時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第2話 勇者の出立


カヤノがコキリの森で暮らし始めて一ヶ月が過ぎた。
祭りはとうに終わっているが、皆のリクエストを受けながら演奏を続けていたせいか、あれからコキリ族の子供達とはすっかり打ち解けてしまった。
カヤノ自身は相変わらず表情が殆ど変わらず、喋り方も抑揚が少ない上に感情が読めない。
が、話し掛けられて無視する事は無いし、遊びや手伝いを誘われたらそこそこ応対するので、コキリ族達はカヤノがそういう性格だと割り切っているようだ。

そんな中カヤノの面倒をよく見てくれているサリアは、カヤノにちゃんと笑って欲しいと思っていた。
暗くて大人しいのはカヤノ本来の性格ではなく、何か辛い事があって沈んでしまったのではないのだろうかと。
さすがに直接訊ねるような事はしないが、何かと気にかけてくれている。


「カヤノ、一緒に遊ぼう!」
「……うん」


カヤノは、12歳という子供の姿に戻った自分に戸惑っている。
家族から抑圧されずに過ごせること自体は非常に喜ばしいが、元の世界で自分が幼かった……まだそこまで家族への不満が無かった無邪気な頃を思い出してしまい、どうにも胸が苦しい。

厳しいけれど確かに優しさもあった、あの家族達はもう……。
カヤノ自身が、殺めてしまった。


「(……後悔? 今更? もうどんなに悔いたって時間を戻す事も、謝る事すらも出来ないのに)」


家族を殺めた事を後悔していると、認めたくなかったのかもしれない。
半ば開き直るような心で、かつての蛮行を忘れようと必死だった。

ある日 一人で居たカヤノは、誰かに名を呼ばれ振り返った。
そこには以前、迷いの森に入ったカヤノを探しに来てくれた妖精。


「カヤノ!」
「え……ナビィ?」
「覚えててくれたのね! 実はデクの樹サマがアナタのコトを呼んでるの、一緒に来てくれない?」
「良いけど……」
「よかった、じゃあ早速行きましょ。あ、皆にはナイショにしててね」


妖精は顔が無いが、その代わりか声や雰囲気で感情が伝わり易い。
カヤノが了承した瞬間にナビィから感じた安堵や喜び。
今の自分よりよっぽど人間らしいと思えたカヤノから自嘲の笑みが零れた。
そんなカヤノを見たナビィが、どこか悲しそうな雰囲気を出す。


「ねえカヤノ……コキリの森での暮らし、楽しくない?」
「え? ……ううん、そんな事は……ないけど……」
「……ひょっとしてさ、カヤノって、あんまり笑った事ないんじゃない?」


その予想は的中している。
この世界に来る前から、最後に本当に心の底から笑ったのがいつか、なんて思い出せない。
久し振りの笑顔も今のように悲しげで自嘲に満ちたもの。
何も言わず目を逸らしたカヤノに、ナビィは更に悲しそうな雰囲気を出し、躊躇いがちに言葉を続ける。


「ワタシが言えるコトじゃないけど、楽しかったら笑っても良いと思うわ」
「……ナビィは知らないのかもしれないけど。私、罪があるから。本当は楽しむ事自体が駄目なんだと思う」


沈んだ顔で言うカヤノに、ナビィは悲しそうな雰囲気を崩さない。
何だか辛くなってしまったカヤノは、呼んでいるのなら早く行こうとナビィを促し、デクの樹の元へ。

この世界に来た時 初めに降り立った広場に、大木であるデクの樹は変わらず鎮座していた。
カヤノを呼んで来ましたー、と明るく言うナビィに反応し、ご苦労だったと労ってからカヤノに声を掛ける。


「どうじゃカヤノ、この森での生活には慣れたか」
「はい」
「楽しんでおるか?」
「……えっ?」


予想だにしていなかった言葉に、カヤノは驚いて目を見開いた。
デクの樹は神から、カヤノが贖罪の為にこの世界へ飛ばされたと聞いているのではないのか。


「……デクの樹サマ、私の事は神様から聞いていますよね?」
「ああ。しかし神は、お前の事をワシに任せると仰った。それならばワシの思う通りに過ごさせても構わない筈。楽しければ笑い、悲しければ泣き、腹が立てば怒る。そんな当たり前の生活をしなさい。そして、出来る限り楽しんで欲しいと思うておる」


カヤノは、そんなデクの樹の言葉に唖然とした。

笑って、泣いて、怒る。

最後に心から笑ったのはいつだっただろうか。感情を露にして泣いたのは?
怒りは……家族を殺める際のあれは憎しみで、怒りとは違う気がする。
とにかく、そんな“当たり前”と言われる事をしなくなって一体どれだけ経ったのだろうか。
それをしても良いと、そうして欲しいと言われたのは初めてだった。

心臓が高鳴り始めて胸が苦しい。
しかしそれでも、涙が出て来るような気配は感じられない。


「……私、どうすれば良いのか分かりません。楽しくて笑うって、感情が昂って泣くって、どうすれば良いのか……思い出せない……」
「カヤノ……」


自分の胸元を押さえ、衝撃を受けたように目を見開き、息苦しい思いをしながら……それでもカヤノの表情は笑顔や涙に繋がらない。
デクの樹はそれを見て憐れに思う。
こんな少女が笑う事も泣く事も出来ないような生活を送り、そして今もこうして苦しんでいる。
本人に苦しんでいる自覚は無いかもしれないが、見ていれば分かる。


「カヤノよ、今はまだ上手く行かぬかもしれん。ゆっくりでよい。お前の思うままに過ごしてみなさい」
「はい……」


その優しい声に、カヤノはふと、自身の父親を思い出した。
厳しく、カヤノが家族を殺める最終的な切っ掛けとなった父。
しかし思い出せば、優しく愛してくれていた記憶も確かにある。
それでも、神の与える運命を呪い嫌ったカヤノにとって、父の優しさを思い出したからと言って即座に反省したり後悔したり出来ない。
自分を抑圧していた父の姿も同時に浮かんだりして、もうどうすれば良いのか分からなかった。

ひとまずカヤノは本当の父を記憶の隅に追いやり、このデクの樹を父親だと思う事にした。
コキリ族の“親”らしいし、全くの的外れでもないだろう。


「ところでデクの樹サマ、私を呼んだのはこの話をする為だけですか?」
「いいや。お前には酷な話かもしれんが……運命に備えて貰いたいのだ」


それを聞いた瞬間、カヤノの肩がビクリと跳ねる。
贖罪の時間とやらが遂に来るらしい。
デクの樹の話によると、必要な道具があるのでナビィと二人で取りに行って欲しいとの事。
集落の中なので迷いの森のような危険は無いらしい。
どうせ拒否権は無いのだから、問答などはせず早めに済ませたい。


「分かりました。ナビィ、案内よろしく」
「うん。……あ、ワタシ、まだコキリ族の子達に姿は見せられないから、見付かりそうになったら隠れさせてね」


その理由は分からなかったが、訊ねる気も無いので了承しておく。

カヤノはナビィと共に集落へ戻り、やや小高くなっている高台の隅へ。
草に覆われた地面を掻き分けると、そこにはカヤノぐらいの子供一人が通れそうな大きさの穴。


「……入るの?」
「モンスターもいないから大丈夫よ。この先に必要な物があるの」


そう言われても、こんなに狭い穴へ入るのはさすがに躊躇ってしまう。
詰まったりしないだろうか、入った後に戻って来られるのだろうか。
試しに少しだけ入ってみると、見た目よりは余裕がある。
何にせよ行くしかない。
一つ息を吐いたカヤノは、観念して穴の奥へ入って行った。

そこはちょっとした広場のようになっている場所。
先行し確認してくれたナビィが示す先には大きな宝箱があり、開けると中には小ぶりな剣と木製の盾が入っていた。


「剣と盾……? ナビィ、まさかこれ……私が使うの?」
「違うわ、使う人は他に居る。カヤノがやらなくちゃいけないのは、その人の手助けよ」
「剣と盾って事は戦うんでしょう? そんな人の手助けになるような事、出来る気がしない……」
「大丈夫、その時はワタシも一緒に行動するんだから」
「ナビィも?」


その言葉に、カヤノは心の中で密かにホッとする。
ナビィは精霊であるデクの樹の使いを務めている妖精だし、何かとアドバイスしてくれそうだ。
それに何だか、彼女と居ると安心する。
コキリ族の子供達、取り分け世話を焼いてくれているサリアと比べるとだいぶ付き合いは短いが、それでも彼女が一番信頼できる気がしていた。
やるしかないのなら、少しでも心配事の少ない方が良いだろう。

盾と鞘に収まった剣を持ち、誰にも見つからないようにデクの樹の広場へ。
この事はまだ黙っていて欲しいと言われたので、剣と盾はデクの樹に預かって貰う事に。
ナビィとも別れ集落の方へ戻ると、一緒に居るサリアとリンクがカヤノに気付いて近寄って来た。


「カヤノ、どこに行ってたの?」
「ちょっとデクの樹サマに呼ばれて……用事を言い付けられて終わった所」
「デクの樹サマから直接ご用を? 凄いじゃないカヤノ、そんなコトって滅多に無いのよ!」
「そうなの……?」


サリアだけでなくリンクも驚いていて、彼らにとってそんなに大層な事をしたのかと不思議な気分。
サリア達は何をしていたのかと訊いたら、リンクがパチンコを作るので付き合っていたらしい。
森にある素材で作られたパチンコはシンプルながら、頑丈に出来ていた。


「器用ね……」
「そうかな? オレまだ妖精が居ないからさ、ミドがイヤミ言って来たらこいつで撃退するんだ!」
「ふふっ、リンクったら。でも最近ミド、イジワル言うこと減ったよね。カヤノのおかげかな」
「えっ?」
「あー、そうかも! オレと一緒で妖精がまだ居ないけど、祭りの時に大人気だったもんな。あの演奏、ミド達も気に入ってたみたいだし」


確かにあれ以降、コキリ族とはすっかり打ち解けたし、予想していたミド達からの意地悪も無い。
それがリンクの方にまで影響していたとは思わなかった。
迷いの森でモンスターに襲われたカヤノを助ける際、共闘したのも効いているらしい。
さすがにミド達が友好的に対応する事はまだ無いけれど、リンクは、以前とは明らかに違うと言う。


「……この分ならさ、ミド達と普通に仲良くなれる可能性も、あるかも」
「きっとなれるわ。ミドだってそう思ってるから、イジワルをあまり言わなくなったんじゃない? やっぱりカヤノのおかげね!」


明るく言うサリアにリンクも同調し、褒められたカヤノは恥ずかしくなって俯いてしまう。
そんなカヤノに二人は、あまり変わらない彼女が見せる珍しい表情と態度の変化に、目を見張った。
困ったような表情で頬を赤く染め、瞳は泣きそうに潤んでいる。
そのままの姿勢だったカヤノは、二人が下から自分の顔を覗き込むようにしている事に気付き、慌てて後退った。


「な、なに……?」
「ううん、ちょっと……」
「あのさカヤノ、今の顔、もうちょっと見せてくれないかな」
「!!」


きらきらと瞳を輝かせる二人に圧倒され、カヤノはもう逃げるしかない。
そんな彼女をリンクとサリアは追い掛け、それを見て遊んでいると思ったコキリ族の仲間達も混ざり……。
暫くの間、森の中に子供達の楽しげな声が響いていた。


++++++


ある日の晩、カヤノは夢を見ていた。
美麗な装飾の施された馬車に乗り、周囲を多数の屈強な兵士に守られて平原を進んでいる。
その行く先には賑わう街と美しい城。
誰もが馬車を含めた一同を歓迎し、全ては喜びに満ち溢れている。

なのに、どうして。

どうしてこんなに、悲しいのだろう。


「……っ!?」


目が覚める。
そこはいつも通りのサリアの家で、隣のベッドに目を向けるとサリアが気持ち良さそうに寝息を立てていた。
何故か心が浮き足立ち、じっとしていられない。何か惹かれるものがある。
目にしなければならないものが、今、この森の中に確かにある。

暫くベッドの上でぐずぐずしていたが、遂に居ても立ってもいられなくなったカヤノはそっと家を抜け出した。
外は明るく、太陽は既に昇っていると思われる。
心が赴くままに足を進めた先はデクの樹が居る広場だった。
だが何かが違う。デクの樹の様子が以前とは激変している。


「……デクの樹サマ?」
「……カヤノ……か……」


応えたその声はとても苦しげなもの。
ドキリとしたカヤノは体を震わせるが、それでも何とか声を絞り出す。


「なっ、ど、どうしたんですか。具合が悪そうですけど……」
「ムウ……今、このハイラルには危機が訪れておる……。悪しき力が満ち、飲み込まれてしまいそうじゃ……。ナビィ、妖精ナビィよ、ここへおいで」


その声に、ナビィが飛んで来る。
苦しそうなデクの樹を見て驚いていたが、覚悟していたのか何も言わない。
デクの樹はナビィにリンクを呼んで来るように言い付ける。
彼こそがハイラルを善い方向へ導く運命の者、今こそ立たねばならないと。
ナビィは全身を傾けるように頷くと、何かを振り切るように集落の方へと飛んで行く。
それを呆然と見ていたカヤノに、デクの樹は言葉を続けた。


「さて、カヤノよ……。お前もリンクと共に立たねばならぬ。以前 持って来た剣と盾をリンクに渡し、以後は彼と行動を共にするのじゃ」
「それが、私の使命ですか?」
「ああ。神もそれを望んでおる」


嫌だとか、怖いとか、癪だとか、そんな感情は勿論あったが、いずれにせよカヤノに拒否権は存在しない。
神妙な面持ちで頷いたカヤノは、気になる事を訊ねてみた。


「デクの樹サマ、助かりますよね?」
「……いいや。ワシに残された時間はもう……多くはない……。ナビィもそれを承知で、何も言わずにいてくれたのじゃ」


ひゅ、とカヤノの息が詰まる。
デクの樹は自身の死期が近付いて尚、この国ハイラルの為に使命を全うしようとしている。
そしてナビィも、自分達の親のような存在である筈のデクの樹の状態を知りながら、己の使命を果たしに行った。
彼らはまるで、巫女となる己の運命を受け入れていた母のようで。
やはりカヤノには分からない。
何故こうまでして、使命を果たし運命に報いようとしているのか。

その時、ナビィが戻って来る。


「デクの樹サマ……ただ今戻りました!」
「オレに話があるって……あれ、何してるんだカヤノ?」


言い付け通りにリンクを連れて来たナビィと、カヤノを見付けて驚くリンク。


「ここに居たんだ。サリアが心配して探してたよ、戻ってあげたら……」
「いいえリンク、私は用があるの。ひとまずこれを受け取って」


剣と盾を渡すが、まだ事情を知らないリンクは不思議そうな顔をするだけ。
カヤノもまだ詳しくは分からないが、まずデクの樹に話を聞かなければ始まらない。
二人でデクの樹の前に並び、話を聞く事になった。

デクの樹との会話を要約すると、リンクは最近 悪夢に悩まされており、その夢はこの世界に忍び寄る邪悪を感じ取り映し出したものらしい。
それが出来る事自体、リンクが選ばれた者である証だという。
そしてデクの樹の具合が悪そうなのは、呪いをかけられているから。
それをリンクとカヤノ、ナビィで力を合わせて解いて欲しいと。


「分かった。呪いを解いたらデクの樹サマは助かるんだろ? 邪悪な力とか世界の危機とかはよく分からないけど、そのくらいやってやるさ!」


きっとデクの樹を助けられると信じているリンクに、カヤノもナビィも何も言えなかった。
何にせよ、ここで立ち止まっている訳にはいかない。
リンクとナビィ、そしてカヤノは、呪いを解く為にデクの樹の中へ向かった。


「ところでカヤノ、オレに剣と盾をくれたけど、お前は武器とか持ってないの?」
「何も……」
「それ危ないだろ! これやるから、いざって時の為に持ってなよ」


リンクに渡されたのは以前に彼が手作りしていたパチンコ。
固い木の実の種を弾にすれば、そこそこ衝撃を与える事が出来そうだ。


「ありがとう……」
「うん。何かあったら遠慮せずに言いなよ」


まだ11歳だという話だが、随分と勇気と優しさのある少年だと思う。
……しかしそんな者だからこそ、これから辛い運命を背負わされるのでは。
それを考えるとリンクが憐れに思えて仕方なかった。

デクの樹の体内は空洞になっており、広さは勿論だが高さを感じる。
そんな空間に響く、カサカサと虫が這うような音。
こんなに響くのであれば、大きさは尋常なレベルではない筈。


「リンク、カヤノ! あれっ!」


ナビィが突然叫び声を上げた。
彼女が示す先、上を見てみると暗がりの中に光るもの。
それが大きな一つ目だと分かった瞬間、その目の持ち主が飛び降りて来る。
衝撃に地面が揺れ、現れたのは頑強な殻に覆われた巨大なサソリ……のような生き物。


「なに、これ……!」
「カヤノ、オレから離れないで!」


リンクがカヤノを庇うように前に出て、剣と盾を構える。
巨大な目にギョロリと睨まれて足が竦みそうになったのを何とか堪えた。


「こいつは……甲殻寄生獣ゴーマ! 二人とも気を付けて、こいつがデクの樹サマに呪いをかけてるの!」
「つまり、このゴーマを倒せばデクの樹サマは助かるんだな!」


ナビィの言葉に奮い立ったリンクは、ここに居て、とカヤノに告げ、躊躇う事なく巨体へ斬り掛かる。
しかし硬い殻に覆われたゴーマはびくともせず、壁をよじ登って行った。
そして太い尻尾の先にある穴から次々と卵を産み落とし、それはすぐに孵化して小さなゴーマが現れる。


「あいつ……!」
「待って。何とか出来るかも」


カヤノはリンクの後方から、小さなゴーマ目掛けてパチンコを撃った。
まだ生まれ立てで弱いのか、一発当たっただけで次々と倒れて行く。


「(やっぱり弓とは感覚が全然違う……けど、基本を応用できない訳じゃない)」
「凄いじゃんカヤノ! ……でもアイツ、全然こっちに来ない! くそーっ、アイツを叩かないといけないのに!」


リンクの言う通り、いくら子供のゴーマを倒しても親を叩かない事には呪いは解けない。
ふと成り行きを見ていたナビィが、カヤノが撃った弾が、全て子供ゴーマの目に命中している事に気付いた。
カヤノは大きくて当て易いから狙っているだけのようだが、これはひょっとすると。


「カヤノ、親ゴーマの目を狙って! きっと弱点よ!」


ナビィの言葉に、すぐさま上方のゴーマ目掛けてパチンコを撃つカヤノ。
距離は離れているが、巨体な分 却って当て易い。
見事に命中した弾はゴーマにダメージを与え、耐えられなくなった奴が落下して来る。
すぐさま駆け寄ったリンクが、ゴーマの目に目掛けて剣を構えた。


「デクの樹サマから出て行けーっ!!」


渾身の力で突き出された剣はゴーマの目を中心から貫く。
大きな雄叫びを上げたゴーマは青い炎を発し、消えてしまった。


「やったぁリンク、カヤノ!」


大喜びでこちらに飛んで来るナビィと、対照的に静かな態度ながらホッと安堵の息を吐くカヤノ。
冷静を装っていたが、やはりあんな化け物を相手にするのは怖い。

一刻も早くデクの樹に報告すべくリンクが駆け出し、カヤノとナビィも後を追って広場に戻る。
するとそこにはコキリ族の子供達。
どうやらデクの樹の異変を感じ取って集まったらしく、リンク達を見付けたサリアが駆け寄って来る。


「カヤノ、リンク!」
「サリア! オレ達やったよ、モンスターを倒したんだ! って、説明しなくちゃ分かんないよな」
「ううん、デクの樹サマが話して下さったわ。デクの樹サマにかけられた呪いを解く為に、リンクとカヤノがモンスターと戦ってるって……」


どうやら、大まかな話はデクの樹が伝えていたらしい。
得意気な顔をするリンクの頭上から、変わらず苦しそうなデクの樹の声が降って来た。


「よくやってくれた。ありがとう、リンク、カヤノ……。特にリンク、お前の勇気は確かに本物じゃな……」
「……デクの樹サマ? どうしてまだ苦しそうなんだよ……」
「お前達はよく頑張ってくれた。しかし……ワシの命はもう、元に戻らぬ」


その言葉に、コキリ族の子供達からざわめきの声が上がる。
特にデクの樹を助けるつもりで戦っていたリンクは呆然と立ち尽くした後、デクの樹に縋り付いた。


「な、なんでだよっ! オレ一生懸命 戦ったのに……そんなのやだっ!!」
「……よく聞けリンク。ワシに呪いをかけたのは、黒き砂漠の民じゃ」


その者は邪悪な魔力を操り、ハイラルのどこかにある“聖地”と呼ばれる場所を探し求めていたそうだ。
聖地には神の力を秘めた伝説の秘宝・トライフォースが存在する。

気が遠くなるほど遥かなる昔、ハイラルは混沌の極みにあった。
育む地は無し、秩序も無し、命さえ無し。
そんな混沌の地ハイラルに3人の女神が降臨した。

力の女神ディン、
知恵の女神ネール、
勇気の女神フロル。

育む大地を、守るべき秩序を、そしてあらゆる命を生み出した後、手にした者の願いを叶えると言われる黄金の聖三角、トライフォースを聖地に残し天へ帰った。


「あの黒き砂漠の民を、トライフォースに触れさせてはならぬ。決して聖地へ行かせてはならぬ……! あの者はワシの力を奪い、死の呪いをかけた……。あの男がトライフォースを手に入れれば、ワシのような者が後を絶たぬじゃろう……」
「デクの樹サマみたいに苦しむ人が……もっともっと増える……?」


その言葉にリンクは何かを決意したような表情を見せた。
そして流れていた涙を拭うと、意思の強い真っ直ぐな瞳を向ける。


「オレに出来るなら、やる! どうすればいいのデクの樹サマ!」
「カヤノやナビィと共に森を出て、ハイラル城へ行け。そこに神に選ばれし姫がおいでになる筈じゃ……。姫にこの石を渡すのだ。あの男がワシに呪いをかけてまで欲した森の精霊石、“コキリのヒスイ”を……!」


デクの樹から光が溢れ、やがてそれは緑色をした宝石へ変わる。
ゆっくりと降りて来たそれをリンクは掲げるように受け取った。


「ナビィ、お前にも渡す物がある。……神から授かった力の一部をお前に託そう。これでリンク達を助けるのだ」
「はい……」


泣きそうな声で返事したナビィを眩しい光が包み込む。
特に変化は分からないが、成功したのかデクの樹は満足げに息を吐いた。

そしてデクの樹はカヤノに声を掛けた。
どこか慈愛を感じる声音で、先程より穏やかに言葉を紡ぐ。


「カヤノよ……お前の運命は過酷かもしれん。しかし、どうか……リンクと共に旅立ち、彼を支えておくれ」
「……どうしてですか」
「神が定めたからじゃ。お前は納得いかぬかもしれんが……」
「違います! どうしてそんなに運命や使命を受け入れられるんですか! デクの樹サマだけじゃない、リンクだって、ナビィだって……!」


普段は殆ど感情を露にしないカヤノの怒鳴り声に、周囲の誰もが驚く。

使命を果たせた事に満足し、安らかに眠ろうとしているデクの樹の事、親のような存在を喪いかけても尚、自らに課せられた運命をすぐ受け入れ、果たそうとするリンクとナビィの事。
運命や使命を呪い嫌っているカヤノはとても納得できなかった。


「……優しいな、カヤノ」
「……!?」


予想外なデクの樹の言葉に、カヤノは驚いて勢い良く顔を上げた。
デクの樹は先程より更に穏やかで優しげな雰囲気を醸し出している。


「自分が理不尽な目に遭ったと思っているからこそ、ワシらに同じ轍を踏ませたくないのじゃろう」
「……」
「カヤノよ、今はまだ分からんでも良い。だがいずれ理解してくれ。大切な者を守り、意思を受け継いで貰えるなら……。それで本望という事もあるのじゃ……」
「……デクの樹サマ……」
「まずは、少しでも楽しく生きろ。いつかこの世界を、この世界の誰かを、愛せるように……」


デクの樹が枯れて行く。
コキリ族達が駆け寄り口々に名を呼ぶが、もう元には戻らない。


「デクの樹サマ!」
「いやだ、死なないで!」
「……ワシは、幸せ者じゃな。どうか悲しまないでおくれ。お前達の生きるハイラルに希望を残せた……最期にそれが出来て、ワシは……もう……何も……」
「デクの樹サマッ!!」
「頼んだぞ、リンク、ナビィ、カヤノ……信じて、おるからな……」


最期に残したのは、慈愛と信頼。
青々としていた葉は全てが枯れ、顔が浮かんでいる幹は灰色に変色する。
永きに渡り森を守護して来た精霊の、静かなる終わりだった。

周囲で泣き崩れるコキリ族達の中、リンクは乱暴に目元を拭うと呆然としているカヤノに歩み寄る。


「カヤノ。お前も一緒に行ってくれるんだろ? よろしくな」
「……うん」
「ちょっと、待てよっ!」


声を荒げたのはミド。
ずんずん近寄って来ると、泣き腫らした目で睨み付けて来る。


「行くってドコに行くんだ、オイラ達コキリ族は、森から出たら死んじゃうんだぞっ!!」
「ミド……オレ、デクの樹サマの最期の言葉を叶えたいんだ。デクの樹サマみたいに苦しむ人を減らせるなら、それが出来るなら、そうしたい」
「だってオマエ……つい昨日まで、半人前の妖精なしだったクセに……無茶に決まってんだろ!」
「……本当はオレさ、ミドとも仲良くなりたかったな。もし帰って来れたら、その時は……」


まるで最後を示すかのような言葉を、穏やかな顔と声音で告げるリンク。
我慢が出来なくなったのか、涙をボロボロ零し始めたミドはそんなリンクの言葉を遮った。


「うるせーっ!! オイラだって本当は、本当はなぁっ!! ……今まで、イジワルして……ごめん」
「ははっ、こっちこそ意地張ってばっかりだったの、ごめん。最後に仲直り出来てよかった」
「最後じゃねーよ! 絶対、絶対 帰って来いよ! もし帰らなかったら、またイジワルしてやるからなっ!!」


泣きながら喚くミドにリンクも涙を浮かべながら笑顔を向けた。
そして他のコキリ族達にも、元気でな! と挨拶すると、引き止められないうちにカヤノの手を引いて走り出す。
背後から聞き慣れた友人達の声が追い掛けて来るのを、振り切るように。
ずっと育って来た森を出る為、周囲を出来るだけ見ないように走り続けた。

後ろ髪を引かれないようごく短時間で、お互いに家で軽く準備をしてから集落の出口で落ち合う二人。
まだコキリ族の誰も通り抜けた事の無い、外への道と言われる吊り橋。
集落からも離れたそこは、静かで不思議なくらい清涼な空気が溢れている。


「リンク、カヤノ! 待って!!」


歩みかけていた矢先、思わず止まったリンク達が振り返った先には、息を切らしたサリアの姿。


「……行っちゃうのね、二人とも。デクの樹サマの最後のお願いだもんね……」
「サリア……」
「あのね、あたし分かってた。リンクもカヤノも、いつか森を出て行っちゃうって。だって二人とも……あたし達と、どこか違うもん」


その言葉にリンク達、取り分けカヤノは驚く。
妖精の居ないリンクにも、その上で新入りのカヤノにも分け隔てなく接してくれていたサリアが、実はコキリ族の中で一番察していたらしい。


「でもそんなのどうでもいい! あたし達ずーっと友達! そうでしょ?」
「うん。オレ達、ずっと友達だよ」
「サリア……私がこの森で穏やかに過ごせていたのは、全部あなたのお陰よ。本当にありがとう」


リンクの笑顔に、そして初めて見るカヤノの穏やかな笑顔に、サリアは一瞬だけ目を見開いた。
そして泣きそうな笑顔になると、お気に入りのオカリナを差し出して来る。


「このオカリナ、あげる! ときどき吹いて、森のコト、あたし達のコト……思い出してね」


慈愛と優しさに満ちた森。
そこを脱し、時に過酷さをも見せる運命へ飛び込んだ少年少女。
一人は決意を込めて。
一人は理不尽な思いをしながら。
それを見守る妖精もまた、大いなる運命の流れに浮かぶ小さな船。

しかし森を抜けた先、明るい色に染まり森の中では見られなかった広大な青空を見せる平原は、まるで彼らの旅立ちを祝福するかのようで。
それでもやや不安そうな顔をするカヤノにリンクは、先程 彼女が叫んでいた疑問に答える。


「カヤノ、言ってただろ」
「え?」
「何で運命を受け入れられるのかって。オレ、まだ国を救うとか悪を倒すとか、そんなの分からないよ。でもデクの樹サマに呪いをかけた奴を放っておいたら世界が危ないんだろ。そうしたら、コキリの森の皆も危ないかもしれない。オレは、仲間の皆を守りたいんだ」


最初はそんな小さな事からで良い。
友達を救うついでに世界を救う、そんな一見不純な理由でもいい。
行動していればきっと結果は後から付いて来てくれるものだから。
サリアを筆頭にコキリ族の者達に恩を感じているカヤノは理解しかけたが、やはり元の世界での出来事を思い出すと気持ちがブレる。
大切な者の為とはいえ、神が勝手に与える運命を受け入れるのは……。

そんなカヤノにナビィが、暗い疑問を払拭するかのように明るく声を掛けた。


「まあ、デクの樹サマも仰ってたでしょ。まずは難しいコトなんて考えずに、楽しく生きてみない? ナビィ、カヤノに一番必要なのはそういうコトだと思うの」
「……いいのかな。だって私は……」
「いいのっ! さっきサリアに見せたような優しい笑顔に、これから沢山なれるといいね!」
「えっ、笑顔!? オレ見てない! ちょっとカヤノ、そのサリアに見せたって笑顔、オレにも見せてよ!」
「そ、そんな事、急に言われても……」
「あー、見たかったー!!」


賑やかしくなる一行。
その雰囲気にカヤノはまだ笑顔にはならないものの、こういうのも悪くないな、と思えて来てしまう。
そんな呑気な事を考えていて良いのか訊ねようと空を見ても当然、神の姿はどこにも無かったが。


「リンク、カヤノ、行きましょ! 目指すはハイラル城!」


神に選ばれた姫が居るという城へ。
運命に導かれる戦士達は足を進めた。



−続く−



- ナノ -