時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第6話 勇者の影


炎の精霊石・ゴロンのルビーを入手したリンクとカヤノは、ゴロン達に別れを告げてゴロンシティを後にした。
土と岩だらけの山道を下っていると、再び見つけたテクタイト。


「また居るじゃん! カヤノ、オレがちゃっちゃと倒して来るから待ってて」
「私も行くわ」
「……また洞窟の時みたいな無茶しない?」
「しない。それにテクタイトに対してはリンクが無茶したでしょう」
「だからあれはアイツが弱いからで……」
「そんな弱い敵からも守って貰っていたら本格的に足手纏いになる」
「頑固だなー……。分かった。でもオレが前に出るからね?」


頑固なのはリンクも少し当てはまる気がすると思ったカヤノだったが、これ以上 問答する時間も勿体ないので何も言い返さなかった。
言われた通りにリンクに前に出て貰い、彼の背後からパチンコで攻撃する。
リンクは勇敢に立ち向かい次々とテクタイトを斬り伏せて行った。
数体のテクタイトを倒して一息ついたら、下り坂の先にもう一体。


「あと一匹か。あれくらいなら一人で大丈夫だからねカヤノ、付いて来なくていいよ!」
「あ……」


返事をする間も無く向かって行くリンク。
確かに周囲には他に魔物の姿が見えないので過保護に引き止める気は無いが、どうにも頼られていないのが情けない。
一緒に残ったナビィに少し沈んだ口調で声を掛けてみる。


「やっぱり私、リンクの役には立てないみたいね」
「んもーカヤノってば自虐がすぎるよ! さっき宴会の時あんな熱烈に告白されたじゃない。もう忘れちゃったの?」
「こ、告白って……守るって宣言されただけだから……」
「ほぼ告白じゃないの。リンクはアナタにイイトコ見せたいだけ! 信じられないなら試しに『リンクとは一緒に居られない』とか言ってごらんなさいよ、絶対に引き止められるから」
「そうかな……」


テクタイトをあっさり倒したリンクに手招きされ、坂道を下る。
ナビィの言っていた事が本当かどうか気になったので、彼女の言っていた通りの事を試してみた。


「ねえリンク」
「なに?」
「私、もうあなたとは一緒に居られない」
「えっ……」


リンクの目が驚きに見開かれる。
気まずい沈黙の後、彼は物凄い勢いで詰め寄って来た。


「な、なんで!? オレ何かカヤノの気に入らない事しちゃった!?」
「え、いえ、別に……」
「じゃあ何でそんな事 言うんだよ! 危険な旅が嫌になったなら やめてもいいけど、オレと一緒に居るのがダメだって言いたいんだよね!? ひょっとしてまだ自分が足手纏いだとか思ってんの!? オレは全く思ってないから!! 旅をするの自体が嫌になったワケじゃないなら、オレから離れないでよっ!! カヤノが居なくなるなんて、そんなの……やだ……」


一気に捲し立てられ、呆然と反応が出来ないカヤノ。
カヤノに掴み掛かっていたリンクの語尾が急速に弱々しくなり、体はずるずると沈んで行き……、そのままガックリ膝をついたかと思うと倒れてしまった。


「リンク……!?」
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」


カヤノが慌ててリンクを仰向けに抱き起こし、ナビィも彼の周りをぐるぐる飛び回る。
しかしリンクは息を荒げて苦しそうにしており、反応を見せない。


「どうして急に……」
「とにかくカカリコ村へ運びましょう!」


カカリコ村まではまだまだ山道を下らねばならないが、迷っている暇があるなら一刻も早く出発した方が良い。
カヤノはリンクを背中に担ぐようにして歩き出すが、バッグを背負っている上に身長が殆ど変わらないので引き摺るような形になってしまう。


「ああ、カヤノ、リンク……! ワタシこんな時に何も出来ないの……!?」
「ナビィ。先にカカリコ村へ行って、誰か大人を呼んで来て欲しい」
「! 分かったわ、すぐに……」


言いかけた瞬間、カヤノ達の頭上に掛かる影。
思わず見上げると太陽の下、大きな鳥が飛来していた。
大人程もある大きなフクロウ……ケポラ・ゲボラだ。
彼はこちらの様子に気付いたようで、慌てた様子で舞い降りて来た。


「リンク!? これは一体どうしたのだ!」
「急に倒れてしまったんです。ひとまずカカリコ村へ運ぼうと……」
「それならワシに掴まるといい。早く休ませねば……!」


幸いとばかりにケポラ・ゲボラに頼るカヤノ達。
彼がリンクを掴み、カヤノは彼の足に乗るような形で掴まる。
安全装置の無い空中遊泳は正直に言うと怖かったが、リンクの容態を考えると態度にも口にも出す訳にいかなかった。

カカリコ村のインパの家へ降ろして貰い、前日泊めてくれたアンジュに事情を説明して再び家を借りたカヤノ。
リンクをベッドに寝かせて汗を拭ってあげても反応は無く、カヤノは額に手を当てて熱を測ってみた。


「熱はあるようだけど、そんなに高くないみたい」
「疲れが出たのかしら? 今まで平和に暮らしてたのに、急に戦う事になってずっと気を張り詰めてたのかも……」
「そうかもしれない。さっきより息も落ち着いたし、今晩もここで休ませて貰いましょう」


一晩は様子を見て、治らなければ明日にでも城下町へ戻り医者に診て貰う。
リンクが戦えなくなってしまえばハイラルを守るのは難しい。
カヤノもゼルダもナビィも、まともに戦う術を持たないのだから。

それからカヤノはずっとリンクに付きっきりで看病を続けていた。
夜も更けた頃、アンジュが交代を申し出てくれて休憩がてらリンクを任せる。
リンクの様子も随分と落ち着き熱も下がったようなので、きっと明日には元気を取り戻してくれるだろう。

何となく風に当たりたくなってインパの家から外に出ると、すぐにケポラ・ゲボラが舞い降りて来た。


「リンクの容態はどうじゃ?」
「だいぶ落ち着いて熱も下がりました。きっともう大丈夫です」
「そうか……リンクに何かあったらハイラルの未来は失われるじゃろう。カヤノよ、これからもあの子を気にかけてやっておくれ」
「勿論そのつもりですが、私、あまり彼の役に立てなくて」
「気にしておるのか」
「はい。せめてもう少しまともに戦えたら……」
「戦いか……そう言えばお前は神から、運命の子の傍に居るよう命じられたそうじゃな」
「……そうなるみたいですね」
「そんなお前なら、ひょっとすれば力を得られるかもしれぬ」
「力を……?」
「どうじゃ、ひとっ飛びワシと出かけぬか。案内したい場所がある」


何の力かは分からないがリンクの役に立てるかもしれない。
迷わず頷いたカヤノは直後、ひとっ飛びという言葉を脳内で反芻する。


「……あの。飛んで行くんですか?」
「当然じゃ。お前の足では時間が掛かってしまうぞ」
「……」
「心配せんでも落としたりせぬ。しっかり掴まっておれ」


今更断る事は出来ないし、力を得られる機会なら逃したくない。
大袈裟かもしれないが覚悟を決めたカヤノは、ケポラ・ゲボラの足に乗るような形で掴まる。
ふわりと重力を振り切る感覚と、自分の意思に関係なく揺れそうになる体。
思わずぎゅっとしがみ付いたカヤノにケポラ・ゲボラが不思議そうに声を掛ける。


「もしや怖いのか? さっきは平気そうだったが」
「さっきは、リンクが苦しんでた手前、言い出せなくて……」
「そうか、優しいのだなカヤノ」
「そ、そうですか……?」


そう言ったケポラ・ゲボラはカヤノの態度や行動について、正直、優しさよりも前に自制を感じていた。
自分を抑え込んでひたすら我慢しているような、そんな。


「(確かカヤノは贖罪の為にリンクと共に居るらしいな……。犯した罪と何か関係があるのだろうか?)」


ケポラ・ゲボラは何となくカヤノを哀れに思った。
彼女が犯した罪の内容やそれまでの生活は全く知らないが、このような幼い少女が自分を抑え、我慢を自然と行うような生活をして来たのは間違い無さそうだ。
カヤノは彼女の一族が信奉する神に贖罪を命じられたそうだが、その神が彼女をすぐに直接 罰しなかったのは、哀れに思ったからではないか。

贖罪は罰というより機会だ。罪を雪ぐ為の。
罪を負ったまま死んで汚れた来世を迎えないよう、与えられた機会。
彼女が罪を犯した事に関しては苦しまなければならないかもしれないが、それさえ終われば……せめて次の世では、幸せを迎えられるのではないか。


「(どちらにしろ今世では、辛い事が待っているやもしれぬ)」


高度はぐんぐん上がり、デスマウンテンの頂上付近までやって来た。
これからカヤノが力を得れば、いよいよ定めから逃げられなくなるだろう。
せめて、せめて苦しむ事が減ればいい。
既に彼女は運命の流れに乗っているのだから、これから得られるかもしれない力を、せめてもの手向けにしてやりたい。
ケポラ・ゲボラはそんな事を考えながら、頂上にほど近い場所へ降り立った。


「カヤノよ、そこに洞窟があるじゃろう。中には大妖精がおる」
「大妖精……?」
「お前の素質によっては力を授けて貰える。恐れずに行ってみなさい」
「……はい」


辺りはとっくに夜。更に示された洞窟の入り口は暗い。
思わず尻込みしてしまうカヤノだったが、数秒の逡巡の後、意を決して乗り込んだ。
……そして目の前の光景に、思わず息を飲む。

奥は神秘的な光が溢れる空間だった。
石造りの通路が奥まで続いており、その通路を挟むように滝から流れ落ちる水が池を作っている。
そして最奥には、それなりに大きな泉。
魔物の気配もしないのでそこまで行ってみると、突然女性の声で高笑いが聞こえ、泉から派手な美女が現れた。
派手は派手だが……何というか、大きい上に浮いていて只ならぬ雰囲気。
その女性はカヤノを見るなりにっこりと微笑む。


「ようこそカヤノ……いつか来ると思っていたわ」
「私をご存知なんですか?」
「ええ。運命の子と共に居るよう命じられた、異世界の贖罪の娘……。これからも彼と共に在るには力が必要、そう思ったんでしょう?」


何もかもお見通し。
迷わず頷いたカヤノに、大妖精は手を翳した。


「あなたには素質がある。異世界で特別な存在だったのね?」
「……はい」
「これなら魔法を授けてあげられるわ。さあ、受け取って」


翳された大妖精の大きな手のひらから光が溢れ、カヤノを取り巻く。
体の内に燃え盛るような熱さを感じて思わず小さく呻いた。


「苦しかったかしら? 本来ならアイテムに力を流し込んで、それを用いて魔法を使うようにするんだけど……。あなたには素質と充分な魔力があるから、直接 力を流し込んでみたの」
「っ……大丈夫、です。これで魔法が使えるようになったんですね?」
「その筈よ。さあ、体内を巡る魔力を感じて、手のひらに集めてみて。そうしたら燃え盛る炎をイメージするのよ」


意識を集中させ、言われた通りに己の中にある力を感じてみる。
体中を血液のように巡るそれを手のひらに集めるイメージを浮かべ、燃え盛る炎を頭の中に思い描く。
瞬間、カヤノの手のひらから一瞬だけ大きな炎が上がった。


「、わっ!」
「なかなか筋が良いわね。それは“ディンの炎”という魔法よ。だけど実戦で使うには まだまだかしら」
「も、もう一回……」


再度 同じようにディンの炎を発動させる。
戦闘に使いたいなら思いのままに操れなければならない。
大妖精に背を向けて何も無い洞窟の入り口へ向かって炎を飛ばしてみると、思った通りの場所に炎の塊が飛んだが、今さっきの炎よりだいぶ小さい。
どうやら、今の実力では威力とコントロールを両立できないようだ。


「練習……するしかないか……」
「そうね。世の中そんなに甘くないものよ。それでもあなたは素質があるから、だいぶ立派な方だわ。普通の人はアイテムが無いと魔法を使えないんだから」
「そうなんですか……ありがとうございました大妖精様。これから精進いたします」
「そうしてちょうだい。自分で分かると思うけど、魔法を使うと魔力を消費するから、あまり無用に使い過ぎないようにね」
「はい」


大妖精に一礼すると、彼女は現れた時のような高笑いを上げて泉の中に消えてしまった。
それを見送った後に自らの手を眺めて魔力の巡りを感じるカヤノ。
必ずこの力を使いこなし、リンクの役に立ってみせると決意する。
洞窟を出ると、近くに留まっていたケポラ・ゲボラが声を掛けて来た。


「どうじゃ、力は……得られたようじゃな。ワシの見込み通りだったか」
「でもまだ使いこなせなくて。少しずつでも練習しないと」
「無理はするでないぞ。次にお前が倒れる番になっては困る」
「肝に銘じます」


再びケポラ・ゲボラに掴まって、カカリコ村まで送って貰う。
インパの家の近くで降り彼に別れを告げ、そろそろリンクの看病を交代しようと考えながら家がある高台への階段を上っていたカヤノだったが、そんな彼女の元にナビィが飛んで来た。


「あ、カヤノ! ドコに行ってたの!?」
「勝手に出てごめんなさい。ケポラ・ゲボラさんに会って、ちょっとある場所へ案内して貰ってたの」
「いつの間にか居なくなってるからビックリしたよ……。今度から出掛ける時は言ってね。……っと、実は大変なコトが起きたんだ」
「! まさか、リンクの身に何か……」
「……リンク、のコトには変わり無いんだけど、何と言うか……」


どうにも言い淀むナビィ。
この態度はリンクの身に危機が迫っている風ではない。
急かさずに根気よく話の続きを待っていると、ややあって言い難そうに。


「あのね、ちょっとアンジュさんが席を外した時なんだけど。ランプに照らされたリンクの影が急に動き出して……」
「リンクの、影が?」
「それがリンクから離れて勝手に歩いて行って、村の奥へ行っちゃったの。信じてもらえるか分からないけど……」


ナビィは信じて貰えると思っていないのか、沈んだ調子で告げる。
しかしカヤノは2日前、城下町の宿で似た光景を見ている。
リンクの影が持ち主の動きと無関係に動いたのを……。
それを告げるとナビィは驚き、見間違いでも何でもないと確信した。

何にせよリンクが動けない今、カヤノ達が何とかせねばならない。
カヤノはナビィの案内でリンクの影が向かった村の奥へ進んだ。
風車の羽が回る低い音が響く夜道。
だんだん暗くなって行く辺りには余りに合い過ぎるBGMで、カヤノは密かに体を震わせる。

そして辿り着いた村の奥は、よりによって墓地。
その墓地の最奥、頼りない月明かりに照らされた一つの影がある。
比喩ではなく正真正銘の影かと思ったが、近づいて行くとそれは紛れも無く一人の人物である事が分かった。
そしてその後ろ姿は、まさに。


「え……あなた、リンク?」
「……」


その人物が振り返る。
背丈も格好も間違い無くリンクと同一。
ただしその服の色は黒で髪は銀色。
肌はやや血色が悪く、瞳は赤い。
まるで色違いのリンクという様相のその少年。
彼はカヤノをじっと見つめて何も話さない。
そして何も言わないまま立ち去ろうとしたので、慌てて引き止めた。


「待って。あなたは……リンクではないの?」
「……俺は、リンクの影」
「影?」


色違いな事を除けば容姿は完全にリンクなのに、その表情は全く動かない無表情で、口調も抑揚の少ない平坦な声。
ナビィはそれを見て今のカヤノのようだと思い、カヤノ自身も、まるで自分のようだと思った。

自分が今どんな状態かはカヤノもちゃんと分かっている。
暗くて静かで無表情で、人によっては不気味とさえ評するだろう。
しかしそれでもカヤノは時折 表情を変えるし、もう少し声に感情がある上に叫んだり焦ったりもする。
彼は本当に表情が鉄のように動きそうにないし、絶対に叫んだりしなさそうだ。


「リンクは光。必然的に俺は闇。そしてただの“捌け口”。ハイラルを救うべき運命の子が、大きな感情を持った時の為の存在」
「どういう事?」


彼の説明はこうだ。
ゼルダが夢で見た通り、リンクはやはりハイラルを救う運命にあるらしい。
彼がハイラルを救えなければ滅びの未来しか待っていないと。
もしそんなリンクに大切な人が出来て、ハイラルとその人物を天秤にかけた時、ハイラルを捨てるような事があってはならない。
そうならないよう、リンクが特定の人物に強い好意を持った時、彼が生まれる。
その役目は、リンクが持った“特定の人物に対する強い好意”を分散する事。


「んーと、それってつまり、リンクが『オレはハイラルよりカヤノの方が大事だ!』……なんて言い出したりしないようにするってコト?」
「ちょ、ちょっとナビィ……」
「その通り。リンクが持つカヤノへの強い好意は分散し、俺を形作った。こうしなければリンクはいずれ、ハイラルを守る事よりもカヤノを優先するようになっただろう」


確かにリンクはカヤノを守ると言った。
しかしまさか、ハイラルと天秤にかけてそれに打ち勝つ程だとは思わなかった。
今はまだそこまでの想いではないだろうが、このまま気持ちが育てば、いずれ……。
彼が言うには、飽くまで分散するだけで好意自体は無くならないらしい。


「俺はあまりリンクに近付かない方がいい。カヤノへの好意を再び強める事になる」
「じゃあ あなたは……えっと、名前は?」
「無い。俺はリンクから作られた、単なる闇」
「闇……じゃあ……ダーク、なんてどう?」
「どうとでも呼べ。お前に名前を付けて貰えるなら嬉しい」
「えっ」
「俺はカヤノが好きだから」


相変わらずの無表情、抑揚の少ない平坦な声。
なのにその言葉に嘘偽りが無いと分かってしまい、どうにも照れる。
リンクが持つカヤノへの好意が分散して生まれた存在なのだから、彼は当然カヤノの事が好きな訳だ。
寧ろカヤノへの好意だけが存在理由と存在意義な訳で……。


「ダークはこれからどうするの?」
「出来るだけリンクと会わないよう、各地を転々とする」
「……ずっと?」
「リンクがハイラルを救えば俺の存在意義は無くなる」
「えっ、じゃあダークは何の為に生まれたの?」
「もう言った。リンクの好意を分散させ、ハイラルより大事な存在を作らせない為に俺は生まれた」
「そうじゃなくて、あなた自身にやりたい事とかは……」
「それならカヤノとずっと一緒に居たい。しかしお前はリンクに付いて行くだろう。つまり俺は単独行動するしかない」
「……」


“そういう運命”の下に生まれてしまった彼は、それしか出来ないのだろう。
それに気付いたカヤノはどうにも納得できない。
何とかして彼を全てが終わった後も存在させられないか考える。
まだ残っている運命への反抗心が、彼女にそんな気持ちを持たせてしまうようだ。


「リンクが体調を崩したのは俺が生まれる際の影響だ。明日には元に戻る」


そう言ったダークは踵を返して立ち去ろうとする。
その背中がどうしても気になってしまうカヤノは引き止めようとするが、ダークは頑として一緒に居る事を拒んだ。


「カヤノ、引き止めるな。俺はお前と一緒に居たい。だがそれは出来ない。それなのに引き止められるのは……辛い」


無表情でも、平坦な声でも、彼から辛さが滲み出ているのが分かる。
運命に導かれて生まれ定めに縛られて生きねばならない彼が、カヤノは自己投影も併せてどうしても哀れだった。
リンクも運命に従っているのは同様なのだろうが、彼の前向きさはあまり悲愴さを感じさせない。


「……ダーク」
「悲しそうな顔をするな。しなくていい。役目が終われば俺は消えるのだから」
「だ、だけど……」
「お前がそうして心を乱す程に思いやってくれている。それで充分だ」


それ以上はもう言わせないとばかりに、ダークは再び踵を返すと一度も振り返らず走り去って行った。
リンクと同じ背格好の少年の後ろ姿は、すぐ闇に紛れて消えてしまう。


「ねえナビィ。あれも運命なのよね」
「……そうね」
「旅に出る前の私なら、疑問にしか思わなかっただろうな」
「え?」
「今の私は、ゼルダ姫の為なら、運命に従ってハイラルを守りたいって思えるから」
「そうなの?」
「理由は分からないんだけど……」


カヤノにも、運命を受け入れたデクの樹やリンク達の事が、そして巫女としての人生を受け入れていた母の事が分かるようになって来ていた。
どうしてゼルダに会いたかったのか、彼女を大事に思えるのかは分からないが、その理由が分かった時、カヤノは運命を完全に受け入れるかもしれない。
そして家族を殺した事に対して、本当に罪の意識を持つようになるだろう。


「カヤノ、こんな言葉を知ってる? “運命は望む者を導き、欲しない者を引きずる”。前向きに受け止めれば運命は優しく導いてくれるけど、拒否したり否定的にしか思えないと、運命は嫌がる自分を無理やり引きずって行くように感じられるの」
「そう簡単に前向きには なれないけど……今なら少し、分かる」
「大切に思える人が出来たからよ。理由が分からなくてもアナタはゼルダ姫を大事に思ってる。愛する人や大切な人のためなら、運命なんて いくらでも受け入れられるわ」
「ナビィもそうなの?」
「ええ」
「……ナビィの大切な人って、誰?」
「カヤノ」
「えっ」
「……と、リンクとコキリの仲間達と……」


いたずらっぽくクスクス笑うナビィに、揶揄われたのだと悟るカヤノ。
彼女の事だから本当にカヤノやリンク達を大事に思っているだろうが、敢えて最初に一人だけ告げられると、自分が特別だと思ってしまう。


「もう、ナビィってば……帰りましょう、リンクの看病しなきゃ」
「はーい!」


ダークの事は気になるが、もうどこかへ行ってしまった。
ハイラル中を旅していればいつか会えるかもしれない。
それを願いながら、カヤノはリンクの元へ帰るのだった。





−続く−



- ナノ -