聖魔の娘

再会
▽ 2章 再会


エフラム達がレンバール城を落として半月近く。
追跡の手も緩んで来たが油断は出来ない状況だ。
岩山の洞穴で休息を取っていると、不意にエルゥは置いて来たミルラの事が気になってしまう。
迷子を装って通り掛かった村に保護して貰ったが……今も無事でいるのか。
まさか連れて来る訳にいかないが、離ればなれになるとそれはそれで気掛かりになってしまう。
エルゥが溜め息を吐いたのが聞こえたか、エフラムが話し掛けて来た。


「疲れたか、エルゥ。こんな事になってすまない」
「い、いえ、違いますよエフラム様。無理に付いて来たのは私ですから。ただミルラが気になってしまっただけです」
「エルゥは本当に妹思いなんだな。お前のような姉が居てミルラは幸せ者だ」
「……そうでしょうか」


てっきり、はにかんで礼を言われると思っていたエフラムは、急に沈んだ声音と表情を見せたエルゥに戸惑ってしまう。
まだ会って半月近くしか経ってない訳だが、褒められてそんな反応をする女性とは到底思えない。
一体どうしたのか、具合でも悪いのかとエフラムが訊ねる前にエルゥの方から口を開いた。


「……私、あの子の姉に相応しくないです。むしろ離れるべきかも……」
「何故だ。ミルラもお前を随分と慕い頼っていたように見えたが。少なくともミルラはお前を頼れる姉と見ている筈だ」
「……私……」


エフラムの励ましには応えず、何かを言いかけて黙り込んでしまった彼女。
しかし次の瞬間には俯けていた顔を上げ、明るい笑顔を見せた。


「でも、そうですね。確かにミルラは私を頼ってくれていると思います。見捨てるような事をするなんて無責任ですよね」
「……」


ようやくエルゥが見せた笑顔だが、それを見た瞬間エフラムの心によぎったのは安堵ではなく、漠然とした痛み。
妹思いで責任感も強い、優しい庇護者のような頼れる守護者のような彼女。
芯の通った強さを持っているであろう彼女におよそ似つかわしくない表情。

弱みの無い者など居ないのは分かるが、やはりイメージと余りに違って呆然としてしまう。
儚く崩れ去ってしまいそうな笑み、それは平常の強さとの落差が激しく、普段から儚げな者より更に守り支えたいという気持ちが強く湧き上がる。
つい今すぐ抱き締め慰めてやりたくなり、一つ息を吐いて自分を落ち着けるとエフラムは話題を変えた。


「……そう言えばエルゥもミルラも竜だが姿は変わらないんだな。ずっとその姿のままか?」
「いいえ、私達は人でも魔でもない者……。人から竜に化身する事も出来ますが竜石という石が必要なんです。以前賊に襲われた時、ミルラはそれを奪われてしまって」
「な……。大事な物だろう、どうしてそれを早く言わなかったんだ」
「言えばきっとエフラム様は探して下さるでしょう。こんな大変な時に負担をお掛けする訳にいきませんから。私は少し訳あって出来るだけ竜に化身しないと決めているんですけど、闇魔法や予知能力で少しでもお役に立つよう頑張ります」
「ああ、エルゥがいなければとっくにグラドに捕まっていたかもしれない。もう助かってるよ」
「エフラム様!」


話の途中で見張りをしていたカイルがエルゥ達の方へやって来た。
交代でもするか、と立ち上がったエフラムはカイルが、小さな少女を連れているのが見える。
それを目にした瞬間エルゥが慌てて立ち上がり、その少女に駆け寄った。


「ミルラ……!? どうして来たの、一人で行動しちゃ危ないじゃない!」
「ごめんなさい姉様、でも私、噂を聞いて心配になってしまって……」
「噂?」
「ルネスの王子がレンバール城に捕らわれて、ルネスの王女が城へ助けに向かってるって……」
「何だと!?」


捕らわれているも何も、今こうしてグラドから逃げ回っている最中だ。
そんな間違った噂が流れているとは、まさか……。

果たして噂が伝わっているかどうかは分からなかったが、ミルラはエルゥの力の痕跡を辿って探しに来たらしい。
ミルラの聞いた噂が、エフラムの妹である王女を騙す為の罠なのか、逆にエフラムを騙す為の罠なのかは断定できない。

しかし魔王を倒した英雄の子孫とは言え、敗戦国の王女が敵地へ乗り込むとは普通考え難いだろう。
その王女がどんな人物かはエルゥには分からないが、実際に王女が攻め込んで来たからそんな噂を立てたと考える方がずっと現実的だ。
少なくともエフラムを騙す為の嘘ではないと思えた。
それならばエフラムが捕まったと騙されている王女の身が危ない。
エルゥがエフラムへ視線を向けると、彼は槍を手にすぐにでもレンバール城へ戻る勢いだ。


「すぐレンバール城へ戻るぞ。カイル、フォルデにも伝えてくれ」
「はっ」


カイルが洞穴を出て行き、彼を見送ったエルゥはミルラを振り返った。
レンバール城へ行く前に再びミルラを預かって貰わなければならないな、と考えていたら、
まるでミルラはエルゥの考えている事が分かると言いたげに首を横に振る。


「姉様、次は私も姉様と一緒に行きます」
「え……!? 駄目に決まってるじゃない、危ないからまた待ってなさい」
「いや、です……。この半月、ずっと姉様の事が心配でした。胸が張り裂けてしまいそうなくらい……。竜石が無いから足手まといになるのは分かります、戦いになりそうな時は隠れますから」
「エルゥ、ミルラを連れて行ってやろう。目的地は城だから隠れる場所も沢山あるはずだ」
「エフラム様……!」


エフラムまでもがミルラに味方して後を押す。
彼の妹である王女がグラド領内に攻め込んで来た可能性が限りなく高まった今、戦地へ共にやって来る心配より側に居られない心配が募っているのだろう。
確かに城なら隠れる所も沢山あるし、エルゥもつい先ほど側に居ないミルラを心配した所だ。
血は繋がってないとは言えこうなると頑固なのは姉妹だな、と思わず苦笑するエルゥ。
もしミルラに危機が訪れたらいっそ竜の姿を解放しようかと考える。

しかし、果たして本当に竜へと化身する覚悟が自分にあるのだろうか?
エルゥは自問し、本当は竜に化身するのを嫌がる自分に気付いた。
自分が竜になった姿を見たミルラが怯えないか、彼女に拒絶されないかが気になって仕方ない。


「姉様……」
「分かったわミルラ、一緒に行きましょう。ただし無理はしない事、危なくなったら逃げる事を約束してちょうだい」
「は、はい」


これ以上エフラムを待たせていられないと、竜になる決心がつかぬままミルラの同行を許可する。
どうかミルラに危害が及ぶような事になりませんようにと、ひたすら祈る事しか出来なかった。


++++++


急ぎレンバール城まで駆け戻ったエフラム達。
派遣され城に入る前だった兵士を襲い鎧を拝借してから堂々とレンバール城に忍び込んだ。
兵士が来ないよう、武器や食料、宝物などの無いただの倉庫に隠れる。


「っっはあー、ヒヤヒヤしたぁー。エフラム様ほんと大胆すぎですって」
「そんなこと言いつつ、フォルデさん結構楽しそうにしてるじゃないですか」
「んー……。まあこんなの滅多に味わえないしな。って言うかエルゥは怖くなかったのか?」
「それはドキドキしましたよ……! でもエフラム様なら大丈夫って安心感があったと言うか……」
「フォルデ、エルゥ、あまりベラベラとお喋りするんじゃない」


フォルデとエルゥの会話に割り込み、二人を叱責したカイル。
慌てて口を噤み頭を下げるエルゥとは裏腹に、フォルデは黙ったもののふにゃりと笑っている。
それを見たカイルは何か言いたげだったが、溜め息を吐いただけだった。

その時不意に扉の外が騒がしくなる。
エフラム達に緊張が走り、じっと耳をすませた。
暫くは複数の兵士が走り回っているであろう音が聞こえていたが、やがてそれは収まり、人の話し声が聞こえて来る。
初めのうちはまだ足音とざわめきで聞こえ難かったが、遂にはっきりと会話の内容が聞こえた。

そして、その内容は。
エフラム達を驚愕させるのに充分なもの。



「では任せましたよオルソン。ルネス王女エイリークを上手くおびき寄せるのです」
「……!」


オルソン、の名を聞いた一同に動揺が走る。
カイルがそっと扉の隙間から覗くと、確かにそこには死んだと思われていたオルソンが立っていた。
すぐさま扉を閉め、無言のまま訊ねるエフラム達に首を縦に振って答える。

以前敵に囲まれたレンバール城から脱出した際、ヴァルターの言葉から内通者が居た可能性も出て来た自軍。
これはもう内通者が誰かなどと一々口にしなくとも思い知らされた。
やがて人の気配も無くなり完全に静まり返ってから、エフラムが片手で顔を覆って一つ息を吐く。


「何故だ。彼は昔からルネスに仕えてくれていた古参なのに。俺が主として至らなかったか……」
「エフラム様、今は嘆いている場合ではありません。きっと妹君が近くまで来ておられます。無事に再会する為に態勢を整えましょう……!」
「エルゥ……。そうだな、エイリークが危ないんだ、無事に会う為に嘆いてなどいられない」


武器を握る手に平常より力が篭もって行く。
エルゥは袋に詰めるという少々乱暴な手で連れて来たミルラの両肩に手を置き、諭すように言う。


「いいわねミルラ、戦いが終わるまで絶対にここでじっと隠れてて。見つかりそうになった時や日が暮れても私達が帰って来なかった時は、そこの窓から逃げなさい」
「姉様……」
「大丈夫、万が一よ。きっと戻って来るから」


尚も不安そうにするミルラを抱きしめて背中をあやすように優しく叩く。
そうすると幾分か落ち着いたのだろう、ミルラの体から力が抜けた。
それから暫くは静まり返っていたが、突然、周囲が慌ただしくなり兵士達の会話が聞こえて来る。


「作戦は失敗だ、敵が城内で戦闘を始めた!」
「狙うはルネス王女エイリークだ、総員配置に着け!」
「エフラム様……!」
「ああ。行くぞ!」


エフラム・フォルデ・カイル・エルゥの四人が倉庫から飛び出した。
周りに居た兵士達は虚を突かれ、足並みも揃わぬまま倒されて行く。
ルネス王子までもが城内に現れたと情報が広まった頃には、レンバール城内は大混乱に陥っていた。


++++++


敵を倒しながら騒ぎの大きな方を目指し駆ける。
どうやら東の回廊で戦闘が起きていて、そこに王女エイリーク達がいると見て間違いなさそうだ。
やる事はただ二つ、エイリークを救い、敵を倒す。
カイルはまずエイリーク達と合流するべきだと主張し、フォルデは西側の回廊を回って敵を倒すべきだと主張した。
どちらもエイリークの助けになる事には間違いないが、意見を求められたエルゥはエイリークと合流すべきだと主張する。


「まずは一刻も早くエイリーク様にエフラム様のご無事な姿を見せて差し上げましょう。それだけできっと士気に関わる筈です」
「そうだな……。俺もエイリークが心配だ。よし、三人とも俺に続け!」


エフラム達は東の回廊を目指し駆けて行く。
階段を昇り先の小部屋に辿り着いた所で、エフラム達にとって見慣れた人物を見付けた。
その人物もエフラム達に気づき、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。


「エフラム様! それに兄さん達も……!」
「よ、フランツ。元気にしてたか?」
「兄さんこそ……。グラド軍に捕らえられたと聞いてとても心配していました」
「? もしかしてフォルデさんの弟さんですか?」


不思議そうに訊ねて来たエルゥに、フォルデはそうそうと頷く。
見知らぬ女性の登場に今度はフランツが疑問符を浮かべたが、それを口にする前にエフラムが進み出た。


「無事で何よりだフランツ。エイリークは……」
「エイリーク様はここより少し先でゼト将軍や他の仲間と共に戦っておられます。僕は西で騒ぎが起きているようでしたので、偵察がてらの斬り込みを任されて……」
「そうか、有難う。早く無事を知らせてやらないとな」


見ればフランツの後からも味方と思われる者達がやって来る。
ペガサスナイトや傭兵のような風貌の剣士など、よくこんなに集めたものだ。
フォルデとカイルにも西側攻略に残って貰い、エフラムはエルゥと共にエイリークの元を目指した。


「いよいよ再会の時ですね、エフラム様」
「ああ。エルゥ、こんなに付き合ってくれて本当に有難う。お前が居なければ俺は今頃、生きてなかったかもしれない」
「そんな……。エフラム様や、フォルデさんにカイルさんが必死で戦って来たからですよ。私はただ皆さんに付いてお供しただけです」
「いいや、ヴァルターから逃げる時を筆頭に、お前の魔法や予知能力に度々助けられた。改めて礼を言わせてくれ」
「……はい」


ここまで言われては謙遜せず素直に受け取った方が相手の為でもある。
照れくさいようなくすぐったいような気持ちになって、ついエルゥは照れ笑いしてしまった。
やがて前方に、美しい青髪の少女が剣を手に戦っているのが見えた。
側には赤い髪の騎士が寄り添っていて、エフラムは二人を認識するなり大声を上げつつ駆け寄る。


「エイリーク無事か!」
「あ、兄上……!? 生きて、生きておられたのですね!」


少女と騎士の顔が驚愕に染まり、すぐに綻ぶ。
エフラムと少女……エイリークは側へ駆け付けるとお互いに手を取り合う。
今にも泣きそうな顔をするエイリークを見ていると、エルゥまで貰い泣きしてしまいそうだった。

エフラムから事情を聞き、助けに来て逆に迷惑を掛けてしまった事を詫びるエイリークだが、エフラムはお前が助けに来てくれただけで嬉しいと、顔を綻ばせていた。
エイリークの側に控えていた赤髪の……ゼトという騎士とも短く会話するが、今はこの戦いを切り抜けるのが先決。


「エイリーク、ゼト、今は目の前の敵を倒すのが先だ。エルゥの事も紹介したいが後だな。彼女には幾度も助けられた。信頼できる仲間だから宜しくしてやってくれ」
「はい。エルゥ……ですね。兄上を助けて下さり心より感謝します。私達に力を貸して下さい」
「こちらこそエイリーク様、微力ながらお手伝いさせて頂きます」


笑顔で挨拶を交わすエルゥとエイリーク。
エイリークは、兄と再会できて今なら何も恐い物が無いような気がした。
そして、この兄を幾度も助けたという少女……エルゥが居れば更に百人力だとも。
共に戦って来た仲間達にエフラムの無事を知らせ、心を弾ませるエイリークだった。


++++++


根本的な目的である王子エフラムの救出。
それがほぼ叶ったとあって、エイリーク率いる軍の士気は最高潮だった。
瞬く間に敵軍を滅し敵将ティラードの居る玉座の間へ辿り着く。
エフラムは愛槍レギンレイヴを手にティラードの前に立ちはだかった。
その後ろにはエイリークとエルゥ、更に騎士を筆頭として様々な仲間達が構えている。


「もうこの城は落ちたも同然だ、観念しろ!」
「……やはり部下達では手に余る獲物でしたか。ならば私の力、お見せいたしましょう」


ここまで追い詰められているのに降伏する気はさらさら無いようだ。
エフラムはレギンレイヴを構え臨戦態勢を取る。
相手はジェネラル、重装歩兵に特攻のある彼の愛槍ならすぐ勝負もつく筈。

しかしその瞬間、エルゥの脳裏に不穏な意識が広がって行った。
その出どころは敵将ティラード……。
奴は銀の槍を装備しているが、ふと傍らを見ると隠すように手槍を所持している。
そしてエフラムに対峙しつつも、片足が微妙に別の方を向いている事に気付いた。
エルゥ……いや、その隣に居るエイリークを狙っているようで。

エフラムがティラードへ立ち向かって行く。
ほぼ同時にエルゥはエイリークを、彼女の隣に居たゼトの方へ思い切り突き飛ばす。
咄嗟の事に慌ててエイリークを受け止めるゼト、驚くエイリークと背後に控えていた仲間達。
放たれた手槍がエルゥに突き刺さるのと、エフラムのレギンレイヴがティラードの命を奪ったのは同時だった。


「エルゥ!」


真っ先に叫んだのはエルゥと半月間行動を共にしていたフォルデとカイル。
次いでエフラムがあらぬ方向へ飛んで行った手槍の行方を追い、行き先に愕然とする。
胸のやや上、深々と突き刺さった手槍を鮮血が伝い滴り落ちていた。
エルゥは何とか膝をついたが、耐えられなかったのか倒れてしまう。


「エルゥ……!? おい、しっかりしろ!」


駆け寄ったエフラムが倒れたエルゥを膝に乗せ、すぐさまゼトが手槍を引き抜いてシスターのナターシャにリライブを掛けさせる。
すぐに治療したお陰で何とか大事にならずに済んだようだ。
エイリークが膝を折り、エフラムに身を預けているエルゥの手を握る。


「エイリーク様、私は大丈夫です。シスターのお陰で傷は塞がりました」
「良かった……! 本当に有難うございますエルゥ、あなたが庇ってくれなければ、どうなっていたか……」
「あの敵将、勝てないと踏んで道連れを狙ったみたいですね。事前に気付けて良かった」
「そうか、俺はまたエルゥの予知能力に助けられたという訳だな」


エフラムの言葉に疑問符を浮かべる周りの者達。
エフラムは、エルゥには不思議な予知能力があって、それに何度も助けられたと説明した。
仲間達は予想だにしない言葉に目を丸くする。
確かにエルゥからは、どこか普通の女性とは違う雰囲気を感じるが……。

やがて体調が戻ったのか、ゆっくり起きてから立ち上がるエルゥ。
痛みは少々残っているが大したものではない。
彼女の無事を確認してから改めてエフラムとエイリークは向き合った。


「心配をかけたなエイリーク。ゼト、お前にも」
「いえ、ご無事で何よりです。それよりエフラム様、オルソンは離反を……」
「ああ、知ったのはついさっきだ。まさか長年ルネスに仕えてくれたあの男が……全て俺の不徳のいたすところだな」
「兄上……」


信頼していた家臣の裏切りにエフラムも心中ではかなり傷心のようだ。
エイリークにとっても衝撃的で、この古参の重鎮の裏切りはルネス騎士団に暗い影を落とすだろう。
暗い影、と言えば、エルゥはオルソンを初めて見た時、聖騎士の彼が闇魔法の気配を身に纏っていた事を思い出した。
主君から信頼され長く仕えた彼が離反したのは、それも関わっているかもしれない。


「あの、エフラム様。オルソンは闇魔法を使う事が出来るのですか?」
「闇魔法? いいや、彼はパラディンだから無理だ。どうかしたのか」
「もっと早くお伝え出来れば良かったのですが確信が持てず……。以前に彼から闇魔法の気配を感じ取る事があったんです。離反に何か関係しているかもしれません」
「闇魔法か……。何かに操られている可能性もあるかもしれないな。何にせよ、気付けなかった俺に責任がある」


エフラムは少し項垂れる様子を見せたが、妹の前でいつまでも沈んでいられないと思い直したのか、すぐに持ち直した。
強い瞳が戻り、エイリークやゼト、そしてエルゥも安堵の息を吐く。
そこへ響く軽い足音。
振り返ればミルラが急いだ様子で駆けて来る。
エルゥは寄って来た妹の頭を優しく撫でた。


「ミルラ……! ごめんね、迎えに行くのが遅れて」
「いえ……それより姉様、ご無事……ですか?」
「えっ?」
「私さっき、姉様に危機が迫っている予感がして……でも戦いは続いているし、足手まといになりたくなかったから……。辺りが静まってから探しに来たんです」
「そうだったの。でも心配しなくても大丈夫よ、ほら、姉様はこんなに元気だから」


優しくミルラの肩を叩いてあげてから、エルゥはエフラム達の方へそっと目配せする。
自分は無事だったのだしミルラを心配させたくない、そんな彼女の意思を汲み取り、エフラム達は何も言わなかった。
だがミルラが予知したのはエルゥの事だけではない。
南の方を指さし、悪意や敵意を持った黒く大きく、たくさんのものが来ると告げる。


「わかった。急いで脱出した方が良さそうだな」
「あの、兄上。まさかこの少女にもエルゥのような不思議な力が……?」
「ああ。まあ彼女達の事は話せば長くなるから後でな。今は撤退するぞ。皇帝ヴィガルドは何か尋常ならざるものの力を得ている。今はまず、それを皆に知らせなければな」


エフラム達は仲間を率いて急ぎレンバール城を脱出し、フレリアを目指す。
これで終わった訳ではない……寧ろ始まりかもしれない。
大陸に広がった不穏や奪われたままの祖国、解決すべき事はまだまだ沢山あるのだから。
エルゥは闇の樹海に居る父ムルヴァの事が心配だったが、今となっては父の為に自分がしてやれる事は無いと諦めていた。
せめで義妹ミルラだけは何が何でも守らねばと、自分自身に強く誓う。

そして、父の跡を継ぐかどうか……。
取り返しのつかない決断の時は、確実に刻一刻と迫り来ていた。





−続く−


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