烈火の娘
▽ 2章 存在価値とは


空はひたすら蒼く、高く突き抜けている。
西の方角にあるリキア国を目指して旅立つ事になったわたしとリン。
彼女が貴族のお姫様だなんて知って驚いたけど、態度の変わらないリンにわたしは救われた気持ち。
そう言ったらリンにそのまま返された。
アカネの態度も変わらないから救われてるって。
そう言われると照れくさくなって笑ってしまった。

今わたし達はブルガルの街はずれにある小さな祭壇に向かっている。
精霊が宿るというその場所は、昔からサカ族の聖地だったってリンが教えてくれた。


「その祭壇には宝剣が祭られてるの。サカの民が長い旅に出る時には、そこで無事を祈っていくのよ」
「へえー。何か凄そうな場所だね、わたしも行っていいのかな?」
「いいに決まってるじゃない、アカネも一緒に旅立つんだから」
「ああっ、リンディス様にアカネさん! 俺にも手取り足取り詳しく教えっごふっ」


急に割り込んで来たセインさんをすかさず、ケントさんが鞘で殴る。
まるで漫才のような掛け合いに笑いを堪えているわたし達を見てちょっと咳払いし、ケントさんが代わりに口を開いた。


「エレブ大陸で信徒が一番多いのはエリミーヌ教ですが、この地では太古の慣わしが受け継がれているのですね」
「……エリミーヌ教?」
「何だ、君はエリミーヌ教を知らないのか?」


初めて聞く宗教だ。
大陸で一番多いなんて言うなら授業とかで習いそうな気もするけど、習った覚えなんて無い。
世界で目立って多い宗教はキリスト教とイスラム教、仏教じゃないの?
意外そうで、こんな事も知らないのか? と言いたげに怪訝な表情をしたケントさんに、リンがフォローがてら説明してくれる。


「どうやらアカネは、エレブ大陸の出身じゃないらしいの。ユーラシアって大陸のニホンって島国から来たんだって」
「ユーラシア大陸……? 聞き覚えの無い大陸ですね」
「それで、アカネさんはどうしてエレブに?」
「それが、分からないんです。気付いたら草原に倒れていて、2ヶ月リンにお世話になりました」


わたしの言葉にケントさんもセインさんも怪訝そうに顔を見合わせる。
確かに、普通は信じられないだろうな、こんな話。
祭壇へ向かう道すがらにエリミーヌ教や過去の歴史を教えてもらったけど……。
信じられない、千年前に竜がいて、人と大戦争していたなんて。


「その人竜……戦役? で人が勝ったから、こうして繁栄してるの?」
「そうよ。それでエリミーヌ教って言うのは、さっき話した八神将の一人、聖女エリミーヌが祖となっているの」
「なるほどねー……」


竜が居るなんて聞いた事がない……けど、わたしは既にそれらしいモノを実際に目にした。
お父さんを、お母さんを、お兄ちゃんを食い殺し家を燃やした、あの存在。
この大陸に竜が本当に居たとしたら、無関係だなんて到底思えなかった。
ひょっとして、神様がわたしにくれた復讐のチャンスなんだろうか。
まるで自身まで燃えているような真っ赤な体をした、高熱の炎を吹く竜。
そんな存在を相手にわたしが何か出来るとは思えないけど、実際に目の前に居ない今、思い出せば憎しみが湧いてしまう。
わたしはケントさんやセインさんに訊ねてみた。


「……竜って、本当にどこにも残ったりはしていないんですか?」
「これからリキアへ向かうに於いて通らねばならないベルンという国には、飛竜と呼ばれる竜を使役する騎士団があるが……人竜戦役で戦った竜とは全く別物らしいからな」
「っていうか竜がまだ残ってたら大陸全土が大騒ぎじゃないですかね。ああでも、例え竜が出ようとアカネさんの事は俺が守っぐふっ」


あ、またセインさんが鞘で殴られちゃった。
すんごく痛そうなんだけど大丈夫なのかな。

……取り敢えず、復讐しようにもすんなりいかない事だけは分かった。
って言うか、居ないんじゃ復讐なんて不可能だよ。
なんて考えているとリンが心配そうに訊ねて来た。


「アカネ、どうしたの? ちょっと顔色が悪いんじゃない?」
「……前にわたしの家族を殺した“化け物”が、竜だったんじゃないかって思えちゃって」
「それ、本当!?」
「うん。真っ赤な体で炎を吹いてたけど……」


わたしがそう言うと、ケントさんが昔の竜には氷竜や火竜が居たらしいと教えてくれた。
わたしが敵討ちする相手は、その火竜なんだろう。
まあ竜なんて居なくなっちゃったらしい今、不可能だとは思うけど。


「……アカネ、君は家族を失っているんだな」
「はい、ケントさん。ちょっとあれは……キツかったですね。化け物の口の周りに血が付いてて、牙には……お母さんのエプロンが引っかかってて、家の中なんて……、辺り一面、火の海、で」
「い、いや、言わなくてもいい。すまない、辛い事を訊いてしまったな」
「いえ……」


ケントさんが慌てて謝り、わたしもうっかり泣きそうになったのを堪えた。
ただでさえわたしは完全に信用されていないのだから、妙な壁になるような事はしたくない。
暗くなった雰囲気を払拭する為に私が笑顔を見せると、リンはホッとして何も言わないでくれた。
すぐにセインさんが、ああアカネさんの笑顔は何て愛らしいんだとか恥ずかしい事を言って、またケントさんに殴られてたり。

やがて前方に幾つかの民家、そして奥の方には石造りの建物が見えた。
この辺りは森や小さな山もあってのどか。


「さ、アカネ、あれが私の言った祭壇よ。さっそく行って……」
「待ってリン、何か様子がおかしくない?」


何だか分からないしここからは祭壇の壁しか見えないけれど、わたしは急に嫌な予感に襲われる。
なあに? とリンが立ち止まった瞬間、祭壇の方からおばさんが走って来た。


「ちょ、ちょっとおまえさん達! もしかして、東の祭壇に行く気かい?」
「ええ、そのつもりだけど……」
「だったら、中にいる司祭さまを助けとくれよ。今さっき、この辺りでも評判のならず者一味が祭ってる剣を奪いに祭壇へ向かって行ったんだ!」
「剣を……奪うですって!?」


話を聞いた途端、リンは表情を険しくして携えた剣に手を掛けた。
そんな事許せない、といきり立ち、このままじゃ始まっちゃうんだろう。
リンの気迫に強そうな集団だと判断したのか、おばさんは後を任せて立ち去る。
すぐにセインさんがリンにどうするか訊ねるけど、あの顔を見る限り助けに行くのは決定だ。


「アカネは……南にいくつか民家があるから、その辺りに避難してて。人も居るから比較的安全だと思うわ」
「うん。リンもケントさんもセインさんも、気を付けて」
「お任せ下さいアカネさん、ぱっぱと片付けて来ますから!」
「……妙な行動は、決してしないように」


東へ向かうリン達と別れたわたしは南の民家が点在する方へ逃げた。
戦う術は一応持っているというのに、わたしは何もする事ができない。
足手まといにしかなれない現状は悔しいけれど、悔しがったって何も出来ない事に変わりはない。
大丈夫、きっとリン達なら無事だと自分に言い聞かせて気を紛らわせた。
……そうして暫く時間が経った時、誰かがわたしに声を掛けて来る。
見れば、さっきわたし達に助けを求めて来たおばさん。


「さっきの子だね。一緒に居た子たちはどうしたんだい、まさか司祭さまを助けに?」
「あ、はい。わたしは留守番なんですけど……」
「そうかい。しかし大丈夫かねえ、さっき言い忘れていたけど、騎士さんとかも居ただろ?」
「え? な、なにかマズい事があるんですか!?」


わたしの質問におばさんは、ちょっとだけ躊躇いつつ教えてくれる。
あの祭壇の辺りには小高い山があって、馬ではロクに動いたり戦ったり出来ないかもしれないらしい。
その言葉にわたしは嫌な予感がしてしまった。
リンならケントさんやセインさんが一緒に行けなくても一人で突入してしまうかもしれない。
だけどならず者が何人いるかも分からないし、一人でなんて危険。
万が一の事があっても誰も助けられない。


「どうしよう、リンなら一人でも突入しちゃうかも……。おばさん、他に道ってないんですか!?」
「道かい? あの辺りは山があるから道はないけど、古い建物だから祭壇の壁にはヒビが入ってる事があってね、武器で壊したら通れるようになるはず」
「本当ですか!? ありがとうございます、仲間に伝えに行ってきます!」
「ああ、あんた達だけが頼りだよ! 頑張っとくれ!!」


おばさんに見送られ、わたしはリン達を追い掛けて祭壇の方へ向かった。
出発してから、ならず者が残ってたらどうしようと不安になってしまう。
でも早くしないとリンが無茶な事をしてしまうような気がして、どうか敵が居ませんように、と祈りながら走るしかなかった。
ドキドキする、苦しくて何だか心臓が痛い。
この辺りは森も点在しているから隠れる場所はあるんだけど……。
そう考えながら走っていたら前方にリン達を発見した。


「リン、ねえリンっ!」
「え……アカネ!? どうして来たの、危ないじゃないっ!」


丁度リン達の周りに敵はいなくて良かった。
もし戦闘中だったらどうするの、と怒られてしまうけど今はそれどころじゃない。


「リン、祭壇の前には山があって、馬は通れないかもしれないって」
「え……あ、そう言えば確かにあったわ。久し振りだから忘れてた」
「如何致しますリンディス様、馬ではきっと通れないでしょう」


ケントさんが考えながら言うけど、わたしは解決策を知っている。
役立たずなわたしがやっと実になる事を出来るのは正直に嬉しい。


「でもね、祭壇の壁にはヒビが入ってる所があって、武器で攻撃すれば壊せるかもしれないって! さっきのおばさんに教えて貰ったから、急いで教えに来たの」
「本当ですかアカネさん、ああ何と健気な方なんだ、これを教える為に危険を冒して来るなんて!」
「……あのセインさん、手、放して下さい」


セインさんがすぐに近寄ってわたしの手を取るものだから、一気に恥ずかしくなって顔を俯けた。
そんな所も愛らしい! と盛り上がった彼の手をリンが素早く叩き落とす。
祭壇の壁を壊すなんて……と少し渋っていた彼女も、司祭様を助ける為ならやむを得ないとのケントさんの説得に応じた。
わたしはと言うと、帰りに何かあったらいけないからという事でリン達に付いて行く事に。
祭壇の壁を調べて行くと確かに所々ヒビがある。
特に大きなヒビを見付けてケントさんが壊そうとした時、ふと思い立つ事があって声を掛けた。


「待って下さい!」
「? なんだ、まだ何かあるのか?」
「いえ、その……壁を壊すのはわたしにやらせて貰えませんか?」


いざ身を守ろうとしても肝心の魔法を使えなかったら意味がない。
だってわたし、使えそうなのは魔法しかない。
剣や槍なんて絶対ムリに決まってるよ……。
ケントさんはわたしの意図を読み取ってくれたのか、下がってくれた。
わたしは町で買ったファイアーの魔道書を手に壁のヒビに対する。


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」


敵が壁だなんて、考えたら間抜けな気もする……。
でも相手が何であれ、わたしの手に出現した炎は目標へ飛んで行き見事に壁を破壊した。


「やった……、できた、魔法使えたよリン!」
「凄いじゃない! やっぱりアカネは魔法を使えるだけの素質があるのよ。じゃあ後は私達に任せて、終わったら呼びに来るわ」


今度こそ完全に見送って、あとは周りに注意しながらただ待っていた。
実際に出来た訳だけれど魔法を使えたなんて未だに信じられない。
呪文を唱えている間、何かがわたしの中を巡って指先に集まって来た。
そこから炎が放たれたって事は、その“何か”ってやっぱり魔力……みたいな物なのかな。
もう一度、炎が出て来た手をじっと見る。
反対の手で握ってみたけれど別に熱くはない。

やがて勝負が着いたらしく、迎えに来てくれたセインさんに伴われたわたしは祭壇の奥に向かう。
そこにはリン達と一緒に、助け出されたらしい司祭様も居た。


「あ、アカネ。司祭様、彼女も仲間です。彼女の情報がなかったら、きっとお助けするのがもっと遅れていた筈です」
「そうか。そなた達のおかげで大事にならんで済んだ。礼を言うぞ」
「い、いえ……!」


わたしは全然戦ってないんだけどな……。
なんかお礼を言われるのが照れくさくて申し訳なくて俯くと、リンが肩を叩いて微笑んでくれた。
剣も無事だし、祭壇も……わ、わたしが壊した所以外は無事みたい……。
うわわ、そう言えば祭壇の壁、壊しちゃったんだっけ!


「あの、司祭様、わたし祭壇の壁……!」
「よい、話は聞いた。壁など修復すれば問題など無い。精霊の剣が無事だった事が何よりじゃよ。さ、礼と言っては何じゃがお前さん達には、特別に【マーニ・カティ】に触れる事を許そう。剣の柄に手を当てて、旅の無事を祈るがいい」
「あ、有難うございます!」


精霊が宿るらしい特別な剣に触れられる事にリンが声を震わせ喜んでた。
なんか可愛いな、リンは基本的に物欲がないから、こうやって喜んでるのを見るとわたしも嬉しい。

……だけど。
リンが剣の柄に触れた瞬間、急に剣が輝きだした。
疑問符を飛ばすリンの隣で、今度は司祭様が声を震わせてる。


「おお……おお……! これこそ、精霊の御心。リンよ……そなたは精霊に認められたようじゃ。【マーニ・カティ】の持ち主になるが良い」
「そ、そんなこと出来ません……!」
「剣が、それを望んでおる。その証拠に……抜いてみるがいい」


リンが緊張の面持ちで柄を引くと、心地いい金属音を響かせ剣が抜けた。
司祭様が術を掛けて普通の人には抜けないようになっているらしい。
それをリンが抜けたって事は……なんか凄い事になってる気がする。


「旅立つのだリンよ。この先どんな試練があろうともその剣を握り、運命に立ち向かって行け!」
「は、はい!」


精霊の剣マーニ・カティを手に入れ、わたし達は祭壇を後にした。
西へ向かう道すがらリンは剣を何度も確かめていて、落ち着かないみたい。


「リン、どうしたの? 何か心配ごと?」
「ううん。何だか信じられない気分なの。サカで1、2を争う名剣が、この手の中にあるなんて…」
「優れた武器は、己の持ち主を選ぶ……。それは、サカだけでなく大陸中でよく耳にする話ですよ。私はリンディス様の剣技を拝見して常人ならざるものを感じていました。あなたこそ、剣に選ばれて然るべき方だと思います」
「や、やめてよ! 私は、そんなんじゃ…」


誉めちぎるケントさんに否定するリンだけど、わたしも実際にそう思う。
何だかリンは特別な存在だと思えてならないもん。
リンの声は上擦っていて、さっき初めて意識して魔法を使えたわたしの声音に少し似てる気がする。
きっとさっきのわたしと同じような気持ちなんだ。


「わたしもリンの気持ち分かるなあ。わたしだって、さっき魔法を使えた時や草原での凄い魔法も、信じられないもん」
「分かってくれるアカネ? ふわふわして実感が無いの、不思議な気分」
「そうそう」
「リンディス様、アカネさん、こう考えてはどうでしょうか」


急にセインさんが割り込んで来たから、今度は何を言い出すかと不安…。
だったけど、意外にも? しっかりした事だった。

武器にも、使い易いとか使い辛いとかの相性ってものがあるらしい。
確かに道具とか楽器とか、そういうのあるね。
だから、このマーニ・カティは、リンの気にとても合うものだと思えばいいんじゃないかって。


「アカネさんも魔法を使えたのは、きっと気が合ったからですよ! 相性がいいんでしょう。俺達は魔法使えませんし、リンディス様の剣も使えないみたいですし」
「私に合う、私にしか使えない剣……」
「魔法と気が合う、か。不思議ですけど、そう考えると楽しいですね」



リンも納得したみたい。
セインさん、いいこと言ってくれるなあ。
いつもこうだったら、ケントさんにも怒られないんじゃないかな。

改めてわたし達は、リンの故郷……リキア国のキアラン領を目指して西へ向け出発した。
ベルンって国の北部を通るらしいけど、サカの草原とベルン王国を遮る山脈には山賊団がいくつも潜んでるらしい。

歩き続けて10日が経った頃、わたし達はその被害を目の当たりにした。
たまたま通りかかった村が、凄く荒れてる。
建物は無残にボロボロで、人の気配もない。


「なあに、これ……。台風でも来たのかな?」
「違うわアカネ。このタラビル山には、この地を治める領主たちも手出しできないような凶悪な山賊団が巣食ってるの」
「タラビルって……リンの部族を滅ぼした!?」
「そう。山を挟んでちょうど反対側が、私達の住んでいた所よ」


運良く生き残れたのはリンを含めて十人にも満たなかったって聞いた。
女も子供も容赦なく殺し、奪える物は全て奪って行ったって……。

リンの表情が険しくなる。
いつもの優しい彼女とは違う、翳りのある顔。


「ここから逃げるんじゃない、私はいつか必ず戻って来るわ。あいつらなんか歯牙にもかけないくらい強くなって……みんなの仇をとってやる。その為には何だってする!」
「その時は、俺も連れて行って下さい」
「私も、お忘れなきよう」


セインさんとケントさんが進み出る。
二人とも主君の為にリンの為に命を賭して行動する覚悟はあるって誓いだ。
わたしだって……。
い、命は懸ける事は出来ないかもしれないけど、リンの為なら……。


「リン、わたしも忘れちゃ嫌だからね」
「! アカネ、あなたまで?」
「わたしに出来る事って本当に少ないけど、だから出来る事はやりたい。リンは大事な友達だもん」
「みんな……ありがとう……」


小さい声だったけど、微笑んだ顔と合わさって心の底からのお礼だと分かる。
リンの顔から翳りが消えていつもの彼女になった。
よかった、やっぱりリンには明るい笑顔が似合う。
わたしだって家族を殺した化け物に復讐したい。
でも相手が何だか分からないし、竜である可能性が大きくなったけど、わたしじゃ敵わないと思う。
でもリンの相手は凶悪とは言え同じ人間なんだから勝機はある筈だよね。

……えっと、わたしが戦えるかどうかは別の話になるんだけど……。

そこまで考えた瞬間、わたしの脳裏に何かが走った。
何か……何て言えばいいか分かんないんだけど、悪意みたいな物を感じる。


「あの……。なんか向こうで起きてない?」
「え? なにが?」
「ここからちょっと西の方なんだけど……」


何だか分からない。
どうせ西へ向かうのだからと妙な気配がした方へ向かうと、何やら騒ぎが起きてるみたいだった。
そこで目にした物に、我が目を疑う。

あれ、馬……?
白馬におっきな翼が生えちゃってますけど!?
近くにはふわふわした雰囲気の可愛い女の子と、いかにもガラの悪そうなオジサンが二人。
リンがそちらを見て慌てたように声を上げ駆け寄って行った。


「フロリーナ!? ねえ、フロリーナでしょ!?」
「リン……!?」


ふわふわした薄紫の髪の女の子……フロリーナってそう言えば、リンから話を聞いた事がある。
北のイリアって国に住んでいる女の子で、リンの友達だとか何とか。
フロリーナはリンが旅に出たって聞いて追っかけて来たらしい。
この辺りまで来て村に降りようとしたら下に人が居た事に気付かず、ペガサスで踏んづけちゃったとか。
ペガサスって、あれかー……また非現実的な生き物を発見しちゃった。


「フロリーナ、ちゃんと謝った?」
「う、うん……。何回も謝ったんだけど、その人たち、聞いてくれなくて」
「泣かないで、大丈夫。ねえ! ちゃんと謝ったんならそれでいいじゃない。見たところ怪我もないようだし、もう許してあげて」
「そうはいかねぇ。力ずくでも、その女はもらうぞ!」


ガラの悪いオジサンは手下っぽい人と向こうに行って、他の仲間を呼び出した。
これは間違いなく戦闘になっちゃう予感……!


「リン、わたし、そこの村の人に戦いが始まる事を伝えに行くよ」
「お願い出来る? 伝えたらアカネはその村に避難させて貰うといいわ」
「……リン、この人は?」
「あ、そう言えばフロリーナは会った事なかったわね。二ヶ月前から草原で一緒に暮らしてた友達で、アカネっていうの」
「アカネです、初めまして。宜しくねフロリーナ」
「は、はい……アカネさん、よろしくお願いします」


控え目だけど顔を赤くして微笑み握手に応じてくれたフロリーナ。
ううー、リンとは違う可愛さだな、二人とも本当に羨ましい。

フロリーナが壁の向こうにある村へ知らせに行くのを少し見送った。
翼を広げて羽ばたいて行く姿は、なんだか美しくて格好いい。
……さてと、わたしも村に行かなくちゃ。
さっき通りかかった村のようにボロボロになってはいないけれど、活気は全くない村に入る。


「……すみませーん、誰かいませんか?」
「村から出て行け! 山賊どもめ!!」
「帰れ帰れ! もう金目の物なんかないっ!」
「えぇっ!? あの、ちょっと待って下さい! わたし達、山賊なんかじゃないですよー! 村を助けたいんです、話を聞いてくださいっ!」


姿も見せずにいきなり山賊だなんて呼ばれた!
あれ? わたしの声って女の子の声に聞こえない?
いやいやいくら何でもそんな事ないよね? お願いだからないって言って下さい本当にお願いします!

そうやって一人勝手にショックを受けていると、「おれが見て来ます」と若い男性の声。
やがて現れたのは、高校生ぐらいに見える茶髪のお兄さんだった。


「! 君は?」
「わたしはアカネ、旅の者です。今から仲間が山賊団と戦いになりますので、その間、村の人達に避難して貰おうと思ってお知らせに来たんです」
「そうだったのか。おれはウィル、同じく旅の者だ。世話になったこの村を守るため、よかったら協力させてくれないか?」
「え!? えっと……あ、近くにポニーテールの緑髪の女の子が居ますから、彼女に訊いてみてください。多分大丈夫だと思いますけど……」
「緑髪のポニーテールの女の子ね。分かったよアカネ、ありがとう!」


ウィルという名前らしいお兄さんは一度戻って村人に話してから、すぐ折り返して村の外に出て行った。
やがて村人が出て来て門を固く閉め避難する。

また置いてきぼりか……と少し落ち込んじゃう。
リンは命を狙われてるんだから、目的地に近付けば近付くほど妨害も激しくなって来るはず。
そんな中にわたしが居て本当にいいのかな。
リンやケントさん、セインさんは勿論の事、フロリーナも戦えるらしかった。
きっと今頃リン達と一緒に戦ってるだろうウィルさんも弓矢を持ってたからそれで戦うはず。


「……わたし、はっきり言っていらないよね。戦えないなんて足手まとい以外の何でもないよ……」
「じゃ、死ねばいい」


いきなり聞こえた物騒な言葉にドキリとして振り返ると、そこには全身を黒いローブで覆ったいかにも怪しい人が居た。
顔もフードでしっかり隠れていて、どんな人なのかは窺い知れない。
声を聞く限りは男っぽいけど……あれ? そう言えば今の声、どこかで聞いた事がある気がする。
何にしても見た目が怪しすぎるし、死ねば、なんて危険すぎる人だ。
わたしは魔道書を抱えて後退りローブの人と距離を取った。


「警戒するんだ? ああ、そう言えば名乗ってなかったっけ。俺はフレイエル。よろしくアカネ」
「……来ないで下さい」


なんで?
なんで会った事もない人がわたしの名前を知ってるの? この人だれ?

フレイエル……名前は知らない、だけど声はどこかで聞いた気がする。
この大陸に知り合いなんて居るはずないのに。
フレイエルとかいう人は遠慮なしに近付いて来て、わたしは警戒しながらひたすら後退った。
いっそ攻撃した方がいいのかな、なんて考えているうちに壁際まで追い詰められてしまう。


「なあアカネ、お友達の負担や足手まといになりたくないんだろ? お前が居なくなっただけじゃ友達はお前を探してしまうから却って迷惑だろうが、死ねば万事解決だと思わないか?」
「……」
「死体さえあれば探される事もないし、お友達はお前を失った怒りで奮い立ち更に強くなってくれるかもしれないぞ。ほら、お前が死ねば良い事ずくめじゃないか。今すぐ死ねよアカネ」


……そうかな。
多分そうなるだろうな。
死ねば足手まといになる事も無いし死体を確認できれば探されない。
リンはきっとわたしの死をバネに更に強くなってくれるはずだ。

ああ、わたしが死ねば良い事ずくめだね。

フレイエルが手を伸ばして来てわたしの首をゆっくりと掴んだ。
行為は乱暴なのに行動は優しかったので、面食らって抵抗が間に合わない。
彼はもう片方の手に鋭く尖ったナイフを持って……。

その瞬間、突然苦しくなる。
彼がわたしの首を絞めたからじゃない、彼は逆にわたしから飛び退いた。
思わずしゃがみ込んでしまうけれど苦しさはなかなか取れない。

苦しい……!
体が熱い……!
何これ、嫌だ!!


「まさかコイツ、本気で身に危険が迫ると……! くそ、俺ならこんな村一つ焼き尽くすなど簡単だが、今はまだマズい!」


彼が離れるにつれ、わたしの苦しさが治まる。
息が詰まっていたみたいに大きく吐き出して荒い呼吸を繰り返した。


「いいかアカネ、俺はお前が憎い。必ず苦しめながら殺してやるから、楽しみに待ってろ」


物騒な事を言って走り去るフレイエルを、わたしは黙って見送るしかない。
反論も質問も出来なかった、あの人はどうしてわたしが憎いんだろう。
どうして初対面の人に憎まれなきゃいけないの、殺されなきゃいけないの。
嫌だ……確かにわたしが死ねばリン達に足枷は無くなるけど、でもわたし、まだ死にたくない!!

わたしは人を殺した。
その報いがもうやって来たんだろうか。
でも初対面の人に憎まれながら殺されるって、あんまりだ。
山賊みたいなならず者に殺される方がまだ納得できるぐらいだよ!

今更恐怖が湧いて来て、わたしは涙をぽろぽろ零しながら泣いてしまった。
2ヶ月以上前に居た日本で、普通に中学校に通って家に帰れば安全地帯で、山賊も居ないし余程の事が無い限り殺されない、そんな生活に戻りたい。

やがて閉まった門の外側から、「もう山賊は撃退しましたよー!」と男性の声がする。
さっきのウィルさんの声だ。
わたしは慌てて涙を拭って平静を装った。
リンに知られてしまったらきっと彼女は、自分を責めてしまうだろうから。


「アカネ、こっちは終わったわよ」
「お帰りなさい、皆さんに怪我はないの?」
「ええ、大した事は……ってアカネあなた、何だか目が腫れてない?」
「さっき目にゴミが入っちゃってなかなか取れなかったの、もう大丈夫」


我ながら下手な言い訳だと思ったけど、リンは気付かなかったのか、それとも知らない振りをしてくれたのか、何も言わなかった。


「それでアカネに話があるんだけど、私達、傭兵団って事になったわ」
「え……?」


話を聞けば、フロリーナが目指す天馬騎士はどこかの傭兵団に所属して修行を積む必要があるって。
男性が苦手らしい彼女を放っておけずに、傭兵団の名を取る事になったとか。


「アカネだっけ、ちなみにおれもお世話になる事になったから宜しく」
「あ、っと、ウィルさん……でしたよね」
「そうそう。実を言うと旅の途中なのに金を盗まれて途方に暮れてたんだ。いやー、逆に助かったよ」


けらけら笑うウィルさんにつられてわたしも笑う。
リンの背後ではフロリーナが恥ずかしそうに隠れていたけど、わたしが近寄ると先に口を開いた。


「あの、アカネさん。これからお世話になります……お、お願いします!」
「うん。ところでフロリーナってわたしと歳近いでしょ? 同じリンの友達なんだから、さん付けも敬語もいらないよ」
「あ……う、うん。分かった」
「……どっちかと言うと、わたしがお世話になりそうだしね……」


騎士を目指してるって事はフロリーナは間違い無く戦えるんだろうな。
仲間も増えて来て、わたしは本格的にいらない子になって来た。
こうなるとさっきフレイエルに言われた事が頭をよぎって、どうにも気になってしょうがない。
わたしが死ねば……足手まといにもならないしリンは更に強くなってくれる。


「ねえ、リン」
「なあに?」
「わたしが死んでも歩みは止めないで……更に強くなってくれる?」


言った瞬間、リンが笑顔を消して目を見開いた。
信じられないものを見たように驚愕の表情で言葉を失ってる。
でもすぐにわたしの両肩を掴んで、静かな、それでいて怒りと動揺を含んだ言葉を向けた。


「……アカネ、冗談でもそんなこと言わないで。これ以上友達や仲間を失うなんて、まっぴらよ……!」
「リ、リン……」
「死なせない、アカネは絶対に死なせないわ!」


終いには縋るような泣きそうな声音になる。
わたしは慌てて謝り、リンの背中を撫でた。

思えばこの2ヶ月、わたし達は二人きりだった。
リンはわたしと出会うまでの4ヶ月間、ずっと独りぼっちだった。
わたしも突然、自分の意志とは無関係に独りにされて……リンのお陰で救われたんだった。
死ねない、わたしは死にたくないしリンの為にも死ぬ訳にはいかない。
もうあのフレイエルという人に会わなくてすむよう、わたしは祈った。





−続く−


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