烈火の娘
▽ 11章 私は信じる


サンタルス領・侯爵ヘルマンの居城。
とある一室で、ローブを目深に被った怪しげな男とヘルマンが会話していた。
老人と言って差し支え無い白い髪と髭、更に気弱そうな印象のヘルマンは、それとは裏腹に激高した様子で声を荒げる。


「エフィデル殿! これは一体どういう事だ!?」
「どうなされた、ヘルマン殿。少し落ち着かれよ」


エフィデルと呼ばれた謎の男は、そんなヘルマンの様子に動じない。
少々呆れさえ感じさせる声音で応対している。


「そなたはエリウッドを脅かすだけだと言ったはず! それを始末するだなどと……もう我慢できん! わしはエリウッドに何もかも打ち明け、詫びる事に決めた」
「……我らを裏切るおつもりか?」
「そなたにも【黒い牙】にもうんざりだ! ただちに わしの城から姿を消されよ! 目障りだ!」
「ヘルマン殿……どうあっても、お考えは変わられませんか?」
「くどい!!」


ヘルマンはフェレ侯爵エルバートとは古くからの付き合いで、そんな彼にとってエリウッドは息子のような存在。
少し怪我をさせてフェレへ逃げ帰らせるだけという約束でエリウッドを賊に襲わせる事を許可した。
それがこの仕打ち。もはやエフィデルの言葉を聞く気は無い。

……その時、その場にヘルマンでもエフィデルでもない声が響く。


「それじゃあ用無しだな、オッサン。残念だ」


驚きの声を上げる間も無い。
ヘルマンが気付いた時には鋭い剣が己の腹を貫いていた。
痛みに耐えられず倒れた彼が見上げると、そこには暗くて赤黒い血のような髪色の男が、同じ色をした瞳で嘲るようにヘルマンを見下ろしている。


「大人しく犬に成り下がってりゃ、もっと生きられたってのになぁ……」
「お、お前は……誰、だ……」
「ああ、今の俺も犬っちゃ犬か。それは棚に上げておこう」


ヘルマンの疑問には答えず、楽しそうにけらけら笑う男。
彼はエフィデルに向き直ると言伝を始めた。


「そろそろラウス領に行けってよ。まったく俺を使いっ走りにしやがって。他に暇そうな奴なんざ幾らでも居るだろうが」
「……フレイエル。今まで好き勝手に行動していたのですから、命令の一つくらい大人しく聞きなさい」
「ハッ。テメェに指図される覚えはねぇな」
「忘れていませんか? ただでさえ貴方はロクにネルガル様のお役に立っていない。すぐにでもニニアンとニルスの姉弟を捕らえられる状況だったにも拘わらず、命を放棄して遊んでいたそうではないですか」
「それは俺のせいじゃねぇっての」


説教じみたエフィデルの言葉に、はいはい、と聞き流すような態度の男……フレイエル。
だからこうして役立つ為に裏切り者を処分したんだろ? と言う彼に、エフィデルは溜め息を吐いて説教を中断した。
しかし ふと何かを思い出したのか、話題を変えて再び口を開く。


「ところで、貴方は誰かを狙っているそうですね」
「あ?」
「とある一人の少女を。黒目黒髪の……名は確かアカネと言いましたか。貴方の言によると、魔法が使えるだけのただの小娘だそうですが、執拗に狙うからには只者ではないのでは?」
「俺の勝手だろ。単なる私怨だよ、その小娘を俺の手で殺したいんでね」
「しかし【黒い牙】下っ端の一部に、彼女が【黒い牙】に仇為すとまで嘘を吐き、生死を問わず連れて来るよう命じたそうで。自分で殺したいと言う割に、行動が支離滅裂のように思えますが」
「……何が言いたい」
「何も。ただ、ネルガル様から大目に見られている事を笠に着て調子付くのも、程々にしておいた方が良いと忠告したいだけです」


余計なお世話だよ、と吐き捨てるように言ったフレイエルは、足下に転移の魔法陣を展開させ その場から姿を消した。
その後もフレイエルが居た場所を見続けていたエフィデルだったが、やがてヘルマンさえ目に入れずその場を去った。


++++++


元々エリウッド様達は、ラウスという領地を目指していたみたい。
そこの領主が戦の準備をしているという情報を得て、この時期に戦をするなら国内の領地が相手である可能性が高いと読んだんだそう。
エルバート様の失踪と無関係ではないような気がして、昔から親交のあったサンタルス領主ヘルマン様に力添えをお願いしに行く途中だったって。


「はあ……何だか一年前みたい……」


ラングレン率いるキアランの人達を相手に戦った、あの日々を思い出す。
そう言えば、エリウッド様が旅の為に雇い入れた人の中にドルカスさんの姿があった。
話を聞くとリキアに越して来たんだそう。
ナタリーさんは今は、元住んでいたベルンの村より安全なフェレの村で、ドルカスさんの帰りを待っている。
……なんか一緒に居たバアトルって斧使いの人に絡まれて鬱陶しそうにしてたけど……助けなくてよかったかな?

そんな事を考えながらサンタルスのお城を目指し歩いていると、一人の女の子がわたしに話し掛けて来た。


「ねえ、あなたキアラン城の軍隊に勤めてたって本当?」
「え……」


振り返ると、緑色の髪を二つ、三つ編みにした可愛い女の子。
わたしと同じ歳くらいかな。こんな子も一緒だったんだ。


「勤めてたっていうのは違うかな、客人扱いだったから。でも魔道士隊で訓練は受けてたよ」
「凄い! わたしと同じくらいの歳でしょ? ……あ、わたしレベッカっていうの。あなたは?」
「わたしはアカネ。女の子同士よろしくねレベッカ!」


同年代の女の子なら他にもセーラが居るけど、リンやフロリーナ、ニニアンも一緒でわいわい出来た頃より少し寂しい。
戦いってどうしても男性や大人が多くなるだろうし、貴重な関係は大事にしておきたいな。

リン達は元気にしてるだろうか。
彼女達には何も言わず、置き手紙だけで出て来ちゃったからなあ……。
あれからまだ一週間も経ってないけど、みんな優しいから心配してるだろうな。
また無事に再会できるよう頑張らないと。

でも、お兄ちゃんが居ない。
ねえお兄ちゃん、どうして追い掛けて来ないの?
お兄ちゃんは強いから、フレイエルに負けたりなんかしないよね。
……負けてる、なんて事は、無いよね?
お兄ちゃん……。

その時、少し前方が騒がしくなった。
慌ててレベッカと一緒に駆け寄ると、次々と兵士や傭兵が現れる。


「エ、エリウッド様、これは……」
「どうやら僕達を城に近付かせたくないらしい。アカネ、君はレベッカ達と共に僕達の後方へ! 決して前には出ないように!」
「はい!」


今は感傷に浸ってる場合じゃない。
相手から、延いては戦いから目を逸らすなってお兄ちゃんが教えてくれた。
それを守って生き延びないと!

わたしと弓兵のレベッカは皆に守られて後方に下がる。更に後ろにはセーラ。
前の戦いより敵の数は少なそうだけれど、正規兵が増えたからか、手強さはこの人達が上のような気がする。
だけど負ける訳にはいかない……。

陣形を出来るだけ崩さないよう進軍。
やがて少し大きめの川とそれに掛かる橋の辺りまで来た時、突然近くの砦から増援が現れて陣形の隙を突いた。
すぐに陣形が崩され、真っ先に狙われたのは戦闘力の無いセーラ。


「ちょ、ちょっと来ないでよっ!」
「セーラ!」


わたしはセーラに駆け寄りながらファイアーの魔道書を構える。
……だけどセーラを狙ったと思った敵は、ぴたりと足を止めた。
わたしと同じくらいの年齢に見える男の子だ。
あの格好、リンの格好に似てる。サカの人なのかな。


「なんだよ、丸腰の女まで居るなんてやり辛すぎだろ……。いくら仕事を選り好み出来ないからって、やっぱりあんな奴らに雇われたのはマズかったか?」
「あの、あなたはわたし達の敵……で、いいの?」
「……そうみたいだな。なあ、悪い事は言わないから立ち去れよ、今なら知らない振りしてやれるから」
「気遣いは嬉しいけど、わたし達はやる事があるの。領主様のお城へ行かなきゃ」


言って魔道書を構えると、彼も観念したように剣を構える。
お互いに隙を窺って動かない……けど、ふとわたしの背後から、この場にそぐわない明るい声が聞こえて来た。
マシューさんの声だ。


「あれ? お前ギィじゃないか!」
「あ、あんた、マシュー!?」


え、知り合い?
明るい顔をしているマシューさんとは裏腹に、ギィと呼ばれた男の子は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
うーん、穏やかな関係じゃなさそう。


「久し振りだな、おい! 剣の扱いはマシになったか?」
「……言っとくけど馴れ合いは無しだからな。今のおれとあんたは敵同士なんだ」
「勇ましいな、ギィ。それじゃあ……あん時の貸しでも払って貰おうか?」


ニィッ、といたずらが成功した子供のような笑みを浮かべるマシューさん。
するとギィの顔が更に引き攣ってしまった。
どうやら行き倒れていたギィにマシューさんが食べ物を恵んであげたみたい。
……お腹を空かせたギィの目の前でこれ見よがしにお肉を焼いて、『何でも言うことを聞く』と言ったら食べさせてあげると言って……。
ひ、卑怯者だ……!


「サカの民は嘘吐かないんだよな、ギィ?」


その一言が決定打。
ヤケになったギィはすぐさま目標をわたし達からサンタルス兵に変更。
突然の事に虚を突かれ、敵兵達は少しずつ指揮系統が乱れ始める。
っていうかギィ強いなあ、あの素早さはリンを思い出す。
サカ人って身軽な人が多いんだろうか。

わたし達はその勢いのまま城門に陣取っていた重騎士を倒し、城内へ。
ヘルマン様の名を呼びながら走り回り、とある一室で彼を発見する。
だけどお腹に怪我をしているらしいヘルマン様は大量に失血していて、もう息も絶え絶えな状態だった。

ヘルマン様は泣きそうな顔で自分を抱き起こしたエリウッド様に、消え入りそうな声で謝罪を口にする。


「すまぬ、エリウッド……わしがダーレンの事を、エルバートに話したりせねば……こんな……事……には……」
「喋ってはいけません! 今、治療を……!」
「……ラウスへ行くのだ。ダーレンなら、全てを……知っている……。黒い……牙に、気を、付け……」


震えていた声も体も、そこで動かなくなった。
だけどその表情は思ったより安らかで……エリウッド様の無事を確認できて安心したんだろうか。
サンタルスの兵士達がおかしかったのは この人のせい?
でも何だか違和感がある。
今 会ったばかりなのに、ヘルマン様はそんな事をする人じゃないと分かる。
エリウッド様を見る目も、まるで息子を見るかのような目で……。

……ちょっと待って。
ヘルマン様、最期に何て仰った?

【黒い牙】って、言ったような……。
ブルガルでわたしを殺そうとし、(未確定だけど)ニニアンとニルスを襲った集団。
ここでも名前が出るの? 一体何だっていうの……!

わたしがぐるぐると考えている間に、エリウッド様は指示を仰いで来た城仕えの人達に、ヘルマン様を手厚く葬って差し上げるよう言った。
遺体は丁重にベッドへ横たえられ、エリウッド様が目を閉じて祈っている。
遠巻きな位置ではあるけれど、わたしも目を閉じて心の中で祈った。
そうこうしていると、マシューさんがヘクトル様の所へ。
周辺で情報収集をして来たようで、ローブで全身を覆った怪しい人がお城へ頻繁に出入りしていたらしい。
エリウッド様とヘクトル様は沈んだ顔で話し合う。


「ヘルマン様は【黒い牙】に気を付けろと仰っていたが、何の事だろう」
「心当たりならあるぜ、確かベルンを根城にしてる暗殺集団の名がそれだ。その不審人物が黒い牙の一員だって可能性もある」
「そんな集団が関わっているかもしれないなんて……父上……」


……言っておいた方が良いよね、わたしも襲われたって事。
今回の件には関係ないかもしれないけど、同行させて頂くんだし、また会ったら襲われるかもしれないんだから……。


「あの、エリウッド様、ヘクトル様。わたし黒い牙の人達に殺されかけた事があります」
「何だって……!?」
「サカにあるブルガルという街で、このペンダントを目印に襲って来たみたいで……」


わたしが服の下から真っ赤な真円のペンダントを取り出して見せると、エリウッド様とヘクトル様が驚いたように目を見開く。


「あの、どうされました?」
「……そのペンダント、エリアーデが肌身離さず持っていた物なんだ」
「えっ」
「同じ物があるかもしれないから、断言は出来ないけど……」


断言できないにしても、わたしがエリアーデさんかもしれない疑惑が高まっている今、エリアーデさんの物だと考えるのが自然だよね。
……なんか、頭がぼうっとする。夢の中にでも居るみたい。


「おい、やっぱりマジでコイツがエリアーデなのか? 話が本当なら、エリアーデは黒い牙に狙われてるって事じゃねえか!」
「父上だけでなく、叔父上一家の失踪にも黒い牙が関わっているかもしれない……? ヘルマン様はラウス候ダーレン殿が全てを知っていると仰っていた。ラウスへ行こう!」


こうしてわたし達は、すぐさまサンタルス城を後にした。
サンタルスとラウスの間にはキアラン領の端部分が少しだけ挟まっている。
そこに足を踏み入れた時にはすっかり日が暮れてしまい、近くの村で宿を取る事に。

エリウッド様がマーカスさんに宿の手配を頼み、それを待つ間に川沿いをぶらぶらする。
ふと近くを見ると、エリウッド様とヘクトル様が何やら談笑してる。
楽しげに喋り、時にふざけ合って笑っている彼らを見ていると、何故か無性に交ざりたくなってしまった。

だけど彼らは貴族。どうにも遠慮が出て近付けない。
あのお二人ならきっと、身分差なんて気にせず気さくに応対して下さるだろうけれど、それでも気後れしてしまう心はどうにもならない。


私の居場所はあそこにあるのに、今の私では交ざれない。悲しい、寂しい。


「……!?」


え、なに、今の声!
誰かが喋った訳じゃない、まるでわたしの頭に直接響いたような声だった。
わたしが彼らに交ざりたいと思ったら聞こえて来た女の子の声。
もしかして居場所って、エリウッド様達の所?
じゃあ今の声の主は まさか……。


「エリアーデ、さん?」


自分かもしれないのに さん付けしてしまう。
だけどわたしとは何もかも違うんだよね? それってもう他人じゃないのかなあ。

エリウッド様の従妹……それならヘクトル様とも親交があったかもしれない。
もし仲が良かったなら、今の状況はエリアーデさんにとって辛いはず。
何の垣根も無かった親しい関係に、確かな壁が出来てしまったとしたら。

わたしまで悲しくなってしまい沈んだ顔でエリウッド様達を見ていると、ふと彼らがわたしに気付く。
逃げる事も出来ずに突っ立っていたら、こちらへ歩いて来た。


「アカネ、どうしたんだい? 何だか辛そうだね」
「え……」
「疲れたなら無理すんなよ、お前はエリウッドに似て昔から……」
「待ったヘクトル。今のところ彼女はまだ……」
「あ? ……ああ、そうか。すっかりエリアーデだと思い込んじまった。悪ィなアカネ、まだ確定はしてないんだったか」
「い、いえ」


エリウッド様はわたしをエリアーデさんだと確信しているけど、わたしが認めないからか、そこは気を遣って下さってる。
少なくとも“エリアーデ扱い”ではなく“アカネ扱い”はしてくれていた。

謎の声が聞こえた事が言い辛くて迷っていると、今 居るここがキアラン領だという事を思い出した。
リン達やお兄ちゃんの事を気にして辛い顔をしていた、という事にしておこう。
完全な嘘でもなく、本当に気になってたし。


「ここはキアラン領なんですよね。リン達どうしてるかなって思って」
「確かフレイエルに襲われて、何も言わず置き手紙だけで出て来たんだったね」
「はい。1年も一緒に居たから寂しくって。……お兄ちゃんに至っては生死すら分からないし……」


お兄ちゃんの笑顔を、優しく撫でてくれる手を、つい思い出したら泣けて来た。
やだなあ、大変な状況のエリウッド様達に余計な心配を掛けたくないのに。
頭に浮かぶお兄ちゃんの笑顔に合わせて楽しげな笑い声まで聞こえた気がして、とうとう わたしの目から涙が溢れてしまう。

……すると、誰かの手がわたしの頭に優しく乗せられた。
驚いて顔を上げたら、それはヘクトル様の手。


「元気出せよ。強ぇ兄貴なんだろ? 生きてるに決まってるじゃねぇか。妹のお前が信じてやらなくてどうすんだ」


髪の間に指を通して、頭にしっかり手が触れるけれど力加減は優しい、気持ちの良い撫で方。
あ、これ、よくお兄ちゃんがしてくれてた撫で方だ。
温もりを感じたら悲しみが薄れて、涙を拭って笑顔を向けた。


「えへへ……何だかヘクトル様、お兄ちゃんみたい」
「んん? 兄貴か……まあ悪くはねぇな。そんなに似てるか?」
「外見は似てませんけど。性格とか喋り方とか、撫で方が」
「撫で方って、また絶妙な所が似てるな」


おかしかったのか、笑顔になるヘクトル様。
その笑顔すらお兄ちゃんに似ているような気がして来る。
顔が似ているというよりは、笑い方がそっくり。

……その時。
わたしの体にゾワリと嫌な感じが走った。
そして急に明後日の方を向いたものだから、エリウッド様が怪訝な様子で訊ねて来る。


「アカネ? どうした」
「……誰か、襲われてる?」
「何だって!?」
「あっちの方……あ、悲鳴……」
「行ってみよう!」


ちょうど男性の悲鳴が聞こえ、そちらへ行ってみると中年男性が山賊に襲われていた。
もちろん見過ごせる訳は無い。
当然のように戦闘に入り、わたし達は仲間と共に山賊と戦う。
辺りはすっかり暗くなっていたけれど、夜目が利くマシューさんと、襲われていた男性がくれた松明に頼りながら敵を倒した。

助けた男性はマリナスという名前の商人さんで、ヘクトル様の提案により荷物の管理をするため同行してくれる事に。
なんでも貴族に仕えるのが長年の夢だったんだって。
嬉し泣きしているマリナスさんは見ていて微笑ましい。

一騒動あったけれど、近くの村に取った宿でようやく休める事になった。
疲れた。今日はけっこう移動した上に戦いの連続だったもんなあ……。
お兄ちゃんが居たら、頑張ったなって褒めてくれたかもしれない。
女子陣で纏まった部屋の中、ベッドでだらだらしているとレベッカが話し掛けて来た。


「ねえアカネ。さっきちょっと話が聞こえちゃったんだけど、お兄さんが行方不明なの?」
「うん。数日前にわたしを守ろうとして一人で敵に立ち向かって、それきり。あんなに強いお兄ちゃんが追い掛けて来ないなんて、もしかして……って思えて、怖いよ」
「そうだったんだ……。わたしもお兄ちゃんが行方不明なの。もう5年くらい」
「レベッカも……!? それも5年って、どうして」
「家出しちゃったの、わたしの幼馴染みと二人で。もう二人とも わたしの事なんて忘れちゃったのかな……」


泣きそうな顔で言うレベッカに言葉を掛けてあげられない。
忘れる訳なんか無いよと言えればよかったけれど、この世界で5年も帰らないなんて、命の保証も出来ないレベルじゃ……。
わたしがそうして困っているとセーラが割り込んで来る。
いつも通りの自信たっぷりの顔と声音で。


「あんた達ねー、何にせよ今はどうにもならないんだから暗い顔しないのっ! 考えても分かんない事を悲観したって疲れるだけでしょ、どうせなら良い方向に考えないと、健康に悪いわよ!」


……すごい説得力。
なるほど。セーラが元気なのは、この前向き精神のお陰なんだ。
元気過ぎてエルクとかマシューさんとか疲れさせてたみたいだけど。
レベッカと顔を見合わせ、おかしくなって二人で笑う。


「あはは、セーラが相変わらずでホントに安心した!」
「元気が出たなら、私を癒やしの聖女として讃えてくれたっていいのよ? 遠慮はしないで」
「レベッカ、お兄さんは生きてるよ。レベッカの事きっと忘れてないよ。わたしのお兄ちゃんだって、絶対に生きてる」
「うん。わたしも信じる。アカネもセーラもありがとう」
「さり気にスルーしたわね私の言葉……」


ちょっとジト目で拗ねたような口調のセーラも、やれやれと言いたげに溜め息を吐いて笑顔を浮かべた。

頼もしい仲間や大好きなお兄ちゃんと離れて、寂しくて辛いけれど、今もこうしてわたしを思いやってくれる仲間が居る。
そう実感すると勇気と希望が湧いて来た。
お兄ちゃんの無事を信じよう。
信じる事から始まる……お母さんが言っていた事を久し振りに反芻した。

明日は、ヘルマン様曰く全てを知っているらしいラウス候の領地へ向かう。
エリアーデさん一家の事に関しても何か分かれば良いな。
気持ちを新たにして、わたしはこれからの事に思いを馳せた。





−続く−


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