風のタクト
第8話 暗黒の夜に


最後の神珠を手に入れる為、リンクとノティは次の島へと向かった。
一旦西へ真っ直ぐ進み、親子島へ辿り着いたら真っ直ぐ南へ船を進める。
やがて日も暮れかけた夕焼け時、何だか妙にボコボコした地形の島へ到着した。


「うむ、見えて来たぞ! ……? なんだ?」


赤獅子の言葉と共に雨が降り始め、二人の体を容赦なく叩き付ける。
暗くなる辺りに注意しながら島へ近付くと……島は見るも無惨に壊されていた。
陸地は割られ海には残骸が漂う。


「壊されてる……赤獅子、これってまさか……」
「な、なんという事だ、遅かったか。もしやと思っていたが、これ程までとは……」


上陸できる陸地を探して砂浜に船をつけたが、リンクとノティが降り立った島には生き物の影などどこにも無い。


「ねぇ赤獅子、この島には神珠があるんでしょ!? 神珠は無事かもしれない、探そうよ!」
「いいやノティ。この島にはジャブー様という水の精霊が住んでおられたのだが、その方が最後の神珠を持っておられる。この様子では、もはや……」


ガノンドロフの手に落ちた可能性は極めて高い。
そんな……と絶句するノティにリンクも苦い顔。
降りしきる雨の中、呆然と佇んでいた二人。
ここまで来て諦めねばならないのかと悔しさに歯を食いしばった瞬間……どこからか声が聞こえた。


「おーい! リンク、ノティ!」


その声が聞こえた方に振り返れば、飛んで来る一羽の鳥……いや、あれは間違い無くリト族だ。
そして舞い降りたのは二人が見知った人物。


「オドリー!」
「やっぱりここに居たか、探したぜ! お前達、ジャブーという精霊を探しているんじゃないのか? 残念ながら、ジャブーはここには居ない」


オドリーの言葉に顔を見合わせるリンクとノティ。
どうやらリト族達はリンクの為に、魔獣島やそれに関しそうな調査をしてくれていたらしい。
この魚の島は魔獣島のモンスターに襲われたらしいが、ジャブーはその前に逃げたという。
そして彼が告げる驚きの情報……ジャブーが逃げたのは二人の故郷・プロロ島だと。
しかし実際に行ってみたオドリーの話によると、ジャブーが隠れた洞窟は堅い石板で覆われ中には入れないそうだ。
そして“あの海賊達”でさえ無理だったと。

海賊達と言われ、ふとグラナティス率いる海賊団が浮かんでドキリとしてしまうノティ。
だがオドリーが言ったのはそちらではなく、リンクを魔獣島に送ってくれた少女海賊テトラ率いる海賊団だ。
オドリーはどうやらこの話を伝える為にリンク達を探していた時、海賊達ならリンクの居場所を知っているかと思い、うっかりジャブーの事も話してしまったらしい。
結局海賊はジャブーの居る洞窟に入れず今はタウラ島に居るそうだ。


「ノティ、海賊って言ってもノティを攫った奴らじゃなくて、ボクを魔獣島まで送ってくれたテトラって子が……」
「海賊のテトラって、あたしと年が近そうな金髪の女の子でしょ?」
「ノティ、テトラのこと知ってるの!?」
「うん。カフェバーでバイトしてた時、たまにお店に寄ってくれてたから」


知っているなら話が早い。
ジャブーに会いたいなら、実際に一度行ってみた海賊の動向を探るべきだろう。
早速 赤獅子に乗り込もうとするリンク達を引き止め、オドリーがノティに何かを手渡してくれた。
見ればリト族の道具、カギ爪ロープ。


「メドリから預かったんだ、確かノティは持ってないだろうって。冒険の途中で役に立つ場面があるかもしれないし、貰っておくといい」
「わ、ありがとう! メドリにもお礼言っておいて」


ノティがカギ爪ロープを受け取ると、オドリーは苦い顔で辺りを見回す。


「精霊ジャブーの話はヴァルー様から聞いて、お前達に伝えるよう命じられたんだが……。ヴァルー様は、この島は呪われていると言っておられた。お前達も、こんな所に長居しない方がいい」
「うん、わかった」
「じゃあ気を付けろよ二人とも。ジャブーの事、確かに伝えたぜ!」


そう言って飛び去ったオドリーに手を振ってから、リンクとノティは急いで赤獅子の元へ。
ガノンドロフの魔の手がプロロ島やタウラ島に伸びないとも限らない。取り返しのつかない事になる前に急いで出発しなければ。
赤獅子に乗り込んだ二人は再び、タウラ島を目指した。

ただ雨が降っている中での夜間航行。
それだけの筈なのに、何かが心に重くのし掛かっている気がする。
重苦しい空気の中で船を進めるがノティは具合悪そうにしていて、リンクは心配そうな顔を崩せない。


「ノティ、大丈夫……?」
「あ、あたしは大丈夫……だから……リンクは船の操縦に専念して。海が荒れてるし、危ないよ」


稲光が雷鳴を轟かせながら、黒雲を引き裂いて降るように閃光を放つ。
心が痛い、苦しい。何か分からないものがノティを苦しめていた。
赤獅子の上に蹲るようにして寝転びリンクの邪魔にならないよう体を縮めていると、そのうちノティは眠りに落ちる。

息も詰まりそうな空気の中……沈めた意識の中で不思議な夢を見るノティ。
代わる代わる様々な場面が現れては消えて行く。
どれも見た事の無い、けれど何故か懐かしさを覚える場面ばかり。

のどかな村……神秘ささえ感じる森を抜ければ広大な平原が広がっている。
大きな街に険しい山、美しい湖に涼やかな渓谷。
森の島で見た夢と同じ……と思ったが、今度は、どれがいつだか分からない場面が次々に浮かんだ。

深い森の中、呆然とした少女と地に落ちた妖精。
馬に乗って駆ける青年。
沢山の人々で賑わう町中を少年が突っ切り、奥にある城へと駆けて行く。
茜色に染まる黄昏の中を一頭の獣が駆け抜ける。
やがて誰だか分からない青年の手をそっと握った。

不安、望郷、安心、後悔、悔恨、苦痛、信頼、友愛、愛情、決意。
次から次へと、目まぐるしく押し寄せる【記憶】。
それらは進み、遡り、そして【最初】へ戻った。

初め、あたしはあたしじゃなく、違う誰かだった。
あたしは初めに、一体 誰だったんだろう?

一体……。


「ノティっ!」
「!!」


突然の呼び声に目を覚ますと赤獅子はタウラ島に着いていて、心配そうなリンクと瞳がかち合う。


「具合が悪いなら家で寝てていいよ、終わったら迎えに行くから」
「え……ああうん、大丈夫! ちょっと眠ったらすっきりした!」


すっきりしても重苦しい気分は相変わらずだったが、それは黙っておく。
リンクに付いて島に上陸すると、こんな嵐の夜にバクダン屋の明かりが灯っているのに気付いた。


「あれっ? 明かりが……おかしいわね」
「夜だし別におかしくないじゃん」
「ううん、もうこんな時間ならバクダン屋は閉まってるはず……あの窓からの明かりはお店の明かりだからおかしいよ。行ってみない?」


何の手掛かりも無いなら怪しい物は調べるのが鉄則だ。
リンクとノティは子供達とのかくれんぼで行ったバクダン屋の裏側に回り、蔓を伝って子供なら入れるくらいの排気溝から内部に侵入した。
出たのはどうやら壁の高い位置に取り付けられた棚の上のようで、そこからちらりと顔を出して下を覗くと……広がっていた光景に呆気に取られる。

バクダン屋の主人を縛り上げ、その隙に爆弾を奪って行くテトラ率いる海賊達。
聞こえて来た会話の内容を総合すると……テトラ達はどうやら神珠を単なる宝だと思っていて、ジャブーの居る場所を塞ぐ石版を爆弾で壊そうとしているらしい。
出発は明日にしようと提案する船員に、今すぐ出発するとテトラは言う。


「どうしよう、このままじゃ先を越されちゃう……」
「待ってノティ、テトラが……」
「バカだねえアンタ達は! あの壊されちまった島を見たろ。早くしなきゃ、プロロ島だってあの島の二の舞になっちまうんだよ!」


その言葉にまたも二人は唖然として顔を見合わせる。
テトラは、本音ではプロロ島を助けようとしてくれているのだろうか……?


「あたしテトラなら、そうしてくれそうな気がする」
「ボクも」
「なに言ってるんだい!」


突然のテトラの言葉。
まるで今のリンク達の会話に応えたようで、ぎくりとしてしまう二人。

どうやら船員に向けた言葉だったようだが、思わず身を乗り出したリンクが物音を立ててしまう。
海賊達は気付かなかったもののテトラとバッチリ目が合ってしまった。
まずい、と冷や汗をかくリンク達だが、テトラはこちらへ向けお茶目にウィンクして……。


++++++


今、リンクとノティはバクダン屋を出て、テトラ達の船の上。
嵐は治まっておらず雨が容赦なく体を叩き付けるが、今からやる事を考えると緊張とワクワクでそんな事など気にならなかった。


「急にテトラが出発を延ばしてくれて助かったね」
「で、ご丁寧に合い言葉まで教えてくれちゃって……。爆弾、ちょっとだけ貰っちゃおうよ」


海賊船に侵入し彼らが奪った物を更に奪い取る。
テトラ達なら安心かもしれないが海賊は海賊。
ドキドキ高鳴る胸を抑えつつ、船室へ入る扉の前に立つ二人。
ノックしてみれば、下っ端の船員が得意気に合言葉を要求して来る。


「イヌも歩けば?」


リンクとノティは顔を見合わせて微笑み、声を揃えて合い言葉を告げた。


「お宝がっぽり!!」


++++++


「は、早く持ってけよ! みんなが来ちゃうだろ!」


どうやら前にもこんな事があったらしい。
下っ端の船員……ニコの試験に合格して、二人はまさに爆弾を手に入れる所。
早いうちに貰う物を貰って帰ろうと箱を開け、中にあった爆弾入りの袋を手に取る。
……瞬間、どこからともなく少女の声がした。


『アンタ達、海賊の物を盗もうなんて いい度胸してるじゃないか!』
「うわっ!!」


リンクが持っている赤獅子と会話できる石。
そこから急に女の子……テトラの声が聞こえた。


『それにしても、あんな塔から吹っ飛ばされてよく無事でいられたねえ……。どうやらその様子じゃあ、妹はまだのようだね』
「あ、あの、テトラ……」


大体アンタ達は無謀なんだよ、とお説教が始まり、リンクもノティも黙って聞くしかなくなってしまう……。
テトラ達は今夜はタウラ島で過ごし、明日の朝にプロロ島へ向かうそうだ。
今晩中にケリをつければリンク達の勝ちにしてやる、なんて言っている。


『それはそうとアンタ、カフェバーでバイトしてたノティだよね?』
「う、うん、テトラ久し振りだよね!」
『ヒトの船に忍び込んどいて久し振りも何もあるかい。まさか海に出てたなんてね。看板娘のアンタが居なくて、ウチの連中がガッカリしてるよ』
「あは……ごめんなさーい」
『まぁいい。アンタだけには言っとくよ、道中気を付けな』


そこで声が途絶える。
テトラがくれた猶予を無駄にしない為にも、早い内にプロロ島へ向けて出発する事にした。


「ねぇリンク、さっきの石って赤獅子と会話してた不思議な石よね。誰でも使える物なの?」
「いいや、ボクから向こうへは発信できないんだ。というか元々この石、魔獣島へ忍び込む時にテトラから貰った物だよ」
「テトラから? あたし、てっきり赤獅子から……」


歩きながらそこまで会話した所でふとノティが足を止めた。
視線の先にはテトラの部屋があり、彼女は吸い込まれるように部屋の中へと入ってしまう。
慌てて自分も入室してノティを引き戻そうとするリンクだが、彼女は正面の壁にある不思議な海図に釘付けだ。

竜の島・森の島・魚の島を線で結んで出来た正三角形の内部に、もう一つ逆さまの正三角形がある図面。
半ば呆けたようにそれを見ていた彼女は、ぽつりと一言つぶやいた。


「……トライフォース」
「え? なに?」


リンクの質問には答えぬまま左に目をやると、ベッド脇の壁には一枚の絵が掛けられてあった。
リンクそっくりの服装で剣を掲げた青年は、古の伝説の勇者……。
その絵を見た瞬間、ノティがぽろぽろと涙を流し始めてしまった。
一体何が起きているのか分からず、ただ狼狽えるしか出来ないリンク。

更にノティは右に目をやり、机奥の壁に掛けられた一枚の絵を見つめた。
手前にはのどかな風景と安らぐ人々、奧には立派で大きな城がある絵。
それを見たノティは更に涙を流す。悲し涙と嬉し涙、どちらもあった。


「……ハイラル、だ……」
「ノティ!!」


ひときわ大声で名を呼ぶとノティはようやく彼の方を見た。
涙が止めどなく溢れては流れる、どこか焦点の合ってない瞳にリンクが映し出された瞬間、弾かれたようにノティはリンクに抱き付いてしまう。


「うわあっ!?」
「リンク……! リンク、リンク! 会いたかった、ずっと会いたかったよ!」


訳が分からないが、妙な気分になったリンクはノティを優しく抱き締め返した。
ポンポン背中を叩いてあげると彼女も少しずつ落ち着いて行く。
リンクを放して彼を見つめるノティの瞳は、もう焦点が合っていた。


「……?」
「ノティ?」
「ごめん……あれ? あたし今、何してたの」
「えっ、覚えてないの?」
「……何か、した?」


ノティの様子を見る限り冗談ではなさそうだ。
リンクも何も言わない方が良いと判断したのか、黙ったままノティの手を引いて海賊船を後にした。

やがて赤獅子に乗り込みプロロ島を目指す二人。
ノティは2年振りの帰郷だというのに気分は重いままだった。
この天気と空気だけのせいではない。
旅立ってから始まった、知らない景色と知らない場面が浮かぶ夢……あれは一体何なのだろうかと疑問が尽きない。

だが今は、神珠を授けて貰い、悪を倒してアリルを助け出す事を優先しなければ。
ノティは気を取り直し、暗雲垂れ込める水平線を見据えた。

ノティはまだ知らない。
自分の過去を、かつて自分が何者だったかを。

いずれ知る時が来る。
過去の自分の功績も、過去の自分の感情も、過去の自分の一生も。

そして、過去の自分の過ちも。





−続く−



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