100万hit記念リクエスト

明日も続く奇跡

100万記念リクエスト作品


主人公設定:アイクの姉
その他設定:長編夢【SISTER COMPLEX】関連の話。盛大なネタバレあり

※近親愛注意



++++++



「ねえ、アイクはどこ?」


まだ幼い時分、言葉を覚えてからというものミコトはよくそれを口にして両親を困らせていた。
子供は大人には見えないものが見えるという説を知った両親は、きっと自分達には見えない友達でも居るのだろうと考え、そう扱おうとする。
が、“アイク”を友達だと言われたミコトは必ずそれを否定。


「おともだちじゃないよ。おとうとだよ」


そう言って。
けれどミコトに弟は居ないし、そう呼ぶ友人も居ない。
困惑しつつも子供の想像力を頭ごなしに否定できず、戸惑いながらも話を合わせる両親。
やがて一家に第二子である男児が生まれ、名前が“アイク”になったのは無理からぬ事だろう。


「つまり、俺の名前は姉貴がつけたのか」
「そうだよ」


あれから二十年。
すっかり成長した姉弟は、故郷を離れて大陸中を旅していた。
今はとある街に宿を取り部屋で寛いでいる所。
元々そういった冒険に興味があってお互いに趣味が合致したから、というのが二人で旅をする主な理由だが、他の理由も混ざっている。
その理由は。


「恋人からの初めてのプレゼントが名前とか、随分と貴重な体験をしたもんだ」
「貴重っていうか、恋人からニックネームでもない本名つけてもらう人なんて、他に見た事も聞いた事も無いけど」
「そうか。じゃあ唯一無二の贅沢だ」
「贅沢なんかなー……」


そう、二人は恋人同士。
両親とも同じ完全に血の繋がった姉弟でありながら、男女としても結ばれている。
決して許されない関係だ……などと二人には何の関係も無いが世間はそうもいかない。
下手をすると家族や友人に迷惑が掛かるので、あちこちを転々とし見知らぬ土地で過ごしたい。
それが旅に出た“他の理由”。

幼い頃からアイクを求めていたミコトは、実際に弟を目の当たりにした時、泣いてしまった。
小さな赤ん坊で“記憶”とは似ても似つかない姿をしていたが、それでも『やっと会えた』と。
もう少し成長すると、自分がアイクを求めていたのはあらゆる意味で普通ではないと気付き、控えるようになった。
それがまだ理解できない胸の痛みを呼ぶ事になっても、これは決して独り善がりではいけないと分かっていた。

そしてさらにもう少し成長すると、今度は“記憶”を気のせいだとして封じ込めるようになる。
何故なら“前世の記憶”なんてそんな物、ある訳が無い。ただの非現実的な御伽噺。
そうしてそのまま普通に人生を歩むと思っていたミコトはある日、当のアイクにそれを打ち破られた。


「好きだ、姉貴。一人の女として」


本当は待ち望んでいた言葉。
ありえない、馬鹿馬鹿しい記憶。
前世で自分と実弟のアイクが恋人同士で、やがて子をもうけ夫婦として生涯を過ごしたなんて。
けれど本心を否定する一般常識も当のアイク本人に叩き崩され、心の奥底に仕舞い込んだ思慕を引き摺り出され、ミコトは彼が生まれた時よりも泣いた。

前世、一般的な寿命には程遠い若さで生涯を終えたミコト。
そんな彼女には、今際の際に子供達と夫たる弟へ強く強く願った望みがある。


もし運命が巡り巡って、いつか再び、愛するあなた達と出会う事ができたなら。

また、母と呼んでくれますか。
たくさん我が儘を言って甘えてくれますか。

また、姉と呼んでくれますか。
たくさん愛して側で守っていてくれますか。

次に出会えた時も、あなた達の母でいたい。
おかしいけれど、次に出会えた時も、あなたの姉でありたい。


その願いが半分叶った。
家族の誰もが望まない形で、けれど少なくとも夫婦は納得して、そうして死んだミコトの願いを運命が掬い上げてくれたのだろうか。
アイクと結ばれてからは、ミコトはもう前世の記憶を疑わなくなった。
あれは確かに自分達に起きた事なのだと今なら分かる。
自分達はまた、姉弟として巡り会い結ばれる事が出来た。


「……なあ姉貴。俺は姉貴に、これで良かったのか? とは訊かないからな」
「え、なに。急に何の話?」
「俺達の関係の話だ。秘めないといけないのは納得できないが、仕方ない事だとは分かる」
「……」
「世間からは許されなくて、本当の事は一生秘めないといけなくて、誰からも祝福される事は無いだろう。それでも俺は、姉貴に悪いとは思わないし後悔もしない」
「……あはは。改めて考えると酷い関係だね」
「そうだな。でも受け入れてくれたって事は嬉しかったんだろ。違うのか?」
「違わないけど、なんかちょっと悔しい」
「悔しく思う必要無いだろ」


アイクの気持ちを疑いはしないが、自分達の気持ちは合致しているようで少しズレているだろうとミコトは思う。
ミコトが持つ、前世を踏まえた身を焦がすような思慕と執着を、アイクは持たない。
彼には前世の記憶など無いようだから。
“また”会えたという感覚を共有できないのは寂しかった。


「アイクは知らないんだ。あたしが“昔”からどれだけアイクを好きだったか」
「そういう事ならいくらでも教えてくれればいい」
「教えらんないよ。いいの。アイクが自分で思い出さない限りは言わない。信じて貰えないだろうから」
「姉貴の言う事なら信じるさ」
「それでもダメよ。例え信じてくれても、思い出さない限り本当の意味で共有は出来ないから、余計に寂しくなりそう」


言いながら少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべるミコト。
普段は妙齢相応の女性ながら童顔のせいか少々子供っぽさがあるのに、その顔はずっと歳を重ねたような落ち着きを感じさせた。
そこでアイクは気付く。
ミコトがどこか遠くを見ている事に。


「……姉貴は時々、遠くを見てるな」
「え?」
「俺を見ながらどこか遠くを見てる。姉貴の気持ちは疑わないから他の誰かを慕ってるとは思わないが、何を見てるんだ?」
「あたしが見てるのはアイクだよ」
「姉貴の想う俺は随分と遠くに居るんだな」
「ううん、アイクはここに居るよ。ちょっと昔を思い出してるだけだから心配しないで」


ここで前世の思い出話でも出来れば良いのだが、そうもいかない。
気付かれてしまうほど今のアイクから気を逸らしていたのは反省しなければならないが、記憶にある以上どうしても思い出す事は避けられない。
運命に納得していたとはいえ若くして命を落とし、せめてまた会いたいと強く祈った願いが叶ったのだから。
しかも再び姉弟として産まれ、その上で結ばれるという最高の形で。
普通なら、来世こそ血の繋がり無く出会い周囲に祝福されながら結ばれたいと思うものだろうが、ミコトはアイクとは姉弟として関係していたかった。
姉弟ならではの絆が確かにあったし、姉弟だからこそ自分達は愛し合えた気がするから。


「アイクはアイク。何にも変わってない。変わったのはあたしの方だよ」
「姉貴の何が変わったんだ?」
「記憶と思い出」
「……? 記憶と思い出がどうして変わるんだ。分からん」


この事に関してアイクとは一生話が噛み合わないだろう。
それは寂しいが、いい加減これからの未来も考えなければ。
ここまで都合よく半分の願いが叶ってくれたのだから、もう半分も叶ってくれるのではないかという期待がある。


「アイクはさ、子供何人ほしい?」
「っ、ぐ!?」
「ちょ、落ち着いてアイク。どうどう」


何かを口にしていた訳でもないのに息を詰まらせたアイクが少々噎せた。
まさかミコトの方からそういう話題を出して来るとは思わなかったのだろう。


「……姉貴は子供が欲しいのか?」
「欲しいよ。っていうか何が何でも産む」
「何だその決意」
「あ、言っとくけど拒否したら他の男と作るなんて有り得ないからね。あたしはアイクとの子供が欲しいの」
「別にそれは心配してない」
「まあ、血の繋がりとか心配もあるから強制は出来ないよ。アイクが嫌だって言うなら諦める」


両親の血が近いと子供に異常が出やすい。
幸いにも前世の子供達に問題は無かったようだが、今回も上手く行くとは限らない訳で。
アイクとの事は実に上手く行っているのだから、子供達も同様に上手く行くかもしれないが……大博打を打たれる子供達の事を考えると身勝手も出来ない。

自分達の関係が普通ではない以上、愛しい子供達にもう一度会いたい、と思うのは身勝手な感情だろう。
両親が姉弟だと知っても嫌悪は無かったようだが、ミコトは子供達がその通りに子供である時代しか知らない。
大人になったら世間を知り、姉弟で結ばれた両親に嫌悪を抱いたかもしれない。
せめて子供達が大人になっても再会を望んでくれていたかどうか分かればいいが、早逝してしまったミコトはそれを知らない。
知っているであろうアイクに前世の記憶は無い。


「(八方塞がりかなぁ)」


母であるミコトを助けようと必死になってくれたあの子供達には、会えないのかもしれない。
それを思うと、アイクに前世の記憶が無い事よりも胸が苦しくなった。
堪らずアイクを見ると少し気まずそうに顔を逸らす。


「俺は正直、まだ子供とかそういう事は考えられん。成人したとは言え未熟者だしな、親になるには早い」
「絶対に子供を持つのが嫌って訳じゃないんだね」
「ああ、姉貴との子なら悪くない……が、もっと精神の方も成長してからの方が良いと思う」
「アイクって割と成熟してる気がするけど」
「……子供に嫉妬する親にはなりたくないからな」
「あー……」


つまりアイクが心配しているのはミコトへの気持ちの事。
ミコトが自分以外に密接で大切な存在を作る事で、子供相手に嫉妬したくないと。


「親になる事自体は……不安が無い訳じゃないが、誰だって最初は親初心者だろ。俺と姉貴で一緒に乗り越えて行けばいい。だが姉貴との関係に割り込まれる事への嫉妬については駄目だな、俺が自分で何とかするしかない」
「それもあたしがアイクを気遣って行けば大丈夫だと思うけど」
「詳しくは知らんが、出産や乳幼児の子育ては凄まじく体力と神経を使うんだろ? そんな時に姉貴に余計な苦労はさせたくない」
「やだかっこいいねアイク、惚れ直した」
「今そういう話してないだろ」
「してるよ。まあ今はここまでにしとこう、真剣に考えるのはもうちょっと先で良さそうだし」


前向きな話を引き出せただけでもミコトにとっては有難い。
今のアイクとの関係が、素晴らしい奇跡の上に成り立っていると知っているから尚更。

日はすっかり暮れてしまい、夜空には満天の星。
この分だと明日も晴天、また新しい土地へ向けて足を進められそうだ。


「次はどこに向かう?」
「確か姉貴、ここから東の港町に行きたいって言ってただろ」
「あ、そうかそうか、そうだった。宿のご主人が教えてくれたんだっけ。綺麗な砂浜もあるんだってねー、楽しみ!」


今はまだこれでいい。
旅を二人きりで思う存分堪能し、心の中でこっそりと“また”姉弟として出会い結ばれた事に感謝する。
この奇跡を楽しまなくてどうするというのだろう。
アイクが前世を覚えていなくても、変わらない愛情を向けてくれている事に間違いは無いのだから。


「明日は山越えするからな、早めに休んで体力を回復しておこう」
「りょーかい! じゃあおやすみアイク」
「おやすみ」


目が覚めたらまたアイクが居る。
この当たり前で素晴らしい奇跡が続いてくれた事に、ミコトは心から感謝した。





−END−



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