烈火の娘
▽ 3章 決意の黄昏


仲間を増やしたわたし達は更に西へ向かい、今日は朽ちた砦で一夜を明かす事になった。
本当は宿を取れればいいんだけど、この辺りも山賊の被害が多くて旅人をもてなす余裕が無いとか。
一番悲壮な顔をしているのはセインさんで、危惧された女性陣は割と平気そうだったりする。


「こんなボロ砦しか寝る場所がないなんて……あんまりじゃないですか?」
「ここで充分じゃない。ちゃんとした建物の中より、風を感じられるくらいの方が私は好きだわ」
「私は、リンと一緒ならどこでも平気よ」


リンもフロリーナも平然としていて、わたしは本当は不安なんだけど口にする事が出来ない。
野宿なんて初めてだし、山賊も居る国だから治安も不安だし、それが無くても虫とか蛇とか……。
それが顔に滲み出てしまったのか、セインさんが味方を見つけたとばかりに目を輝かせる。


「アカネさんは不安そうな顔をしていますよ! やはり不安ですよね!?」
「え……。あ、まあ、山賊とか居ますし……」
「では護衛のため、このセインがアカネさんの横でご一緒に……」
「セイン、お前は私と交代で寝ずの番をするんだ」


話の方向がズレた直後、ケントさんがセインさんの背後から耳を引っ張る。
痛い痛いケントさん放して! とセインさんの悲鳴と共にいつも通りの漫才が繰り広げられ、わたしもリン達も笑みを零した。
そしてリンはわたしの方に歩み寄って来て、ぎゅっと手を握ってくれる。


「大丈夫よアカネ、ケントと……セインもああ言ってくれてるし、私達がついてるから、ね」
「うん……分かった、他に休む場所も無さそうだし、屋根と壁があるだけ外よりマシかな」


セインさんを無視したまま話がまとまり、砦の中へ入るわたし達。
中央に部屋があり周りを取り囲むように少し広めの廊下が走る単純な構造で、寝るならここが良いと部屋へ入ろうとした。
でもその時、その部屋の中から誰かが現れる。


「あの……」
「誰っ!?」


突然の事にリンがわたしを庇うように立ち塞がり、他の皆も警戒を示す。
わたしもかなり緊張してそちらを見ると、窓から差し込む夕暮れに浮かび上がったのは長い茶髪を一つに結び、肩から前に垂らしている女性。
かなり大人しそうでおどおどしている彼女はナタリーと名乗るけど、更に歩み寄ろうとした時不自然に躓いた。
慌ててリンが支え、よく見るとナタリーさんは足を引きずるようにしている。
どうやら小さい頃からの病で、あまり遠くへは行けないという。
そんな彼女にリンは怪訝そうな顔で問うた。


「なのにどうして、一人きりでこんな所に?」
「私の夫がこの近くに居ると聞いたんです。夫は私の足を治すためにお金を稼ぐと言って……村を出たきり戻りません」


連絡もつかず、何かに巻き込まれているのではと不安になったらしい。
旦那さんの似顔絵を見せてもらったけど、わたし達の知らない顔だった。
ドルカスという名前……その名も知らない。
会ったら必ずナタリーさんの事を伝えると約束し、取り敢えず彼女を村まで送ろうかと話していると、ふと、妙な気配。


「あれ……」
「アカネ?」
「……なんか、ちょっと……ごめん!」


気になってリン達が止めるのも聞かずに、部屋の南にある出入り口へ。
……見なきゃ良かったと一瞬だけ思ったけど、すぐに思い直して、よく見つけたと自分を褒める。
すぐさまリン達の元へ駆け戻り、声を張った。


「大変、砦の外に武器持った人が沢山いる! 山賊の追っ手みたい!」
「なんですって!?」
「どうしようリン、囲まれてるかも……!」
「……出て行って戦ったら動けないナタリーが危ないわ。幸い出入り口が二つしかないみたいだし、引き入れて戦った方がいい。アカネ、あなたはナタリーと中に居て」
「う、うん。気を付けてね……」


リン達はすぐに窓や出入り口から周りを確認し、敵の多い南口はケントさんとセインさん、ウィルさんの三人で、手薄な東口はリンとフロリーナの二人で守る事になる。
わたしはナタリーさんを支えながら部屋に入り、奥の方へ座らせる。
出入り口以外は窓もない部屋だけど、所々朽ちて崩れた壁や天井から頼りない明かりが入って来る。

わたしはファイアーの魔道書を手に、座り込んで溜め息を吐いた。
死なない、死にたくないと決めたとは言え、戦って守ってくれる皆に申し訳なくて仕方ない。
一番守られるべきなのはリンなのに、そんな彼女さえわたしを庇う。
ただただ平身低頭に謝り、消え去りたかった。


「あ、あの、本当に申し訳ありません」
「え……ナタリーさん?」
「私さえ居なければ、逃げる事も出来たかもしれないのに……」


なぜ急に、と思ったけどすぐに思い当たる。
さっきのわたしの溜め息をナタリーさんに向けた物だと勘違いされたんだ。
わたしは慌てて、違います違いますと手を振る。
自己嫌悪で人を傷付けては救いようがない。


「わたしが役立たずだから……今みたいに。皆は戦っているのに申し訳なくて、いつも謝る事しか出来なかったりで……」
「……感謝、してみては如何ですか?」


ナタリーさんの言葉が思いがけなくて、わたしはバッと顔を彼女へ向けた。
彼女はそれにも驚いたみたいだけど、すぐ穏やかな微笑になって続ける。


「私も今のあなたのように、夫に対して申し訳なく思い謝ってばかりでした。こんな足だから出来る事が少なくて、迷惑を掛けてばかりで……」


しかしナタリーさんの旦那さんは、謝られると悲しいと言ったという。
本当にナタリーさんの事が大事だから世話を焼いているのであって、そんな大事な人が悲しい思いをして自分を責めているのを見るのが辛いと。
だから笑って、どうせならお礼を言って貰える方が嬉しいんだと。
まだ会ったばかりだけどナタリーさんの目には、わたしがリン達に……少なくともリンには大事にされているように見えた。
だから謝るのではなく、心からのお礼をしてみればいいと彼女は言った。


「そして、自分は出来る事を精一杯やるんです。“出来るけれどやらない事”が無くなるように、自分に出来る事は必ずやると私は決めています」
「“出来るけれどやらない事”が、無くなるように……」
「はい。無理はしなくていいんです、出来る事を探して、見つけて、それを精一杯やれば」


微笑むナタリーさんを見ていたら、全然似てないけど少しお母さんを思い出してしまった。
泣きそうになるのをぐっと堪えて考える。
出来るけれどやらない、それは一部例外を除いてとても卑怯な事だと思う。
でも今のわたしに出来る事がとても少なくてなかなか思い付かない。
今のわたしでリン達の役に立つ事は一体……。

その瞬間、朽ちた部屋の入り口から物音がした。
わたしとナタリーさんがハッとしてそちらを見ると、斧を持った山賊と剣を持った山賊、弓を持った山賊の三人が居て……。
わたしは戦慄した。賊が目の前に居るのは勿論、こんな所まで入り込まれたという事は、まさかリン達が負けたんじゃないかと血の気が引く。
でも次の山賊の言葉にそうではないと分かって少しだけ安堵した。


「西側の壁が脆くて助かったぜ、他で戦闘してる間に忍び込めるなんざ運が良いな」
「このままじゃ負けちまう、せめて土産だけでも持って帰らねえと」


リン達が負けた訳じゃない。むしろ優勢みたい。
でも安堵はほんの一時、今わたし達は危機的状況に陥ってしまっている。
ナタリーさんを背後に立ち、魔道書を構えて。
わたしは今、ここで勇気を出せば“出来るけどやらない事”を一つ減らせる事に気付いてしまった。
以前は恐怖のあまり吐き気まで催した、今だって怖くて足が震えてる。
だけどやらなきゃ、人生が終わるかもしれない。

信じろ、自分を!
お母さんは信じる事から始まるって言ってた!
ここで自分を信じてやらなきゃ、終わっちゃう!


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!!」


飛び道具はまずいと思って弓を持っていた山賊を真っ先に狙う。
直撃した炎の塊に肉の焼ける音、吐き気が込み上げて来たけど耐えた。
次に斧を持った山賊に炎を放ったけど既に剣を持った山賊が迫っていた。
斧を持った山賊に炎が直撃したのと、剣を持った山賊がわたしに斬り掛かったのはほぼ同時。

恐怖に目を瞑り、ナタリーさんの悲鳴が聞こえて。
だけどいつまで経っても想像していた痛みが来ないから、恐る恐る目を開けると……。
剣を持った山賊が背中に矢を受けて絶命していて、入り口にはウィルさん。


「アカネ、大丈夫か! 間に合って良かった……」
「あ……ウィルさん」


その場にへたり込みたかったけど、それも耐える。
生き残る為に皆、当たり前にやってる事なんだ。
耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ、わたし!
この国は日本とは違う、甘ったれてちゃ生きられない!


「ウィルさん、有難うございます。でもわたしは大丈夫ですから、他の皆さんを助けて下さい!」
「ああ、もう粗方片付いたから大丈夫だよ。様子がおかしいから見て来て欲しいってケントさんに頼まれたんだ。それより怪我はないんだよな? 傷薬いらないか?」


ウィルさんが駆け寄って、肩を叩いてくれる。
それにホッとして、目に浮かんでいた涙が零れ落ちてしまった。
ギョッとしたウィルさんが慌てて、やっぱ怪我したのか、どこが痛いんだとオロオロしてる。
わたしは涙を拭い、大丈夫ですと何度か繰り返した。

やがてリン達が戻って来て戦いは終わった。
そしてリンはナタリーさんにも良い知らせを持って来る。知らせ、どころか。


「あ、あなたっ!」
「……すまん、ナタリー」


話を聞けば、山賊に雇われて働いていたらしいナタリーさんの旦那さん……ドルカスさん。
リンの説得に応じて仲間になり、一緒に戦ってくれていたとか。
ドルカスさんはわたし達が傭兵団を名乗っていると聞き、雇ってほしいと言って来た。
稼ごうにもこの辺りではマトモな仕事が無く、何にせよ遠出しなきゃ無理。
こちらとしても戦力が増えるのは有り難いし、ナタリーさんも納得しているから断る理由もない。

取り敢えずナタリーさんを送って明日戻って来るドルカスさんと一旦別れた。
そしてわたしは、ある事を話すべくリンの側へ。


「リン……あのね、さっきわたしとナタリーさん、崩れた西側から侵入した山賊に襲われたの」
「えっ!? 大丈夫なの、怪我はしてない!? ごめんなさいアカネ、私が守るって言っておきながら、またこんな……」
「違うの、リンを責めたくて言ったんじゃない! 聞いてリン、今まで足手まといにしかならないわたしを大事に守ってくれて、本当にありがとう」


まるで別れのような言葉にリンがびくりと体を震わせ、すぐさま抗議の口を開きかける。
けれどわたしは再びそれを制して、油断すると頭をもたげる恐怖心を押し込めながら続けた。


「これから先リンの旅は更に険しくなると思う。今回誰も居ない時に襲われて痛感した、わたしも戦わなきゃ駄目だって」
「アカネ……」
「わたしは魔法を使える、戦える。“出来るけどやらない”って、この場合は凄く卑怯だと思うの。今まで戦えない……戦わないわたしを仲間に入れてくれたリン達の為に、“出来る事をやらない”なんて自分を終わりにしたい。だからわたしにも戦わせて! 暫くは足手纏いのままかもしれないけど、きっと強くなるから!」


情けない事に、また目には涙が溜まっていた。
けれど今目を逸らしたら決意が塵になって飛んで行く気がして、リンの目を見たまま逸らさない。
リンは驚いたように目を丸くしてわたしをみていたけど、すぐ困ったような笑顔になってわたしの頭を撫でてくれた。


「……分かった。心配だけど強くなった方がアカネの為になるかもしれないしね。でも約束して、暫くは決して一人では行動しない事。いい?」
「うん。今までありがとうリン、そして、これからもよろしくね」


守られてばかりの、“戦えない”ではなく“戦わない”自分との決別。
平和に暮らしていた日本と決別したようで背筋が凍ったけど、それには気付かない振りをした。

日もすっかり暮れ、ようやく落ち着く。
何をしでかすか分からないセインさんにリンが釘を刺し、ケントさん達に見張りを任せてわたし達は休む事になった。
いつも通り、少し修学旅行を思い出して微笑ましくなっていると、フロリーナが話し掛けて来る。


「ねえアカネ、どうして笑っているの?」
「ちょっと修学旅行を思い出しちゃって」
「修学……旅行?」
「あれ? この大陸には無いのかな? 学校で同じ学年の生徒みんなで旅行に行くの。クラスメートと同じ部屋に寝泊まりして、楽しかったなあって」
「楽しそう……。いいなあ、わたしもリンやアカネとそんな事してみたい」


思えば今の状況は、修学旅行だなんて言ったら不謹慎にも程がある。
リンは理不尽な理由で命を狙われているんだから……。
だけど当のリンが、何を話してるの、私も混ぜてと入り込んで来たので、寝るまでの間はガールズトークに花が咲く事になるのだった。

……その、夜中。
何だか妙な気配を感じて目を覚ましたわたしは、起き上がった目の前にセインさんの顔を見つけて悲鳴を上げてしまった。
すぐさまリンが起きて、アカネに何したのよー! って怒号を上げて、ケントさんが来てフロリーナも目を覚まして、と大騒ぎになってしまう。
セインさん撃退には成功したけどすっかり目が覚めたわたしは今、外に出て見張っているケントさん達と一緒に居る。


「すまないな、私の連れが無体な事をした」
「い、いえ……。ケントさんもお疲れ様です」


当のセインさんはぶつくさ文句を言っていたけど今は寝ていて、さっきの騒ぎで目を覚ましたウィルさんも眠りに落ちた。
優しい夜風が草花をゆらしてわたしの頬を撫でる。
心地良い涼しさに身を任せて星空を眺めていると、不意にケントさんが話し掛けて来た。


「アカネ、夕方の君の決意、真摯で素晴らしいと私は思う」
「え……あれですか。何か恥ずかしいです……」
「君に疑念を抱く私としては頂けなかったが」


その言葉にハッとする。
そう言えばわたしはケントさんに疑われてる。
リンを殺そうとしているラングレンの回し者じゃないかと、そう。
そんな証拠は無いけど違うという証拠も無い。
だけどケントさんは、わたしの予想だにしない事を言った。


「だが今は、なぜ君を疑ったのか分からない。フロリーナやウィルを疑う余地はなかったし、ならば君も疑う必要は無いと思う」
「え……」
「何よりリンディス様を手に掛けるなら、共に暮らしていた二ヶ月の間に機会は幾らでもあった筈だ」


疑ってすまない、と頭を下げるケントさんに、別にいいですよと笑って頭を上げて貰った。
こうして誤解が解けるのは嬉しくて、夕方の恐怖が嘘みたいに消えて行く。
けどケントさんの言葉は、まだ終わらなかった。


「時にアカネ。不躾な質問かもしれないが、一つ訊いてもいいか」
「え……はい」
「……君は、私やセインにどこかで会わなかったか?」


その質問にわたしは疑問符を浮かべるばかり。
ケントさんが言うのは、リンとリキア国へ帰郷の旅に出る前の話だろう。
けど二ヶ月間リンと2人っきりだったし、その前は日本に居た。
だから会うのは有り得ませんと言うと、ケントさんは、そうか、とだけ言って黙り込んでしまう。

少し気になったけど、わたしはすぐそれを忘れた。
黙り込んだかと思ったケントさんが、これは決してセインのような軟派な意図は無い、と顔を赤くしてフォローしたのが、何だか可愛らしく見えておかしかったから。


++++++


翌日にドルカスさんと再会して彼を迎え入れ、わたし達は更に西へ。
そして数日を歩き、遂にベルンとリキアの国境へやって来た。
山賊達もまさか国境を越えてまで追って来ないだろうし、もう安心だ。

明日には名物のタル酒とあぶり肉を口にできるし、評判のリキア美人が居る宿に泊まれるとセインさんは大張り切り。
まるで旅行でもしているようなセインさんの態度を窘めたケントさんが一つ溜め息を吐き、それを見て苦笑するわたし達。
誤解が解けてから、ケントさんに薄ら感じていた恐怖心も完全に無くなって、以前より遠慮なく笑える。
……まあ、今まで毎晩毎晩わたし達の寝床に侵入しようとしたセインさんを、もっと懲らしめて欲しい気持ちはあるけど。

それから更に西を目指して歩いていたわたし達は、再び妨害に遭ってしまう。
武器を持った山賊達が現れ、わたし達の前に立ち塞がった。


「おうっ! こっちだ!! やっと見つけたぞ!!」
「わっ! まだ追って来た!」


ウィルさんの声にそちらを見れば、奴らのリーダー各らしい男の姿が。
……どうでもいいけど山賊って、なんで見た目までアレなんだろうか。
いや、人の顔をアレコレ言っちゃ駄目だしわたしも言えた顔じゃないけど。


「このまま逃げられると思うなよ、お前ら! お前らを逃がしたとあっちゃ、ガヌロン山賊団の名折れなんだよ!」
「あなたの顔が潰れようが恥になろうが、こっちには関係ないわ! 私達はリキアへ急いでいるの、邪魔するなら容赦しない!」


……危ない。山賊の顔の事を考えてたら、リンの顔が潰れる発言で思わず吹き出しそうになった。
また戦いが始まるし、少しでも気を紛らわす為に笑った方が良かったかな。
……いや、やっぱ駄目だ。真面目にやろう。

……なんて考えている間に始まってたらしい。
リンに袖を引っ張られてすぐさま我に返る。


「アカネ、私の援護をお願い。絶対に私から離れないでね」
「分かった。頑張る!」


いよいよだ……。
今までも何人か人を殺して来たけど、これからは数え切れない程の人を殺さないといけない。
緊張する、心臓がうるさい、だけどやらなきゃ。
わたし、生きたい!


「キャーキャーキャーキャァーーーーッ!!!」
「ぅ、え?」


せっかく人がシリアスに決めてたのに、それを見事に打ち崩す悲鳴。
可愛い声なのに、“絹を裂く”より“硝子を割る”という表現の方が似合いそうな。


「今の悲鳴は……!?」
「リン、なんか向こう! あっちに誰か居る!」


リンと一緒にそっちへ向かうと、ピンクの髪をツインテールにした美少女と、紫の髪を耳の下辺りまで伸ばした美少年。
なんて美形カップル! と思ったけど、少年の方はうんざりした顔をしてる。
あれ? なんかナイスカップルって雰囲気じゃないな。


「あの、ちょっといい? どうして山賊と戦ってるの?」
「……成り行きです」
「違うじゃないっ。私達、あなた達の仲間だと誤解されたのよ!! もういい迷惑、なんとかしてちょうだい!!」
「君が野次馬根性を出さなければ巻き込まれてないだろ? すみません、僕らの事はお構いなく」


テンション高くキーキー喋る女の子と、冷静……というか冷めてる男の子。
ああ、別にナイスカップルじゃなかった。
これまた見た事ない髪色の美少女美少年だったからちょっと期待したのに。
どうせ戦うなら一緒に戦わないかというリンの提案に、少女が少年の意志を無視して乗っかる。
「え」と絶句した少年が何だか哀れだ。

少女の名はセーラで、少年はセーラの護衛として雇われたエルクという人。
ハァ、と溜め息をついたエルクにケントさんの顔が重なり、苦労性の人って大変そうだな、と人事のように思ってしまった。
そう言えばエルクは魔道書らしき物を持っているけど、セーラは杖しか持ってない。
まさかあの杖で殴り掛かって戦うの……? と想像していたら、急にセーラが彼の方へ向き直った。


「さ、私みたいなか弱い美少女が何の役に立つのか不安だろうから、力を見せてあげるわ!」


……わたしが、セーラが手にした杖で山賊をタコ殴りにしている場面を想像した事は黙っていよう。

セーラが杖をエルクに向けて掲げると、突然、青い神秘的な光が溢れる。
それはエルクを包み、瞬時に彼の傷を癒した。
今までの姦しい様子からは想像もつかない神秘さについ声を上げてしまう。


「すっごーい、それに綺麗で神秘的!」
「あら、あなた正直者ね。もっと褒めてくれていいのよ……って、あれ?」


声を上げた事でセーラは初めてリンの背後に居たわたしを見たらしい。
けど褒められて得意気だった顔がすぐ怪訝そうな物に変わってしまう。
まさかさっき、セーラが杖で暴れている場面を想像したのがバレた!?
……とか焦っていたら、妙な質問をされる。


「……あなた、どっかで会わなかった?」
「え……」
「名前は?」
「アカネ、だよ」
「アカネ……。知らないわ、勘違いか。でも確かにどっかで……」


ケントさんにもどこかで会わなかったかと訊かれた。
でもそんな事なんて有り得ない、この大陸に来てからはずっとリンと二人きりだった。
セーラは暫く考え込んでいたけど、ま、いいかとすぐに調子を元に戻す。

他方でもケントさん達が戦いを繰り広げている。
わたしはリンやセーラ達と一緒に行動を開始した。
相変わらずリンに庇われなければ戦えない自分が情けないけど、自己嫌悪している暇なんて無い。
戦わなかった今までに比べれば進歩したんだ、と自分に言い聞かせ、少しでも慣れるべく積極的に攻撃を加えて行く。
相変わらずの残酷な光景に気分は悪くなるけど必死に自分を保ち、強くなるんだと言い聞かせる。
そんな折、ふとエルクが声を掛けて来た。


「アカネ、だったかな。君も魔道士なんだ」
「あ、うん。まだ見習いというか初心者というか、そんな感じだけど」
「そうなんだ? 魔法に威力があるから、結構熟練者かと思ったけど……」


エルクの言葉に、わたしは絶句してしまった。
今まではわたし以外に魔道士なんて見た事もないから比較対象が居なくて、自分の魔法は何にもなっていない初心者丸出しだと思っていた。
だけどエルクの魔法とよくよく見比べてみると、エルクが2・3回の攻撃で敵を倒しているのに対し、わたしは毎回一撃だ。
……ひょっとして、わたしってその気になれば、ある程度は戦える?
まさか、と思いたかったけど、一度思い浮かべたら期待が次々と出て来る。

やがて敵を倒してしまい、残るは親玉のみ。
今までリン達が倒してきた山賊団とは言え、さすがにここまで来て弱い者を仕向けたりはしない。
セインさんが囮になって、隙を突いてわたしとエルクで攻撃する事に。
敵に魔法の心得は無いみたいだし、おそらく苦戦する事はない筈。
状況も読めない山賊にセインさんが挑発を掛ける。


「ガヌロン山賊の恐ろしさ、教えてやるぜ!」
「あーやだやだ、ここまで来て自分が負ける事も気付かないなんてね。せめて顔が良かったらもうちょっと救いが……」
「て、テメェっ!!」


掛かった。セインさんが馬を繰って飛び退き、その後ろには魔道書を構えたわたしとエルク。
詠唱は既に済んでる、あとは魔法を放てば……。
でもその時、予想だにしない事態が起きた。
ヤケになったのか山賊が手にしていた斧を投げ、それはエルクの方へ。
間一髪で避けたけど、含蓄していたエルクの魔力が解けてしまった。


「アカネ!」


武器を失ったのにまだ諦めない山賊がわたしに向かって来たのを目にし、控えていたリン達が攻撃しようと駆け寄って来る。
でもわたしはその場から動かず、作戦通りにファイアーの魔法を放った。
そしてわたしの都合の良い妄想だった筈の光景が目の前で起き、山賊は一撃で葬り去られたのだった。


「アカネ! よかった、ご苦労さま。これで大体終わったわ」
「うん、勝ったよリン」


山賊の死体を見ないように努めつつ、リンとハイタッチを交わすわたし。
そうしたらセーラとエルクが歩み寄って来る。


「驚いたわアカネ、あなたって強いのね! エルクが役に立たなかったわ」
「……今回ばかりは返す言葉もないよ。アカネ、有難う」
「あ、うん。まさか山賊があんな事するなんて思わないし、仕方ないよ」
「っていうかリン達も強いじゃない! こんな人達って居るもんなのね」
「エルクの魔法やセーラの杖にも助かったわ。それじゃあ私達、もう行くわね」


リンがセーラ達に挨拶し、わたしも一礼してから立ち去ろうとする。
……が、次の瞬間、わたし達の横を素早く通り過ぎる一つの陰。
それがセインさんだと分かった瞬間にリンは無視して立ち去ったけど、わたしはつい足を止めた。
そう言えばセインさんは最後の敵の前で合流するまで別行動だったから、セーラをよく見てないんだ。


「おおー! これは野に咲く花か、はたまた蝶か! なーんと、可愛らしいお嬢さんなんだ!」
「あら、あなたリンのお供?」
「セ・イ・ン! とお呼び下さい!」
「私はセーラ。オスティア家に仕えてるわ」
「セーラさん……素敵な響きだ! 俺はキアラン家に仕えております」
「まぁ! じゃあリンってキアラン家の人なの?」


ちょ、セインさんそんなアッサリと名乗って!
勘弁して下さい、お願いだからリンが命狙われてるって自覚を持ってー!
でもわたしは直後、セーラの目が光った……ような気がして黙り込む。
セインさんは更にずけずけと侯爵様とリンの血縁関係を話し、わたしはそれを聞いたセーラの呟きを聞き逃さなかった。


「ウフフ、権力のある人に恩を売っとくとこの先、いい事あるかもね〜」


その呟きの後案の定セーラは、リンに付いて行く事をセインに提案。
うんざりした顔で溜め息を吐いたエルクと目が合ったから、苦笑しておいた。

こうしてわたし達はセーラとエルクを仲間に加え、無事にリキア国への国境を越える事に成功。
リンの故郷に来た訳だけど、同時に敵の懐に飛び込んだ事にもなる。
これから先、更に苛烈になるであろう戦いを想像し、わたしは炎の魔道書をぎゅっと抱き締めた。





−続く−


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