80万hit記念リクエスト

魔女姫は幸せ者

80万記念リクエスト作品


主人公設定:クッパ連載夢【大魔王と人間娘】主人公
その他設定:−−−−−



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今、一体 今 何が起こっているのかミコトは理解が追い付かない。

お姫様が大魔王に攫われて、英雄がそれを助けに行く。
この世界では当たり前のお約束。
陳腐ながら王道であるヒロイックストーリー。
それなのに、今の状況は。


「ミコトは頂いて行くぞ!」
「待てっ! ミコトを返すのだマリオ!」
「返して欲しくばピーチ城まで来るんだな!」


何が起きているのか。
攫われているのは魔女ミコトで、攫っているのはヒーローマリオで、それを悔しげに見送っているのは大魔王クッパ。


「……なにこれ」


慣れ親しんだクッパ城が、愛しい主の姿が、段々と遠ざかって行く。
マリオに片手で抱えられたまま青ざめた顔で呆然とするしか出来ないミコトは、一つ深呼吸をしてから息を大きく吸い込むと、ありったけの声量で。


「なにこれぇぇっ!!!」


先程からずっと頭をぐるぐるしていた言葉を爆発させた。

マリオに連れ去られた先は確かにピーチ城。
明るく華やかでこの国の主である姫に相応しい佇まいの。
城内の一室に通されたミコトをピーチが訪ねて来た。


「ご機嫌ようミコト」
「……良くありませんけど」
「お茶を用意したの、お菓子もあるわ。一緒に頂きましょう」
「……頂きます」


クッパ城からピーチ城まではだいぶ距離がある。
連れ去られて来る過程ですっかりお腹が空いていたミコトは取り敢えずお言葉に甘えた。
そう言えばピーチもクッパ城に連れ去られて来てすぐはお食事タイムだった気がする。
紅茶を淹れて貰って、焼き菓子も出して貰って。
状況がまだ飲み込めないのが悔しいので遠慮なくパクつくが、ピーチは元よりそのつもりだったのでニコニコしているだけだ。


「何を企んでいるんです。急に私を誘拐して」
「? 何を言っているの、もう慣れっこでしょう」
「何がですか」
「誘拐されるの」
「された事ないんですけど」


クッパと出会ってすぐ城に連れて行かれたのは誘拐かもしれないが、結果的にクッパ城に住み込んで仕えるべき主へ自主的に仕えているのだから、あれを誘拐だ何だと非難するつもりは無い。

ピーチはミコトの言葉に小首を傾げて疑問符を浮かべた。
ああ良いなあ、可憐で美しいお姫様はそんな動作が絵になる。
なんてボンヤリ考えていると、彼女の口からとんでもない発言が。


「ミコトあなた、いつもいつもマリオに攫われてクッパに助けて貰ってるじゃない」
「…………はい?」


反応が遅れてしまった。
ピーチがいつもいつもクッパに攫われてマリオに助けて貰ってる、ではなくて?
改めてピーチを見つめても普段通りで、揶揄っている訳ではなさそうだ。
わたしとしてはあなたと会えるから嬉しいんだけれどね、とニコニコ顔。


「いつでも遊びに来てくれていいのに」
「よくそんな事をクッパ様の部下に言えますね」
「友達でしょうわたし達。友達の所へ遊びに行くのってそんなにおかしい?」
「……」


本当に、この国の人はノンビリし過ぎ。
そこに付け込まれている訳だが毎回必ず解決しているなら良いのだろうか。
マリオがだいぶ大変な思いをするだろうが……。
そのノンビリ具合を悪くないと思ってしまうミコトも同類である。


「ってそう言えばなぜマリオは私を攫ったんです」
「クッパと戦いたいからじゃない?」
「クッパ様と戦うのに私を誘拐する必要がどこに?」
「だってミコトみたいな大切な人が誘拐されたらクッパも本気を……って大丈夫?」


誘拐されたら……の辺りから噎せてしまったミコト。
大切な人とは、この流れではミコトの事だろう。


「わ、私はクッパ様の部下です!」
「部下かつ大切な人でしょう」
「ま、まだそういう関係では……いえ、まだとかではなく!」
「あら、じゃあクッパの片思いなのかしら。毎回あんなに血相変えて助けに来るのに」


本当に様子がおかしい。話が見えない。
自分はマリオに攫われたのはこれが初めてだと言うのに、ピーチの口ぶりはまるで何度も同じ事が行われて来たかのよう。
そして自分の事を言わない辺りピーチはクッパに攫われたりしていないのだろうか。


「今頃はきっとミコトを助ける為に一人で冒険している筈よ」


クラウンなど空飛ぶ手段を持っているのだからそれで来ればいいのに、とか、部下を引き連れて来ればいいのに、なんて思わず考えてしまう。
しかしふと、クッパが自分を助ける為にそんな事をしているのだと思うと、心が上擦って小躍りしたくなるような嬉しさで満ち足りた。


「(クッパ様が私を助けようと、危険を冒して旅を……)」


ひょっとしたら助けを待つ間、ピーチもこんな気持ちなのだろうか。
自分の大切な、大好きな人が自分の為に命を張っている。
勿論あまり無茶はして欲しくないし自分の所為で大怪我でもしたら、という不安はある。
それでも愛しいヒーローがただ自分を救う為に行動してくれるなんて。

どうやら知らないうちに笑顔になってしまっていたらしい。
テーブルの向かいに座るピーチが一瞬だけ呆けた顔をした後、すぐにいつも通りの満面の笑顔を湛えた。


「やっと素直な気持ちになったかしら?」
「え……」
「嬉しいでしょう、好きな人が自分の為に行動してくれるなんて」
「まあそれは、嬉しくない訳がありませんけど」
「心配にもなる?」
「ええ」
「それで良いの。自分の為に危険を冒してくれるのが嬉しくて、でも彼の身が心配で。そうやって気持ちを育んで愛は大きく育って行くのよ」


誘拐した側で随分と調子の良い物言いだと思ったミコトだが、ピーチの言う事も当たりなのでここは文句を言わず黙っておく事にする。

果たしてクッパにとって、自分がそんなに大切な存在になれているのかは疑問だ。
軍団内で唯一の人間なので他とは違う特別扱いは感じている。
もしかすると物珍しい“人間の部下”を失わない為の行動であって、自分が大切な存在だとか、そういう事は無関係なのではないかとすら思った。
そう考えると今クッパが危険を冒している事が申し訳ない。
ミコトは居ても立ってもいられずに席から立ち上がる。


「私、帰らなくちゃ」
「ちょっとミコト、駄目よクッパを待たないと」
「だって私の所為でクッパ様に何かあったら……申し訳なくて……!」
「あらあら、心配が嬉しさを上回ってしまったのね。愛されてるわねえクッパ」


それはクッパは主君なのだから部下として心配もする。
けれどピーチはそれすら恋愛に絡めてミコトを微笑ましく見た。


「信じましょう、大好きな人の事なんだから」
「信じるのと心配するのは別問題じゃないんですか」
「それはそうだけど、クッパは強いじゃない。ちょっとやそっとじゃ怪我なんてしないし、殺したって死なない男でしょう」
「だけど無敵じゃない。クッパ様が私の為に傷付いたら……!」
「その時は助けて貰った後で、ミコトが癒してあげれば良いと思うわ」


何を言っても言い包められてしまいそう。
そう言えばピーチが親切すぎて忘れていたが、自分は誘拐されて来たのだと思い出す。
一応 人質なのに逃げ出すのをみすみす見逃す訳は無いだろう。
マリオが既に倒されてしまったのなら話は別だが。

結局また座らされ、紅茶のお代わりまで淹れて貰った。
俯いて落ち込んでしまったミコトをピーチが優しく慰める。


「クッパ様に何かあったら私、もう帰れない……」
「大丈夫よ、何もない。今にミコトを助けに来てくれるわ」
「無事だとしても、私でクッパ様を癒せるかどうか」
「それだって大丈夫。もっと自信を持たなくちゃ」


結局その日は沈んだ気分のまま、ピーチに何とか励まされながら過ごした。
翌日からは少しずつ気分も戻ってクッパを想う余裕も出て来る。
早く助けに来て欲しい、愛しい主の姿を見たい。
窓から外の長閑な景色を眺めながら、ミコトは思慕を募らせた。


++++++


それから数日後。
ミコトは部屋から出され決戦の場となるらしい広間へ連れて行かれた。
そこで天井からぶら下がる大きな鳥籠のような檻に入れられる。
これはもしかして……と期待半分で広間の出入り口を見ていると、その扉が勢い良く開かれ、待ち望んでいた巨体が入って来た。


「マリオ、観念するのだ! ミコトは返して貰うぞ!」
「よく来たなクッパ、因縁もこれで最後にしてやる!」


何だかマリオが悪人のようだが、ミコトにとっては元々そうなので気にしない。
彼がいわゆる“正義側”なのは理解しているので違和感はあるが。
二人の戦いはおおよそ今までミコトが見た事のあるものと変わりない。
ここはキノコ王国でマリオのフィールドなので、クッパに有利に働きそうなものや彼お得意のマシン等は一切無いが、それが無くともクッパはその肉体のみで十分に強い。


「(ああ、クッパ様。やっぱり素敵……)」


やがて勝負はクッパの勝利で決まる。
未だミコトが見た事の無い場面だ。
クッパは檻の鎖を外し、錠前を壊して囚われのミコトを助け出す。
ミコトは思わず自分の遠慮も立場も忘れ、クッパに飛び付く勢いで抱き付いてしまった。


「クッパ様ぁっ!」
「ミコトよ、無事だな。よく耐えた」


何も辛い事は無かったが雰囲気を壊したくないので言わないでおく。
クッパの片腕に座らされる形で抱きかかえられるが、ふと、自分の顔にほど近い位置にクッパの顔がある事に気付くミコト。

……ピーチはマリオに助け出された直後、よくキスを贈っていた。
今なら、今の雰囲気なら許されるのでは……?

ミコトは少々躊躇ったが、今この機会を逃せば次は無いような気がした。
いつも攫われ助けられているとピーチには言われたが、身に覚えが無いのだから。
ここで出来なきゃ女が廃ると、ミコトは勇気を振り絞る。


「ク、クッパ様! 助けに来て下さってありがとうございます!」


言ってクッパの頬に唇を触れさせるミコト。
温かなその感触に寧ろ自分の方が幸せになって……。


「いつまで寝ているのだミコト、起きろっ!」
「へぁっ!?」


目が覚めた。
ここはクッパ城で自分に割り当てられている部屋。
聞こえたのは扉の外からの主の大声。

あ、夢か、なんて呆然と出来たのは数秒で、クッパに呼ばれた事に気付いて慌てて身支度を済ませる。
扉の外に出るとクッパが腕を組んで仁王立ちしていた。


「す、すみませんクッパ様!」
「全く、オマエの姿が見えないと落ち着かんのだ。もっと早起きしろ」
「はい……」


前日に夜更かしした覚えは無いが、夢見が良くて夢中になっていたらしい。
堂々と歩くクッパの後ろについてションボリと歩いていたミコトだが、ふと見た夢の内容が気になった。

攫う人攫われる人助けに来る人、全てがあべこべになっていたが、果たしてあれが現実に起きたとして、本当にああなるのだろうか。
ミコトは前を歩くクッパの後ろ姿に声を掛けてみた。


「あの、クッパ様」
「なんだ?」
「もし……私が誰かに誘拐されたとしたら、どうなさいます?」
「ハァ?」


呆れた声を出したクッパ。
ミコトは自分の見た夢で下らない例え話をしてしまったと恐縮する。
クッパはその呆れた雰囲気のまま首だけで振り返って続けた。


「そんなもの、助けに行くに決まっておろうが。分かり切った事を訊くな」
「……」


それだけ言って、再び前を向き歩き出したクッパ。
しかし“それだけ”で、ミコトの心は満たされる。


「クッパ様、これからも誠心誠意お仕え致します!」
「それもまた当然の事だな」


つまり、これからもミコトを重用してくれるという事。
暗雲垂れ込める不穏なクッパ城は、今日もまたミコトにとって愛すべき楽園のままなのだった。





*END*



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