烈火の娘
▽ 6章 面影


エリウッドという人に協力を求めるため、リン達はカートレー領へ引き返した。
わたしは情けない事に、恐らく連戦による肉体的、精神的疲労が原因で具合が悪くなってしまい、キアラン領に残っている。
お兄ちゃんとセーラ、ルセアさんが残ってくれて、強行軍になって危ないからとニニアンやニルスも一緒。
取った宿屋の部屋で休んでいると、セーラが話し掛けて来た。


「ねえねえアカネ、アンタのお兄さんって割とイケメンよね、彼女居るの?」
「え……うーん、居ないと思うけど。浮いた噂なんて一つも聞かなかったし。お兄ちゃんを好きな人なら沢山居たみたいだけどね。ファンクラブまで出来てたらしいんだよ……」
「へーえ、モテるんだ! 強いし中々の良物件ね、後はお金持ちなら文句無いんだけど〜……」
「うちはそこそこの家だったかな。一般人における中流って感じで、たまに贅沢する余裕はあったけど、飛び抜けて裕福でもないよ」


私がそう言うと、セーラが一瞬だけ呆けた顔をする。
何事かと思っていると近付いて来て、わたしの顔をまじまじと眺めて来た。
い、いくら女同士だからってそんなに見られると恥ずかしいんだけど……。
セーラは何か考え込んでいるような顔になり、以前にも聞いた事を訊ねる。


「やっぱりアンタ、どっかで見た事あるわよ」
「へ……。この旅に出る前は会った事ない筈だけど」
「うーん、“会った”って言うか“見掛けた”って感じなのよね。ニニアンはアカネに見覚え無い?」


同じ部屋で椅子に座り外を眺めていたニニアンへ、セーラが急に話題を振る。
え? と言いたげな顔でこちらを見た後、彼女も考え込んでしまった。
そう言えばニニアン、ニルスと旅をしてたんだよね。
そうならどこかで見掛けた事ぐらいはあったかもしれない。
ニニアンみたいな神秘的な美少女は見掛けたら忘れないだろうから、彼女の方がわたしを一方的に見た事ぐらいだったら……。
やがてニニアンは、怖ず怖ずと口を開いた。


「……少し、ですけれど。どこかで見たような気はします」
「本当!? 知らないうちにどっかで一緒に居た事あるのかな、どこだろ」


ニニアンがわたしを見掛けていたんだとしたら、どこかですれ違ったのかな。
セーラも一緒に考えていると部屋の扉がノックされる。
入れてみるとお兄ちゃん達だった。
わたしの具合を心配してくれたらしく、冷たい水まで持って来てくれている。


「よおアカネ、具合は良くなったか?」
「うん、お兄ちゃん。だいぶ楽になったよ」
「喉が渇いているかと思って、お水を頂いて来ました。コップも置いておきますので、どうぞ」
「有り難うございます、ルセアさん」


確かに喉が渇いていたので遠慮なく水を貰う。
冷たい温度が口の中から喉をつたって滑り落ちる感覚だけで気持ちいい。
ニルスが、さっき何の話をしてたのと割り込んだ。
セーラやニニアンがわたしに見覚えがあるという話を教えたら、ニルスも何となく覚えがあるらしい。
ルセアさんは特に無し……じゃあ会わなかったんだろうな、わたしは別に有名人じゃないんだし、皆が皆、見た事ある訳じゃないか。


「アカネに見覚え、ねえ……俺には見覚え無いのかお前ら、俺、アカネの実の兄貴なんだぞ」
「シュレンみたいなイケメンだったら、見たら忘れたりしないわよ〜」


セーラがお兄ちゃんに擦り寄り、お兄ちゃんは困ったような顔で笑ってる。
セーラはお兄ちゃんには見覚えが無いらしい。
そりゃ、この世界に来てからお兄ちゃんとは離れ離れだったんだし、知らなくても無理は無いよ。
わたしを見た事があるんなら、3ヶ月の間にお兄ちゃんと会う可能性は、そんなに高くないだろうし。
ルセアさんはお兄ちゃんも見覚えが無いらしいし、この話はこれでおしまい。
……と、思ったら。


「ねぇニニアン、シュレンさんの事、どっかで見たような気がするんだけど」
「そうねニルス、わたしもそう思ってたわ」
「え、ニルスとニニアンはお兄ちゃんにも見覚えあるの!?」


さすが旅芸人してただけの事はあるんだね……。
二人ともわたしと変わらないぐらいの年齢に見えるから、そんなに長くは旅してないだろうけど。
どっちにしろわたしとお兄ちゃんは3ヶ月前まで元の世界に居たんだから、期間はあんまり関係ない。

それにしても、人って意外と色んな所で会うんだね。
ケントさんやセインさんもわたしに見覚えがあるみたいだったし、確信は無いけどマシューさんも、初めて会った時に何となくわたしに対する態度が変だった。
セーラは“会う”じゃなくて“見掛ける”って感じだとか言ってたけど。
そうやって考えていると、お兄ちゃんがわたしの隣に来て頭を小突いた。


「いたっ」
「お前は余計なこと考えなくていいから休め! 命懸けた戦いしてんだぞ、俺も出来る限り守るけど万一って事もあるからな」
「一昨日からゆっくり休んだし、もう具合は悪くないって言ったじゃん」
「俺はお前が心配なんだよ……ここは俺達が住んでた国とは違う、危ない所なんだから」


心から心配そうな表情と声のお兄ちゃんに、気に掛けて貰っている実感が湧いてとても嬉しい。
小さい頃からよく一緒に遊んでたけど、お兄ちゃんが中学に上がった辺りから友達と過ごす事が多くなって、寂しい思いをしてた。
今なら仕方ない事だって分かるんだけど、小学生の頃のわたしはただ悲しくて、まるで裏切られたみたいに思っちゃってたんだよね。
誕生日には早く帰って来てくれたり、暇を見付けては話してくれたり、本当は色々と気に掛けてくれてたのに。


「……お兄ちゃん、ありがとう。お兄ちゃんが居てくれて、凄く幸せだよ」
「何だよ急に、おだてたって何も出ないぞ。リン達が帰って来るまでゆっくり休んでろよ」


優しく微笑んで頭を撫でるお兄ちゃんに甘えて、今の幸せを噛み締める。
暫くしてお兄ちゃん達は自分達の部屋に戻り、わたし達の部屋は静まる。
夕飯まで休んでいようかなと思ってベッドに寝転がろうとしたら、セーラが。


「部外者の割り込む隙間なんか無いって感じね、アンタ達。シュレンもよっぽどアカネが大事なのねー」
「優しいんだよ、お兄ちゃん。思えば昔から助けられてばっかりだったなあ」
「あーあ……あれでシスコンでさえなかったらなあ、お金持ちじゃない事もそれなりに我慢できたのに」
「セーラ……本気だったんだ……」
「乙女たるものイイ男はいつでも狙っとくべきなのよ!」


自信満々に言うセーラにクスリと笑い、ニニアンを見ると彼女もうっすらではあるけど微笑んでる。
窓の外は快晴、リン達の姿は見えないようだった。


++++++++


リン達が帰って来たのは次の日で、
協力を了解してくれたエリウッドという人の報告を待つため、またもどかしい日々を過ごす事に。
一週間後、宿主さんから連絡があってリン達が飛び出して行き、わたしも後について宿の扉からこっそり覗くと、そこには真っ赤な髪が印象的な男の人。
年齢はお兄ちゃんと同じくらい、状況が状況だから真剣な顔をしているけど、優しそうな印象だ。


「キアランに隣接する5つの領地、ラウス・トスカナ・カートレー・タニア・サンタルス……。全ての領主殿に、キアランへの干渉はしないとの意思を確認した」
「エリウッド、なんてお礼を言えばいいか……」
「僕がやったのは、どちらにも手を貸さないという事だ。つまり、僕も君達に力を貸す事が出来ない。……勝算はあるのかい?」
「勝つわ。おじい様をお助けするには、それしか手が無いんだもの」
「分かった。友人として君達の勝利を願っているよ」
「有難う。あなたの思いやり、決して無駄にはしないわ!」


話が終わったのを確認してから、わたしはリンの所へ駆け寄って行く。
思い詰めたようにも見える表情で、何か無茶をするんじゃないかと思えて心配になってしまったから。


「リン、これでリンのお祖父さんの所へ行けるね」
「アカネ。ええ、随分長かった気がするけど、もうすぐなのね。あなたも……」
「エリアーデ!?」


リンの言葉を遮って張り上げられた声に、わたしもリンもすぐ傍に居たケントさん達も驚いた。
そちらを見ると、酷く驚いた顔のエリウッド様。

エリアーデ? なにそれ。
聞いた事の無い単語に疑問符を浮かべる事しか出来ず、助け船を求めてリンを見ても、彼女も同様に困ったような顔をしていて。
エリウッド様は、今にも駆け出しそうに焦りながら早歩きでこちらに来て、急にわたしの手を取った。
こんな格好良い男の人に手を握られるなんて思ってなかったから、恥ずかしい。


「え、あの……!?」
「君、エリアーデだろ!? 今まで一体どこに行ってたんだ、心配したよ……!」
「待ってエリウッド、アカネが困ってるわ!」
「アカネ? エリアーデじゃないのか? 君は僕の従妹だろう……!?」


この人が何を言っているのか分からない。
従妹だなんて言うという事は、その“エリアーデ”は人なんだろうけど……心当たりが無さすぎて困る。
わたしもリンもエリウッド様も困っていると、宿の方から怒った顔と足取りでお兄ちゃんがやって来た。
エリウッド様の手を乱暴に離させ、わたしを引き寄せてエリウッド様から引き剥がした。


「おい、テメェなに人の妹をたぶらかしてんだよ!」
「た、たぶらかすなんてそんなつもりは……! ……え、君の妹……?」
「そうだよ! 小さい頃から一緒に過ごしてたんだ、お前みたいな親戚は一人も居なかったがな!」
「エリアーデに兄が居たなんて、そんな話は聞いた事が無い……」
「だからコイツはエリアーデなんて名前の奴じゃねぇ、アカネだっつってんだろうが!」


今にも殴り掛かりそうなお兄ちゃんを、リンの為に動いてくれた人なんだから抑えて、と宥めてみる。
エリウッド様は暫く何か考えるようにしていたものの、やがて自分がした事に気付いたのか顔を少し赤くしながら謝って来た。


「す、すまない! 初対面の女性に、とんだ失礼な事をしてしまって……!」
「大丈夫です。従妹さんが行方不明なんですか?」
「ああ、僕の叔父やその奥方も一緒に、もう半年以上は経ってる。……どうして間違えたんだろう、君は髪や瞳の色がエリアーデと違うし、顔も似ていないのに。本当にすまなかった」
「いえ、従妹さん一家が見付かるといいですね。わたし達も何か手掛かりになるような事を聞いたら、あなたにお教えしますから」


半年以上経っているなら、完全に無関係だね。
わたしは3ヶ月くらい前にこの世界に来たんだから。
まだ謝りそうなエリウッド様を制し、戦闘になりそうですからと言って別れた。
特に気にしていないのに謝り倒されるのは逆に申し訳ないし、先を急がなければならないのは確かだから。

改めて、キアラン城を目指して南下する事に。
ケントさんとセインさんの話では、この辺りは霧に包まれる事が多く、視界を遮られるため危険だとか。
今も霧が出て来そうになっているらしいけど、霧が掛かるのを待ち、それからまた晴れるのを待つなんて余りにも時間が惜しい。
キアラン城へ行くには、最後の難関とも言えるイーグラーという将軍の館を抑えないといけないみたい。

霧でも目が利くというマシューさんを囲むように陣形を組んでいると、近くの山から誰かが降りて来た。
全身を強固な鎧に包んだ、スキンヘッドのおじさん。
その目付きは鋭くて、只者じゃない事が窺える。
その人を見たケントさんとセインさんが、一瞬だけ顔を顰めて身を引く。


「あなたは、ワレス殿!」
「ケント、この人は?」
「キアラン騎士隊の隊長を勤めておられた方です。今は引退されている筈……」
「わしもそのつもりだったがな。ラングレン殿から騎士隊に命が下った。公女リンディスを騙る不届き者を討つべし、とな」


かつて上司だった人にまで疑われている事に、ケントさんもセインさんも驚愕の色を隠せない。
その様子から、あの二人が信頼してる人だって事は分かるけど、そのワレスさんはリンを出せと言って話を聞いてくれない。
疑われているのにリンを出すわけにいかず、ケントさん達は引かない。
そんな一触即発な状態を見かねたリンが、両者の間に飛び出してしまう。


「待って! 私よ、私がリンディスよ。信じてくれないならそれでもいい。でも、仲間同士で戦うような真似はやめて!」
「……ふむ。綺麗な目をしておるな」
「え……?」
「わしは三十年を騎士として生き、一つ学んだ事がある。こんな澄んだ瞳を持つ人間に悪人は居ない。いいだろう、気に入った!わしも、お前達と共に戦わせて貰うぞ!」


急な話にセインさんが、本気ですか? と目を見開く。
ワレスさんはキアランに忠誠を誓っているから、正当な主君を攻撃する奴は許しておけないそう。
ケントさんも呆気に取られたようになっているけど、見る限り良い人みたいだ。
尊敬できる方です、とリンに言うケントさんの目も、頼もしい人の仲間入りにどことなく楽しげ。

改めて陣形を組み、南……間に山脈を挟んでいるので、正確には南東を目指して進軍を始める。
新しく仲間入りしたワレスさんは、全身を強固な鎧で包んだジェネラル。
攻撃をその鎧で跳ね返し、こちらからは大きな槍で敵を薙ぎ倒す。


「お兄ちゃん、あのワレスって人強いよ、出る幕無さそうだよ」
「ま、敵兵どもの実力も大した事なさそうだしな、無傷は確実だろうけど。霧が出て来たし、奇襲も有り得るから油断するなよ」
「はーい」


お兄ちゃんの言う通り、辺りには霧が出て来た。
マシューさんが忙しそうに敵の来る方角と人数を伝え、ワレスさんが先行して攻撃を防ぎ、討ち漏らした敵をわたし達が倒す。
ジェネラルは魔法に弱いらしいけど、いま戦っているイーグラー将軍の部下には魔道士が居ないらしい。
つまり絶好の進撃チャンス、応援を呼ばれる前に館を抑えないと。
わたしとお兄ちゃんは最後尾、背後も霧に包まれていて怖いけれど、ワレスさんの鎧や足音につられて敵は前方に集まっているから、こちらには誰も居ない。


「ここを越えたらキアランのお城か……。リン、お祖父さんと再会できればいいけど」
「…………」
「お兄ちゃん?」


返事が無かったから、やや後ろを振り返るとお兄ちゃんもまた振り向いていた。
霧に包まれた平野、何も見えない筈なのにお兄ちゃんはまるで何かが見えているように一点を凝視。
どうしたのか気になって近付こうと一歩踏み出すと、急にお兄ちゃんが片手をこちらに突き出した。


「来るな、アカネ!」
「え?」


厳しい怒鳴り声にびくりと体が震えて立ち止まる。
その瞬間、お兄ちゃんが炎に包まれてしまう。
息が詰まる。悲鳴さえ上げられない。
どこから発せられたか分からない炎はお兄ちゃんの全身を食らい、飲み込んで焼き尽くそうとする。
ふと思い出す。わたしの家で見た、燃え盛る炎のように真っ赤な色をした竜を。
別に竜の形をしている訳ではないのに、お兄ちゃんを食らい尽くさんばかりの勢いで燃え盛る炎は、確かにあの時の竜のイメージしか湧かなくて……。


「お兄ちゃんっ!!」


わたしがようやく悲鳴を上げたのと、お兄ちゃんが炎を振り払ったのは同時。
お兄ちゃんはそのまま走って霧の中へ消えてしまい、足が竦んだわたしは追い掛ける事すら出来ない。
どうするべきか判断できずに狼狽えていると、わたしの悲鳴を聞き付けたリンがケントさん達を伴い戻って来る。


「アカネ、どうしたの!?」
「お兄ちゃんが、炎魔法の攻撃を受けて……向こうに走って行っちゃったの! どうしよう、リン!」
「ケント、セイン。マシューを連れてアカネとシュレンを探してあげて」
「しかしそれでは、リンディス様が……」
「私の方はワレスさんも居るから大丈夫。シュレンほどの人なら大丈夫だと思うけど、だからこそ居なくなるなんて心配だわ。それにイーグラー将軍の部下には魔道士が居ないって話だったけど、炎魔法を受けたらしいじゃない。奇襲を受けると危険だし、倒しておいた方が良いわ。霧も濃いし、気を付けてね」


リンの言葉で、ケントさんとセインさんはわたしに協力してくれる事になった。
マシューさんも連れて引き返し、宿を取った小さな村辺りまで戻って来る。
先程から何かじゃりじゃりした物を踏んでいるような気がするけど、霧が濃すぎて上手く確かめられない。


「お兄ちゃーん、どこに行ったの、返事して!」
「おーいシュレン、こんなに可愛いアカネさんを悲しませるなんて言語道断だぞ、出て来ーい!」
「セインさんどさくさに紛れて恥ずかしい事を言わないで下さい!」
「何を仰います! やはり誰を悲しませるかは重要でしょう、そこを行くと天使のように愛らしいアカネさんは決して悲しませては」
「お前はこんな時まで、いい加減にしろセイン!」


すぐさまやって来たケントさんが、馬を隣に並べてセインさんの頭を叩いた。
いったーい、と大げさな動作をするセインさんがおかしくて、少し気が休まる。
マシューさんも、何やってんだかと言いたげに苦笑していた……けど、急に真剣な顔になり、わたし達から視線を外してしまう。
同時にわたしとケントさん達も何か異様な雰囲気に気付いて気を引き締めた。
わたし達はマシューさんに倣って同じ方を見つめる。
すると急にその方角を中心として、わたし達の近辺だけ霧が晴れてしまった。
そして現れたのは。


「仲が良いなあお前ら」
「あ、あなたは!」


全身をフード付きの黒いローブで纏っているから、容姿を窺う事は出来ない。
ただ、こちらを見下しているような態度は分かる。
わたしは緊張しながら魔道書を握り直した。

フレイエル。
以前に、わたしを憎み、苦しませながら殺すとまで言っていた危ない人。
今すぐにでも逃げ出したいけど、こんな人が居るならお兄ちゃんが益々心配だ。
マシューさんが冷や汗を流し、フレイエルから視線を外さずわたしに訊ねる。


「……なあアカネ、お前、こいつと知り合いか?」
「ち、違う! この人わたしを殺そうとしてる危ない人なんです。こんな人が居るなんて、まさかお兄ちゃんの身に何か危険が……」


お兄ちゃん、の単語に、フレイエルが少し反応した。
何事かと思っていると彼は辛うじて見える口元を笑みの形にし、嘲笑する。


「お兄ちゃん? 何を言ってるんだアカネ、お前に兄なんて居ないだろ」
「居ます! わたしのこと何も知らないクセに、知ったようなこと言わないで!」
「少なくともお前よりはお前のこと知ってるんだがな。お前に兄なんか居ない。下らない夢見てんなよ」
「夢なんかじゃ……!」


そこでふと思い出す。
確か今日フレイエル以外にも、わたしに兄が居ないなんて言った人が居た。
エリウッド様。
そして彼は、わたしを自分の従妹と間違えていた。
……まさか。


「フレイエル、まさかあなた、わたしを誰かと間違えてるんじゃないですか?」
「何だって?」
「今日フェレ公子のエリウッド様に、彼の従妹と間違えられたんです。髪の色や目の色が違うし顔も似てないらしいけど、何故か間近で見ても間違えられて。エリウッド様もわたしのお兄ちゃんを見て、彼女に兄が居たなんて……とか言ってたから、まさか……」
「で、そいつの従妹はお前と同じ名前なのか?」
「え……あっ」


その言葉に、フレイエルが初対面の時、名乗りもしていないわたしの名前を知っていた事を思い出す。
確かに彼はアカネと、初対面でわたしの名前をしっかり呼んだ。
確かエリウッド様の従妹はエリアーデ様だっけ、フレイエルはわたしを一度もその名で呼んでない。

……やっぱり彼が憎んでいる相手は、わたしなんだ。
心当たりなんて少しも無いし、理不尽すぎて恐怖より怒りが浮かんで来るけど。


「……用が無いならどこかへ行って下さい、わたしはお兄ちゃんを探すんです」
「そう言えばさっきな、俺を敵だと思い込んだ奴らが攻撃を仕掛けて来たんだ。炎で一掃したんだが、適当に燃やしたから誰が誰やら分からなくてな」
「……!」
「その辺、足下がジャリジャリしないか? 焼き損じた骨が破片になって残ってるんだ。お前の兄貴とやらも居るかもなあ?」


お兄ちゃん?
この骨……とも分からないような破片が?
小さい頃から一緒に遊んで、誕生日も祝ってくれて、異世界に来てしまったわたしが落ちるのを救ってくれて、いつも守ってくれて、大丈夫だってわたしを撫でてくれた、お兄ちゃん?
この、ゴミみたいな破片がお兄ちゃん?
お兄ちゃんなの? これが?

笑わないじゃない。
喋らないじゃない。
撫でてくれないじゃない。
慰めてくれないじゃない。


「口を慎んで貰おう。これ以上、我々の仲間を傷付けるのは許さない」
「酷い言葉で女の子を虐めるなんて、悪趣味極まりないね」


ケントさんとセインさんが、呆然と立ち尽くすわたしを守るように立ち塞がる。
マシューさんは辺りを窺っていて、逃走経路でも確認しているようだった。
全身が冷えるような感覚に襲われる。
なのに片手がやたらに熱い気がして、何となく目をやると魔道書を握っていた。
戦闘中だったから、魔道書を持ってるのは何もおかしい事じゃないんだけど。

対するフレイエルは、魔道書を持っている様子も無いのにローブの袖から覗く手から炎が迸っていた。
間接攻撃が出来る敵は放っておくと厄介になる。
ケントさんとセインさんは瞬時に馬を走らせ、フレイエルへ向かって行った。


「あ、危ない!」


一瞬。
フレイエルがまるで剣を振るかのように腕を一閃させ、それにつられるように発した炎の軌道がケントさん達に襲い掛かった。
フレイエルが魔法を発するつもりなのは皆が分かっていた事なのに、予想外な使い方をされて対処が間に合わない。
悲鳴にしか聞こえない馬の嘶きが響いて、ケントさんとセインさんが落馬する。
瞬時にマシューさんが短剣を手に斬り掛かるけれど、いとも簡単に避けられた。
出来た隙は数秒、何とか体勢を立て直したケントさん達だけど、馬がまだ立ち上がれていない。

再び放たれた炎に襲われたマシューさんが辛うじて避けるも、既に第二波を放つ準備をしている。
わたしは咄嗟に走り出し、マシューさんの前に立ちはだかった。
それまでに溜めていたありったけの魔力を集中させ、フレイエルに向けて放つ。


「天地の理よ、紅蓮に盛り我が敵を滅せ!」


呪文を唱えながら、真っ先に思ったのは“間に合わない”という事。
一体どんな手品か分からないけれど、さっきからフレイエルは呪文を詠唱している様子が全く無い。
初歩魔法だからわたしが唱えている呪文も短いけれど、さすがに無詠唱で魔法を放つなんて無理だ。
案の定、わたしが呪文を唱え終わった瞬間には、もう炎が迫っていた。
燃え盛る炎の矛先は、わたしじゃない。
軌道が逸れた炎はわたしから目標をずらすと、体勢を立て直したばかりのケントさん達の所へ。

一般的に魔法に関する職業でない人は、魔法に対する耐性があまり無いらしい。
ケントさんとセインさんも例外じゃないはず。
わたしはギリギリで、標的をフレイエルからケントさん達を狙う炎魔法に変更。
せめて打ち消せれば、と思いながら勢いに任せてファイアーを放つと、二つの炎魔法がぶつかった衝撃で辺りが高熱に包まれる。

熱い、でもこれは魔法。わたしは多分大丈夫だ。
ケントさん達は……!
ふと視線を巡らせると、体勢を立て直したはずのケントさんとセインさんが、がくりと崩れ落ちた。
すぐ後ろからも音がして、見るとマシューさんが膝をついて苦しんでいる。


「マ、マシューさん!」
「やべぇ……な、比喩抜きで焼けそうだ……!」


顔はいつも通りの食えないといった風な笑みだけど、口調と大量の汗を見るに余裕は全く窺えない。
やっぱり魔法の耐性が低い人には危険なんだ。
逃げようにもフレイエルに隙は無く、そもそもわたし以外、誰もまともに動けない。
熱の蔓延が消えないうちに、フレイエルが三度、魔法の炎を発生させようと意識を集中させている。
……マシューさん達はこの状態で苦しんでいるのに、これ以上熱を加えられたりしたら、彼らは……。

死ぬ……?

この、辺りが赤く見える程の過剰な熱波の中、ぞっとする冷えに襲われる。
今までだって命を懸けた戦いの連続だったけど、私が本格的に戦い始めたリキア国境付近以降、一緒に居るわたし以外の仲間がみんな死ぬかもしれないなんて恐怖は無かった。
戦い始めてから、戦場では自分の事だけしか考えていなかったから、仲間達の方まで気が回らなくて。
何となく、彼らならわたしと違って大丈夫だろうと根拠も無く楽観していて。
きっとフレイエルはわたしを狙って来たんだろう。
つまりわたしのせいで、わたしの目の前で仲間が死んでしまうという事。


「……だ、め、」


わたしは弱い。
凄い素質があるとエルクに言われたけれど、素質だけあったって無意味だ。
戦わないと、戦えるようにはならないんだから。
リンに守られて、他の仲間達に守られて、再会してからはお兄ちゃんに守られて、そればかりじゃ……。
それじゃあわたしは、守る側に一生なれない。
目の前で仲間が死にそうでも、黙って見ているしか出来ない。

嫌だ、そんなの絶対に嫌だ!

わたしは初めて、敵を倒すのは仕方ないんだ、そうしないと自分が殺されるんだという、言い訳じみた感情を投げ捨てた。
自分が攻撃されたから身を守る為に、じゃない。
自分以外を守る為に、自身が攻撃されなくても能動的に敵を倒す……殺す事が出来なければ……。

手にしたのは、文字の読めない魔道書。
サカの草原でリンを山賊から守る為、たった一度だけ発動させた炎魔法。
出来なければならない、じゃなくて、出来る。
わたしは出来る、そう信じて魔道書を開いた。

途端に脳内を駆け巡る魔力と、呪文。
発音もロクに掴めない、その読めない呪文が、わたしの口を突いて出る。


「ρεγινα ηγνισ!」


自分が何と言っているのか全く分からないのに魔力は言霊に反応し、空へ向けて翳した手の上部に灼熱の火球を作り上げる。
瞬間、辺りの熱が火球に集まって熱波が急激に弱まり、仲間を助ける事が出来ると確信したわたしは、肥大化したその火球をフレイエルへ向けて放った。
一瞬見えたフレイエルの口元が笑っていたような気がしたけれど、それを改めて確認する間も無くあいつは火球に飲み込まれてしまう。


「っ、アカネ、怪我は無いのか……!?」


呼んだのはケントさん。
熱波が鎮まって体勢を立て直したのか、セインさんを伴ってこっちに来る。
後ろに居たマシューさんもわたしの隣に出て、視線は油断無くフレイエルへ。
セインさんが槍を構えながら、呻き声ひとつ上げずに焼かれているフレイエルを、緊張した面持ちで見つめている。


「死んで、ないよな。燃えてるけど平然と立ってるぞあいつ」
「あの炎魔法からして、奴の魔力はかなりの威力だ。耐性もかなり高いはず、油断するなよ」


ケントさんも剣を構え、フレイエルの出方を窺っている、けど……あいつは本当に燃えたまま動かない。
固唾を呑んで警戒していると、突如、フレイエルが声を上げて笑い出した。
そのまま纏わり付いていた炎を掻き消すと、こちらに数歩だけ歩み寄る。


「へえ。アカネお前、この魔法使えるんだな? 凄いじゃないか」
「効いて、ない……」
「俺に炎で傷を付けられるような力が、そう簡単に付くかよ。あんまり調子に乗るな、甘ったれたガキが」


ゆっくり、ゆっくりと、でも確実に一歩ずつ距離を詰めて来るフレイエル。
わたし達はプレッシャーに圧されて、武器は構えたままだけど逃げる事も立ち向かう事も出来ない。
足が上手く動かないんだ。

でも、フレイエルとの距離が5m程まで縮まった瞬間、突然マシューさんが手にしていた短剣を投げた。
フレイエルは直撃こそ避けたけど、動けないとタカを括って油断していたのか、顔を頭から覆っているフードの上部を切り裂かれる。
はらりと、フードが左右に割れて力無く垂れ。
風に流れる赤い髪が、想像していたより穏やかな顔が、白日の下に晒される。


「……本当に、知らない人なのに……あなたは一体、どうしてわたしを恨んでいるんですか?」
「……」


フレイエルは立ち止まり、穏やかな笑みを湛えてる。
赤い髪は、鮮やかなエリウッド様の赤とは違う、暗くて赤黒い血のような色。
穏やかな表情をしているけれど、あまり優男風ではなく、それなりにがっしりしたイメージの顔。
……あ、前にこの人の声をどこかで聞いた気がしたけど、顔も何となく、どこかで見たような気がする。
そんな事を考えていると、セインさんがぽつりと。


「……こいつ、何かどっかで見た事ある……」
「え、セインさんも?」
「セインとアカネもか。私も、どこかで……」


ケントさんもフレイエルに見覚えがあると言い、マシューさんは何も言わないけれど、何となく全くの初対面でもなさそう。
顔が見えたからか、隠していた時の不気味な雰囲気がかなり和らいだ。
ひょっとして攻撃して来たのも、わたしを恨んで殺そうとしているのも、何かの間違いなんじゃないかと思えてしまう程に。


「……興が醒めた」
「えっ?」
「まあ、今はまだお前を殺すには場所やタイミングが悪いからな。また機会が出来た時にしておいてやるよ」


それだけ言うとフレイエルはわたし達に何も発言させないまま、足下に発動させた魔法陣の光に包まれ、消えてしまった。
怖じ気付いた訳ではないと思う、あいつの方が圧倒的に優勢だった訳だし。
暫くは呆然としていたわたし達だけれど、これは一度報告する必要があると思い、リン達と合流する事に。

戻るとイーグラー将軍は既に倒されていた。
将軍はケントさんとセインさんが初めて配属された部隊の隊長で、しかも恩師だった人みたい。
リンの事も本物だと確信していたようだけど、どうやらラングレンに家族や部下を人質に取られて、やむなく従っていたらしい。
ラングレンの非道な行いに誰もが怒りや憤りを浮かべて、士気が高まった。
次の戦いが最終決戦になるだろうけれど、その前にわたしはリンに言わなきゃいけない事がある。
イーグラー将軍の事がショックで、そして士気に水を差さないよう黙っているケントさん達の代わりに、これはわたしが言わないといけない。


「ねぇ、リン」
「アカネ。シュレンは見付からなかったみたいね……ごめんなさい、イーグラー将軍が、おじい様はラングレンに密かに毒を盛られていると言ってて……ここで立ち止まるわけには」
「良かった。安心した」
「えっ?」


優しいリンに最後まで言わせないよう、途中で遮る。
きっと彼女の事、誰が聞いても納得しかしない事で悩んでしまうだろうから、わたしから言わないと。


「お兄ちゃんを探していたせいでリンのお祖父さんに何かあったら、いくらお詫びしてもしきれないよ。今は先に進まないと」
「ごめんね、こんな状況じゃなかったらシュレンを探すんだけど」
「大丈夫だから、そんな申し訳なさそうにしないで。わたしは全員亡くしたと思ってた家族に再会できた、リンにも再会して欲しい」
「アカネ……」
「……あと、一つ」


ここからが大事だ。
わたしはこれを言って実行しないといけない。
寂しいけど、心細いけど、リンの邪魔だけは絶対にしたくないから。


「わたし、今後は一緒に行かない事にしたから」
「えっ? ど、どうして!」
「黙ってて悪かったんだけど、実はわたしを殺そうとしてる人が居て……」


その言葉にリンだけでなく、フレイエルを目にしていない仲間も息を飲む。
全く覚えが無い事で恨まれている事や炎魔法の使い手らしい事、容姿などの特徴など、知り得る事を出来る限り話してしまった。
一緒に居ると巻き込んでしまうかもしれないし、フレイエルの狙いはわたしだけのようだから離れた方が安全に決まってる。


「けど、一人きりになるなんてアカネが危険だわ! そこを狙われるに決まってるじゃない!」
「だから、だよ。ケントさん達はまだ何も言ってないだろうけど、さっき、わたしと一緒に来てくれた時に殺されかけたんだから」


外傷は無いから黙っていてくれてるんだろうけど、あのままだったら温度で焼き殺されてたはず。
リンが確認を取るようにケントさん達の方を見ると、彼らは隠さず頷いた。
フレイエルの動機がはっきり分からない以上、わたしに恨みを抱く彼に仲間が危害を加えられた場合、原因はわたしにある事になる。
“自分が原因”で仲間がみんな殺されてしまうなんて、耐えられない。
襲い来る山賊の命でさえ背負うには重いのに、親しくしてくれた仲間の死を背負えるほど、わたしは強くない。


「リン、あなたがわたしを心配してくれる気持ちは凄く嬉しい。だけど今はまだ、あのフレイエルに勝てる人なんて仲間には居ない。お兄ちゃんが居てくれれば……と思ったけど、迷惑なのは変わりないし」
「でも前にも言ったでしょ。あなたが傍に居ないと、心配で気が気じゃなくなるわ。お願いアカネ、今更出て行くなんて言わないで……!」
「あいつなら、暫くは出て来ないと思うぞ」


突然割り込まれた。
知った声にそちらを見ると、何とお兄ちゃんがこちらへ向かって歩いて来る。
走り去った時とは違ういつもの態度に安心したけど、どこに行ってたんだろ?


「シュレンあなた、どこに行ってたの! アカネがどれほど心配したと思ってるのよ!」
「悪かったよ。フレイエルの気配がしたから、ぶっ飛ばしてやるつもりだったんだが罠だったみたいだ。お陰でアカネと引き離された」
「お兄ちゃん、フレイエルのこと知ってるの!?」
「ああ。よおぉーーく知ってるよ、あいつの事は」


まさか、お兄ちゃんの知り合いだったなんて……。
それならフレイエルがわたしの名前を知っていたのも理解できるし、何か繋がりがあってもおかしくないかもしれない。

だけど、やっぱり憎まれるような覚えなんて無い。
何にしてもあいつの恨みって理不尽だよ、この世界に来てまだ3ヶ月半ぐらいしか経ってないし、大して他人と交流してないのに、あそこまで恨まれるような事を出来る訳が無い。
フレイエルと知り合いらしいお兄ちゃんは、奴の恨みはお前のせいじゃないから気にするなと言ってくれる。
そして、恐らく今誰よりもわたしが同行する事に懸念を感じているだろうケントさんに向けて言った。


「俺が勝手な行動をしたせいで酷い目に遭わせて悪かった。さっきの通り、フレイエルが近付いたら分かるから、次に現れた時はすぐに俺がアカネを連れてリンの傍を離れるよ。それで勘弁してくれないか?」
「……正直、あまり気は進まないが……。リンディス様はアカネの同行を望まれているし、今言った事を本当に守ってくれるのであれば、私は構わない」
「ありがとう、ケント!」


わたしやお兄ちゃんより先に、リンが明るい声でケントさんにお礼を言った。
フロリーナをはじめ、リンにとって皆が掛けがえの無い仲間なんだとは思う。
だけどその中で、家族を殺され独りぼっちになったわたしに、類の無い親近感を抱いてるのかもしれない。
独りぼっちになった後、草原で2ヶ月間一緒に暮らしていた事も大きそう。

セインさんとマシューさん、そして他の仲間達にも謝って、話を終わらせる。
状況が状況なだけに、これ以上ここで会話を長引かせる訳には行かない。
わたし達はキアランのお城を目指して、すぐ出立した。
……進みながら、どうしても気になった事をお兄ちゃんに訊ねてみよう。
後回しにして流すには、あまりに危険過ぎるから。


「ねぇ、お兄ちゃん。フレイエルとはいつ、どこで知り合ったの? どうして良く知ってるっぽいの」
「あー……。あいつなあ、本当に馬鹿な奴なんだよ。救いようが無いくらい。知ってるのは昔からだ。付き合いはかなり長い」
「え、まさか……あの人もわたし達と同じ世界に住んでた人なの……!?」
「まあ、そうだな。地球の日本に十数年間住んでた事のある奴だ。俺はあいつを良く知ってるよ」


あのフレイエルも、地球の日本からこの世界にやって来た人だなんて……。
お兄ちゃんの知り合いなら、わたしが覚えてないだけで会った事があるのかも。
お兄ちゃんはたまに友達を家に連れて来ていたし、外でばったり会った事もあるし、そんな時に会ったんだろうか……何にしても、恨まれる理由を知りたい。


「あの人、何でわたしを憎んでるんだろ……教えてくれたっていいのに……」
「だから気にするな、お前は悪くないから。あいつが馬鹿なだけなんだ」


つまりお兄ちゃんは、フレイエルがわたしを憎んでる理由を知ってるんだ。
教えてくれないのは、もしかしたらフレイエルが日本ではお兄ちゃんの友達で、庇いたいからかも。
お兄ちゃんはわたしに危害が及ぶようなら守ってくれるだろうし、文句は言わないけど、不安が消えない。
今すぐ何とかしなくても大丈夫なのかな、あの人。
平成の日本人的感覚を忘れずに持ってる事を祈るしか無いのかもしれない……。

そこまで考えて、わたしはフレイエルの事を一時的にでも忘れるよう務めた。
今は考えも行動もリンの為じゃないといけない。
リンはもうすぐお祖父さんと再会できるんだ、それを応援して協力しなきゃ。
ケントさん達が殺されそうになった時、わたしの中で何かが変わった気がする。
自分が役立たずなお荷物なのを改善する為、そして殺されるのを避ける為だけに戦っていた筈なのに、今は仲間を守る為に戦いたい、その為なら能動的に敵を殺す事も辞さないと思うようになってしまってる。

それが良い事か悪い事か、まだ今のわたしには分からなかった。





−続く−


戻る




- ナノ -