聖魔の娘

戦の渦中へ
▽ 1章 戦の渦中へ


現状は芳しくない。
南にあるレンバール城から大規模な部隊がエフラム達の捜索に出ているようで、見付かるのも時間の問題と思われた。
さすがにそろそろ撤退しなければ不味そうだ。
だが、一旦王都まで引こうかというフォルデの提案をエフラムは下げる。


「……このまま前進する。レンバール城を落とすぞ」
「……はあ!?」
「あらあら」


フォルデの反応に、エルゥは思わず笑った。
いや、正確にはエフラムの提案に笑ったのだが。
勿論、別に馬鹿にしている訳ではない。
こんな無茶な事を考え実行しようとするエフラムが痛快で、楽しくなってしまったが故の笑いだ。
フォルデは訳が分からなくなったのだろう、主君であるエフラムに、正気ですか? などと言ってカイルに窘められていた。


「俺はやけになったわけじゃない。レンバール城はグラド防衛上の要所だ。俺達がここでレンバール城を落とせば、敵はルネス侵攻の為の兵を俺達にも割かざるを得ない」
「つまり、エフラム様のお父上達を助ける事にも繋がる訳ですね」


エルゥの言葉に、エフラムは笑顔で頷く。
こんな状況下にあっても自分以外の事を考えられるなんて、こんな事が積み重なりエフラムの信頼に繋がっているのだろう。
しかし、こんな命を懸けなければならない事は、言葉だけではなく結果が伴わなくてはならない。
エフラムと側近の騎士が3名、エルゥ、その他は騎士が十数名……。
普通ならまず諦めてしまいそうな状況だが。
そこでエルゥはふと考え、それを口にしてみる。


「……確かこの辺りの兵は、私達の捜索に出払っているんですよね? それなら隙はあるかもしれません」
「まあ確かに……。この兵力で攻めに回るなんて、グラドは考えもしないだろうけどな」
「どの道いつまでも逃げ回れる訳ではない。手持ちの装備も尽きかけているし、エフラム様の案に乗るしかないだろう」


フォルデとカイルの言葉にオルソンも頷き、それぞれの覚悟も決まった。
今を逃せば、もう二度と好機はないだろう。
全員エフラムを信じ、南のレンバールへ進軍する。
20名程の人数で攻城戦など無謀もいい所なのに、誰の顔にも不信な感情は浮かんでいない。
エルゥが、やっぱりエフラム様は凄い、なんて考えていた所で、当の彼が話し掛けて来た。


「エルゥ、お前は本当に付いて来ていいのか? 確かに俺達はお前を助けたが、礼に命まで懸ける必要はないぞ」
「いいえ、確かにお礼もありますが、私自身がエフラム様に付いて行くべきだと思ったんです。運命の為にそうする必要があります」
「……よく分からないが、竜の力か何かか? 何にせよ俺としては、戦力の増強は素直に助かるよ」
「ふふ、ならば素直に助力を受けて下さい。お役に立ちますから」


微笑んだエルゥに、エフラムは心がホッと落ち着いて行くのを感じる。
彼女の人ならざる血がそうさせるのだろうか、彼女は今までに会ったどんな女性とも違って見えた。
この落ち着いた様子を見る限りエルゥは戦に場慣れしていそうだが、それでもエフラムは、自分を信用して欲しくて彼女に真っ直ぐ告げる。


「俺を信じろ。俺は勝ち目のない戦いはしない」
「はい、エフラム様」


ふわりと微笑んだ彼女にまた、心が落ち着いて行く思いのするエフラム。
やがて湖に囲まれたレンバール城に辿り着いた。
入り口は正門前に付いた橋のみで、成る程、攻め込まれ難そうな城だ。
だが敵にとっては退路が無いのと同じ事。
エフラムの捜索に大部分の兵が出払っている現在は、ただの守りが薄い袋小路と化している。

突入すると、内部も水路や池が所々にあり、まさしく水城と呼ぶに相応しい造りとなっていた。
その美しさに、戦いが無かったらゆっくり見物したかったなぁ……。
と、呑気な考えが浮かんでしまう。
他の騎士達は別行動で敵を攪乱して貰い、エルゥは玉座を制圧しに行くエフラム・フォルデ・カイル・オルソンと行動を共にする事に。


「とにかく犠牲を出さない事が優先だ。俺とフォルデ・カイルが前に出る。オルソンは確かまだ、前の戦いの傷が治り切っていなかったな。後ろで援護するエルゥを守りながら残党兵を片付けてくれ」
「承知しました……」
「エルゥは俺達の後ろから魔法で援護を」
「はい」
「行くぞ、カイル、フォルデ!」


エフラムはカイルとフォルデを引き連れ前へ。
エルゥはその後ろで、オルソンと共に援護する。
あちこちにある水路のせいか、城内の通路は狭い場合が多く、人が集中して渋滞になり易い。
そうなれば人数が少ないこちらに有利で、前方でエフラム達が戦い、後方からエルゥの魔法などで援護した。

どうやら敵は雇われの傭兵部隊が殆どで、正規兵は僅かのようだ。
居たとしてもソルジャーのような下等兵ばかりで……。
エルゥの脳裏に嫌な予感が広がって行く。
なぜ正規兵を殆ど残していないのか。
やはりエフラムが逆に攻め込んで来るとは考えていないのか。
そう思いたいが、もしこれがエフラムが攻め込んで来る事を読んだ上での罠なのだとしたら?


「……!」


ふと、頭の中に不穏な空気が広がって行く。
そして形は不安定だが、何か悪意に満ちた物がこの城を包囲している風景が頭に浮かびハッとする。
まだ時間はあるが、急がねばならないようだ。

竜族に備わる、降り掛かる危機を予め見通す力。
勿論どんな未来の先までも見通せる訳ではなく、ある程度近付くか、遠い先の場合は余程の力が掛からないと分からない。
それに降り掛かる危機が分かったとしても防ぐ力が無いと何の意味も無い。


「(うう……ただでさえ、私はその能力が普通の竜より不安定なのに……!)」


エルゥは焦る気持ちを抑えてエフラム達の様子を窺う。
随分と傷が増え、きちんと治療しなければ戦いに支障が出そうだ。
しかし傷薬も底を尽き、敵が持っているのを期待して奪うしかないだろう。
エルゥがエフラム達に付いて行きながら倒れた敵を見ていると、ふと倒れた敵僧侶の傍らに、ライブの杖を発見した。
まだほぼ新品の状態で、これなら問題なく使える。
すぐさま杖を拾い、傷を負った4人を治して行く。
突然現れた青い癒しの光に驚くエフラム達だが、出どころに安心したようだ。


「エルゥお前、治癒の魔杖も使えるのか」
「はい。そこの敵僧侶が落としていたのを拾ったんです」
「助かった、もう傷薬も尽きていたんだ。よし、玉座を制圧するぞ!」


傷も癒え、勢いづいたエフラム達はあっという間に敵将を倒し、レンバール城の制圧に成功した。
だが、こちらに篭城できる程の兵力など無い。
すぐさま城を脱して帝都へ進撃しようとするエフラムだが……。
瞬間、外から多数の悲鳴のような音が聴こえた。
確か外へは、先に退路の確保をして貰おうとオルソンに他の騎士達を率いて出て貰っていた。


「見て来ます!」


フォルデがすぐ玉座の間を後にし、エフラム達を言い知れない不安が包む。
エルゥは、ついに先程見えた“敵意のある物”が来たと気を引き締めた。


++++++


偵察に出たフォルデはすぐに戻って来た。
ただし、最悪な知らせを持って。


「エフラム様、まずい事になりました。……囲まれてます。退路の確保に出た騎士達も、皆殺しにされていました」
「グラドの増援か? だが早すぎる……」
「とにかく、脱出しましょう皆さん! 入り込まれては退路が完全に塞がれてしまいます!」


エルゥの声にエフラム達は頷き、すぐさま城から脱出した……が。
このレンバール城は湖に囲まれた要塞。
橋を越えたはいいものの、圧倒的な数で周囲を囲まれ退路は絶たれていた。
悔しそうに歯軋りするエフラムに、エルゥは早く教えれば良かったかと後悔するが、遅い。
だがそう考えていたのも束の間、エルゥは西の空から何かが来るのを感じる。


「エフラム様、西の空から何かが来ます!」
「な……あれは、竜騎士か!」


複数の竜騎士を引き連れ、大きな邪竜……ワイバーンに乗った男が前に進み出る。
顔立ちは悪くないが、纏う雰囲気が余りに不気味で嫌悪が湧き出てしまう。
そんな雰囲気に違わぬ神経を逆撫でするような声で、ワイバーンの男は口を開いた。


「ほう、その数でレンバール城を落としてみせたか。噂通りの腕だな、褒めてやるぞ」


男は帝国将軍のヴァルターと名乗る。
そんな大物まで出現するとは、いよいよ腹を括らなければならなさそうだ。


「全く貴様の追討には随分と苦労させられたぞ。貴様の祖国ルネスはとうに滅んだと言うのに……。だがそれもここまでだ」
「くっ、王都が落ちたと言うのか……。だがなぜ俺がここを攻めると分かった?」
「くくっ……じきに分かるさ。さて、大人しく武器を捨ててもらおうか」
「エフラム様、応戦を!」


いつもは冷静にフォルデを窘める側のカイルが、珍しく激昂していた。
だがエフラムはそれには答えず、じっとヴァルターを睨んだまま何かを考えているようだ。
戦に長けた彼なら、この状況がいかに絶望的か理解している筈だ。
だがエルゥの目には彼が諦めているようには微塵も見えなかった。
きっと今も降伏など欠片も思わず、切り抜ける術を考えているに違いない。

気持ちが良い、エルゥは素直にそう思った。
この状況でも果敢に立ち向かおうとするエフラムなら、きっと運命を作り上げてくれると、立ち向かってくれると信じる。
エルゥは、エフラム・フォルデ・カイルだけに聞こえるよう、声を潜めて話し掛けた。


「皆さん、私の闇魔法を使えば、この状況を切り抜けられると思います」
「なんだって……?」
「私の闇魔法で暗闇を作り出して、敵の目眩ましをするんです。なんとか、魔力を溜める時間稼ぎが出来れば……」


考えている時間は無い。
今すぐ決断しなければ、絶好の機会を逃すだろう。
エフラムもフォルデもカイルも策が無い今、エルゥの提案に乗るしか現状から逃れる道は無い。


「……分かった。エルゥ、お前を信じよう。2人もそれでいいな」
「はっ。エフラム様の決定に従います」
「と言うか、他に方法ないですもんね。じゃ、エルゥに任せますか」


エルゥはその返事を聞き、すぐさま密かに魔力を含蓄させて行く。
ヴァルターには気付かれずに済んだのだろう、奴は勝ち誇った笑みを崩さぬまま余裕綽々だ。


「現実を受け入れ、大人しくこの私に降伏しろ」
「降伏だと?」
「そうだ。そうすれば命だけは助けてやるぞ。お前の生死は私の手の中にある。私の機嫌を損ねるなよ?」


聞きながら、エルゥは吐き気がしそうだった。
こんなタイプの男は心の底から大嫌いで、今すぐに何か言ってやりたい。
だが口を開きかけた瞬間にエフラムが、凛と響く声できっぱり言い放った。


「断る。ヴァルターとか言ったな、悪いが俺は今、お前と遊んでる暇は無いんだ。取り敢えずお前達を蹴散らし、この地から脱出させてもらう」
「なに……? 貴様、気でも触れたか。ここから我ら蛇竜騎士団を突破して逃げ果せると本気で考えているのか?」


ヴァルターの顔から笑みが消えている。
それで気付いたが、奴は笑んでいても目だけは決して笑っていなかったようだ。
今ならもう少し時間稼ぎが出来ると、エルゥはエフラムに続いて喋る。
少しでも奴を挑発して会話を続け、魔力を溜める時間稼ぎをしなければ。
それが無くともこんな男には何か言ってやらないと気が済まない。


「私達はこの場を切り抜け脱出する。決してお前達に降伏などしない!」
「ほう。女、なかなか威勢が良いものだな。今なら許してやらん事も無いが。そこに跪き、命乞いしろ。羊のように哀れっぽい声で鳴いてみせろ」
「黙れ! 全てが貴様の思い通りになると思ったら大間違いだ。貴様のような男は同じ空気を吸っていると思うだけで虫酸が走る。屈服など絶対にするものか!」


エルゥの啖呵の後、暫しの沈黙が訪れた。
この重い間も、時間稼ぎをしたいエルゥ達にとっては非常に有り難い。
突然、ヴァルターが声を上げて笑い出す。
急な事にエフラム達は驚くが、いつでも走り出せるように準備は怠らない。
やがて一頻り笑い終えたヴァルターは、先程のような歪んだ笑みを浮かべて周りの竜騎士に命令した。


「あの女は殺すな、ああ言った生意気な女を屈服させ、従える事ほど楽しい事は無い」
「エルゥはお前の言いなりになどならないぞ」


エフラムが割り込み、槍を構えた。
立ち向かうと見せかけ不意を突く為の行動。
カイルとフォルデもすぐに理解し、同様にする。


「カイル、フォルデ。覚悟はいいか?」
「騎士叙勲を賜った時より、この命は祖国に捧げる覚悟です」
「これだから、エフラム様のお付きはやめられませんよ」


再び、ヴァルターの顔から歪んだ笑みが消える。
奴が槍を構えた所を見るに、これ以上の時間稼ぎは不可能のようだ。
だがその時既に魔力含蓄は終了していた。
時間が掛かってしまいハラハラしたが、終わったからにはこっちの物だ。
エルゥはヴァルターが向かって来る瞬間、注意が獲物に向く時を待ち、魔力を解放した。


「救いようの無い馬鹿揃いだな……。絶望的な力の差、思い知らせてやろう!」
「させないっ!!」


解放された魔力は闇の力を借りて暗黒の球体を幾つも作り上げる。
それが瞬時にヴァルター達や周りのグラド兵を包み、目眩ましは成功した。
すぐさま、エフラムはフォルデの馬、エルゥはカイルの馬に飛び乗り、その場を走り去る。
グズグズしている時間は無い、敵を包み込んだ闇が消える前に出来る限り遠くへ逃れなければ。
無我夢中で馬を走らせ、かなりの距離を逃げた所で森の中へ隠れた。
窮地は脱したが、状況は依然として危険だ。

エルゥが、これからどうするか、
いっそ竜の力を解放して戦おうかと悩んでいると、不意にエフラムが笑い出した。
フォルデも笑い、カイルは声は上げないものの、くつくつと静かに笑う。
訳が分からず疑問符を浮かべるエルゥに、エフラムは目尻に浮かんだ笑い涙を拭いつつ話した。


「エルゥ……! お前っ、よくあんな気持ちの良い啖呵を吐いたな。お陰でスッとしたぞ」
「え? えっと……」
「胸の空くような思いって、この事だったんですねー……。ああ、あのヴァルターとかいう奴の顔、見ました?」


フォルデも楽しそうに笑って言い、何が何だかさっぱりだが取り敢えず愛想笑いで返事をしておいた。
こんな状況なのに皆楽しそうだが、やはりカイルが一番に気を引き締める。
いくら何でも、もう目眩ましは消えてしまっている頃だろう。
これからは命懸けで逃げ隠れしなくてはならない。


「これからは見付からない事を最優先に動かねばなりません。村などに身を寄せる訳にもいかないでしょう」
「だな。万一俺達を匿ったりしたら、グラドの民は酷い目に遭う筈だ」
「まずは足の速い竜騎士に見付からないよう森の中に……。ああでも、馬では動き辛いですね」


3人の相談を聞きながら、エルゥは頭の中でぐるぐる考えていた。
竜石は手元にある。これさえ使えばグラドの精鋭にも引けを取らない。
だが、出来なかった。
戦時中に余計な混乱を招かないように……と、言うより、自分がただ竜の姿になりたくないだけ。

エルゥは闇の樹海に住んでいた訳だが、竜の姿に化身した事が殆ど無い。
溢れ出る魔物は竜の姿に化身した父ムルヴァと共に、得意の闇魔法を用いて対処していた。
ミルラには、自分が竜に化身した姿を見せた事など只の一度も無い。
エルゥは明らかに普通の竜ではないから。
姿形がと言うより、その生まれと存在そのものが普通ではなかった。
竜に化身できない、決してしたくない。
だとしたら自分が役に立つには不安定な予知の力を使うしかない。


「……!」


決意した瞬間、エルゥの頭に浮かぶ光景。
複数の魔道士が部隊を組んで、自分達を発見している場面で……。


「エフラム様、この場所は危険です。魔道士部隊が近付いています!」
「なに……? どうしてそれが分かるんだ」
「私たち竜には、自らに降り掛かる危機が事前に分かる能力があります。どんな先でも見通せる訳ではありませんし、分かった所で防ぐ力が無いと意味がありませんし、私の力は不安定ですが……」


自信の無さと、ある理由による後ろめたさから、言葉尻が萎んでしまう。
ついには黙り込んでしまったエルゥだが、エフラムは少し考える姿を見せた後、素早く決断した。


「分かった、見られる分は予知してくれ。どうにもならない分に関してはこちらで何とかする」
「えっ……あ……」
「それで、敵はどの方角からいつ来るか分かるか?」
「西、です。あと一刻ほどで発見されるかと」
「分かった。北へ移動しよう。森の中を進む」


その言葉にカイルとフォルデが頷いたのを確認し、エフラムはすぐさま北を目指して出発する。
エルゥは慌てて付いて行きながら、疑問が頭の中に渦巻いてしまった。

先程、ある理由により言葉尻が萎んだエルゥ。
その理由とは勿論、こんな予知能力があると言ったって信じて貰えない、それどころか、敵の密偵じゃないかと疑われてしまうだろうというもの。
そう言えば先程ヴァルターとか言うあの男は、どうやらエフラムの行動を知っていたらしかった。

となると懸念されるのは自軍の行動が筒抜けだったのではないかという事。
そして真っ先に疑われるべきなのは、敵国領内で初対面を果たし仲間に入ったエルゥだ。
しかしエフラム達は疑うどころか、この命懸けの局面でエルゥの予知能力を信じてくれている。
寧ろエルゥの方がエフラム達を信じられなくなってしまい、同行しながらつい口をついて出てしまった。


「……なぜ私を疑わないんですか?」
「ん? どういう事だ」
「だって、予知能力だなんて普通は疑いますよ! それにさっきのヴァルターっていう男、あの様子だと内通者が私達の方に居た可能性もあります! 敵国領内で仲間になった私を疑うのが普通の事じゃないんですか!?」


一気にまくし立て、その後黙り込むエルゥ。
エフラム達に付いて行く足は止めないが、心中では止めたいと思っている。
しかしエフラムは、そんなエルゥの不安など吹き飛ばすかのように、キッパリ言い放った。


「本当に間者なら、わざわざそんな疑いを向けさせるような事は言わないだろうな。第一、お前のお陰でヴァルターから逃げられたんだぞ?」
「……」
「それに俺は、自分より妹の命を優先して助けるような奴なら信じたいって言ったじゃないか」


何故この人の言葉は、こんなに真っ直ぐ響いて心を捉えるのだろうか。
清涼な風が隙間を狙いながら吹き付け、余計な雑念を取り払って行く。
これは、エフラムと出会ったあの時に感じた風のようだと思った。

ああ、そうか。私はただ委ねればいいんだ。
エルゥはようやくそれに気付いて、余計な口を利くのをやめる。
自信のある魔法の力や、不安定だが使える事には使える予知の力で彼の助けになればそれでいいのだ。


「(彼なら、ひょっとすれば私を、この大陸を……)」


彼になら、この大陸の命運を任せられる気がする。
やはりこんな所で古の勇者の子孫に出会った事は運命だったのだと、ただ納得するエルゥ。
神というものは、非常に気が利いているようだ。

神……エルゥには二つの心当たりがあるが、それは当然エフラム達へ教える訳にはいかない。
ただ自分の運命が、それらに操られているなどとは思いたくなかった。
自分の運命は自分で決めたい。
ただ自分で決めるという事は重大な責任が生じてしまうため、決め倦ねている訳だが。


「(お父さんの跡を継ぐかどうか、決めなくちゃいけないのに……。多分、残り時間もそう多くない)」


父の跡を継いでも継がなくても、後悔してしまう事は目に見えている。
そしてどちらも重大な責任を要してしまうのだ。
それはエルゥの出生に秘密があって、決して逃れられない運命である。
父から受け継いだ血と、母から受け継いだ血。
その二つは、生きている限りエルゥの体に流れ続けてしまうのだから。

そうこう考えているうちに再び、エルゥに不吉な予感が襲い掛かる。


「! 皆さん、どこかに隠れましょう! 竜騎士が上空に迫っています」
「竜騎士が……!?」


元々が森の中で空からは発見され難いが、更に発見され難くする為に木々が深い方へ向かう。
馬は山の更に木々が深い方へ寄せ、自分達は草の下に隠れる。
そうして数分と経たないうちに上空に竜騎士が数人現れ、暫く偵察してから行ってしまった。


「……やれやれだな。レンバールから離れるか」


少しでも危険から離れ、またグラド軍へ一矢報いる機会を得る為、エフラム達はレンバールから離れてグラド領内を行く。
空はこんな状況とは裏腹に、恨めしいほど気持ち良く晴れ渡っていた。





-続く-


戻る




- ナノ -