではなく、ノティにはよく見覚えがあるが この時代では全く見なくなってしまった種族……ゾーラ族だ。
しかしノティの知るゾーラとは、容姿こそ大した違いは無いが雰囲気が段違い。
服を着ているからというのもあるが、まるでこの世の者ではないような、そんな……。
そのゾーラ族は静かな語り口で二人に話し掛ける。


「マスターソードに選ばれし勇者よ……わたくしの名前はラルト。その昔から、この大地の神殿でマスターソードに退魔の力を宿すため、神への祈りを捧げて来たゾーラ族の賢者」
「賢者様……。でもゾーラ族って?」
「昔ハイラルがあった頃、とある渓谷に住んでいた水を統べる一族だよ」
「おや、よくご存知ですね」


リンクの質問に答えたノティにラルトは意外そうな瞳を向けたが、改めてノティを見ると何か合点がいったように小さく頷いてみせた。
恐らく彼女は時の勇者時代より後の者だろうからノティを直接は知らないだろうけれど、賢者として神に触れる存在となったからには、輪廻の娘であるノティの噂ぐらいは聞いた事があるのだろう。


「ラルト様、マスターソードに退魔の力が無いんです。何が起きたんですか?」
「ガノンドロフの策謀です。時の勇者により滅ぼされたガノンドロフが再びハイラルに蘇った時、奴はその剣の力を消し去るべくこの神殿を襲い、わたくしの命を奪い去りました」
「えっ! じゃあラルト様は今はもう……?」
「ええ、既にこの世の者ではありません。退魔の祈りを捧げる事すら出来ず、こうして神殿を訪れた方に話をするのが精一杯……。しかし、マスターソードに選ばれし勇者が地神の唄を覚え、こうして存在しているからには事が動くでしょう」


ラルトは、自分に代わり新たに神殿で祈りを捧げる賢者が必要な事、その賢者はラルトの血を引き、彼女が持つ聖なる楽器と同じ物を持っている事を教えてくれた。
幾星霜が流れ代が変わろうとも、血に込められた使命は伝承されている筈だと。
地神の唄は、その賢者に神への祈りの曲を思い出させ、賢者として目覚めさせる為の物だそうだ。
賢者を探し出して目覚めさせ、その者が奏でる曲でのみ大地の神殿への扉が開くと。

一通り話し終えると、どうかご武運を、と頭を下げた後にラルトは消え去った。
手掛かりは彼女が持っていた聖なる楽器……不思議な形をしたハープ。


「うーん、手掛かりがそれだけじゃあねぇ……。楽器って言えばマコレかな?」
「でもマコレが持ってたのはバイオリンだし、他のコログ達は歌を歌って楽器なんか使わなかったよ」
「そうなんだよなぁ。ハープ……誰か持ってた?」


洞窟の中で唸っていても浮かばないので、取り敢えず戻り赤獅子に相談する。
赤獅子も思い浮かばないらしく暫し考えていたが、やがて何かを思い付いて#NAME1##達に告げた。


「賢者様は、自らの血を引く者と仰っていたな。ゾーラ族がどこへ行ったのか心当たりがあるぞ」
「え、どこ!? 今まで旅してて一回も見かけなかったけど……」
「ゾーラ族は水中を自在に移動する一族だが、知っての通りこの海は生身で長く入っていると力を奪われ、最悪の場合は死に至る。そこで彼らは進化を遂げ、別の場所を自在に移動するようになったという話だ」
「別の場所って?」
「空だ」


途端に二人の頭に浮かぶ、自らの特性を活かして郵便配達を生業とする一族。
どうせ手掛かりなどハープ以外に無いのだから、少しでも思い付いた可能性は試してみるより他ない。
空の一族……リト族の誰かが楽器を持っていないか虱潰しに訊ねてみようと、二人は赤獅子に乗り込み疾風の唄で竜の島へ。

……到着した途端、風に乗って聴こえて来る音。
間違い無い、誰かが外でハープを弾いている。


「ちょ、ちょっと探してみる! リンクはポストハウス目指して登ってて!」
「分かった。頼むね!」


ノティは背中に妖精の羽を出現させ、着水地点からすぐさま飛び立つ。
音の聴こえる方へ聴こえる方へ……と上がって行くと、すぐ見付かった。
ポストハウスの中腹、岬のようになっている高所でハープを奏でる……メドリ。


「メドリ!」
「えっ……あ、ノティさん! ご無事だったんですね、コモリ様から聞いて心配していたんですよ!」
「ごめんね、この通りピンピンしてるから大丈夫よ」
「今日もお一人ですか? リンクさんは……」
「今日はリンクも一緒。地道に登って来てるよ」


着地しながらメドリと会話するノティ。
やっぱり背中の羽の事を訊かれたけれど、話すと長くなるので、色々あったのよ、とだけ言って誤魔化した。
話しながらノティの視線は、メドリが片手に抱えている楽器に注がれている。
間違い無い、ラルトが持っていた楽器と同じ物。
ちょっと待ってて、と再び飛び上がったノティはポストハウスに入ってリンクを連れて来る。
ノティより久々なその姿を見たメドリは、更に嬉しそうだ。


「リンクさん、お久し振りです! お話はコモリ様から伺っていましたが、こうやって元気なお姿を拝見できてホント、安心しました」
「メドリも元気そうで何より。コモリもすっかり飛べるようになってて、危険を冒して魔獣島まで助けに来てくれて……立派でびっくりしたよ」
「うふふ、でしょう。最近はワタシが居なくても何でもお一人でなさって、話す事と言えばリンクさんとノティさんの事ばかり。成長していくコモリ様を見ていると嬉しいような……だけど、ちょっぴり寂しいような……」


母親みたいで変ですよね、と寂しそうな笑顔を浮かべるメドリにノティは、リンクをチラ見してから、分かるよ、と頷いた。
メドリは今、演奏の為の練習をしていたらしい。


「これもお付きの大事な仕事でして……もっと皆さんの役に立ちたいんです」
「メドリ……」


笑顔で告げるメドリに、ノティは胸が締め付けられる。
きっと立派になって行くコモリに追い付こうと必死なのだろう。
今まで世話を焼いていた相手が成長し、安全地帯から飛び立って行く……その寂しさと焦りはノティもよく理解できた。
そんな彼女の頭に過る、時の勇者の時代、賢者となるべく聖地へ旅立った者達。

メドリが賢者になったら?
きっとリト族の仲間に、そしてコモリにも別れを告げなければならないに違いない。
罪悪感が満ちるが、やらなければならない。
世界の命運が自分達に委ねられているのだから。

ノティは視線で合図をし、リンクはそれに倣ってタクトを取り出した。


「あっ、それタクトじゃないですか! リンクさん、指揮して下さるんですか?」


目を輝かせるメドリにリンクまで罪悪感が広がってしまった。
それを振り払うように目を瞑って地神の唄を振ると、合わせてハープを弾いていたメドリが、はたと止まる。


「……不思議な曲ですね。何と言うか、懐かしいような、何か……思い出しそう、な……」
「メドリ!?」


突然ふらつき、そのまま倒れてしまうメドリ。
間一髪リンクが支えるが、完全に気を失っている。


「ど、どうしようノティ! ポストハウスに運ぶ!?」
「待って、これは賢者を目覚めさせる唄だって言ってたじゃない。もう少し待って、起きなかったら運ぼう」


ノティの提案にリンクも頷き、座り込んでメドリを楽な体勢にしてあげる。
魘されているような様子は無く、呼吸も表情も至って穏やかだ。
ふと岬から海へ目をやったノティは、真正面の離れた海に神の塔の影が見えている事に気が付いた。
ひょっとすると、見えない遥か彼方は大地の島かもしれない……。
これらの方角を見ながらハープの練習をしていたなんて、偶然だろうか?

やがてメドリが目覚めた。
その表情は何かに心を奪われているような曖昧なものだったけれど、声だけはしっかりとした意思が感じられる。


「今、賢者様が優しく語りかけて来ました……。ワタシがこれから、何をしなければならないかを。リンクさん、ノティさん、お二人のお陰で、大地の神殿の賢者として目覚める事が出来ました」


こんなワタシでもお役に立てる事があっただなんて……と、メドリは一筋、涙を溢した。
彼女の話によると、ハープを持っていたメドリに目を付け世話役に任命したのが、コモリの祖母でメドリの師匠である人物らしい。
師匠はきっと、この事を知っていたんですね……と、寂しそうに呟くメドリ。


「お二人とも、どうかワタシを大地の神殿に連れて行って下さい。そして早く、マスターソードに退魔の力を蘇らせるのです」
「リト族の皆とか……それに、コモリには何も言わなくていいの?」
「いいんです。このままそっと抜け出しましょう。ワタシは……彼の中では、単なる“お付きのメドリ”のままで居たいから……」
「メドリ……」


メドリの言葉に、先程までの罪悪感とは違った理由でノティの胸がちくりと痛む。
リンクは勇者だから、勇者と宿命付けられているから、自分も輪廻の娘である事や時の勇者を導いた妖精である事を話せた。
しかし、もしリンクが伝説と何の関係も無かったら。
きっと言えなかった。
遠い存在になんてなりたくない、自分はリンクの幼馴染みで親友で、その位置を失いたくない。


「分かったメドリ、このまま行こう。いいよねリンク」
「うん……メドリがそう言うなら仕方ないや、大地の神殿に行こうか」
「すみません。ワガママを聞いて下さってありがとうございます」


ポストハウスの中を通らないよう、メドリは岬の崖際から翼を広げて下へ滑空。
まだ長い距離は飛べないようで、魔獣島まで飛んだコモリにすっかり追い抜かれてしまっている。
こういった事実も、メドリを焦らせた原因の一つだろう。
メドリを赤獅子に乗せるとさすがにスペースが無くなったので、ノティは羽を出して飛ぶ事に。

リンクがタクトで疾風の唄を振り、ノティはしがみ付いて一緒に風に乗る。
再びプロロ島へ着水し東へ向かって大地の島へ。
上陸すると赤獅子がメドリへ声を掛けた。


「メドリ、この先の神殿は先代賢者の命を奪った魔物が巣くう恐ろしい場所だ。リンクとノティの言う事をよく聞いて、また無茶をしない程度に二人を助けて欲しい。必ず生きて深部へ辿り着き、マスターソードに退魔の力を蘇らせるのだ」
「はい。リンクさん、ノティさん、至らない者ですがどうぞ宜しくお願いします」
「大丈夫だよメドリ、ボクとノティがきっとキミを無事に送り届けるから」


それが別れだとリンクも分かっているだろうが、それを感じさせないように明るい声音で返答をする。
ノティは何も言わず、視線を向けたメドリに笑顔で頷いてみせた。
三人は洞窟に入り、石碑の前でリンクとメドリが地神の唄を演奏する。
石碑がひび割れて壊れ、奥へ続く道が開かれた。
先にあった穴から下へ降りると正面に巨大なドクロを上部に掲げた扉があり、そこまでは浅いが谷があって、歩いては行けない。


「メドリ、あそこまで飛べる?」
「はい。このくらいの距離でしたら問題ありません」
「じゃあメドリとあたしは良いとして、リンクは……デクの葉があったか」
「それで届きそうだね。けど二人とも良いなあ。ボクだけじゃん、飛べないの」
「へっへっへ、良いでしょ〜。メドリ、リンク置いて先に行っちゃおうか」
「ダメですよノティさん、みんなで進まないと。もしもの事があったら大変ですから」
「えっ、あ、はい」


冗談のつもりだったのに、生真面目なメドリに真剣に返され素っ頓狂な返事をしてしまったノティ。
ぶふっ、とリンクが吹き出したので、頬っぺたを引っ張ってみたり。


「ひょ、いふぁい!」
「ふんだ、ホントに置いてっちゃおうかリンク?」
「いたた……大丈夫大丈夫、ノティが本格的にボクを置いて行くなんて事、絶対にしないって信じてるから」


笑顔で告げられた言葉に予想外にときめいてしまい、頬をじんわり赤くさせそっぽを向いたノティ。
向いた先には丁度メドリが居て、赤くなった顔を思いっ切り見られてしまう。
さあ置いて行かれないよう早く行こう、なんて先に扉をくぐるリンクを追い掛ける事も出来ずに、暫くメドリと見つめ合うノティ。
ふとメドリが微笑んで、ノティに話し掛けた。


「リンクさん、ノティさんの事をとても信頼されてるんですね」
「あ、はは……。まあ幼馴染みの親友だからね、このくらいは当然っていうか」
「お好きなんですか? リンクさんの事、恋として」


笑顔のままメドリが放った言葉に、これまた笑顔のまま凍り付いてしまうノティ。
まさかメドリの口からそんな言葉が出るなんて。
普段の生真面目っぷりからして、そういう気持ちには鈍いと思っていたのに。
え、あ、う、と更に顔を赤くして返答できないでいると、肯定と受け取ったメドリがますます楽しげに笑む。
それに対しノティが出来た事と言えば、強がって話を返す事だけ。


「そ、そういうメドリだってコモリの事はどうなの、本当は好きなんじゃ?」


言ってからノティは、思い切り後悔した。
賢者として目覚め、リト族の仲間達と黙って別れる決心をした彼女に、残酷な事を訊いてしまったと。
出した言葉を引っ込める事など当然できず、ノティは気まずい思い。
しかし意外にもメドリは笑顔のまま、だがどことなく寂しさを滲ませた声音でノティの質問に答える。


「……分からないんです。ワタシ、彼に恋しているのか、弟や子供のように思っているのか、どちらの意味で彼が大事なのか、全く……」
「そっか……。でもあたしも案外、リンクに対してそういう部分もあるかも。親友だけど、どこか弟分みたいな感じになっててさ」
「ノティさんは大丈夫ですよ、きっとリンクさんもあなたの事、恋愛の意味で好きだと思いますから」
「そ、そうかな。そうだったら嬉しいな。ありがとメドリ」


コモリと別れるメドリの手前 喜んで良いのか複雑な気分のノティだが、心優しいメドリの事、きっと喜んだ方が彼女も嬉しいだろうと踏んで素直に喜んでおく事にした。
こんな事になったからには曖昧なままコモリ様に伝えなくて良かったと、メドリは寂しそうな笑顔で言う。
そんな彼女を見たノティの脳裏に過る、緑に身を包んだ一人の少女。
森を司る賢者になった彼女もひょっとしたら、今のメドリと同じような気持ちだったのかもしれない。

……と、そこまで考えた所で、扉の向こうからノティ達を呼ぶリンクの声。
お喋りし過ぎた事に気付き慌てて扉をくぐる二人。
扉の先は広い空間になっていて、霧でも掛かっているのか視界が少しぼやけ、奥の方はあまり見えない。
話している間にリンクがモンスターを倒してしまっていたようで、広い空間は静まり返っていた。


「遅いよ二人とも、モンスター倒しちゃった」
「ごめん、つい」
「すみません、つい話し込んでしまって……。以後気を付けますね」
「メドリを危険な目には遭わせられないから良かったけど。扉に鉄格子がかかってるんだよね」


リンクは、敵を全滅させても開かないならどこかにスイッチがあるはずだと言う。
広い空間、目立つのは2本の巨大な柱。
ノティが飛び上がって柱の上を見ると、それぞれ1つずつ、計2つのスイッチを確認できた。


「スイッチが2つあるよ、両方を同時に押したら開くんじゃないかな」
「では、ワタシが」


メドリが腕を翼に変えて飛び立ち、柱の上に着いた。
ノティも柱に降り、二人同時にスイッチを踏むと鉄格子が開き、扉に入れるようになる。


「メドリ、最初に会った時に比べたら随分と飛べるようになったんだね!」
「必死に練習して、まだこれっぽっちですけどね。コモリ様は海を渡れるくらい飛べるようになったし、ワタシも頑張らないとって思って……」


もう先程と違いメドリの声音は明るかった。
少しならリンクを掴まらせて運べるようだし、謎解き面でも助けられそうだ。
次の部屋は中央に天井から光が漏れている部屋。
何かありそうだと用心しながら進むと、ゼリー状のモンスター・チュチュが現れるが、今までに見た事の無い真っ黒な体をしている。


「ノティ、メドリを頼むよ!」
「任せて!」


リンクは入り口にノティとメドリを待機させ、黒チュチュの群れに突っ込み剣を一閃させた……が、斬ったそばから体が水滴のように分離し、そのまますぐ元に戻ってしまう。
斬っても斬っても結果は同じ、爆弾やブーメランでも倒すには至らない。
じわじわ囲まれ、追い詰められてしまうリンク。


「リ、リンク! これちょっとまずいかも……」
「そんな……! ワタシ、お手伝いします!」
「メドリ!?」


ノティが止める間もなく走り出すメドリ。
慌てたノティが床を蹴って羽で飛んだら、予想外に勢いが付いてメドリに体当たりしてしまった。
メドリがバランスを崩して転んだ先は、穴の開いた天井から光が差し込んでいる場所。
メドリがそこへ入った瞬間、彼女が背負っているハープに光が反射し、一筋の光線のようになる。
それを見たノティの頭に瞬時に浮かぶ、黒チュチュへの対抗策。


「メドリ、ハープで光を反射させて黒チュチュに当てて!」
「は、はい!」


すぐさま立ち上がり、ハープを手に持って光を反射させるメドリ。
光線を浴びた黒チュチュが瞬時に石となり、リンクがハンマーを叩き付けると粉々に粉砕され、もう復活しなかった。


「良かった、合ってた! ごめんねメドリ、体当たりしちゃった」
「び、びっくりしましたけど……大丈夫です。怪我の功名ですね」
「無事だから良かったけど、次からはあんな無茶しないでね。もしもの事があったら大変だよ」
「はい……」


何にせよメドリの言う通り、怪我の功名だ。
賢者から受け継いだであろうハープには演奏以外の使い道もあった。


「やっぱりこの神殿、メドリの力が必要だね。飛べるノティにも助けられそう」
「そうね。あとは光の反射か……鍵になりそうだから覚えておこうか」
「分かった。モンスターはボクに任せて!」


攻略のアイデアを出し合うリンクとノティにメドリは微笑ましくなって、少しの羨ましさが滲み出ないよう微笑んだ。
自分とコモリもあんな風になれたら……と、今更どうしようもない事を考える。
賢者としての使命を果たす事が自分の生まれ持っての定めなのだから、今は神殿を攻略する事に集中しないと……と、メドリは感傷的な思考を振り払った。

メドリの協力もあって、三人は順調に神殿を進む。
ハープで光を反射する行動は様々な仕掛けや敵の突破にも役立ち、この分なら今までのダンジョンより簡単に攻略できるかも、とリンクは浮かれ気分。
しかしそんな彼とは打って変わって、ノティは先程から嫌な予感が拭えない。
リンクにしたら大した事は無いかもしれないが、ノティにとっては死活問題。


「(リーデッドとかフロアマスターが出て来たらどうしよう……まともに行動できる自信がない)」


ノティはお化け関連の物が大の苦手。
モンスターだと思えば大抵は大丈夫なのだが、モンスターだろうが何だろうが苦手なのが、リーデッドとフロアマスターの2つ。
先程 入った部屋に棺があってビクビクしてしまった。
幸い中から出て来たのはバブルだったので、少し驚くだけで済んだのだが。
神殿の中は広いものの墓場にも感じるおどろおどろしさがあり、まさに幽霊やゾンビの出番といった風。


「(まずい、非常にまずい。この雰囲気 絶対にリーデッド居るでしょ……!)」
「ノティ、その壁!」
「えっ?」


リンクが急に声を上げ、何事かとノティが自分の傍にある壁を見た。
壁がずっと続いていると思っていたのに、よく見ると壁には窪みがあって棺が立てられた形で置かれている。
歩いていたので急に止まれず、一歩近付いた瞬間に棺の蓋が倒れて来て、中から……。


「いやぁぁぁぁっ!!」


ノティの悲鳴と棺から出て来たリーデッドの甲高くおぞましい叫びが重なり、ノティの体が固まる。
リンクが慌てて、ノティにしがみ付こうとしているリーデッドを何度も斬り付け倒した。
金縛りが解けたノティは呆然として、メドリが駆け寄っても自失したまま。


「だ、大丈夫ですかノティさん、お怪我は……」
「………だ」
「え?」
「もうやだぁあぁぁ!!」


今度はノティの方がメドリが止める間もなく走り出してしまった。
夢中で逃げ、リンクが叫び声を上げたのに全く聞こえていない様子。


「ノティーっ、そっちフロアマスターが!!」
「うわっ!?」


床から真っ黒い手が伸び、ノティを鷲掴み。
そのまま床に開いた影のような穴に引きずり込まれ、ノティの姿は完全に消えてしまったのだった……。

リンクとメドリはノティを探しに進み、先が鍵の入った宝箱のみで行き止まりだったので来た道を戻る。
発見したのは最初の方に訪れた広い部屋で、気付かなかったが扉の上部、割と高い場所に檻がある。
ノティはそこに囚われてしまっているが……。


「えっと、ノティ? その檻、上が開いてるから飛んで出られるよね?」
「お断りします」
「えぇー……」


すっかり怯えてしまったのか、体操座りして顔を俯けたまま上げようとしない。
リンクとしては、今まで勇敢に付いて来てくれた彼女がここまで怯えるとは予想外で、唖然とするばかり。


「リンク、メドリ、後はよろしく頼んだ。私はどうやらここまでのようだ……。事が済んだら迎えに来て下さいお願いします」
「……一人になるよ? 万一があっても大丈夫?」
「うぐ」
「絶対に三人で居た方が安全だってば。今までのダンジョンからして、敵の親玉を倒したら直通で神殿の外に出られるだろうし、迎えに来るの遅くなるよ?」
「うあぁぁ……」


変な唸り声を上げ、どうやらかなり迷っている様子。
見かねたメドリが、ワタシも怖いけど頑張りますから、と慰め、怖がっているのが自分だけでない事に少しだけ安心したか、やがて飛んで自分から檻を出た。


「うあぁ……ごめんね二人とも、手間取らせたね」
「いいえ。それにしても驚きました。ノティさんにも怖いもの、あったんですね」
「ちょっとちょっと、何をおっしゃるメドリさん。あたし怖いものだらけよ。でもリンクが無駄に勇気あるだけで、あたしは普通だと思ってる」
「ボ、ボク?」
「確かにリンクさん、驚くならまだしも何かを怖がるなんて、あんまり想像できませんね」
「ボクにも怖いものあるんだけどなぁ。怒ったノティとか怖くていふぁいいふぁいいふぁい!」


軽口を叩いたリンクの頬を再びつねるノティ。
少し騒いでいると気が楽になったのか、ノティにも笑顔が戻ったようだ。

リンクに先行して貰いながら神殿を更に進む三人。
メドリのハープのように光を反射できるミラーシールドを手に入れたり、それらを駆使して謎を解いたりしながら神殿を東奔西走し、やがてボスが居るであろう部屋の入口へと辿り着いた。


「じゃあメドリ、あたしとリンクで敵の親玉を倒すから、迎えに来るまで待っててね」
「はい。お二人とも、どうかお気を付けて……」
「ノティー、ボスがでっかいリーデッドとかじゃなかったらいいね!」
「言わないでよ考えないようにしてたんだからー!」


またもにわかに騒がしくなり、リンクがノティの緊張を解す為に揶揄った事が分かっているメドリは二人を微笑ましく見送る。
リンクとノティが中に入ると、そこには……色とりどりの亡霊のようなモンスター・ポウが賑やかに声を上げながら跳ね回っていた。
あら楽しそう、なんて思う間もなく気付かれ、ポウ達が1つに纏まり巨大な姿へと変貌してしまう。


「へへんだ、ポウなら沢山居たって巨大化したって怖くないもん! 昔に比べて可愛くなったし!」
「昔どんなだったの……?」
「ガチ幽霊」
「うわあ」


取り敢えずポウは光が弱点だ。神殿の中でも戦ったし、巨大化した所で弱点が無くなる訳でもあるまい。
ノティが巨大なポウ……ジャイ・ハーラの周りを飛び回って撹乱し、その隙にリンクがミラーシールドで天井から漏れた光を当てる。
ジャイ・ハーラが光に怯んで倒れた……が、剣で斬り付けても厚い脂肪で跳ね返されるだけで、全く手応えが感じられない。


「これは……別に倒す方法がありそうだね。ノティ、またボクが囮になるから周りを見てくれる? 何かあるかも!」
「何かって言うか、棘の付いた柱があるけど。そいつフーセンみたいだし、あちこち刺したら空気抜けちゃうんじゃないの?」
「いや空気じゃないでしょ」


一応ツッコんだリンクだが、今までノティのアドバイスには助けられたのだし、実行してみる。
円形の部屋は周りに無数の棘の付いた柱があった。
ノティにミラーシールドを渡し、彼女がジャイ・ハーラに光を当てて怯ませ、パワーリストを付けたリンクが持ち上げると棘の柱目掛けて投げ付ける。
さすがに破裂とまではいかなかったが、ジャイ・ハーラが再び複数のポウに分かれたので、そこを攻撃。


「いけるよ、この調子で数を減らしてやろう!」
「オッケーイ、ミラーシールドはあたしに任せて!」


二人で協力し、ジャイ・ハーラの炎攻撃や体当たりをかわしつつ、同じ行動を繰り返してポウの数を減らす。
やがてポウが完全に居なくなった後にはジャイ・ハーラの仮面だけが残り、その仮面も逃げる途中で光を浴びてしまい、完全に消滅したのだった。


「仮面が本体だったんだね。……じゃあ、メドリを呼ぼうか」
「そうだね……」


遂に別れの時。
ノティの胸に過るのはやはり古の賢者達で、メドリが使命を有意義に感じてくれる事を、ただ祈るばかりだ。

ジャイ・ハーラが消えた部屋の中央、トライフォースの紋章が輝き始める。
そこにマスターソードを立て、連れて来たメドリがハープを構えるとリンクも風のタクトを構えた。

指揮によって奏でられる地神の唄。
ノティがぼんやり見ているとメドリの隣に先代賢者のラルトが現れ、共に地神の唄を奏で始めた。
夢中で祈りながら演奏しているリンクやメドリは全く気付いていない。
ラルトはノティと目が合うと微笑み、そして演奏が終わる頃、リンク達に気付かれないまま消えた。
マスターソードが輝き、真の姿に戻るまであと一歩。
メドリはマスターソードを見つめながら口を開く。


「リンクさん、まだ退魔の力は完全ではありません。マスターソードを蘇らせるにはもう1つ、風の神殿の祈りが必要なのです」
「分かった。必ずマスターソードを完成させるよ」
「メドリのためにもね」


リンク達が戦うのは魔王を倒す為、世界を守る為。
そうとしか考えていなかったメドリは、ノティの言葉に唖然とした。
リンクも否定など一切せず笑顔で頷いている。


「なぜ、ワタシの……」
「難しく考えちゃダメだってば。メドリの使命や決心を無駄にしないためだよ。この戦いの裏には一人の女の子が居るって事、あたし達は常に胆に銘じておく」


賢者ではない、普通に暮らしていた、真面目で頑張り屋な女の子のメドリ。
マスターソードの向こうにその姿を見据え、絶対に忘れないと二人は言う。
メドリは泣きそうになったのを堪え、二人に精一杯の笑顔を向けた。
トライフォースの紋章から光の柱が伸び、これに入れば今までのダンジョンと同じく、風がリンク達を外へ運んでくれるだろう。


「ワタシは、ここで神への祈りを続けます。……コモリ様に何かあった時は、どうか、宜しくお願いします」


頭を下げたメドリに、任せてよ、と明るく返事をして、リンクが一足先に光の柱へ入り風と共に消えた。
ノティも行こうと光の柱に入りかけた瞬間、メドリが顔を上げる。
そこに浮かんでいるのは、やはり眩しい笑顔。
しかしどことなく寂しげにも見えるその表情で、メドリは1つ、付け加えた。


「ノティさん、リンクさんといつまでも仲良く、どうか……お幸せに」
「……ありがとう。メドリも、元気でね!」


ノティも泣きそうになるのを堪え、精一杯の笑顔をメドリに向けた。

彼女が風に乗って消えた後、メドリは1つ息を吐き、静かに目を閉じて祈り始める。
その脳裏に浮かぶのは、明るいリンクとノティの笑顔、リト族の仲間達、そして……コモリの姿。


「ワタシも守れる。もう何も出来なかった頃のワタシじゃない。……ワタシも、あなたを、……守れる」


呟いて、ハープを弾く。
穏やかで優しく、その中に明るさや頼もしさも垣間見えるその旋律は、メドリそのもののようだった。





−続く−



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