60万hit記念リクエスト

進めない少年少女

60万記念リクエスト作品


 
主人公設定:−−−−−
その他設定:レッド(初代主人公)に片思いする夢主に片思いするグリーン(初代ライバル)。時代的には金銀時代



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3年前に幼馴染みの3人で旅立った故郷・マサラタウン。
真っ白、はじまりの色、なんて言われるその田舎町に一人の少女が佇んでいた。
彼女の名はミコト。3年前オーキド博士からポケモンを譲り受け、旅に出たトレーナー。
定期的に行っている、幼馴染みの少年レッドの実家訪問を終わったばかり。
母親にすら彼はまだ一度も連絡を取っていないらしい。


「……まさかどっかで野垂れ死んだりしてないよね? 手持ち達まで巻き込むのは最低よ」


呟いた言葉に反応する者は誰も居ない。
ミコトと同時に旅立った2人の少年、レッドとグリーン。
一緒に旅していた訳ではないが、出発日が同じで進む速度も似ていて、旅の途中で彼らとはよく会ったしポケモンバトルもした。
けれどその旅で、レッドはポケモンマフィアのロケット団を解散に追い込み、グリーンは四天王を倒してカントーリーグのチャンピオンにまで上り詰めた。
更にレッドはチャンピオンとなったグリーンに勝利し、自分がチャンピオンの座に。

一応ジムは制覇しているけれど、それ以外にこれといった功績の無いミコト。
図鑑の埋まり具合も中途半端で博士の研究にもさほど貢献していない。
小さい頃からずっと一緒だった幼馴染み達に、ミコトは確実に置いて行かれていた。
そして今、ミコトは物理的にも置いて行かれている。

レッドはチャンピオンになった後、その座を放棄し再び旅立ってしまった。
しかも今度は誰も行き先を知らず音信不通。
現在チャンピオンの座には四天王のリーダーだった者が納まっているらしいが、トレーナーになってからさほど時間を掛けず流星のように頂点へ上り詰めたグリーンを、これまた流星のように倒したレッドの復帰を望む声も時々聞かれる。
そしてそれを望んでいるのは外野ばかりではない。


「どこ行ったのよレッド……リーグでチャンピオンやってれば会い易いのに……」


だいぶ不純な動機ではあるが、ミコトもレッドの復帰を切に願う一人。
小さい頃から旅立つまではずっと一緒だったのに、今はどこに居るのかも分からない存在。
そんな存在に心惹かれてしまうなんて因果なものだ。
ふう、と溜息を吐き、隣で佇んでいるフシギバナを撫でた。

ミコトが博士から貰った初めの一匹はフシギダネ。
レッドはヒトカゲ、グリーンはゼニガメを貰っていた。
旅先で会う度に進化の段階が同じで、笑っていたのが懐かしい。
まだ十代中盤なのにたった3年前の事を懐かしんでいては始末に負えないが、それでも懐かしく思ってしまうのだから仕方ない。
変わってしまったからこそ、変わらなかった頃を懐かしく思えるのだから。

レッドの事だから大丈夫、きっとそのうちひょっこり帰って来る……。
そう思い続けて3年に手が届きそうな程の時間が経過してしまった。
ミコトも常にマサラタウンに居る訳ではないが、時間を見付けては出来る限り帰って来るようにしている。
レッドの母親も、彼が帰って来たり少しでも連絡があればすぐ教えると約束してくれた。
それでもまだ一度も帰らないどころか、連絡の一つも無い。
彼の無事を心配する心が途切れる事は無かった。


「ねえ。フシギバナも久し振りに、リザードンに会いたいよね」


フシギバナがフシギダネだった頃、ヒトカゲとゼニガメとは常に一緒だったという。
彼らも幼馴染みで仲の良い友達だった訳だ。
ミコトを気遣うように、フシギバナは肯定するような鳴き声を上げる。
もしかしたら本当に“単なる気遣い”なのかもしれないが。

聡い子だ。ミコトの心の状況や動きなど簡単に分かってしまう。
同時に強い子だ。もう彼らとは別々の道を歩んでいると理解している。
そしてそれを受け入れてしまっている。
きっとレッドもグリーンも受け入れて真っ直ぐに自分の道を歩んでいる筈だ。
ミコトだけがこうやって、いつまでもぐずぐずと一所に留まり続けていた。

だが、それも致し方ないと言えるだろう。
せめてレッドに再会して、思いを打ち明けて、応えるなり拒絶されるなりすれば、少なくとも今よりは受け入れて先へ進めるだろうに。
ミコトも伊達にポケモン達と旅を続けていない。
そうして確認さえ出来れば、きっと吹っ切れる。


「もう……せめて帰って来てよー……」


寂しさと落胆と不満と強がりと。
様々な感情を込めた一言に、フシギバナは困ったような笑顔を見せるだけだった。



ミコトがそうして腐っている頃、マサラタウン上空に一羽のピジョットが飛来していた。
背にはミコトの幼馴染みであり今はトキワシティのジムリーダーを勤める、グリーンの姿。
着地場所を確認しようと町を見下ろした彼の瞳に映った幼馴染み。
がっくりと項垂れた様子で座っているのに気付き、溜め息を吐いてそこへ降りた。


「おいミコト」
「え……あ、グリーン」
「まーたレッドの事で落ち込んでんのか」
「だ、だってまだ帰って来ないのよ、お母さんにさえ連絡の一つもしないで! 幼馴染みの友達なんだし心配になって当たり前でしょ」


グリーンはそのミコトの言葉には反応せず、ピジョットから降りて羽を撫でてやってからボールに戻す。
そして隣まで歩いて来ると腰を下ろした。
それでも何も言わないグリーンを怪訝な顔で見ていたミコトだが、話を聞いてくれるつもりなのだと分かって小さな声で愚痴を言い始める。


「普通さ、たった一人の家族にぐらい連絡するものでしょ?」
「そうだな。普通はするな」
「レッドのお母さんはあんまり旅するトレーナー事情を分かってないのかもしれないけど、それならそれで同時期に旅した幼馴染みの私達に何か言ってくれても良くない?」
「そうだな。まあオレ達に何も言わずロケット団に一人で挑んだり、そういう所を考えるとレッドらしくはあるけど」
「……グリーンは私とレッド、どっちの味方なのよ」
「特にどっちを贔屓して味方する事ぁ無いってお前も知ってんだろ」
「確かに昔からそうだったけどさー……。うん、グリーンは公平だったよね。公平すぎていっそ理不尽な事もあったけど」


いつの間にかレッドへの愚痴がグリーンへの愚痴にすり替わっているが、やや理不尽に標的にされた事に対して、グリーンは不満など感じない。
むしろこのままレッドの話題が自分の話題にすり替われば良いと思っている。

旅に出て以降、グリーンと二人きりになる事があった時、ミコトは殆どレッドの事ばかり話していた。
それに対抗意識を感じ以前にも増してレッドをライバル視したグリーンは、再会する度にレッドへ突っかかって行ったものだ。
そんなグリーンの胸中など知る由も無いミコトは、少し話しただけでまた会話の内容をレッドに戻してしまう。


「グリーンはチャンピオンにもジムリーダーにもなっちゃうし、レッドはチャンピオンになった上に居なくなっちゃうし。男の子はいつか女の子を置いて行くって本当ね」
「本当、って誰がそんなこと言ってたんだよ」
「レッドのお母さんが言ってたような気がする」
「それ少し盛ってね?」
「盛ってな……あれ違う?“男の子はいつか旅に出るもの”だっけ?」
「普通に盛ってんじゃねーか……」


レッドもグリーンもミコトを置いて行っているつもりは無く、ただミコトが立ち止まり続けているだけではあるのだが。
幼い頃から一緒だった友人を、そして密かに心惹かれる少女を、引っ張り上げて自分達と同じく先へ進ませたいとグリーンは常に思っている。
ひょっとしたらそれはレッドも同じなのかもしれないが、彼はそれ以前に盛大に“勘違い”をしている為、本心は分からない。

あれはリーグでレッドに敗れた数日後。
ふと、何でもない調子でレッドが告げた言葉に、グリーンは心の底から呆れ果ててしまった。


「そういやグリーン。ミコトの事だけど」
「アイツがどうかしたか?」
「んん……。オレが言って良いのかは分かんないけど。アイツさ、お前のこと好きみたいなんだよ」
「……は?」


何を言っているのかこの阿保は。
散々レッドの話を聞かされていたグリーンはただただ呆れ果てる。
3人で会った時、ミコトはレッドの前では普段通りを保とうとしていた為、ただ彼女の好意に気付かない、というだけなら分かるが、何を勘違いして彼女が好意を向けている対象を間違えているのか。
それを訊ねようと思ったら、黙ったままのグリーンが呆然としていると思ったのか、レッドは必要とも思わない説明を始める。


「ミコト、旅立ってから二人で会った時は大抵お前の話してたんだよ。おいおいちょっとはオレの話もしてくれよーと思ってたんだけど、今考えたらあれってお前の事が好きだからだよな?」
「……」


グリーンは、どちらが本当なのか分からなくなる。
どちらに対しても同じような態度を取っていたとは……。

一瞬、ひょっとしたらミコトは自分に好意を持っていて、誤魔化す為にレッドの話ばかりしているのかと都合の良い考えが浮かんだが、それを言うなら立場はどちらも同じ訳で。
あの馬鹿は面倒な態度を取ってくれるもんだと心中で悪態をつくグリーンだが、その馬鹿に惚れているのは自分のため口には出せない。
はあ、と溜め息を吐いたグリーンに、レッドは何でもないような笑顔で。


「お前にその気があるなら、チャンスやるから頑張れよ!」
「はぁ?」
「いやオレさ、せっかくチャンピオンの座 放棄したじゃん?」
「おーそうだなムカつくからくたばれ」
「ひっでー! 仕方無いだろまだ自由に旅したいし! えーと、だからオレ旅に出て暫く帰らないつもりだから!」
「これまで通りじゃねーか! 恩着せがましいこと言いやがって!」
「恩着せがましいとか言うって事はお前、ミコトが好きなんだな」


相変わらずの何でもない笑顔のまま放たれた言葉に、グリーンは息を詰まらせる。
同時に少し失敗したと思った。
平然を装えば、“恩着せがましい”なんて言葉に何の意味も無いと示せたのに。

だが、色んな意味でライバルであるレッドに遠慮する事も無いと思い直す。
レッドがミコトの事をどう思っているのかは分からないが、どう思っているにせよお節介を焼くのであれば乗らせて貰おうと。
これでもしレッドもミコトの事が好きなのだとしても、友人に配慮した彼の作戦ミスというだけなのだから。

だからグリーンは敢えて、自分と二人の時ミコトは、レッドの事ばかり話していたという事実を彼に伝えなかった。
この時これを伝えていたら何か変わっていたかもしれないが、ライバルに塩を贈るつもりはさらさら無い。

レッドはいつも通り行動が早く、次の日にはもうどこかへ旅立っていた。
それから3年近く。
まさか母親にすら連絡の一つも寄越さないとは思っていなかったが、彼が無事だという事をグリーンは知っているので心配はしていない。


「(……オレにレッドから連絡が来てるって知ったら、コイツ怒るだろうな)」


今、隣でレッドの不在をぶちぶち愚痴っているミコトを見ながら、グリーンはつい先日にレッドから来た連絡の事を思い出す。
先日の一回だけではなく、定期的に連絡は来ている。
ミコトとくっ付いたかー? なんて無邪気に訊ねて来る彼が鬱陶しいものの、こうして事実上 絶好の機会が訪れてもまだ踏み出せない自分が情けないので、その事についてはあまりこちらから触れないようにしていた。

以前はミコトの好意がどちらにあるか分からなかったが、今となっては一目瞭然。
3年前、彼女がレッドの前でグリーンの話ばかりしていたのは、グリーンの前でレッドの話ばかりしていたのとは別の理由だと今なら理解できる。
レッドに対するミコトの態度は、単なる照れ隠し。
今こうして不在のレッドばかりを気にし、グリーンへの態度が普段通りな所からも推察できる。

だからこそグリーンは、今までずっと好意を伝える事が出来ずに居た。
レッドを想い彼の身を案じているミコトの姿は見ていて辛い。
そこへ想いを伝えるなんて、傷心の所へ付け込んでいるようで。
思わず自分の感情も忘れ、連絡してやれよとレッドに言いそうになった程だ。
結局この件に関しては、グリーンも立ち止まり続けている。

……そろそろ、進まなければならない。
伝えるだけで良い。
傷心に付け込む形になるが、これ以上 形振り構っていては、いつまでも進めないまま。
落ち込み項垂れているミコトへ、グリーンは出来るだけ優しく声を掛ける。


「……オレにしとけよ」
「……」


ミコトが顔を上げグリーンを見る。
その顔は疑問符を浮かべるばかりで理解していない顔だ。
グリーンは一つ溜め息を付き、真っ直ぐミコトと目を合わせもう一度口を開いた。


「レッドの野郎、勝手にフラフラ出て行っては連絡の一つも寄越さないヤツだぜ? その点オレはジムリーダーもやってるし何も言わず居なくなる事も無い。な、オレにしとけよミコト。レッドなんかやめとけって」
「……」


少し呆然としたように話を聞いていたミコト。
しかし少しすると穏やかな笑顔を向けて来る。
幼い頃から付き合っているグリーンは分かってしまった。
これは、真剣に受け取っていない顔だと。


「ふふ……ありがとグリーン。少し元気出た」
「……おい」
「何だかんだ言ってもグリーンって優しいよね。小さい頃も旅に出てからも。よっし、いつまでもうだうだ言ってないで出発しよ! 行こうかフシギバナ!」


反対側に居たフシギバナに声を掛け、ボールに戻すミコト。
じゃあまたねー、と明るく声を掛けて来る彼女を、グリーンは見送る事しか出来なかった。
結局また関係はいつも通りで進展する事は無い。
今度はグリーンの方が沈み、片手で顔を覆って項垂れる。


『何だかんだ言ってもグリーンって優しいよね』


「……るせー。お前にだけだよ、馬鹿」


その呟きは誰に聞かれる事も無く、静かな田舎町に溶けて消えて行った。





−END−



- ナノ -