風のタクト
第12話 魔獣島の決戦


魔獣島を目指し、ノティはひたすら西へ向かって飛び続けた。
夕暮れはとうの昔、覆い被さった濃紺の下で輝く満月や星々を愛でる余裕など今の彼女には無い。
リンクの話では魔獣島はかなり警戒が厳重な島だというが、空を飛べる今なら何とかなるだろうと自分を勇気付けた。

やがて見えて来た魔獣島に乗り込むノティ。
周囲を探るサーチライトの明かりに照らされないよう避けて進みながら、手薄な場所から潜入しようと目を凝らして魔獣島を探る。
と、かなり上の方にある外壁に偶然、探していた人物を見つけた。


「リンク……!」
「え、ノティ! 何で空飛んで……あ、無事で良かった、けど、あれ? 背中に羽……」


そう言えばまだリンクにはまだ何も話していない。
全てを話していいものかどうか迷ったが、何にせよ今は時間が惜しい。
混乱させてしまったが話は後でと制し、質問させる隙を与えなかった。

二人の眼前には閂が設置された巨大な門。
どうやらこの奥に攫われたアリルが居るようだ。
しかしノティには、何を置いてもリンクに伝えねばならない事があった。


「リンク、まだガノンと戦っちゃダメ……今のマスターソードには退魔の力が殆ど宿っていないのよ!」
「え……どうして、この剣があればアリルを助けられるんじゃないの!?」
「その話なんだけど、何とか敵の親玉に気付かれないようアリルちゃんを助け出せない?」
「……アリルはこの扉のすぐ向こうに居るハズ。上まで行かなきゃガノンには見付からないと思う。アリルを助けてすぐに引き返そう!」


悔しいが今はまだ戦える時期ではない。
早く救出して戻るべきだと急ぎ扉を潜った。
中は広く遥か上方まで吹き抜けになっており、壁に設置された足場が螺旋状に最上部まで延びている。
奥の方にある木造の簡素な牢屋の中に数人の少女が囚われていた。


「アリル、今度こそ助けに来たよ!」
「にいちゃん! だいじょうぶだったんだね! ……よかった。それにノティねえちゃんも!?」
「久し振りねアリルちゃん、もう大丈夫だから」


牢の扉を開けようと二人で引っ張ったり体当たりしてみたりするが、見た目に反して頑丈に出来ているらしい牢はなかなか崩れない。
痺れを切らしたリンクがマスターソードを振り上げ、それを止めようとノティが口を開き掛けた瞬間、背後から声が。


「そんなんじゃ扉は開かないよ!」


驚いて振り返ると、そこには手下を引き連れたテトラの姿。


「え……テトラ!?」
「どうしてココに?」
「それはこっちのセリフだよ。相変わらずムチャな奴だけど、まさかノティまで同類とはね。ったく、私達があのバケモノ鳥を引きつけておかなきゃ、今頃はまた放り出される所だったんだよ」


呆れた口調だが彼女の顔は笑顔で、どちらかと言うならノティ達の無事を喜んでくれた風。
手下の二人に牢の鍵を開けさせて無事に少女達を助け出す事が出来た。
アリルの他にはタウラ島から攫われた二人の少女……と、背後にあと一人だけ少女を確認する。

金髪に赤い瞳の少女で、見た瞬間に周りの者が満場一致で感じたのはノティに似ているという事。
ノティよりもやや幼い印象があるが顔自体はなかなか似ている。
タウラ島では見たような覚えが無く、かと言ってプロロ島の子供でもない。
ノティが思い切って話し掛けてみると、おどおどした雰囲気に違わぬ声量で小さく応えてくれた。


「あなた、名前は? どこから攫われて来たの?」
「わたし、ルビニです。家は……ここでした。だけど船長がお兄ちゃんに変わってから変なモンスターが現れて……」
「ちょっと待ちな。家がここってアンタまさか、以前に私達と張り合ってた海賊団かい?」
「え、テトラと張り合ってた海賊団?」
「それは、お兄ちゃんの前の船長です。わたしのお兄ちゃんは、そんな事なんてしていません」


海賊の子ならその海賊に返さねばならないが、一体どこに居る事やら。
そもそもこんな子を返してマトモに扱ってくれる海賊団なのだろうか?

……そこで再びルビニという名らしい少女を見つめたノティは、ある事を思い出す。
森の島からタウラ島への帰路で襲い掛かられ、自分を攫った海賊団。
年若い船長グラナティスが率いる海賊団で……確かあのグラナティスも金髪に赤い瞳だった。
そして船室に監禁された際、入って来たグラナティスが呟いた言葉は。


「ねえルビニちゃん、あなたのお兄さんってひょっとして、グラナティスって名前なんじゃない?」
「! そうです、グラナティスです。お兄ちゃんを知ってるんですか!?」
「ノティ、この子のお兄さんと知り合いなの?」
「……森の島からタウラ島へ帰る時に、あたしを攫った海賊団の船長よ」
「えぇっ!?」


思わぬ繋がりにリンクも驚いて声を上げる。
グラナティスは事情があってガノンドロフに協力していたようだが、きっと妹を取り返す為に違いない。
ならばこの子をちゃんと返してあげれば、もう襲って来たりしないだろう。
他のタウラの少女達は既に海賊達が連れて行った。
残っているのはアリルとルビニの二人だけ。


「テトラ、お願い。この子も連れて行って!」
「さてねえ……どうしようか。他の二人はタウラの父親からたんまり報酬が出てるし、リンクの妹は報酬の分け前を渡す代わりに行動でって事にしてやれるけど、この子は私達に敵対してた海賊団の子なんだよ? わざわざ連れ帰れってのかい?」
「これを貸しにしてやればいいじゃない。他の子と一緒にタウラに連れ帰るだけでもいいから!」


自分が狙われなくなるからという理由と、単純にグラナティスに妹を返してやりたいという想い。
強い眼差しで真っ直ぐに訴えるノティをテトラは真っ直ぐ見返して、真剣な表情の後に軽く肩を竦めて笑った。
だがテトラが口を開く前に彼女の手下であるゴンゾが慌ててやって来る。


「アネキ、急がねえとダメだ! もうすぐあのバケモノ鳥がここにやって来る!」
「言い争ってる暇は無いみたいだね。ゴンゾ、リンクの妹とこっちの子も連れて行くよ!」
「えっ! だってこいつら……」
「いいから、言われた通りにしな!」


ぴしゃりと一刀両断され、ゴンゾは釈然としないような表情を見せつつもアリルとルビニを抱える。
本当は赤獅子に一緒に乗せればいいのだろうが、小さな舟だしテトラ達が協力してくれるなら大きな船に乗せる方が安全だ。
出て行くテトラ達に付いて行くリンクとノティだが、その瞬間、高い鳴き声と羽ばたきの音が吹き抜けの部屋に響いた。
見上げるが早いか、ジークロックが素早く舞い降りて行く手を阻む。
リンクはとっさに入り口とは反対へ向かい、そちらからジークロックを刺激して注意を向けた。


「リンク!」
「ノティはテトラ達とアリルを連れて逃げて! 早くしないとコイツが狙いを変えるかも……」


リンクがそれを言い終わらないうちに、ノティがジークロックの横をすり抜け彼の方へ駆け寄る。
文句も何も言う隙を与えずテトラへ叫んだ。


「テトラ、早くアリルちゃん達を連れて逃げて! 」
「待ちなノティ、あんたとリンクはどうするんだい!?」
「いいから早く! いつまでも時間稼ぎは出来ないわ、取り返しのつかない事になる前に……!」
「く……! リンク、ノティ、必ず無事で戻って来るんだよ!」


後ろ髪を引かれるような思いでテトラが外へ出た直後、ひとりでに扉が閉まり閂が下りた。
後はこの吹き抜け部屋の壁を螺旋状に昇る通路を伝って上に行くしかない。
そしてきっと上には、宿敵のガノンドロフが待ち受けているはず。


「ノティ、何で逃げなかったんだよ!」
「あたしは絶対にリンクを見捨てたりしない。どんな危険に冒されても必ず助けるって決めてるから」
「……もう、どうなっても知らないよ!」


吐き捨てるように告げたリンクだが表情を見るに怒っている訳ではなく、突然ノティから真剣に告げられた事に対する照れの側面が強いようだ。
何にしても呑気にお喋りしている暇は無い、急に床から水が溢れて来て部屋に溜まり始め、早く登らなければ溺れてしまう。
ノティはリンクと一緒にジークロックを避けながら、壁を螺旋状に走る通路を駆け上って行った。

リンクの持つマスターソードには今 退魔の力が宿っていない。
だがリンクの戦いを振り返ると何とかなりそうに思えてしまう。
船で逃げるテトラ達をガノンドロフが狙わぬよう、ヴァルーが助けに来るまでの時間稼ぎ程度なら可能ではないのかと。

それに、ひょっとすれば。
ガノンドロフが攻撃しないでくれるのではないかと、そんな淡い期待がノティにはあった。
前世、そのまた前世、自分とガノンドロフにある、とある深い繋がり。
もしその繋がりが、ガノンドロフがノティを狙った理由ならば……もしかしたら。

そんな楽観的にも思える事を考えながら、リンクと通路を登り切って一番上に出たノティ。
すぐさまジークロックが現れて、どうやら戦いは避けられないようだ。
空を飛びつつこちらの様子を窺っていたジークロックは、やがて突風を巻き起こしながら滑空で攻撃しようとして来る。


「あんなの当たったらタダじゃ済まない……。気を付けてリンク、なんとか弱点を探るから」
「わかった。ボクが引き付けるからノティは狙われないようにね!」


リンクがジークロックを挑発して引き付け、ノティは狙われないよう闇に紛れてジークロックの近くを飛び、弱点を探る。
かなり巨大……それ以外に普通の鳥と決定的に違うところと言えば、仮面を付けている事ぐらいだ。
仮面……ひょっとしたら何か弱点でも隠しているのかもしれない。
ノティはジークロックが離れた所を飛んでいるうちにリンクの傍へ下りた。


「リンク、あいつの仮面が怪しいよ。弱点でも隠してそうなんだけど壊せない?」
「仮面か……。地面に降りてくれればハンマーで壊せそうなんだけど」
「それなら任せて、私が弓でジークロックを攻撃してみる。降りて来るかもしれないわ」
「分かった。ボクから離れないでね」
「了解!」


いつでも庇えるよう彼女の隣に立ってハンマーを構えたリンクは、飛び回るジークロックを睨み付けた。
ノティは奴が滑空して来ようとした瞬間を狙い、弓を放つ。
闇夜を切り裂き一直線に飛んだ矢はジークロックの胸辺りに刺さった。
羽や体毛のせいか大したダメージは与えられなかったようだが、奴は上手く挑発され滑空をやめて床へ降り立つと、体を勢い良く反り返らせ、嘴で潰そうと思い切り振りかぶった。


「ノティ、避けて!」


リンクの声にすぐさま宙に浮いて避けたノティ、リンクも上手いことバック転して嘴を避ける。
勢いのまま嘴は床に刺さってジークロックは身動きが取れなくなり、すかさずリンクがハンマーを仮面に叩き下ろした。
瞬く間にヒビが広がり崩れ落ちる仮面、そして剥き出しになる柔らかそうな黄色のトサカ。


「リンク、そのトサカ! きっと弱点に違いないよ、それを攻撃して!」
「オッケー!」


仮面を壊されて我を忘れたのか、ジークロックは力を込めて嘴を床から抜き、闇雲に羽ばたいたり突こうとして来る。
辛抱強くそれらに耐えながら隙を窺い、避けた嘴が再び地面に刺さった瞬間、リンクはマスターソードを構えて飛び込み何度も斬り掛かった。
幾度目かの斬り付けの末、ジークロックが突然苦しげに鳴き声を上げ、逃げようと羽を撒き散らしながら高く舞い上がる。
だがすぐに力尽き、煙となって消えてしまうのだった。


「た、倒した……」
「やったぁリンク! これで海もだいぶ平和になるわ!」
「うん。なんか信じられない、あいつを倒せたなんて……夢じゃないよね」
「違う違う、リンクは退魔のマスターソードを持てる程に強くなってるんだから」


きっとアリルが攫われるのを見送るしかなかった時を思い出したのだろう。
それを払拭するノティの励ましに照れくさそうな笑みを返し、リンクは上方にある船の残骸を睨み付けた。
アリルを取り返した今となっては、もう彼がガノンドロフに関わる理由は無い。
彼が古の勇者と関係があるなんてノティしか知らないし、それを証明する手立ても無かった。
しかしまだテトラ達が逃げ切ったか分からない上に、何よりリンク自身が、魔物を率いて世界を暗黒の世に突き落とそうとしているガノンドロフを放っておける筈もない。


「行こう、ノティ。ガノンドロフを倒しに」
「え……」
「このまま放っておいたら、どうなるか分からないよ。ジークロックだって倒したんだ、きっとガノンも倒せる!」


ガノンを倒すという意思表示にノティの心臓が跳ね、速く脈打ち始める。
勇者リンクと共に居ればそんな宿命が来るとは思っていたが、いざ直面すると胸が痛い、苦しい。
しかしノティはもうリンクを絶対に見捨てないと決意してしまった。
それに先程から浮かぶ、過去を踏まえた上での可能性が頭から離れない。


「……分かった。行きましょリンク。ただし一人では行かせないよ、あたしも一緒だから」
「うん。ノティの事はボクが絶対に守ってみせるからね!」


笑顔のリンクに手を握られ、ノティは急に恥ずかしくなって俯いた。
過去、オカリナの音色が響く時代や黄昏に染まる時代で共に過ごしたリンクを思い出し、つい泣きたくなってしまう。
しかし今はそれ所ではないと追懐を押し込め、二人で広い通路を登って行った。

塔の最上部、何故かこんな高所で難破したように半壊している船がある。
その船室を利用した部屋……リンクの話によればガノンドロフはここだと。
巨大な門にも思える扉を開き、リンクとノティは意を決して足を踏み入れた。

広い船室はオレンジ色の灯火が暖かな色彩を放つ、意外にも柔らかさを感じる空間。
しかし奥に背を向けて立つ大柄な男は、この暖かさに似つかわしくない威圧感を放っている。
油断なくマスターソードを構えるリンクと、その隣で三度目の『再会』を重苦しく迎えるノティ。
やがて背を向けたまま男……ガノンドロフが口を開き、それはノティの心を更にざわつかせる。


「小僧、久し振りだな。我が砦に入り込み、よくぞここまで辿り着いた。その無謀な勇気だけは褒めてやろう」
「ノティが居てくれたからね、どんな困難だって超えてやるさ!」


ノティ、とリンクが言った瞬間、ガノンドロフが反応したのは気のせいではないだろう。
リンクは気付かなかったようだが、昔からガノンドロフを見てきたノティは気付いてしまった。
あまり間を置かずに振り返ったガノンドロフの瞳にはリンクと、ノティがしっかり映される。

年老いた……ガノンドロフを見たノティが抱いた感想。
その様子に切なささえ感じてしまい、眉を顰めて悲しげに奴を見る。


「……ガノン」
「……」
「……あなた、は……」


つい名を呼んでしまい そのまま言葉が口を突いて出るが、不思議そうな顔で視線を向けるリンクに気付き、それ以上の言葉を紡ぐ事は出来なかった。
代わりにノティの口から紡がれたのは、出来る事なら言いたくも聞きたくもなかった言葉。
リンクの味方をすると決めた以上は覚悟しなければならないのに、絞り出した声は少しだけ震えているようだった。


「……あたし達は、あなたを倒しに来ました。もう好きにはさせない!」
「そうだ、お前やモンスター達を倒して、ボク達の海を平和にする!」
「ふん、平和か。その口でよく言えたものだ」


その言葉にリンク達に動揺が走った。
ノティは、まさか、と心当たりを浮かべる。

リンクの持つマスターソードは“時の勇者”が使用していた物だ。
そしてその時代、ノティは彼を助け導く妖精として最後まで共に在った。
その最後、一体何をしたか……確か“魔王”と魔族を封じた筈。
思い出したノティの背筋が凍り、それを肯定するガノンドロフの言葉が響く。


「小僧、お前がその剣を台座から引き抜いた時、それまで動かなかった魔物達が一斉に動き始めはしなかったか?」
「……!」
「心当たりがあるようだな。その剣は魔を撃退する退魔の剣であると同時に、我が魔族を封じていた忌々しい封印そのものなのだよ!」


やはりそうだった。
ハイラル城から出る時、ノティは神の力で城の中庭へ出たので、マスターソードが失われた後の城内を見ていなかった。
今ガノンドロフの言葉でようやく可能性を思い出し、とんでもない事をしたのではと冷や汗を流す。
そしてリンクも自分がした事の可能性を理解し、悔しげに焦燥を浮かべマスターソードを見ていた。
ガノンドロフは、そんなリンクを挑発するように言葉を続ける。


「分かったか小僧、平和だの何だのと大それた事を言いながら、お前がした事は魔族の解放だ!」
「違う! ボクは……。うわああああっ!」
「リンク!」


冷静さを失ったリンクはがむしゃらにガノンドロフへ斬り掛かって行くが、ガノンドロフは避けようとも迎え撃とうともせず平然と立ったまま。
そしてそれは、リンクがマスターソードで斬り付けてからも同じだった。
静まり返る船室、時間が止まったのはほんの数秒で、すぐリンクはガノンドロフに弾き飛ばされる。
リンク! と叫んで駆け寄ったノティと倒れたリンクに、ガノンドロフは容赦なく剣を向けた。


「そんな退魔の輝きを持たぬ剣では、我は倒せぬ!」
「……やっぱり気付いてたのね。だから避けもせず、余裕で……」
「お前らしくもないな、退魔の力を失った武器で倒せると思ったのか」
「……」


勿論、初めはリンクを止めようとした。
しかしジークロックの件などもあって戦わざるを得なくなり、逃げたテトラ達の安全も考えてガノンドロフに対峙した。
そしてノティが止めなかったのは、ヴァルーが来るまでの時間稼ぎなら出来るのではないか、そしてひょっとしたら、ガノンドロフが攻撃しないでくれるのではないかという甘い希望的観測。
それは無惨にも砕かれ、今こうして最悪の事態を迎えようとしている。

今更どうしようもない後悔を胸に浮かべ、ただ悔しげにガノンドロフを見上げるしかないノティ。
奴がリンクを始末せんと大きな剣を振り上げたのを目にし、息を飲んだ。


「冥土に行ってその剣を作り出した者達に伝えるがよい。……切り札は、もう無いとな!」
「やめて、お願い! リンクを殺さないで!」


打ち所が悪かったのか、未だ立ち上がる事の出来ないリンクを抱き締めるように庇うノティ。
ガノンドロフは一瞬だけ顔を歪め、そのまま振り上げていた剣を下ろした。
この状況になった以上 本当にやめてくれるとは思わなかったノティが呆然とガノンドロフを見上げると、心臓を鷲掴みにされるような言葉が降って来る。


「……そうだな。お前がこちら側に来るなら、今日の所は見逃してやらんでもない」
「え……」


思いがけない、そして実は心の片隅で可能性として考えていた言葉。
リンクから離れ、ガノンドロフの仲間になる。
そうすれば少なくとも今はリンクは助かる……。

ガノンドロフが約束を守る保証は無いが、何となく嘘とも思えなかった。
ノティは俯き、肩を震わせてじっと考え込む。
早くどうするか決断しなければ、いつまでも待ってはくれないだろう。
ノティが決めかねて苦しげに小さく唸った瞬間、リンクが声を絞り出した。


「だめだよノティ……こいつの仲間になんかなっちゃ……絶対に……」
「リンク……!」
「ノティは渡さない、渡すもんか……!」


必死で立ち上がろうとしながら、ガノンドロフを睨み付けるリンク。
もう相手をする必要が無いと思ったのか、ガノンドロフが再び剣を振り上げた……瞬間。


「リンク、ノティ、しっかりするんだよ!」
「!?」


聞こえたが早いか、窓からテトラが現れて素早くガノンドロフに飛び掛かって行った。
数回だけ蹴り付け、一旦離れて体勢を立て直そうとした瞬間、ガノンドロフに捕まってしまう。


「テトラ!!」
「くっ、よせっ……、離しな!」
「この薄汚い小ネズミが!」


左手で首を絞め上げ、テトラを手に掛けようと右手を近付けるガノンドロフ。
その時、奴の右手の甲にトライフォースが浮かび上がり輝き始める。
突然の事に驚いたのはノティ達だけでなく、ガノンドロフも同様だった。


「我が力のトライフォースが共鳴しておる……! とうとう見つけたぞ、ゼルダ姫!」
「ゼルダ姫!?」


思いがけない場面での思いがけない名に、昔を知るノティは思わず驚愕の声を上げる。
勇気・知恵・力を司る聖三角、トライフォース。
そのうち知恵のトライフォースを継承する由緒正しいハイラルの血統。
いずれ探し出さねばならないはずの重要人物が、見知った者だったとは。

しかしこの場で事情を知るのはノティとガノンドロフの二人だけ。
特にいきなり知らない名を突き付けられたテトラはかなり動揺していた。


「な、何、ゼルダって一体、何の事……だ……」
「とぼけても無駄だ! お前がゼルダでなければ何故、このトライフォースを……」


ガノンドロフがそこまで言った所で突然、轟音と揺れが魔獣島を飲んだ。
何事かとガノンドロフが辺りを見回した瞬間、急に奴の手からテトラが消える。
ほぼ同時にリンクも消え、事情を察したノティは飛んで窓から飛び出た。

やはり現れたのは助けを頼んだ竜の島の者達。
コモリがテトラを、オドリーがリンクを掴んで窓から飛び出してくれた。
直後に現れたヴァルーが大きく息を吸い、高熱の炎の息を吐いてガノンドロフを塔の最上部もろとも焼き尽くす。

その光景をただ呆然と眺めるノティ。
これでガノンドロフが死ぬとは思えないが、完全に無事でもないだろう。
痛む胸を押さえながらヴァルーに伴われリンク達と魔獣島を脱出する。
煌々と燃え盛る魔獣島の最上部は、島影が水平線の向こうへ隠れてしまうまで見え続けていた。


++++++


停泊させていた赤獅子とも再会し、ノティ達はヴァルーやコモリ達と神の塔まで逃げて来た。
気を失ったテトラを心配そうに見つめるが、未だに目覚める気配はない。
魔獣島に潜入した夜はとっくに明け、完全に顔を出している太陽は煌々と輝きを放っていた。

コモリ達の話によればアリル達は無事に魔獣島を脱出したようで、ひとまずは安心といった所だ。
しかし様々な問題は山積みで、とても気楽に構える事など出来ない。
そんな二人に代わり赤獅子がヴァルーへ礼を告げる。


「ヴァルー様、危ない所を……大変、感謝しております」
『そちらの輪廻の娘が助けを頼みに来たのだ。私はそれに応えたに過ぎぬ』
「なんと……! よくやってくれたノティ、ヴァルー様達が居なければ今頃、どうなっていたか」
「うん。みんなが無事で良かったけど……。ヴァルー様、ガノンは」
『安心するのはまだ早い。ガノンはあれしきの事で倒せるものではないぞ』


それは赤獅子もノティも承知の上だが、今はまずガノンドロフから遠ざかる事が先決だろう。
ヴァルーは後を赤獅子に任せると、コモリとオドリーを伴い帰って行った。
長く島を空けては魔族に隙を与えてしまう。

ヴァルー達を見送ってから何か訊きたげな視線を向けるリンクに赤獅子は、詳しい話は後にして海の下の世界へ向かうよう促し、彼も了承する。
ノティはいい加減 自分の過去をリンクに説明せねばならないと考えて気を重くさせるが、事細かに説明せずとも輪廻の事と過去に繋がりがある事だけ言えばいいだろうと思い直した。


「ねえリンク、一つだけ約束して欲しいの」
「? 急になに?」
「あたしは過去に色々あったの。でも今は絶対にリンクの味方だから。それだけは疑わないで」
「……わかった。ガノンがノティを引き入れようとしてたのは驚いたけど、ノティは絶対にそんな事しないって信じてる」
「ありがとう……」


それきり無言になって、再び神の塔の湾内にある光の輪から海底の世界へ向かうリンク達。
ノティは過去に繋がりのあるガノンドロフとの決別を確信し、静かに胸を痛めていた。





−続く−



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