100万hit記念リクエスト

約束された幸福

100万記念リクエスト作品


主人公設定:烈火の軍師
その他設定:原作の後日談とは違う展開になるif話



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人生とは、いつどこでどのような風に変わってしまうか分からない。

かつてレイヴァンがリキア同盟国コンウォル領主の嫡男レイモンドだった頃、彼の両親が同盟の資金を横領して爵位を剥奪され、それを苦に自殺。
悲しみに暮れていたレイヴァンは、コンウォル侯爵は盟主オスティア侯に陥れられたのではないか……という根も葉もない噂を信じる事で壊れそうだった心を保ち、復讐を心に決めていた。
機会を窺う為にオスティア候弟ヘクトルが居たエリウッド達の一団に仲間入りしたが、仲間達との交流によって考えを改める。
ヘクトルに全てを打ち明けた後、コンウォル家再興の話を持ち掛けられるが断り、気ままな傭兵稼業へと戻った。

従者であり家族でもあるルセアがアラフェン領の片隅に居を構え、そこを主だった拠点に据え活動していたレイヴァン。
その傍らには、エリウッド達の一団で軍師を務めていたミコトの姿があった。
見習いだった彼女は旅の中でぐんぐん成長し、厳しい戦いの中エリウッド達を無事に勝利へと導く。
その最中に交流を重ねたミコトとレイヴァンはやがて惹かれ合い、結ばれる事に。
レイヴァンが復讐の考えを改めた要因には、彼女の存在も大きかった。


「ミコト、俺と一緒に来るか?」


旅が終わった後、身の振り方を考えていた時に掛けられたレイヴァンの提案を断る理由など、ミコトには無い。
ルセアが作ってくれている“帰るべき場所”を支えに各地で雇われ仕事をこなしていた二人。
ミコトのように軍略に秀でている傭兵など珍しく、レイヴァンの実力も合わさり雇われた先の様々な兵団を勝利に導いた。

……そんな珍しい傭兵なら、図らずとも噂になってしまうもの。
ましてミコトはエリウッドの一団に居た頃、大陸のあちこちを移動した。
歴史に記されるような表立った戦闘は無かったが、リキアは勿論、エトルリアやベルンのお偉方とも関わっている以上、仲間達が言いふらさなくとも話はある程度広まる。

それはベルンでの事。
凶悪な山賊団に悩まされていた地方の領主に雇われ討伐を請け負った二人は、領主の兵士達と共に仕事を成功させた。
卓越した戦略を見せたミコトの事を兵士が領主に報告し、彼女だけが領主に呼ばれる。


「もしやと思うがそなた、近頃噂を聞く天才軍師殿では? その指先一つが歴史を変えるとまで言われる……」
「勿体ないお言葉です。私はしがない一傭兵ですよ」
「しかしそなたのように戦略に秀でた傭兵など、そうそう居るものでもあるまい」
「……確かに、噂されているのは私の事ではあると思います」
「そうか! 是非とも正式に雇われてくれぬか。その才、ベルンの為に使えば高い地位も夢ではないぞ!」
「いいえ、私は……」
「まさか断ると? またと無い機会ではないか」
「いいのです。今の生活に満足しておりますので」
「……どうあっても考えは変わらぬか」
「はい、折角のお話ですが……」
「ミコト!!」


話の途中、急にレイヴァンが乗り込んで来た。
驚いて振り返ったミコトが事情を飲み込む前に彼女の手を引き、一目散に駆けて行く。
兵士達が後を追って来るのが分かり、ミコトは息を切らしながらレイヴァンに声を掛ける。


「レイヴァンさんっ、まさか、領主は私を始末しようと……!」
「ああ。隣室に兵士を控えさせていたらしい」
「……そう、ですか」


瞬時に理解したミコトは、逃げに専念する為それ以上は口を噤んだ。

ミコトの才能を欲する者は多い。
つい先日にもエトルリアで仕事をした時に貴族から使者が来て誘われたが、断ったばかりだ。
しかし、その才は手元にあれば強大な力となるが、万一にでも他者に渡り、その者が敵対した場合は厄介な害にしかならない。
手に入らない場合に不安要素にしかならない力など、消してしまえと考える者も居るだろう。
領主はミコトが受け入れれば良し、断るのであれば始末するつもりで誘ったのだ。

その場はレイヴァンの素早い行動により逃げる事に成功したが、この先、このような事が起きる可能性などいくらでもある。
エリウッド達と共にネルガルと戦ってから1年近く。
仕事をこなせばこなす程にその確率は上がって行く。
この時、レイヴァンの頭には一つの決断が浮かんでいた。


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アラフェン領に帰ってからすぐ、レイヴァンはミコトをルセアの元に残し出かけて行った。
連れて行って貰えなかった事に落ち込むミコトを、ルセアが苦笑しながら慰める。


「元気を出して下さい、ミコトさん」
「だけど仕事に同行させて貰えないのは初めてでしょう。修行中の剣術も、護身目的の範囲であればそれなりの力量に達しているのに……。この前の事で足手纏いになると思われたのでしょうか」
「ベルンでの件ですね……本当にミコトさんがご無事で良かった。大丈夫です。足手纏いだなんて、レイモンド様がミコトさんにそのような事を思われる筈がありません」
「それは、レイヴァンさんを信じていますけど」


体調が悪い訳でもないのに置いて行かれたのも事実なので、いくらレイヴァンを信じても心が晴れない。
窓の外を眺めながら溜め息を吐くミコトに更に苦笑を見せながら、ルセアがやや躊躇いがちに口を開く。


「……このような事、わたしの口から言ってもいいものか分かりませんが」
「え?」
「レイモンド様は、本当にミコトさんを大切に思っていらっしゃいますよ」
「それは感じています。あまり他者と関わろうとしない方だからか、態度が違っていて分かり易い……」
「どうしたらミコトさんを家庭に入れられるのか真剣に相談されましたし」
「……」


ぴたり、とミコトの動きが止まる。

軍師という直接戦う事はほぼ無い職業だと言っても、戦場に出るからには危険が伴う。
守れば良い……しかし万一という事もある訳で、大切な者なら少しでも安全な場所に居て欲しいと思うのは当然だろう。
エリウッド達と行動を共にしていた頃も、レイヴァンはルセアを戦場から遠ざけようとしていたらしい。

家庭に入れるとは言っても、レイヴァンはミコトを押さえ付け閉じ込める気は無いはず。
ただ少しでも安全な所に居て欲しいという思いやり。
しかし恋仲である以上、“家庭に入れる”という言葉には重要な意味が含まれる。


「え、えっと、家庭に、ですか」
「はい。……ミコトさんも、いずれはそのつもりですよね?」
「それはまあ、いずれはレイヴァンさんとそうなりたいとは、思って、いますけど。けれど私は、レイヴァンさんが戦いに出るのであれば、行動を共にしたい」
「そう仰ると思っていました。なので、完全に家庭に入れるのは諦めて頂きましたよ」
「良かった……」
「けれどレイモンド様のお心もご理解下さい。それほどミコトさんの事が大切なのです」
「大丈夫です、分かっていますから」


ミコトへの思いやり、それは分かる。分かっている。
しかしやはり、レイヴァンがミコトを家庭に入れたい、と言った心を思えば思うほど、思いやり以外の事柄に意識が持って行かれてしまう。


「(レイヴァンさん、私と結婚したいって、思って下さってるんだ)」


彼の想いも心も理解しているつもりなのに、普段のクールな様子が真っ先に印象に残るせいで、彼が熱い思慕を自分に向けてくれている事実にときめきが浮かぶ。
傍に居なくとも、思い浮かべるだけで顔が熱くなり鼓動が早まって行く。


「レイヴァンさん、真剣に考えて下さってるんですね……分かってはいたんですけど、改めて示されると……照れます、ね……」


赤くなった顔を俯き気味にして呟くように言うミコトに、ルセアは微笑ましくなるばかり。
早く大切な主と大切な友人である二人が結ばれてくれればと思わずにはいられない。


「ミコトさん、御子が生まれてもレイモンド様との生活は心配ご無用ですよ、わたしもお手伝いしますから」
「気が早いですルセアさん……!」


俯いたまま両手で顔を隠すミコト。
この様子を主が見たら、言動には出さずとも喜ぶだろう事を考えると、彼の帰還を急かしたくなってしまうルセアだった。


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2週間以上が過ぎた頃、レイヴァンが帰還した。
驚いたのは、恐らくオスティア所属だろう数人の兵士と文官を連れて馬車で戻って来た事。
荷台の付いた幌馬車も連れている。
以前彼がオスティアに恨みを抱いていた事を思い出したミコトは、何かやらかしてしまったのかと戦々恐々。


「あ、あの、レイヴァンさん? この方達は……」
「ミコト、旧コンウォル領に行くから支度しろ。ルセアも連れて行く」
「ええ?」
「要らない物は置いて行けばいいが、要るものは持って来いよ」


事情も説明せず一方的に告げるレイヴァンに、ミコトは怪訝な顔をする事しか出来ない。
道中で説明するからとルセアにも何も言わない様子からして、先に行動するしか無さそうだ。

質素な彼らの家は、元々物が少ない。
1台の幌馬車で事足りた家具や小物達はどう見ても引っ越し支度だが、まだレイヴァンは何も言わなかった。
用意された別の馬車に3人で乗り込み、事情の説明を求める。


「レイヴァンさん、道中で説明して下さるんですよね? どうして引っ越すんですか」
「以前、ヘクトルにコンウォル侯爵家の再興を申し出られた事は知っているな」
「はい。断ったんですよね」
「それを撤回して受け入れた」


事も無げに言うレイヴァンに呆気に取られ、ミコトとルセアは顔を見合わせた。
もう貴族に戻る気は無いと、きっぱり断った筈なのに……どういう心変わりなのだろう。
ルセアがミコトから視線を外しレイヴァンに問う。


「レイモンド様、あなたの決定であれば受け入れますが、一体どうしたのですか?」
「……小国の集まりとはいえ、リキア同盟国は大陸の一角をなす国だ」
「はい」
「そこの領主ともなればそれなりの地位は約束される。下手に危害を加えれば国際問題に発展するから、易々と手出しはされないだろう」
「手出し……あっ」


レイヴァンに向けられていたルセアの視線が再びミコトに向かう。
ミコトも今の話ですぐ思い至ったようで、驚いた顔でレイヴァンを見ていた。

ベルンでの一件で、一部とはいえ大陸のあちこちで存在を知られる事になったミコトの身の危険が浮き彫りになった。
一傭兵の命など、大きな権力の前ではあまりに脆く小さい。
殺された所で誰にも知られず打ち捨てられるだけだろう。
しかし地位のある貴族ともなれば話が変わる。
レイヴァンの言う通り手出ししようものならあっという間に国際問題だし、リキア国内でも大問題となる。
それこそ横領の罪で爵位を剥奪された彼の両親のように。


「まさか私だけの為に、そんな……!」
「お前の為だけと言えば違うな。貴族の地位そのものに未練は無いが、両親が守っていた地に未練はある」


人の良さから友人・知人の借金を肩代わりしたり保証人になったりした結果、金に困り同盟の資金に手を付けてしまった彼の両親。
その罪は罪だが、領主としては領民からの信頼も厚く、立派な人物だったという。
そんな両親が守っていた地を受け継ぎたい気持ちもあったのだろう。


「そうですよね、良かった。私だけの為にレイヴァンさんの人生を変えてしまっては申し訳ないですから」
「9割ほどはお前の為だ」
「ほとんどじゃないですか!」
「当たり前だろう」


レイヴァンは隣に座るミコトへ少し体を向けて、真剣な眼差しを送る。
一瞬で胸を高鳴らせたミコトが視線を逸らす前に彼女の手を握り、他所へ気をやる事を許さない。


「今の俺にとって、一番大切で最優先すべきなのはお前だ、ミコト」
「そ、それは嬉しいですけど、貴族になれば地位を得る代わりに、制約も多くなりますし……」
「その制約がお前の盾になる。俺の持てる限りの力を使ってやるから、守らせろ」


真っ直ぐに告げられ、もうミコトは拒否も言い訳も出来ない。
照れと恥ずかしさに襲われつつ精一杯に絞り出した言葉は、「私も頑張ります……」と、それだけ。
それでもレイヴァンは嬉しそうに優しく微笑む。

そんな二人のやり取りを目の前に見ていたルセアは確信する。
人生とは、いつどこでどのような風に変わってしまうか分からないけれど、二人の幸せはきっと約束されているだろうと。





*END*



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