時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第14話 その身の魔力に


大切な友との再会を夢見ながらカヤノは生き続けた。
各地を転々とし、ロンロン牧場やカカリコ村、ゾーラの里、ゴロンシティ等に世話になる。
コキリの森に別れを告げてから更に2年が経ち、カヤノは今16歳。
元の年齢だった18歳の容姿にだいぶ戻った。

今はゴロンシティに訪れて族長ダルニアへ挨拶に来た所。
ここへ来るのは1年振りくらいだ。


「おうカヤノ! また見ない間にベッピンになりやがって、この年頃の人間の成長には目を見張る」
「あ、ありがとうございます」
「そうキンチョーすんな! いや、照れてんのか!?」


そう言って豪快に笑うダルニアには圧倒されるが、竹を割ったような性格は心地良い。
近況を報告し合っていると、部屋の入口の方から子供のゴロン。
リンクとカヤノ達がゴロンシティを救ってから産まれたというダルニアの息子だ。


「父ちゃん、カヤノたちが来たってほんとゴロー!?」
「おうダルマーニ、ホントに来てるぜ!」
「こんにちは、ダルマーニ君」
「こんにちはー! ナーガ、いっしょに遊ぶゴロ!」
「あそぶ! あそぶ!」


ダルニアの息子ダルマーニは、何度か訪れるうちにすっかりナーガと仲良し。
ダルマーニがナーガを担いで行ってしまい、微笑ましくも騒がしい子供達を見送ると部屋は一時の静けさに包まれた。
何か次の話題を、と少し頭を巡らせたカヤノとナビィだが、ダルニアの方から口を開く。
なぜか深刻そうな表情と声音で。


「……カヤノよぉ、あのチビ竜の事だが」
「ナーガが何か?」
「アイツどこで拾って来た?」
「ハイラル城下町の市場で売られていたんです。それ以前の事はちょっと……」
「ふむ……取り越し苦労ならいいんだが。大昔、ヴァルバジアっつー邪竜が居たんだゴロ」


ダルニアの話によると、かつてその邪竜に大勢のゴロン族が食われてしまったらしい。
しかし一人の勇敢なゴロン族がそれを倒し一族に平和を齎した。
ダルニアはその英雄ゴロンの子孫だそうだ。
その邪竜がどうかしたのだろうか。


「……似てる気がする」
「え……」
「その邪竜ヴァルバジアに、あのナーガが」


その言葉にカヤノとナビィは顔を見合わせる。
似ていると言われても……ダルニアの先祖が倒したのではないだろうか。


「気のせい、だと思います。あの子はとても優しい子なんですから。牧場でお世話になっている時も動物に一切の手出しをしませんでした。ゴロン族を食べてしまうなんて、そんな事は……」
「だよなぁ。オレの先祖が倒した訳だし、そもそもあんなチビ竜じゃない筈だしな」


体格的にもナーガがゴロン族を食べてしまえる訳がない。
それは見れば誰にでも分かる事なのに、それでもダルニアはどうしても気になるそうだ。
ナビィがフォローを入れる。


「あの子、お腹にトライフォースの紋章があるんです。むしろハイラル王家に伝わる精霊とか、そんな存在だったりして」
「そうなのか? それならそうかもしれねぇな、邪竜なんて言っちゃバチが当たらぁ。……オレの思い過ごしか」


言いつつも、まだダルニアは心から納得はしていない様子。
そんな事を言われてはカヤノ達も気にせざるを得ないが、雰囲気が暗くなったのを厭ったらしいダルニアの方から話題を変えて来た。


「悪ィ悪ィ、不快にさせちまったか。許してくれや」
「いいえ……大丈夫です」
「まあ気が済むまで居てくれて構わん。ゴロン族はオメェ達ならいつでも大歓迎ゴロ!」


そう言ってくれる人が居るだけで、心細い状況のカヤノがどれだけ救われるか。
いいや、リンクが居ない分 心細いのは確かだが、ハイラル中を転々としていると様々な人が助けてくれる。
むしろ自分は頼もしい輪の中に居るのではないかとカヤノは思った。

ダルニアの部屋を後にすると、ダルマーニと遊ぶナーガの姿。
あんな子がゴロン族を食べてしまう邪竜かもしれないなんて、やはり思えない。
重いけれど、カヤノが両手で抱え上げられる程の大きさしかないのに。


「……ねえナビィ、そう言えば思ったんだけど」
「なあに?」
「竜ってどのくらいで大人になるの?」


ナーガはカヤノ達が仲間に入れたあの頃から全く成長する様子が無い。
子竜である以上はいつか大人になると思うのだが、4年半くらいの時間では成長しないのだろうか。


「分からないわ。竜って噂に聞くだけで、ナーガ以外の実物って見たコトないもの」
「イメージとしては、長寿な分 成長が遅いって感じかな。たった4年じゃ何も変わらないのかもしれない」


ふと。
もしそうなら、自分達が生きている間はずっと子竜のままなのではないかと思った。
一人で取り残されるかもしれないナーガを想うと胸が締め付けられる。


「あ! かやの! かやの!」


ナーガがカヤノに気付き満面の笑みで寄って来る。
後ろ足が無いので難儀すると思っていたが、意外にも器用に移動するものだ。
頭は大きなツノの生えた西洋竜のようだが、体は前足だけ生えた、鱗の生えた太い蛇のような東洋竜。
成長したら空を飛んだりするようになるのかもしれない。
ナーガがやって来ると遊んでいたダルマーニも一緒に来る。


「もーナーガ、途中でやめちゃだめゴロ!」
「ふふ、ごめんねダルマーニ君。でもナーガと遊んでくれてありがとう」
「ナーガはオイラの友達ゴロ、いっしょに遊ぶのは楽しいゴロ! カヤノとナビィもあそぼ! あそぼ!」


ダルマーニもナーガも屈託のない無邪気な笑顔を浮かべている。
毎日が明るく、そしてそれと同じ未来が約束されているような子供達。
彼らがずっと平和の中で笑顔を浮かべていられるよう願ってやまない。


デスマウンテンにはカヤノ達が食べられる物が極端に少ないので、時折カカリコ村まで下りて食料などを買い込む。
そうしながら一ヶ月以上は滞在して、今はダルニア達に別れを告げ、本格的に山を下り始めた所。
山道のモンスターが以前より増えているが、カヤノも今までただ遊んでいた訳ではない。


「カヤノ、先の方にグエーとテクタイトが居るわ!」
「ええ。行くわよナーガ」
「きゅー!」


ずっと続けていた訓練のおかげで魔法もだいぶマシになって来た。
ナーガの助けもあり、ちょっとした雑魚相手なら負ける事は無い。


「カヤノ、余裕があるなら大技出してみれば?」
「そうね、やってみる……。
 “我 望む力! 炎を纏いし女神の腕(かいな)よ、灼熱を以って我が敵を抱(いだ)き給え!”」


呪文を唱え終わったカヤノの両手から火柱が迸る。
飛んで行った二本の火柱はテクタイトを両側から抱き締めるように包み、敵は跡形も無く燃え尽きてしまった。

威力の低い魔法であれば無詠唱でも発動させられるが、高威力の物となればそうも行かない。
声と言葉に魔力を乗せて女神へ捧げ、見返りに授けられる強い力を使って放つ。
当然、集中しなければならないし消耗もなかなか大きい。
何かに遮られて貢物である魔力が女神へ届かなければ、そもそも放てない。
ナーガがグエーを倒したのを見届けたカヤノは、胸に手を当てて息を吐き出す。


「ふう……」
「すごいすごい! カヤノ、もうだいぶ立派な魔道士ね!」
「ありがとう。だけど消耗が大きいし、大技に頼っていては駄目ね。低威力でも素早く放てる基礎の魔法をもっと磨いて、そちらをメインにしないと……」
「カヤノ?」


突然聞こえた少年の声。
……いや、青年になりかけている低めの声だった。
上から聞こえたと思って顔を上げると、つづら折りになっている坂道の上に彼が居た。


「ダーク……!?」


実に4年半振りの再会となるリンクの影。
その姿は成長しており、リンクと同じとするなら今年で15歳のはず。
体はぐんと背が伸びており、もうカヤノなどとっくに追い越している。
まだ少年と言える風貌は抜けていないが、あと2年か3年もすれば、完全に青年と言っても差し支えない容姿になりそうだ。
ふと、リンクが封じられずに居たら今はこれくらいだろうなと思った。

ダークは相変わらずの無表情で、何事も無く飛び降りて来た。


「良かった、無事だったのね……」
「リンクは封じられたそうだな」
「え? ええ、そうよ」
「……もっと早くお前に再会したかった。そうすれば俺が傍に居られた」


相変わらず恥ずかしい事を何の躊躇いも無く言う人だ。
完全な無表情、抑揚の少ない声。
だけれど言葉の内容は熱烈で、しかもそれに嘘は無い。
ダークはぐい、とカヤノに近寄ると、一歩引いた彼女に構わず。


「どうすればいい?」
「な、なにが?」
「離れていれば大丈夫だと思った。なのにお前を愛しく思う気持ちは募る一方だ。以前は我慢できた事が、今はなかなか我慢できない」
「……」
「こういう事とか」
「っひゃ!」


突然ダークがカヤノを抱き締めた。
こういう事が我慢できない……それはただの思春期ではないかと思ったが、黙っておく。
そもそも年頃の男子と接した事が無いので詳しい事は分からない。


「ダ、ダーク放して、お願いっ!」
「嫌か?」
「い、嫌とかじゃ、なくて、その、恥ずかし……!」
「こらぁ! そういうのはまだ許しませんよー!」


わざとらしい言い聞かせ口調でナビィが割って入る。
ちなみに割って入れるのがカヤノとダークの顔の間だけだったのでそこに。
突然そんな所に入られてはダークとしても離れざるを得ない。


「という訳で、俺も行動を共にする」
「そ、そう。別に構わないけど……」


どういう訳だと突っ込みたかったが、こっちが恥ずかしくなる反応が返って来そうなのでやめておく。
ダークを仲間に加え、改めてカヤノ達は山を下った。

一行がカカリコ村に到着するや否や見知った女性が声を掛けて来る。
以前お世話になったコッコ姉さんことアンジュだ。


「カヤノちゃん、丁度良かったわ」
「アンジュさん。どうかしたんですか?」
「インパ様が戻っていらしてね、あなたの事を話したら会いたいって仰っていたから。村の人に頼んでゴロンシティまで行って貰おうと思っていた所だったの」
「インパさんが……!?」


ガノンドロフが反乱を起こしたあの日、ゼルダと逃げたきり行方知れずだったインパ。
インパは以前カヤノがお世話になった彼女の家に居るらしい。
彼女が居るならきっとゼルダも一緒だとカヤノは逸る気持ちのまま駆けて行く。
辿り着いた家には、こちらも4年半振りの懐かしい人。


「インパさんっ!」
「おお、カヤノ! よくぞ無事で居てくれたな」


駆け寄って手を取り合い、無事を喜び合う。
しかしすぐに気になってカヤノは疑問符を浮かべた。


「あの、ゼルダ姫は……」
「……姫様は、居ない」
「えっ!?」
「事情は話せない。無事でいらっしゃるのは確かだ」


まさか、ゼルダに忠誠を誓っていた彼女がゼルダから離れるなんて。
何を言って良いのか分からず呆然としていたカヤノ。
その間にダーク達が追い付いて来た。


「速いなカヤノ」
「!? リ、リンク!?」
「あ、そうか、インパさんはダークをご存知ないんですね」


カヤノはインパにダークの事を説明する。
大切な存在だの何だのの部分は恥ずかしいのでナビィにお願いしたが。
勇者を……と言うよりハイラルを守る為の不思議な存在に、インパは少しだけ顔を顰めた。


「そんな事情で、人が一人生まれるものなのか……」
「それよりインパさん、ゼルダ姫は本当にご無事なんですか? ガノンドロフに捕まってしまったなんて事は……」
「それは無い。すまないが、本当に事情を話せないんだ」
「そう、ですか……」


インパがそう言うなら今はゼルダの無事を信じるしかない。
次はカカリコ村に滞在する事に決まり、インパの家でお世話になる。

また毎日を平凡に暮らしていたが、ある日の事。
インパがカヤノの魔法を見せて欲しいと言ったので披露したら、少し考えた後、付いて来て欲しいと言われ彼女に付いて行った。
ナビィ、ナーガ、ダークも一緒だ。
連れて来られたのは村のシンボルでもある風車の近くにある古井戸。
風車の回転によって水を減らせるようで、今は完全に涸れていた。


「この井戸の中に下りるが……。カヤノ、特にお前には衝撃的かもしれない。心して付いて来てくれ」
「……分かりました」


インパがだいぶ真剣に言うのでカヤノも緊張の面持ちで答える。
するとダークがカヤノの手を握った。


「心配するなカヤノ、何かあったら俺が守る」
「あ、ありがとう」


本当に彼には羞恥心と言う物が無いのだろう。
照れて恥ずかしがっているのはカヤノだけで、ダークの方は相変わらずの無表情。微塵も動揺する様子は無い。

井戸の壁面に取り付けてあった鉄の梯子を伝って下に降りる。
すると底の壁に通路があり奥へと続いていた。
歩を進めると煉瓦造りだった井戸の壁がしっかりした石造りに変わる。
しかしそんな事よりカヤノの心を占めているのは。


「(あ……や、いや、何ここ……怖い……)」


恐怖。ただひたすら身を竦ませる恐怖。
体が震え、ともすれば止まってしまいそうな歩みをダークに半ば引き摺られながら進める始末。
ナビィとナーガも何かを感じているのか恐々した様子だ。
進行方向から視線を外さないままインパが口を開いた。


「この通路も近く埋め立ててしまうつもりだ。しかしその前にカヤノ、お前に来て欲しかった」
「わ、私に……?」
「更に下りるぞ。その先に……この美しきハイラルの暗部がある」


インパが示す先、梯子があり更に下に降りられるようだ。
その大きな穴が奈落へと続く崖のように思え、カヤノは息を飲む。
……そして梯子を下りた先、“奈落へ続く”と思ったのは間違いではなかったと思い知る。
インパと共に少々先に下りたナビィが声を上げた。


「キャア! 何これ、人の骨……!?」
「え……」


下りた先、床が金網のようになっている通路。
そこには朽ちた人の骨がそこかしこに寄せ集められている。
壁や天井からは拘束具らしき鎖が複数垂れていて。


「ここは序の口だが……封じられたハイラル王国の悪しき真実。先の統一戦争で滅んだ、ハイラル南西の国を知っているか?」
「そ、存在だけなら……」
「国の名はジェンシー王国。小国ではあったが商人によって多大な財を成していた。これから向かう場所は、戦争で敗れたその国の多くの民が、拷問によって命を奪われた場所」


びくり、とカヤノの肩が跳ねた。
「えぇ〜……」と嫌そうな声を出すナビィに、雰囲気を感じ取ったナーガも身を竦ませる。
では金網状の通路のあちこちに集められている骨は、その人達の。
行きたくなかったがインパが進むため行かざるを得ない。
先にあった厳重そうな鉄の扉を開き、奥へ入った瞬間。
カヤノの耳を悲鳴が劈いた。


「ひぃっ!?」
「カヤノ! どうした!?」
「ひ、悲鳴が……凄い悲鳴がっ!」
「悲鳴? そんなの聞こえないわよ……」


聴こえない? こんなに木霊しているのに?

どうやらカヤノ以外に聞こえないらしい悲鳴は、それでもカヤノの耳を奥の方まで痛め付ける。
老若男女も人数も位置も分からない、巨大なホールで無数の人が喉が潰れんばかりの声を上げているような、それが悲鳴である事しか分からない凄まじい音がカヤノを襲う。
耳を塞いでも手を擦り抜けて耳へ脳へ響き渡る無数の悲鳴。
耐え切れなくなったカヤノは耳を塞いだままその場に崩れ落ちる。


「カヤノ……!」
「いやぁっ! やめて……止まって、怖い! 怖いぃっ!!」


耳の痛みで頭や顔は熱を帯びるのに、氷でも入れられたかのように背筋が凍る。
恐ろしいもの、おぞましいもの、それらが肌を突き破って体内に入り込んで来るかのよう。
インパは蹲ったカヤノを抱き込むようにして上半身を上げさせる。


「落ち着くんだカヤノ! 声によく耳を傾けろ、お前ならきっと……!」
「あ、あぁ、うぅうぅっ……!」
「やめろ女。カヤノをどうする気だ」


ダークが剣を抜きインパへ切っ先を向ける。
インパはそれにも怯む事なく、カヤノを抱き込んだまま苦しそうな顔で答えた。


「ここには魂が残っている。苦しみ抜いて死んだ者達の恐怖と悲愴と絶望が渦巻いている。私はシーカー族としてこの者達を解放してやりたいのだ」
「そのためにカヤノが苦しんでいるんじゃないのか」
「……そうだ。だが、きっともうカヤノにしか出来ない……」


相変わらず耳と頭が引き裂かれそうだが、インパに抱き込まれているお陰で背筋の冷たさが緩和された。
すると響き渡る悲鳴の中、一瞬だけ違う声が聞こえる。


『たすけて』


「あ……?」


その声を認識した瞬間、今までの悲鳴の轟音が嘘のように静まる。
塞いでいた耳を放して立ち上がるとゆっくり歩を進めた。
インパ達は突然の雰囲気の変化に、ただ後を付いて行くしか出来ない。

奥の壁にあった重い鉄扉を開いた先。
その大きな部屋は恐らく本格的に拷問が行われていた場所。
磔にする為の木組みや鉄のテーブル、壁や柱に繋がれている鎖と拘束具。
それらの器具、床や壁にも血が染み込んでおり、惨劇は容易に想像できた。

ここで数えきれない程の者が凄惨に痛め付けられ嬲り殺しにされた。
空気が淀み重く圧し掛かって来るように感じるのは気のせいではないだろう。
助けを求める声は先程の悲鳴ほどではないものの、またも無数に大きくなっている。
カヤノは両手を合わせると目を閉じて祈った後、切なそうな表情で目を開き部屋を見回した。


「苦しみは終わりました。もう、あなた方は本当は痛くも苦しくもないんです。ただ味わった恐怖に縛られているだけ……。呪縛から解放して差し上げます。さあ、天の楽土へ」


両手を広げ、全てを抱き締めるように。
巫女の一族が持つ恐怖を和らげる力を最大限に放ったカヤノ。
するとみるみるうちに、圧し掛かって来るようだった空気が軽くなる。
部屋の様子は何も変わらないのに、淀みすら消え去ってしまった。


「……インパさん、これでよろしいですか?」
「あ……ああ。ありがとうカヤノ、怖い思いをさせたな」
「いいえ。亡くなってからもずっと苦しみ続けていた彼らに比べたら。ところで、どうしてインパさんが彼らを解放しようと?」
「ここで立ち話も気が滅入るだろう。家に戻ってから話そう」


確かに、空気が軽くなったとは言えここは無数の人が惨殺された拷問部屋だ。
外へ出ようと部屋を後にするが、カヤノは退室する直前、背後に声を聞いた。
悲鳴でも、助けを求める声でもなく、悲しそうな声で。


『ああ……あなた……も……』
「……?」


振り返ってみたが当然だれも居ないし、それ以上は何も聞こえない。


「かやの?」
「え? あ、何でもないわナーガ。行きましょう」


早く立ち去りたいのも事実なので、もう気にしない振りをして拷問部屋を後にする。
来た道を戻り、井戸から出て太陽の光を浴びた時は心底ホッとした。
……あの部屋で苦しみ抜いて死んだ者達も、また太陽の光を浴びたかっただろうに。

インパの家へ戻ったカヤノ達は、彼女に話を聞いてみる。


「それでインパさん、話を聞かせて下さいますね」
「……まずカヤノ。以前お前に、昔の私はシーカー族の使命に納得できず反発していた、と話したのを覚えているか?」


確かハイラル城下町でゼルダと遊んだ日の夜。
すっかり暗くなった城下町でガノンドロフと会った所をインパに助けて貰った時。
リンク達の所へ戻りながらそんな話をした覚えがある。


「はい、覚えています」
「……前ハイラル王は実に排他的で、異なる神を信仰する事を禁じていた。交流があった隣国ジェンシー王国は異なる神を信仰していてな」


ジェンシー王国はハイラル領ではないのだから異なる神を信奉していても批判できない。
だが他の神を認めていなかった前王(ゼルダの祖父)は、ジェンシー王国を良く思っていなかったそうだ。
それで戦争に勝利したのを切っ掛けに改宗を強要し、応じなかった者達を拷問にかけて惨殺するよう命じた。


「それを命じられたのは、シーカー族だ」
「……! で、ではインパさんが一族の使命に反発していたのは」
「そういう事を行っていると知ったからさ。そのような事を命じる王家も嫌いだった」


インパが使命を受け入れられたのは、旅をして国の人々を好きになったのが切っ掛け。
やがて前王が急死して新王が排他的な政策を改めたのを確認し、本格的に王家に仕え始めた。
そして王妃と姫に仕えているうちに誇りさえ持てるようになった。
つまり国に住む人々を好きになったので、彼らを守る為に汚れ仕事も行う覚悟が出来たという事。


「勿論あの虐殺に関しては今でも納得できないし惨い事だと思う。しかし王家に仕える運命だけは受け入れる事が出来た」
「それで……シーカー族として、ジェンシー王国の人々を供養しようと私を……。だけど、どうして私だったんですか?」


カヤノが持つ不安や恐怖を和らげる巫女の力をインパは知らない筈だ。
地下へ行く前に魔法を見せて欲しいと言われて見せたので、魔力に活路を見出して白羽の矢が立ったのかもしれないが。


「それにあの凄まじい悲鳴……私以外に聞こえなかったのも何故なのか……」
「悲鳴か。実際の悲鳴ではなく、殺された人々が縛られていた恐怖の具現化かもしれない。カヤノは何か特殊な力を持っているようだし、それで聞こえたのではないだろうか」
「なるほど。確かにそうかもしれません」
「ちなみにカカリコ村の墓地の奥には、処刑場もあったそうだ。そこではジェンシー王国の王族や上流階級の処刑が行われていたのだろうな……」
「ハイラル王国もそんな後ろ暗い歴史があるんですね……」
「ああ。我々はこの美しいハイラルを守らねばならない。それには“美しく見えるよう暗部を隠さねばならない”という意味も含まれている」
「……」


それで話が終わってしまった。
なぜ供養を自分に頼んだのかという質問をはぐらかされてしまった気がするが、インパがそれに関して言おうとしないのには理由があるのだろう。

そこでふとカヤノは、一つ気になる事を思い出して訊ねてみた。


「そう言えばインパさん。私は以前、シークと名乗るシーカー族の少年に出会いました。あの人はインパさんのお知り合いですか?」
「! シーク……か……。そうか、会ったのか。まあ知り合いだ。決して悪い者ではないから安心してくれ」


詳しく話してはくれなかったが、詳しく訊ねなかったので仕方が無いか。
悪い人ではないと確信がついただけでも収穫だ。

もう一度外の空気を吸いたくなって、インパの家を後にする。
ダーク以外の全員が、ふぅ、と体内に溜まった息を一気に吐き出した。


「カヤノ、具合は悪くない? さっき本当に苦しそうだったから」
「もう大丈夫よナビィ、有難う」
「カヤノが苦しいならナビィ、お前が癒やせばいい」
「……ダークそれ、ワタシに命を使えって言ってるのよね?」


妖精はその命を使って傷や病を癒やす事が出来る。
そして命を使った後は消滅し、また妖精珠として生まれ再び妖精になる。
しかしカヤノはナビィにそんな事をして貰うつもりは無い。
大切な友人である彼女とお別れなんて絶対に嫌だし、打算的な話をすれば、彼女がデクの樹から授かった敵の情報を得る力は惜しい。


「もう、ほんっとカヤノ以外はどうでもいいのね!」
「どうでも良くはない。ただカヤノが最優先というだけの事」
「いいもんいいもん、ワタシはナーガと仲良くしてるもん!」
「だーく、なびぃ、かやの。みんななかよく!」
「え、待ってナーガ。今の流れで私も怒られるの?」


こうして仲間達と話していると、一人じゃないと強く強く実感する。
ガノンドロフ達が一体いつ聖地から出て来るのか、もう出て来ているのかは分からない。
相変わらず城下町や城には危険で近付けないのだ。
そんな不安とリンクが居ない心細さも、仲間と居れば緩和される。
ハイラル各地を転々として人々の温かさに触れれば癒される。


「(ああ、私……この国、好きだなあ)」


カヤノは心からそう思った。





−続く−



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