カヤノを休ませて日が明けた翌日。
まだ追っ手は来ないが万一を考えて精霊石探しに出たい。
朝ご飯まではご馳走になったが、その後すぐ出立する事に。
「妖精クンもカヤノも、もう行っちゃうの?」
「うん。オレ達やる事があるんだ」
「お世話になっちゃったわねマロン、ありがとう」
せっかく出来た同年代の友達と離れるのが寂しいのか、マロンは悲しそうな顔。
リンクが慌てて彼女を気遣う。
「ま、また遊びに来るよ、カヤノと一緒に」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。なあカヤノ!」
「ええ。だからそんな悲しそうな顔しないで、マロンに似合わないわ」
言われ、マロンは照れ臭そうに笑った。
また来てね〜、と遠く離れるまで見送ってくれたマロンに、絶対にまた来ようと誓うリンク達。
これから向かうのはナボールに教えて貰ったハイリア湖だ。
そこにゾーラ族が居なければ再び手掛かりゼロに戻ってしまう。
リンクは頭に乗せたナーガに気の無い様子で話し掛けた。
「なあナーガ、おまえゾーラ族とか水の精霊石とか知らないか〜?」
「きゅう?」
「そーか知らないか、じゃあしょうがないな〜」
「リンクったら、ナーガは話せないんだから」
そう言ってクスリと笑うナビィ。
自分の傍をふよふよ飛んでいる彼女に視線を移したナーガは、くりくりした大きな目を輝かせた。
そして自分を頭に乗せるリンクを見下ろし。
「りんく」
ぴたり、と全員の動きが止まる。
そのまま少しの間誰も動かなかったが、ややあってカヤノが進行方向を見据えたまま口を開いた。
「今の、ナビィ、じゃ、ないよね?」
「うん。違う」
「りんく!」
もう一度聞こえた、この場に居る誰のものでもない声。
次はリンクが進行方向を見据えたままカヤノ達に訊ねる。
「あのさカヤノ、ナビィ。今のオレの頭から聞こえなかった?」
「……聞こえた」
「かやの? なびぃ?」
次はびくりと体を震わせるカヤノ達。
しかし次は殆ど間を開けず、リンクが頭の上のナーガを持って前に抱えた。
「お、お前ナーガ、いま喋ったよな!?」
「りんく?」
「ほら喋ったぁぁぁ!! 聞いたよな二人とも、喋ったよな!」
「スゴイ! たまに言葉を覚える竜がいるのよ。でも聞いたの初めて!」
大はしゃぎするリンクに、ナビィも興奮気味に解説する。
カヤノはリンクが抱くナーガをじっと見つめていた。
妙に沸き上がって来るこの感情は何だろうか。
まるで小さな子供……実際にナーガは小さな子供だが……を見ているような感覚。
ひょっとしたらこれが親心というものかもしれない。
とても愛しくて、今すぐ抱き締めて全てから守ってあげたくなる。
この子に害が及ぶのなら身代わりになって、自分が全てを受け止めてあげたくなる。
……母もそうだったのだろうかと、ふと考えた。
かつて同じ立場を経験した、一番の理解者であった母。
殺される瞬間まで娘の幸せを願ってくれた、あの母は……。
思わず涙が溢れて来たカヤノは思考を止める。
リンク達にばれないよう涙を拭って彼らの輪に交ざった。
+++
ハイラルの西、ゲルド族の砦。そこにガノンドロフが居た。
カヤノを囚えていたという牢の前に立ち、今は誰も居ない空間を見ている。
当然ながらカヤノの名残など何も無い。
そこへ箒に乗って飛ぶ二人の老婆が現れた。
ガノンドロフを育て、今は彼に仕える立場である魔女・ツインローバだ。
「奴らは精霊石を探しているみたいだねえ」
「どうするんだい、もう一度 捕らえに?」
「……今は泳がせておけ。必ず城下へ戻って来る」
今回のカヤノ誘拐はガノンドロフが直接命じた訳ではなく、彼女を欲していると知った配下が功を狙って実行しただけ。
何やらゼルダと接触していた子供達。
必ず聖地に関する何かを探しているだろうとガノンドロフは踏んでいた。
精霊石は奴らに集めさせ、こちらは別の準備を着々と進めておく。
ハイラル王家に対し反乱を起こす準備を。
「今は手を出すなと全員に通達しておけ」
「承知したよ。しかし、カヤノと言ったか……あの娘が欲しいんじゃないのかい?」
魔女の問い掛けにガノンドロフは少し眉を顰める。
それはツインローバの言う通りで、ガノンドロフはカヤノに対して一つの確信があった。
彼女は間違い無く、自分が昔から欲して仕方がなかったものだと。
本当なら今すぐにでも追い掛けて我が物にしたかったが、それでハイラル攻略の方を疎かにしては上手くいかなくなる。
彼が欲しいのはカヤノだけではない。
ガノンドロフはこの国、そして聖地とトライフォースをも欲している。
「いずれ手中に収める。今はこの国を奪う為の行動が先決だ」
「ヒッヒッヒ、それでこそゲルドの王に相応しい。欲しい物は全て奪えば良いのさ」
双子の老婆は楽しそうに笑う。
一つを手に入れる為に他を諦めるような事はしなくて良い。
欲しければ全て奪い尽くし手に入れる、それがゲルドの王。
ツインローバが去った後、一人残ったガノンドロフがぽつりと呟く。
「……カヤノ、必ず奪いに行ってやる。これはお前が望んだ事だ」
+++
その頃、リンク達はハイリア湖に到着していた。
想像していたより広大な湖に圧倒されながらも探索したが、ゾーラ族と思しき者どころか人っ子ひとり見つからない。
一通り探索した頃にはすっかり日が傾きかけていて、今は夕食にしようとリンクが湖で釣りに挑戦している所。
長くしなやかな枝を幾つか拾い、糸と針は湖のほとりに住んでいた変な博士の手伝いをして材料を貰った。
それらを組み合わせて釣り竿を作ったリンクにカヤノは感心しきり。
カヤノが貰ったパチンコも彼の手作りだし、本当に手先が器用らしい。
ちなみにその博士に訊ねてみた所、確かに時折ゾーラ族を見かけるそうだが、どこからやって来ているのかはサッパリ分からないとの事。
つまりこの湖に住んでいる訳ではないようだ。
「よーしナーガ、あんまり音立てるなよ。魚が逃げちゃうからな」
ナーガを傍らに、湖の縁に座って釣り糸を垂らすリンク。
カヤノはやや離れた所で魔法の練習に勤しんでいた。
じっと集中して魔力を体中に巡らせ、手の先に集めて炎のイメージを浮かべる。
魔法とは想像力、それを自在に操る精神力と集中力、更に最低限、発した魔法に振り回されない程度の筋力と体力。
それらが揃って初めて我が物に出来る。
「魔法って色々と必要なんだ。魔力さえあれば簡単に出せると思ってた……」
「カヤノ、どう? はかどってる?」
果てしない思いをしていたカヤノの所にナビィが飛んで来る。
まあまあかな、と曖昧な返事をした彼女に、はかどっていないと判断。
「魔法って想像以上に難しいものだったのね」
「ナビィは魔法を見たこと無かったの?」
「うーん、デクの樹サマの力も魔法の一種だと思うけど、魔物のコトが分かるワタシの力は意識せずに使えるから」
こうなると、ゼルダが言っていた彼女の母、今は亡きハイラル王妃に会ってみたくなる。
王妃は魔法に長けていた一族の血を引いていたという……。
その血を引いたゼルダは何も知らなかったようだが、王妃なら或いは。
「……ところでリンク達だけに夕食の調達任せてもいいのかな。私も手伝ったり薪を集めたりするべきなんじゃ……」
「リンクは早くアナタに魔法を使えるようになって欲しいのよ」
「そっか、せっかく授かったのに使えないままじゃ役立たずだものね」
「んもう、そうじゃないの! 魔法を使えるようになれば離れた所から攻撃できるでしょ。カヤノが安全になるんだから、彼はそれが狙いなのよ」
リンクはカヤノを守りたがっている。
本当に危険な目に遭わせたくないのであれば町に置いておくという選択肢もあるが、それはカヤノ自身が望まない事だろう。
それにゲルド族に誘拐された以上、一人で置いておくのは得策ではない。
ハイラル城の世話になれば良いかもしれないが、城にはガノンドロフも来る。
リンクと冒険したい、彼の役に立ちたいカヤノの欲求を叶え、その上でカヤノを出来るだけ危険な目に遭わせたくないリンクの願望も叶う。
「うふふ、リンクったらよっぽどカヤノが好きなのねっ」
「またナビィはそんな事。あなたって本当に恋の話が好きね」
「ワタシ自由に恋愛なんて出来なかったから。せめて話だけでもしたいの。恋が実る話はもっと聞きたい」
「妖精も恋ってするんだ」
「え? ……す、するよ? しちゃ変かな?」
「変というか、恋って物凄く短絡的に言えば、子孫を残す為にするものでしょ。妖精はデクの樹サマが妖精珠で生み出していたみたいだし、恋は必要無いのかと思った」
「……それは、極端すぎ、じゃない?」
「確かに、人には結婚だけして子供を持たない人も居るらしいけど、本能の面だけで言えば恋は子供を作る為のものでしょう? だから交配を必要としない種族は、恋愛感情そのものが無いんじゃないかと思って」
「そ、その考え方は、そうかもしれないけど。で、でも妖精も恋ぐらいするよ」
少々しどろもどろになっているナビィに、怒ったかな? と心配になるカヤノ。
どうやら怒っている訳ではなさそうだが……。
本人が恋をすると言っているのだからするのだろう。
そもそもカヤノは妖精の生態をよく知らないので、恋をしないと断言は出来ない。
ふとリンク達の方が騒がしくなる。
魚を釣り上げた時に予想外の方向の地面に飛んで行ってしまい、そのままビチビチ跳ねて湖へ戻ろうとしているらしい。
「あ、あーっ! ナーガそいつ捕まえて、早く! ……って食べちゃダメだってば!!」
「楽しそうね」
「ねー。……Heyリンク! 晩ご飯まだー? ってカヤノが!」
「えっ!?」
「もーちょっと待ってよカヤノ、まだ全員分釣れてない!」
「言ってない、言ってないよリンク! ゆっくり釣ってね!」
友人達とわいわいがやがや、騒がしく楽しい時間を過ごす。
カヤノが願ってやまなかった夢はこうして叶っている。
リンクと、ナビィと、ナーガと。
ここにゼルダやダークも加わって、皆でいつまでも楽しく過ごせたらいい。
こんな穏やかな時間を過ごしていると、いつか叶うのではと楽観的な希望が湧いた。
集めた薪にカヤノが魔法で火を着け、釣った魚を焼いた。
辺りはすっかり夜。
今日は昼間に会った、湖のほとりに住んでいた変な博士……もとい、みずうみ博士の家に泊めて貰う事になっている。
リンクは胡座をかいた足の上にナーガを乗せ、焼いた魚を食べさせていた。
仲睦まじい様子に自然と笑みが零れるカヤノ。
「リンク、すっかりナーガと仲良くなったわね」
「こいつ面白いんだ。カヤノにだって懐いてるだろ?」
「リンクは友達って感じでしょ? 私にとっては友達でもあるけど、子供って感じがするの」
「へー、そうなんだ。……じゃあオレもナーガの親がいいなあ」
「どうして? 今の関係ならナーガとは友達が一番だと思うわ」
「……子供をいっしょに持つのって、夫婦なんだろ?」
「……」
“大人”もよく知らなかったリンクがそんな事を言うなんて。
まあ“親”という認識はデクの樹のお陰であるようだし、その延長で夫婦や恋というものも知っているのだろう。
「りんく、かやの、ふーふ?」
「……ナーガ、意味が分かってから発言してね」
意味など全く理解していないだろうナーガの無邪気な言葉に苦笑するカヤノ。
ナビィもリンクの後押しをしたいようだし、ある意味で味方の居ない状況に追いやられてしまった。
今の発言や過去の守る発言からして、リンクはカヤノに好意を持っているらしい。
ダークの存在があるので既知の事実ではあるのだが、こうして本人から面と向かって突き付けられると照れてしまう。
実際はだいぶ年下の少年な訳だが……今のカヤノはリンクとほぼ同い年。
果たして自分はリンクが好きなのかどうか思いを巡らせてみる。
友人としてなら間違いなく好きだが、異性としては?
「(今は子供だし。いつか大人になったらはっきりするかもしれない)」
何年も後の事だから気の長い話ではあるが。
きっとリンクはとても立派な青年に成長する。
彼が大人になる頃にはハイラルも平和になっているだろうから、それからゆっくり考えるのも悪くない。
あまりノンビリしていたら他の誰かに行ってしまうかもしれないが、今 焦って答えを出した所で、お互いに子供なのだから上手く行かない可能性が高い。
恋などした事が無いカヤノ。だからこそ慎重になりたかった。
振られたら振られたで良い経験になるかもしれない。
「(たとえ振られたって、恋が出来るだけでも幸せな事よね。私はずっと恋愛を禁止されていたから……)」
将来は親の決めた相手と強制的に結婚する事になっただろう。
自分の意思で自由に恋愛・結婚できる(当然しない自由もある)のは素晴らしい事だ。
まだ子供ではあるが、リンクは勇気と優しさに溢れたとても素敵な人。
そんな彼が初恋の人になれば、あわよくば実ってくれれば……。
「カヤノ、食べないの?」
「え。……あ、食べるよ。いただきます」
棒に刺して焼いた魚を持ったまま止まっていた。
ナビィに声を掛けられ慌てて口に運ぶ。
「……美味しい」
自然溢れる美しいハイラルから分け与えられた恵み。
それを噛み締めながら、己の血や肉に変えるカヤノだった。
+++
翌朝、リンク達は再びハイリア湖の探索を始めた。
みずうみ博士の話ではここにゾーラ族が住んでいる訳ではないが、時折見かけるという。
それならば手掛かりが全く無い現状、ここで出現を待つのが一番得策の筈だ。
雄大なハイリア湖の水は深い底まで透き通り、恐怖を覚える程に美しい。
湖の畔から伸びる長い吊り橋を渡って大木が生えた小島へ行ってみる事になった。
一本目の吊り橋は湖の端にある中継地点の小島へと繋がり、そこから更に中央の一番大きな小島へ吊り橋を伸ばしている。
その中継地点である小島に辿り着いた所で、カヤノがある事に気づいた。
「あれ? ねえ、向こうに道がある」
「え? ……あ、ほんとだ」
湖の周囲は小高い丘に囲まれているが、その丘の一部にどこかへ繋がっていそうな道を発見した。
よく見ると、岸の方にそちらへ繋がっていた地形を壊したかのような跡が。
あの道の先に何かあったのだろうか?
「まさかあっちにゾーラ族が住んでるわけじゃないよな……」
「分からないけど、あまりにゾーラ族が見つからないようなら、あの道へ行く方法を考える必要が出て来るかも」
「でも待って二人とも、あっちハイラルから出ちゃわない?」
ナビィが言ったので地図を確認してみたが、確かにこのハイリア湖は国の南の果て。
あの道の向こうは国外へ出る事になってしまいそうだ。
ひとまずあちらは、いよいよ手掛かりが無くなった時に後回しする。
改めて湖で一番大きな小島に渡ると、ナーガが突然 岸辺へ向かって進み出した。
「ナーガ、どうしたの?」
「きゅー!」
鳴き声を上げて湖面をつつくナーガの鼻先をよく見ると、何かきらりと光る物が浮かんでいる。
近寄ってみればそれは中に何かが入った空き瓶だった。
拾い上げ栓を開けて取り出すと、一枚の短い手紙。
「えっと、なになに……」
“たすけてたもれ! わらわはジャブジャブさまのお腹の中で待っておる。ルト
追伸:父上にはナイショゾラ!”
「……なにこれ」
「ジャブジャブさまのお腹……? ルトって名前かな?」
これではこの手紙を流した主がどこに居るかも分からない。
困っているのなら助けに行きたいが、場所が知れないのでは構っている余裕は無い。
助けて、なんて穏やかではない文面が気になってしょうがないのに……。
どうするべきか、水の精霊石を後回しにしてでも手紙の主を探すか、やはりここは使命を優先して水の精霊石探しに専念するか。
カヤノ達が悩んでいると、上空に一つ大きな影が掛かった。
見上げてみるとケポラ・ゲボラが舞い降りて来る。
「こんな所に居たのかお前達」
「ケポラ・ゲボラ! ここでゾーラ族を見たって話を聞いたから来たんだよ」
「そう言えば時折やって来るようじゃな。……ところでその紙は?」
「これは誰かが流した手紙みたいです」
カヤノが読み上げると、ケポラ・ゲボラの顔色がみるみる変わる。
「ルトとは……ゾーラ族の姫の名前ではないか!」
「ゾーラのお姫様!? どうしよう、助けてって……!」
「落ち着け。ジャブジャブ様とはゾーラの里に居るという守り神じゃ。慌てずに彼らの住む里を目指せばよい」
「それが分かんないんだよ!」
「ワシが知っておる」
「えっ」
聞けばケポラ・ゲボラは上空から地上を見下ろし、ゾーラ族の住処を探してくれていたのだそう。
そして恐らくゾーラ族の守る水源であろう場所を見つけたのだとか。
「すぐワシの足に掴まれ。そこまで連れて行こう」
「ありがとう!」
足に乗るような形で捕まり、空へ舞い上がるリンク達。
見下ろしたハイラルはとても美しく広大で、思わず使命も忘れて見とれてしまいそうだ。
そんな雰囲気を察したか、ケポラ・ゲボラが話し掛けて来る。
「リンク、カヤノ。世界はどうじゃ?」
「すっげー広い! 森にいた頃は想像もできなかったよ」
「世界は……美しくて、とても自由ですね」
銘々違う感想を話す二人に、ケポラ・ゲボラは彼らが抱えるものに思いを馳せる。
リンクに課せられたハイラル救済の宿命。
カヤノに課せられた贖罪の宿命。
それらはいずれ最悪の形で繋がる。
ケポラ・ゲボラはリンク達と再会する前に、彼らに関する全てを神から聞いた。
リンクの運命は大方想像した通りのものであったが、カヤノの運命はケポラ・ゲボラの想像が及ばないものであった。
そしてそれは、いずれリンクにまで過酷な運命を背負わせる事になる。
神から与えられる運命を嫌い呪ったカヤノに課せられた、神から与えられる運命を受け入れ続けるという罰。
その“神から与えられる運命”が、あまりにも……。
「(……あまりにも惨いではありませんか。異世界の女神よ)」
この世界の神は異世界に座する女神と知り合いで、彼女からカヤノを預かった。
そしてカヤノはその女神に仕える一族に生まれたにもかかわらず、女神の下僕でもある家族を皆殺しにした為、罰を受ける事になった。
それは確かに許されない事で、カヤノは罰を受けなければならないが。
そこまで惨い目に遭わせなければならないものなのか。
苦しめるにしても、もっと他に罰の与えようがあるのではないか。
抑圧され周囲の言いなりになるしかない人生をカヤノは送る筈だった。
前にも考えた通り、女神がすぐにカヤノを直接罰しなかったのは、そんなカヤノを哀れに思う心があったからだろう。
きっとカヤノはこの世界に来てから、元の世界では味わえなかった幸せを感じる事もあった筈だ。
だが、その分を差し引いても。
これからカヤノを待ち受ける運命はとても惨い。
「のう、リンク、カヤノ」
「ん?」
「何ですか?」
「……頑張るのじゃぞ。既に頑張っておるだろうが、これからもっと頑張れ。襲い来るもの達に、負けたり飲み込まれたりせぬように」
「当たり前だろ、絶対にハイラルを救うよ! なあカヤノ」
「ええ。私も精一杯お手伝いします」
ケポラ・ゲボラが言いたいのはその事ではないのだが、とても言えないし言ってはいけないので黙っておく。
せめて、リンクがいつか立ち直れるように。
せめて、カヤノが来世では幸せになれるように。
ケポラ・ゲボラは、心の中でひたすら祈った。
やがて辿り着いたのは涼やかな渓谷。
ゾーラ族はこの渓谷に流れる川を遡った所に住んでいるらしいが、上流の方は狭いので翼をぶつけて墜落しかねない為、下流に下ろされた。
「ゾーラ族は王家に命じられ水源を守っておる。上流の滝の所で、王家の使いである証を示すといい」
「証って、ゼルダの手紙以外に何かあったかな……?」
「教えて頂いた子守歌を演奏してみたら? 王家の証にもなるって仰ってたでしょ」
「あ、そうか」
ケポラ・ゲボラに別れを告げ、川を遡り始める。
川はなかなかの急流で小さな滝も散見されるが、道がちゃんとあるので川に入る必要も無く、意外と楽な登りだ。
しかし道とはいっても整備されている訳ではないので、所々で足場が悪い場所や軽く浸水している場所も見受けられた。
魔物の姿もあり、皆で協力して先へ進む。
途中、川の支流によって道が分断されている場所があった。
リンクが先にナーガを頭に乗せて向こうの足場に飛び移り、そこから片手を差し出してカヤノを引っ張ってくれようとする。
カヤノは素直に甘えて彼の手を掴み、飛び移る……が。
「う、わっ!」
「えっ!?」
引っ張る力が足りなかったのか、予想以上に体重が掛かったリンクがカヤノの方に引っ張られる。
リンクの頭からナーガが落ち、二人だけが川の中にダイブしてしまった。
「りんく、かやの!」
「ちょっと二人とも大丈夫!?」
ナビィとナーガが慌てて川に落ちた二人の元へ。
……どうやら膝の深さも無かったようだ。
二人が呆然と尻餅をついた姿を見た後、全員から笑いが漏れた。
「あはは、やだずぶ濡れ! リンク、私そんなに重かった?」
「違う違う、思ったより力が必要だっただけ!」
「リンク、それって重いって言ってるようなものよ〜? カヤノの方がちょっと大きいから仕方ないかもしれないけどさあ」
「ちーがーうってば、もう!」
やけになったリンクが立ち上がり、カヤノの脇の下に腕を通して抱え上げた。
「リ、リンク!」
「ほらーカヤノなんて軽く持てるんだからな!」
「……あらダイタン」
抱えられて赤くなるカヤノと、自分がやっている事も忘れて得意気な顔をするリンク、良い展開になったと浮かれる心を隠そうと努めて静かに言うナビィ。
ナーガは凄い凄いと言いたいのか、無邪気な笑顔できゅうきゅう鳴いている。
だが早いうちに水に濡れた服がぺたりと張り付く感触を思い出し、自分が今どんな事をしているのかリンクが思い知った。
途端にぴたりと石のように固まり、かと思うとみるみる赤くなる。
リンクはロンロン牧場でカヤノを抱きしめていたが、この濡れてぴったりくっ付く感触は、それとは全く違う感覚を呼び起こす。
「……ご、ごめ、ごめん、カヤノ……」
「え、あ、うん……」
「えっと、その、あの、服、乾かそうか……」
リンクはカヤノを抱えたまま足場に上がって彼女を下ろした。
カヤノが持っていた荷物は咄嗟に放り投げたのか、乾いたまま足場の上に落ちている。
枝を集めてナーガが吐いた炎で火を付け、リンクが服を着替え始めた。
体を拭くのはカヤノが何かに使えるかもと思って買った風呂敷のような布だが、上等な布でなくても水分を拭える物があるだけで助かる。
カヤノは近くの崖の陰に隠れて服を脱ぎ、体を拭いて着替えた。
「はあ……替えがあってよかった」
「城下町で買っといたやつ? オレは家から持って来たやつだけど」
「うん。お互いに着替えた事だし、服が乾いたらすぐ行こうね」
「水の精霊石もきっともうすぐだもんな。ゼルダ喜ぶだろうなあ」
デクの樹やゴロン族の件からも分かる通り、ガノンドロフも精霊石を欲しているようだ。
トライフォースの伝承を知っている以上は狙うのも当然か。
奴より早く精霊石を集めてゼルダに渡さなければならない。
……そう言えば、石を渡してからどうするのだろうとカヤノは考える。
ゼルダが持っているだけでは結局、いつまでも危険なまま。
もしかして、精霊石や聖地への道そのものを封印できたりするのだろうか?
無事に石を集めてゼルダの所に帰ったら、訊いてみようと思うカヤノだった。
やがて服も乾き、荷物入れに納めてから改めて出発するリンク達。
道がだんだん細くなって行くので落ちないように気を付け、やがて辿り着いたのは大きな滝。
足場があちこちに張り巡り、滝の正面、中程の高さにまで行けるようだ。
そしてそこには、トライフォースを象った王家の紋章があった。
「リンク、ここでオカリナを吹いてみたら?」
「オッケー」
滝の音と微風による木々の葉擦れの音だけが聞こえる爽やかな情景の中を、優しく穏やかな旋律が響き渡る。
演奏が終わると段々 滝の水量が減って行き、やがて完全に途切れた。
奥の崖には明らかに人工と思しき石造りの通路があり、中へ向かって伸びている。
「この中がゾーラ族の里かしら。リンク、カヤノ、準備はいい?」
「もちろん! ぱっぱと精霊石を貰ってゼルダの所に戻ろう!」
「きゅう!」
「ふふ、ナーガもやる気満々ね」
ここで水の精霊石を手に入れればハイラルが平和になる。
そう信じる戦士達は、足取り軽くゾーラの里へと入って行った。
−続く−