時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第11話 ルト姫とジャブジャブ様


ゾーラ族が住む地を目指して薄暗い通路を抜けたリンク達は、想像とは全く違う光景に息を飲んだ。
とても広い。天井も高くて圧迫感は殆ど感じない。
暗い洞窟を想像していたのに中は眩しくない程度に穏やかに明るく、洞窟の多くを占める美しい湖が青く壁に反射していた。
カヤノがナーガを胸に抱いたまま呆然と口を開く。


「凄い、綺麗……」
「それに涼しくて気持ちいい〜。水の精霊石はどこにあるんだろ?」
「こういう時は種族の長に挨拶するのが筋ってものよ」


ナビィのアドバイスに、それもそうだとゾーラ族の長を探す事にしたリンク達。
洞窟湖には高所から大きな滝が流れ落ちているが、耳に入る音はうるさ過ぎず実に爽やかだ。
洞窟湖を見下ろす畔の道を進むと、前方に全身が真っ青な人が立っている。
体型は人間のようだがその両腕には立派なヒレ。
頭に髪の毛は無く、後頭部が大きな魚の尻尾のように長く伸びている。
きっとあの人がゾーラ族なのだろうと思って話し掛けようとすると、向こうから声を掛けて来た。


「さっき王家の歌が聞こえたような気がするんだが……まさか君達は?」
「えっと、オレリンクって言います。こっちはカヤノで、相棒のナビィとナーガ」
「ハイラル王女のゼルダ姫から仰せつかって、水の精霊石を探しに来ました。ゾーラ族の長にご挨拶申し上げたいのですが」
「おお、ハイラル王家の使いか! ゾーラ族の長、キングゾーラ様はこちらだ。失礼の無いように」


ゾーラ族に案内され、道を進み長い階段を上った先。
水が流れ落ちる段差の上に巨大なゾーラ族が座っている。
周囲に衛兵らしきゾーラ族達が控えているが、いずれもスマートな体型。
それなのに壇上の立派なマントを纏ったゾーラ族は丸々と太っていた。

ぽかんと見ているリンク達に代わってカヤノが口を開く。
軽く自己紹介してからすぐ本題に入り、自分達はハイラル王家の使者で、ゼルダ姫の依頼で水の精霊石を探している事を告げて彼女の手紙を見せた。
キングゾーラは歓迎の姿勢を見せたがすぐ申し訳なさそうな顔になる。


「ハイラル王家の使者よ、すまんが今それどころではないゾラ」
「? 何かあったんですか?」
「実は……余の可愛いルト姫が行方不明になってしまってのう……。ああ、ゾーラ族一の美男子を選んで、明日はめでたい婚礼の日だというのに……」
「! ルト姫って……!」


我に返ったリンクは、ナーガが発見した手紙をキングゾーラに見せた。
ルト姫はジャブジャブ様のお腹の中……その内容にゾーラ族の誰もが驚愕する。
ジャブジャブ様はゾーラ族の守り神。まさか一族の姫を食べてしまう訳が無いと。
しかしキングゾーラは何かを思い出したようにハッとする。


「そう言えば、あのガノンドロフというヤツが来てからジャブジャブ様はヘンだゾラ」
「ガノンドロフ……! そいつがハイラルを狙っているんです!」
「私達、その者より早く精霊石を集めて姫に渡さないと……」
「ふむ……よし、王家の使いであるそち達を信じて、ジャブジャブ様の祭壇に続く道を通してやろう。どうか余の可愛いルト姫を見付け出して来てくれぃ……ゾラ!」
「分かりました、絶対にルト姫を助けて来るよ!」


自信満々に答えるリンクにカヤノも決意を固める、が、ふとキングゾーラが何かを思い出したようにハッとする。
何事かと顔を向けるリンク達に実に何でもない様子で。


「いつもルト姫の役目であるジャブジャブ様の食事がきっとまだゾラ」
「え」
「代わりにそれも頼むぞ。魚を一匹捕まえてジャブジャブ様にお供えするゾラ」
「……」


いやそれは、水に強そうなゾーラ族がやればいいのでは。
それを言いたかったリンク達は周囲のゾーラ族達がうんうん頷いているので、拒否するタイミングを逃してしまうのだった……。


+++++++


「ナーガそっち、そっちに行った!」
「きゅー!」


という訳で、今は洞窟湖の浅瀬で魚を捕まえている最中。
釣り竿を作るだけの材料がこの辺りには無さそうなので、まさかの素手だ。
洞窟湖はその多くが深いが一部に浅い部分があった。
そこそこの広さがある浅瀬には魚も集まっている。
ブーツを脱いでナーガと共に魚を追いかけるリンクを、カヤノは岸からじっと見ていた。


「ねー、カヤノもおいでよ、冷たくて気持ちいいよ!」
「転んでまた水浸しになるような気がして……」
「大丈夫だって、オレから離れなかったら支えてあげるから!」
「でもリンク、川でカヤノを引っ張りきれなかったじゃないの」
「う、うっさいなあナビィ! あれは突然だったからで……」
「転ぶのも突然だと思うわよ」
「何だよ、ナビィはオレの味方してくれないの!?」
「するけど、今のリンクはちょっと頼りないからなー」
「あーもー……。見てろよ、今にでっかい大人になってカヤノぐらい軽く抱えてやるから!」
「か、抱える必要は無いと思うけど……」


想像してしまったのかほんのり頬を染めながら言うカヤノ。
再度リンクにおいでよと誘われ、折角なので乗ってみる事にした。
素足になって、緩やかな坂になっている岸辺から一歩洞窟湖に足を踏み入れる。
途端に感じるキンと冷えた水の温度。


「つ、冷たいっ……!」


耐えられずに漏れたような笑みが自然と零れる。
少しの間そのままだったが、やがて怖ず怖ずともう片方の足を水の中へ。
両足を少しずつ進めてリンク達の側へ到着する頃には、すっかり温度に慣れた。

リンクがナーガを前に抱きかかえているのに目をやると、ナーガの腹に何か模様があるのに気付く。
それは紛れも無く、トライフォースの形。


「ねえリンク。ナーガのお腹……トライフォースの紋章があるんだけど」
「え? ……あ、ほんとだ!」
「何かしらこれ?」


疑問符を浮かべながら腹を覗き込んで来るリンク達に、ナーガは首を傾げた。
トライフォースは落書きなどではなく痣のようにしっかりと描かれていて、人に捕らわれてから付いた物ではないだろうと思える。
後でゼルダにでも訊いてみようという話になり、今は保留。


「よし、皆で魚を捕まえましょう」
「サポートはワタシに任せてね〜」
「あれ? 最初から皆でやればよかったんじゃないの?」
「きゅー!」


今更なリンクの疑問は、やる気に満ちたナーガの鳴き声に掻き消された。
ばしゃばしゃと賑やかな水音を立てながら魚を追い掛けるカヤノ達。


「リンク、足下に魚! あ、カヤノの後ろにも!」
「くっそーすばしっこいなあ……」
「ひゃっ! あはは、もうナーガったら水かけないで!」
「りんく! りんく!」
「あ、やったナーガが捕まえ……って食べるなよぉっ!」


水音と一緒に響くのは明るい笑い声。
その賑やかさは、洞窟内のゾーラ族が何事かと見に来る程。
今の状況はさておき彼らには喜楽だけが浮かんでいる。

これ程までに幸福に満ちた時間が近く終わりを迎える事など、誰一人、想像すらしていなかった。



やがて何とか一匹の魚を捕らえたリンク達は、改めてジャブジャブ様の元へ。
途中で王の間を通りかかるが、そこでキングゾーラが一つの武器を貸してくれた。
それは中央に赤い宝石の付いた立派なブーメラン。
必ず戻って来る魔法が掛けられたそれを受け取り、リンク達は先へ進む。

洞窟から外へ出たそこは、ハイリア湖にも劣らないような広大な湖だった。
浅瀬の中央、湖の深場へせり出すように広い祭壇があり、そのすぐ側に巨大な魚。


「うわあでっけえ……」
「これがジャブジャブ様ね。魚をお供えしましょ」


ナビィの言葉に、すぐさまリンクが持っていた魚を口の先に差し出した。
これ一匹で足りるのかな……? なんて思ったのも束の間、ジャブジャブ様はその巨大な口を大きく開き、凄まじい勢いで魚を吸引し始めた。
その勢いは魚のみならずリンク達にまで襲い掛かる。


「ちょ、ちょっと、わーーーーっ!!」


必死でもがいてみても効果は無く、全員があっと言う間に吸い込まれてしまった。



明らかに生物の体内と分かる赤い肉壁。
呼吸音か心音か、時折不気味な音がどこかから木霊する。
いつか行ってみたいと思っていた遊園地にあるお化け屋敷とはこんな感じかと、さすがにこれは体験したくなかったらしいカヤノは気まずそうな顔で思った。


「よし、ルト姫を探そう」


特に恐怖は感じていないらしいリンクの言葉に、少し間を開けて慌てて頷く有様。
足下は思ったよりしっかりしているが、少し柔らかくて肉だと分かる。
微妙に魚臭いように感じるが、血生臭く無いだけマシだと思う事にした。
何かの器官だろうか、時折現れる扉のようなぶにぶにした壁。
それを(リンクに任せて)開きながら奥へ進むと、前方に小さなゾーラ族の姿を見付ける。

リンク達と同じぐらいの大きさ。
頭は他のゾーラ族のように長い魚の尾のようにはなっておらず、強気な印象を受ける大きな瞳がこちらの姿を捉えた。


「そのほうはナニモノじゃ? なぜこんなところにいる!」
「あ、えっと私達はハイラル王家の使者で……」


キングゾーラ達にしたように自己紹介。話を聞くと彼女がルト姫で間違い無いようだ。
リンクが進み出て連れ帰ろうとする。


「オレ達、キングゾーラに頼まれてキミを助けに来たんだ。一緒に帰ろう」
「なに、父上が? ……そのような事、頼んだ覚えはない!」
「え? でもみんなすごく心配して……」
「と、とにかくわらわは父上のもとには帰らぬ!」


ビンに手紙を入れて助けを求めたというのに、何故か頑なに拒否するルト姫。そ
う言えばあの手紙、父上にはナイショとか書かれていたような……とカヤノが考えた瞬間、手を引こうとしたリンクを振り払った姫が走り出した。


「そなたらこそ、さっさと帰るがよい!」
「あ、ちょっとそっちは……!」


止めようとしたのも束の間、足下に空いていた穴にルト姫が落下して行く。
リンクが頭にナーガを乗せたまま慌てて後を追い、カヤノとナビィが後に残された。


「あ、ちょっとリンク危ないわ!」
「ナーガも一緒に行っちゃったし……ちょっと見て来る、すぐ戻るから待ってて」
「気を付けてねナビィ……」


周囲には何の気配もしないが、こんな所に一人は心細い。
少しはらはらしながら待っていると、言った通り割とすぐにナビィが戻って来た。
彼女の案内で近くの壁に掴まれる部分があるのを知りそこから降りる。
降りた先にはリンクとナーガのみ、ルト姫の姿は無い。


「リンク、ルト姫はどうしたの?」
「また落っこちちゃってさ、しかも穴が閉じてビクともしないんだ!」
「ええっ!? じゃあ早く探しに行かないと、彼女に何かあったら……」
「向こうに扉……って言って良いのかしらあの壁。とにかく先に進めそうな所があるから行きましょ!」


確かにここでじっとしていても何も出来そうにない。
ナビィに言われ、示された扉? から先へ進むと、何かが沢山ふよふよと宙を漂っている。
見ればそれは透明なクラゲのような生き物。


「モンスターだな! カヤノ、下がってて!」
「あれは……待ってリンク、危ない!」


ナビィの忠告と、リンクが剣でモンスターを斬り付けたのは同時。
剣がモンスターに触れた瞬間、全身を痺れに襲われた。


「うわあぁぁっ!?」
「リンク!」
「こいつはビリ! 触るとシビレちゃうよ!」
「じゃあパチンコなら……!」


カヤノはパチンコを構えて玉を撃つが、威力が低いのか全くダメージにならない。
咄嗟にナーガが炎を吐いてくれたので何とか倒せたが、他のビリが集まって来た。
幸いにも動きは遅いのでリンク達は走り出し間を通り抜ける。
ルト姫を見付けて連れ帰れば良いのだから構っていられない。

ぶよぶよ蠢く壁を横目に走り続け、先方に見えた扉を開いて中に入ると、そこは今までとは違う広くて高い部屋。奥にはツタに覆われた扉がある。
ただ異質なのが、天井から太い筒状の物が垂れぶらぶら揺れている事。
周囲を複数のビリが守るようにふよふよ漂っている。
ナビィはそれをじっと観察し、すぐに答えを導き出した。


「あれ、ジャブジャブ様に寄生してる触手みたい……」
「寄生って、じゃあデクの樹サマみたいになるんじゃないの!?」
「可能性は高いと思う。魔物があちこちに浮いてるし、どこかに親玉がいるのかも」
「カヤノ、予定変更だ。ルト姫と一緒にジャブジャブ様も助けよう」
「ええ。デクの樹サマの二の舞にはさせないわ」
「くびれた所が弱点よ、ブーメランを使ってみましょ!」


ナビィのアドバイスに部屋を進みブーメランを構えるリンク。
途端にビリ達が向かって来たのでナーガが炎を吐いて倒して行く。
パチンコでは役に立たない……何も出来ないのかと悔しい思いをするカヤノだが、魔法が効くのではと思い至った。

カヤノは狙われないよう端に居たが、意を決してビリの群れに近付く。
リンクやナビィに何か言われる前に意識を集中した。


「(力の女神ディン様、どうか私に“力”を貸して下さい……!)」


熱を帯びて行く体内の魔力を手のひらに集め、燃え盛る炎をイメージするとそれを一番近い所に居たビリ目掛けて解き放つ。
途端にビリを包み込む紅蓮の炎。
やや小さめではあったが奴を倒すには十分だったらしい。


「(出来た……私、魔法で敵を倒せた!)」


急激に自信が付いていく。
カヤノは多数のビリを相手していたナーガの所まで走ると、一緒にリンクの援護を始めた。


「ナーガ、一緒にリンクを助けるわよ!」
「きゅう!」


ナーガにとってもリンクは大事な友達だ。
付き合いはまだまだ短いけれど、それを感じさせない程に親しい間柄。

やがてリンクが巨大な触手に数発目のブーメランを叩き込んだ。
瞬間、触手は先端からぼたぼたと粘液を吐き出して消滅。
すると前方のツタに覆われた扉が開く。


「みんな、注意して。奥から変な気配を感じるわ」
「気配、っていうか、音がしない?」


ジリジリ、いや、ビリビリ?
そんな感じの少し耳障りな嫌な音。
リンクが先頭に立ち扉をくぐると、そこもまた広い部屋。
しかし中央には巨大な寄生クラゲの塊が、天井に触手を貼り付けてぶら下がっていた。
その塊はまるで内臓のようで、先程の触手はきっとこいつに繋がっていたのだろう。
そして部屋の隅には気を失い倒れているルトの姿……確認した瞬間、リンクは寄生クラゲの塊に向かって走り出す。


「カヤノはルト姫を守って!」
「分かった、気を付けてねリンク!」


カヤノはすぐさまルトの元に駆け寄り、倒れている彼女を抱き起こす。


「ルト姫、しっかり! しっかりして下さい!」
「う〜ん……?」


頭を振り、ゆっくりと覚醒するルト。
瞬時に自分を抱き起こすカヤノに気付き、思い切り抱き付いた。


「わっ……」
「そ、そなたら、何をしておった! ちょっと怖かったゾラ……!」
「ごめんなさい、怖い思いをさせてしまって。もう大丈夫ですよ」
「ちょ、ちょっとだけじゃ! 怖いのはちょっとだけ……」
「ええ、分かっています。すぐリンクが敵を倒してくれますから」
「……」


二人で戦うリンク達を見る。
あれはバリネードというモンスター。
天井に繋がっている複数の触手をブーメランで切り落として奴を引き剥がすと、いくつかの大きな寄生クラゲが分裂して電気を放ちながらリンクを狙う。
それをさせまいとナーガが炎を吐いて次々と倒していた。


「サンキューナーガ、危なくなったらすぐ逃げろよ!」
「きゅう! きゅう!」
「ははっ、逃げたりしないってか! じゃあ一緒に倒しちまおう!」
「二人とも電撃が来るよ、離れて!」


連携する二人を、しっかりバリネードを観察しながらサポートするナビィ。
あの中に交ざれない事を少しだけ残念に思うカヤノだったが、今の自分の役目はルト姫を守る事なのだからと考えを改める。


「わらわが、これを失くしたりしなければ……」
「これ?」
「ゾーラのサファイア。水の精霊石じゃ」
「水の……!」
「まさかジャブジャブ様の中にモンスターがいるとは思わなかった。油断していたところを襲われ、その時に落としてしまったのじゃ」


ルトの方を見ると、その手に美しい青の宝石を抱えていた。
透き通る青色は引き込まれそうな程の威光を放っている、が。
リンク達に集中していたバリネードが端の方に居たカヤノ達に気付いた。
そしてそこにある青い輝きを認識し、アンテナのような触手から電撃を放つ。


「危ないっ!!」
「え……」


咄嗟にカヤノがルトの前に出て彼女を庇った。
強烈な電撃がその体を貫き、激痛に悲鳴を上げる。


「きゃあああああっ!!」
「カヤノっ!」


名を呼んだのは言葉を発する事の出来る全員。
殆ど間を開けず伸ばされた触手に絡め取られたカヤノは、その身を吊り上げられる。
朦朧とする意識の中で、また吊られてしまった、と妙に呑気な考えが頭を過ぎった。

胴体に巻き付いた触手にぎりぎりと締め上げられ、吐きそうになりながら呻き声を上げるカヤノ。
あ、これ、死ぬかもしれない……と思った瞬間、目の前を何かが横切る。
それがブーメランだと分かった瞬間、カヤノの体は宙に投げ出された。

悲鳴を上げる間すら無い。
だがカヤノを襲ったのは墜落の衝撃ではなく、ぼふっと暖かい感触。
どうやら落下した所をリンクが抱き止めてくれたらしい。


「カヤノ、大丈夫!?」
「あ……ありがとう、何とか平気」
「よくもカヤノを……絶対許さないからな!」


怒りに満ちた視線をバリネードへ向けるリンク。
カヤノをそっと下ろすと、守るようにその前に立ちはだかった。
へたり込むように座るカヤノの前、見上げた所にリンクの背中。
バリネードが飛ばす電気の光で逆光になり、影の浮かび上がったその背中が妙に男を意識させた。
急激に照れ臭くなって視線を逸らすカヤノにリンクは気付かない。


「ナーガ、一緒に行くぞ!」
「きゅー!」


バリネードとの距離を一気に詰めるリンクとナーガ。
リンクは走りながらブーメランを投げ、それが命中すると同時にナーガが高熱の炎を吐き出す。
バリネードが怯み、その瞬間、リンクは高く飛び上がっていた。


「消えろぉぉーーーーーっ!!」


それまでのダメージで弱っていたバリネードが両断される。
ぐちゃぐちゃの肉塊となって辺りに飛び散り、そのまま消滅した。

少しの間 辺りを包む沈黙。
それもすぐ終わり、頭にナーガを乗せたリンクがカヤノの元へ駆け寄る。
ナビィも一緒だ。


「カヤノ、立てる?」
「ええ。ごめんなさい、役に立てなくて……」
「なに言ってるの、カヤノはルト姫を守ったじゃない!」
「あ、そうだ、ルト姫は……!」
「わらわはここじゃ」


どこか元気の無い様子で歩いて来るルト。
その手には水の精霊石を抱えている。
カヤノは改めて、会ったばかりの彼女の様子を訊ねてみた。


「ルト姫、どうしてジャブジャブ様の中に居たんですか?」
「……父上から逃げたのじゃ」
「え……」
「父上は昔から、余のかわいい姫、姫、とあーだーこーだ口出しするゾラ。あれをしてはダメ、これをするとよい、などとわらわの行動にいちいち……」
「……」
「ついには結婚まで勝手に決められてしまったが、自分の気持ちはちゃんとある。ま、まだ好いた者が居るわけではないが……わらわは、父上の人形じゃないゾラ!」


目に涙を溜めて訴えるルトの言葉にカヤノは覚えがあった。
巫女としての人生の為ぎちぎちに制限された生活。
ルトとは程度や方向性が違うが、抑圧されていたのは似たようなもの。

カヤノは自らの父を思い出した。
家族を殺害する切っ掛けとなった父……だが、今更、頭に浮かぶのは。


『カヤノ、立派な巫女になるんだぞ!』
『お前は母さんに似て美人だなあ。……いつか結婚するのか、うう……辛い』
『バケモノだなんて言われたのか!? どこの誰だ、お父さんが懲らしめてやるからな!』


まだ巫女としての人生にそこまで不満を持っていなかった頃。
優しく笑う父の顔。親ばかのような言動の数々。

思えばカヤノに課せられていた、友人付き合いや身の回りに関する厳し過ぎる程の制限は、別に父が作った物ではない。
父は伝統と格式ある巫女の家系に婿入りして来た立場。
祖母と母は巫女の直系で祖父は傍系。
考えてみれば、あの家の中で父だけが巫女の血を引かない“よそ者”だった。
ひょっとすると そんな自分が巫女を潰えさせてはならないと、相当な重圧を背負っていたのかもしれない。
だから巫女をやめたいと言ったカヤノに、あれ程厳しく当たってしまったのでは……。


「……ルト姫。お父さんの事、嫌いですか?」
「え……そ、それは……」
「殺したいと思いますか?」
「!? な、何を言うゾラ! そりゃ腹立つオヤジだが、そこまでは……!」
「良かった。私は父を、家族を殺してしまったから」


まるで息が止まったようにルトの体が強張るのが分かる。
カヤノは穏やかに微笑んだまま言葉を続けた。


「私の家系は伝統ある巫女で、私は親に……いえ、一族の掟に抑圧されていました。それから逃げたいと父に言ったら烈火の如く怒られてしまって。カッとなって熱が冷めないまま、家族を殺してしまったんです」
「そなた……」
「ひょっとしたら、逃げるのではなく休みたいと言ったら、受け入れられたかもしれない。感情任せに怒鳴ったりせずきちんと話して、巫女をやめるのではなく、ただ休憩したいだけだと言ったら、あの抑圧も弱くなったかもしれない……」


よそ者である父は、一族の戒律に従うしか無かったのかもしれない。
けれどあれだけ愛してくれた父ならあるいは。
今の状況が辛いから休ませて欲しいと言えば叶えてくれた可能性もある。

“かもしれない”ばかりで結局は想像でしかないが、父が自分を愛してくれていた様子を思い出した今となっては……。


「ルト姫、お父さんとよく話しましょう。私のように後悔するような事が起きてからでは遅いから……」
「……カヤノは、後悔しておるのか」
「……」


自然と出て来た言葉、“後悔”。
その感情にカヤノは自分で驚いたが、すぐ穏やかな笑みに戻る。

そう、自分は後悔している。
家族を殺害した事を悔やんでいる。


「(ああ、良かった。私は……家族殺しを後悔できた)」


そうしてルトの手を握り、悲しげに微笑んで。


「……後悔、しています。私は愛されていた」
「カヤノ……」


涙声を発したのは、以前にカヤノが抑圧されていた話を聞いてまるで自分の事のように怒ってくれたナビィ。
リンクは何も言わずに聞いているが、どことなく優しい表情をしている。


「私みたいにならないように……帰りましょう、ルト姫。私はもう、帰る事が出来ないから」


例え元の世界に帰れた所で、そこには自分で殺害した家族の遺体があるだけ。
カヤノはもう、家族の元へは帰れない。
ルトは少し悲しそうな目でカヤノを見ていたが、ややあって頷いた。


「……そなたら、ハイラル王家の使者なのじゃろう? 何の用で来たゾラ? 父上が王家にわらわの捜索を依頼した訳でもあるまい」
「あ、実はオレ達、水の精霊石って物を探して……」


ルトに事情を説明する。
思えばルトが流した手紙の“助けて”というのは、ジャブジャブ様のお腹から出して欲しいという事ではなく、水の精霊石を失くしてしまったから探すのに協力して欲しいという事だろう。
話を聞いたルトは、持っていた水の精霊石を差し出した。


「そのような重大な事情があるなら持って行くがよい」
「いいの?」
「そなたらは、わらわとジャブジャブ様を助けてくれた。この水の精霊石……ゾーラのサファイアは、わらわの夫となる者に授けよと母上に頂いたのじゃが……」
「そ、そんなに大事な物だったんですね……」
「このような物を渡されて拒否するゾーラ族はおるまい。だがわらわは、いつか好いた者を自分の力で振り向かせてみせるゾラ! エンリョなく持って行くがよいぞ!」


吹っ切れたような笑顔のルトに、お言葉に甘えて遠慮なく精霊石を貰う事にした。
美しい輝きを放つ青い宝石を掲げるように受け取るリンク。
これで精霊石が3つ揃った……ゼルダの元へ胸を張って戻る時が来たのだ。


「うふふ……父上はこっちで説得しておく。ゼルダ姫が待っているのではないか? 早く戻ってあげるゾラ」
「ありがとうルト姫!」
「問題が解決したら遊びに来るゾラ! 待っておるぞ〜!」


ルトに見送られ、ゾーラの里を後にするリンク達。
カヤノはケポラ・ゲボラに掴まって飛んでいた時、遙か向こうまで周囲を見渡していた。
コンパスで調べずともハイラル城の方角なら分かる。


「頑張ったわねみんな! きっとゼルダ姫もお喜びになるわ!」
「やったんだオレ達……ナビィ、それにカヤノにナーガ、ありがとう!」
「お礼は早いわ。精霊石をゼルダ姫に渡して、それからお祝いしましょう。ちょっと城下町で豪華なご飯でも食べたい気分ね」
「きゅー!」


ご馳走を想像したのか、ナーガも満面の笑みで鳴き声を上げる。
暫く城を目指して歩いていた彼らだったが、ふと前方から何かが走って来るのが見えた。

いや、あれは“何か”ではない。知っている。


「エポナ!?」


間違い無い、ロンロン牧場のエポナだ。
エポナはリンク達を見付けるなり大喜びといった様子で駈けて来る。
そしてリンクへ親しげに顔を擦り付けた。


「わわ、わ……おまえどうしちゃったんだよ一人で……」
「どうする? ロンロン牧場まで送って行く?」
「うーん……今はゼルダに早く精霊石を渡した方が良いと思う。町まで一緒に連れて行って、その後で牧場まで送ってあげようよ」
「それもそうね」


話も纏まり、エポナを一緒に町へ連れて行く事になる。
まだ小さいエポナに二人は乗れないので徒歩で並んで歩くと、空が曇って来た。
辺りはすっかり暗くなり雨が来そうな曇天。
このだだっ広い平原で雷雨にでも見舞われたらどうしようと、カヤノが不安を漏らす。


「うわぁ、雨が降りそう。早く城下町に行かないと……」
「あら? でも城下町の方角の空、なんだか明るくない?」


ナビィに言われてよく見てみれば、確かに何かの灯りのようなものが雲に反射している。
また暫く歩いて城下町へ近付くと、赤みがかったオレンジのようなその色の正体に気付いた。


「なんだよ、あれ……! ハイラル城が燃えてる!?」


それは、平穏の終幕。





−続く−



- ナノ -