60万hit記念リクエスト

勇者よ覚悟!

60万記念リクエスト作品


 
主人公設定:−−−−−
その他設定:オリジナルのゼル伝



++++++



「勇者リンク覚悟ぉぉっ!!」
「あーはいはい」


城下町に入った瞬間 木刀を持って襲い掛かって来た少女を、リンクは難なく避けた。
よろけた挙げ句盛大に転んで、ぐぬぬ、と悔しげに唸る彼女を呆れた表情で見下ろし、先ほど攻略したダンジョンで手に入れた魔杖で頭を何度も小突いてやる。


「ちょ、こらー、やめろー!」
「ほらほらどうした、勇者に負けない悪の帝王になるんじゃなかったのか」
「きょ、今日の所はこの辺で勘弁しといてやる! 次に会う時こそきしゃまの最後だ!」
「おい今噛んだぞ」


リンクの突っ込みには反応せず、うわーん! とこちらが悪いかのような声を上げて逃げ去る少女。
彼女……ミコトとの出会いは、ゼルダ姫より勇者の称号と任務を賜った数日後。
元々王都から離れた田舎村に住んでいたリンクは、ある日突然ゼルダ姫からの使いが来て、勇者の血を引く者だと教えられ城へと喚ばれた。
リンクの存在と仕事ぶりが段々と世間へ知れ渡るようになり、町でも有名人になったり。

そんなある日、今日はもう休もうと夜の路地裏を歩いていると、ふいに背後から何者かの気配。
隠す気も感じられないバレバレのそれに逆に警戒心を煽られ、その気配が飛び掛かって来るのと同時に剣を振り上げ相手の得物を弾く。
あっさり怯み、尻餅をつくその人影。
民家の窓から漏れる明かりに照らされたその正体は、一人の少女だった。
意外に思って面食らったリンクだが、女だからといって油断は出来ない。
隙無く剣を構えながら、少女に対峙する。


「何者だ? どうして俺を狙って来た」
「……さすがだな、勇者の称号を頂くだけの事はある」


少女は立ち上がり、不適な笑みを向けて来る。
奇襲に失敗したのに焦りを感じさせない態度は、リンクの警戒心を更に強くする。
彼女が持っているのは何の変哲も無い木刀だが、それで充分な手練れなのだろうか。
少女はびし! とリンクを指さすと、自信満々な声音で。


「我が名はミコト! いずれはこの世を支配する悪の帝王だッ!」
「………」
「勇者リンク! 貴様を倒し、将来の不安の芽を摘んでおくとしよう!」


つまり、勇者であるリンクが倒すべき人物。
しかしリンクはミコトを見ても、どうにも闘争心が湧いて来ない。
隙だらけなのである。
こうして宿敵とも言うべき勇者を目の前にしているのに、ちょっとリンクが踏み出して攻撃すれば、あっさり撃退できそうな気さえする。

だがリンクは慌ててそんな考えを振り払った。
隙だらけに見えるのは罠かもしれない。彼女の正体がわからない以上、油断は禁物だ。
じりじりとお互いタイミングを見計らっていたが、ミコトがグッと一歩を踏み出し、そのまま飛び掛かって来た。

……構えから攻撃までの間が長い。バレバレだし対策し放題である。
当然ながらあっさりとリンクに弾かれてしまった。
もう一度背後へ飛ばされてもめげる事なく、再び飛び掛かろうとするミコト。
だがその瞬間、明かりの漏れていた家からおばさんが出て来て彼女を怒鳴り付けた。


「こらミコトちゃん、またアンタかい! 昼間は良いけど夜はやめときな、近所迷惑だよ!」
「わわわわっ! ごめんなさいーー!」


おばさんに怒鳴られ、ミコトはあっさり退場する。
呆気に取られているリンクへ、おばさんが笑いながら話し掛けて来た。


「勇者様かい、まんまと標的にされちゃったねえ」
「え、っと、彼女は一体……」
「ミコトちゃんは数年前までこの町にあった鍛冶屋の娘さんだよ。世界征服だとか悪の帝王だとか言ってるけど無害だから心配しなさんな。むしろ困ってる人を助けたり、良い事ばっかりやってる子だよ」
「俺、なんかしちゃったんでしょうか」
「まさか。大方、自分がヒーローになる機会を奪われて、逆恨みってとこじゃ?」
「……害あるじゃないですか」
「弱いでしょ彼女。正義感は強いけど実力が追い付いてないから」


確かに弱かった。あれは演技でもなんでもないらしい。
しかしヒーローになりたいのだったら、なぜ自分を悪だなどと言うのだろうか。
どうやら標的にされてしまったらしいので、次に会う事があったら訊いてみようと思うリンク。

で、その機会は次の日に訪れた。
ハイラル城へ定期報告に行った帰り、人気の少ない町への道で襲い掛かられた。
あっさり往なして足を払い、どさりと座り込んだミコトに剣を突き付ける。
……鞘に入ったままではあるが。


「ぐう……勇者め、またしても私の邪魔をするのか!」
「いや別に俺は邪魔してないし行く手も阻んでないぞ」
「大人しく私に倒されない時点で邪魔というものだ」
「無茶苦茶言うなお前……何でそんなに俺を倒したいんだ」
「決まっている! 私が世界征服をするのに、勇者たる貴様が邪魔だからだ!」
「兵士さーん、ここに反乱者が居ますよー」
「ああああちょっと兵士さんにチクっちゃ駄目ぇぇ!!」


ここはまだ城も近く、見張りの兵士が割と近い所に居る。
勇者が襲われているというのに無視するのは、いよいよミコトが無害だという証明だろう。
他より比較的近い位地に居る兵士と目が合ったら笑顔で手を振られてしまった。
しかもミコトが呑気に振り返した。


「ミコトだったよな。お前、兵士と仲良いのか」
「小さい頃 唐突にゼルダ姫に会いたいと思って、城に忍び込んだ時に見付かって以来。私のお陰で、警備が行き届いてない所が分かったって褒められたのよ!」
「お、さっきも思ったけどその喋り方が素なんだ」
「あ……思い知ったか、私の有用さ!」
「おーそうだな、忍び込んだって所はともかく、良い子なんだなお前」
「ちょ、多分同い年くらいでしょ。子供扱いはやめてよ」


すっかり普通に喋っているが、突っ込まないと気付かないようだ。
で、一体何故ミコトは世界征服だの悪の帝王だの言っているのか。
昨日に話を聞いたおばさんは、ミコトを『数年前まであった鍛冶屋の娘』だと言っていた。
つまり今、その鍛冶屋はもう無い……家族などはどうしているのだろう。

ひょっとしたらミコトの奇行には、何か複雑な事情があるのかもしれない。
そう考えると急激に彼女が哀れに思えてしまったリンク。
たまらず、何故そんな言動をするのか訊ねる。


「なあミコト、昨日お前を叱ったおばさんが、お前は良い奴だって言ってた。困ってる人を助けたり、善行してるらしいじゃないか。それなのにどうして世界を支配するとか悪の帝王とか言うんだよ。良い事してるのに自分をそういう風な言い方するの、勿体ないと思わないか」
「えー、だって世界を支配したら次は統治しなきゃ駄目でしょ。恐怖政治の独裁者なんていずれ勇者とか英雄に倒される運命なんだから、民は信頼によって統率した方が良いに決まってるじゃない」
「兵士さーん、やっぱりコイツ反乱企ててまーす」
「だからやめてってばぁぁ!!」


違った。複雑な事情なんて無かった。ただの馬鹿だった。
考え方自体は悪くないのだが、その“統治”に至るまでの過程など考えていなさそうだ。
第一こんなに弱くては城の新人兵士にすら敵うまい。
これは完全に無害だと判断したリンクは、ふぅ、と溜息を漏らした。
それを馬鹿にされたと感じたのか、ミコトは立ち上がって強気に宣言。


「ふん、そうやって余裕でいられるのも今のうちだ! 今に私にコテンパンに伸され、泣きを見るだろう!」
「その言葉そっくりそのまま返してもいいか」
「いずれこの世を支配するミコトを忘れるなよ! ではまた会おう!」
「その別れ台詞はどっちかと言うと正義のヒーローっぽいぞ」


ひょっとしてミコトが自分を“悪の帝王”だなどと言うのは、世界を支配する=悪、という単純な式によるものだろうか。
その過程で罪無き人々を苦しめ殺せば間違い無く悪だろうが、それをせず信頼で支配し善政するならば悪とは到底言えないような……。

間違いない。ミコトは無害なおバカだ。
笑いながら走り去るミコトの背中は、全くもって脅威も何も感じない。
妙な子と知り合ったもんだと、もう一度吐いた溜め息には、呆れの他に若干の楽しさも混ざっていた。


++++++


で、それからというもの、ハイラル城下町へ戻れば漏れなくミコトと遭遇する。
それなりの広さと人口の町でこうも毎回遭遇するなんて、もうストーカーされているか誰かから情報をリークされているとしか思えない。
勇者だから帰還が広まりやすいとはいえ、こっそり戻る事もあるのに。
一度、ほんの30分も滞在しなかった時さえ、町から出る関所ぎりぎりの場所で襲撃されてしまった。
城下町では一種の娯楽と化してしまった二人の攻防は、終わりそうにない。


「見付けたぞ勇者リンク、今度こそ貴様の息の根を止めてやる!」
「お、今日は『きしゃま』とか噛まなかったな」
「うるさいなあ!」
「ところでお前、なんで俺の居場所が分かるんだ。協力者でも居るのか?」
「ふふふ、貴様には分かるまいよ。これこそ悪の帝王たる私の能力!」
「……俺、なんかお前が段々愛しくなって来たよ」
「その生ぬるい目をやめろ!!」


最近は本当に楽しくなって来ている。
扱い方やあしらい方は割と最初から上手く行っていたし、後は振り回すだけ。
こちらを振り回そうとやって来るミコトに逆襲するのは割と楽しい。
しかし今日はあまり相手をしている暇が無い。
話しておきたい事があると、ゼルダ姫に喚ばれているからだ。


「あー、悪いけど今日は遊んでる暇が無いんだ。用事あるから」
「遊びだと!? 勇者と悪の帝王による宿命の戦いを、遊びだとほざく気か……。……あ、あれ? ねえリンク、今日って何日だっけ?」
「今日? 今日は確か……」


リンクが日付を教えると、ミコトの顔がみるみる青ざめる。
約束今日だった、待ち合わせに遅れるーー! と叫びながら走り去り、後にはリンクだけがぽつんと残された。
俺より優先する用事あったのか、と、自惚れを表すような考えが浮かんでしまったが、まあミコトも年頃の少女だし彼氏でも居るのかもしれないと思い直す。

彼氏……居るのだろうか、あんなブッ飛んだ少女に。
まさか居る訳ないだろーと思おうとしたものの、ふと、ミコトに負けず劣らずブッ飛んだ性格をした彼氏を妄想してしまった。
途端に何か、気に入らないような感情がリンクの心を駆け巡る。


「いやいや、自分でした妄想に嫉妬とか馬鹿すぎるだろ俺……」


嫉妬。
ミコトに恋人が居たとして、果たして自分は嫉妬するだけの感情があるのか。
ミコトとわいわい言い合うのは確かに楽しいが、それが友情なのか愛情なのかはまだ分からない。
それよりも今は、ゼルダ姫の用事を済ませなければ。

リンクは城下町を通り抜け、ハイラル城へと辿り着く。
謁見の間でゼルダ姫に会い挨拶すると、さっそく話を切り出された。


「今日は呼びつけてしまってごめんなさい。あなたの冒険も順調ですし、そろそろ言っておかなければならない事があるのです」
「何か重大そうですね」
「ええ、重大です……どうぞこちらへ」


ゼルダ姫はリンクではなく、背後のカーテンへ声を掛けた。
そこから現れる、美しい衣で着飾った一人の少女。
その姿を見たリンクは驚愕に目を見開いた。


「は、え……」
「紹介します。代々勇者が宿す勇気のトライフォースを守護する巫女・ミコトです」
「……えっ」


美しく着飾っていて、いつもと雰囲気がまるで違う。
だけれどゼルダ姫の横に立っているのは、間違い無くミコト。
余りの事に呆然としていたリンクは我に返ると、慌ててどもりながら口を開く。


「お、おま、ミコト!? ミコトだよな、一瞬誰か分からなかった!」
「もちろん私は貴様の宿敵・悪の帝王ミコトである!」
「中身そのままかよ! そんな着飾ってるならせめて繕えよ!」
「まあミコト、あなたまた悪の帝王役なのですか? 小さな頃、わたくしが正義の使命に目覚めるよう ごっこ遊びしていましたけれど」
「お前お姫様に何させてんだ!」
「正義の使者役をして頂いた」
「ふふ。相変わらずですねミコト」


正義の使者ごっこ楽しかったですね、と笑い合うゼルダ姫とミコトを見ると、もう脱力するしかない。
聞けば勇者の血を引くリンクを見付けたのはミコトの能力で、彼女の助言によってリンクが田舎村から喚ばれたらしい。
リンクの居場所が分かったのも、その力によるもの。

どうやらリンクが本格的に勇者となるには、勇気のトライフォースとやらをその身に宿さなくてはならないとか。
で、それをミコトが守護しているので、共に神殿へと赴き、試練を乗り越えて勇気のトライフォースを手に入れろと。
数々の事件を解決した今ならば、実力的にも問題無いと判断されたらしい。


「……って、あのゼルダ姫、俺はこいつと一緒に冒険へ行くんですか?」
「はい。巫女様をしっかりお守りして、試練を乗り越えて下さいね」
「えええええ……」
「心配しなくてもこの聖衣、意外と動き易いよ」
「そこの心配はしてねえよ! あ、悪い嘘ついた。ちょっと心配してた」
「あと魔法も使えるから完全に足手纏いにはならないと思う」
「今までそんなの一回も使わなかったろ!?」
「不慣れな剣(木刀)で手加減してあげてたんだよね、これが」
「……すっげぇ屈辱を感じた、今」


得意な戦闘方法でなかったのは手加減に入るだろうが、あのバレバレな奇襲等を考えると、戦い慣れした実力者でもあるまい。
守り庇い、時には協力して進む必要があるだろう。
そんなリンクの不安混じりな計算と想像をよそに、ミコトは楽しそうだ。


「という訳でリンク、これからよろしく!」
「おう……」


色々と頭を駆け巡った疲れや不安も、ミコトの明るい笑顔に霞む。
疲れた態度を装いながらも実はちょっと嬉しかったりするのは、まだミコトには内緒にしておこうと思うリンクだった。





−END−



- ナノ -