風のタクト
第9話 輪廻の娘


多数の稲妻が降り注ぎ雷鳴轟く豪雨の中、プロロ島を目指し出発したリンクとノティ。
魚の島に行った時と同じようにひとまず西の親子島を目指し、そこから真っ直ぐ南下する予定だ。
だが親子島に向かっている最中、タウラ島の1つ西のエリアにあるめがね島で二人は我が目を疑うものを目撃してしまう。


「ねぇリンク、赤獅子、大きな船が見えるよ」
「えっ……あ、ホントだ」


稲光に照らされ、まるで漂流しているのではないかと疑う程ゆらゆらと頼りない船が見えた。
テトラ達ではない筈だし、ならばノティを誘拐したグラナティス率いる海賊団かと身構えるが、発見が遅れた為に回避できない。
しかし近付いてみた船の周りには青白い炎が多数浮かんでおり、船自体もかなり傷んでいる。
止まる訳にもいかず、更に近付いて確認しようとすると……。


「ノティ、透けてるよこの船っ!」
「いやぁぁっ! あたし幽霊だめなんだってばぁ!!」
「落ち着け二人とも、もう船は消え去った!」


赤獅子の言葉に我に返ると、衝突しそうな勢いの位置に居たにも係わらず船は消えていた。
消えたという事はやはり幽霊船だったのだろうか。
ノティはカフェバーで船乗り達から聞いた話を思い出し身震いする。


「ほらリンク、言ったじゃない! 昔、幽霊船が出現する位置を海図にした人が居たらしいんだけど、その人、海図を完成させてすぐ死んじゃったのよ。呪いよ呪いっ!」
「へぇ……うん、でも、中にお宝ありそうな……」
「言う事それだけ!? ほんっとリンクは無駄に勇気あるんだから!」


こんな重苦しい不穏な空気と止まらない豪雨や雷の中で遭遇してしまい、震え上がるノティ。
もう忘れて早く行こうとリンクを急かす。
実際に進むのは赤獅子なので、最高速で進んでいる今そんな事を言っても意味は無いが。

気を取り直して親子島まで進みタクトで風向きを変え真っ直ぐ南下する。
ノティは方角がずれたりしないよう、羅針盤を手に進行方向を見据えた。
ほとんど口を利かずに進み、やがてプロロ島の影見えた辺りで船をサメが追い掛けて来る。


「リンク、サメ!」
「相手してるヒマ無いから避けるよノティ、しっかり掴まってて!」


船を追い越し、引き返して体当たりを仕掛けて来るサメ……グヨーグをジャンプでかわす。
ノティは必死にしがみつきながら目を閉じていたが、やがて赤獅子の声に目を開けた。


「二人とも、プロロ島に着いたぞ!」


暗い豪雨の中、稲光に照らし出された古里がノティの心を熱くした。
たった2年しか離れていなかった。
14年の今までを振り返れば、プロロ島で過ごした時間の方が圧倒的に長い。
なのに何故か泣きたくなってしまい、ぐっと唇を噛み締め堪えるノティ。
赤獅子は、かつてノティが引っ越す時に旅立った桟橋へ停泊した。


「リンク、ノティ、気がついていたか? 魔物に襲われた魚の島に上陸してから、時が止まったかのように夜が明けない」
「え、そうだったの? ずーっと大雨だから全然 気付かなかった……」
「これがヴァルー様が言ってた呪いってやつなのかなぁ? あ、やだ、幽霊船思い出した」


時間的には朝のようだが、実質的に夜が明けないならテトラ達に先を越される心配は無いだろう。
赤獅子が気を利かせて家族に会って来るようリンクに提案し、ノティも甘えて2年振りの故郷の土を踏んだ。
家へ辿り着きただいまー、と元気な挨拶をするリンクだが、返事は全く無い。
寝ているのかと家の奥へ進むと……リンクの祖母が椅子に座ったまま魘されていた。


「えっ、婆ちゃん!?」
「大丈夫ですか!?」
「う、う〜ん……。リンク……アリル……どこにも行かないでおくれよ……」


二人の声も届かず目を覚ます気配は無い。
まさかこんな事になっているとは思わず顔をさっと青くさせるリンク。
掛ける言葉も見つからないノティはリンクの祖母を心配し、その額にそっと手を当てた。

……瞬間、ノティの手から淡い光が溢れる。
その光はやがて きらきらとリンクの祖母を取り巻き、それが消えると呼吸が穏やかになるのが分かった。


「……婆ちゃん?」


恐る恐る声を掛けたリンクに確かな反応を見せる祖母。
ぱちぱちとまばたきし、リンクを視界に入れるなり嬉しそうに手を差し伸べる。


「おお……リンクなのかい?婆ちゃんに、そのやさしい笑顔をよく見せておくれ……」


そんな祖母にリンクも照れくさそうに応じる。
頬を包み込むように撫でる祖母の手は、シワだらけで、でも優しくて、暖かい手だった。


「無事だったんだねぇ……。まぁ、ノティちゃんも一緒かい。お転婆だったのが、綺麗なお嬢さんになって……お母さんの若い頃にそっくりよ」
「えへっ、お転婆なのは今も変わりないですけどね」


ノティにとっても彼女は祖母のようで、慈しみの溢れる口調に照れくさく微笑みながら、懐かしい再会を味わう。
両親を失ってから心の底にしまい込んでいた懐かしい気持ちが、暖かな言葉に触れて蘇った。


「ご両親の事は手紙を読んで知ったよ、可哀想に……。プロロに戻って来て、一緒に住んでもいいんだよ」
「婆ちゃん、ノティの両親は死んだって決まった訳じゃないんだ。アリルを助ける為に旅をしながら、一緒に行方を探してるんだからさ!」


祖母の中では、やんちゃで重大な事など考えられない小さな子供のままだったリンク。
そんな彼がしっかりした事を言って、祖母はハッとしたように息を飲む。
リンクやアリル、ノティが頑張っているのに、一人弱音ばかり吐いている自分を恥じた祖母。
本来は保護者である自分がしっかりせねばならないのに……。


「ゴメンよ、二人とも。婆ちゃんしっかりするからね。こんな事しかしてあげられないけど、スープがあるから食べてお行き」
「えっ、あのスープ!? やったあ、誕生日に食べ損ねちゃったんだよねっ」
「あたしも久し振り! 頂きますっ!」


煌々と燃える暖炉の前で祖母特製のスープを食べ、豪雨の中の航海で冷え切った体を温める。
祖母は入浴と着替えも勧めて来たがまだ豪雨の海でやる事があるので、それは後にしてタオルだけ借りておいた。
スープを食べ終わって改めて家の中を見回したリンクはふと、テーブルの上に封筒と小包を発見する。
封筒はノティがいつも手紙を入れて送って来ていた可愛らしいものだが、小包に覚えは無い。


「婆ちゃん、これなに?」
「あぁ、それかい。お前が旅立った後、郵便屋さんが届けてくれてね。ノティちゃんからの誕生日祝いなんだよ」
「あ、そうそう。小包 開けてみてよリンク」


リンクが旅立ったのは誕生日当日……プレゼントを見て碌に祝っても貰えていない事を思い出した。
何だろうとワクワクして箱を開けると、中から青いオカリナが出て来る。
これはずっと幼い頃からノティが大事にしている、金色の小さな三角印が印象的な物だ。
小さい頃は頼んでも貸してくれなかったノティと喧嘩していたが、今のリンクは、これは自分が持つべきではないと思えてならない。


「ノティ、こんな大事なもの貰えないよ。手紙だけ貰うから」
「どうしたのよリンク、昔は貸して貸してって、しつこいくらいだったのに」
「何か、変なんだ。嬉しくない訳じゃないんだよ、ただ、ボクが持つべき物じゃない気がして……」


頑ななリンクに、ノティもどうしようか悩む。
決して気に入らなかった訳ではなさそうだが、誕生日プレゼントとは押し付ける物でもないだろう。
グラナティスがこのオカリナを狙っていたのを思い出したノティは、プロロ島が狙われないよう結局自分が持つ事に。

少し休憩してから赤獅子の元へ戻り出航する二人。
ジャブーの居場所を探してプロロ島の周りを進むと、やがて島の裏手に巨大な石版のような物を見つけ、きっとここだと判断した。


「よし、じゃあ爆弾!」
「はいはーい、撃つのはリンクお願いねっ!」


大荒れの海の上、普段は長閑な島に爆音が響き渡った。


++++++


石版の下から現れた洞窟に入ると、そこは神秘的な明かりに包まれた空間。
水面が洞窟内の壁一面に青く反射して映り込み、その美しさにノティ達は思わず息を飲む。
奥まで進むと水中から巨大な魚が現れた。


「うわ、びっくりした!」
「二人とも、この方が精霊ジャブー様だ」


巨大な魚……精霊ジャブーは赤獅子を認めるなり、リンクやノティを気にしつつ話を始める。
それは他の精霊と同じくハイリア語で、デクの樹の時と同じく、細かい部分も聞き取れるようになったノティには流暢に聞こえた。
しかし理解できる事によって、その話は逆に不可解なものとなる。


『久し振りだな、ハイラル王よ』
「お久し振りでございます、ご無事で何より……」
「(えっ、ハイラル王!? ハイラルって、海底に沈んだ例の王国? 赤獅子の事なの?)」


ハイラル王と呼ばれた赤獅子は驚く様子も無い。
まさか、この喋る船の正体は……リンクに協力しているのも、国のため?
ノティの心中に、赤獅子への不信感が募った。
騙している訳ではないのだろうが、リンクの事など本当はどうでもいいのだろうかと不安になる。
そんなノティの心中を知る由も無く、ジャブーと赤獅子は会話を続けた。


『遂に恐れていた事が動き始めたようだな。お前が私に会いに来たという事は、時の勇者を見つける事が出来たという事か』
「いえ、残念ながらそうではありません」
『では、お前は何をしに私に会いに来たのだ』


赤獅子は語る。
リンク達は伝説と無縁の者だが、彼らの持つ勇気に可能性を感じたと。
その可能性とやらにハイラルの運命を任せようと言うのだな、と、ジャブーは試すように尋ねる。
赤獅子はそれに対し何の躊躇いも無く頷いた。
やはり今までの事で、リンクとノティをちゃんと信頼しているのだろう。
ジャブーはそんな赤獅子の信頼を信じる事に決めたようだ。


『分かった。その者達の勇気が真の物かどうかは、神が判断するであろう。神への道しるべを受け取るが良い』


ジャブーがチョウチンアンコウのような頭の触角の先からぶら下げていたランプを揺らし、中の灯りが1つ放り出される。
それはリンクの元へと降りて来る頃には青い神珠となっていた。
これが最後の神珠、ネールの神珠。


「やったぁノティ、神珠が全部揃った!」
「これでアリルちゃんを助け出せるね……! ジャブー様、ありがとうございます!」


深々と礼をし、赤獅子を旋回させて出口へ向かう。
その途中、ジャブーが再び話し掛けて来た。


『時にハイラル王。お前はゼルダの血を引く者の所在を掴んでいるのか?』
「……心当たりはあります」
『ゼルダがガノンの手に落ちる事は、断じて防がねばならない。……あとひとつ。後程、その娘だけを連れ再び訪ねて来るが良い』


そう言い終わるとジャブーは質問させずに海底へ戻って行った。
赤獅子が、そしてノティも唖然とし、ハイラル語を理解出来ないリンクだけがポカンとしている。
何故ジャブーは、リンクを置いてノティだけ連れて来るよう言ったのか。
赤獅子は心当たりを訊ねようとするが、その前にリンクが拗ねたように口を尖らせ割り込んだ。


「ちょっとっ、ボクだけ理解できないんですけど! ジャブー様が何て言ったのか教えてよ!」
「……全て後で分かる。それより気が昂って頭が冴えていたのかもしれんが、もう丸一日以上寝ておらんぞ。これからの戦いに備える為にも島で休み、明日にでも出発するとしよう」
「……はーい……」


ガノンドロフが掛けたという不吉な雷雨と明けない夜の呪いは、ネールの神珠によって解かれたようだ。
ジャブーの洞窟から出るとすっかり空は晴れ渡り太陽は天辺近くまで昇っている。
二人は再び家に帰るとずぶ濡れの体を(もちろん別々に)入浴して温め、その後すぐ眠りに就いた。

しかし仮眠程度の睡眠時間で目覚めたノティは、ぐっすり寝付いているリンクを起こさないよう、彼の祖母に断ってこっそり家を出た。
訪ねて来いというジャブーの指示に従う為一人で赤獅子に乗り込む。
島の裏手を目指していた最中、ふと赤獅子が躊躇いがちに話し掛けて来た。


「ノティよ、お前はハイリア語を理解できるのだったな。ならば私が何者か分かったであろう」
「うん。ハイラルの王様……なんでしょ? 王国を蘇らせる為に動いてるの? リンクの事、本当はどうでもいいんじゃないよね」
「どうでもいいと思っている者に、大切な国の命運を懸けたりはせん。あやつが妹を助け出すのにも協力しているつもりだ」


それは結局、どちらも目的を果たすにはガノンドロフという悪を倒さねばならないので、利害が一致しているからだろう。
だがノティはそれ抜きでリンクを気に掛けて欲しかった。


「時の勇者だっけ、その伝説とあたし達は無縁な訳だけど。もし本物の時の勇者が現れたら、あっさりリンクを見捨てる?」
「ここまで関わった以上、放り出す事など出来ん。本物が現れたらその者に同行させて貰い、妹を助け出すまで面倒を見る」
「それ聞いて安心した。あたしはともかく、リンクは見捨てないであげてね」


別に赤獅子をそこまで冷血だと思っている訳ではない。
ただ どんな事でもいい、リンクの力になりたい、リンクを孤立無援にしたくない。
彼は沢山の人に支えられて、沢山の人の想いを背負って戦うに相応しい。
何故か分からないが、ノティは強くそう思っていた。

やがてジャブーの居る洞窟に辿り着き、中に入る赤獅子とノティ。
神珠の時と同じようにジャブーが出現し、ハイリア語で話し始める。


『さて、娘よ。確か名はノティといったか』
「はい」
『ノティ……成程。やはり間違いは無い。お前こそ神の罰を受けている最中の、【輪廻の娘】なのだな』


告げられた単語は全く聞き覚えの無いもの。
だがノティの心臓はそれを聞いた瞬間に跳ね上がり、破れてしまいそうな程に高鳴り始めた。

神の罰、輪廻。
罰……罪……咎……。

ノティの脳内をフラッシュバックするように知らない記憶が巡る。
それは森の島や嵐の海で見たものとは違う、とても遠くて忌々しいもの。

自分の視界には血まみれの人々が倒れている。
利き手に目をやれば、血まみれの剣を握っていて……刀身が細めで少し反った不思議な剣だ。

この人達、あたしが殺しちゃったの?
あれ……何だろう、この人達を見ると憎らしい、だけど悲しくて切ない。

浮かぶのは後悔、やがて一つ一つ剥がれ落ちる岩盤の中から姿を表したのは、神を憎み、罪を犯した罪人の姿だった。
真っ黒な髪と瞳、見慣れない綺麗な服を着た彼女は。


「……あたし、だ……」
『ノティよ、神から全ては聞いている。お前は異世界で神の下僕たる家族を自らの手で殺害し、その罰を受ける為に、この世界へ送られたのだ』


段々とノティの記憶が蘇って行く。
それは辛くて苦しくて、もう二度と触れたくないと思っていた事だった。
胸を貫かれるようなその記憶は、やがて森の島や嵐の海上で見た記憶へと繋がって行く。

異世界……地球、日本。
その国で1500年以上も続く神の巫女の家系に生を受けた“自分”。
当時の己の名はよく覚えていないが、確かにその出自が彼女の記憶にあった。

不思議な力で人々を救い、科学が発達した時代でも神の使いだと言われ囃される一族。
特に受け継いだ一人の巫女しか使えない、女神の力を借りて自然災害を軽減する能力は、自然災害の多発するこの国で無くてはならないものとなっていた。
しかし次代の巫女としての期待を一身に背負わされた彼女は、次第にその重圧に苦しみ始める。

学校に通っても行事には全く参加させて貰えず、俗世に染まっては駄目だと友達付き合いも禁止。
学校と家の行き来は完全な送り迎えで、他の場所へは許可を貰い、親が選んだ付き添いが居ないと行ってはいけなかった。
テレビや本だって選ばれたもの以外は目にしない。
恋愛も禁止。学校は女子校で男子との出会いは無かったが、それでもそんな条件に年頃の“自分”は反発したかった。
電話すら使った事が無いなんて、その世界のその時代、その国では考え難いものだった。

送迎車の窓から、楽しそうに友達と下校するクラスメートや自由に遊び回る街の若者達を見ては羨望に駆られる日々。
己の生まれを呪い、不満を募らせ自由を渇望する日々が続き、膨らみ切ったそれはある日、父親のとある言葉で遂に破裂してしまう。
父親は、自由が欲しい、巫女になんか絶対になりたくないと告げた“自分”を叩き、厳しい口調で怒鳴った。


「お前は、先人が巫女として多数の命や心を救って来た事を何だと思っている。特にこの国の災害の多さは分かるだろう。追い付かずに失われる命も少なくないが、だからと言って救える命まで見捨てる気か!? 例え少数しか救えなかったとしても、その命が、人生が、どれだけ尊いか、お前には分からないのか! 運命を受け入れろ、遥か昔から続く巫女の伝統を受け継ぎ、その道に従って人を救うんだ!」


確かに冷静になってみれば、父の言い分も十分に分かる。
だがその時“自分”は、そんな自分の生まれを呪い、神を呪い、神の巫女としての道を選んだ先人を呪い、そして自分を産み落とし、育んだ家族を呪った。
どうして自分なのか。自らを犠牲に他者を救う運命を、どうして自分が背負わなければならないのか。
そこから先は、憎しみや恨みを家族にぶつける為に行動する“自分”。

家族が油断する、祭り。
その時期に倉から出される真剣の日本刀を持ち出した“自分”は、それを豪奢な着物の下に忍ばせた。

体が弱って半分寝たきりだった祖母、祭りを楽しみにして神輿の準備に余念の無かった祖父、賄いの婦人達と一緒に料理の準備をしていた母、そして、この祭りで巫女として完全に跡を継ぐ“自分”の段取りを考えていた父。
神社の聖堂前に集まっていた家族達を、“自分”は次々と斬り殺していった。
こうした後にどうするかなんて全く考えていない、幼稚な犯行。

それが終わった後、血塗れの家族の遺体を前に“自分”は呆然と立ち尽くしていた。
何も考えられない、解放感も達成感も、憎しみも悲しみも何一つ無かった。
そんな彼女の眼前、聖堂への扉がひとりでに開き眩い光が放たれる。

思わず目を瞑り腕で目を覆った“自分”。
やがて光が少し収まり、そちらへ視線を向けると……見知らぬ美女が居た。
その神秘的な佇まいの美女は“自分”の側までやって来ると、重々しく口を開くのだった。


「……彼女が、あたしの一族が祀っていた女神だった。神から与えられた運命を嫌い呪ったあたしに、【神から与えられる運命を受け入れ続ける】という罰を下した方……」
『そう。そして女神は、自分の知り合いだった我らの神に、お前を預けた』

ジャブーの言葉に、ノティはなぜ女神がそんな事をしたのか気になった。
彼女の下僕を殺害し巫女の役目を放棄しかけた“自分”を罰するなら、その場で断罪するなりすれば良かったのでは……。
そう思っていたノティに、ジャブーが告げる。


『女神は怒る一方、お前を哀れにも思われたのだ。だからお前に贖罪の機会を与えた。そしてその贖罪も、間も無く終わりを迎えるだろう』


この世界に送られてから“自分”は何度か生まれ変わり、ハイラルの戦いを見守って来た。
オカリナの音色が響く時代、黄昏に染まる時代など。
それらの生で“自分”は神から与えられた運命を、ただひたすらに受け入れ続けた。
辛い事もあった、でも、傍にはリンクが居た。


「あ……リンク」


違う、リンクは伝説と無縁なんかじゃない。
彼こそが伝説の……そして、あたしも……。
あぁ、思い出す。
リンクと旅した日々……ハイラルを走り回った、あの懐かしい日々を。

リンク、ゼルダ姫、ガノンドロフ。

森の島のコログ達は、やっぱりコキリの森の仲間達の子孫なんだろうか?
ゴロン族やゾーラ族はどこに行っちゃったのかな。

そうだ、ミドナ。
それにトアル村のみんなも……なんて懐かしい。
それにあたし、ガノンドロフについて無関係じゃない。
ひょっとすると……今回の彼の復活は……。

前世までの何もかもを思い出した訳ではないが、戻った記憶に浸るノティ。
しかしもう一度ゼルダを思い出してハッと息を飲んだ


「赤獅子、ゼルダ姫は一体どこに居るの?」
「む……。ノティよ、お前は何者なんだ……?」
『ハイラル王よ、その娘は時の勇者の伝説における当事者。罪人ではあるが信ずるに値する』


ジャブーの言葉に、赤獅子はタウラ島で初めて彼女を見た際 不思議な感覚がしたのを思い出す。
彼女が赤獅子も実際に関わった神に関する者である事、それに【輪廻の娘】としての特殊さが相まって気付けた訳だ。
ゼルダの行方も見当はついているから心配は無い、とノティを宥めた。


「そう、あたし、確かに時の勇者と一緒に居たわ。あの時、あたしは……」


そこまで言いかけ、ノティは言葉を切った。
やはり辛い思い出が胸を渦巻いて苦しい。
誤魔化すようにジャブーに質問をする。


「ジャブー様、ガノンドロフの復活はひょっとして、あたしのせいですか……?」
『うむ、影響は充分に考えられる。お前が過去にハイラルでやってきた事を思えばな。……どうする?』


その質問にノティは俯き、少し考えた。
だがすぐに顔を上げ、毅然とした表情でジャブーに告げる。


「戦います、ガノンと」
『……そうか。お前が持っている時のオカリナを常に携えておく事だ、役に立つ。先程も言った事だが、お前の贖罪も間も無く終わりを迎えよう。その時が女神の与えた罰による最後の試練だ、心しておくがいい』


それだけを言い残し、ジャブーは海底へ戻った。
ノティと赤獅子はそれを見送ってから頭を下げ、洞窟を後にする。
再びプロロ島の桟橋に辿り着くまで、ノティも赤獅子も無言だった。

まだ時刻は朝、ノティは休むために再びリンクの家へ向かう。
変わらずぐっすり眠っているリンクを確認して再び眠りに就くノティ。
その眠りで見た夢は、取り戻した記憶を忠実に再現したものだった。





−続く−



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