時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第18話 愛しき森を背に


7年の時を経て再会を果たしたリンクとカヤノ。
コキリの集落の端に座り込んでお互いに起きた事を話した。
しかしカヤノは、ガノンドロフに捕らわれてからの事を話せない。
何度も快楽拷問を受け、何度もガノンドロフに犯され、挙句の果てに奴の子を身籠り産み落としたなど。


「(話せない……リンクに知られたくない……)」


幸いにもリンクはガノンドロフに捕らわれてからどう過ごしていたのかは訊ねて来なかった。
そしてリンクの方も、聖地で目覚めた時に出会った賢者の1人、ラウルに教えて貰った事を話す。


「オレさ、……コキリ族じゃないんだって」


かつて、ナビィがカヤノに教えた事。
しかし当然あの時リンクは居なかったので、彼は大人になるまで知らなかった訳だ。
リンクはハイラル王家に仕える騎士の家に生まれたが、戦で父親が死に、残された母親がリンクを抱えてコキリの森まで逃げ息絶えた。
デクの樹はリンクに課せられた運命を見抜き森で育てる事に決めたという……。

リンクは一振りの剣を見せてくれた。
それはマスターソードという、魔を討ち払う退魔の剣。
確かナビィの話では勇者の資格ある者しか扱えない剣で、これを扱えるようになる為、リンクは7年もの間 眠り続けていた。


「賢者ラウルの話では、オレがマスターソードを抜いた事によって聖地への道が開かれて、そこからガノンドロフが侵入してしまったらしい」
「もしかして、トライフォースは……」
「……奪われてしまった。もう聖地で安全なのは、オレが眠っていた“賢者の間”って所だけだってさ」


ガノンドロフはトライフォースを手に入れ、魔王となってしまったという。
しかしそこでカヤノはある事を思い出す。
それはいつかシークから聞いた、シーカー族に伝わるトライフォースの隠された伝承。

トライフォース……聖なる三角……。
それは 力、知恵、そして勇気、三つの心をはかる天秤なり。
聖三角に触れし者、三つの力を合わせ持つならば万物を統べる真の力を得ん。
しかし、その力無き者ならば、聖三角は力、知恵、勇気の三つに砕け散るであろう。
後に残りしものは三つの内の一つのみ。それがその者の信ずる心なり。

シークは、ガノンドロフの心では完全なトライフォースは手に入らないだろうと言っていた。
それをリンクに伝えるが彼の表情は晴れず、自嘲するような笑みを浮かべる。


「そうだとしても、オレのやる事は変わらない。ガノンドロフから聖地を取り戻さないといけないしな」


これからリンクがやるべきなのは、7人の賢者を探し出し、その力を用いてガノンドロフを封じる事。
1人は賢者の間に居るラウルなので残り6人を探す必要がある。
時の勇者とは賢者達の力を得て戦う者の事。


「正直オレ、勇者だとかまだ実感 湧かないよ。だけどオレしかやれないって言うのなら、やるしかない」
「私も手伝うわ。リンク以外には出来ない事でも、その手伝いまで出来ないって訳じゃないでしょう? ナビィ……お母さんの力だって私にある」
「ありがとう。それにしても、まさかナビィがカヤノのお母さんだったなんてな。カヤノの事、ずっと見守っててくれたんだ」
「……うん」
「……クーデターの日、ナビィと一緒に時の神殿へ行ったのが最後だなんて……信じられない……」
「私も、まだ信じたくない」
「ナーガだけは何としてでも助け出さないとな。まだガノンドロフに捕まってるんだろ?」
「そのはずよ。ダークが守ってくれていると思うわ」
「あいつか。オレが居ない間、1年以上も一緒に居たんだよな」
「ええ。お陰でとても心強かった」
「……オレなんて、まだカヤノと2ヶ月も一緒に過ごしてないのに」


自嘲するような笑みを浮かべていたリンクが、突然 真剣な表情になった。
睨み付けるようにも感じるその顔はどこかで見覚えがある。
確か、あれは……ナボール達の所へ行く前、カヤノがリンクを想っているのを知ったダークが珍しく見せた、感情の篭った表情だ。
見ていると胸が痛くなって、カヤノは話題を変えた。


「ところでリンク、賢者の居場所は分かるの?」
「ああ。実はオレさっきカヤノが話した、トライフォースの秘密を教えてくれたっていうシークに会ったんだ」
「シークに会ったの!?」
「会った。そこで彼に賢者の居場所を大まかに教えて貰ったよ」


世界が魔に支配されし時、聖地からの声に目覚めし者たち、5つの神殿にあり……。

ひとつは【深き森】に
ひとつは【高き山】に
ひとつは【広き湖】に
ひとつは【屍の館】に
ひとつは【砂の女神】に……。

目覚めし者たち、時の勇者を得て魔を封じ込め、やがて平和の光を取り戻す。

残り1人の賢者については教えて貰えなかったそうで、自力で探すしかなさそうだ。


「それに加えて、コキリの森にカヤノが居るって教えてくれたんだ。だから来た」
「え……」
「……会いたかったよ、カヤノ。眠ってる間、オレは君の夢を見ていた。一緒に青空の下で、笑ってる夢……」


子供の頃の面影を残しつつも、精悍な大人となったリンク。
彼が穏やかな笑みを浮かべながらそんな事を言うものだから、思わず頬を朱に染めたカヤノは顔を逸らした。
そんな様子を微笑ましく見ながら時のオカリナを手にしたリンクは、とある曲を奏で始める。


「? その曲はなあに?」
「【時の歌】。これで時の神殿の扉が開いた」


未だ行方知れずのゼルダが想いを込めて教えてくれた曲。
ナビィと共に過ごした最後の時間であり、7年もの眠りのためにカヤノやナーガと別れる切っ掛けにもなり、しかしお陰で魔王となったガノンドロフと渡り合えるであろう力が手に入った出来事と共に奏でられた曲。
リンクにとってこの【時の歌】は、あらゆる意味で思い出深い曲となっている。

カヤノの質問に答えるために演奏をやめていたリンクが再び時の歌を奏で始める。
神秘的で、しかしどこか切なくもあり、これまでの楽しくも苦しい日々が思い出された。
少しの間その旋律に耳を傾けていたカヤノだったが、ふと響いた懐かしい声に我に返る。


「お、おい、オマエら誰だ!」
「え」


演奏をやめたリンクと共に声のした方を見ると、そこに居たのはミド。
思わず「ミド!」とリンクが声を掛けそうになったが、その前に彼の方が口を開く。


「こんな時によそ者が入ってくんな! 一体なんだってんだよ、集落にまでモンスターが出るし、サリアは帰ってこねーし!」
「サリア? サリアがどうかしたのか!? 帰って来ないって一体……」
「な、なんだよ、オマエらにはカンケーないだろ!」


走って行ったミドを追い掛けるリンクとカヤノ。
そこで2人の目に入ったのは、集落の中にまでモンスターが居る光景。
ミドが棒切れを持って複数のデクババに向かっている。


「オマエら、この森から出ていけーーっ!!」
「危ないっ!」


リンクが慌てて割って入りながらミドを庇い、彼に喰いつこうとしていたデクババ達を切り捨てる。
庇った時に突き飛ばす形になってしまったミドが尻もちをついて唖然としている所へ歩み寄り、手を差し出す。


「大丈夫か? えっと……」
「なんで……何なんだよオマエら……」
「……ねえ、ちょっとオカリナを貸して」


大人になってしまっている為に名乗る事も出来ず、どうしようかと迷っていたリンクに時のオカリナを借りるカヤノ。
その曲でサリアに教えて貰ったあの歌を奏でてみた。
踊り出したくなる軽快さながらどこか郷愁を感じさせる旋律。
サリアがよく吹いていたその曲を聴いたミドの目が驚きに見開かれる。


「そ、その曲、サリアがよく吹いてた……もしかしてサリアの事を知ってんのか!?」
「ええ、サリアの友達よ。何があったのか教えてくれない?」
「……なんか、思い出す」
「え?」
「オマエら……よく見たら似てる。アイツらに……」
「……」
「……わかった、話すよ」


デクの樹が死に、森の守護者は不在なまま。
それでも暫くは何とかなっていたが、2年ほど前から集落にもモンスターが現れるようになったという。
2年……恐らくガノンドロフが聖地から戻って来た辺りだろう。
サリアは「あたしが何とかする」と言って迷いの森の奥に向かったきり、帰って来ないという。
以前にカヤノがサリアと訪れた、彼女お気に入りの【森の聖域】。
サリアはそこにある【森の神殿】に行ったハズだとミドは言う。


「森の神殿って……!」
「森の賢者が居る所だ。サリアの事も放っておけないし丁度いい。ミド、オレ達がサリアを探して来るよ」
「? オイラ名前 言ったっけ?」
「え? あ、ああ、言った言った」
「そうだっけ……まあいいや。アニキ達 強いみたいだし頼むよ。サリアが居ないと、リンク達が帰って来た時にゼッタイ悲しむ。特にカヤノなんて一緒に住んでたし、よく一緒にいたし」
「……」
「あ、リンクとカヤノってのはオイラの……と、友達。森から出て行ったんだけど、アニキ達 見た事ない? アニキ達に似てる、オイラくらいの子供」
「……ごめん、知らないよ。とにかくサリアの事は任せてくれ。危ないからモンスターには挑まない事。いいね」
「わかった。アニキもアネキも気をつけてな!」


ミドに見送られ、集落の高台から迷いの森へ入る。
その間リンクもカヤノも黙ったまま。
ミドに何も言えない事が騙しているようで気が引けた。
大人にならない種族なので、自分達がかのリンクとカヤノだと気付かないのだろう。

モンスターが増えた迷いの森を抜け、森の聖域へとやって来た2人。
そこである人物が待っていた。


「待っていたよ、時の勇者。そして贖罪の娘」
「シーク」
「贖罪の娘って……私の事ね?」
「ああ。神がそう呼んでいた。……時の流れは残酷なもの。人それぞれ速さは違う……そしてそれは変えられない」
「……」
「しかし時が流れても変わらぬもの、それは幼き日の追憶。思い出の場所へ誘う調べ、森のメヌエットを時のオカリナで奏でるんだ」


シークがハープを手にし、一つの旋律を奏でる。
穏やかで優しい……大人になってから振り返る遠き子供の日々を思い起こさせるような調べ。
リンクが時のオカリナでシークの演奏を追うと、ハープと二つ、美しい音楽が森の奥に響いた。
演奏が終わった瞬間、閉じられていた神殿の入り口がひとりでに開く。


「開いた……」
「この神殿に巣食う魔を討ち倒し、森の賢者を解放してくれ。リンク、カヤノ、また会おう!」


いつかと同じく、数歩後退ったシークが地面に向かって何かを投げ、一瞬だけ放たれた目映い光と共に消えていた。


「行こうか。カヤノ、確かナビィと同じ妖精の姿になれるんだろ?」
「ええ。敵の弱点を調べる能力も受け継いだから役に立てるわ」
「頼りにしてるけど無茶はしないでくれよ」
「お互いにね」


2人きりでダンジョンに挑むのは初めての事で、薄っすらと感じる緊張を誤魔化すようにお互いを見て微笑み合い、森の神殿へ足を踏み入れる。
神殿、とは銘打たれているものの、中は広大な屋敷のようだった。
広さだけで言えば小ぶりな城と言っても過言ではないだろう。
あちこちに草が生えツタが絡み、放置されてそれなりの年月が過ぎた事が窺える。

通路を進むと大きな広間に出た。
敵の姿は無いが、それが却って不気味さを肥大させる。
リンクが剣を構えながら先導し、慎重に歩を進めていると……。


「リンク危ないっ!!」
「!?」


突然カヤノが背後からリンクを突き飛ばした。
体重差でたいして動かなかったが、数歩よろけてから振り返ったリンクの目に映ったのは、大きな手の姿をした魔物に掴まれ引き離されたカヤノの姿。
そしてその周囲には真っ黒な姿をした……幽霊?
真っ黒だが人の形はしており、額には大きな赤い宝石の付いた装飾品を着け、清楚で飾り気の無い薄いドレスを身に纏っている謎の存在。


「カヤノっ!」
「こ、こいつ、フロアマスター……! それにこの幽霊みたいなのは……」
「よく幽霊とお分かりになりましたわね。魔物と呼ばれるかと思いましたが。ねえジョオ、ベス」


突然、幽霊の1体が喋り始めた。
完全に女性の声で、「ジョオ」「ベス」と呼ばれた2体も答える。


「メグ姉様、とんだ邪魔が入ったな。もう少しで時の勇者を始末できたのに」
「邪魔……鬱陶しい……」


紫のドレスを纏っているのがメグ、赤いドレスを纏っているのがジョオ、青いドレスを纏っているのがベスのようだ。


「けれどこの娘……もしやガノンドロフ様がご所望の娘ではありませんこと?」
「本当……。メグお姉様、ジョオお姉様、早く時の勇者を始末して、献上しよう……」
「待てお前達、カヤノを放せっ!」


追い掛けるリンクだが3体の幽霊は壁の向こうへ消え、フロアマスターはカヤノを掴んだまま地面に奇妙な黒い穴を作り出し、そこに埋まって行く。
必死にもがくカヤノだが拘束は解けない。


「リ、リンクッ……!」
「カヤノーっ!!」


あと一歩という所でカヤノの体が完全に埋まってしまい、後にはリンクが1人残される。
苛立ちを募らせ床を踏みつけるがビクともしない。


「くそっ、せっかく再会できたっていうのに、こんな事で失ってたまるか……! 待ってろカヤノ、絶対に助け出してやる」


目覚めて初っ端から1人きりのダンジョン攻略になってしまったが、リンクに怖気付く心など微塵も無い。
カヤノを救い、サリアを探し出し、森の賢者を解放する。
立ち止まってはいられないと、リンクは駆け出した。


++++++


一方カヤノ。
どうやら3姉妹らしい幽霊に絵の中へと閉じ込められてしまった。
一体どういう仕掛けなのか、額縁の中にその大きさの空間があるようで、そこに入れられている。
叩いてみてもビクともせず、端から見れば描かれたカヤノが動いているかのよう。

3姉妹はリンクを始末すると言い行ってしまった。


「うう……いきなり足手纏いになるなんて……。リンクを助けないといけないのに!」
「そこから出してあげよっか?」
「えっ」


突然、どこかから声が聞こえた。
窓のように額縁サイズだけ外を確認できるようなので、絵が掛けられている部屋を見渡していると一つの影が現れる。
それは幽霊3姉妹と同じ姿をしていて、纏ったドレスの色は黄色。


「わたしエイミー。あなたを捕まえた姉妹の末っ子よ」
「4人居たのね。ところで出してあげるってどういう事?」
「……お姉ちゃんたち、今この神殿を支配してる魔物に操られてるの。ガノンドロフってやつが親玉みたい」
「ガノンドロフ……」
「わたしたちは元々、時の勇者が来たら森の賢者の所へ案内するよう命を受けてたのに……」
「そうだったの?」
「うん。わたしだけお姉ちゃんたちに庇われて無事だったの。お願い、お姉ちゃんたちを助けて!」
「いいわ。何にせよ私達、神殿の魔物を倒さなくちゃいけないもの。協力する」
「ありがとう、今そこから出すね!」


幽霊……エイミーが手を伸ばすと、強固だった絵画の面をいとも簡単にすり抜ける。
促されてその手に掴まると引っ張られ、あっさり脱出できた。


「お姉ちゃんたち、時の勇者を倒しに行ってるみたい……」
「! 急がなきゃ!」
「うん。ところであなた、弓は扱える?」
「弓? 得意だけど……」
「それならこの【妖精の弓】を持って行って。この神殿の宝なの、役に立つかも」


エイミーから弓と矢の入った矢筒を受け取るカヤノ。
あまり大きすぎず、しなやかな頑強さを備えた弓のようだ。
少々の魔力を感じるのは気のせいではないだろう。


「さ、こっちよ!」


エイミーの案内で森の神殿内を駆けるカヤノ。
受け継いだ魔物の生態を調べる能力は実に便利で、リンクが居ない間の修業がてらの生活も相まって、カヤノでも何とか魔物と戦えていた。
ただ、エイミーが居るとはいえ今は一人きりも同然なので、普段より緊張が高まっているが。

薄暗い室内を抜け、明るい日の差し込む中庭に出る。
咲き乱れる花や美しい池に目もくれる暇なく走り抜けるが、ふとエイミーが寂しそうに。


「この中庭で、よくお姉ちゃんたちと遊んだのにな……」
「エイミー……」
「あのね、時の勇者を導く勇導者の役目は、わたし1人がやるはずだったの。だけどお姉ちゃんたち、わたしを1人きりにできないって言って、一緒に勇導者になってくれて……」
「……本当は優しいお姉さん達なのね」
「そうなの。だから絶対に助けなくちゃ! あなた……えっと、そう言えば名前……」
「私はカヤノよ」
「カヤノね。どうか力を貸して!」
「もちろん。私、一人っ子だから羨ましいわ。必ずお姉さん達を元に戻しましょう」
「うん!」


ガノンドロフの魔力でこうなってしまったのなら許せない。
ゲルド族を操っていたようだし、もしかしたらエイミーの姉達も……。
そう言えば操られていたゲルドの戦士は、おぞましい魔力を放つ赤い宝石の付いた装飾品を身に着けていた。
3人の幽霊も、真っ黒な額の中心、同じように赤い宝石の付いた装飾品があったような。

それを思い出す前に辿り着いたのは、最初にカヤノが攫われた大広間。
3人の幽霊に囲まれたリンクが苦戦している。
そして幽霊達の額には確かに、輝く赤い宝石が……。


「リンク!」
「! カヤノ、無事だったのか! って、その幽霊は……」
「大丈夫、この子は味方よ! 私に考えがあるの、何とか隙を作り出して!」
「わたしも手伝う!」


エイミーが飛び出して行き、姉達へ一気に近寄る。


「お姉ちゃん、もうやめてよ! 待ってた時の勇者が来たんだよ、やっと役目が終わるんだよ!」
「おどきなさいなエイミー。邪魔をすると言うなら、あなたでも消滅させてしまいますわよ」
「っ……」


優しい姉に厳しい言葉をぶつけられ、ショックで固まるエイミー。
しかし十分すぎる程の隙が作られた。
カヤノは目いっぱい弦を引き絞って狙いを定め、長女メグの額の宝石を破壊する。


「きゃあああっ!!」
「メグお姉様!」


すぐにメグが脱力して動かなくなり、察したリンクがメグに気を取られていた次女ジョオの額の宝石を剣で壊す。
一連の動作に対処が遅れていた三女ベスの額の宝石も、カヤノが再び射った矢により破壊された。


「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ……!」


すぐにエイミーが姉達に近寄り、優しく揺り起こす。
間も無く3人が意識を取り戻した時には、邪悪な魔力の気配はすっかり無くなっていた。


「……わたくし達……魔王に操られていたのね、情けない……」
「もう元に戻ったみたいですね」
「ええ、本当にありがとうございます。ご迷惑をお掛け致しましたわ」


これで森の賢者の所へ案内して貰える事になった。
ガノンドロフが寄越したという魔物を倒さなければならないが、元よりそのつもりだ。
エイミーが姉達にじゃれついて甘えるのを微笑ましく見ていたリンクとカヤノだったが、訊ねなければならない事があるのを思い出す。


「あの、ここにコキリ族の子が一人来ませんでしたか? サリアという名の、緑色の髪をした女の子です」
「え? その方は……森の賢者様では……」
「えっ、サリアが賢者……!?」
「どうやら囚われてしまっているようですわ。魔を討ち倒せば賢者として目覚め、役割を果たせるようになる筈です」
「……」


突然の情報に衝撃を受け、呆然としてしまった。
促されて我に返り慌てて姉妹の後に付いて行くが、衝撃が抜けない。


「リンク、サリアが……賢者って……」
「……それなら尚更、魔物を倒して賢者を助け出さないと。それから話そう」
「そうね……」


何にせよ、これで更に賢者を解放せねばという使命感が増した。
森の賢者である前に大切な友人、彼女を何が何でも救わなければ。


++++++


4姉妹の案内で神殿の最奥へと辿り着いたリンクとカヤノ。
姉妹がそれぞれ魔法で燭台に火を灯すと、巨大な扉がゆっくり開く。


「わたくし達がご一緒できるのはここまでです。ご武運をお祈りしておりますわ」
「アタシ達を助けてくれた勇者様なら絶対に大丈夫さ!」
「……気を付けて……」


メグ、ジョオ、ベスがそれぞれの言葉で激励してくれる中、エイミーが進み出てカヤノの手を取る。


「カヤノ、本当にありがとう。お姉ちゃんたちを助けてくれて」
「どういたしまして。……ところで、エイミー達はこれからどうするの?」
「賢者様が解放されて、役目が完全に終わったら天へ向かうよ。元々、もう死んでるんだもん」
「え……せっかく友達になれたのに……」
「わたしのこと、友達だって思ってくれるの?」


エイミーの瞳が揺らいだ。
悲しそうな笑みを浮かべた彼女はしかし、涙を堪える。


「会えなくったって、想う心があれば友達でいられるんじゃないかな」
「想う心が、あれば……」
「何十年かたってカヤノが天に来た時に、いっぱいお話ししよう」
「ふふ……その時は私、お婆ちゃんになっちゃってるから……分からないと思うわ」
「それでも見つけ出すから! だから約束、ね!」
「ええ、約束ね」


お互いに微笑み、そっと抱きしめ合う。
それも少しの間で、離れたカヤノはリンクと共に大扉へ向かった。


「カヤノ、ぜったいに無事でいてねっ!」


エイミーの声を背に2人は大扉をくぐった。
中は周囲にぐるっと絵画が飾られた六角形の部屋。


「おーいサリア、居るか!?」
「助けに来たわよ、返事をして!」


答えは無いが、カヤノの耳に微かな音が聞こえて来た。
それは段々と大きくなっているようで……これは……馬の蹄の音……?


「カヤノッ!」


リンクに引っ張られ我に返ったカヤノの目に飛び込んだのは、絵画から飛び出て来た一頭の黒馬。
背に乗った人物を一瞬ガノンドロフかと思ってしまったが、体は半透明で顔には骸骨を模したような仮面を着けており……あれはガノンドロフではない、幻影だ。
飛び出して来たガノンの幻影が放った魔法弾は辛うじて避けたが、奴は別の絵の中へと入って行く。


「奴は……ファントムガノン! 絵から絵へと自由に移動できるみたい。どこから出て来るのかは分からないわ」
「分かった! オレはこっちを見るからカヤノは後ろを頼む!」


リンクと背中合わせになり絵を見張る。
緊張が満ちる静かな時間は長く続かず、カヤノが見ていた絵の一つにファントムガノンの姿。


「リンクこっち、私の右斜め前!」


カヤノの言葉にすぐさまそちらへ向かい、飛び出て来た瞬間に剣を振るうリンク。
が、切っ先はファントムガノンの体をすり抜け、代わりに奴の放った魔法弾がリンクに直撃した。


「うわぁっ!」
「リンク! 何なのあいつ、まさか幻影だから剣が効かない……?」


そんなの反則だ……と責めてみても相手は魔物だから手加減は無い。
もう一度 背中合わせになり全方向を警戒する。
しっかりしろ、こういう時に役立つのがナビィの能力を受け継いだ自分の仕事だと言い聞かせ、ファントムガノンを観察するカヤノ。
何か手掛かりになるような物は無いか、変わった所は無いか……。

そこでふと、ファントムガノンが着けた仮面の額部分に、幽霊姉妹を操っていた赤い宝石のような物が付いている事に気付く。


「カヤノ、オレの正面から来てる!」


リンクの声が背中から聞こえた瞬間カヤノは振り返り、矢をつがえた妖精の弓を引き絞った。
そして奴が絵画から出て来ると、額の宝石 目掛けて矢を放つ。
命中し宝石が壊れた瞬間、半透明だった奴の体が完全に実体を持った。


「今よリンク!」


カヤノの言葉を聞くまでも無く、リンクはマスターソードでファントムガノンを斬り付けた。
槍を持った奴との数度の斬り合いの後、一撃を受けたファントムガノンが低い悲鳴を上げながら霧散する。
それきり出て来なかった。


「やった、リンク!」
「倒せた、これでサリアもきっと……」


言いかけた瞬間、部屋に響く懐かしい声。


『リンク、カヤノ、ありがとう』
「サリア!?」


声の元を探して辺りを見回す2人の傍ら、掛けられた絵画の一枚からサリアが現れる。
宙に浮き光を纏うサリアは、リンク達の知る彼女とは雰囲気が一変しており……それでも、サリアはサリア。


『二人のおかげであたし、森の賢者として目覚める事ができたわ。コキリの森も元通りになるよ。きっと二人が助けに来てくれるって信じてた』
「サリア……サリアは、どうなるんだ」
『あたしはこれから聖地で、森の賢者としてハイラルとリンク達を助けて行くの。だからもう、同じ世界には住めない……』
「そんな! 私まだサリアに何も恩返し出来てないのに……! いきなり森へ現れた私に親切してくれた事も、ずっと面倒を見てくれた事も!」


泣きそうな声で半ば叫ぶように告げるカヤノの言葉を聞いても、サリアは穏やかに微笑むだけ。
そうしないと、きっと彼女も泣いてしまいそうなのだろう。


『あたし、カヤノの事を好きになりたいと思ったから、そして大好きな友達になったから一緒に居たの。恩返しなんて気にしないで』
「でも……でも……」
『それなら、リンクと2人で無事にハイラルを救って。それが何よりの恩返しだよ。ね、リンク』
「ああ。サリアの力を借りられるならきっと負けないさ。だから……安心してくれよ」


寂しそうな表情と声を滲ませ、それでも気丈に告げるリンクにサリアは少しだけ顔を伏せた。
だけれどすぐに上げて。


『離れていても あたし達……ずっと、ずっと友達だよね』
「当たり前だ。オレもカヤノも、ずっとサリアとは大親友だからな!」
「……」
「カヤノ、泣かないで。サリアを見送ろう」
「……うん。私もずっとサリアと……友達だから……。……私も“親友”って、言って、いいかな……」
『もちろん。うれしいよ、ありがとう』


部屋に青い光の柱が立ち、サリアがその光の中へ入ると体が消えて行く。
カヤノは手を伸ばしかけて、躊躇った後に下ろした。


『リンク、カヤノ。どうか無事でいてね。大好きよ!』
「あ……」


私も、と言おうとしたが、声が詰まって出なかった。
それでもカヤノの気持ちを汲み取ったサリアはニッコリ微笑む。
完全に消えてしまったサリアと同時に青い光の柱も消え、その場にへたり込んだカヤノの背をしゃがみ込んだリンクが撫でた。


「サリア……サリア……!」
「カヤノ……」
「ごめん、ね、リンク。私よりきっと、もっと長く一緒に居たあなたの方が辛いのに……」
「うん、辛い。だけど死んだ訳じゃないんだ。泣くより笑って見送る方がサリアも嬉しいと思うから」
「……リンクは強いね」
「泣きたいよ。でもカヤノが代わりに泣いてくれた」
「じゃあ私、邪魔しちゃったね」
「感謝してるんだよ」


涙を抑えたカヤノを支えながら立たせるリンク。
その体が妙に軽くて目を見開いた。

いつかゾーラの里へ向かっていた時、カヤノを引っ張り切れず一緒に川へ落ちてしまった事がある。
11歳なんて男子より女子の方がまだ大きくても不思議は無い。
だが18歳になった今のリンクにとってカヤノは、軽々と抱えられそうな程。

カヤノを大切に思う気持ちが湧き上がる。
弱さから罪を犯し、それを認めて立ち上がり強くなろうとしている彼女を助けたい。
その立場故に辛い目に遭う事も多いであろう彼女を守りたい。


「さ、帰ろう。コキリの集落に行ってミド達に説明しないと」
「うん……」


森の神殿を歩いて出て行く2人。
賢者となったサリアの力が働いているのか、魔物の一体もおらず明るささえ感じるようになっていた。
サリアとの思い出に浸りながら黙って歩く2人を、こっそり見守る4姉妹の幽霊。


「時の勇者様、無事に賢者様を解放できたようですわね」
「これでアタシたちの役目も終わりだな。あー長かった!」
「お父様、お母様……きっと待ってる。行こう」


微笑んで天へ昇って行く姉妹。
そこから遅れ、末妹エイミーがカヤノを見つめていた。


「カヤノ、約束だよ。お婆ちゃんになるまで生きて、そうしたら会おうね」
「エイミー行きますわよ!」
「あ、はーい!」


長女メグに声を掛けられ、エイミーは慌てて後を追い昇って行く。


「それにしてもエイミー、弱虫で泣き虫だったお前に助けられたなんて信じられないな」
「むー、何よ。ジョオお姉ちゃんだって怖がりのくせに」
「あ、言ったなコイツ!」
「幽霊なのに……幽霊、苦手。変なジョオお姉様」
「ベスまでそんな事! 仕方ないだろ生きてた時から幽霊怖いんだからさ!」


言い合いつつも姉妹は笑っている。
それを微笑ましく聞きながらメグはエイミーの頭を撫でた。


「あなたがカヤノさんを連れて来なければどうなっていたか……。お父様とお母様にご報告したらきっと驚かれますわ。ありがとう、エイミー」
「そんなの……お姉ちゃんたちも、ありがとう。わたしのために残ってくれて。戦争に巻き込まれて死んだ時、お父さんたちと天へ昇ることもできたのに」
「可愛い末っ子を一人ぼっちになんて出来ませんでしたもの。ねえ、ジョオ、ベス」
「当たり前だろ!」
「一緒、ずっと」


優しい姉に、優しい妹。
役目を終えた幽霊姉妹は、両親の待つ天へ召されて行った。


++++++


コキリの集落に戻ったリンクとカヤノは、デクの樹へ報告に向かう。
もうデクの樹は居ないが、墓参りのようなもの。

……が、そこで思わぬ出会いが待っていた。


「ボク、デクの樹の子どもデス!」


抱えようとしても余る程の丸い物体。
完全な球体ではなく木のようにあちこち角ばっており、枝も何本も生えている。
顔が付いているが、つぶらで可愛らしいので恐ろしさは無い。


「デクの樹サマの子供?」
「はい。あなた方と賢者サリアが呪いを解いてくれたから、ボク生まれることが出来たデス」


これからはデクの樹に代わって森の守護者になってくれるという。
まだまだ生まれたばかりで頼りないが、サリアの守りもある事だし、きっとデクの樹のような立派な守護者に育ってくれる事だろう。


「もう時の勇者としての使命は理解してマスね?」
「ああ。オレはこのハイラルを救う。全ての神殿の賢者を解放して、ガノンドロフを倒すよ」
「ご立派デス! ……あと一つ」
「?」
「そちらの……贖罪の娘さんの事デス」


話題を振られたカヤノが体を強張らせる。
自分にリンクのようなハイラルを救う使命があるとは思えない。
シークが言っていた神の間での呼ばれ名、【贖罪の娘】を使うという事は、きっと自分の罪滅ぼしに関しての事だ。

しかしデクの樹の子は、少し心配そうな声音で。


「……これからも時の勇者に付いて行くデスか?」
「え? それは勿論よ。どうしてそんな事を……」
「このまま勇者に付いて行けば、辛い事実を知る事になりマス。残酷な目にも遭いマス。それでも?」
「……行くわ。私はリンクと一緒に居たい」


リンクには言えないが、残酷な目になら既に遭っているので今更だ。
しかしデクの樹の子は、可愛らしい顔で辛そうな顔をするばかり。


「一緒に居れば居るだけ辛くなりマスが、それでも?」
「それでもだよ」


答えたのはリンク。
真っ直ぐにデクの樹の子を見つめている。


「オレが守る。もう二度とガノンドロフの手には渡さない!」
「きゃっ!」


リンクが思い切りカヤノを抱き寄せる。
片手ではあるが抱き締めているも同然で、思わず悲鳴を上げたカヤノが頬を朱に染めてもリンクは止まらない。


「オレはハイラルを救う勇者なんだろ? 女の子一人も守れなくてどうするんだ! 特別に守りたい人だったら尚更だろ!」
「ちょ、ちょっと、後ろ!」
「え?」


何故かカヤノが明後日の方を向いて焦るものだからリンクが思わず振り返ると、デクの樹がある広場の入り口、コキリ族の子供達がこちらをまじまじと見つめていた。


「す、すげーっ……あれオトナってやつだよな」
「“特別に守りたい”なんてケッコンする人に言う言葉だったと思うけど!」
「じゃあ、あのオトナたちって……!」


慌てて離れた2人は、デクの樹の子への挨拶もそこそこに広場を後にする。
そんな彼らの背を完全に見送ってから、デクの樹の子はぽつりと呟いた。


「……無理なんデス、リンク。あなたでは決してカヤノを守れない。……決して、守れない……」


++++++


集落に戻り、コキリ族に事の顛末を説明したリンク達。
サリアが賢者になり、もう戻れない事には悲しみを隠し切れないようだったが、彼女と一緒に森を守って行く事に決めたようだ。
そんな彼らの中からミドが歩み出て来た。


「アニキ、アネキ、サリアを助けてくれてアリガトな! ……もう行っちまうのか?」
「ああ。他にもまだまだ、助けなきゃいけない人が居るみたいだしな」
「そっか……オイラもアニキ達くらい強かったらなあ……」
「あなた達には森を守るっていう大事な使命があるじゃない。任せたわよ」
「それなら任せてくれよ! ……あ、あのさ。もし旅先でリンクとカヤノってヤツに会ったら、言っといてくれないか。たまには帰って来いって!」
「……分かった。必ず伝えるよ」


2人はどうしても本当の事を話せなかった。
もう二度とここへは帰らない覚悟を決め、愛しい故郷を後にするリンク。
カヤノにとっても第二の故郷……後ろ髪は引かれるが、もう後には引けない。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、ありがとーーっ!」
「気をつけてねーーーーっ!!」
「アニキ、アネキ、今度は遊びに来てくれよな! まだ会ってないオイラの友達、紹介するから!!」


最後にミドが言った“友達”とは他でもない、リンクとカヤノの事だろう。
罪悪感と郷愁と悲しみを一気に掻き乱されるが、それを浮かばせないよう笑顔で手を振り別れた。


「リンク、次はどこに向かうの?」
「そうだな……シークが言っていた【高き山】ってデスマウンテンの事だと思うんだ。そこへ行ってみようと思う」
「分かったわ。ダルニアさん達 無事だといいけど……」
「オレが居ない間、時々お世話になってたんだっけ。お礼言わないとな」


会話しつつも微妙な空気が蔓延しているのは、先程のリンクの発言が原因。

『特別に守りたい人だったら尚更だろ!』

2人はもう、その言葉を深読みしないような子供ではなかった。
コキリの森との別れが落ち着いたので、今度はそれが胸に押し寄せているようだ。


「(カヤノ、すっかり綺麗になっちゃってるんだもんな。子供の時から可愛らしかったけど……)」
「(リンク、すっかり男前になっちゃってるんだものね。子供の時からカッコ良かったけど……)」


見てくれだけを良く思っている訳ではないが、これでは意識しない訳が無いと、何故か怒りにも似た感情が湧く2人。
子供の頃の方が自然と一緒に居られた気がするのは、気のせいではないだろう。

それが大人になるという事だと、心の片隅で理解している。
理解はしているが、少し寂しくもあった。





−続く−



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