風のタクト
第14話 古の血


妖精の女王から矢に炎と氷の魔法を宿す力を貰ったリンクとノティは、海図に示してあった火山島と氷山島へ向かう事に。
まずは疾風の唄をとなえて森の島へ飛び、一つ西のエリアにある氷山島へ。
冗談ではない程の冷気と猛吹雪に行く手を遮られるものの、解決策は既に二人の手の中にある。


「じゃあリンク、矢に炎の力を宿して、島の……あの中央にある竜の頭みたいな形した岩山見える? あれを狙ってみて」
「分かった、あれだね」


遠目からも冷気を吐き出している事が分かる島中央部の岩山に、リンクは炎の矢を放つ。
するとすぐに冷気が消え、猛吹雪も少量の雪になって氷山島への道が開けた。
二人は赤獅子から降りると氷に覆われた島に上陸する。
敵は居ないものの寒いしつるつる滑って仕方ない……が、空を飛べるノティには関係無いようだ。
風を切るため寒いが、リンクのように滑って転んだりしないし、島の中央を満たす泉に落ちる危険も無い。


「ちょ滑る、また滑る! て言うかノティずるい、ボクも乗せてよ!」
「無理だよ、あたしじゃ短い時間しかリンクを持って飛べない。あの岩山に着く前に泉に落ちたい?」
「……いやだ」
「先に様子を見て来てあげるから、ファイット!」


足をもたつかせるリンクを置いて偵察に向かう。
ぐるりと島を一周してみたが、やはり敵の影は無い。
冷気を吹き出していた、竜の頭のような形をしている岩山の口の中に地下への入り口を発見する。

泉の上を動いている流氷の足場を伝ってやって来たリンクに促し、中へ。
ちょっとした氷の滑り台(手すり無し、落ちると冷え切った泉にドボン)をクリアして手に入れたのは、吹き荒れる強風をものともしなくなるヘビィブーツ。
確か風の神殿入り口は強風によって遮られていたし、これで入れそうだ。

次は火山島へ向かうため赤獅子に乗り込み、疾風の唄で竜の島へ。
そこから一つ南のエリアへ向かえば火山島だが、吹き上がる溶岩を見ていたノティがぽつりと呟いた。


「ねぇリンク、あの小島めちゃめちゃ噴火してるけど、やっぱり氷の矢よね?」
「だと思うよ。妖精の女王様もノティに魔法の力くれれば良かったのにね」
「でも妖精の女王様はあたしなら出来るって言ってたよね。……ちょっとやらせてくれない?」


そう言えばそんな事を言われていたなと、ノティの主張にリンクは弓矢を手渡す。
彼女が妖精だと知って驚いたリンクだが、今となってはどんな事が出来るのか楽しみにもなっていた。
妖精の女王から力を授からなくても出来るなら凄いし見てみたい。


「じゃあここは頼んだよ。てっぺんから火柱が上がってるけど、あそこ狙うんだよね」
「そうそう、きっと熱と火山灰を抑えられるわ」


ノティが弓矢を構え、集中しながら凍てつく氷のイメージを浮かべる。
先に氷山島へ行っていたので助かった、想像が容易だ。
すぐに矢の先から冷気が迸り、頃合いを見たノティが矢を放つと、的確に火柱を射抜いた矢によって冷気が火山島全体を覆い上陸可能に。

リンクは赤獅子を停泊させて火山島の狭い足場を慎重に登って行く。
ノティは飛びながら島を見回り、鳥のモンスター・カーゴロックが居たので弓矢で倒しサポート。
火山の天辺にある噴火口から中へ入り、溶岩の足場を渡った先で手に入れたのはパワーリスト。
リンクの何倍もある巨大な岩を持ち上げられるようになる便利な腕輪で、巨大な岩で入り口が塞がれていた大地の神殿へ入れるようになる筈だ。

火山島から出た後、リンクがパワーリストをまじまじ見ているのに気付いたノティ。
どうしたのか訊ねると、彼は……。


「ノティ、この腕輪ちょっと着けてみて」
「へっ? なんで?」
「これを着けたらボクを抱えながら長く飛ぶ事が出来るんじゃない? ね、やってみてよ!」
「……お腹、空いたね。タウラ島も近いから晩ご飯にしようか」
「あれ、どしたのノティ。ちょっとぐらい良いじゃん、ねえ!」


なぜ断られるのか分からないリンクは赤獅子に乗り込むノティに追い縋る。
明確に断ってはいないが、これは断ったも同然だ。
別にノティはリンクと一緒に飛ぶ事自体が嫌な訳ではない。
何となく、こう、自分がリンクを抱えて飛ぶという行為が耐え難い気がする。
今の小さく可愛らしい姿のリンクならまだしも、過去の成長したリンクが記憶にあると、どうも……やはり耐え難い。


「……リンク、空を飛びたい気持ちも分かるから、また今度……。えっと、抱えるんじゃなくて肩車とか他の方法を考えましょ」
「抱えるのダメ? ノティが嫌ならしょうがないや、それでも良いよ」
「決して嫌って訳じゃないからね、それだけは誤解しないでねリンク」


まだ12歳のリンクにこの微妙な心が分かるか不安だったけれど、旅の中で何度も成長した頼もしい姿を見ているので、分かって貰えたと信じる事にしたノティだった……。


++++++


疾風の唄をとなえタウラ島へ戻ったリンク達。
やはり便利な唄で、着水ポイントが数ヶ所しかないとは言え移動が格段と楽になり助かる。

辺りはすっかり夕暮れ時。
ノティとリンクはいつもの場所に赤獅子を停泊させ、カフェバーに行こうと町の坂を登る。
……と、その先からざわめきが聞こえ、人だかりが出来ている事に気付いた。
そう言えば港の方に人が殆んど居なかったなあと考えながら近付くと、騒ぎの中心になっている人物に気付いてぎょっとする。


「ルビニちゃん! どうしたの、大丈夫!?」


リンクとノティが魔獣島で助け出した少女。
ノティを誘拐した海賊団の船長グラナティスの妹で、グラナティスが見付かるまでタウラの世話好きおばさんに預けていた。
ルビニは具合悪そうに蹲っており、よく見ると体が少しだけ透けていて……。


「ルビニちゃん、体が……!」
「お兄ちゃん……会いたい、お兄ちゃん……。リンクさん、ノティさん、お願いです。お兄ちゃんを見つけて来て下さい……」
「分かった、すぐ探しに行くから安静にして待ってるんだよ」


リンクとノティはすぐに頷き、空腹も忘れて港へと駆け戻った。
赤獅子に乗り込み海図を広げると西側の海に注目する。
疾風の唄で空を飛んでいる最中も下方を見ながらグラナティスを探していたが、大地の神殿 風の神殿、氷山島に火山島……竜の島や森の島も経由したものの、飛行ルートの関係で西の方は殆ど探せていない。


「リンク、赤獅子、まずは魔獣島の方へ行ってみない? グラナティスはガノンドロフと契約してたハズだから、近くに居るかも」
「そうだね。ひとまず疾風の唄で飛んで空から探そう。ルビニちゃんの様子が普通じゃなかったし、早くしないと!」
「しかし二人とも、親子島の着水ポイントは……」


魔獣島に近いのは親子島。
しかし着水ポイントは崖に囲まれた妖精の泉で、船は自力では出られない。
けれど時間も惜しい。
ノティとリンクは上手く調節し、妖精の女王が居る閉ざされた泉ではなく、近くの海に着水する事に成功した。

……ライチンが着水ポイントを指定していた意味が身に沁みて分かった。
かなり揺れた上に風に帆を取られ船の操舵が上手く行かなかったのである。
もっと使いこなせれば違うかもしれないが、神から直接授かった風術は なかなかに乱暴者だ……。


「……まあ今回は仕方ないがな、リンク、ノティ、次からはこのような無茶をするでないぞ」
「き、肝に銘じます」
「動かしてたのに酔いそう……うぷっ」


魔獣島へ出向いたがグラナティスは見付からず、次に魚の島へ飛んだ時に付近でグラナティスの海賊団を発見したノティ達。
空から降って来た小船に驚愕した彼らに大砲まで撃たれそうになったが、ノティが飛び出した事で止まってくれた。


「待って! 居るんでしょグラナティス、話を聞いて!」
「……お前らか。魔獣島が大惨事になってたが、まさかお前らがやったんじゃねぇだろうな?」
「ルビニちゃんの心配? 彼女なら大丈夫よ、会いたがってるからタウラ島まで来て!」


ルビニの名前を出されたグラナティスが目を見開く。
早く行こうと急かすノティ達に船員は疑いの眼差しを向けるが、グラナティスは少し考え込んで。


「面舵一杯! 至急タウラ島へ向かえ!」
「お頭、信じるんですか!? 魔獣島を壊したのも奴らかもしれねぇ、ひょっとして仕返しする気じゃ……」
「……俺はあの小娘を疑いたくない、分かるだろ」


船員達はグラナティスの言葉に顔を見合わせる。
彼らもノティがルビニに似ているとは思っているので気持ちは分かるが、グラナティスが心配なのもまた確か。
傍若無人な前船長から救われた恩があるし、慕っているのだ。

船員達は迷っていたが再度グラナティスから命じられ観念し、舵を切って方向転換するとタウラ島へ向かい始めた。
リンクは風の唄で追い風にしてあげると、先に行ってるよと疾風の唄で飛び上がり、タウラへ。

グラナティス達が辿り着く頃には夜も更けていた。
島民達は殆んどが家の中で、海賊船が来た事による騒ぎは無し。
船乗りが多く荒っぽい事に慣れている人々は見ても気にしなさそうだが。
船員は船に残ったのかグラナティスだけやって来て、案内されてルビニが世話になっている家に通された。


「ルビニ! ルビニ、俺だ。分かるか!?」
「……お兄ちゃん」


ベッドに寝かされていたルビニは、触れるものの以前より体が透けている。
力無い笑みを向けたルビニにグラナティスは泣きそうな顔をして手を取り、両手で握り締めた。


「悪い……一緒に居られなくて、あんな所に閉じ込めさせてて……。守れなくて、悪かった。馬鹿な兄ちゃんを許してくれ……」
「ううん。わたしね、またお兄ちゃんに会えただけで幸せなの。お兄ちゃんは、わたしのために何かさせられてたんでしょ? そうして、わたしを守ってくれたんでしょ?」


ルビニの言葉にグラナティスが嗚咽を漏らした。
貰い泣きしそうになったノティは顔を俯け、リンクも黙り込んでいる。
小さく話し掛けながら、ただルビニの手を包んで項垂れていたグラナティス。
最後に何かしたい事は無いかと問うと、ルビニは兄へ向けていた顔を上へ向かせて天井を見つめる。
何かと思って待っていたら、タウラの灯台の火を見たいのだと言う。


「お兄ちゃんの船の上から、タウラの灯台の明かりが見たいの。あれが大好きだった。ダメかな?」
「タウラの灯台……確か数ヵ月前に消えてからそれっきりだな。動かせるか?」


その言葉を聞いたノティは、ふと灯台の火が灯る場所にあった予言めいたパネルを思い出した。
燃え盛る矢がどうのと書いてあり、燃える矢と言えば妖精の女王に教えて貰った。
風車を動かせば灯台が起動するはず、それから炎の矢で火を灯せば……。


「グラナティス、それ何とかなるかもしれない!」
「な……本当か!?」
「リンクにも協力して貰う事になるけど、良い?」
「もちろんだよ!」
「ありがと。取り敢えずグラナティスはルビニちゃんを船に連れて、灯台の明かりが見える都合の良い場所へ!」


言われ、グラナティスはルビニを抱き上げ船へ走る。
ノティとリンクはタウラ島の町の中央にある風車へ行き、灯台の役目も兼ねるそれを見上げた。
風車の羽の部分にゴンドラが付けられ観覧車としても存在するそれは、今はただ静まっているだけ。
辺りはすっかり夜、火が灯ればよく見えるだろうが。


「動いてないね……。で、どうするノティ」
「まずは風車を動かそう。タクトで風向きを……北にしてみてくれる?」


OK、と快い返事でタクトを振ったリンクは風向きを北に変える。
そこから飛び立ったノティは風車の裏へ回ると、高所に設置されたスペースにあるスイッチを踏む。
ガコン、と鈍い音がして羽が回り始め、それを確認したノティは風車の上、灯台の火があるスペースへ。
リンクも風車の中を通って階段を駆け上がり、ゴンドラに乗ってやって来た。

灯台の火を灯すべき燭台はぐるぐる回っていて、これなら後少しで灯台としての役割が果たせるようになる筈だ。
光を遠くまで届かせる為、ラッパの口のような形をした燭台がそれぞれ対極を向いて水平に回っている。
リンクがゴンドラから燭台のあるスペースへ降り立った瞬間、ノティが構えていた炎の矢を射った。
瞬間、強烈に光り輝いた燭台。
めらめらと燃える魔法の炎は遠くの海上をも照らす。

タウラからやや離れた南の海、光の帯に照らされたグラナティスの船が見え、リンクが望遠鏡で覗くと甲板にグラナティスの姿、そして彼に抱き抱えられたルビニの姿。
リンクはそれを確認するとすぐに望遠鏡を下ろした。
これ以上野暮な覗きはするまいと思ったのか、後はただ、眺めの良い高所から光の帯と輝く夜空をノティと共に眺めていたのだった。


++++++


ノティとリンクが風車を降りて港で待っていると、急にリンクの持つゴシップストーンが輝き始める。
赤獅子かと思って取り出すと、何と聞こえて来たのはグラナティスの声。


『……ん? 何だこりゃ、話せるのか? 今から戻る。色々と話したいから待っててくれねぇか?』
「い、いいけど……。何でこの石が使えるの?」
『石? いや、分からないが何となく……取り敢えず合流しよう、戻るから』


石の輝きが消え、待っていると失意の様子でグラナティスが戻って来た。
ルビニの遺体を抱えているものと思っていたが、彼は一人きり。
三人でカフェバーに入り彼の話を聞く事に。


「ねぇグラナティス、ルビニちゃんは何か病気だったの?」
「ルビニは……半年くらい前に死んだ。そして俺を使う為に利用されたんだ」


予想外の言葉に、リンクとノティは驚愕の表情でグラナティスを見た。

半年前、ルビニは幼い頃に完治した筈の持病が再発し、あっという間にこの世を去ってしまったらしい。
それから一月ほど経ったある日、拠点にしていた魔獣島に異変が起きる。
ルビニの墓があった場所から凄まじい衝撃が放たれ、行ってみると無惨にも破壊されてしまっていた。

そこに現れる魔物達。
蘇る魔王ガノンドロフ。

しかもガノンドロフの傍らには死んだ筈のルビニが控えており、戸惑うグラナティスにガノンドロフは取り引きを持ちかける。
グラナティス兄妹と同じ金色の髪や長い耳を持つ娘を拐って来れば、ルビニとこれからも共に暮らさせてやると。
妹を盾にされ、船員を人質に取られ、グラナティスは降伏と魔獣島の明け渡しを余儀なくされてしまった。

ジークロックと連携を取り、情報を与えたりしながら条件に合う娘を拐わせるグラナティスだが、プロロ島の娘を拐った翌日、急に標的の変更を命じられた。
次の標的は獅子の頭の赤い小船で、少年と旅をしている少女だという。
それを受けた翌日に、ノティ達を見付けて襲い掛かって来たのだった。


「ルビニの体はとっくに死んでる筈だ。ガノンドロフが言うには魔力で具現化したらしいが、恐らく奴が魔力の供給を止めた為に消えちまったんだろう」


グラナティスの赤い瞳が揺らぎ、泣きそうに歪む。
それを堪えて乱暴に目元を拭った所で再びリンクの持つゴシップストーンが輝き始め、聞こえて来たのは赤獅子の声だった。


『グラナティスと言ったか、お前さっき、この石を使えていたな?』
「な、何だ、誰だ?」
「赤獅子って言って、ボク達の仲間だから。話してみて」
『この石はゴシップストーンと言って、ハイラル王家の者しか使えない筈だが……』


赤獅子とリンク達は、グラナティスに伝説のハイラル王国の話を掻い摘んで話した。
幸いグラナティスは茶化したり疑ったりせず神妙に聞いてくれる。
そして、リンクの持つゴシップストーンはハイラル王家の物で、王族の血を引く者しか発信出来ないと告げられて目を丸くした。


「つまり俺は、そのハイラル王家の血を引いてるってか……? しかしティカル叔母さんの話してた伝説が本当かもしれんとは……」
「……ティカル?」


その名前にノティとリンクが反応する。
急に身を乗り出して来た二人に多少身を引きつつ、説明を始めるグラナティス。


「ティカル叔母さんは俺の母親の妹なんだ。結婚してプロロ島に越してからも、たまに遊びに来て……」
「ティカルってあたしのお母さんだよ!」
「はあ!?」


突然出された身内の話に、リンクもノティもグラナティスも唖然とする。
つまりノティとグラナティスは従兄妹で、いや、それ以前にグラナティスがハイラル王家の血を引いているならノティも……。


「ノティって、ゴシップストーン使えたっけ?」
「分かんないよ、やってみた事ないから……グラナティス、さっきどうやった?」
「どうやったって訊かれても、いきなりだったしな。何かこう、話したいと思ってお前らの顔を思い浮かべたら、急にイメージが浮かんでさ……」
『あ、あー、ホントだ!』


目の前に居るノティとゴシップストーンから聞こえるノティの声、間違い無く二つが重なって聞こえた。
今まで使おうとも思わなかったから使えなかったのだろうか。
残念ながら赤獅子やテトラのような、所有者の周囲の様子を窺う能力は使えないらしいが、会話だけは可能。
ルビニとノティが似ていたのも、二人が母親似で、母親同士がそっくりな姉妹だったからのようだ。
ノティやグラナティス達がハイラル王家の血を引いている事を考えると、様々な謎が解けそう。


『恐らくガノンドロフは、ルビニを利用して蘇ったのだろう。ハイラル王家の血を引いているなら生贄として申し分ない筈だ。ちゃんとした儀式をしていないから復活まで時間も掛かってしまったのだろう』
「じゃあルビニの病気が再発したのはガノンドロフの仕業だってのか!?」
『恐らくは』
「おかしいよ赤獅子、ガノンドロフは封印されていたのにどうやってルビニを見付けて生贄にしたの?」


リンクの疑問に、質問を向けられていないノティがドキリとした。
恐らくガノンドロフは、ルビニを生贄にするより前に海底のハイラルで目覚めていたに違いない。

海底に居た時は多くの力を封じられていて、力の封印を解いて海上へ行く為にハイラル王家の血を魔力で探し、発見したルビニを犠牲にしたのだろう。
持病という扱いやすい物をかつて持っていた事で標的にされたと思われ、赤獅子もそうだろうという見解を話した。
そして何故ガノンドロフが海底で復活してしまったのか……ノティには何となく分かった。


「多分、あたしのせい」
「えっ?」
「あたし、ガノンドロフと因縁があるから」


ノティは遂に、約束していた自分の過去を話す。
自分が時の勇者の時代、彼を導く妖精として存在していた事、そもそも自分は、遥か昔に異世界で神の下僕である家族を殺害してしまい、罰を受ける為にこの世界へ送られてしまった事。
輪廻の娘、神の与える運命を受け入れ続ける存在。
過去にどんな運命を辿ったかまでは話さなかったが、核心だけは話す。
ガノンドロフとの間にある本当の因縁も話さなかったが、それまでの話で納得してくれたらしく、それ以上は触れられなかった。


「まさか、ノティが……色々あったみたいだし、本当の事なんだよね……」
「うん。あたしも思い出したのは、ジャブー様に指摘されてからなんだ」
「俺は何か……一気に色んな情報が入って混乱しそうだ」
「そう言えばグラナティス、あんたが探してた青いオカリナって、時のオカリナでしょ? あれはハイラル王家の宝なのよ」
「そうなのか? あれもガノンに聞いてから探し始めたんだが、手に入れなくて正解だったな」


ノティが時のオカリナを持っていたのは、先祖から受け継いだからだろう。
テトラとはどこで血が分かれたかは判断がつかないが、グラナティスのように近い位置ではなさそうだ。
知恵のトライフォースはテトラの血筋に受け継がれたようで、ノティ達では身代わりになれそうもない。


『それで良いのだ。可能かどうかは分からんが、知恵のトライフォースが分裂して複数の者が受け継いでいたら、守るのが余計困難になってしまうだろう』
「ですよねー……」
「逆に守るのが簡単になる可能性もあるよね。分裂したら全員を集めなきゃいけなくなって、一人だけ捕らえた所で無意味だとか」
「あ、なるほど」


話し終え、全員が誰からともなく深い息を吐く。
ノティはガノンドロフが、過去に因縁のある自分が産まれた時に引き摺られるようにして復活したのだろうと考える。
自分さえ生まれなければルビニは死ななかったし、魔物も魔王も復活しなかったのではないかと。


「……これが、神の与える運命ってやつなのね……」
「ノティ、まさか自分のせいだって思ってる? そんな訳ないよ、どんな風に生まれて来るかなんて自分で選べないし」
「ありがとリンク。だけどあたしは、罪悪感に苛まれなくちゃいけないの。じゃないと罰にならない」
「……あのさ、ノティはボクと出会って今まで過ごした事も、ぜんぶ罰だって思ってるの?」
「えっ?」


目を向けると、真剣な、それでいて不機嫌そうなリンクと視線がぶつかる。
この世界で生きるのが罰ならば、様々な人との出会いも、様々な出来事も、全て罰だと思っているのかと。

そんな事は無い。
辛い事もあったけれど、全てが自分を形作る要因で、愛しい愛しい記憶。
愛した人々を、国を、出来事を、全てが罰だったなんて絶対に思いたくない。


「ボク達は、この世界はノティにとって罰を受けるために存在してて、辛い事しかなかった?」
「そんな事ない! ハイラルも出会った人達も、色んな出来事も、それにリンクだって、あたしにとっては大切な存在なの!」
「そっか、嬉しいよ。だからねノティ、キミが気負う事なんて無いから」


先程までの不機嫌そうな表情から一変、にっこり笑ったリンクはテーブルの上で握られているノティの手を取った。
別に何でもない、昔から普通に行われている行動なのにドキリと胸が高鳴る。
そんな二人に咳払いをして場を戻したグラナティスも、やや不遜に感じる表情でニカッと笑ってみせる。


「ノティ、俺だってお前のせいだとか少しも思ってねぇから安心しろ」
「……リンクも、グラナティスも……ありがとう」


泣き笑いの表情で言うノティは、心がふわりと軽くなる思いがする。
果たして、これが本当に罰なのだろうか。
自分をこんなに幸せな気持ちにしてくれるのに、甘過ぎやしないだろうか。
ひょっとしたら、幸福の頂上へ登らせた後で不幸の谷底へ突き落とされてしまうのかもしれない。
ノティは幸せな気持ちを味わいながら、そんな漠然とした不安を心の隅に抱える事になった。


++++++


翌朝、リンクとノティは旅立つグラナティスを見送りに浜辺へ来ていた。
旅立つと言ってもノティ達の手元にある海図近辺の海域から動く気は当分無いらしく、そのうちまたどこかで会えるだろうから、目立った悲しみは無い。


「またタウラに寄る事もあるだろうからな。お前らはこれからどうするんだ?」
「マスターソードに退魔の力を宿すために、大地と風の二つの神殿を目指すんだ」
「グラナティス、知恵のトライフォースを受け継いでなくても何があるか分からないし、魔物とガノンドロフに気を付けてね」
「ああ、お前らも無事で居ろ。絶対に死ぬなよ!」


リンクが彼らの行き先を訊き、風のタクトで風向きを東へ変えた。
三日月にサーベルの刺さった絵が描かれた帆が風を受け、波に乗って走り出す。
甲板のグラナティスに手を振られたので振り返した。

彼が二度も妹を失った悲しみを乗り越えられるよう、願ってやまない。
暫くは風に靡く金色の長髪を見送っていたが、やがて彼が裾の長い黒コートを翻して仕事に戻った。
ノティとリンクも見送りを終えて、赤獅子の元へと向かう。


「おはよー赤獅子、さっそく神殿に行こうか」
「うむ、このタウラから北にある風の神殿と、プロロの東にある大地の神殿、どちらから行く?」
「今 風は東に向かってるよね。まあ大丈夫だとは思うけどグラナティスの出航を邪魔したくないし、疾風の唄でプロロまで飛んでから、そのまま大地の神殿へ向かわない?」
「えっと……うん、プロロにも着水ポイントあるから大丈夫だね。行こうか」


赤獅子に乗り込み、疾風の唄をとなえて空高く舞い上がるリンク達。
飛び去る前にふと海を見下ろすと、グラナティスの船が見えた。
もう血縁に関しては一人ぼっちだと思っていたノティにとって、思いがけず出来た新たな従兄。
また会えればいいと願いながら、急速に遠ざかる船を空の上から眺めていた。





−続く−



戻る
- ナノ -