風のタクト
第13話 様々な決意


海底の城に辿り着いたリンク達は城の中庭でテトラの目覚めを待っていた。
ぼうっとして黙り込んでいると、否が応でも考え事をしてしまう。
ここ暫く、余りにも色々な事が起こり過ぎた。
リンクに課せられた試練、そしてノティの罪と罰。
ノティの事はリンクも知る由は無いけれど、彼女の雰囲気や背中に生えていた妖精の羽を見れば尋常ではない状況下に居るのだという事ぐらい分かる。
赤獅子の上、微妙な揺れによる水の音が却って静けさを際立たせているようだ。


「……あれ? そういえばノティさ、さっきまで背中に羽あったよね?」
「ああ、あの羽? 出したり消したり出来るみたいでさ、便利でしょ」
「へーっ。にしても空飛べるなんて羨ましすぎだよ。今度ボク乗せて飛んでくれない?」
「出来るかなあ。リンク運動しまくりだから重くなっちゃってんじゃない?」
「そんな事は……」
「あ、イタタタ……」


会話の途中、テトラの声が聞こえて彼女へ目を向けると、体をさすりつつ起き上がる瞬間。


「リンク、ノティ! アンタ達大丈夫だったかい?」
「うん、ボクもノティも何とかね。テトラも怪我は無い?」
「ああ、私は大丈夫。具合も悪くないし」
「良かったあ。あたし達が無事なのはテトラのお陰だよ、ありがとう!」
「そりゃあ良かったけど……ここは、一体?」


辺りを見回し、知らない場所に唖然とするテトラ。
しかしノティは、ガノンドロフの言っていた事が本当ならばここはテトラが居るべき場所だろうなと考える。

ハイラル城。
そして由緒正しい王族であるゼルダ姫……。
まさか、テトラが。


「あっ! ガノンドロフとかいう奴はどうなったんだい?」
「それが分からないんだ。竜の島のヴァルー様が助けてくれ……」
『リンク、何をしている!』
「うわっ!?」
『早く、マスターソードを手に入れた部屋までやって来るのだ!』


またも言葉の途中、リンクが飛び上がって驚いた。
懐から、石……離れた場所に居る赤獅子やテトラと会話できるあの石を使って赤獅子が話し掛けて来る。
当の赤獅子はここに居るのに、と思ったものの、改めて見てみるとただの船になっていて、話し掛けても叩いても反応しない。

……と、そこでテトラが、その石を使えるなんて……と、ぽつり呟く。
そう言えば赤獅子はこの石を通じてリンクの様子を見たり話したりしていたが、リンクの話によるとこれは元々、テトラから貰った物らしい。
リンクやノティからは発信出来ないので、赤獅子とテトラだけが使える物なのだろう。


「アンタ、一体何者だい? この石は私だけが使える石だよ! 勝手に使うんじゃないよ!」
『……テトラと言ったな。お前も、リンク達と一緒に私の所に来なさい!』


そこまで言って石の光が消え、声が途絶える。
私物を勝手に使われた上に、命令口調で行き先を指定され気に食わないらしいテトラが、首を洗って待っときな! なんて物騒な事を口にする。
以前ノティは、赤獅子とジャブーの会話から赤獅子がハイラル王だと知った。
きっと今までの船の姿を捨て、人の姿になっているのだろう。


「赤獅子、ここに居るんじゃないんだ? しょうがない、行くしかないか」
「そうそう、何グズグズしてんだい! さっさとそいつの所に案内しな!」
「……思ったより元気だったね、テトラ」


いち早く赤獅子を降りて案内をせがむテトラに、リンクもノティも苦笑。
これ以上待たせないうちに自分達も赤獅子を降り、城内へと向かうのだった。

ハイラル城内には、ノティが以前来た時に見たような石化したモンスターの姿が見当たらない。
マスターソードを抜いた時に復活し、リンクが倒してしまったのだろう。
あの時は神の力で直接外へ出たので見ていなかった。

時の勇者の石像の下にある階段を降り、マスターソードを見付けた部屋へ。
そこには背を向けて立っている人物が居て、これが赤獅子の本当の姿だとノティは悟る。
しかし何も知らないリンクは首を傾げ、テトラはさっそく突っ掛かった。


「アンタかい? 私の石で勝手に話をしてたのは!」
「あの石は、ハイラル王家に古くから伝わるゴシップストーンを磨いて私が作らせた物だ」
「アンタが作らせた? ハイラル王家のゴシップストーン? なに訳の分からないこと言ってんだい!」


ハッ、と鼻で笑い、小馬鹿にするテトラ。
しかしノティは今聞いたものが懐かしくて、思わず顔が綻んでいた。
あれはハイラルがまだ地上だった頃。懐かしい冒険の日々の記憶。
お前達も聞いた事があるだろう、と、ノティの記憶を見透かしたかのように赤獅子……となっていたハイラル王が告げる。

勇者伝説に残る、神の力が眠ると言われた王国の話。


「その王国こそ、今、お前達が居るこの場所。ハイラルなのだ!」
「あれって、おとぎ話じゃなかったんだ……!?」
「そうとしか思わない者が殆どだろうな。しかし真実。そして私はこの国の王、ダフネス・ノハンセン・ハイラル」


振り返った、赤いコートを纏い立派な髭を蓄えた男性。
その出で立ちに、およそ国というものを理解していないであろうリンクやテトラの間にさえ緊張が走る。
“王”とはこういうものなのだろうと、ノティはただ感慨深かった。


「ノティ、あんまり驚いてないみたいだけど……この人を知ってるの?」
「あはは、リンクったら。声に聞き覚えない?」
「声……?」
「なんだ、もう忘れてしまったのかリンクよ」
「……あ!」


指摘されてから王の声を聞き、ようやくリンクも思い至ったらしい。
目の前の威厳に満ちた男性があの気さくな赤獅子とは思えないが、確かに声は赤獅子そのもの。
リンクが魔獣島でガノンドロフを倒せれば正体を明かす必要も無かったのだが、と苦笑する王。
しかしすぐに表情を引き締め、リンク達に語る。

かつてこのハイラルは、封じられていたガノンドロフが蘇り、神の力を欲する奴によって闇の世界に変えられようとした。
王の力ではとても食い止められるものではなく、ただ神に祈り国の命運を委ねるしかなかったのだと。
そしてそれを聞いた神は、ガノンドロフ諸共ハイラルを封印し、大雨と洪水によって海底に沈めてしまった。
国の民全てを封印しては国が滅びてしまうので、神がハイラルを封印する前に新たな国を作る者を選び、高い山々に逃がしたという。
それが、今この海に生きる人々の祖先……。


「それから数百年、あのガノンさえ蘇らなければこのハイラルは、永遠に眠りから覚める事は無かったのだ。……テトラよ、こっちにおいで」


急に呼ばれ、面食らってリンクとノティを見るテトラ。
あの人は大丈夫だから、とノティが言うと、怖ず怖ず近付いて行く。

途端にテトラの胸元が光り輝き始めた。
気付けば王の手に金色の何かが浮かんでいる。
三角形の下方を更に三角形に切り取ったような……。


「お前の持っているこの首飾りは、知恵のトライフォースという古来より王家に伝わる聖なる宝。お前はこれを母から受け継ぎ、大切に守り続けるよう言われてきた。違うかな?」
「……」


テトラの沈黙を肯定と受け取り、王は更に話す。
このトライフォースこそ、王達がガノンの手から守ろうとした聖なる神の力そのものであり、神がテトラの祖先に託し、悪しき力から守り抜くよう命じたもの。


「……テトラ、あなたはやっぱり……」
「な、なんなんだノティ、私が何だっていうんだ……?」
「それは……」
「落ち着きなさい。お前がそんな古の定めに従って生きて来なければならなかった、本当の理由を教えてあげよう」


王が左手に金色をした欠片を取り出した。
それはテトラの首飾りと合わさり、綺麗な正三角形……知恵のトライフォースとなる。
目映い光が知恵のトライフォースから放たれ、目が眩んだリンクとノティは顔を庇って一歩後退る。
頭の中まで照らされてしまいそうな光が消えた時、そこに居たのは……。


「え、テ、テトラ!?」
「わ、私……」
「やっぱり……」


テトラの髪型から服装から雰囲気から、何もかもが変わってしまった。
美しいドレスを纏ったその少女は、ただ困惑して弱々しい声しか発せない。


「お前は、このハイラル王家の血を引く正統な後継者……ゼルダ姫なのだよ」
「テトラがお姫様……!? うそ、うわ、えっ!?」
「私が……姫? ゼルダ? 私……が……」


リンクが驚愕して慌て始め、テトラは余りの出来事に困惑し、いつもの覇気もお転婆さも すっかり鳴りを潜めている。
ノティはと言えば、懐かしい血の再会に感動で胸が打ち震えていた。
魔獣島でのガノンドロフの言葉があったのでテトラ程の衝撃は受けていないにせよ、胸がいっぱいでとても上手く喋れない。


「リンク、ノティ。お前達を巻き込んでしまった事はすまないと思っている。だが、テトラがゼルダだと知られてしまった今、ガノンは血眼になってこの子を探し、神の力を手に入れようとするだろう」
「……そうなったら、このハイラルだけじゃなくて海上の世界まで……?」
「ああ、暗黒の地に変えられてしまう。どうか今一度、力を貸して欲しい」


王の言葉にリンクは無言ながらしっかり頷いた。
“昔”を知るノティからしてみればリンクは、無関係どころか完全なる当事者なのだけれど。
今のリンクは昔のリンクとは別人、となると言わない方が良いのではと思った。
改めてノティも頷き、マスターソードの事を訊ねる。


「あの、ハイラル王。マスターソードから退魔の力が消えているみたいなんです。一体どうすれば?」
「それについては心当たりがある。再び海上に戻り、マスターソードに退魔の力を蘇らせて欲しいのだ」
「じゃあ、まずは海上に戻ってからですね」
「そうだな。……ゼルダよ」


言われ、ややあって自分の事だと思い至るテトラ。
困惑したままの彼女に、危険だからまだ存在の知られていないこのハイラル城に隠れているよう告げる。
テトラはただ黙って頷く事しか出来なかった。


「リンク、ノティ、さあ行こう!」


王の声が辺りに響き渡る。
精神を赤獅子に戻したようで、王の姿はそのまま消えてしまった。


「……よし、行こうかノティ。マスターソードに力を戻すため!」
「うん!」
「待って、リンク、ノティ!」


入り口に駆け出そうとした瞬間、呼び止められる。
まだ衝撃が抜けずに困惑しているらしいテトラは、たどたどしく口を開いた。


「……私、うまく言えないけど。アナタ達やアリルが大変な思いをしたのは本当は、私のせいだったのね。ごめんなさい……」
「え、違うよテトラのせいなんかじゃない! 悪いのはガノンのヤツさ!」
「そうそう。色々あって心の容量足りないでしょ、余計な事に気を回さないで、自分の身を心配してて」
「でも……」
「大丈夫! じゃあボク達、もう行くよ。ガノンを倒して迎えに来るからね!」
「……うん、二人とも、気を付けて……」


リンクはテトラを安心させるようにニッコリ笑い、手を振って駆けて行く。
テトラも手を振るがその表情は未だ困惑しているようで、そして心配そう。
ノティはリンクが去ったのを確認すると、テトラに小声で話し掛ける。


「テトラ。謝らなきゃいけないのは……あたしの方かもしれない」
「えっ?」
「あたしのせいで、ガノンが復活したかもしれないから……だから」
「ど、どういう意味?」


敵の名前を出されて緊張するテトラに、信じて貰えるか分からないけど……と前置きし、ノティはとある事実を話した。
出来るだけ短く纏め、しかし大事な部分は伝わるよう。
聞いていたテトラの目は大きく開かれ、そして次第に戦慄き始めてしまう。


「ノティ、それは……」
「あたしね、罪と責任がある。それを償って精算しなきゃいけないの。だから、本当は巻き込んでしまったのはあたしで、巻き込まれたのはテトラの方かも」
「……だ、大丈夫なの、ノティは」
「覚悟は決めた。まあ、思い込みの気はするけど。だからテトラは気に病む事ないって! そんな急にしおらしくなったら何か病気かと思っちゃうじゃん!」
「ちょ、ちょっとノティ! いくら何でも病気は無いだろ病気は!」
「あはは、テトラはやっぱりそれが“らしい”や! じゃ、行って来ます!」


満面の笑みを見せて去って行った彼女にテトラは、自分を励ます為に病気だなんて冗談を言ったのだと悟る。
それに併せて、先程ノティが教えてくれた秘密も冗談であればいいのにと、そう願わずにはいられなかった。


「……あれが本当ならノティは……引き裂かれそうな程に辛いんじゃ……。ノティにそこまでさせる罪って一体……」


今はゼルダであるテトラは、静かに祈った。
今までそんな事をした覚えは無い。
ただノティと、そして勿論リンクのこれからが明るければいいと思って。


++++++


ハイラル城の広間、遅れて出て来たノティをリンクが心配そうに待っていた。


「ノティ、探しに行く所だったよ。何かあった?」
「テトラと二人の秘密の女の子事情だよ」
「そ、そう」


軽く笑って言うノティに、何故か少しだけ照れてしまったらしいリンクがどもりながら目を逸らす。
そのままハイラル城を出て中庭の池に行くと、先程までただの船になっていた赤獅子に再び精神が宿っていた。
彼は、マスターソードが退魔の力を失ったのは、剣に神の力を注ぎ込んだ賢者達の身に何か起きたという表れだという。
賢者は このハイラルの北にある風の神殿と南にある大地の神殿で、それぞれに神への祈りを捧げている筈、という事だが……。


「残念ながらこのハイラルでは、ガノンが張り巡らせた結界によって神殿への道は断たれている。だが神殿への入口は高い山の上、海上では島となっている場所にもう一つあるのだ」
「じゃあ、その二つの神殿へ行って賢者に何が起きたか調べなきゃね。ノティ、場所わかる?」
「風の神殿と大地の神殿ね。……うん、お父さんの海図に名前が書き込んである」


そう言えば両親はハイラルの伝説について調べていたな、と思い出すノティ。
神殿の名前を書いているなんて、ひょっとすると随分と入り込んだ所まで調べていたのかもしれない。
いつまでもハイラル城に居てはゼルダの存在が気付かれるかもしれない為、急ぎ海上へと戻るリンク達。
タウラ島の北にある風の神殿から行こうという事になり、タウラ島を目指す。
だがタウラの一つ南エリア、北の三角島に差し掛かった辺りで。


「リンク、ノティ! またあの巨大竜巻だ!」
「ええーっ!? ライチンとかいう神様の!?」


神の塔へ向かう航路で遭遇し、吹き飛ばされた竜巻。
うっかり進路に突入してしまい、このままでは直撃は避けられない。
しかし今、リンク達は以前 無かった物を持っている。


「神の塔で手に入れた弓、魔力が宿ってるみたいだから矢も届くかも。どうせこのままじゃ巻き込まれるし使ってみよう!」
「オッケー、頼んだよノティ。赤獅子、速度落とさないで!」
「良いが……気を付けるのだぞ、万一の時はしっかりしがみついていろ」


進路を変えず真っ直ぐに巨大竜巻へ向かう彼ら。
近付いた所で船が竜巻を囲む渦巻きに捕らわれ、そのまま竜巻の周囲を回る形てじりじり近付いて行く。
一思いに巻き込まずじわじわと引き寄せる辺り、ライチンは随分と人間に恨みを持っているようだ。


「ハーッハッハ! また会ったな人間達よ、このライチン様の操る竜巻に吹き飛ばされてしまえ!」
「石碑が壊されたのは気の毒ですけど! だからって無関係な人まで巻き込まないで下さいー!!」


弓を構え、強風と荒れる海の上でライチンに狙いを定めるノティ。
普通ならこんな条件下では真っ直ぐに矢が飛ぶ事すら期待できないが、この弓は魔力を宿した勇者の弓、きっと普通では出来ない事が出来る。
あとは自分の元々の腕と、自分を信じる心だけ。


「こっちは神の塔で神様ひとり倒してるんだから! 神様が相手だからって容赦はしません!!」
「なに、神の塔……うぼぇあ!!」


一瞬ライチンが言葉に気を取られた。
その隙を逃さず渾身の想いで射った矢は、狙い通りライチンに命中。
ライチンはすぐさま竜巻を収め、気分良さげに笑いながら降りて来る。


「お前、いい腕してるな! オレ様の動きを見切ったのはお前が初めてだ! さてはかなりの風使いと見た!」
「いーえ。風使いなのはあたしでなく、彼です」


ノティがリンクを指差し事も無げに言う。
いきなり舞台に立たされて慌てたリンクだが、ライチンは何も気にしていない。


「何にせよ気に入った! 石碑の事を知ってるならフーチンの兄貴に会ったな? 神の塔だの何だの言ってたし、お前達きっと今話題の奴らだな!」
「話題? ボク達って何か噂になってたっけ?」
「神の間では一番ホットな話題だぜ! 何てったって輪廻の娘と時の勇……」
「わー! わー! わー! わー! わー! わー!」


いらん事を言おうとした神に弓矢を構え、もう一発射たんとばかりに目一杯 弦を引き絞るノティ。
意外にノリの軽いフーチンもさすがに慌て、悪い悪いと両手をぶんぶん振る。
……神様と対等どころか振り回しているノティにリンクは、ノティは遠い人になっちゃったのかなー、と。
冗談めいて考えてしまうのだった。


「お詫びにオレ様の竜巻ちゃんを操る唄を教えてやるから勘弁してくれよ!」
「竜巻を? まさかそれに乗って移動できたりする?」
「おうともよ! まあお前らが安全に着水したいなら移動できるポイントは限られるが、それでも海の移動は格段に楽になるはずだぜ」
「じゃあ教えて下さい、凄く便利そう!」


ライチンに竜巻を操る事の出来る疾風(はやて)の唄を教えて貰うリンク。
リンクがすぐにタクトで演奏してみせると再び満足げに笑い、お前みたいな風使いに使って貰えばオレ様の竜巻ちゃんも幸せだぜ、なんて言うと風のように去ってしまった。


「ノティ、リンク、よくやった。移動地点が限られているとは言え、これで移動が楽になる」
「あ、凄い! お父さんの海図に安全に着水できる地点が書き込まれてるよ! さっきまで無かったのにライチン様が書いてくれたのかな」
「ノリの軽い人だったけどやっぱり神様なんだね。ところでさっき言いかけてた、ボク達の話題って一体なんだったんだろ」
「う……それはいいから」


本当にあの神様は余計な事を言ってくれたコンチクショウ、なんて思うノティ。
リンク達に時の勇者時代の自分の事を話しても、輪廻するキッカケになった地球での出来事や、時の勇者とリンクの関係性は言わないつもりなのに。
と言うかハイラル城で時の勇者時代の自分の事を話す予定だったのに、すっかり話しそびれてしまった。
テトラの事で手一杯だったので仕方ないが、こうなると早く話したくて仕方なくなってしまうノティ。
いきなり切り出すには不自然だし、さてどうするか。


「ノティ、タウラ島まで一気に飛んで、北の風の神殿を目指そうよ」
「あ……うん、そうね。じゃあリンクお願い!」


リンクの言葉で思考を中断し、この話題の後回しが決定してしまう。
竜巻を操り、二つの神殿へ向かった。

……が。

風の神殿に行った。
大地の神殿にも行った。
しかし風の神殿は信じられない強風でとても島の奥へは進めず、大地の神殿は巨大な岩で入り口が塞がっていてとても入れない。
どうするか途方に暮れていたリンク達だったが、ふとノティがとある提案を。


「ねえ、タウラにあるあたしの家に戻ってみない?」
「? なんで?」
「お父さんが時の勇者の伝説やハイラルに関する研究をしてたの。ひょっとしたら何か分かるかも」
「ふむ……成る程、海図に風の神殿と大地の神殿の名が書かれていたぐらいだからな、かなり詳しく研究していたのだろう。ここはノティの父君に頼ってみるとするか」


赤獅子も納得し、今はタウラ島のノティの家で本やら資料やらを漁っている最中。
ところが これが中々に量が多く、一つ一つ調べていくだけでもかなりの労働になってしまう。


「つ……疲れた。ごめんボクちょっと休憩」
『リンク、何をサボっておる。ノティだってまだ頑張っているのだぞ』
「なんだよー、なら赤獅子も手伝いに来てよ! これ思ったより大変だよ!?」
『残念だが私が人の姿に戻れるのはハイラルに居る時だけなのだ』
「なにそれ! 絶対そうだから高見の見物してたんでしょ、もー!」


ゴシップストーンを通じて赤獅子と会話しつつリンクはすっかりダレてしまっているが、ノティとしては休みたくない。
周りから有り得ないと笑われてきた父の研究が役に立つかもしれない。
役立ったとしてそれはリンクと赤獅子しか知らないけれど、それでも気持ちの面では大違いだ。
強風吹き荒れる入り口と巨大な岩に遮られた入り口……どうにかして入れないか。

ふと、手に取った父のノートの一冊。
風の神殿のある島と大地の神殿のある島の地形を描き写した絵があって、それぞれの下に何か書いてある。

【大地の神殿……要パワーリスト。火山島にあり】
【風の神殿……要ヘビィブーツ。氷山島にあり】
【火山島、氷山島ともに炎や氷の強い力が必要。親子島にその力があるらしいが、入り口は上部しかなく空でも飛ばねば入るのは不可能】


「ね、ねえリンク、これ! 書いてあったよ!」
「え……あ、ほんとだ!」


まずはタウラ島から二つ西のエリアにある親子島へ向かわなければならない。
問題は空でも飛ばないと入れない位置にあるという入り口だが、今の彼らは。


「疾風の唄、親子島に着水点あるんだよね。行ってみる?」
「だね。可能性があんだから試さないと!」


二人は急ぎ、赤獅子の元へ戻って疾風の唄を演奏。
竜巻に乗って飛び上がり親子島を目指す。
近場とあってすぐに辿り着き、上空から高い崖にぐるりと囲まれた親島を見下ろした。
その中心には緑豊かな広場があり、船はそこへ向かっているようだ。


「やった、着水ポイント島の中みたい!」
「これはライチン様に感謝だね」


竜巻に導かれ、高い崖に囲まれた緑の広場へと降りるリンク達。
そこは光の粉が舞い、不思議な色使いの幻想的な場所だった。
その中心にある泉に着水したようで、余りの幻想的な風景に見とれていると……突然、泉の中央から強烈な光の柱が上がる。


「え、何!?」


咄嗟にリンクがノティを背後に庇う。
何事かと見守っているとやがて、まるでガラスで出来たかのような体をした少女が現れた。
彼女はリンク達を見付けるなりキャハハと幼い笑い声を上げ、その声と見た目に似合わない不遜な口調で語り掛けて来る。


「クスクス……おい、そこの子供。風を操れるのか?」
「えっ……あ、えと、うん、まあ一応……」
「よくこの場所が分かったな?」
「あ、この女の子のお父さんが色々と研究してて」
「へえ、そうか。どんな人間だろうな……クスクス」


声や見た目は子供なのに、不遜な口調のせいか二人にはとても子供に見えない。
口調以前に、何か圧倒的なものを少女から感じる。
リンクとノティがそうやって疑問に思っていると、少女はまたクスクス笑って続ける。


「私は妖精の女王」
「あ、妖精……。そうなんだ、へえ」
「なんだ、驚かないのか。……ああ、そっちの女は妖精だな、だからか」
「えっ」


いきなり現れた不思議な少女が妖精の女王だなんて言われてもピンと来ない上、ある程度の不思議現象は覚悟していたリンク。
しかしノティの事になると話は別だ。
ノティも驚いているが、勿論、彼女は自分が妖精だと言われた事に驚いている訳ではない。それはもう記憶を取り戻したので知っている。
驚いたのは言い当てられた事に対して、そして自分が話す前にリンクに知られた事に対して。


「しかし随分と古い妖精だな、お前。生まれて数百年は経ってるだろう」
「ふ、古いって言われた……まあ確かに、時の勇者時代の妖精だからなあ」
「と、時の勇者って昔の伝説の勇者だよね!? ノティ、一体どういう事なの!」
「そっちの子供は知らなかったのか? それなのに私に驚かなかったとは……。気に入ったぞ。お前の弓矢に新たな力を与えてやろう」


ノティがリンクの質問に答える前に、妖精の女王がケラケラ笑いながら手に持っていた人形を砕いた。
そこから二匹の妖精が現れ、リンクの体内に消える。
その瞬間は苦しそうにしていたリンクだが、すぐ立ち直ってみなぎる力を確認。


「お前の矢に、炎と氷の力を授けた。氷の矢は燃え盛る炎を凍らせ、炎の矢は凍てつく氷を溶かす」
「え、いいなあリンクだけ! 妖精の女王様、あたしにはくれないんですか!?」
「何を言ってるんだ、お前ならそのくらい出来る。出来ないなら気付いてないだけだ」
「え……」
「そっちの子供が使っているのを見れば思い出すかもしれん。私は教えないぞ、面倒だからな」
「そ、そんな……。リンクだけズルいよぉ……」
「そっちの子供はなかなか好みのタイプだからな、クスクス……」


妖精の女王にそう言われ、リンクは照れたような困ったような表情。
ノティは心の片隅でムッとしたが、態度にも顔にも出さなかった。
……が、妖精の女王にはどうやらお見通しらしく。


「クスクス……妖精の女、お前も面白いな。そんなにその子供が好きか」
「ちょ、えぇ!?」


いきなり言われ、ノティもリンクも面食らった。
何だか足下が小刻みに揺れると思ったら、赤獅子が笑いを堪えて震えている。
いやまあ人生の先輩からしたら子供の色恋沙汰は微笑ましくて笑えるでしょうけどね……と少々拗ね気味に思うノティの感情は赤獅子には届かない。
そこでふと、笑ってばかりだった妖精の女王が笑いを止め真顔になる。
何か思い至ったようで、ああ、そうか、と一言の後。


「お前がそうなのか、神やら精霊やらがあちこちで噂していた女というのは」
「……多分、そうです」
「ほう。こんな見た目は普通の女がなあ、時の勇者伝説の当事者とは。しかも罪を犯して罰を受けている最中の輪廻の娘……それは言わん方が良いか」
「いや、もう言いましたよね……ってか笑ってる所から見てわざとですか」


もう妖精の女王は真剣な顔をやめ、クスクス笑って面白そうにしている。
場を掻き回すだけ掻き回して、妖精の女王は笑いながら消えてしまった。
後に残されたリンクとノティは何だか気まずそうで、赤獅子が咳払いして話し始めるまで黙ったまま。


「さて、良い力を授かったところで火山島と氷山島へ向かうとするか。ノティ、それぞれの島に一番近い着水地点はどこだ?」
「え! あ、うん。火山島なら竜の島、氷山島なら森の島が一番近いよ」
「どうせ両方に行かなきゃならないなら、神殿に行く前に両方とも行こうか」


タクトで疾風の唄を演奏するリンクを見ながら、ノティは気になって仕方ない。
先程 妖精の女王が、時の勇者伝説だの罪を犯した輪廻の娘だの言って気になっただろうに、彼から何も訊かれないのは一体どういう事なのかと。
ひょっとしたら、どうせ何も話してくれないんでしょ、なんて思われて呆れられ、諦められているかもしれないと不安になった。
どう弁明しようか思案していると、前方を見据えたままのリンクから先に声を掛けられる。


「ノティ、言ったよね」
「え?」
「テトラを連れてハイラル城へ行く前、絶対にボクの味方だからそれだけは疑わないでって。だからノティが話さないならそれだけの理由があるんだよね。なら待つよ、ノティが言えるようになるまで」
「リンク……」
「あ、でもいつかは教えてね、やっぱ気になるし!」


ノティに視線を向けたリンクはニカッといたずらっぽい笑顔を浮かべる。
それを見たノティの心に広がる、温かい気持ちと何も教えなかった罪悪感。
恐らくリンクに好奇心以上の感情は無いだろうけれど、彼が知りたいと思うなら知る権利はあると思う。
罪を犯して罰を受けている最中、という事まで知られてしまったのだし、自分の犯した罪についても話してしまおうと、改めて決意を固めた。





−続く−



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