100万hit記念リクエスト

今度は隣で

100万記念リクエスト作品


主人公設定:ミルラの姉
その他設定:現代パロディ。短編夢【竜の石】に関連



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大都市ほど人は多くなく、田舎ほど不便でもない、そんな住みよい街。
閑静な通りでカフェを営んでいるミコトは、これからの来客を考え一つ溜め息を吐いた。
夕方……そろそろ下校時間。
学生達が学び舎を後にして帰路に着く頃、ミコトを悩ませる種はやって来る。


「ミコト、今日も来たぞ!」
「……いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」


勢い良く扉を開けて入店したのは、近くのハイスクールに通うエフラム。
数年前 店にやって来た彼は、接客をするミコトを無視するような形でずかずか近寄って来ると、カウンターも乗り越えんばかりの勢いで手を握って来た。
そして泣きそうに顔を歪め、その表情に違わぬ涙声で実に意味の分からない事を言った。


「探したぞ、ミコト。今度こそ離さない」


全く覚えの無い少年の告白に、ミコトは少しだけ目を見開いて固まった後、にっこり笑って優しく手を振り解く。


「大人になったらまた来てね、ぼうや」


優しいお姉さんの顔で少年の想いすら振り解いて仕事に戻るミコトに、少年は一方的に名乗る。


「俺はエフラムだ。お前は覚えてないのか、ミコト」
「……」


エフラム。
その名を聞いた瞬間に全身を駆け巡った妙な感覚。
しかし仕事中だと思い出して、もう一度少年……エフラムに営業スマイルを向ける。


「お客様、ご注文は?」
「……カフェオレ」


それから数年、しょっちゅうやって来るエフラムにミコトも周囲もすっかり慣れてしまった。
来る度に熱烈な愛の告白を投げつけて来るので、常連の客にからかわれる事も多い。
最初は友人との罰ゲーム等で初対面の相手に告白させられているのかと思ったが、交流するうち、誰かを傷付けるような悪ふざけをする人ではないなと知った。
それにこんなにも長期間に渡って繰り返されれば本気だと分かる。
はて自分は彼に何をしたのだろう、知らない間に命でも救ったのだろうかと考えるが、心当たりは無い。
エフラムに慣れた今となっては、すっかり親しい間柄になっていた。


「喫茶店のお客様としてなら大歓迎よ。だけど告白に関しては、大人になったらまた来てねって言ったわよね」
「ブラックコーヒーは美味く飲めるようになったぞ」
「それを大人だと思ってる所が子供なのよ」


溜め息交じりに言われ、エフラムは不貞腐れたようにカップを口に運ぶ。
注文されたのはコーヒーだけだが、手作りチーズケーキをおまけで付けてしまう辺り、甘やかしてしまっているなあと自嘲。
その甘い対応が彼を助長させているのは分かっているが……親しみを感じてしまうのは誤魔化せない。


「あなたまだ高校生でしょう、成人している私がおいそれと付き合えないわ。待っている間に心変わりされても寂しいし」
「17になったんだ。たかだかあと1年なんて問題にならない。」
「10代……若いなぁ、私は23よ」
「出会った頃はミコトも10代だったろ」
「ギリッギリね。高校にいい子いないの? まあ大学にでも行けばもっと沢山の人と出会うから、私よりいい子なんてすぐ見つかるわよ」
「そんなの……俺はずっと、ずっと昔からミコトの事が好きだったんだ。今更 他の奴なんて目に入らない」
「ずっと昔っていつ?」
「……昔は昔だ」


またこれ。
エフラムは『昔からミコトの事が好きだった』と言うが、それがいつだったかは教えてくれない。
エフラムと出会って4年……それから遡る事13年の間に出会っていただろうかと考えるが思い出せはしなかった。
一目惚れでもされたのかと思ったが、そこから何年も思いが通じなくても、他の子が目に入らないほど好かれ続けるとは考え難い。


「とにかく、俺は本気だから。高校を卒業したら本格的に迎えに来る」
「その間に私に恋人が出来るとは思わないの?」
「それは……可能性はあるが俺は負けない。必ずミコトを奪い返す!」


奪い“返す”も何も、ミコトがエフラムのものだった事など一瞬たりとも無い。
もう付き合っている気でいるのか、これは時たまニュースになる勘違いからのストーカーのようなものでは……と、少々寒気がして来た。
しかしそんな事を考えても交流を長く持った手前、エフラムを見れば親しみが湧くし恐怖は消える。
……それならば答えは決まっている、キッパリ断ればいい。
今までミコトがして来た拒否は『大人になってからまた来てね』というもの。
子供だから相手に出来ないだけで大人になったら可能性はあるよ、と言っているも同然で、これでは拒否にならない。
しかし交流を持つうち、エフラムが内外共になかなか素敵な人物だとは知ったし、それが分かれば好かれるのは悪い気はしない。


「ごちそうさまミコト、代金はここに置いておくから。また来る」
「有難うございましたー……」


最近は退店するエフラムの背中を見ていると、ついつい引き留めてしまいたくなる。
本格的に絆されて来ている現状、いい加減 真剣に考えるべきかと溜め息を吐いた。

それから数日後、とある日。


「ミコト姉様、こんにちは」
「いらっしゃいミルラ」


遠くに住んでいる親戚のミルラがやって来た。
彼女はミコトにとって歳の離れた妹のような存在で、まだ小学生。
とても大人しい子だが年齢に似合わぬほどしっかりしている。
店に来てくれるのは初めてで、カウンター席に座ったミルラは物珍しそうにあたりをきょろきょろ見ていた。


「私の奢りよ、何でも好きなもの頼んで」
「えっと、じゃあ……ホットココアとクッキーをお願いします」
「はーい、ココアの生クリーム増し増しにしてあげるわね」


照れくさそうにふにゃりと笑うミルラが可愛くてしょうがない。
昔からミコトは彼女に会うとついつい甘やかしてしまい、それは周囲の親族から注意されるほど。
もしミルラに反抗期が来て鬱陶しがられたらどうしよう……なんて、親のような心配までしてしまう。

その時、入り口のドアベルが軽快に鳴った。
あ、そう言えばこの時間帯は……と思ったのも束の間、すっかり慣れた声が店内に響き渡る。


「来たぞミコト、今日は紅茶を……」
「……エフラム?」


何故かミルラが反応する。
え、知り合い? とミコトが訊ねるより前に、エフラムも驚いたように目を見開いて。


「ミルラ……? お前、ミルラか!」
「ちょ、ちょっと、お互いに知ってるのあなた達?」
「あ、姉様、そう言えば……」


ミルラとエフラムが気まずそうに顔を見合わせた。
エフラムはずっとこの街に住んでいるそうだし、ミルラは遠くに住んでいてこの街には住んでいた事は無い。
偶然どこかで出会ったのだろうかと思ったが、ではその気まずそうな顔は何なのか。


「……すまないミコト、今日は帰る」
「あ、エフラム!」


やって来てすぐに帰るなんて、こんな事は初めて。
何が起きているのか分からずにミルラを見ると、彼女は相変わらず気まずそうな顔で。


「ミルラ……?」
「あの、姉様。エフラムとはどういうご関係ですか?」
「え? えっと、彼とは4年前に会ってね……」


初対面なのにいきなり熱烈に告白された事、それから4年、ちょくちょく店にやって来ては口説かれている事を教える。
ミルラはいつも通り、少ない表情でじっと聞いていて何を考えているかは窺えない。
まだ小学生のミルラに恋愛のあれこれを相談するのもおかしいが、年齢に似合わぬほど落ち着いて大人びた内面の彼女に、ついつい言葉を続けてしまった。


「ずっと昔から好きだったなんて言われるんだけど、4年より前に会った記憶なんて無いの。今度こそ離さないとか、恋人が出来たら奪い返すとか、まるで私とエフラムが恋人だった事があるみたいな言い方もするし……」
「……」
「ごめんね、こんな話して。ミルラが悩む必要は無いから気にしないで」
「……姉さま。今日、お仕事が終わった後にお時間ありますか? 姉様のお家に遊びに行きたいです」
「大歓迎よ! じゃあ後でご両親に送って貰ってね。何なら迎えに行くわ」


何も知らずにこにこしている大好きなミコトに申し訳なくなったミルラだが、エフラムと出会っているのなら仕方ない。
こうなった以上は伝えるべきだろうと、少し緊張する心を抑えて覚悟した。

その夜、ミコトが住んでいるアパートに遊びに来たミルラ。
ミルクティーを淹れてくれたミコトが座るのを待ってから話を切り出した。


「姉様、これを見て下さい」
「なあにこれ……石? 綺麗ね」


手に収まる程の美しい石。
何となくどこかで見たような気がするが思い出せない。
ミルラは一つ深呼吸すると、それをミコトに手渡してその上から手を握る。


「ミルラ? どうしたの?」
「これ、竜石なんです。覚えていらっしゃいませんか?」
「りゅうせき……竜石?」


瞬間、ミルラの手から妙な感覚が石を通じて流れ込んで来る。
途端に頭に浮かぶ、“今のミコトは体験していないが、確かに記憶にある事”の数々。
剣と魔法の世界で竜族長の娘として育った人生。
その中にあった“エフラムとの思い出の数々”。


『この戦いが終わったら、ルネスに来て欲しい』

『単刀直入に言おう。お前の事が好きなんだ』

『俺は必ずお前を迎えに行くからな』


想いは確かに通じ合っていた。
なのに、それは叶わなかった。
自分は尽きる事の無い悠久の闇の中に取り残され、そして命を終えた。

ミコトは茫然とした後、ミルラを見て立ち上がる。


「あなた……あなたミルラね!?」
「はい、ミコト姉様。ミルラです」


泣きそうに微笑んだミルラも立ち上がり、ミコトとしっかり抱き合う。


「あぁ……また会えるなんて。良かったミルラ、元気そうで!」
「姉様、ごめんなさい。わたし、姉様を助けられなかった……」
「いいの、いいのそんな事! あなたにまた会えただけで、私……! あなたは前世の記憶があったのね? 責める訳じゃないけど、もっと早く教えてくれても良かったのに」
「辛い記憶になるので、思い出さない方がいいかと……。だけど姉様はエフラムと出会ったから。今度こそ幸せになってほしくて……」
「そうだ、エフラム……!」
「わたし、留守番していますから。会いに行ってあげて下さい」


多少悩んだがまだ18時を過ぎた辺り。
空も明るく高校生が外を歩いていても咎められるような時刻ではない。
ミコトはエフラムに電話をかけると、会って話がしたいと告げた。


「喫茶店のドア、カギを開けておくから。CLOSEDになってるけど構わずに入って」
『分かった、すぐに行くよ』


電話を切るとひとつ深呼吸して気を落ち着かせる。
ミルラに家族と自分以外が来ても扉を開けないよう言い付けて、家を出た。
走って喫茶店に向かいながら思い出す、前世のエフラムとの記憶。
あの強い心が、相反する優しい笑顔が、誰より何より大好きだった。
出来るならば、彼が生涯を終えるまで共にありたかった。

喫茶店の中で待っていると、やがて響くドアベルの音。
今まで忘れていたけれど、かつて誰より愛しく思っていた、最愛の人の姿。


「エフラム……私、ミルラのお陰で全部思い出したの……」
「……!! 本当か、ミコト! じゃあ俺との事も?」
「ええ。エフラムはずっと私を愛していてくれたのにね。何年も袖にしてごめんなさい」
「いいんだ、思い出してくれたならそれで、俺は……。ミコト……」


感極まったらしいエフラムが少しだけ涙声になった。
乱暴に目元を拭うと、ミコトに近寄って抱き締める為に腕を回そうとする。

……が、ミコトはそれをひょいっと回避。


「……おい、待て。ここは熱く抱き合う場面じゃないのか」
「思い出しはしたけど、今のエフラムはまだ未成年だし。閉店後の喫茶店に連れ込んでセクハラ行為した事なんて知れたら、逮捕されちゃう」
「合意だからいいんだよ! それにどっちかと言うと、するのは俺だ!」
「え、何かする気だったの!?」
「お前……いや、もう……」


感情が臨界点を突破したか、むしろ笑い始めるエフラム。
あれだけ悲劇的な別れ方をしたのに、今はこんな事でごちゃごちゃ出来る平和さが愛おしい。
エフラムは一頻り笑った後に真っ直ぐミコトを見つめて宣言する。


「あと1年だ、覚悟してろよ。今度こそお前の全てを俺が貰って、生涯傍に居て貰うからな」
「エフラム……」
「愛してる、ミコト。お前は? まだちゃんと聞いてない」


その真剣な眼差しは、あの頃と少しも変わっていない。
ミコトは少しだけ感傷に浸ってから、あの頃は結局言えなかった言葉を口にした。


「私も愛してるわ、エフラム。今度はちゃんと待っているから、必ず迎えに来てね」


あの頃とは違う平和な世界、流れる時間の長さも同じ。
交わされた誓いは永い時を経て確かに果たされ、二人は同じ歩幅で生涯を歩むのだった。





*END*



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