風のタクト
第11話 懐かしいもの達


神の塔の湾内に出現した光の輪に入ったノティ達。
そこは当たり前のように海中で、リンクとノティは慌てて息を止めた。
しかしそれも、ノティが目にした物によって呆気なく徒労に終わる。


「リ、リンク見てあれ! 海底の方に……!」
「ノティダメだよ喋ったら息が……! ……あれ、息は?」
「あれ?」


お互いに口から泡がポコポコ出ているものの、苦しくも何ともない。
なーんだ、と顔を見合わせて笑い合う二人。
改めてリンクはノティの指さす海底を見下ろした。
そこに広がっていたのは、全てがモノクロで彩られた不思議な世界。
連なる山脈や平原のような場所、そして真下には巨大な湖と、聳え建つ巨大な建築物が。


「なに、あれ?」
「……ハイラル城」
「えっ?」


ノティが呟いた聞き覚えの無い単語にリンクは彼女を見るのだが、彼女は全く答えようとしない。
驚愕の表情でじっと海底に広がる世界を見て……涙をぽろぽろ零す。


「ノティ!?」
「ゴメン、何でもないよリンク、気にしないで」


ノティは乱暴に涙を拭うとリンクに笑いかける。
リンクはそれを見ながら複雑な胸中だった。
さっきノティが呟いたハイラル城という言葉……きっと真下に聳える建築物がそれなのだろう。
つまりノティはこの場所が何なのか知っているという事になる。

しかしなぜ泣いていたのか、何も教えてくれないのか、どうにも納得がいかない。
ノティがそんな事を考えている訳が無いと思おうとしても、自分は彼女にちゃんと信用されていないのではと考えてしまう。

やがてゆっくりと城の庭と思われる泉に降り立ったリンクとノティ。
赤獅子は二人を下ろすと、少し拗ねている様子のリンクに語りかける。


「此処が一体どこなのか聞きたいのであろう? だが、今はそれを説明している暇は無いのだ……」
「どうして? ノティはここがどんな場所だか知ってるっぽいのに、ボクだけ仲間外れじゃないか」
「そう拗ねるな。お前がこの城で手に入れた物で見事ガノンを討ち果たす事が出来たなら、自ずと全ては明らかになるはずだ」
「……本当に?」
「ああ。さあ、私の言う事を信じて、早く城の中へ入るのだ!」


リンクとしても早くアリルを助け出してあげたい。
ふう、と溜め息を吐くと視線を上げたリンク。
遥かなる高みできらきら輝く海面と太陽が、とても綺麗だと思った。


「ごめんね、リンク」
「ノティ?」
「あたし今、胸がいっぱいで……それに変な事まで言っちゃいそうで、リンクに何も教えられない」
「……」
「でもいつか、いつか話すから。それまで待ってくれる?」


懐かしげで、でも辛そうで悲しげなノティの顔。
こんなノティの顔を見るのは初めてで、リンクはドギマギしてしまう。

どうやらこの場所に関する事で何か辛い事があったらしいノティ。
ここで根掘り葉掘り訊けば今すぐ全てを知る事が出来るかもしれない。
しかし出来ない。どうしても今は話したくなさそうな彼女に無理強いしたくない。

自分とは違い何か大きなものを背負っているらしい彼女に信頼されたいのなら、まずは自分が彼女を信頼しなければとリンクは思い直した。
その背負っている重荷が無い分、自分が気を遣ってあげたい。


「……分かったよ。気が向いた時に教えてね」
「うん、ありがとう」


いつもの二人に戻って笑い合い共に城の中へと入る。
そこは外と同様にモノクロの世界で、まるで時間が止まったようだ。

……いや、きっと確実に時間が止まっている。
広間には多数のモンスターが、石像のように固まってしまっているから。
広間のやや入口付近の中心には、ノティにとって懐かしい人物の像もある。


「……リンク」
「なに?」
「えっ!? あ、ううん、何でもない」


思わずの呟きを聞かれてしまい、慌てて取り繕う。
ノティが名を呼んだリンクは今 隣にいるリンクの事ではない。

それは時の勇者。
遥か昔、ノティと共にハイラルを旅した……。

ノティは追懐を振り払うとリンクに着いて像の横の階段を降りる。
そこにはノティにとって見慣れた形の紋章と3つのブロックがあった。
ブロックは全部三角柱の形をしていて、とくれば やる事は一つだろう。


「リンク、来て! このブロックを床の三角形に合わせて並べてみよう」
「これを? 確かに床の三角形は怪しいね、やってみようか」


端を掴んで回転させるように移動させ、床の三角形にブロックを合わせる。
二人でやればすぐに終わり、3つ目を合わせると同時にブロックが床に沈んでしまった。
だが三角形……トライフォースの形が光り始めただけで、何も起こらない。


「えーっと……これだけじゃ駄目みたいだね」
「どっかで何かやり残してるのかな」


ノティは改めて考え直してみた。

赤獅子が言っていたガノンドロフを倒せる物、ノティの心当たりとしてはマスターソードだ。
では此処にあるのがマスターソードだと仮定すれば、昔はそれを入手する為に何をやっていたか。
精霊石を3つ集めなければならないのか……しかしゴロン族やゾーラ族がどこにも居ない。
第一、精霊石を集めた所で時の神殿のような納める台座すら無い訳で。
あとマスターソードを入手するのに必要だった物は……。

そこでノティは大事な事を思い出し自分の荷物入れを探ってみた。
取り出したのは吹き口に黄金の聖三角……トライフォースが刻まれた美しい青のオカリナ。


「(思えば……どうしてあたし、これを持ってるの?)」


これはハイラル王家に伝わる家宝でゼルダ姫が持っていた物。
間違いない、これはかつてリンクがゼルダ姫から借り受け、駆使していたあの……時のオカリナだ。

ノティは光り始めた床のトライフォースの真ん中に立ち、時の歌を奏でようと試みた。
吹きながら何度も失敗して音を思い出し、ようやく繋げて一曲にする。
すると床のトライフォースの輝きが増し、強い光を放ち始めた。
そして背後にある時の勇者の像がひとりでに動き始め、下から地下への階段が現れる。


「すごいノティ、そのオカリナそんな事ができるの!?」
「……みたい」
「それに今の綺麗な曲だね、何の曲?」
「時の歌って言って、昔……ちょっと何回か聴いた事があるの」
『……ノティ、やはりそのオカリナは……』


リンクの持つ石を通じて赤獅子が語り掛けて来る。
彼は精霊ジャブーからハイラル王と呼ばれていた存在……ならばやはり、オカリナは彼に返却すべきだろう。


「赤獅子、あのね」
『……取り敢えず今は、力を手にするのが先だ。リンクと一緒に城の地下へと向かいなさい』
「はい」


ノティとリンクは勇者像の所まで行き、階段を下り始める。
しかしふと上にある像を見たリンクが不思議そうに口を開いた。


「ねえノティ、この像の人の格好ってさ、ボクとそっくりだよね」
「ん? そうだね」
「この人って……。……まあいいか、行こう!」


自分から話題を振った割に自己完結し、地下へ向かうリンク。
ノティは少しだけ時の勇者の像を見つめてからすぐに後を追った。
地下も相変わらずモノクロの世界だったが、どことなく厳粛さを感じる。
リンクと共に奥へ向かったノティが再び目にする、懐かしいもの。

それはマスターソードと、それを取り囲むように巡る6賢者のステンドグラス。
ノティが感激して胸を震わせていると、また赤獅子の声が響く。


『リンク、目の前にある剣を取るのだ。あのガノンドロフを地上から消し去る事の出来る退魔の剣・マスターソードを!』


リンクは頷いて剣に近づき、刺さったマスターソードの柄に手を掛ける。
それを引き抜いた瞬間、天井の穴から強烈な光が差し込み二人の目を眩ませた。
やがて光りが消え去り、目を開けたリンクは……。


「あれ、ノティ!?」


隣に居た筈のノティが居ない事に気付いた。
あちこちを捜して回るが、どこにも彼女の姿は見当たらない。


『リンク、ノティが居ないのか?』
「う、うん、どうしよう赤獅子!」
『む……。彼女はどうやら伝説に関する秘密を持っているらしいからな、何か起きたのかもしれぬ』
「そんな……!」
『ひとまず戻れ、ガノンドロフを倒してお前の妹を助け出さねばならないし、これからの事を相談するとしよう』


赤獅子の言葉に自分の最大の目的を思い出す。
何としてでもアリルを助け出さねばならない、しかしノティの事だって当然、放っておける訳などない……。
少なくとも何の気配も感じないこの場所には居ないようなので、赤獅子と相談する為 戻る事に。
帰りながらノティの名を呼んでも、彼女からの返答は一切なかった。


++++++


一方ノティ。
マスターソードの光に目が眩んでしまい、気付くと不思議な空間に居た。
自分はふわふわ浮いていて、周りは何も無い真っ白な空間。
やがて眼前に巨大な光の珠が現れる。
それは中に何かが居る訳ではなく本当に光の塊だったが、ノティにはそれが何だか分かった。


「……神様?」
「その通りだ、輪廻の娘。お前に会うのは何年振りであろうな」
「何のご用ですか……?」


この世界の、女神達より更に上に居る至上の存在。
贖罪の機会を与えてくれた存在だとしても、まだ罪を償いきれてない自分の前に現れるのは不安だ。
神はノティの様子を窺っているのか暫くは何も言わずじっと黙っている。


「……あの」
「いや、お前に確認しておきたい事があってな。お前の贖罪も近い内に終わりを迎えるだろう。そうなったらどうする?」
「……」


ひょっとしたら、元の世界……地球に帰してくれるのだろうか。
しかしノティが地球・日本に居たのは、気が遠くなるほど昔の事だ。
こちらの世界に来てからの時間なので、地球に戻れば時間は過ぎていないのかもしれないが。
しかし帰った所でノティにはもう何も残っていない。
自らの手で殺めてしまった家族が居るだけ。

それにいざ自分が帰るとなると思い浮かぶのは、ハイラルで過ごした日々。
様々な人と出会った、共に過ごした、愛しい記憶。
幾度も生まれ変わりそれぞれの時代でどんな結末を迎えようと、思い出すと得られるのは幸福感。
そしてその幸福感と同時に蘇る辛苦。
過去の時代で冒険を共にしたリンクの事を思い出す度に、胸が痛くなる。

嫌だ、帰りたくない。
あたし、まだリンクに何も伝えてない!


「帰らぬか」
「……はい」


ノティの様子から感じ取ったのか、神は何も言わずとも分かってくれた。
そこでふと神は、ノティの荷物入れから覗く時のオカリナに気付く。


「懐かしい、その美しい音色を聴けなくなって長い年月が過ぎていた。先程の曲は時の歌であろう、よく覚えていたな」
「ずっと昔、リンクが演奏していたのを傍で聴いていましたから」
「お前が時の勇者を導く妖精となっていた頃の話だな? あの時代が始まりだった」


ノティの贖罪の旅は、あの時代が始まり。
リンクが7年の時を越えて戦った、あの時代。


「妖精ナビィ、お前が居なければ勇者は務めを果たせなかったであろう」
「恐れ入ります。でもあたしは本当はナビィではありません。本物の妖精ナビィはあたしの為に……」
「分かっておる。我には全て分かっておる。地上の者へいたずらに手を貸すことは出来ずともな」


神は全てを見ていた。
過去に誰が何を行ったか、その全てを。
それを知ったら何だか勇気が湧いて来る気がする。
今すぐにでもリンクの元へ戻り、アリルを助ける手伝いをしてあげたい。


「神様、リンクの元へ戻る事にします。彼の手助けをしたいんです」
「その事だが、お前にはやって貰うことがある。先程のマスターソード、違和感が無かったか?」
「え……? そう言えば」


リンクがマスターソードを手に出来る嬉しさで気付けなかったのだが、今思い出してみると何だか様子が変だった。
何かが足りない。
聖剣から発せられる筈の輝きが無かったし、退魔の力も弱々しくて頼りなかったような……。

まさか。


「今あの剣には、退魔の力は殆ど宿っておらん。ガノンドロフには傷一つ負わせられぬだろう」
「そんな! 急いでリンクを助けに行かなきゃ!」
「いや、輪廻の娘。お前は今すぐ竜の島へ赴き、事情を話して精霊ヴァルーの力を借りるがよい。勇者は既に魔獣島へ向かっておる故、急がねば間に合わぬやもしれん」
「え、じゃあどうやって移動すれば……」


ノティがそう言った瞬間、神を体現する光の一部が飛んで来てノティの体を包み込んだ。
眩しさに目が眩み、ハッと気づくと最初に降り立ったハイラル城の庭で、赤獅子の姿はない。
きっと神の言った通りにリンクと魔獣島へ向かったのだろう。
あたしも行かなきゃ、と辺りを見回すノティだが、すぐに己の背中に発生した異変に気付く。


「え、ええっ!? 妖精の羽が生えてる……!」


妖精のようなやや透明の四枚の羽、それが背中から生えていた。
かつて妖精ナビィとして昔のリンクを支えていた頃の事を思い出し、その感覚で飛ぼうとすると上手く浮く。
これなら竜の島まで難なく飛んで行ける。
ノティは海面を強く見据え、光の輪に飛び込んだ。

遥か昔の感覚が段々と蘇って来て、かなりの速度で海上を行くノティ。
やがて竜の島に到着し、ノティはヴァルーが座る山頂へ直接向かった。
そこにはメドリとコモリの姿もあり、どうやらヴァルーの世話に来ていたらしい。


「ノティさん!? その羽どうしたんです! それにリンクさんは……?」
「ごめんねメドリ、そこまで説明する暇がないの。ヴァルー様お願いです、力を貸して下さい!」


ノティは簡単に、リンクが手に入れたマスターソードから退魔の力が消えてしまっている事、このままではガノンドロフに傷一つ付けられない為リンクが危険だという事を伝えた。
ヴァルーはそれを聞いて翼を一度羽ばたかせ、そのまま立ち上がる。
そして以前と同じようにハイリア語でノティに喋り掛けた。
デクの樹やジャブーの時と同じく、もう細かい部分も完全に聞き取れる為 流暢に聞こえる。


『魔獣島へ行こう。コモリ達は他のリト族に報告していて欲しい』
「コモリ、メドリ、今からヴァルー様が島を留守にするから、他の皆に報告して欲しいって」
「待ってノティ、ボクも行くよ!」


突然コモリが身を乗り出すようにして言った。
ノティは1週間前に会った時からは考えられない勇敢さを見せる彼が、翼を広げるのを見た。
メドリもそれに対して嬉しそうに告げる。


「コモリ様、リンクさん達が去った後すぐにヴァルー様の元へ行って翼を手に入れたんです」
「へえ、やるじゃないコモリ! 勇気さえ出せればすぐだったわね」
「そうなんです、もうワタシでは追い付けないほど遠く長く飛べますよ」


そう言うメドリが浮かべる嬉しそうな顔の中、どこか寂しそうな雰囲気をノティは感じ取った。
きっと長く世話して来たコモリが一人で遠くへ行ってしまったように思えるのだろう。

それはノティも理解できた。
タウラ島でリンクと2年振りの再会を果たした時、成長した彼に少し寂しい気持ちになったものだ。
しかしコモリが来るにしても族長の子が何も言わずに危険な場所へ出かけてはいけない。
彼には後からヴァルーと共に来てもらい、ノティは先に魔獣島へ向かう。
コモリ達は心配そうだがノティには不安と共に自信があった。

ノティは幾度も勇者と冒険している。
危ない橋だって、何度も何度も渡っている。


「ではヴァルー様、あたしは先に魔獣島へ向かいます。後からコモリと宜しくお願いします!」
『うむ、気を付けろ。勇者を頼む』


ノティはヴァルーに一礼すると、羽を羽ばたかせ空に舞い上がる。
どうか無事でいて、と心中で祈りながら、遥か西を目指して飛び立った。





−続く−



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