風のタクト
第5話 森の島 後編


良くない知らせを遅刻と共に持って来たコログのラブラが言うには、マコレというコログが禁断の森に落ちてしまったという事だった。
近道しようとして落ちたらしいのだが、禁断の森は魔物が巣くう不気味な場所らしい。
放っておく訳にもいかず助けに行く事に。
海からの進入が不可能な禁断の森へはデクの樹に授けられた葉っぱを使って入る事になる。
その葉っぱが現れたのは大木と言えるデクの樹の遥か上方。
禁断の森自体の入り口も高所から飛ぶしか無いらしい。


「あんな高い所まで取りに行くのー……?」
「ちょっとノティも一緒に行けるか見て来る」


ブイババというボコババのなりそこないのような植物があり、地面に植わっている蕾に入ると勢い良く射出される。
次からは地面ではなく、不安になるほど細い茎が高く伸びた先に生えたブイババの蕾があり、それを乗り継ぎながら少しずつ高度を上げて行くリンク。
やがてカギ爪ロープが無ければ渡れそうもない場所まで来てしまった。
ブイババには一人しか入れないようだし、カギ爪ロープも1つしかない以上ノティを連れて行くのは不可能だ。


「えーっ! またあたしお留守番なのー!?」
「仕方ないじゃん、ちゃっちゃとマコレを助けて来るから待っててよ!」
「うん……気を付けて!」


リンクは既にかなりの高所まで行っているので、声を張り上げて会話する。
一緒に行きたいと我が儘を言いたかったが、今回は物理的に行けない訳で。
それにせめて何か武器になるような物が無いと足手纏いになってしまう事もあるだろう。

ふとノティに一つ思い付きが浮かんで、それをリンクに言ってみた。


「あのねリンク! 森って言うからには植物関連のものが沢山あると思うんだけど! モンスターとか色々と!」
「あー、そうかも! 竜のほこらでも色んな仕掛けを解いて先に進んだから、こっちには植物が行く手を塞いでたりするかな!」
「さっき島の外でボコババを倒した時、茎を切り落としたでしょ! それってモンスターや仕掛け問わず植物共通だと思うから、覚えてると切り抜けるのに役に立つんじゃない!?」
「分かった、覚えとく! ありがとねノティ!」


竜の島でノティの助言は役に立った実績がある。
それどころか彼女の助言が無ければ無事に事件を解決できなかったのではないだろうか。
そんな事を思い出したリンクはノティの言葉を素直に受け入れ、デクの樹を更に登って行った。
最後のブイババから跳んで、デクの葉がある枝まで辿り着いたリンク。
そこにはデクの葉が2枚。


「ねぇデクの樹サマ、なんか葉っぱが2枚あるけど」
「もう1枚はノティに渡すといい。あって困る物でもなかろう」
「そっか、ありがとう。んじゃノティー、デクの葉落とすよー!」


突然の事に慌ててリンクの居る枝の下へ走って行くノティ。
とは言え余りに高いのでお互いに豆粒のようだ。
ノティが葉を受け取った事を確認し、リンクは葉の両端をそれぞれ持ちパラシュートのように広げて飛んで行く。
それを見送ってからデクの葉を色々と触ってみると、しっかりと手に馴染むようで心地良かった。
使わない時は小さく出来るようで、ポケットに仕舞っておく事にする。


「ノティ、少しこちらへ来てくれぬか」
「デクの樹サマ……?」


突然デクの樹に呼ばれ何事かと近寄るノティ。
先程のように大きなハスに乗ると、デクの樹の顔の高さまで運ばれる。
デクの樹は何だか言い難そうにしていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「ノティよ、遥か昔にあったと言われる、ハイラルという国を知っておるか?」
「ハイラル? はい、父が研究していました」
「時の勇者伝説は?」
「それも知っています。お伽噺として両親がよく話してくれました」


ノティの父は、かつてこの海にあったと言われる国を研究していた。
小さな島しかないこの地に国などある訳が無いと誰も信じなかったが、母は父の言葉を信じ、ついて行くと決めて結婚し……そして自分が生まれた。
そうだ、先程デクの樹が言っていたハイリア語とは、父が研究していたハイラルという国の言葉。
ノティは詳しくは知らないのだが。


「昔、この地がハイラルと呼ばれていた頃、この森の島は大きな森だった。コキリ族と呼ばれる子供のまま成長しない種族が住むコキリの森……時の勇者はこの森の出身じゃ」
「ちょっと待って下さい……海の上には大きな陸があったんですか!?」
「海の下じゃ、沈んでおるのじゃよ。だから正確には、コキリの森は遥か海底にある」


当時のコキリの森には今のデクの樹の親にあたるデクの樹が居て、コキリ族を見守り神の秘石を守っていたという。
父の研究成果と似ている部分が多く、ノティは父が間違っていなかった事を知り気分が上擦る。
だがデクの樹は何故 自分にこんな話をしたのか。
不思議そうな顔で続きを待つと、デクの樹も戸惑った様子で続ける。


「どうじゃノティ、ここまで聞いて何かピンと来る事は無いか?」
「えっ……いえ、特に」
「そうか……折角だから昔話でも聞かぬか? 暇だろう」


確かに暇だし、特に拒否する理由も無いので聞いてみる事にする。
それに両親から聞いた事のある話がどれだけ一致するのか気になった。
やがてデクの樹は、1つ1つ確認するかのように話し始める。
デクの樹の話を要約してみると、以下の通りだ。


気が遠くなるほど遥かなる昔、ハイラルは混沌の極みにあった。
育む地は無し、秩序も無し、命さえ無し。
そんな混沌の地ハイラルに三人の女神が降臨した。

力の女神ディン・知恵の女神ネール・勇気の女神フロルの、黄金の三大神。
育む大地を、守るべき秩序を、そしてあらゆる命を生み出した後、手にした者の願いを叶えると言われる黄金の聖三角……トライフォースを聖地に残し天へ帰った。


「凄い……お父さんの研究結果と似てる!」
「お主の父は優秀な学者だったようだな。会ってみたいものだが……」
「……父は死にました。母と一緒に船出して、そのまま帰りません」
「そうか、さぞや辛かっただろうノティ。まだ幼いのに、よく耐えておるものじゃ。偉いぞ」


言われ、急に泣きたくなってしまったノティ。
デクの樹に父親のような印象を抱き、安心して少しだけ涙が零れる。
だがすぐに止めて笑顔を見せる彼女を、降り注ぐ森の光が優しく包んだ。


「本当に、綺麗な森ですね……時の勇者を育んだのも納得できます」


それからリンクを待つ間デクの樹やコログ達と会話し、散歩して時間を潰していたノティ。
暫く森の息吹を感じていると、何だか懐かしいような気さえしてくる。

不思議な場所だ。
こんなに生命の律動を感じる場所はノティも初めてで、自分の故郷のような気がしてしまう。
命が次から次へと生まれ消えてゆく……。
幾つもの「生涯」が凝縮され、ここにある気がした。
場所が違うという話だったが、やはりここが時の勇者を育んだ森。


「うーん、落ち着く……! ただいまって感じ」


『お帰り!』


「……」


独り言のつもりが、どこかから予想外の返答が。
周りを見回してもコログは居ないし、高い子供のような声だったのでデクの樹の声でもないだろう。
一体何なのか、不思議に思ってゆっくり歩きながら、辺りを見回す。


『お帰り!』

『お帰り〜っ!』

『お帰りなさい』

『お帰り!』


何の声だか分からないが不気味だとは思えないし、寧ろ懐かしくて幸せな気分。
ここは何なのだろう……命の起源となった場所?
だがデクの樹はそんな事は一言も言っていない。
お帰り、と迎えてくれた声が誰のものかは分からないが、森が自分を歓迎している気がした。

心地よい森の息吹に包まれながらリンクを待つ。
だが段々と眠くなってしまい、ノティは座り込んでウトウトし始めた。
半分起きているような不思議な感覚の中、ぼんやりと夢を見るノティ。

夢の中で彼女は、様々な場所を歩いていた。
深い森や広大な平原、大きな街に険しい山、美しい湖に涼やかな渓谷。
それらを歩きながら、常に自分の傍には誰かが居るような気がする。
やがて砂漠へやって来た時、良く知る声に名を呼ばれ目覚めた。


「ノティっ!」
「っわっ!」


唐突に現実へと引き戻されたノティ、飛び起きた眼前にはリンクが。
どうやらマコレを助け出し、禁断の森に巣くっていた魔物も倒したようだ。


「今から儀式が始まるみたいだしさ、ノティも一緒に見ようよ」
「あ、儀式があるんだっけ。見る見る!」


二人でデクの樹の元へ向かうとコログ達が勢揃いしていて、それを率いるようにバイオリンを構えるコログが居た。
あれがリンクが助け出したマコレなのだろう。
デクの樹のハスに乗って持ち上げられると、マコレが一礼する。


「ノティサマ、初めまして。ワタシはマコレと申します。リンクサマに助けていただきました」
「初めまして。もしかしてマコレ、そのバイオリンで演奏するの?」
「ハイ。助けていただいたお礼に、今日はいつもより気合いを入れて演奏しますデス!」


手早くチューニングをしてから、軽やかに演奏を始めるマコレ。
バイオリンの音色が森の島の内部あちこちに反響し、それに合わせて他のコログ達が声を揃えて歌うと途端に大演奏となる。
そこら中を飛び回る光がより一層の輝きを放って辺りを明るく照らし、デクの樹からぱっと弾ける様に実った種がゆっくり降って来る。
コログ達の半分近くありそうな大きさの種だ。
演奏と合唱が終わった後、コログ達は葉っぱのプロペラで空を飛び、種を植える為に旅立って行った。

他のコログ達は全てが旅立ってしまい、後に残されたのはマコレ。
ノティとリンクはマコレへ拍手しながら嬉しそうに声を掛ける。


「すごーい、儀式って聞いてもっと厳かかと思ってたけど、楽しいものなのね」
「恐れ入りマス。ああしてデクの樹サマの力が込められた種をあちこちの島に植えて、そうして大地を広げるのデス」
「マコレは旅立たないの?」
「ワタシは次の儀式の準備をしマス。広い大地をつくるには、もっと沢山の種が必要デスから」
「そっか。こうして大地が増えるの、森の精霊にとっては嬉しい事なんだろうね」
「ハイ。でも森の民であるコトとは関係なく、ワタシ、夢を見てるんデス。いつかきっと、この海にたくさんの生命が息づく大地をつくってみせマス!」
「夢か……」
「まあワタシはきっと、見られないデショウけれども」


何でもない調子で言うマコレだが、夢見る未来を目の当たりに出来ない事が確定しているのは寂しいのではないだろうかと考える二人。
植えた木々が大地を育み陸地を広げ……きっと遥かな年月が必要だろう。
この広大な海にぽつぽつ点在しているだけの島々を広げて繋げ、大地に……想像するだけで気が遠くなる。


「マコレ……」
「リンクサマ、ノティサマ、いつかの未来のためにも、どうかこの海をお願いしマス! 」


リンクとしては妹を助けたいだけ、ノティも自身の安全と親友一家の為に旅立っただけではあるが、魔族の王であるガノンドロフを討つ事は海の平和にも繋がるだろう。
マコレの言葉に、二人ともしっかり頷いた。

リンクとノティはデクの樹達に別れを告げ、赤獅子の元へと戻って来た。
順調に神珠を手に入れる二人に赤獅子も満足気だが、森の島までガノンドロフの手の者に襲われていたとなると、奴が力を取り戻し始めた事が懸念される。
あまりのんびりもしていられないと、次の神珠の場所を教えてくれた。


「リンク、ノティ、最後の神珠はここから北西に行った場所にある。すぐに出発するぞ!」
「北西ってどのくらい? 真っ直ぐ北西?」
「いや、真っ直ぐ行くと通り過ぎてしまう、少し南よりに真っ直ぐ北西……」
「……ん?」


妙な会話を繰り広げるリンクと赤獅子に、ノティは違和感と不安を覚えて目を見開く。
今の……もしかすると、もしかして。


「あのさ、二人とも。今まで気にしてなかったあたしも悪いけど……まさか海図と羅針盤、持ってないの?」


恐る恐ると言った体で訊ねるノティに、顔を見合わせ苦笑するリンクと赤獅子。
何も言っていないが肯定しているも同然な反応にノティが両手で顔を覆った。
前日、バクダン島に上陸する前 何か重要な事を忘れている気がしたが……これだ、海図も羅針盤も無い事だ。

竜の島はタウラ島から近く、高い山のお陰で遠くからも島影が見えたので必要無かった。
森の島は、竜の島を頼りに真っ直ぐ南へ下れば、竜の島の影が見えなくなる前に森の島の影が見えたので、そちらも大丈夫だった。
北西に行こうにも、目印の少ない海ではどの方角に進んでいるかすら分からなくなってしまいかねない。


「海図と羅針盤ね。しょうがない、次の神珠を目指す前にあたしの家に取りに行きましょ」
「え、ノティ、そんな物 持ってるの?」
「うん、お父さんとお母さんの研究道具の中にあったから。いいよね赤獅子、迷子になるより」
「そうだな。では森と竜の島の影を頼りに北へ戻り、タウラ島へ向かうか」


そうと決まれば一刻も早く出発だ。
リンクとノティは赤獅子に乗り込み、タクトで風向きを北に変える。


「森の島に着いた時はここだったから……北はあっちの方だよね」
「本当、何で今まで気付かなかったんだろ。方角わかんないとめちゃくちゃ不便じゃないのー……」
「……面目ない」


今の“面目ない”は赤獅子の言葉である。
二人を導く大人としてちょっと反省したらしい。
北への風向きにいっぱいに張った帆を委ね、リンク達はタウラ島を目指して出航した。





−続く−



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