時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

第8話 風薫るまきばで


ゼルダを連れて城を抜け出し、一日中遊んだリンク達。
夜の城門前、迎えに来てくれたインパの隣に並ぶ彼女に挨拶する。


「じゃあ、オレ達そろそろ行くから」
「ええ。今日は遊びに連れ出して下さってありがとうございました」
「……ゼルダ姫、王様に怒られませんか?」
「覚悟の上で出て来ましたから。ねえインパ」
「姫様……」


いたずらっぽい笑みを浮かべるゼルダに、インパは困ったような笑顔。
恐らく、品行方正な姫がこんな事をしたのは初めてなのだろう。
リンクやカヤノにしても良い息抜きになった。
これでまた明日から元気に精霊石を探す冒険に出掛けられる。


「リンク、カヤノ。どうか気を付けて下さいね」
「ゼルダもね。ガノンドロフには気を付けてよ」
「私達、必ず精霊石を手に入れて帰って来ますから」
「はい。また無事に会いましょう!」


満面の笑みを浮かべるゼルダに、リンクとカヤノも同様に返す。
ゼルダは城へ、リンクとカヤノは城下町の宿へ向かって歩き出すが、ふとインパがカヤノに話し掛けて来た。


「挨拶した後にすまないカヤノ、ひとつ訊ねたい事がある」
「? 何ですか」
「お前はどこの出身なんだ?」
「え……」


どうしてそんな事を訊ねられるのだろう。
名前がこの国の人物にしては珍しい感じだから?
デクの樹や大妖精のような存在には知られているようだが、そうでない人物に異世界から来たと言って信じて貰えるだろうか。


「……詳しくは話せません。この国ではない所から来ました」
「そうか。家族は居るのか?」


ひゅ、と息が喉で詰まったような感覚に陥る。

家族は“居た”。
しかしその家族は全てカヤノが己の手で殺害してしまったが。
リンクとナビィには話しているものの、隣で聞いているゼルダに軽蔑されるかもしれないと思ったカヤノは、家族を殺害した事実を話す事が出来ない。
震える声で、今は居ない、と言うのが精一杯。


「……悪い事を訊いてしまったようだ。許してくれ」
「いいえ……大丈夫です」


微笑を浮かべて首を振ると、インパはそれ以上何も言わなかった。
今度こそ挨拶して別れたリンク達は城下町の宿へと向かう。
その途中、歩きながらリンクがカヤノに話し掛けた。


「カヤノ、普通に笑えるようになったね」
「……そう思う?」


言いながらまた微笑を浮かべるカヤノ。
この変化はカヤノも自身で嫌と言うほど感じ取っていた。
城下町でリンクやゼルダと遊び回り、楽しくて大笑いして、そうする間にカヤノの心が段々と解けて行ったらしい。

楽しんで生きろとデクの樹に言われた。
楽しければ笑い、悲しければ泣き、腹が立てば怒る当たり前の生活をしなさいと。
心から笑えなくなって何年か覚えていないが、ようやくそうした“当たり前”で“普通”の生活が出来るようになった。


「ありがとう。これもリンクやゼルダ姫のお陰よ」
「あれ? カヤノ、ワタシは入ってないの?」
「え、あ、もちろんナビィにも感謝してるわ」
「エー? ちょっと今の、ついでっぽかったなァ」
「ほ、ほんとに忘れてた訳じゃないの、ごめんね」


慌てて謝るカヤノとは対照に、ナビィはクスクス笑っている。
もちろん本気で拗ねたり怒ったりしている訳ではない。
それを分かっているから、リンクもフォローせず楽しげに眺めていた。



翌朝、再び城下町の市場で旅の準備をするリンク達。
水の精霊石を持つというゾーラ族の行方は未だ掴めていない。
長丁場になる可能性も考え、デスマウンテン目指して旅立った時より念入りに準備する。
いざとなったらまた城下町に戻れば良いけど……と考えていたカヤノの耳に、人だかりの出来た露店の方から騒ぎの声が届いた。


「こらっ、暴れるなこいつっ!」
「? 何かあったのかな」
「行ってみようか」


リンクが率先して歩き出したので、カヤノもその後を追う。
人混みを掻き分けて騒ぎの中心へ出てみると、そこには露店の主人らしき中年男性が何かの動物と必死で格闘していた。
その動物に見覚えの無いリンクは、疑問符を浮かべてナビィとカヤノに訊ねる。


「ねえ二人とも、あれなんていう動物? オレ初めて見た。モンスターじゃないよな」
「え、っと……私も初めて見た……」
「あれは竜の子供ね。ワタシも実物は初めて見たわ」


サラリと言うナビィにリンクはへー、と返事するだけだが、カヤノはあまりの衝撃に目が離せなかった。
今まで出会ったモンスター達は当然カヤノの世界にはおらず、あまりにも現実離れしていた為、逆に衝撃の度合いはそれ程でもなかった。
しかし竜はそうもいかない。
実在していないのは今までのモンスターと同じだが、竜は元の世界では、伝承などが世界各地にある有名な存在だ。

姿もカヤノが想像できる竜とさして変わらない。
子供というだけあってまだ小さく、カヤノ達でも抱きかかえられる程度。
頭は立派な角が生えた西洋竜のような見た目をしているが、体の方は蛇のような東洋竜の見た目をしている。
後ろ足は存在せず前足が二本あった。
幼さを象徴するような、くりくりした大きな目が可愛らしい。

どうやら売り物のようだが、言う事を聞かずに暴れているらしかった。
事件でもなさそうなので立ち去ろうとしたが、呆然と眺めていたカヤノは視線を逸らすのが遅れてしまう。
はたと子竜と目が合い、瞬間、子竜は店主の拘束を逃れてカヤノの方へ飛び込んで来た。


「わ、わっ!」


思わず抱き止めてしまった。
子竜は居心地が良さそうにカヤノの腕に収まっていて、店主が追い掛けて来ると彼の方を見て唸り声を上げてしまう。


「あーあー、お嬢ちゃんなんて事してくれたんだ!」
「え、え?」
「懐いちゃったじゃないか、売り物にならなくなる!」


理不尽な言い分に呆気に取られる事しか出来ないカヤノ達。
もう放すしかなくなった、大損だよ、なんて溜息を吐きながら大袈裟な程に言われ、ついムッとしたカヤノは売り言葉に買い言葉状態で言い返してしまう。


「おいくらですか?」
「ん?」
「この子、おいくらですか? そうまで言うなら買い取ります!」


カヤノがそう言った瞬間、それまで怒っていた店主が突然ニイッと笑った。
まいどあり、なんて輝く程の笑顔で言われてようやく、乗せられた事に気付いたのだった……。




「ごめん。本当に、ごめん」
「買っちゃったものは仕方ないよ……」


城下町を抜けて平原に出たリンク達。
カヤノの腕には相変わらず居心地良さそうな子竜が収まっている。
冒険の準備を済ませた後だったのは不幸中の幸いだが、結局 子竜を買うのに払った金額で残りの蓄えは消えてしまった。


「こいつも自由になれて良かっただろ。ほら、どこへでも行きな」


リンクがカヤノの腕から子竜を取り上げて地面へと置くが、子竜はリンク達を見るばかりでどこへも行こうとしない。


「オレ達の旅は危ないんだから連れて行けないよ」
「この辺は緑も豊かだし、食べるものにも困らないわ。元気でね」


子竜を置いて歩き出すカヤノ達。
しかし子竜はずっと後を付いて来る。
何度ついて来ないよう言っても聞き入れないし、振り切ろうと走れば手だけで体を支え、跳ねながら追い掛けて来る。


「ねえリンク、カヤノ、あの子どうするの?」
「ど、どうしようか……」


あれから何時間歩いただろうか?
子竜を振り切る為に、目的地も無いのにずんずんと移動してしまった。
城下町はとっくの以前に遠ざかって見えないし、周囲にも特に気になるようなものは……。


「……リンク、あそこに建物がある」
「え? ほんとだ!」


遠いが平原の向こう、少し高台になっている所に建物が見える。
それなりの広さがありそうで石造りの塀と木造の柵に囲まれていた。
カヤノがインパに貰った地図を見てみると、平原の中に聞いた事のある施設の名が。


「もしかして、あそこがロンロン牧場なの?」
「ロンロン牧場? マロン達が住んでるって言ってた所か! あそこで竜の子を預かって貰えないかな?」


リンクは期待を込めて言うが、果たして竜なんて牧場で預かれるのだろうか。
今はまだ小さいので大丈夫かもしれないが、竜の成長速度が分からない。
イメージ的には成長が遅いような気もするけれど、この世界の竜の事がよく分からないので断言は出来ない。
しかし、あの子竜をいつまでも連れて行けないのは変わらない訳で……。
このままでは埒があかないので、駄目元で行ってみる事になった。



だいぶ遠くに見えていたが、それ以上に歩いたような気もする。
子竜が変わらず後を付いて来る中、見えた建物に辿り着いたリンク達。
入り口の門をくぐり崖に挟まれた坂道を上る。
高台に作られたそこはロンロン牧場で間違い無いようだ。
右側に動物小屋、左側に住居、その奥には広大な放牧場が見える。


「誰か居ないのかな?」
「待って、歌声が聞こえる」


奥の放牧場から聞こえる歌声。
昨日ホロ馬車の荷台でマロンが歌ってくれた歌だ。
そちらの方へ行ってみると、馬が沢山居る広大な放牧場の中央、マロンが馬を磨きながら気持ち良さそうに歌っているのが見えた。
駆け寄ると彼女の方も気付く。


「やっほーマロン!」
「あ、妖精クン! それにカヤノ!」


ぱっと花が咲くような明るい顔で言ったマロンに、リンクだけがずっこけそうになる。


「な、なんでオレだけ“妖精クン”なんだよ!」
「森の妖精のコなんでしょ? カヤノは違うって言ってたし」


悪意など微塵も無い笑顔で言うマロンの思考回路について、カヤノは少し考える。
夢見るお年頃の彼女にとって、妖精を連れた神秘の男の子は憧憬の存在なのだろう。
いわゆる“王子様”“騎士様”のような感じで、存在を強調する為に“妖精クン”と言っているのではないだろうか。
碌な自由が無く学校の図書室で本を読む事で空想を繰り広げていたカヤノは、そういった憧れを持つマロンの気持ちが充分に理解できた。


「こんなに早く来てくれるなんて嬉しい! グエーが増えてからお客さん減っちゃったんだもん」
「グエー?」
「鳥の魔物よ。前はこんな事なかったのに、夜になると多くて」


マロンは困り顔で言う。
そのせいで動物達にストレスが増え、牛はミルクの量が減るし、寝不足になって体調を崩す馬や落ち着きを無くすコッコも出て来たのだとか。
魔物の増加について、ナビィが確信を持って告げる。


「きっと邪悪な気配が強くなってるせいよ。ワタシも感じるわ」
「じゃあガノンドロフ関係って事かな。カヤノ、助けてあげようよ」
「ええ、勿論。ねえマロン、その魔物は夜にしか出ないの?」
「昼にも少しいるけど、大体は夜ね。……え、退治してくれるの?」
「大変そうだし見過ごせないよ。な、カヤノ、ナビィ!」


明るい笑顔で言うリンクにマロンは少々呆然としたような顔を見せた。
しかしすぐ同様に笑顔になると、元気に礼を言う。


「ありがとう、ホンット困ってたの! じゃあ今日は泊まって行って。そうだ、夜になるまで牧場を案内してあげよっか!」


特にやる事も無いので、被害状況の確認も兼ねてマロンの提案に乗る事にした。

この放牧場は周囲がトラックになっており、馬が思う存分 走り回る事が出来るようになっている。
グエーは主に放牧場やトラック、その周囲に出現し、そこから鳴き声を上げたり動物小屋へちょっかいをかけに行き、それが動物達のストレスになっているという。
建物への被害は特に見受けられない。
案内してくれるマロンに付いて行くリンク達だが、ふと彼女がリンク達を振り返り、更にその背後の子竜へ視線を向けた。


「ところでそのコどうしたの? ひょっとして、竜?」
「あ……うん。竜の子。懐かれちゃって付いて来るんだよ。あのさマロン、この子をここで預かってくれないかな?」
「うーん……そうねえ……。動物達を食べたりしない? どのくらいで大きくなる?」
「わ、分かんない……」
「それじゃあちょっと様子見ね」


この大きさでは牛や馬は食べられないだろうが、コッコ程度の大きさであれば襲い掛かる可能性も捨てきれない。
安全が確認できるまでは預かれないのも当然だ。
取り敢えず今は大人しくしているので、好きにさせる事にする。

次に案内されたのは動物小屋。
今は殆どが外に放牧されている為に数頭の牛や馬しか居ないが、その中に大きなピッチフォークを手にした男性が一人。
少々ヒョロ長い体格だが、それよりも立派な眉毛と尖ったヒゲが印象的だ。


「あの人はインゴーさん。この牧場を手伝ってくれてるの」
「仕事中みたいね……そう言えばマロン、タロンさんはどこに居るの?」
「あー……とーさんは……」


少々気まずそうに目を逸らすマロン。
どうしたのかと思っていると、突然インゴーがこちらを向いた。
ビクリと体を震わせたリンク達に構わず、苛ついた様子で口を開く。


「タロンのダンナは夜までグーグー昼寝。この牧場の仕事は殆どおれ任せだ」
「ええ、インゴーさん。うちが持ってるのはみーんなアナタのおかげよ」


その言葉にもさも当然という態度で、いっそインゴー牧場に改名しろ、なんてブツブツ言っている。
マロンが言うには、愚痴っぽいが悪い人ではないらしい。
仕事はきちっとするし動物も可愛がっていると。
グエーが現れてからも彼が動物達を宥めているため、ストレスで体調は崩しても病気にはなっていないそうだ。

どうやらタロンは本当に昼寝しているようで、石造りの立派な家の方へ訪ねてみると、コッコに埋もれるようにして寝ている彼の姿が。


「とーさん起きて、お客さんよ!」
「んあ……?」
「お、お邪魔してます……」
「おー、リンクにカヤノ。遊びに来ただーか? ゆっくりして行くだーよ……」
「ちょっと! 妖精クン達がグエーを退治してくれるって……!」


喋っている最中にもうとうとし始め、すぐに寝てしまうタロン。
このノンビリ具合には、リンクとカヤノも顔を見合わせて苦笑するしかない。


「いいよマロン、無理に起こさなくて。それよりもっと案内してくれよ。オレさっき馬がたくさん居た所にもっかい行ってみたい!」
「ごめんね。じゃあ放牧場に行きましょ」


もう一度 放牧場へと向かうリンク達。
カヤノとしても地形を確認する為に戻りたかった。
どうやら照明の類いは無いようなので、夜になれば月明かりだけが頼り。
地形を覚えているのといないのとでは大違いだろう。

柵に囲まれた放牧場へ行くと、リンクは興味津々で馬に近づいて行く。
ひょっとして気に入ったのだろうか。


「なあマロン、触ってもいい?」
「いいけど慣れるまでは後ろから近づいちゃダメよ。正面とか横とか、見えやすい位置からゆっくり近付いてね」
「馬って顔の周りがあまり見えないから、馬の方からの確認を待ってから触った方が良いのよね?」
「そうそう。カヤノひょっとして馬でも飼ってるの?」
「……前に」
「へー、もしかしてカヤノの家も牧場?」
「ううん。家の仕事で乗ってただけ」


神事で流鏑馬などをする事もあり、信頼関係を築く為に馬と触れ合う事は多かった。
それにしても……家族を殺してから時間が経つにつれ、巫女として生活していた頃を思い出す事が増えたような気がする。
コキリの森で暮らしていた時はそうでもなかったのに、旅に出てからはちょくちょく思い出して苦しい思いをする。

これも罰の一環なのだろうか。


「ねえマロン、一頭だけすぐ逃げちゃうんだけどー!」


カヤノの思案はリンクの大声で中断された。
見れば一頭の子馬が居て、歩きながら近寄るリンクから逃げていた。
そちらへ歩み寄るとすぐ子馬はマロンの方へやって来る。


「この子はエポナ。ちょっと人見知りなの。……そうだ、昨日 妖精クンと一緒に演奏した歌を聞かせてみない?」
「昨日の曲? やってみる!」


マロンの歌に合わせオカリナで演奏を開始するリンク。
穏やかな旋律が優しく牧場に響き、他の馬達も寄って来る。
カヤノとナビィ、ついでに子竜も聞き入っていたが、ふと気付くとエポナという名らしい子馬がリンクへ近寄っていた。
すぐ側に寄って体を擦り付け、嬉しそうに足踏みし始める。


「エポナったら妖精クン気に入ったみたい!」
「ははっ、よしよし」


満面の笑みでエポナの背を撫でてあげるリンク。
それを微笑ましく見ていたカヤノは、小さな音を聞いて背後を振り返った。
そこには例の子竜が寂しそうな眼差しでカヤノを見ている。
くるるる……と喉を鳴らすような鳴き声に、自分を呼ばれているような気がした。

カヤノは子竜に近寄るとその体を抱き上げる。
大きな瞳で見上げて来る子竜を見ていると、どうにも愛おしさが込み上げて来た。


「……名前つけてあげようか」


経緯はどうあれカヤノはこの子の所有権を得ている訳だ。
逃がしたけれどこの子の意思で付いて来た……なら相手ぐらいしてあげなければ。
どんな名前が良いか、リンクがはしゃいでエポナに乗せて貰っている間も考えて、ふと思い付いた名前で子竜を呼んでみる。


「ナーガ、なんてどうかな?」


言うと、子竜は嬉しそうな笑みで鳴いた。
一昨日ダークにも名前つけてあげたな、なんて思い出して、少し微笑ましい気分になったり。

やがて日が暮れ、夕食をご馳走になった後に放牧場へやって来たリンク達。
マロン達は危ないので家の中に居て貰っている。
月明かりがそこそこあるので思ったよりは暗くなく、これなら照明が無くても何とかなりそうだ。


「……いるいる。あれがグエーね」


ナビィが空を見ながら呟くように言った。
見た目は頭の大きなカラスといった風。
実際のカラスより体は大きいが。


「あいつは敵を見付けたら突っ込んで来るけど、動きは遅いわ。引き付けると攻撃を当てやすいよ!」
「オッケー。カヤノはパチンコで援護して」
「分かった」


飛び回るグエーの下に近付いて行くと気付いた奴から突っ込んで来る。
しかしナビィの言う通り、動きがノロノロとしてだいぶ遅い。
リンクが先行する事で狙いが彼に定まり、そちら目掛けて攻撃を仕掛けようとするグエーを、カヤノは少々遠い位置からパチンコで撃ち落とす。
リンクはリンクで、複数まとめて近付いて来るグエーを充分引き付けてから、剣を振り上げて次々と倒して行った。


「リンク、カヤノ、新しい群れが来たわ!」


ナビィの声に彼女の見ている方へ視線をやると、複数のグエーがこちらへ向かって来る。
更に反対側からも数羽が群れを成して飛んで来ていた。


「弱いけど多すぎるよコイツら!」
「どうにかして纏めて倒せないかな……」


忙しなく剣を振ったりパチンコを撃ったりしていると、余裕が減り攻撃が外れるようになって来る。
そのうち周囲を取り囲まれる程の数になり、このままでは隙を突かれてやられてしまいかねない。


「リ、リンク! 一旦引いて体勢を立て直さない!?」
「そう、だね、ちょっとキツイ……」


二人で協力して固まった群れの敵を倒し、攻撃に隙が出来た瞬間に走り出す。
……いや、走り出そうとしたその時、目の前に意外な者が居て思わず立ち止まってしまった。

そこに居たのは竜の子。


「ナーガ!? どうして来たの、危ないわ!」
「え、ナーガって、カヤノいつの間に名前を……」
「それどころじゃないよ二人とも、逃げるの!」


ナビィが声を上げたその時、飛び上がったナーガが口から火を吐いた。
攻撃を仕掛けようと向かって来ていた複数のグエーが焼かれ、残ったグエーは尻込みして距離を取る。


「すごいなお前、火を吹けるんだ!」
「数が減った……怯んでるし今なら行ける、一気に倒そう!」


勇気が湧いてもう一度グエーの群れに立ち向かう。
ナーガの協力もあって次々と倒し、順調に数を減らして行った。

そろそろ全滅させられるか……と誰もが思った時、今までのものとは違う大きな羽ばたきの音が響く。
思わずそちらを見たリンク達の目に飛び込んだのは、他の個体の数倍はあろうかという巨大なグエー。


「で、でっかぁっ!?」
「来るよ、構えて!」


動く速度は他のグエーと変わらないが、大きさでついつい身構えてしまう。
ナーガが再び火を吹いてくれたがあまり遠くまでは届かない。
だがその炎の明かりに目が眩んだらしい大グエーにカヤノがすかさずパチンコを撃ち込むと、バランスを崩して地面へ落ちて来る。


「リンク、今よ!」
「たあぁーっ!!」


剣を振り上げつつ跳び上がり、渾身の力を込めて振り下ろした。
大グエーが邪気の塊となって消失すると、もうグエーの増援は現れない。
奴がグエー達のボスだったのだろう。


「はぁ……弱かったけど疲れた」
「マロン達に報告して、今日はもう休みましょう」
「さんせー……」


欠伸をしながら家の方へ向かって歩き出すリンク。
ふとその進行方向に居たナーガを目に映すと、楽しそうな笑みを浮かべて抱き上げる。


「お前って戦えたんだなーナーガ! カヤノにいい名前も付けてもらって良かったじゃん!」


揉みくちゃになる程に撫で回してあげるリンクに、ナーガの方も喉を鳴らして気持ち良さそうにしている。
リンクはナーガを頭へ乗せるように抱え、そのまま歩き出した。


「なあカヤノ、こいつ旅に連れて行ってやらないか? オレ達に付いて来たがってるし、戦えるみたいだし」
「ええ、異論は無いわ。一緒に来るでしょナーガ?」


カヤノの問い掛けに、きゅう、と可愛らしい鳴き声で応えるナーガ。
旅は道連れ。頼もしい仲間なら多い方がいい。

マロン達にグエーを全滅させた事を伝えると、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
これで動物達もストレスで体調を崩すような事は無くなる筈だ。
夜も更けてリンクとカヤノは客間に案内され、そこで就寝する事に。

眠ってからどれくらい経っただろうか、ふと何か妙な物音が聞こえた気がしたカヤノは目を覚ます。
どうも音は出窓の方からのようだ。
二階にあるこの部屋は、屋根に付いている出窓から牧場や平原を眺める事が出来る。
カヤノのベッドは出窓のすぐ側にあり、どうにも気になったカヤノはベッドから降りると、出窓の方へ近付いて窓を開ける為に手を掛けた。

……瞬間、出窓の外に人の顔が現れ、思わず悲鳴を上げる。


「きゃあっ!?」
「わっ!? ……カヤノ?」


その悲鳴にリンクとナビィが飛び起き、声のした方へ視線を動かす。
そこには昨晩ゼルダ姫を狙って来たのと同じ格好をした女が居て、カヤノを抱えて今にも窓から出て行こうとしている光景が。
片腕で小脇に抱えられているカヤノは暴れているが、如何せん体格が足りない。


「いやっ! 何するんですか、放して下さいっ!」
「ッチ、小僧が起きたか。引き上げるぞお前達!」
「カヤノを放せっ!」


リンクはベッド脇に置いていた剣を手に駆け寄るが、間一髪の所で窓から脱出されてしまう。
すぐさま後を追い掛けて屋根に出るものの、数人の女達は軽やかな動きで屋根を伝い、もう牧場の外へ出ようとしている。


「待てぇぇっ!!」
「アンタ達、カヤノを返しなさい!!」


追いながら声を張り上げるリンクとナビィ。
ナーガも遅れながら出て来て鳴き声を上げるが、誘拐犯がそんな事で止まる訳は無い。


「リンク、リンクーーーッ!!」


カヤノの悲鳴は素早く遠ざかって行き、やがて聞こえなくなる。
闇に紛れた女達の姿はどこにも見えなくなり、後に残されたのは息を切らして立ち竦むリンク、わなわな震えているナビィと泣きそうな顔で地面に伏したナーガ。


「……どう、しよう、ナビィ……」
「どうするもこうするも、助けに行かなきゃ! カヤノをどうするつもりなのよアイツら……!」


ゼルダ姫を狙った者達が、なぜカヤノまで狙ったのか。
まさか姫と間違われた訳ではないだろうが、だからといって他に理由などサッパリ思いつかない。
そもそもあの女達がどこの誰かすらリンク達は知らないのだ。


「一体何者なんだよ、どこに行ったんだよ!」
「奴らはゲルドの女戦士達だ」


突然、リンク達の誰でもない声が背後から聞こえた。
瞬時に振り返ったリンクは、そこに居た人物に思わず飛び退る。
自分と同じ容姿をしているが、その服は闇を吸ったような黒。
肌の色はやや悪く、髪は銀色、瞳は真っ赤に染まっている。


「オ、オ、オレが居る!?」
「アナタはダーク……!」
「へ? ナビィこいつと知り合いなの?」
「うん、ちょっとね……」


ダークは狼狽えている二人を気にする事も無く淡々と歩み寄り、女達が消えたであろう方向を無表情で見据える。


「このハイラルの西にゲルド族が住まう砂漠がある」
「ゲルドって、ガノンドロフの……!」
「そうだ。方向からしてカヤノはそちらへ連れて行かれたようだ」


言葉は抑揚の少ない平坦な声で、顔は無表情のまま鉄のように変わらない。
ちょっと前までのカヤノみたいだな、なんて、カヤノ本人も思った事をリンクは思った。

だが今気にすべき事はそれではない。
あの女達が何者か分かった、カヤノが連れ去られた場所も分かった。
ならばすぐにでも助けに行かなければ。


「えっと、ダークだっけ。お前も来るのか?」
「当然だ。カヤノが危険に晒されているのなら助ける」
「……カヤノとどういう関係なんだよ。どこで知り合って……」
「俺はお前のせいで生まれたんだがな」
「え?」
「二人とも、その話は後で! 急いで砂漠へ行かなきゃ!」


ナビィの割り込みで会話は中断され、改めて西へ向かう決心をするリンク。

すると牧場の方から、何かがこちらへ向かって来るのが見えた。
月明かりの下に現れたのは、マロンと子馬のエポナ。


「マロン、エポナ! どうしたんだよこんな夜中に!」
「こっちのセリフよ。何だか騒がしくて目が覚めちゃって、表に出てみたらエポナがどこかへ行こうとしてるんだもん。気になってついて来たんだけど……一体何があったの?」
「実はカヤノが……あ、そうだ! マロン、エポナを貸してくれない!?」
「ええっ? ちょっと待って、きちんと説明して! そもそもなんで妖精クンが二人もいるの?」


半分寝ぼけ眼のマロンに、カヤノが攫われた事を伝える。
ダークの事は知らないので詳しい事は言えないが、ひとまずナビィが何も言わないので仲間だという事にして、納得して貰った。
マロンは初め冗談か何かだと思っていた様子だったが、リンクが真剣な様子を崩さないので事情を飲み込み、受け入れる。


「ひょっとしてエポナ、妖精クン達を助けてあげたいの?」


その言葉にエポナは強気さを感じる様子で鼻を鳴らし、軽く嘶いた。
マロンが連れて来たのではなく、どこかへ行こうとしていたというエポナ。
真相がどうかは分からないが、西の砂漠は遠いらしいので足が欲しい。
手伝ってくれるというのなら存分に頼らせて貰いたい。


「……分かったわ。あたしもカヤノが心配だし、エポナも行きたそうだし。だけど約束して。絶対にみんなで無事に帰って来てね」
「ありがとうマロン! エポナは絶対に無事に帰すよ!」


リンクはナーガを頭にしがみ付かせてエポナに乗り、遙か西の方角を見据える。
そう言えばダークはどうしよう、と思って振り返ると、月明かりに浮かんだリンクの影目掛けてダークの体が吸い込まれ、そのまま一体化してしまった。


「うわ、え、ええっ……」
『俺は砂漠に着くまでこのままで居る。急げ』
「い、言われなくても分かってるよ!」


もう一度マロンに礼と挨拶を言い、夜の平原を西へ向けて進むリンク達。
まだ月や星の力は強いが、ほんの少しずつ空が明るみ始め、そろそろ明け方になろうかという時間だった。





−続く−



- ナノ -