烈火の娘
▽ 14章 少しずつ前へ


まだ城内には結構な数のラウス兵が残っているみたい。
キアランの兵は奇襲を受けた時に半数以上が居なくなってしまったそう。
だけど生き残った人も居て、恐らく牢に囚われている筈だってリンは言う。
魔道士隊長さんや魔道士隊の皆は生きてるかな、生きてるなら助けたい。
エリウッド様もどうやら同じ考えのようで。


「生き残ったキアラン兵が居るなら、何としてでも助け出したい。リンディス、僕達が囮になって、城に詳しい君の騎士達に先行して貰う事は出来ないか?」
「そうね。牢までの道なら、他で騒ぎを起こせば目立たずに行けるルートもあるわ」
「では二手に分かれて、救出部隊をそこから……」
「それ、わたしも行かせて下さい!」


思わず声を上げると、エリウッド様とヘクトル様とリンが一斉にこちらを向く。
すぐにエリウッド様が焦ったような顔で止めて来た。


「駄目だアカネ、危険だ」
「え? でも他で陽動するなら、別動隊はむしろ安全じゃないですか?」
「それは、そうだが……」
「行かせてやれよエリウッド。アカネ、こいつエリアーデの事になると少しばかり過保護な面があってな。お前に対しても……」
「ヘ、ヘクトル、言わないでくれ!」


慌ててヘクトル様の言葉を止めるエリウッド様。
へえ、そんな一面があるなんて思った通りのような意外なような。
リンはエリアーデという知らない名前が出て来たせいか、疑問符を浮かべたような顔。
……そう言えばわたしとエリアーデさんの事、リンにも話すべきだよね。

ケントさん、セインさん、ウィルさん、わたし、そしてラウスで新たに仲間になったプリシラという女の子と一緒に牢へ向かう事になった。
プリシラさんはエルクの新しい雇い主で、馬に乗って回復の杖を使えるトルバドール。
別動隊は機動力が大事だから、今回は徒歩のセーラより適任だね。
エルクは護衛として付いて行きたがったけど、あまり人数が増えると逆に動き辛い。
プリシラ様の事を頼んだよ、とエルクに任され、わたし達は牢を目指す。

身を隠して待っていると、別の所から喧噪が聞こえ始めた。
エリウッド様達が攻撃を開始したみたいだ、わたし達も行かなきゃ!
戦い慣れてもやっぱり緊張はするけど、セインさんがいつもの調子でわたし達を振り返り。


「アカネさん、プリシラさん、決して俺達の前に出ないようご注意を。何かあれば何なりと、俺を頼ってください!」
「はい。頼りにしていますね」
「お願いします……」


わたしとプリシラさんが答えると、セインさんはいつもの締まりのない笑顔。ちょっと安心した。
ウィルさんが、あれ、おれは? なんて顔をしていたけど、ケントさんがいつも通りセインさんを小突いて馬を進めたから何も言えなかった。
わたしはプリシラさんと並びながらケントさん達の後を追う。


「プリシラさん、あなたは戦えないから無理しないで下さいね。わたしから離れないで」
「ありがとうございます。アカネさんも怪我をしたら仰って下さい」
「はい。頼りにしてまーす」


どうやら彼女、エトルリアの貴族のお姫様らしい。
もう雰囲気からしてお淑やかな深窓の令嬢っていうか、高貴さが溢れ出してる。
同い年くらいの女の子だったから、貴族だと知る前にさん付けで呼んでしまい以後そのまま。
様付けの方が良いかなと思ったけど、全く気にしてないみたいなので、このままにさせて貰ってる。

別動隊が惹き付けてくれているからか、こちらは少数の見張りくらいで実に静かなもの。
幾つもの牢獄がある部屋の扉をケントさんが開けると、沢山のキアラン兵が囚われていた。


「みな、無事か!?」
「おお、ケント!」
「ケント隊長っ!! ご無事でしたか!」


味方の登場に牢の中のキアラン兵達が湧く。
わたしは奥まで行って魔道士隊の皆を探した。
奥の方の牢の前で声を掛けられる。


「アカネ? あなたはアカネですね!?」
「あ、隊長! それに皆も……!」


キアラン城に居た時は毎日見ていた顔ぶれが揃ってる。
……何人か居なくなってるけど……全滅は免れたみたい。
わたしは慌てて鍵を開け皆を外に出した。


「お前、無事だったんだな!」
「城を出たってリンディス様に聞いて、心配していたんだ!」
「ごめんなさい、どうしてもやらなくちゃいけない事があって……」


魔道士隊の皆と再会を喜び合っていると、最後に隊長が出て来る。
わたしの前まで歩いて来ると、初めてわたしの魔力を評価してくれた時みたいに、わたしの肩に手を置いて。


「本当に無事で良かった……。まさかあなたに助けられる事になるとは」
「えへへ、わたしも成長してるんですよ」
「それは十分に分かっています。あなたは強い。心さえ保てばもっともっと強くなれる」


隊長にそう言って貰えると、自信と勇気が湧いて来る。
そうしていると、隊長の後ろから更に一人の見知った人物。


「あ、あれ、ルセアさん!?」
「アカネさん、お久し振りです」


何か知り合いから連絡が来たとかで居なくなっちゃったと思うんだけど、戻って来たんだ?
話を聞くと、数日前からキアラン城で傭兵として雇われてたらしい。
お城を守りきれなくて申し訳ありませんでした、と謝罪するルセアさん。
城を出ていたわたしが色々と言える立場じゃないからなあ、謝らなくてもいいのに。


「リン達も一緒に城を取り戻しに来てるんです。力を貸して下さい!」
「はい。お役に立つよう頑張りますね」


ケントさん達が他の牢の扉も開けて、これで戦力は十分。
キアラン兵達が次々と出て行く中、ふと改めて周囲を確認するとプリシラさんが居ない。
あれっ、と思い牢を出て少し行くと、一人の男性と会話してる。


「兄さま……何か事情があるのですね。分かりました。プリシラは、兄さまと一緒に旅が出来るのであればそれでいい……」
「……」
「旅を続ければ……きっと、父さまや母さまにも会えるでしょう?」
「! ……プリシラ、それは……!」


え、兄さま? ……兄さまって、あの人プリシラさんのお兄さん!?
確かに髪の色は同じみたいだけどあの男の人、傭兵じゃ……?
少しして武器を取って来たキアラン兵達がやって来て、あの男の人も行ってしまった。
後を追おうとしていたらしいプリシラさんに近寄って声を掛ける。


「あのプリシラさん、さっきの男の人……」
「え? あ、アカネさん、見ていらしたのですか……!?」
「すみません、何か兄さまとか、言っていたような」


プリシラさんは少し目を見開いて焦っているように見える。
聞いちゃいけない事を聞いちゃったかなと思ったけど、あの会話からして多分、大事な部分は聞いてない。


「……あの方が私の兄である以外に、何か……」
「いいえ。何か事情があるのですね、辺りから聞きましたけど、そこより前はちょっと」
「そうですか……。すみません、あの方が私の兄である事は内密にして頂けませんか? どうか、お願いします」
「それくらい構いませんよ。わたしも兄が居る身として、ご兄妹の事情に関わるなら叶えてあげたいと思いますし」
「アカネさんにもお兄様が?」
「はい。……行方知れずになっちゃいましたけど。ちなみにお父さんとお母さんも」


言うとプリシラさんが息を飲む。
何か言いたげに少しだけ口を開いて、でも思い直したのか口を閉じた。
お互いを沈黙が覆って、大きく聞こえて来た喧噪が耳に突く。
きっとキアラン兵達がラウス兵相手に戦闘を始めたんだ。


「……行きましょうか、きっと別動隊も傍まで来てますよ」
「……ええ」


気まずくなってしまったけど、何となく嫌な気まずさではないのは、プリシラさんが気を使ってくれているからかもしれない。
彼女も同じく兄が居る身として、わたしに同情してくれたのかな。


++++++


陽動をしてくれていた別動隊はもう玉座の方に迫っていた。
リンはルセアさんを見て驚いていて、彼が傭兵としてキアランに雇われた事は知らなかったみたい。
それもルセアさんの言う“連れ”のせいかと思っていたら、何とその連れはあの、プリシラさんのお兄さん。
やっぱり彼も傭兵なんだ。貴族のプリシラさんの兄だなんて生き別れになってたのかな。
レイヴァンという名前らしい彼はラウス兵達の混乱に乗じて、敵の指揮官を倒してしまった。

……倒れる直前、敵の指揮官は

「我らラウスの蛮行を思えば、当然の報い……か」

と言い残し息絶えてしまう。
それを聞いたわたしは、薄ら寒い恐怖を感じた。

例え一人、または少数が反対していても、多数の人が望んでしまえば争いは起きる。
例え大勢が反対していても、権力のある人が望んでしまえば戦争は起きる。
それは物凄く恐ろしい事なんじゃないかと思った。

あの最期の言葉からして、敵将はこの戦いに反対していた可能性が高い。
城外での戦いの時からラウス兵の動きが硬くて士気が低いように感じていたけど、多くの兵は反対だったんだろうか。
そこをラウス侯ダーレンや息子のエリックが推し進めて、戦の準備をさせていたのなら。
なんて酷い事をするんだろう……!


「おじいさまっ! おじいさま、どこっ!?」
「!」


リンが叫びながら駆けて行き、わたしは我に返った。
玉座の間には誰もおらず、ただ一つ、玉座付近にまだ新しいと思われる血の跡を発見する。
それを見たリンの顔が絶望に染まる。


「いやっ! ウソよ、そんな……!」
「リンディス、落ち着くんだ。怪我をされたのかもしれない。とにかくハウゼン様はここにおられないんだ、他を探そう」
「そ、そうね……私が落ち着かないと」


エリウッド様に慰められ、リンが平静を取り戻す。
わたしはサンタルス侯ヘルマン様の事もあって心臓がうるさい。
ハウゼン様もヘルマン様みたいな目に遭っていたとしたら……。


「お前、レイラじゃねーか!」


突然ヘクトル様の声が響いた。
そちらを見ると真っ赤な髪を短めに切り揃え、だけど前髪だけ伸ばして顔の片方を隠している一人の女性。
どうやら彼女はオスティアの密偵、つまりヘクトル様の所の臣下だ。
ハウゼン様は怪我をされていたけど奥で治療を受けているみたい。
良かった……!

オスティア侯ウーゼル様の命を受けてフェレ候失踪の謎について調べていたらしいレイラさん。
ハウゼン様の無事を確認した後、彼女の話を聞くのにわたしも同席させて貰える事になった。
エリウッド様はわたしの事をエリアーデさんだと確信してるから、なんだよね。
だけどわたしも何故か、お会いした事も無いエルバート様の事が心から心配だ。
なのでここはお言葉に甘えさせて頂く事にした。


「結論から申しますと……フェレ侯爵は生きておられます」
「! ほ、本当……なのか!?」
「はい。私はこの数か月間、【黒い牙】の一員に成りすましております。そこで入手した情報ですので、恐らく間違い無いかと……」


黒い牙……例の暗殺集団だね。
その存在自体はもっと昔から確認されていたらしい。
ブレンダン・リーダスという男が作り出した暗殺組織。
その活動は10年以上も前からベルンを本拠地として始まって、各国へと広がって行ったんだって。
ただしその思想は、弱者を食い物にする貴族だけを狙うというものだったから、民衆からは義賊とされて支持は高かったそう。

でも1年ほど前、ブレンダンが後妻を迎えた事を切っ掛けに、その活動は変わった。
金を払えばどんなに難しいとされる暗殺もやってのけるけど、その対象は悪人だけでない無差別なものになったって……。
ハウゼン様に怪我をさせたのも【黒い牙】。
後妻の影には“ネルガル”という謎の男が居て、今【黒い牙】はその男の指令によってリキアで暗躍しているとか。
そいつは腹心のエフィデルという人に命じ、ラウス侯ダーレンをそそのかしてオスティアへの反乱を企てさせた。
その呼びかけに最初に動いたのはサンタルス侯、そして次に……フェレ侯エルバート様。


「……父上は反乱に賛同したというのか?」
「それは分かりません。ですが今、ラウス侯達と共におられる事は事実です。【竜の門】……と呼ばれる場所に」


……竜?
それ、ただの名前?
それとも竜が住んでるの?

リキアの南に浮かぶ島、ヴァロール島にあるらしいその場所。
一度 足を踏み入れて生きて戻った者は居ない、【魔の島】の異名で恐れられてるらしい。
もし、竜が住んでいるのなら。
わたしの家族を酷い目に遭わせたかもしれない、あの業火を放つ竜。
そいつも居るかもしれない……。

この世界で出会えた仲間や過ごした日々は掛け替えないけれど、それとこれとは話が別。
あの竜、絶対に絶対に許せない!
この世界に居るかどうかも分からないし、もしかしたら、あいつはわたしの世界に住んでいる竜なのかもしれない。
だけど少しでも可能性があるのなら、わたしは……!

取り敢えず次の目的地は決まった。
しかもリン達も付いて来てくれるって!
レイラさんはハウゼン様を始末するよう命じられたそうで、ラウス侯達を何とかしないと、またハウゼン様の命が狙われる可能性が高い。
そしてエルバート様の事も助けたいって。
リンは親を亡くして辛い思いをしたから、同じ目に遭って欲しくないんだよね。

暫くの間、一応ハウゼン様は亡くなった事にしておくみたい。
これでレイラさんの話も終わり、次の行動を話し合うのかな……なんて思ってたら、まだ何かあるみたいで。


「エリウッド様、もう一つお伝えしたい事が……」
「? 何だい?」
「一年半ほど前、フェレ候弟エイベル様とご家族が失踪された件。別の密偵が調査を請け負っていたのですが、それについて言伝を預かっております」
「叔父上達の!?」


え。
そ、それって、エリアーデさん達、だよね……?
どうやらエルバート様がオスティアに調査を依頼していたらしい。
確か奥さんのソヴィ様の記憶が戻って、それが重大で迷惑を掛けそうだったからフェレを出たんだっけ。
その調査を請け負っていた密偵が途中で殺された挙げ句、長いこと調査が行き詰っていたけど、殺された密偵が隠していたメモが見つかったそう。


「そこからエイベル様達の足取りが分かりました。フェレを発ったエイベル様一家は、ベルンからサカまで半年を掛けて巡り……そしてサカで消息を絶ったようです」
「サカで?」
「はい。本当にそこでぱったりと、まるで消えてしまったかのように消息が掴めなくなったと、その密偵のメモには残っております」
「アカネ、確か君はサカで倒れていたらしいね」
「……はい、そうです」
「? ちょっと待ってエリウッド、どうしてそこでアカネに話題を振るの?」


エリウッド様の言葉にリンが疑問符を飛ばす。
あ、そうか、リンにはまだ話してなかったっけ。
わたしはリンに、エリアーデさん関連の事を話した。
リンは信じられない……と言うか、最初は意味すら分かっていないようだった。
無理もないと思うよ、わたしだって未だに飲み込めてないし。


「叔父上の手紙によると異世界に行ったらしい。それが本当なら見つからない筈だよ」
「異世界というか……わたしにとってはこっちが異世界なんですけどね……」
「えっと、じゃあアカネ、別の大陸から来たっていうのは……」
「あ、ごめんねリン。最初は別の世界だなんて全く思ってなくて、本当に違う大陸に来たと思ってたの。でもその後、お兄ちゃんからここが異世界だって知らされて。混乱させるよりはと思ってたんだけど……」
「なるほど、事情は分かったわ。怒ったりしてないから安心して」
「ありがとう」


結果的に嘘を吐いてた事になるもんね。
気にしてないみたいで安心した。
……そう言えばレイラさんは、わたしがエリアーデさんかもしれないって知らなかったんだよね。
丁度エルバート様というエリウッド様関連の情報を伝えに来たから言伝を預かっただけで。
と、言うか、今の仲間以外誰も知らないんだっけ。多分。


「ヘクトル様、この件はウーゼル様にご報告は……」
「あー……兄上だけに報告しといてくれ。信じて貰えるかは分からねぇが、俺やエリウッドは信じてる事まで含めてな」
「承知しました」


やっぱりヘクトル様達は、わたしがエリアーデさんだって思ってるんだよね……。
だけど調査していたならウーゼル様もエイベル様一家の事は心配なさってるだろうし、報告だけでもお願いしとくべきか。


「ご報告は以上です。では、失礼します」
「レイラ!」
「はい」


立ち去ろうとしたレイラさんをヘクトル様が呼び止めた。
何だろ。


「ネルガル……それからエフィデル、だったか? どんな奴らなんだ?」
「……私はまだ、ネルガルを見た事がありません。が、エフィデルとは何度か言葉を交わす機会がありました。……不気味な男です。常にマントを目深に被って顔を見る事が出来ません。なのに……」
「何だ?」
「金色に光る瞳だけが……別の生き物のようにはっきりと……見えるんです」


別の生き物みたいに、って……。
何だろう、どんな不気味な人なんだろうか。
別の生き物と聞いて竜じゃないかと想像したけど違うかな。

今度こそレイラさんは去り、わたし達は改めて次の目的地、魔の島ヴァロール島を目指す事になった。
キアランの南端にバドンって港町があって、まずは船を探す為にそこへ向かうみたい。
城を空ける為、リンやケントさん達が残った兵達に指示を出す。
それをボーっと眺めていると魔道士隊長に声を掛けられた。後ろには魔道士隊の皆。


「アカネ」
「隊長。みんなも……」
「リンディス様達と共に旅立つのでしょう? これは餞別です。役に立つ場面もあるはず」
「魔道書ですか? これは何の……」
「これはサンダーストーム。遠く離れた敵を攻撃できる貴重な魔道書です」
「え……いいんですか!?」


そんな魔道書があるんだ!
逆に傍に居る敵は攻撃できないみたいだけど、これがあれば何かの時に役立つかも!


「我々はしっかり城を守っています。アカネ、あなたはリンディス様の事を頼みましたよ」
「はい、頑張ります!」


そうこうしているとリンに呼ばれる。
出発の準備が整ったのかな。
彼女の元へ向かうわたしの背中から、隊長と魔道士隊の皆の声。


「アカネ、どうか無事で! 武運を祈っています!」
「生きて帰って来いよ、アカネ!」
「君なら油断しなければ大丈夫、きっと生き残れるから!」
「気を付けてな〜!」
「はーい! 行って来ますっ!」


わたしは振り返って大きく手を振りながら、笑顔で声を張り上げた。
何だか勇気が湧いて来て、貰ったサンダーストームの魔道書をぎゅっと抱き締める。
きっと生きて帰って来よう、そしてわたしとエリアーデさん、両方が存在できる道を探そう。
そう心に誓った。


++++++


2日後、わたし達は港町バドンに辿り着いた。
ヴァロール島への船を探す……けど、なかなか出してくれる人が見付からない。
やっぱりみんな恐れているみたいで、お金の問題じゃないってさ。

町中をとぼとぼ歩いていると、速足で歩くリンを見付けて声を掛ける。
何だか少し機嫌が悪いみたいだけど、船が見付からないからかな?


「リン。船を出してくれる人、居た?」
「アカネ。それが全然ダメなの。……エリウッド達、ついに海賊に頼むなんて言い出しちゃって」
「か、海賊……」


なるほど、それでリンの機嫌が悪いのか。
山賊に両親と部族の仲間を殺されたリンは、無法者が好きじゃない。
無法者が大好きって人もそうそう居ないと思うけど……。
わたしだって、もし話の分かる竜が居て、背中に乗せてヴァロール島まで飛んでくれるって言われても、頼ろうか迷うかもしれない。
その竜がわたしと家族を酷い目に遭わせたあの竜と別でも、すぐには受け入れられないと思う。

そう言えば、ふと思い出してリンに訊いてみる。


「ねえリン、わたしが預けたあの青いペンダント持ってる?」
「ああ、あれ? そう言えば預かりっぱなしだったわね。今も首から提げて服の下よ」


2人が離れないようにと分けて持った2つのペンダント。
わたしが持っているのが、真円の赤いもの。
リンが持っているのが、中に水の入った雫形の青いもの。


「これ、話に聞いたエリアーデって人の物なんでしょ?」
「みたい」
「それじゃあ、エリウッドに返しておいた方が良いのかしら」
「……うーん……」


わたしは、アカネのままで居たいと思ってる。
何とかエリアーデさんとわたしと、両方が存在できる方法を探したいって思ってる。
けど今はまだ、エリアーデさんの物はわたしが預かってても良いんじゃないかな……。
なんて、きっとエリアーデさんの物であろう強力な魔道書をまだ使っていたいから、っていう理由が大きいんだけど。


「まだわたし達が持っていようよ。エリウッド様も返して欲しいとか言わないし、多分大丈夫だよ」
「アカネがそう言うんならそうしよっか」


とにかく、船を出してくれる人を探し出さない事には目的を果たせない。
リンと別れてまた探し始めるけど……やっぱり見付からないよ。
これはもう、リンには悪いけど海賊に頼るしかないんじゃ……。

と、そう考えていると急に騒がしくなる。
家々に挟まれた小道から通りへ出ると、町の住人であろう人々が逃げ惑ってる。


「ファーガス海賊団が旅人相手に何かおっ始めやがったぞ!」
「巻き添え食らわないうちに逃げよう!」
「海賊団……? え、それって、もしかして……!」


さっきリンが言っていた、エリウッド様達が海賊に船を頼もうとしていたらしい話。
もしかして交渉が決裂して戦闘になっちゃったんだろうか。
慌てて魔道書を持ち、仲間を探して走り出す。
やがて前方にマーカスさんを見付けて駆け寄った。


「マーカスさん、何があったんですか!?」
「ご無事でしたかアカネ様! エリウッド様がファーガスなる者の率いる海賊に船を頼んだ所、このような事態に……」


どうやら交渉が決裂したんじゃなくて、布陣した海賊達を潜り抜けて、港に居るファーガスって海賊の頭の所まで辿り着けたら、船を出して貰える事になったみたい。
どうも海賊達がとても手強いらしく、マーカスさんは一人で突破口を探しに来たんだって。


「アカネ様はエリウッド様達の所へお急ぎ下さい」
「分かりました、マーカスさんも気を付けて下さいね!」


場所を聞いて向かう、けど、家々が複雑に立ち並んでいて思った方向に進めない。
あれ、これ、道に迷っちゃってる気がする。
微妙に血の気の引きそうな思いをしながらうろうろ彷徨っていると、前方に大きな建物。
どうやら酒場みたいだ、ここで皆の情報を聞けないかな。

恐る恐る扉を開けて中を覗くと、船乗りかな、屈強な男の人ばっかりで入るのが怖い……。
諦めて自力で探そうと扉を閉じかけた時、真っ赤な髪のポニーテールの女の人を見付けた。
あの人になら話し掛けられそう、訊いてみよう。
わたしは出来るだけ他に視線をやらないようにして、その女の人の所へ一直線。


「あの、すみません。外で海賊と一悶着やってる旅人達が居るんですけど、ここに来ませんでしたか……」
「あら、あなたさっきの人達の仲間? ファーガス海賊団と追いかけっこなんて良い度胸じゃない!」
「(あ、やっぱり……)」
「でもあなたみたいな女の子も居るなんてちょっと心配ね。……こっそり良いこと教えてあげる。海賊団と戦わずに港まで行く方法」
「え!? お、教えて下さいっ!」


そのお姉さんに、家々の隙間と塀の間を縫って港まで行く道を教えて貰った。
どうやらお姉さん、彼氏がファーガス海賊団に居るらしい。
だからこんな屈強な人ばっかりの酒場に平気で居るのね……。

お姉さんにお礼を言って酒場を飛び出す。
色々と特徴になる物を教えて貰ったから今度は迷わない。
本当に地元の人じゃないと分からないだろうって細い小道を進んだ。
家々に挟まれてて薄暗いし、荷物なんかが積んであって通路は狭いし、舗装が崩れていたりされていなかったりして足場も悪い。
わたしでも少し体がぶつかるぐらい狭い道もあったから、大人の男の人じゃここ通れないんじゃないかな。

直進したり曲がったり、本当にこっちで合っているのか疑わしくなった頃、前方に光が差し込んでいるのが見えた。
ホッとして少し急いだら足下に転がっていたバケツに躓いて、転びそうになりながら港へ出る。
今まで薄暗い所に居たから、痛いくらいの光と青が飛び込んで来て目を細めた。
喧噪はまだ続いていて、港には誰も居ないからまだエリウッド様達は辿り着けていないらしい。

海賊団が暴れ出したからか誰も居ない港、ふと見ると頭にバンダナを巻いて濃い髭を蓄えた、初老と言った感じの屈強なおじさんが居る。
巨大な斧を携えているし、佇まいからしても普通の人じゃない。
きっとあの人がファーガスさんだ!
近寄ってみるけど、ふ、雰囲気からして怖い……。
でもここまで来たんだし、皆の戦いを止める為にも早くしないと。


「あの……あなたがファーガスさん、ですよね」
「ん? 何だお嬢ちゃん、危ねぇから帰りな」
「わ、わたし、ヴァロール島まで船に乗せて欲しいと頼んだ人の仲間です!」
「なに?」
「ここまで来ました、船に乗せて貰えるんですよね!」


緊張してるのを誤魔化そうと、興奮気味の喋り方になっちゃった。
ファーガスさんは少しだけ黙って目を見開いたけど、すぐ楽しそうに笑い出して。


「そうか、来やがったか! オレも海の男だ、約束は守る。……おいっ、おめえら、やめろ!! この遊びはボウズ共の勝ちだ!!」


まだ戦っている海賊達の方へ行きながら、大声を張り上げるファーガスさん。
すぐに喧噪が静まって行き、わたしもファーガスさんの後についてそちらへ向かった。
そうしたら当然、戦っていたエリウッド様達もわたしに気付く訳で。


「アカネ!? 君がファーガスさんの所へ辿り着いたのか!?」
「え、ええー、まあ」
「おいおい、いつの間に出し抜いたんだ? 結構やるじゃねえか」


ヘクトル様が感心したように言うけど、裏技使っちゃったんだよねえ……あはは……。
出し抜いたと言えば出し抜いたのかな、あの酒場のお姉さんのお陰だけど。
なんか皆に一気に注目されちゃって恥ずかしい……。
エリウッド様が駆け寄って来て肩を掴まれる。


「大丈夫かい、怪我は?」
「してませんよ、平気です」
「良かった……ありがとうアカネ、これで魔の島に行ける」


エリウッド様のお父様、エルバート様を助けに行けるね。

ふと視線を巡らせるとリンと目が合う。
海賊の世話になるなんてさぞかし嫌じゃないだろうかと心配。
ちょっと話そうと彼女の元へ行った。


「リン、嫌かもしれないけど……我慢しよ。せっかく移動手段が見付かったんだから」
「……分かってる。あんまり遅らせたらエリウッドのお父さんが危険かもしれないものね」
「気を紛らわしたかったらいつでも話し相手になるよ?」
「ふふ、その時はお願いね、アカネ」


とにかく移動手段は見付かった。
エルバート様を助け出してフェレへ無事に送り届けないと。

……それにエルバート様にエイベル様の話も聞いてみたい。
本当にその人がわたしのお父さんなのか気になる。
わたしとエリアーデさんの事を考えると、色々と違うだろうから意味は無いかもしれないけど……本質的な性格とかは同じかもしれない。
わたしとエリアーデさん、両方が存在できる方法のヒントになるかもしれない。
何も分からないんだから少しでも情報を得たいよ。

そんな打算も混ぜて考えながら、わたし達を乗せたファーガス海賊団の船が出港し、離れて行く陸をぼんやり見送っていた。





−続く−


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