烈火の娘
▽ 13章 それでも、温かい


どうやらラウス侯爵ダーレンは息子であるエリック公子を見捨ててどこかへ行ってしまったみたい。
エリウッド様とヘクトル様がお見舞いついでに、エリック公子から聞き出せた事を教えて下さった。

エフィデルという謎の男が現れ、ダーレンが変わってしまった事。
そのせいでリキア同盟国の盟主オスティアに反乱を企てた事。
……そして、諸侯に反乱の協力を呼びかけたダーレンに、エリウッド様のお父上であるエルバート様も賛同したって……。

もちろんエリウッド様達はそんな事 信じてない。
だけど最初にサンタルス侯、次にエルバート様が返事をしたらしい。
半年前、エルバート様は反乱意思の最終確認にラウスを訪れたそう。
更に謎の男エフィデルは暗殺団【黒い牙】を連れて来て、彼らを良く思わないエルバート様とダーレンが口論になり、その後、エルバート様は失踪してしまった。
普通ならエルバート様の生存は絶望的だと見る所だけど……。


「……父上は生きている。僕は信じたい」
「わたしも信じたいです。まさか反乱だなんて……」


わたしはエルバート様にお会いした事は無い。
それでもオスティアに反乱を企てるなんて信じられなかった。
これもエリアーデさんの心によるものなんだろうか。


「……あの、ところでエリック公子は……」
「今は離れに軟禁しているよ」
「奴がお前にしたみたいに牢に入れてやっても良かったんだが、一応立場ってもんがあるからな」
「彼、エリアーデさんと何かあったんですか?」
「あいつエリアーデの奴に惚れたらしくってよ、昔から会う度に迫ってたんだ。エリアーデが嫌がってるのにしつこいもんだから、俺やエリウッドが何とか防いでた」
「ああ、それで……」


ヘクトル様の言葉に合点がいく。
エリック公子の名前を聞いた時に感じたゾワリと来る感覚の原因はそれなんだ。
それに納得してしまった自分が凄く怖いけれど。

とにかくダーレンの行方を捜さなければならないので、エリウッド様達は話し合いに行ってしまった。
まだ体調が優れないので親切に甘えて休むけれど、眠れなくて暇。
なんて思っていたらノックの音。


「アカネ。僕だ、エルクだよ」
「エルク……!」


扉の向こうからの声にどうぞ、と少し上擦る声で言うと入室する懐かしい顔。
具合が悪いのも忘れかけながら上体を起こした。


「久し振りだねエルク。ごめんねこんな格好で」
「ああ、まだ具合悪いか。出直すよ」
「ううん、暫くここに居て。気が紛れるから」
「……分かった」


少しだけ躊躇うようにしていた彼は、やがて近くの椅子を持って来てベッドの隣に座った。
こうして無事に再会できたなんて、嬉しい!


「こんな所でこうして再会するなんてね。……シュレンの事はセーラから聞いたよ」
「あ……聞いた? お兄ちゃん本当、どうしちゃったんだろう」
「少なくとも嫌われた訳じゃないんだろ? それならまだ話し合う余地はある。僕も協力するから旅しながら彼を探そう」
「うん、ありがとうエルク」
「ところで例の魔道書の事だけど」


わたしが気になる事の一つ、あの読めない魔道書。
エルクは師匠であるエトルリア王国の魔道軍将さんに話してくれたらしい。
確かパント様だっけ、その人。


「パント様に文字の特徴を出来る限り伝えてみたら、もしかすると遙か昔に使われていた古代魔法じゃないかって」
「古代魔法……」
「実際に見た訳じゃないから確証は無いそうだけど。本当に古代魔法なら是非とも見たいって、とても興味を持たれていたよ」


その古代魔法とやらはとっくの昔に失われていて、現存していない筈だって話。
手紙やペンダントの件から、荷物入れはエリアーデさんの物だという可能性が高い。
彼女はどうしてそんな貴重な魔道書を持っていたんだろう。

色々と疑問が浮かんで難しい顔をしてしまったのか、エルクが心配そうな顔になる。


「アカネ、体調が戻るまであまり考え過ぎない方がいいよ。僕も具合が悪い時に無理をして余計に悪化させて、心配を掛けた事があるんだ」
「……そうだね。ありがとうエルク、話してたらだいぶ気が紛れた」
「少しでも役に立てたんなら良かった。早く良くなるよう祈っておくよ」


それからもお兄ちゃんの事の気を紛らわす為に少し話し相手になって貰った。
こうして気遣ってくれる友達の存在って本当に有り難い。
何かあったらわたしも返して行きたいな。
エルクが帰った後は大人しく寝ておく事にしよう。
今は少しでも不安を忘れて休んでおきたい。


++++++


ラウス城を落としてから3日が経った。
心は重いままだけれど体調は少しずつ回復して来て、少し城の中を歩いてみたり。
まだダーレンは見付からないようで、皆ちょっとピリピリしてる。
エルバート様の件とかで色々あったから無理もないよね。

ちなみにヘクトル様はエルバート様に謀反の疑いがある事を、リキア同盟国の盟主でありご自身のお兄様でもあるウーゼル様に報告してないらしい。
立場上、本来なら真っ先に報告しておかなくちゃいけないだろうけど、エリウッド様を気遣って、何よりヘクトル様もエルバート様を信じているから、その事についての報告はもっと情報が集まってからだと遅らせてるみたい。
友情だねえ……。

だけどウーゼル様にも、サンタルス候の死やわたし達がラウスを落とした報は届いているはず。
結構な事態になって来ているのに特に使いが来たりはしてない。
ヘクトル様が仰るには、軍事国家である隣国ベルンが嫌な動きを見せていて、リキアが付け入る隙を見せたらすぐにも攻め込んで来そうなんだって。
それで他国に現状を知られないようにする為に、盟主であるウーゼル様は表立っては動けないみたい。
内乱になりそうな騒ぎが起きてるなんてバレたらまずいよね。
マシューさんみたいな密偵も居る事だし、秘密裏に何かやるしかない。

割り当てられた部屋がある階、少しでも気分転換しようと廊下の窓から外を眺めていると、背後から「あ」と声が聞こえて来た。
振り返ってみればフェレ家の従騎士であるロウエンさん。
ボサボサになった緑色の髪で目元が隠れて表情が読み難いけど、基本が実直で真面目だから嫌な感じや不潔な感じは全くしない。
彼はその手に、鎧姿には不釣り合いな可愛いバスケットを持ってる。


「アカネ様、もう体調はよろしいのですか?」
「はい、少しずつ回復して来ました」
「良かった! あの、倒れられてからあまりお食事を召し上がっていないようでしたので、少しお菓子など作ってみたのですが……」
「え、ロウエンさんが?」
「はい!」
「……騎士のお仕事ってお料理も含まれてるんですか」
「いいえ、おれが個人的にやっています。エルバート様が行方知れずになられてから、エリウッド様の食が細くなっておりまして。旅に出てからおれが作ってみたところ、いつもより多くお召し上がりだったので。それからはずっと」


ひえ、すごい!
従騎士ってキッパリ言っちゃえば下っ端だから、色々と雑用も含めた仕事があって大変そうなのに、そんな事まで。

食欲が出なくてしばらく少ししか食べていなかったから、有り難くお言葉に甘えた。
部屋に招いておやつの準備をして貰う。
小さなテーブルの上、バスケットから出されたのはアップルパイ。


「あ、アップルパイ! わたしこれ大好きなんです!」
「やっぱりそうだったんですね、エリアーデ様の大好物で……あっ」


しまった、と言いたげな様子で言葉を詰まらせたロウエンさん。
そうか、エリアーデさんの好物だったのか、アップルパイ。
……なんて冷静ぶってみても表情まで繕えなかったようで、ロウエンさんが目に見えて焦りながら頭を下げて来た。


「も、も、申し訳ありません! あなたはエリアーデ様ではないと聞いていたのに……!」
「……大丈夫です、気にしないで下さい」


何とか薄い笑顔を作って穏やかに言葉を返す。
力無い笑みだったと思うけど、優しい感じに見え……てたらいいな。
つい表情に出してしまったものの、仕方ない事だとも分かってる。
特にフェレ家の人達はエリアーデさんの帰還を心から望んでるよね。

わたしがそれ以上何も言わなかったからか、ロウエンさんはもう一度頭を下げた後に準備を続けた。
紅茶を淹れて貰って、アップルパイを切り分けて貰って。
現金なもので、美味しそうなテーブルの上の彩を見たらエリアーデさんの好物を用意された事なんて思考の彼方に行ってしまった。
一口食べれば今の状況すらどこかに消えて行く。


「お、おいしい……!」
「喜んで頂けたようで何よりです」


さっきの失言を気にしているらしいロウエンさんがホッと息を吐く。
わたしの事をエリアーデさんだって思われるのは、辛くなっちゃうだけで決して怒りたい訳じゃない。

調子に乗って3切れも食べてしまった。
太っちゃうかな、なんて思ったけど、最近あんまり食べてなかったからプラマイ0……になってるといいな。


「ありがとうございますロウエンさん。久し振りにお腹いっぱい食べちゃいました」
「ご満足頂けましたか? 気が落ち込む時はお好きな物を召し上がって下さい。“腹満たされずして心もまた満たされず”と申しますでしょう」
「え、そんな言葉 初めて聞きましたよ」
「では覚えて下さいね。食は人生の一大事、幸福には不可欠なものですから!」


何だか思ったより面白い人みたい、ロウエンさん。
たまらずクスクス笑ってしまったけど、彼は気を悪くするどころか、嬉しそうに口元が笑みを形作る。
確かに食べなきゃ生きていけない。
空腹でも幸せを感じる事は出来るだろうけど、そこでお腹が満たされればもっと幸せになれるはず。
お腹が空き過ぎると地味に辛いんだよねえ……。

これを切っ掛けに食事の方も量を戻せた。
そうなると、心なしか体調の方も良くなって来た気がする。
こうして気を回してくれたロウエンさんには感謝しかないよ。


++++++


事態が動いたのはそれから更に2日後、ラウスを落としてから5日が経った日だった。
方々を調査していた偵察の人達から、ダーレンを見付けたって伝令が来た。
けれど奴らはどこかへ移動していて……向かう先はキアラン。
一刻も早く助けに行かなければとわたし達もキアランへ向かう事に。


「……リン、みんな……」


何も言わずに出て来てしまった温かな場所。
わたしがキアランを去って20日ほどが経った。
一緒に居た時間の方が圧倒的に長いのに、やけに懐かしい気がする。
だけど今はリン達も命の危機に直面してる状態。
無事に再会できるか……信じてはいるけど、どうしても不安。

2日の強行軍の末に、見覚えのある景色に辿り着く。
キアラン城からやや離れた所にある小高い丘。
そこから見下ろすとちらほらと村が見え、広がる森と、それを抜けた遠くの高台にキアラン城が確認できる。
でもその周囲はラウスの兵達に取り囲まれてた。
もしかしてリン達はもう……なんて戦々恐々していると、不意にヘクトル様の声。


「おい、敵が見えて来たが……弓部隊を前衛に出して何やってんだ? えらく上を狙ってるぞ」


その言葉に誰もが弓兵の部隊を見、次いでその鏃が狙う先の空へ視線を向ける。
するとそこには一騎の天馬騎士。
全体的に淡い色が逆に空の青に映えて鮮やかに見える、わたしの大事な友達の一人……フロリーナ。
次の瞬間、よく聞いていた声が耳に届いた。
その声の主の普段の声量とは違う、焦燥を感じる大声。


「エリウッド様ぁっ!」
「まさか……フロリーナかっ!?」
「はいっ! 私、リンディス様の……」
「フロリーナッ! 下っ!!」


一瞬で血の気が引いて、わたしは何も言えなかった。
自分を狙う弓兵に気付いていなかったらしいフロリーナは、軽く悲鳴を上げつつも射掛けられた矢を急転回で避けようと試みる。
途端にバランスを崩し、ふっと宙に投げ出されてしまった。

……その落下先には、ヘクトル様。
あ、と思ったのも束の間、慌ててフロリーナを受け止めたヘクトル様は、バランスを崩したままふらふら落ちて来たペガサスに思いっ切り背中を蹴られる。
咄嗟の事なのにフロリーナを潰さないよう精いっぱい腕を伸ばしたのは さすがだなあ。
なんて呑気に思っている間に、前のめりに倒れ込んだヘクトル様と、地面に放り出されたフロリーナの元へエリウッド様が駆け寄る。
わたしも走り寄ってフロリーナを抱え起こした。
どうやら落下した時に意識を失ったみたい。


「フロリーナ、大丈夫!? しっかりして!」
「……う…ん……。あ、あれ、私……。あ、アカネ……!」
「弓兵に射られたの。だけどもう大丈夫よ」
「ご、ごめんなさい。私、迷惑を……」
「ううん、怪我が無くて良かった」
「アカネ……今までどうしてたの? あなたが居なくなってみんな心配してたのよ。私だって……」
「フロリーナ……」


みんなを守る為だとは言っても、やっぱり苦しかった。
だけど今はそれを話し合ってる場合じゃないね。
フロリーナがリンを見捨てて逃げる訳がない。
きっと助けを呼びに行こうとしてたに違いない。
リンは無事なんだ!

わたしが真っ先にフロリーナに駆け寄ったからか、先にヘクトル様を気遣っていたエリウッド様が、ヘクトル様の無事を確認し終わりやって来る。
フロリーナが慌てて身を起こした。


「気が付いたかい? フロリーナ」
「はい。ご迷惑をお掛けしました」
「いいんだ、無事で良かったよ。ところで君はリンディスと一緒じゃなかったのかい?」
「そ、そうでした! エリウッド様、リンディス様がこの森の向こうで城へ攻め込む機会を窺っています!」
「リンディスが? 彼女も無事だったんだな!」
「はい! ……でも、ハウゼン様は捕らえられ、まだお城に……」
「そうか。だったら行こう! リンディス達と合流してキアラン侯を救い出すぞ!」


エリウッド様の言葉に皆が武器を構えて戦闘態勢に入る。
わたしはちらりと背後を見やって、やれやれといった表情で首の後ろ辺りを叩くヘクトル様の所へ行った。


「大丈夫ですかヘクトル様」
「あー、もう何ともねぇ。それより戦闘開始だろ。アカネ、あんまり前に出過ぎんなよ。何なら俺の近くに居ろ」
「は、はい」


ぶっきらぼうな口調のその言葉が妙に嬉しい。
ヘクトル様がわたしに親切にして下さるのはやっぱり、エリアーデさんの事があるからだよね。
ひょっとして妹みたいな存在だったんだろうか。

わたし達は真っ先にリンと合流する事はせず、敵との戦いに専念する事になった。
ラウス兵が自分達以外の集団と戦っている事に気付いたらきっとリン達も参戦する。
ラウス兵を攪乱して、更にリン達の危険も減らせるね。

言われた通りヘクトル様の背後から援護をメインに戦う。
丘を南に下り、森が生い茂る東へ向けて進んでからキアラン城を目指した。
森が途切れて平原に差し掛かる辺り、キアラン城がある高台へ向かう岐路の付近で、澄んだ声が響く。


「アカネ……!」
「あ、リン!」


周囲に敵が居なくなったのを見計らい、泣きそうに顔を歪めたリンがこちらに駆け寄って来た。
抱きしめようとしてくれたらしいけど、片手に剣を携えているからか一瞬 躊躇い、
もう片手をわたしの肩に置くにとどめる。


「良かった、良かった……! 無事だったのね!」
「うん。ごめんなさい、心配かけて」
「本当に心配だったわよ! でもまた会えて良かった!」
「おい、感動の再会は後にしようぜ」


ヘクトル様の声が割り込んで来て、わたしは慌てて体勢を整える。
リンはヘクトル様の方を見て。


「あなたも味方?」
「ああ、そうみたいだな。忙しいから話は後でだ」


言葉を続けようとしたリンをスルリと躱したヘクトル様が先へ進む。
後を追おうとするとエリウッド様がやって来た。


「リンディス!」
「エリウッド、よく、ここが……」
「フロリーナが知らせてくれた。もう大丈夫だ、僕らも協力する」
「ありがとう!」


取り敢えず話は周囲の敵を倒してからだね。
ちょっと離れていたけど、ケントさんとセインさん、ウィルさんも一緒に居たみたい。
仲間も増えて士気が上がったわたし達は一気にキアラン城に迫る。
何だろう、気のせいかもしれないけど、ラウス兵の動きが硬かった気がする。
彼らも自分達のやった事に後ろめたさを感じていたのかな。
城門を守っていた将軍らしき人も討ち取られ、後は城内の敵を掃討するだけ。
エリウッド様がリンに事情を説明して、改めてキアラン城奪還へ向けて意思を固める。


「後は城内に残る敵を討てば城を取り戻せるよ」
「ありがとうエリウッド、あなた達の助けが無ければここまで来れなかったわ」
「……僕らがラウス侯を追い詰めたせいでこうなった……助けるのは当然だ」
「自分のお父さんの事だもの、私がエリウッドの立場でも同じ事をしたと思うわ」


だからキアランに起きた事はエリウッドのせいじゃないと、リンはエリウッド様をフォローする。
そうそう、一番の原因はオスティアに反乱なんて起こそうとしてたラウス候ダーレンだ。
だけど責任感の強いエリウッド様は、城を奪還するまでは自分の責任でやらせて欲しいと言う。
リンもそんな彼の心に配慮してエリウッド様の申し出を受け入れた。

話が終わったのを見計らってリンに近付こうとしたけど、その途中でヘクトル様がエリウッド様に声を掛けた。


「エリウッド! もう城内に入れるぞ」
「分かった」
「あなたは……」


さっき会って会話らしい会話もせずに分かれた味方。
リンの表情に、そう言えば初対面だったなとエリウッド様がお互いを紹介する。
もう少し何か話し始めたので大人しく引き下がると、背後からまたも聞き慣れた声。


「アカネさん!」
「わっ!?」
「あぁ、相変わらずなんて可愛らしいんだっ!」
「セ、セインさん……」


この状況では、いつもと変わらないのがいっそ頼もしく思えるセインさんのだらしない笑顔。
ちょっと苦笑気味になってたと思うけど、わたしも笑顔を返せた。
彼の背後からケントさんとウィルさんが歩いて来るのが見えたけど黙っておこう。
セインさんはヒートアップしてわたしの手を握って来る。


「突然居なくなられてもう、胸が張り裂けるかと思いました……!」
「ご、ごめんなさい」
「謝らないで下さい! アカネさんがご無事というだけで俺は、俺は!」
「控えろセイン、今の状況が分かっているのか!」


あ、ケントさん達が到着。
鞘でセインさんの頭を一発、これもいつも通りの光景だな……妙に懐かしい。
叩かれた頭を押さえて呻くセインさんを無視して、ケントさんはこちらに困ったような微笑を向けて来た。


「アカネ、リンディス様から置手紙の内容を聞いた時は驚いた。あのフレイエルの奴が迫っていたんだな。無事で安心したよ」
「ケントさん……」
「今一度、キアランの為に力を貸してくれないだろうか」
「はい、もちろんです!」
「おーい、おれも居るから忘れないでくれよな」
「ウィルさんも、お久し振りです」
「急に居なくなるんだもんなぁ、心配したよ。ところでシュレンは?」


屈託ない笑顔かつ何でもない調子で訊ねて来たウィルさんに、わたしは笑顔を返す事が出来なかった。
顔が曇ってしまったらしく、3人がぎょっとしたような表情をする。


「え……えと、まさか……」
「ウ、ウソ、ですよねアカネさん……」
「……生きては、います。多分。どこかへ行ってしまっただけで」


3人とも一瞬だけホッとして、だけど、どこかへ行ってしまったという言葉を飲み込んでからは腑に落ちないような顔。
自分で言うのは恥ずかしいけど、あれだけわたしを大事にして守ってくれていたお兄ちゃんだから、わたしを放り出してどこかへ行くのが想像できないのかもしれない。
わたしだってお兄ちゃんに何が起きたのか把握できてない。
こうして旅していればいつか再会できるよね……?


「アカネ、元気を出せ……と簡単に言うのもどうかと思うが、君には私達が居る。一人で背負い込み過ぎず何でも話してくれ」
「……ありがとうございます、ケントさん」
「おいおいケント、一人だけイイトコ見せようってのはズルイぞ! アカネさん、俺も居ますからどうぞ遠慮なく! いつでも胸に飛び込んで泣いて下さい! 何なら今夜は一晩中俺が傍で慰めぐふっ」


またケントさんの鞘がクリーンヒットした。
それがおかしくて少し声に出して笑うと、ようやく3人とも本当にホッとしてくれたみたい。
そうしていると話が終わったらしいリンがフロリーナを伴いやって来た。


「リン……」
「みんな……みんな、あなたの事を心配してたわ。今頃どうしてるかなって……無事で居るかなって……。私達の為に出て行くなんてそんな事、しなくても良かったのに……」
「でもフレイエルの事は本当に、私個人の事だから。みんながわたしを心配してくれたように、わたしもみんなが心配で……危険から遠ざけたかった」
「置手紙にも書いてたわね。アカネの気持ちも分かるから責めるつもりは無いわ」
「リン、話なら後でゆっくり。今はキアラン城を取り戻して侯爵様を助けよう」
「そうね……おじい様を助けなくちゃ。アカネ、また力を貸してくれる?」
「うん!」


こうしてわたしは、再びキアラン城に足を踏み入れる。
侯爵様も、魔道士隊長さん達も無事なら良いけど……。

1年以上過ごしたキアラン城が、何だか初めて見る場所になってしまったようだった。





−続く−


戻る




- ナノ -