風のタクト
第6話 海賊襲撃


海図と羅針盤を用意する為、ノティの家があるタウラ島を目指し海を行くリンク達。
現状はどうあれ、やはり雄大な大海原の航海は気持ちが華やいだ。
昨晩休んだバクダン島を通り過ぎ、見えて来た竜の島の影を頼りに北へ向かう。
だが東の三角島に差し掛かった時、急に爆音が響き渡り、ノティ達は飛び上がらんばかりに驚いた。


「え、なに!?」
「ぬぅっ……! 二人とも、しっかり掴まるのだ!」


赤獅子に言われるままにしがみつくと自分達のすぐ側に水柱が上がり、その波に揺らされる。
思わず背後を振り返った彼らの目に飛び込んで来たのは、三日月にサーベルが刺さった絵を帆に描いた立派な帆船。
あの船が大砲を撃って来たようで、船首の甲板には黒く長いコートを纏った金の長髪を靡かせる男の姿が。


「獅子の船首の赤い小舟……見つけたぜ、おい、一緒に乗ってる女をよこせ!」
「はぁ!?」
「って、あたしよね?」


どうやら奴らは海賊らしいが、なぜ突然現れノティを要求して来たのか。
見つけた、なんて言うという事はリンク達を探していた訳で、ノティを狙って来たという事に。


「ノティ、海賊と何かあったの!?」
「ないない、心当たりなんて無い! あ、でも……」


タウラ島のカフェバーでバイトしていた時、たまに来店した少女海賊のテトラやその仲間達とは交流した事がある。
しかしそれを言う前に再び大砲が飛んで来て中断された。
何にせよあの海賊はテトラ達ではないし、であれば無関係だろうとノティはそのまま口を噤む。
容赦なく撃たれる大砲、そこらに水柱が上がり、夢中で避けながら進むものだから右も左も進路がめちゃくちゃだ。


「リ、リンク! 右、右に避けてー! 次も右………あ、次は左っ!!」
「赤獅子、もっとスピード出ないの!?」
「無茶を言うな、これが限界だ! 何とか大砲の玉を避けてくれ!」


逃げながらも何とか北に向かえているらしく、竜の島の影が大きくなった。
気付けば北西に炎を吹き出す島が見え、確かあれは火山島という島だとノティは海図を思い出して判断する。
火山島は竜の島の南にある島なので、あれが見えたという事は竜の島まであと1エリアだ。
だが、逃げ続けるリンク達を更なる危機が襲う。


「帆を畳め!」
「……?」


追い掛けて来ていた海賊達が急に帆を畳み船を止めてしまった。
追い風に乗っている赤獅子との距離が開き、この分だと逃げ切れそうだ。
安堵しつつも、何かを企んでいるのではないかと疑心を持つノティ達。

……奴らの企みではなかったが、やはり、この先に何かがあるようだ。


「うわ、最悪! こんな時に雨が降って来たよ!」
「嫌な予感がするな。カモメが騒いでおる」
「……雨に、カモメ?」


リンクと赤獅子の言葉を聞き、その二つに覚えがある気がしてノティは懸命に記憶を手繰る。
だが思い出す前に巨大な渦潮が発生し、赤獅子を巻き込んでしまった。
そして渦の中央からは、巨大なイカの化け物が……。


「う、うわぁぁっ! なに、あの巨大イカ!」
「あれ、ダイオクタよ!」


これもカフェバーでバイトしていた時に船乗りから聞いた話なのだが、海には巨大なイカの化け物が存在していて、そこにはカモメが群れており近付くと雨が降るとか。
さっきの海賊達は知っていたから船を止めてただ見ていたのだ。
だが今更気付いても既にダイオクタを取り巻く大渦に捕まり逃げる事は不可能。


「どうするノティ、あの目を狙ってみる!?」
「うん、何か黄色くておっきい目がいっぱい付いてるし。攻撃できる?」
「任せてよ、禁断の森でブーメラン手に入れたから」


余裕の態度に見えるリンクだが、静まった声を出す事で自身を落ち着けようとしているようだ。
渦潮はダイオクタへ向かって巻き込まれており、赤獅子は徐々に引き寄せられている。
目玉にブーメランを当てると苦しむ素振りは見せるものの、なかなかにタフで倒れる気配は無い。


「だ、ダメ、もう間に合わないよーっ!」
「うわあぁぁぁっ!」


二人は赤獅子ごとダイオクタに吸い込まれ、遠くへ吹き飛ばされた。

吹き飛ばされた赤獅子は大して飛んでいないようで、同じ火山島のエリアに留まる事が出来た。
頭がくらくらするが気絶は免れ、リンクは痛む頭を押さえながら起き上がろうと試みる。


「う……ったた……」
「リンク早く起きろ、ノティが乗っておらん!」
「ぅえっ!?」


赤獅子の言葉に、頭の痛みも忘れて勢い良く起き上がる。
いくら確認してもどこにもノティは見当たらず、辺りを見回したリンクの目に飛び込んだのは、西へ向かおうとしている海賊船……先程まで自分達を追い回していた船だ。
何故かノティを狙っていた奴らが追い回すのをやめたという事は。


「まさかノティ、海賊に捕まっちゃった!?」
「そのようだ……! 助けに行くぞリンク、どうにも嫌な予感がする!」


すぐさま帆を張り、風向きを追い風にする。
海賊船にも追い風になってしまうが、どちらにしろこうしなければ追い付けやしないだろう。


「(まさかノティが海賊にさらわれるなんて……!)」


幼い頃から引っ越すまでずっと一緒だった大親友。
せっかく再び出会えたというのに、こんな事で失いたくない。
真剣な眼差しで海賊船を睨み付け、リンクは舵を操る手に力を込めた。


++++++


一方ノティ。
ダイオクタに吹き飛ばされる際 誤って赤獅子から落ちてしまい、そこを運悪く海賊に捕まってしまった。
力が抜けて座り込んでいる所を数人の荒くれ者達に囲まれ、虚勢を張りながら睨み付け抵抗を示す。


「なんなのよアンタ達、あたしを帰してよ!」
「おーおー、何てまぁ威勢のいいお嬢ちゃんだよ」
「あんま生意気言ってると怖い目に遭わせるよー?」


ノティは恐怖を隠しながらも必死な思いで抵抗しているのに、海賊達はそんな彼女を馬鹿にして笑い声を上げている。
それが堪らなく悔しくて……浮かんだ涙を乱暴に拭った瞬間、若い男の声が凛と響き渡った。


「おい、小娘を揶揄うのもいい加減にして、早く船室に放り込め」
「あ、すいませんグラン船長、すぐに」


海賊達に囲まれているのでノティから姿は見えなかったのだが、確かに今の声は先程 追い回されていた時に船首の甲板に居た金髪の男の声。
さっきは遠目だったが何となく若く見えたので、船長だったのかと意外な気分で驚かされる。
だがそれを確認する間も無くノティは海賊達に引っ立てられ、船室へ無理矢理連れて行かれた。


「リンク……赤獅子……」


船室の一つに監禁され、ベッドの上で膝を抱えながら小さく呟くノティ。
海賊になど囚われてこれからどうなるのか、不安と恐怖で体が震える。
浮かんだ涙をどうにかしようと顔を俯け、今は亡き両親にまで想いを馳せていると船室の扉が急に開いた。
驚いて顔を上げた瞬間、やって来た者と目が合い時間が止まる。

船室の入り口に立っていたのは一人の若い青年……恐らく先程の船長だろう。
金の長髪は美しいが、顔立ちはどちらかと言えば男性的。
整った容姿に一瞬目を奪われるものの、裾の長い黒コートに黒い海賊帽の“いかにも”な出で立ちにすぐ緊張感が戻る。
だが彼は驚いたような顔でノティを見つめたまま動こうとしない。
紅い瞳でただ、ノティをじっと凝視するだけ。


「……?」
「……ルビニ」
「え?」


青年が呟いた、呪文のような聞いた事の無い言葉。
ハイリア語ではなさそうで、どういう意味なのかさっぱり分からない。
ノティが疑問符を浮かべていると青年は気を取り直すように頭を軽く振り、近寄って来た。


「お前、何者だ? あんな男に狙われるなんざタダ者じゃないだろ」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ、話が見えない。アンタは何者? 目的は何で男って一体誰なの」
「何も知らねぇのか? まぁいい、俺はグラナティス。この船の船長だ」


彼は元々魔獣島を根城にしていた海賊団の一員であったらしいが、横暴と傍若無人が過ぎて仲間の信頼を失った前船長に取って代わり船長の座に就いたらしい。
その後、とある目的の為にある男と契約し、彼が欲しているノティを連れ去りに来たという訳だ。


「魔獣島って、今は魔物の巣窟じゃないの」
「全くだ、魔物を纏めてるなんざ気味が悪いぜ。あのガノンドロフとかいう男、あいつの狙いがお前だったんだよ」
「ガノンドロフ……!?」


それはまさしく倒そうとしている敵の親玉の名。
ジークロックの時といい、なぜ自分が狙われねばならないのか。

ガノンドロフの名に反応したノティへ怪訝な表情を見せたグラナティスに、説明する事にした。
魔物を率いて世界を支配しようとしている事、親友の妹がさらわれてしまった事など。
グラナティスは魔物を率いていたガノンドロフを見た事がある為か、一応はノティの言葉を信じてくれたようである。
だがノティを逃がしてはくれそうにない。


「どうして、アンタだって世界が魔物に支配されちゃ嫌でしょ!?」
「悪いが嬢ちゃん、俺はもう契約したんだ。お前を連れて来るとな」
「……見返りは何? 魔物に支配された世界での地位でも約束された!?」
「そんなもんいらねぇよ、俺はただ……」
「グラン船長、さっきの獅子頭の船がしつこく追って来ますけど、撃っちまっていいですかい!?」


半ば言い合いになりかけていた最中、扉の外に来たらしい船員の声がした。
獅子頭の船、間違いなくリンクと赤獅子だ。
ノティはさっと顔を青くし、この船上で絶対の権限を持つ目の前の男に必死で縋り付く。


「やめて、撃たないで! リンクはただ誘拐された妹を助け出したいだけで……。あたしと一緒に居たのも成り行きなの!」
「……」


グラナティスはノティの訴えを黙って聞いていたが、すぐに目を離し、扉の外に居る船員に淡々と命令を告げた。


「取り敢えず威嚇だけだ。それでも諦めなかった場合は、当てていい。潰せ」


それはノティの訴えを聞き入れ譲歩した結果の判断なのだろうか?
何にせよノティにとって有り難い命令ではない。
顔を青くしたまま力を失い床にへたり込むノティを、グラナティスは抱え上げてベッドに乗せた。
そのまま少しだけ沈黙が訪れるが、不意に何かを思い出したようにグラナティスが口を開く。


「嬢ちゃん、お前、オカリナ持ってるか?」
「……オカリナ?」
「青色で、金色の三角の印が付いたオカリナだ」


そんな物あったかと少しだけ考えを巡らせ、すぐに自分がかつて所持していた物だと思い出す。
しかし今それはノティの物ではなかった。
失くした訳ではないが、今は所持権を放棄して自分の手を離れている。
だがリンクに害を為そうとしているこの男に詳しく教えるつもりは無い。


「前は持ってたけど、今は持ってないわよ。そのオカリナがどうしたの?」
「そうか……大人しくしてろよ」


グラナティスはノティの質問には答えず背を向けると、部屋を出ようと扉を開いた。
その瞬間ハッと思い付いたノティは、すぐ駆け出してグラナティスの横をすり抜けようとする。
慌ててノティを掴むグラナティスだが、バッと振り向いた彼女と目が合った瞬間、硬直して動けなくなってしまった。
ノティはその隙を逃さず彼を振り払い、甲板を目指し上へ駆けて行く。

追えなかった。
自分は大事な目的の為に彼女を捕らえたのに、どうしても体が動かない。


「……反則だろ、あの顔は」


グラナティスは溜め息を吐き、目を瞑った。


++++++


一方ノティは何とか甲板に出るが、当然そこは海賊達だらけの場所。
気付かれて逃げ惑ううちに逃げ場を失い、今はマストの上の見張り台に登り切った所だ。


「降りて来い、今だったら許してやらんでもないぞ」
「どーしたのー、降りないなら登っちゃうよー!」


登るつもりならさっさと来ればいいものを、確実に揶揄われている。
また悔しくなって風下の海を眺めると見慣れた小さな赤い船が目に入った。
つい今の悔しさも忘れて喜びが全身を駆け巡るノティ。
同時にある事を思い付きリンクへ声を張り上げた。


「リンクー!! 風向きを向かい風に変えてー!!」
「え、ノティっ!? 無事だったんだね、でもどうして風向きを……!?」
「お願い、早く! そうすれば上手くいくわ!!」


何だか分からぬままリンクはタクトで風向きを向かい風に変えた。
満帆の帆が力を失い、特に小さい船である赤獅子はすぐに失速してしまう。
海賊船との距離がどんどん開くが、ノティにとってそれは問題ではない。


「これで大丈夫! あたしにとっては追い風よ!」


ノティは見張り台から飛び出すと、デクの樹に貰ったデクの葉を広げた。
赤獅子は海賊船の後ろから追って来ていたので、あちらにとっての向かい風は、こちらにとってはいい追い風となる。
風に乗りパラシュートのように飛んだノティは、赤獅子へ無事に降り立った。


「良かったノティ、心配したんだよーっ!」
「ごめんねリンク、心配かけちゃって……。さ、早く赤獅子の向きを変えて逃げよう。あっちの船は大きいから方向転換に少し時間が掛かるわ」


リンクは頷き、すぐに赤獅子を180度回転させる。
今度は追い風となった風に任せ、海賊船からあっと言う間に遠ざかった。

一方、ノティを逃がしてしまった海賊達は焦って船の向きを変え、後を追おうとしていた。
そこに船長のグラナティスが現れたものだからもう全員が大慌てだ。


「グラン船長! す、すんません、すぐに……!」
「追うな」
「……へ?」


全く予想外の言葉に、手下達は顔を見合わせる。
聞き間違いか? と驚きを隠せない彼らに、グラナティスはもう一度、聞き間違いではないと示すようにはっきり告げた。


「もう、追わなくていい」
「……はぁ。承知しやした」


疑問は隠せないものの、グラナティスは傍若無人な前船長から救ってくれた恩人。
まだ二十歳と若い彼だが信頼に値する人物で、手下達は大人しく従った。


++++++


「成程。やはりガノンドロフに狙われていたか。……それに、オカリナの事も訊ねられたとは……」
「うん、オカリナがどうしたんだろうね。それに何であたしが狙われなきゃなんないの……?」


海賊達が追って来ない事を確認したリンク達は、ひとまず竜の島で少しだけやり過ごしてからタウラ島へ戻る予定を立てた。
折角だからメドリ達にも会いたいが巻き込んでしまいそうで断念する。
島の砂浜に着き赤獅子からあれこれ訊ねられてしまったが、結局ノティもよく分からない。
自分が狙われている事と海賊達の事、訊ねられたオカリナの事だけ教える。


「オカリナってノティが持ってた青いやつ?」
「そうそう。リンクが貸してってワガママ言って聞かなくて、たまにケンカになってたよねっ」
「う……。だ、だって、興味あって……。大体ノティも、欲しいって言った訳じゃないんだからちょっとぐらい貸してくれれば良かったのに!」
「……そうだよね」


てっきり強気に言い返されるとばかり思っていたリンクは、急に大人しくなったノティに違和感。
どうしたの? と訊ねてみても、何かね……と曖昧にしか返してくれない。
調子が狂い大人しくなってしまった二人へ、赤獅子が励ますように告げた。


「まぁこの話はひとまず保留にしよう、余計な時間を食った。海賊も追って来ぬようだし、すぐ出発するぞ」
「うん、そうだね」
「じゃあ出航!」


すぐ赤獅子に乗り風向きを西に変えて出航する。
海図と羅針盤を、そして次の神珠を入手する為、彼らは海路を進んだ。





−続く−



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