時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第1話 コキリの森の子供達


このコキリの森に住んでいるらしい少女・サリアの案内で、彼女達が暮らす集落へ向かうカヤノ。
まるで幻のような美しさを放つ森は、歩いているだけで頭がふわふわしそうだ。
両側を岩壁に阻まれた狭い道を通り、小さなトンネルを抜けた先、清らかな水が流れ童話のような木の家が並ぶ集落へ辿り着く。


「ここがあたし達の住む場所よ。……ところでカヤノ、妖精は居ないの?」
「妖精……?」
「うん、この子みたいなの」


サリアが連れている、昆虫の羽のようなそれを4枚生やした光の塊。
どうやらこれが“妖精”らしいが、そんなものカヤノは持たない。
持っていなければ仲間として認められず追い出されるのだろうか。
そうしてカヤノが悲しそうな顔をした事に気付き、サリアは慌てて首を横に振る。


「居ないなら居ないでいいの。デクの樹サマが仲間だっておっしゃったんだから、サリアはカヤノのコト、ちゃんと友達だって思ってるよ!」
「まだお互いの事も知らないのに……?」
「これから知ればいいんじゃないの? あ、あとカヤノ以外にも、妖精をまだ持っていない子なら居るから、心配しないで」


子供とはいえ、ここまで信じ易くて良いのだろうかと余計な心配が浮かぶ。
ひょっとして他の住人達もこのような感じなのだろうか。
……と、思っていると前方から人。
サリアと同じような格好をした少年で、強気というか、やんちゃそう。
彼はカヤノを認めるなり憤慨したような顔で近付いて来る。


「おいオマエ誰だ、サリアと何してんだよ!」
「……」
「ちょっとミド、いきなり何よ」
「だって怪しいだろ! こんな黒いヤツ初めて見たぜ!」


ミド、と呼ばれた少年は不審そうにカヤノを睨み付けている。
黒いヤツとは、カヤノの黒髪と黒目の事を言っているのだろう。
確かにサリアは緑、ミドは金、ちらと遠目に見た他の子も金色の髪ばかり。
瞳の色も青っぽく、日本人的な色を湛えた者は居なさそうだ。
カヤノのような黒目黒髪の者はかなり物珍しいのだろう。


「それにオマエ、妖精は? リンクと同じ“妖精なし”なのか!?」
「……妖精なし?」
「ミド!」


その単語に、先程まで呆れ気味だったサリアの雰囲気が怒りに染まる。
ミドはそれに一瞬だけたじろいだものの、すぐに気を取り直すとカヤノに向かって舌を出した。


「なーんだ、リンクのヤツと同じなのかよ! じゃあオマエも下っ端だな! オイラはこのコキリの森のボス、ミド様だ! 下手に逆らうなよっ!」
「……分かった」
「お、お? 意外と素直なヤツなんだな……」
「あのねミド、カヤノはちゃんとデクの樹サマに仲間だって認められてるんだから。意地悪もいい加減にしないと怒るわよ!」
「!! な、なんだよ、オマエもサリアに味方されてんのか! ちっくしょー、リンクといいオマエといい、何で妖精なしばっかり……!」


悔しそうに顔を歪めたミドは足取り荒く去って行く。
気にしないでね、とサリアは優しい声で慰めて来るが、カヤノはどうにも慰められるような事を言われた気がしない。
余所者なので警戒されるのは当たり前だし、妖精に関してあまり知識が無いので居ない事が問題とも思えない。
そんな、表情が控え目な上に動かないカヤノを、サリアは心配そうに見つめた。
どうにも感情が薄いというか、ほぼ無いのでは、という印象を受けてしまい、何か辛い事があったのかもと思ってしまう。
だがいきなりずけずけと訊ねる訳にもいかないので、早くあたしの家に行きましょ、と元々の目的を促した。

案内された木の家は巨大な切り株といった風。
中は意外にも快適で、真っ先に暖かな印象を受ける。
ベッド、テーブル、イス、タンス、それに物入れらしい壺。
壺以外は木造で、家具の少なさと相まって実に素朴な印象だ。
中央に大きく敷かれた絨毯の上に座り、サリアは笑顔で口を開く。


「カヤノ、ミドの言うコトは気にしないで。あいつったら子分を引き連れていつもイバってるんだから。その真っ黒な髪と目、キレイだと思うよ」
「……サリアの方が綺麗よ」
「え、あたしキレイに見える? ほんと?」
「ここの森、綺麗だから。同じ綺麗な色してる」


相変わらずカヤノの表情は碌に動かず、言葉にもあまり抑揚が感じられない。
それでもきっと言っている事は嘘ではないだろうと思ったか、サリアは嬉しそうにはにかんだ。

……そこでふと、カヤノはある事が気になる。
サリアに親は居ないのだろうか。
家の中はサリア以外に誰かが住んでいるような印象が無く、しかもここに来るまでに森の中で大人を見掛けなかった。
この辺りが子供達の遊び場ならば不思議でもないが、家もある事だし確かに住んでいるのだろう。


「ねえサリア……あなた、親は?」
「親? デクの樹サマがあたし達の親よ。カヤノもそうじゃないの?」
「えっと、大人は居ないのかなって思って」
「? オトナってなんだっけ?」


きょとんとした様子のサリアに、カヤノは驚いて少しだけ目を見開く。
ひょっとしてコキリの森の子供達は全員孤児なのだろうか。
幼い頃に捨てられてデクの樹が面倒を見ているとか……。
デクの樹以外に“大人”が居ないというのであれば、言葉の意味が分からないのも有り得るかもしれない。
そもそもこの世界が、基本的にどういう世界かはまだ分からない。
勇者だの魔王だの言っていたし、現代日本とは文化もインフラも何もかも違う事だってあるだろう。
それに、デクの樹のような存在を鑑みるに、コキリの子供達がそれこそ妖精や精霊のような存在である可能性も。


「……いいの、忘れて」
「そう? じゃあカヤノ、今日からよろしくね。ベッドは明日にでも作っちゃうとして、今日は一緒に寝よう」


にこにこと笑顔のサリアは、カヤノの心へいとも簡単に入り込もうとする。
その晩 彼女と一緒に就寝するがどうにも寝付けない。
一体自分は何をしているのかと考えばかりが巡って落ち着かなかった。

このコキリの森にはどうやら子供しか居ないらしい。
デクの樹という保護者ならば居るもののはっきり“親”という存在が無さそうだ。
親に抑圧されず自由に過ごす子供達。
それはまさにカヤノが望んで止まなかったもの。
もちろん自由を得るからには責任が生じる。
事実、カヤノは抑圧されていた代わりに、一般の世間では負わなければならないような責任からは逃れられていた。
コキリの子供達も何もかも自由という訳でもないだろうが、自分のように抑圧されていない事が羨ましく思えて仕方ない。

……けれど今は、自分も抑圧されずに過ごせる可能性がある訳だ。
罰を受ける為に送られた世界だが、機会があれば……。
ほんの少し、この世界での生活に光明が見えたような気がした。


++++++++


翌日、サリアの紹介でコキリ族達に紹介されたカヤノ。
やはり子供ばかりで大人の姿は見えなかった。
女の子達は特に分け隔て無く対応してくれたものの、男の子は多くがあのミドの子分のようなものだったので、突っ慳貪な反応をされるだけ。
サリアが怒ってくれたが改善の兆しは無さそうだ。
憤慨した様子のサリアだったが、ふと我に返ったように辺りを見回す。


「あれ? そういえばリンクはどこ行ったんだろ」
「リンク……?」
「昨日話した、まだ妖精がいない子よ。紹介したかったんだけど……。ちょっと家まで行ってみない?」


何もする事が無いので、断るべくも無い。
サリアの後をついて行くと少々低い位置にある家へ辿り着いた。
低いとはいっても、この家だけ他とは違い入り口が高い所にあって、長いハシゴを登って行かなければならない。
サリアが家へ向かって声を上げる。


「リンクーっ、起きてるー? ……ねぼすけなのよ、彼」


楽しそうにクスリと笑うサリア。
ややあって、家の中から欠伸をしながら一人の少年が出て来た。
格好は他の少年達と変わらない……しかし、下世話な話かもしれないが、顔がだいぶ整っているように見える。
早い話が飛び抜けて美少年だ。
入り口が高い位置にあるため見上げる形になり、眠そうな声が上から降って来る。


「なにサリア〜……? あれ、隣の子、だれ?」
「この子はカヤノ。デクの樹サマに紹介された新しい友達よ。知らないのもうリンクだけよ?」
「え、ちょ、と、待って、すぐ降りるから!」


慌てた様子でハシゴを降りる少年……リンク。
すぐさまカヤノ達の側までやって来ると、じっとカヤノを見つめる。


「ふーん……。 ……変わった色してるんだ」
「ちょっと、リンクまでそんなこと言うの?」
「べ、別に悪いとは言ってないよ」


やはりこの真っ黒な髪と瞳は目立ってしまうらしい。
彼に悪気は本当に無さそうなので、物珍しそうにされるくらいならば何とも思わない。

どうやらサリアはカヤノが寝る分のベッド作りを彼に手伝って貰うつもりだったらしい。
お願いすると、リンクはふと思い出したように手を叩く。


「そう言えばいつだったっけ、オレが新しいベッド作ろうとしてさ、大きめに作ったから部屋が狭くなっちゃって……結局 諦めたことあっただろ」
「あ、そうね。あの後どうしたの?」
「つい昨日 皆と一緒に祭りの準備を進めてた時に、去年の祭りの飾りとか片付けた倉庫で見つけたんだ。サリアの家は広めだから、あのベッド入れても大丈夫じゃないか?」
「それなら作らなくていいね。カヤノ、行こう」
「うん……」


リンクとサリアに連れられ、ベッドを片付けた倉庫へと向かうカヤノ。
ところで“祭り”とは何かあるのかと二人に訊ねたところ、年に一度、森の平和を願う祭りを皆で行うのだとか。
そこら中を飾り付けて、歌ったり踊ったり、変化の少ない森の中では大きな楽しみの一つのようだ。

……元の世界で祭りの時期に罪を犯した自分が、贖罪の為に送られた世界でもすぐ祭りに関わりそうだとは。
新しい人生を楽しんで罪を忘れる事が無いよう、そうしたのだろうか。

倉庫にあったベッドはいくつかのパーツに分けられており、3人でサリアの家に運んで組み立てた。


「これでゆっくり寝られるな。良かったじゃんカヤノ!」
「……ありがとう、サリア、リンク」


カヤノはお礼を言いつつも顔は沈み気味の無表情で、声音に抑揚が殆ど無い。
てっきり笑顔を向けて明るくお礼を言ってくれるものと思っていたリンクは、本当に感謝しているのか図りかねる態度にムッとした表情。


「おいおい、もうちょっと喜んでくれても良いんじゃないの?」
「有り難いと思ってるわ」
「そうじゃなくてさ、もっと態度に出してくれても……」
「さっきベッドがあった場所、少し荷物を崩してしまったから片付けて来る」


リンクの言葉を遮るように言って、カヤノはサリアの家を後にする。
後を追おうとしたサリアだが、リンクが憤慨したような態度で文句を言い出したので立ち止まった。


「なんだよアイツ、暗くてつまんないヤツ!」
「何か理由があるのよ。あんな悲しそうな子、見たことないもん」
「サリアは優しすぎるんだよ……」
「とにかく、あたしカヤノを手伝って来るわ。リンクは皆と……」


その瞬間、外の方から「あーーっ!!」と大きな叫び声。
嫌な予感がしたサリアが駆け出し、慌ててリンクも後を追う。
何か怒鳴りつけるような声が聞こえたのでそちらへ向かうと、先程ベッドがあった……祭りの道具を片付けている倉庫。
そこには立ち尽くしているカヤノと、彼女を責めるミドと取り巻きの姿。


「おいオマエ、何てことしてくれたんだよ!」
「ちょっとミド、どうしたの!?」
「どうしたもこうしたも、コイツが祭りの飾りを壊しやがったんだ!」


見ればカヤノの足下、木々や花々が彫られたレリーフが割れてしまっている。
このレリーフは森の中で一番危険と言われる、迷いの森の石を削って作られていた。
年に何度か迷いの森の魔力が薄れる時があり、その時にデクの樹の守りを受けながら取りに行けるらしい。
しかし今はその時期ではなく、危険でとても取りに行けない。
予備の石も無い為このままでは祭りに出す事は難しそうだと。


「それ、飾りの中で一番大事なモンなんだぞっ!」
「ち、ちが……私、壊してない……。ここに来たら落ちてたの……」
「さっきオマエらがここから何か運び出してるの見た! それが原因で落ちちまったんじゃないのか!?」


カヤノ達は間違いなく落としていないのだが、ミドが言う通りそれが原因の可能性も高い。
そうならば意図的ではないにせよ、カヤノが原因を作り出してしまったも同然。
新入りの上に普通は持つべき妖精も居ない、そんな“異端”の状態で皆の迷惑になるという最悪の事をしてしまった。
サリアがカヤノを庇おうと彼女の前に飛び出すが、カヤノはそれを制して一歩前に進み出る。


「……迷いの森って、どこ?」
「え? 外に出たら高台に入り口が見えるけど……まさか!」
「ありがとう」


止める間も無く走り出すカヤノ。
子供達が慌てて外へ出ると、高台へ向かう姿が。
モンスターが出る上、もし森に取り込まれてしまえば帰って来られない。
そんな危険な森へ躊躇いなく入って行くカヤノに、誰も呆然として動けなかった。
そこで一番に我に返るのはサリアで、仲間達に鋭く告げる。


「誰か、デクの樹サマにこのコトを伝えて!」
「ど、どうするんだよサリア!」
「あたしはカヤノを連れ戻しに行くから!」


慌てて引き止める声にも反応せず迷いの森へ向かうサリア。
それでも誰も呆然として動けず、やっと女の子の一人がデクの樹へ伝えに行く。
迷いの森の方角が、不気味にざわめいているように見えた。


++++++


一方迷いの森へ入り込んでしまったカヤノは、どこへ向かっているのかも分からないまま歩いていた。
レリーフの基盤となる石の場所さえ聞かなかったのは失敗だったが、彼女はもう、半ば自棄になってしまっている。


「(この森は危ないと言っていた……。死ねるかもしれない)」


罰を受ける為にこの世界で生きているのに、それは反則かもしれない。
しかしカヤノが受ける罰は“神が与えた運命を受け入れる”事。
ここで死ぬのなら、自分はそういう運命を神に与えられた事になる。
それなら反則も何も無いだろうと、不気味な森の中を歩いていた。

……そんな折、森の中に響く高い声。


「カヤノ!? どうしてこんな所に……!」
「え?」


声のした方を見ると、そこには妖精が居た。
サリア達が連れているものと同じ、昆虫のような四枚の羽を生やした光の塊。
青い光を放っており、他の妖精と比べてどこか不思議な雰囲気を感じる。


「あなたは? どうして私の名前を……」
「あ、その。……ワタシはナビィ。アナタのコトはデクの樹サマから聞いてるわ。コキリ族の子がデクの樹サマに、迷いの森に一人 入り込んじゃったって報告して。それでワタシが様子を見に遣わされたってワケなの。ねえカヤノ、帰りましょ。ここはモンスターも出て危ないのよ」
「でも、私はレリーフの石を持って帰らないと」
「? どういうこと?」


カヤノはナビィにこれまでの経緯を掻い摘んで話した。
新入りとして問題を起こした以上、これからの為にも解決したい。
ナビィも彼女の気持ちが分からない訳ではないのだが、戦闘能力も無いのに無茶はさせられない。
再度カヤノを説得しようとしたナビィだが、その時、彼女達からそう遠くない草むらがガサリと揺れる。
そこから現れたのは、オオカミのような見た目の魔物。


「……!!」
「カヤノ、逃げなさい!」


ナビィが叫ぶが、カヤノは足が竦んで動けない。
焦ったナビィが時間稼ぎをしようと決死の覚悟で魔物に向かって行くと、突然 木々の向こうから笛のような音が聞こえて来た。
それは踊り出したくなるような軽快さで、どこか郷愁のようなものも感じさせる。
魔物は獰猛さを忘れたかのように、動きを止めうっとり聴き入り始めた。

そこに現れたのはオカリナを吹いているサリア。
演奏をやめて魔物が大人しくなったのを確認すると、そっと横をすり抜けカヤノの側へ。
お互いに目配せすると、すぐに走ってその場から逃げた。


「サリア、今のは……」
「あたしが作った曲よ。ナイショなんだけどね、時々 迷いの森へ遊びに来るの。奥の方にお気に入りの場所があって……レリーフの石もそこで取るのよ」
「………!」
「魔物がこの音楽を気に入ってくれたのかは分かんないけど、吹くとしばらく襲って来ないから。奥まで行く?」
「……行くわ。ここまで来たんだもの」
「待って2人とも。気持ちは分かるけど危ないわよ……!」
「あれっ、妖精。もしかしてカヤノの?」
「え? ううん、ワタシは違うんだけど……」


逃げ切ってからようやくナビィに気付いたのか、サリアが嬉しそうな顔をする。
しかしどうやらカヤノのパートナーとなる妖精ではないらしい。
カヤノは心の中で少し残念に思ったが、顔には出さなかった。
結局ナビィもカヤノとサリアの意思に押し負け、迷いの森の奥へ向かう事に。
魔物と遭わないよう慎重に、万一遭遇してしまったらサリアの曲に頼る。

そして奥まった場所にある長い階段を上り、辿り着いた迷いの森の深奥。
そこは明らかに人工的に区切られた四角い広場で、中央には黄金の正三角を3つ並べて更に正三角になるようにした、何だか妙に目を惹かれる紋章の台座があった。
奥には石造りの立派な建造物の入り口。
まるで神殿のような趣で、知らず心が引き締まる。


「カヤノ、あったわよ石!」
「!」


カヤノが紋章や建造物に目を奪われている間に、サリアがレリーフの基盤となる石を取ってくれていた。
……ひょっとしてこれは、あの建造物の一部が崩れたものではないだろうかと少々気になったが、素材が何でも関係ないので黙っておく。

カヤノはサリアから石を受け取り階段の方へ戻る。
足音が付いて来ないので振り返るとサリアが建造物の方を見て立ち止まっており、早く帰ろうと促そうとした……瞬間、響く低い唸り声。
ハッとしてそちらを見たカヤノの視線の先には、先程と同じ種類のオオカミのような魔物が。


「あ……」
「カヤノ!」


サリアとナビィ、2人の悲鳴が同時に響く。

ここまでだった。
これが神に与えられた自分の運命。
特に抵抗もせず目を閉じたカヤノは死を受け入れる。

だが、次に響いたのはカヤノの悲鳴ではなかった。
聞こえたのは唸り声とはかけ離れた、魔物の甲高い悲鳴。
えっ? と驚いて目を開いたカヤノが見たのは、太い棒きれを振り下ろした格好で佇むリンクとミド、そして倒れている魔物。
彼らだけではない、後方には他にも複数コキリの子供達の姿が。


「あ……」
「ほんっと無茶するよ、追い掛けて来て良かった……!」


気が抜けてぺたんと座り込んでしまったカヤノに手を差し出してくれるリンク。
少し躊躇っていたが、やがて怖ず怖ずと手を差し出し立たせて貰った。
それでも未だ気が抜けているカヤノに、ミドが怒ったような様子で。


「オマエなっ、いくらレリーフを壊した妖精なしの新入りだからって、死んでほしいワケじゃねえんだぞっ! ……し、心配かけんなよっ!」
「え……」


心配してくれた事が意外で、カヤノは目をぱちくりさせる。
ミドはすぐサリアの方へ行き彼女の心配を始めた。
ぽかんとしているカヤノに、リンクが面白そうに笑う。


「そういう顔できるんだ」
「え、あ、その……ありがとう……」
「だからオレとしてはもっと嬉しそうに言ってほしいんだけど。まあ他の皆にも、ちゃんとお礼言っときなよ」


言われ慌てて、ミド始め助けに来てくれたコキリの仲間達に礼を言う。
サリアにもお礼と危険な目に遭わせてしまった謝罪をするが、彼女は、自分もレリーフを壊した一因かもしれないから気にしなくていいと笑ってくれた。
人の良さが心配になる程だが、正直に有り難い。
ふとそこで、ナビィが居なくなっている事に気付いた。
彼女にも付いて来てくれた礼を言いたかったのだが……。
デクの樹の使いと言っていたので、きっとまた機会はあるだろう。

コキリの仲間達と一緒に帰りながら、カヤノは心が温まるのを感じている。
碌な友達付き合いが出来なかったせいで、こんなに心配してくれる友人は今まで出来なかった。
しかもまだここへ来て2日目だというのに、こうして危険な場所へ助けに来てくれるなんて。

集落に帰って来たカヤノ達は、改めて祭りの準備を進める。
取って来た石にも器用な子が改めて柄を彫り、翌日には完成した。

祭りが始まったのは、その騒動の3日後。
デクの樹が辺りをふわふわ漂う妖精珠を多数生み出し、森中が普段以上の美しい光で満ち溢れる。
コキリ族の子供達は歌ったり踊ったり演奏したり、まさに“お祭り騒ぎ”の言葉が似合う。
そんな中、一人でそれをぼーっと見ていたカヤノに、サリアが森の果物で作ったジュースを持って来てくれた。


「カヤノは何もしないの? よかったら一緒に踊らない?」
「私はいい。踊った事なんて無いし……」


神楽舞ならやっていたのだが、あの重々しい曲と振り付けはこの雰囲気に合わない。
そっか、と隣に座ったサリアが言ったきり、2人の間には無言が訪れる。

……ここは、何か祭りに参加できるような話題を振るべきだろう。
サリアだって祭りを楽しみたいのだろうに、カヤノに合わせてくれている。
せっかく親切にしてくれている“友人”に自分も何かしたい。


「ねえサリア、迷いの森で吹いてたオカリナの曲があるでしょう」
「あの曲? あれがどうかした?」
「……私に教えてくれない? 演奏してみたい」


ぱあっと、顔を明るくさせるサリア。
これまで特に何かに興味を示して行動する事が無かっただけに、初めて自分から乗り気になったカヤノに感動すらしていそう。

それからカヤノはサリアにあの曲を教えてもらう。
笛など楽器の演奏は経験があった為にすぐ覚えて、翌日には皆に披露できる程になった。
カヤノの演奏でサリアはじめ他の子供達も楽しそうに踊り、次はあんな曲、次はこんな曲、とリクエストまで受ける。
その度に、初めはたどたどしいながらも割とすぐ曲にする事ができ、数日も続いた楽しい祭りの間中、カヤノはコキリ族の一員になれたような気がしていた。



−続く−



- ナノ -