100万hit記念リクエスト

掌の上の少女

100万記念リクエスト作品


主人公設定:長編夢【EXTENSIVE BLUE】主人公
その他設定:−−−−−



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今日も晴れ渡ったホウエン地方。
いつものように手持ち達と、ボールに入らず隣を歩いているジュカインを引き連れて旅をしていたミコトに、ふっと影が掛かった。
太陽が雲に隠れた掛かり方ではない、もっと素早い何かが……と見上げた瞬間に降りて来たのは、何度目かで見慣れたエアームド、そしてその背に乗った青年。


「ミコトちゃん、丁度良かった!」
「ダイゴさん!」


デボンコーポレーションの御曹司・ダイゴだ。
以前に社長からの手紙を届けた縁で出会い、その後も何度も交流を重ねた彼。
“丁度良かった”とは何か用事だろうかと、エアームドから飛び降りたダイゴの言葉を待つと、傍に寄って来た彼は突然 拝むように両手を合わせて頭を下げて来た。


「頼みがある、僕を助けてくれないか? 僕の恋人になって欲しいんだ」
「えぇ!?」
「その、恋人と言っても振りなんだけど……」


ダイゴが言うには、近々、会社関係の知人を集めたパーティーが催されるらしい。
そこに行くと必ず恋愛について訊かれ、相手を斡旋されたり言い寄られたりするため参っているそうだ。
ここ数回は何だかんだと用事を作って避けていたが、これも付き合いだから行けと父親に言い付けられたようで。


「そんなパーティーに行って恋人の振りなんかしたら、婚約者だと思われるんじゃ……」
「それについては大丈夫、会社関係とは言っても若い連中がメインのカジュアルなものだから。僕と同じ20代が殆どで、高くても精々30ぐらいだよ」
「そ、そうですか……」
「付き合ったら絶対に結婚って考えの人は居ないよ。頼む! この通りだよ……」


今までは自分が何度かダイゴに助けて貰っていたのもあって、こう頼まれては断れない。
まだ多少の不安はあったが、引き受ける事に決めたミコト。


「分かりました。上手く出来ないかもしれませんが……」
「そう身構えなくても、楽にしてくれたらいいよ。ところでパーティー向けの服は持ってる?」
「え」


そんな服は持っていない。
旅をしているからというのもあるが、そもそも元の世界でもパーティーなど出る機会は無いし、親戚の結婚式等は制服で行っていたので持った覚えは無かった。


「無いです。やっぱりドレスコードとかあるんでしょうか……」
「特には無いけど、一応、周囲の格好に合わせた方が良いからね。今から調達しに行こう。ついて来て」


エアームドに乗るよう促され、ジュカインをボールに戻し手を引かれて乗るミコト。
何度か彼のエアームドには相乗りさせて貰ったが、密着する空の上は二つの意味でドキドキして未だに慣れない。
この鼓動の高鳴りが知られていませんように、知られても飛行と絶景、少しの恐怖によるものだと思われますようにと、毎回ミコトは密かに祈っていた。

辿り着いたのはカナズミシティ、足を踏み入れた事の無い高級店が並ぶエリア。
一つのブティックに案内されるが、こんな場所は初めてで勝手が分からない。


「あの、買うんですか? レンタルとかは……」
「協力して貰うお礼だと思って受け取ってくれよ。また使えば良いし」
「……実はよく分からなくて……選んで貰えませんか?」
「僕が? 僕もあまり女性のファッションには明るくないけど、どんなイメージが良い?」
「えっと、あまり、派手じゃない方が……スカートも短いのはちょっと」


ふむ、と考えながら歩くダイゴのやや後ろを付いて行き、言われるがままに提案された服を試着する。
そして最初に選んで貰ったドレスを気に入ってしまった。
ノースリーブ、スカート丈は膝下、レースが全体にあしらわれた、透け感が無い濃い目の水色のワンピースドレス。
デザインはシンプルで落ち着きがありつつも、バックのリボンでさり気無い可愛さもある。
それにシンプルな白いジャケット型のボレロを合わせて着てみれば、何だか一気に大人っぽくなった気がする。


「これ、凄く好きです。落ち着いてて、なんだか大人になれたみたい……」
「十代だしもっと派手でも良さそうだけど。でも確かに、性格的にキミにはこれが似合ってて僕も好きかな。ブルートパーズみたいだ」


服装の感想だとしても、好きだと言われれば照れてしまう。
しかも石に例えられるとは、石マニアであるダイゴの言葉としては最大級の賛辞ではないだろうか。
靴やバッグも選んで貰うが、提案されても言われるがままに頷くのが精いっぱいだ。


「パンプスはあまり履いた事が無いんだね。じゃあヒールは広くて低めのタイプにしよう。後はバッグか……」
「……あのダイゴさん、何だか楽しそうですね」


どうにもダイゴがうきうきしているように見えて思わず口から疑問が出てしまった。
言われて浮かれた態度を出していた事に気付いたらしいダイゴは、バツが悪そうに顔を逸らして頬を掻く。


「何と言えばいいか……。育成してる気分になっちゃって」
「育成……あ、まさかポケモンの?」
「悪気は無いよ。ただ大人になりたがっている少女を、周囲の人から注目される女性に進化させるのが楽しくて……」
「ふふっ、それじゃあ私、今はダイゴさんの手持ちなんですね。鋼でも岩でもないと思いますけど、良いんですか?」
「キミなら何タイプでも良いかな」


さらりとした冗談で固められた会話。
それだけだった筈なのに、“キミなら何タイプでも手持ちに欲しい”と言われたも同然な言葉を聞いた瞬間、ミコトは硬直してしまう。
きっと赤くなっているであろう顔を隠す事も出来ずに視線を下げて黙り込むと、気分を害したと思ったらしいダイゴが少し慌てた様子で弁明を始めた。


「えっと。さすがに人を手持ち扱いは不味かったかな。でも僕もポケモン達は大事に……いやそういう話じゃないか」
「……」
「……悪い、ふざけ過ぎたね」
「ち、違います。怒ってないです。……嫌でも、ないです」
「えっ」


今度はダイゴが硬直する番。
何を言っているんだと思ったミコトだが、口に出してから後悔しても遅い。
何か弁明したくて、しかし今 口を開けば余計な事を言ってしまいそうで、二人ともが黙り込む。


「……じゃあバッグは、装飾少なめのハンドバッグかショルダーバッグにしようか」
「そうですね……」


本来の目的に軌道修正する事で無理やり立ち直った。
しかし明らかに先程までとは違うぎこちない空気に包まれ、どうにも言葉が少なくなってしまう。
サロンまで予約して貰って、約束の日時を聞いて別れるまで碌に話せなくなってしまったのをミコトは残念に思った。
目的はともあれ折角 二人きりでの買い物だったから、もう少し会話を楽しみたかった……。


「……まあいいや、ダイゴさんの役に立てるし、振りでも恋人の立場になれるなら」


弱気に呟き、不安と、少しだけ楽しみに思う心で当日を待つミコトだった。

そして約束の日。
サロンでヘアセットとメイクを施して貰うと、現金なもので、不安に思っていた心が上ずって浮かれてしまう。
その後ミナモシティの海を臨める高台の会場でダイゴと再会したミコト。
名を呼んで挨拶したミコトを見た彼が一瞬だけギクッとしたように固まった。
まだあの気まずさを引きずっているのかと思ったミコトだったが、ダイゴは挨拶を返した後、少しだけ照れ臭そうに。


「まさに“進化”したね、どっちのキミも素敵だけど……少し心配だな」
「ぼ、ボロを出さないよう頑張ります」
「違う違う、キミが恥をかかないようにするのは僕の役目だよ。じゃあ行こうか」


何に対して心配に思ったのかは教えてくれないまま会場へ向かう。
会場には三十人程度の参加者が居て、ダイゴの言う通り若い人だけのようだ。
男性7割女性3割といったところか。


「(う、うわ、綺麗な人ばっかり……)」


派手な人も落ち着いた人も見事に美女揃い、どうにも自身に見劣りがして不安な心が復活する。
エスコートされて彼らに近付くと、すぐに視線が集まり一人の男性が声を掛けて来た。


「久し振りだなダイゴ、ところでその子って……」
「ああ紹介するよ、恋人が出来たんだ。この子はミコト」
「! あ、あの、初めまして……」


呼び捨てされた事にドキリと心臓が跳ね、頭で予習していたスマートな受け答えが出来ずにどもってしまう。
そんなミコトに女性陣が群がって来て。


「やだ可愛い!」
「ちょっとダイゴ犯罪じゃないでしょうね」
「ご心配なく、18だよ」
「10代……やっぱり騙してるわねあなた」
「してないって」


笑いながらの軽い応酬に、緊張で固まっていた心が少しずつ解ける。
どこで出会ったの、苦労してるでしょ、なんて言われても、自然に受け答えが出来るようになった。


「脳が石で出来てんのってくらいつまんない男でしょ、話に飽きたら聞き流していいからね」
「そんな事ないです。それにダイゴさんの話、聞くの楽しいですよ」
「デートとか言って山やら洞窟やら連れて行かれるんじゃない?」
「それも楽しいですから」
「貴重すぎる……何このいい子」


ポケモン達と旅をしてあちこち行くのは大好きなので、嘘じゃない。
ダイゴと一緒ならきっともっと楽しくなるし、彼の話も聞いていて楽しい。
一方少し離れた所では、男性陣がダイゴを取り囲んでいた。


「ほんっとお前に付いて来られる子なんてよく見つけたな。ポケモンバトルもやるんだろ?」
「勿論。なかなか強いよ彼女は」
「お前が言うなら本物だな。しかも可愛い、最高じゃないか」
「……分かってると思うけど」
「分かってる分かってる、やっと見つけた本命に手は出さないって」
「ん?」
「今まで恋愛ごとを遠ざけて来たお前が真面目に付き合うなんてやってるんだから、本命だろ」


正直、そう言われる事をダイゴは分かっていた。
付き合ったら結婚なんて考えの人は居ないから、とは言ったが、今まで避けて来た人物が恋人なんて連れて来たのだからそう思われるだろう。
それを分かっていてミコトには言わなかった。

“やっぱり騙してるわね”

なんて先ほど言われたが、ある意味その通りだ。
周囲から固めるような卑怯な行いをする大人を、それでも彼女は許してくれるだろうという甘えすらある。


「本命だよ、当たり前だろ」


まだ本人にも言っていない事をしゃあしゃあと言って、ダイゴは微笑んだ。

パーティーも無事終わり、ミコトとダイゴは揃って帰路に就く。


「あー、楽しかった! 緊張したけど良い人ばっかりで良かった!」
「楽しかったなら何よりだよ。もしかして、いい男の人でも見つけた?」
「え?」
「顔よし家柄よし性格よしの、選り取り見取りな御曹司ばっかりだったろ」
「ダイゴさんよりいい人なんて居ました?」


きょとんとした表情で言って、少し時間が止まって。
ややあって自分が言った事に気付いたのか、夕日に負けないくらい顔を赤くしたミコトが俯く。


「ご、ごめんなさい、お友達を値踏みするようなこと言って」
「話を振ったのは僕だよ。それより今の本当? 嬉しいな」
「からかわないで下さい……」


あれだけモテる男が多かったのに、全く気にならなかったらしい。
脈は大、周囲も固まりつつある。
後は舗装を広げながら道を進むだけだろう。


「(悪い男に引っ掛けちゃってごめんね、ミコトちゃん。でも放す気は無いから)」


掌の上で転がされ、それを知っても微笑んでくれるであろう少女。
ダイゴはほんの少しの申し訳なさに心中で謝罪しつつ、籠絡をやめる気はないのだった。





−END−



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