時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第3話 再会


ハイラル平原は広い。
ナビィが方角は知っているからと言うので付いて行っていたが、一向に城らしき物は見えて来ない。
そんな時に、城へ牛乳配達をするという人の馬車に出会い乗せて貰った。
ミルク缶が沢山乗ったホロ馬車の荷台でヘトヘトになる二人。
せめて水や食料を持っていたら、だいぶ楽だったかもしれないが。


「あー……森の外ってこんなに広いんだな……」
「ほんと……1時間も歩けば着くかと思ったのに」

真上近くにあった筈の太陽は既に傾いており、空の色も変わろうという時間帯。
体力というより精神的に疲労困憊状態のリンクとカヤノに馬車の主はからから笑う。
ふくよかな中年男性。
名はタロンといい、平原にある牧場の主らしい。


「森の方から来たと言っとっただか? あっちの方から昼過ぎに城下町なんて目指したら、着く頃には日が暮れちまうだーよ。夜の平原は魔物が出るから、出歩かん方がいいだ」
「……ゴメン、もうちょっと調べてから目指すべきだったね……」


ナビィが申し訳なさそうに言うが、彼女だって森から出たのは初めてだろうから責められない。
一応、彼女が示した方角はちゃんと合っていたようだ。
帆布の屋根が張られたホロ馬車は風や日光を凌げて快適。
タロンに貰った牛乳を飲みながら、リンクは後方を見据えていた。
生まれた時からずっと過ごしていた森は、もう見えない。

旅立つ直前に仲直り出来たミドの泣き顔、大事なオカリナを餞別に見送ってくれたサリアの泣きそうな笑顔、デクの樹の最期と託された願い。
様々なものが頭に巡って来て、昂りそうな気を鎮めようと空を見上げた。

青空は高く澄み、風は命を運ぶように優しく穏やかに吹き抜ける。
これからどんな運命が待つかは分からないが、導いてくれるなら付いて行くし、立ち塞がるなら打ち崩す。
そんな確固たる意志がリンクにはあった。



やがて辿り着いた城下町。
真っ白な門と塀、お堀に囲まれ、唯一の入り口である跳ね橋が下りている。
それを見てカヤノは驚いた。

今朝、デクの樹の元へ行く前に見た、何故か悲しさに満ちていた夢。
あの夢で見た景色と同じなのだ。
そう言えばハイラル平原の雰囲気も、夢の中で馬車に乗って渡った平原にそっくりだったように思える。

跳ね橋を渡り見張りと思しき兵士達とタロンが何やら会話していたが、単なる牛乳配達だと証明して中へ進む。
門の近くにあった広場に馬車を止めてリヤカーで牛乳を運ぶようだ。
一緒に行くのはここまで。
お姫様に会うなんて簡単にはいかない筈。
ひょっとしたら忍び込む事になるかもしれないので、あまり一緒に居ると迷惑を掛けるかもしれない。
馬車から降りたカヤノは、タロンに頭を下げて礼を言う。


「タロンさん、どうも有難うございました」
「おーう。近くに来たらぜひロンロン牧場に寄っとくれ」


初めての光景に辺りをキョロキョロ見回していたリンクを引き寄せて、タロンへ頭を下げさせる。
城の方へ向かうタロンが離れてしまうまで見送ってから、リンクとカヤノも城下町へ本格的に足を踏み入れた。


「う、うわ、凄いよカヤノ、人が沢山いる! 家も山程ある! デカイ人が“大人”ってやつ? いつかカヤノが言ってた……。あ、なんか良い匂いもする。食い物かな!?」
「待ってリンク」


今にも走り出しそうなリンクの腕を掴み引き止めたカヤノは、こちらを向かせて正面から向き合う。
見た所 商業が成り立つ文明はあるようで、森から出た事の無いらしいリンクがトラブルを起こすかもしれない。
ここは(特に中身が)年長者として、彼をきちんと見ていなければ。


「あのねリンク、あちこちに並んでいる物は“商品”っていって、勝手に持って行ったり食べたりしちゃ駄目」
「じゃあ貰えないんだ」
「お金、って物があれば交換できるけど……ナビィ、お金って分かる?」
「モチロン! ルピーっていう、キラキラした宝石みたいなのがお金よ」


ナビィの話によると、ルピーという宝石のような物がお金らしい。
話がファンタジー過ぎて飲み込めなかったが簡単に纏めると、ルピーとはこの世界の万物を構築する要素が具現化し固まった物で、自然に存在する物なのだとか。
故に草を刈ると見付かったり、魔物を倒すと出て来る事もあるという。


「それでも経済が成り立ってるんだから凄いわよね……。まあ路頭に迷う心配は無さそうで良かった」
「えーと、取り敢えずあちこちにある物を勝手に取るなって事だろ?」
「そう。私から離れないでね」
「……年上ぶるなよ。カヤノ、オレと同い年くらいだろ」


カヤノと拗ねたようなリンクのやり取りに、ナビィがクスリと笑う。

城下町の奥に城が見えたのでそちらへ向かうが、賑わう町の大通りを歩きながらカヤノは驚くしかない。

やはり同じだ。
今朝に夢で見た、あの町と。
しかも奥に見える城までもが同じ。
まさか予知夢……しかし今の自分達は馬車に乗っていないし、あの凱旋のような雰囲気も無い。

大通りを抜けて町を出ると軽い上り坂が続き、更に進むと小高い丘。
ここを登れば城だが、さすがに道は強固な門が閉じられて見張りが沢山。
高く飛んだナビィが軽く周囲を見回し、困った様子で息を吐いた。


「お姫様だし簡単に会えないとは思ってたけど、見張り多すぎじゃない!?」
「見付かったら怒られるかな」
「怒られるで済めば良いけど、最悪の場合は牢屋行きね……」


軽く構えているリンクと、見付かった時の事を想像して気が滅入るカヤノ。
そしてカヤノの気が滅入っている理由はもう一つある。

行きたくないのだ。
あの城へ、どうしても行きたくない。
神に無理やり与えられた運命だからとか、見付かったらどうしようとか、そういう事は全く関係無く、ただひたすら行きたくない。
一体どうしたのか、これについてはカヤノ自身が困惑している。
あの城はとても美しい城だし、辺りも兵士が居る以外はのどかで緑が溢れる、ピクニックでもしたくなる風景。
それなのに何故、こんなに行きたくないのだろうか。


「カヤノ? どうしたんだよ、なんか顔色悪くないか?」
「……大丈夫」
「無理するなよ」


カヤノの様子が少しおかしい事に気付いたリンクが声を掛け、ナビィも心配そうな雰囲気を出してカヤノの側へ寄り添うように飛んで来る。
ただ行きたくないだけで具合が悪い訳ではないので、誤魔化しておいた。

さて、これからどうしようかと考え始めた三人の耳に届く、風を切る音。
何事かと音がした上方を見ると、巨大なフクロウ……ミミズクだろうか?
とにかく、大人くらいの大きさがあるフクロウが、近くの木に舞い降りた。


「ホッホゥ! お困りのようじゃな」
「喋った……」
「何だお前!」
「何だとはご挨拶だなリンクよ。ワシはケポラ・ゲボラ。運命の子を見守るよう、神から仰せつかった者じゃよ」
「ワタシ達に何か……?」


ナビィが恐る恐る訊ねると、彼は城への道に隙がある事を教えてくれた。
また城の向かって右側にある用水路から侵入出来そうだとも。


「子供の体格ならそう見付かる事もあるまい。恐れず慎重に進むのじゃ」
「分かった! カヤノ、ナビィ、このままジッとしてても始まらないし、行ってみよう!」
「勇気のある子だ。それではワシは去るとしよう。気を付けてな」


高く鳴き声を上げ、ケポラ・ゲボラは木から飛び立ち空の向こうへ消えた。

リンクとカヤノはナビィの偵察を頼りに、兵士の死角を進んで行く。
木や草の後ろに隠れ、目を逸らした隙に飛び出し……。
さっきからカヤノの心臓は緊張で大きく鳴りっぱなし。
時々は意識して息を吐かなければ苦しくてしょうがない。
蔦に掴まり崖を登って、上から城の正門より内側に侵入成功。
一際大きな息を吐き出したカヤノに、リンクが優しく声を掛ける。


「ふぅ……」
「カヤノ、やっぱり怖いか?」
「え……うん」
「心配すんなって、もしもの事があってもオレが守ってやるからさ。はぐれないようにだけ気を付けてな」


そう言ってリンクはカヤノの手をぎゅっと握った。
温かくてそこから勇気と希望が流れ込んで来るような気さえする。

これは人柄なのだろう。
リンクが生まれつき持ち、そして今までの半生で培った能力。
こんな運命に放り込まれても曇らず揺るがず存在している。
それがカヤノには余りに眩しくて、思わず目を逸らしてしまうのだった。

一方リンクは、そうして悲しげな顔で俯いてしまったカヤノの事が気になってしょうがなかった。
いつかサリアが言っていた、カヤノが悲しげなのにはきっと何か理由があるのだろうという予想。
それを今更思い出し、全く想像がつかない“理由”に思いを馳せる。
カヤノは相変わらず表情が殆ど変わらず、声にも抑揚があまり無い。
旅立つ直前にサリアへ見せたという笑顔だって見る事は出来ていない。

“暗くてつまらないヤツ”

出会って最初の方にカヤノに対して抱いたその感情に、後から別の物が次々と付加されて行く。


「(カヤノは暗い。でもいつか、そんなカヤノを明るくしてあげたい。他の誰でもない、オレが)」


恋愛感情などという物は、まだリンクは持っていないどころか理解すらしていない。
ただカヤノが発する不思議な雰囲気を感じ取り、そんな物を持つ彼女に対し一種の独占欲を発揮していた。

小さくても男。
頼られれば嬉しいし、頼られる為に自分が力になって解決してあげたい。
純粋で未熟な子供のような、汚い成熟した大人のような、奇妙な感情。
これはまさに、庇護だけが包んでいた森を脱し大人への階段を上り始めた証なのだが、リンクはまだそんな事など知る由も無かった。



ケポラ・ゲボラの言った通り、侵入できそうな用水路を発見した。
そこから入り込み、再びナビィに頼りながら兵士の目を掻い潜って進むと、やがて開けた場所に出る。


「ここは……中庭ね」
「奥に誰か居る」


リンクが示す先、一人の少女。
遠目からでも分かる身なりの良さ、そしてこんな所に居る事からして彼女がきっとお姫様なのだろう。
さて、どうすれば衛兵を呼ばれずに話を聞いて貰えるかとカヤノが考えを巡らせた瞬間、リンクが何の用心もせず無遠慮に近付いて行く。


「あの、こんにちは!」
「リ、リンク……!」


止めようと駆け寄っても遅い。
少女が小さな悲鳴を上げて振り返り……瞬間、カヤノと目が合った。


「あ……」
「…………」


お互いに時間が静止する。
疑問符を浮かべるリンクとナビィをよそに、カヤノと少女は見つめ合ったまま動かない。
やがてカヤノが少しずつ少女に近付き始め……。
はっきりと顔が見える所まで来た瞬間、突然カヤノと少女が涙を零し始めてしまった。


「ちょ、ちょっと!?」


驚愕したナビィの声も届かない。
その涙はやがて耐え難い嗚咽になり、思わず少女へ駆け寄ったカヤノ。
少女の方も軽く近寄り、漏れ出る嗚咽を口を抑えて必死に押し込めようとしながら喋り始めた。


「わたし……あなたに会いたかった。確かに、あなたに会いたかった。あなたの名前も知らないけれど……」
「私も、会いたかった、気がします」
「わたしはゼルダ、この国の王女です。あなたがどうやってここへ来たのか……そんな事はどうでもいいの。あなたに会えた、それだけで、わたしは……わたしは……!」


少女……ゼルダ姫の感情が決壊する。
大粒の涙が次々と流れ始め、ゼルダはカヤノに抱き付いた。
それを優しく抱き止めてあげながら、同様に涙を流すカヤノも口を開く。


「私はカヤノといいます、ゼルダ姫。私もあなたに会いたかった。理由なんて分からないし、今まで思いもしなかったけれど……会えて嬉しい」


そんな不思議な会話をして泣きながら抱きしめ合う二人を、リンクとナビィは呆然と見るしか出来ない。


「ナビィ、これ……どういう事?」
「わ、わかんないわよ……カヤノってゼルダ姫と知り合いだったの?」


そのやり取りが届いたか、ようやくゼルダがリンク達に気付く。
涙を拭い、落ち着くように深呼吸をして改めてリンクに向き直った。


「あら……? それは、妖精!? それじゃ あなた達、森から来た人なの?」
「うん。オレ達、コキリの森から来たんだ。お姫様に会えって言われて」
「それなら森の精霊石を持っていませんか? 緑色のキラキラした石……」
「コキリのヒスイの事?」


リンクが精霊石を見せると、やっぱり! と嬉しそうに笑うゼルダ。
彼女は夢を見たのだという。

ハイラル王国が真っ黒な雲に覆われ、どんどん暗くなっていく。
その時 一筋の光が森から現れ、暗雲を切り裂き大地を照らすと、それは妖精を連れて緑色に光る石を掲げた人の姿に変わったと。
確かデクの樹が、世界に忍び寄る邪悪を感じ取り映し出した夢を見る事は、選ばれた者である証だと言っていた。
リンクが夢を見たように、きっとゼルダの見た夢も重要なのだろう。


「あなたがその夢に現れた森からの使者……あなたの名前は?」
「オレはリンク、こっちは妖精のナビィで、そっちは……カヤノの名前は聞いたか。キミがゼルダなんだろ?」
「……リンク、相手はお姫様よ」


先程から友達口調のリンクをカヤノがたしなめるが、ゼルダは気にしないでと笑う。
しかしその瞬間ハッとして笑顔を険しい顔に変えたゼルダは、カヤノ達の後方へと視線を向けた。

中庭の入り口、そこに居たのは黒い肌をした大男。


「これはゼルダ姫。今、お父上にお会いして来た所です」
「……ガノンドロフ殿。黙ってこの中庭に入って来るのは無礼でしょう」
「恐れ入ります」


慇懃無礼。
ガノンドロフと呼ばれた男の態度を見たカヤノが、真っ先に浮かべた言葉。
きっとゼルダもそう思っているのだろう、険しい表情は消えない。
リンクもただ者ではない雰囲気を感じ取ったのか、少々顔を歪めている。

ガノンドロフが近付いて来る……が、はっきり顔が見える所まで来た瞬間、カヤノは突然 胸の奥から湧き上がった急激な苦しさに襲われる。
息が苦しくなる程のそれに胸元を押さえて後退り、少しでもガノンドロフから距離を取ろうとした。
それに気付いたゼルダが さり気無くカヤノの前に出て背後へ庇う。
ガノンドロフは中庭の中程過ぎまで歩いて来たが、それ以上は近寄らない。


「ハイラルの傘下に入る事を許され光栄です。これほど美しい国は無い……姫もそのひとつでいらっしゃる」
「世辞などよい。お下がりなさい!」


背後で苦しそうにしているカヤノを気遣い、ゼルダは鋭い口調でガノンドロフを戻らせようとする。
ガノンドロフは全く気後れする様子も無く一礼すると、踵を返して立ち去りかける……が、不意に立ち止まり。


「ところで、ハイラル王家に伝わる“時のオカリナ”とかいう秘宝を、姫がお持ちでいらっしゃるとか……。今度、私に見せて頂けませんかな?」
「……そんな宝物の話は聞いた事がありません。どこでそのような話を?」


ゼルダの問い掛けには答えず、ガノンドロフはそのまま去って行く。

彼の姿が完全に見えなくなってしまってから、ゼルダの背後でしゃがみ込むようにしていたカヤノが溜まった息を吐くように大きく呼吸した。
ゼルダは屈んでカヤノの背中をさすってやり、リンクとナビィも心配そうに駆け寄って来る。


「カヤノ、大丈夫か!? なあゼルダ、カヤノどうしちゃったんだ!?」
「恐らく、ですが……ガノンドロフの邪悪な気配に悪影響を受けてしまったのだと思います。感覚が鋭いと全て受け止めてしまいますから……」
「ガノンドロフ……さっきのヤツか。あいつ一体何者なんだ?」


真剣な顔で訊ねるリンクに、ゼルダも同様に視線を返し話し出す。
奴はハイラルの西にある砂漠に住まうゲルド族の首領、ガノンドロフ。
今はハイラル王国と和平を結びハイラル王に忠誠を誓っているが、きっと嘘だとゼルダは確信していた。
リンク達も、先程の態度と印象が合わさり何とも信用できない。


「わたしは恐ろしいのです。あのガノンドロフが、夢に現れた暗雲に違いありません。あの男によってハイラルは滅ぼされる……。ですがお父様は、わたしの話を信じて下さらない……」
「オレ、信じるよ。あいつの邪悪な力のせいで、オレ達の親だったデクの樹サマが死んじゃったんだ。それにカヤノまでこんなに具合が……」
「……私は大丈夫」


カヤノが小さく答えた。
既に息は整っており、背中をさすってくれたゼルダに礼を言い体勢を整える。
少し顔色は悪いが体調は問題なさそうでリンク達はホッと息を吐いた。


「良かった、カヤノ! どうなるかと思ったよ……!」
「無理はしないで下さい。まだ休んでいても……」
「もう平気です。……ゼルダ姫、私もあなたを信じます。私は、あなたを疑って否定するような事をしたくない」
「リンクも、カヤノも……ありがとう。あの男に、時のオカリナとトライフォースを渡してはなりません」
「? 時のオカリナって……」


リンクの疑問に、まだ大事な事を話していないと思い出すゼルダ。
王家に伝わる話です、と前置きして伝説を語り始めた。

ハイラルを創造した三人の女神は、神の力を持つトライフォースを残した。
神の力とは、トライフォースを手にした者の願いを叶えるもの。
心正しき者が使えばこの世は善き世界に変わり、心悪しき者が使えばこの世は悪に支配される。

トライフォースのある場所は聖地と名付けられ、古の賢者達は悪しき者からトライフォースを守る為に時の神殿を造り、聖地への入口を隠した。
時の扉と呼ばれる石の壁で入口は守られ、その扉を開くには3つの精霊石を神殿に納めなければならない。

更にもう一つ、時のオカリナ。
言い伝えと共に王家が守っているその宝物が揃ってようやく、扉が開く。
精霊石を神殿に納め、時のオカリナで時の歌を奏でれば……。


「これが王家に代々伝わる聖地の秘密です。わたしも亡くなったお母様に聞かされました。決して誰にも言ってはいけないって、何度も念を押されて……。秘宝である時のオカリナの事も」
「そんな大事な話、オレ達に喋っちゃっていいの?」
「あなた方はわたしの話を信じて下さいました。お父様だって信じて下さらなかったのに。だから、わたしもあなた方を信じます」


国政を執り行う父王が信じてくれないのは、凄まじい不安だっただろう。
いくら崩壊の未来を夢で見ても、父王がガノンドロフとの交流をやめず、聖地を守る行動もしないのだから。

しかしそこで、ふとカヤノに一つの疑問が湧いた。


「……ゼルダ姫、ガノンドロフは一体どうやって、聖地の秘密や時のオカリナの事を知ったのでしょう」
「それが分からないのです。先程あの者が時のオカリナの事を話題に出した時、心臓が止まりそうでした。一体どうやって知ったのか……」


先程のゼルダは毅然としていて、とても驚いていたようには見えなかったが……随分と心の強い少女だ。
ナビィが少し申し訳なさそうに口を挟む。


「言いにくいんですけど……王家内部に、ガノンドロフと通じている人がいるという可能性は?」
「王家は今、わたしとお父様しか残っていません。お母様はわたしが幼い頃に死んでしまいましたし、かつては分家もありましたが途絶えたそうです。お父様は わたしの話は信じて下さらないけれど、お父様なりにちゃんと国を想っていらっしゃるし……」
「じゃあ有り得ませんね。ごめんなさい、失礼なコトを言ってしまって」
「いいえ。お気遣い感謝します」


何にせよ、今ガノンドロフに抵抗する為に動けるのはリンク達だけ。
ガノンドロフがデクの樹に呪いを掛けたのも、ハイラル王家に偽りの忠誠を誓っているのも、全ては聖地へ入りトライフォースを手中に収めんが為。
そうしてハイラルを……いや、この世界そのものを我が物にしようと……。

リンクは意思を固め、ゼルダへ真っ直ぐに宣言する。


「オレ、残り二つの精霊石を取って来るよ。森にあったみたいに、どこか城じゃない所にあるんだろ?」
「ええ、残りの精霊石は昔、ハイラルが戦争をしていた時にハイラルに味方した、ある一族へと託されています」
「それは私から」


突然、その場にカヤノ達の誰でもない声が響いた。
驚くリンクとカヤノが振り返ると、そこには武芸に秀でていそうな、逞しく凛々しい女性が一人。
ゼルダが紹介してくれる。


「彼女はインパ。わたしの乳母です。小さな頃からずっとわたしを守ってくれている人なんですよ」
「信用できる人ってわけか。で、精霊石はどこにあるの?」
「残る二つのうち一つ、炎の精霊石は、デスマウンテンに住むゴロン族が持っている。もう一つ、水の精霊石の在処は分からなくなってしまっているが、ゾーラという種族が持っている筈だ」
「王家に味方した種族なのに分かんなくなってんの?」
「ゾーラ族は半ば水棲でな、かつてハイラル王家から水源の守護を命じられたらしいが、水の汚染を抑える為か自ら他種族を招く事は無いのだ。来る者は拒まぬそうだが」
「へー……」


取り敢えず行き先は決まった。
まずはデスマウンテンへ向かい、ゴロン族に会って精霊石を貰わなければ。
ゼルダはリンクと一緒に行くカヤノへ、心配そうに声を掛ける。


「……カヤノは、ここに残っても良いのではありませんか?」
「え?」
「その、あなたは女の子ですし、危険な旅に行くのは……」
「ゼルダ姫も危険でしょう。ガノンドロフからオカリナを守らなければならないし……。心配して下さるのは嬉しいですが、私は行きます」
「……では、あなた方が戻るまでわたしも頑張ります。ガノンドロフには決して、時のオカリナを渡しません!」
「はい。一緒に頑張りましょう」


その時、リンクは見た。
カヤノがゼルダに向けて優しく微笑んでいるのを。
ずっと無表情、稀に驚いた顔や悲しい顔ぐらいしか見る事のなかった彼女の、初めて見る笑顔……一瞬だが心を奪われた。


「(でもオレに笑いかけてくれた訳じゃないんだよな。なんか悔しい)」


こんな時に妙な事を考えてしまったリンクは、慌ててその考えを振り切る。
カヤノの事は気になるが後回しにしなければ。

ここに集った、運命の戦士達。
まだまだ小さく微弱な光は、しかし確かに輝き始め、闇を払拭する力の源になろうとしている。
贖罪の為にこの世界へ送られたカヤノは、闇どころか、輝きが強くなれば光にさえ飲み込まれ、やがては掻き消されてしまうかもしれない。

だが今は進みたい気持ちが大きい。
来たくなかったハイラル城で出会った、どうしようもなく会いたかったゼルダ姫。
この不思議な感覚の正体はまだ分からないけれど、カヤノに前を向かせてしまう程の力がある。

今はただ、心地良ささえ感じるそれに身を任せていたいカヤノだった。



−続く−



- ナノ -