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1章 脱出



なぁ、神とやら。
あの子は貴方に愛されたのか? だから命を終える事になったのか?

それなら、もし……あの子が助かったら、

貴方はあの子を見放したと言う事になるのか?


++++++


「ルミザ殿下こっちだ!」


もう国籍不明の軍隊は城へ突入しているらしい。
視界に困る事の無くなった廊下をルミザはヘクトルに手を引かれ、逃げる。
エリウッドとロイは後ろから付いて来ていた。

せっかくエリウッドが持って来てくれた花は、逃走のどさくさで踏み潰された。
無残に床に散らばった花々を見たルミザはそれを自分の運命と重ねる。
それが自分だけの運命ならばいいのだが、下手をすれば家族さえも……。


「お願い、お父様達の所へ行かせて!」
「姫、無茶です! あちらにはもう、敵軍が突入しています!」


エリウッドがルミザを諫めるが、彼女はしきりに家族が居るであろう方を振り返る。
そちらからは戦いの騒音が聞こえるだけで、当然家族は見えない。

突入して来たという国籍不明の軍隊。
一体どの国の軍隊で何が目的なのか。
太陽が昇りかけている事に気付き、エリウッドが廊下の窓から外を見る。
外は明るく城の外を取り囲む軍隊が実際に見えたのだが。


「旗印までは見えないな。やっぱり、どこの軍隊か分からない」
「兄貴、確かに軍隊か?」
「間違い無いだろう」


あの大人数、統一された鎧、あの統率力。
そこらの野盗の類ではない事は明白だ。
この国に一体何の用か。
自国の危機に不安そうに顔を曇らせるルミザ。
己1人だけが命を終わらせる筈だったのに、今、きっと多くの兵が命を落としている。
何故こんな事になっているのかと、胸を痛めずにはいられない。

そうやって落ち込むルミザにロイが声を掛ける。
悲しげな声と視線にいたたまれなくなったルミザは顔を逸らしてしまった。


「な……なぁルミザ様、そんな顔するなよ。オレさ、ルミザ様がそんな悲しそうな顔してるの苦手なんだ。俺まで悲しくなっちゃうよ」
「ごめんなさい、ロイ。私、今……笑えない……」
「……そうだよな。オレもゴメン、ルミザ様。無理言っちまった」


早くこの状況を何とかしなければ、ルミザの笑顔など見れっこない。
尤も、この状況を何とかした後に待つのはルミザの死だが……。

ルミザ達は駆けた。
有事の際に脱出する経路を頭に叩き込んでおいて良かった、世の中何があるか分からないと、4人とも少しだけホッとしている。
しかしそのうち、喧騒がどんどん近付いて来た。
武器と武器がぶつかるような甲高い音、幾人分もの悲鳴や呻き声、慌ただしい足音や内容は分からないが人の話し声など、敵か味方かも分からない。
そして、ついに。


「居たぞ、第4王女だ! 捕らえろ!」
「!!」
「ヤベッ…!」


数名の兵に見つかった。
今の言葉からしても纏う鎧からしても味方でない事は明白。
ルミザを狙って向かって来る。
4人は駆けるが、このままではいずれ追い付かれてしまう…!

すると突然、ロイが方向転換をして武器を構えた。
そのまま追って来る数名の兵に向かって行く。
3人がロイを呼ぶものの彼は振り返りもしない。


「兄貴達はルミザ様を連れて逃げろ!」
「馬鹿を言うな!」


エリウッドが声を張り上げるが、ロイに
「じゃあここでルミザ様が捕らわれていいのか!?」
と言われ、黙り込む。

ロイが敵兵と戦闘を始めて、いよいよ猶予は無くなった。
泣きそうに顔を歪めて名を呼ぶルミザの声に、ロイは少しだけ振り返る。
そして軽く微笑み、


「ルミザ様……。絶対、無事で居てくれよな」
「……!」


それだけを言って、戦いつつ敵兵を反対方向へ誘導して行った。
ルミザは2人に縋るが、2人は悔しそうに歯軋りをした後ルミザの手を引き走り出す。


「待って、お願い! ロイを助けて!」
「向こうは敵だらけだってさっき言っただろ! お前が捕まっちまうぞ!」


ヘクトルの言葉に、血の気が引くルミザ。
そんな所へ、ロイはたった1人で……!

エリウッドも悔しそうに歯軋りするだけで振り返りもしない。
いくら生贄として命を落とす予定だったとしても、ルミザは主君たる存在。
彼女をを守る為に実弟を見捨てる覚悟で、無言を貫きただ駆け続けた。
優しくて家族思いの彼がそんな事をして辛くないはずは無い。
しかしルミザには何も出来なかった。ただ手を引かれて逃げる以外。


「いや、戻って来て…! お願い、ロイっ!!」


ルミザの叫び声は、ロイに届く事は無かった。


++++++


3人は走り続け、ようやく脱出口に辿り着いた。
有事の際に利用するよう作られたここには、ある程度の武器や資金、馬が繋いである。
泣きそうになりながら城を振り返るルミザにかける言葉など見つかる訳もなく、ヘクトルとエリウッドは辛さを紛らわすように準備をする。


「姫、お乗り下さい」


馬に跨ったエリウッドが片手を差し伸べルミザを乗せようと招いた。
ルミザは城に残った家族やロイが気掛かりで躊躇っていたが、やがて怖ず怖ずエリウッドの手を掴み馬に相乗りする。

敵軍が侵入している以上、今はまだ城下へ逃げるには危険だろう。
まずは王城裏手にある神殿へ身を潜めるためそちらへ向かう事に。
ルミザとエリウッドが馬に乗ったのを確認して、ヘクトルも用意したもう一頭の馬に乗ろうとした瞬間…。


「暫しお待ち頂けないだろうか、ラエティア国第4王女ルミザ殿」


知らない男の声が響き、思わず3人は振り返る。
そこに居たのは30代半ばと言った感じの、整った顔立ちをした薄い青緑の髪の男だった。
身に着けている服や鎧、武器などで、高い地位に居る者だと窺える。
自国の者ではない。
つまり今城を襲撃している国の者だ。
ひょっとしたらこの男が指揮官かもしれない。


「……どなたです?」
「そうか、貴女は私の兄とその息子にしか会った事がないのだな。私の事を知らずとも無理はない」


この男の兄と、その息子には会っている……?
この男は、身なりからして高い地位に居る者のようだ。
そいつの兄とその息子には会っている……。
つまり、ある程度友好関係のある国が侵略して来たと言う事。3人とも衝撃を隠せない。
まだ馬に乗っていなかったヘクトルが斧を構えて威嚇し、エリウッドも剣を手にした。


「この国に何の用があって来たのかは知らねえが、早々に立ち去ってもらおうか」
「この国には用など無い。ルミザ殿、私が用があるのは貴女だけだ」
「!?」


ルミザは動揺する。
どんな用かは知らないが、自分のせいで、こんな戦いが起きてしまったのだろうか……。
ヘクトルが男とルミザの間に立ちはだかり、エリウッドも自分の前に乗っているルミザを庇うように掴んだ。

男はそんな彼らを見て、やれやれと言った調子で肩を竦める。
余裕があるのだ。それなりの手練であるヘクトルやエリウッドに負けはしないと。
男の雰囲気からして、相手の実力も読めない程の雑魚とは思えない。


「そう警戒せずともいいだろう。折角土産をお持ちしたんだ」


一体何のつもりか分からない。
先ほどから笑顔を崩さず余裕をかましている男は、一層笑みを深める。
そして警戒する3人を前に、後ろに控えていたらしい兵士を呼んだ。
数人の兵士達は皆一様に袋を持っている。

兵士達が持っている袋からは、赤い液体が滴り落ちている。
強まる生臭い臭い。


「ルミザ殿、私から貴女へのお土産です」


男が指を鳴らすと、兵士達が袋から何かを落とす。

……一瞬静まり返った後、ルミザの絶叫が響いた。


「いやあああっ!!」
「見るな、殿下!」
「姫っ!」


ヘクトルが傍へ寄り、エリウッドがルミザの視界を遮るように彼女を抱き締めた。

……袋から落ち地面に転がったのは、ラエティア王族の首。
王家で育ったルミザにとっては家族同然の王や王妃、兄姉や弟妹達、体から切り離され首だけになった彼らが、ただの肉塊となってそこに居た。

怒り心頭のエリウッドが泣きじゃくるルミザを片手で抱き締めたまま、馬上からレイピアを男へと向ける。
その男は整った顔立ちで品が良く見え、とてもこんな暴挙に出るとは思えなかった。


「貴様っ……!」
「お気に召しましたかな? ルミザ殿」
「フザケんなっ!」


にっこりと微笑んだ男にヘクトルは対峙する。
男は笑みを崩さぬまま手にしていた槍を構えた。
エリウッドが心配そうに声を掛けると、ヘクトルは小声で応える。


「エリウッド、ルミザ殿下を連れて神殿へ逃げろ。オレが時間を稼ぐから」
「何だって……?」
「お前も分かるだろ。あのオヤジは強いみたいだ」


捨て身の行為。
確かに相手はたった数名だが、あの薄緑の髪をした男は纏う雰囲気が違う。
笑みを崩さぬまま隙は微塵も生み出していないようだ。

ルミザが捕まってしまえば、何をされるか分からない。
奴が彼女に用事があるのだったら何が何でも渡してはならない。
しかし弟を失ったも同然のエリウッドは、親友まで失いたくなかった。
これ以上犠牲など出したくないのに、こうでもしないと逃げられそうもない。


「オレ達でルミザ殿下を助けるんだろ? あんな野郎に渡してたまるかよ」
「……」


やるしかないのか、こうしなければルミザを逃がせないのか。
エリウッドが一瞬考えた隙に、ヘクトルが彼らの乗った馬を蹴った。
驚いた馬が走り出す。


「え……!?」
「ヘクトルっ!」


慌てて手綱を握るエリウッドだが、馬はなかなか止まらない。
やがて、もうやるしかないと意を決したエリウッドは、馬を操りそのまま神殿へ向かう。


「エリウッド、まだ、ヘクトルが…! お願い、馬を止めて!」
「姫、彼の行動を無駄にする訳には参りません! このまま、神殿へ行かせて頂きます!」
「待って、お願い!」


ルミザがどんなに頼み込んでも、エリウッドは馬を止めない。
弟に引き続き親友までも犠牲にして逃げ無ければならない、エリウッドだって身を引き裂かれそうな思いだった。
しかしやるしかない、ここまで来てルミザを引き渡す訳になどいかない。

ルミザもそんなエリウッドの思いに気付き、ぐっと息を詰まらせる。
窒息しそうな苦しさは胸の痛みに比例してどんどん大きくなっていく。
たまらずヘクトルを呼んだルミザ絶叫が、夜明けを迎えた辺りに木霊した。


++++++


「さ、相手して貰おうか。どっかのお偉いさん」


愛用の戦斧を構え、男に対峙するヘクトル。
相手の余裕と稀薄に気圧されないよう、こちらも余裕であるふりをする。
たとえ気休めでも士気は己の思い込みが大事でもあるのだ。

男の方はやれやれと溜め息をついて、槍を構えた。
斧と槍。
武器の相性としては、斧の方が有利だが……。


「その程度の事で私との実力差を埋められるなどとは思わない事だな、オスティア侯弟ヘクトル」


槍を構える男の姿は、隙が掴めない。
周りの兵士達を下がらせている所から見て、戦好きで尚且つ実力に自信があるようだ。
自分の読みは当たっていたと、ヘクトルは緊張と高揚が同居する心を奮い立たせる。


「……?」


ふと、そこで気付く。

男が持っている槍は、かなり立派な物だ。
その槍には見事な紋章が彫られている。


あの紋章は、確か、


槍の名門の……。


++++++


ルミザとエリウッドを乗せた馬が、神殿への山道を駆けて行く。
ロイやヘクトルを気にして飛び降りようとさえしていたルミザだが、その度にエリウッドに止められ、やがて大人しくなった。
そして、神殿が見える。

大陸の南西にあるラエティア王国。
王都は国の西の海岸沿いにあり、一番西が海、東へ順に港、街、城があり、周囲をぐるりと山に囲まれた天然の要塞。
道は街の南北を挟む山間に関所があり、そこ以外の山は全て険しくてとても登れない。
やはりその関所を突破されたのだろう。
しかし街から城への道は山道で、城は高い位置にあり街や港、海を見下ろす事が出来る。
いくら夜間だったとは言っても、あれだけの軍隊を連れて気付かれずに侵入出来るのだろうか?
何にしても、今は確認の仕様が無い


「姫、着きました」


覚えてなどいないが自分が捨てられていたという神殿。
普段はあまり立ち入らず、祭事の時などに何日か滞在する事があった。
ここの司祭が18年前に邪神の声を聞き、そして表に明かす事の出来ない歴史が始まった訳だ。

先に馬から降りたエリウッドが手を差し出したので、ルミザはその手を掴んで馬から降りた。


「司祭様はご無事かしら」
「こっちまでは敵も来ていない筈です」


神殿の入り口を開き、中へと入る。
奥に、修道士や修道女を伴った司祭が居た。


「ルミザ王女、ご無事だったのですね! 城の者から敵襲の連絡を受け、心配しておりました!」


老齢の司祭は、その瞳に涙を溜めてルミザへ駆け寄った。
彼がルミザを発見し、国王に報告したそうだ。
ルミザには特別に目を掛けており、こっそり神殿に来ては話をせがむ彼女に、聖神の物語や童話、伝承などを聞かせてくれていた。
ルミザにとって祖父のような人物が無事で、彼女もホッと息を吐く。


「司祭様達も、ご無事で何よりです。……あの、邪神の事ですが……・」
「ええ、ええ。ご心配召されずとも、お逃げ頂く準備は整っております」
「……え?」


司祭の言葉に、ルミザが驚いて固まった。
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったらしい。
すぐにエリウッドがその動作に反応する。


「まさか姫! こんな時まで生贄になるなどとお考えだったのですか!?」
「私が生贄になれば、戦いが収まるかも……」
「何をおっしゃっているんですか、あれは邪神の差し金ではなく、他国からの侵略です!」


エリウッドの反論に、司祭も重々しく頷く。
どうやら、いつも来る邪神からの語りかけが全く無いらしい。
二度とない機会、このまま逃げるべきだという司祭に、ルミザは困惑して首を振る。

自分が生贄にならなければこの国に災いが起きてしまう。
18年前そうなったと伝え聞くように、作物の不作や疫病が流行ってしまえば、国民達すべての暮らしが脅かされてしまうだろう。
自分1人が命を捧げれば、国中の人間が助かる。
逆に言えば自分1人が生き延びる事で沢山の命を奪ってしまうのだ。
そんな事、耐えられない。


「しかし姫、貴女が命を邪神に捧げた後、この国はどうなりましょう」
「エリウッド?」


こんな事を傷心している彼女に言いたくなかった。
しかしこれは現実、ルミザを納得させるにもこれ位は言わないと駄目だろう。
エリウッドはそう考え、辛さに少しだけ顔を顰める。


「貴女以外の王族は皆、亡びました。その上貴女まで命を失えば、国を再興する者は居なくなります」
「それは…」
「貴女は確かに拾い子で王家の血は流れておりません。しかし、ラエティア王国第4王女という地位に変わりはないはず」


どこの国かは知らないが、侵略して来た国がラエティア国民に圧政を敷くかもしれない。
王族の首を切り落としそれをルミザに見せ付けるような事をする国だ、充分に不安がある。
もしそうなった時に王家の者が助けてくれれば、どれだけ国民は救われるだろうか。
国民の事を思うなら絶対に生き延びるべきだとのエリウッドの主張。

しかし逃げ延びて、どうすればいいのだろうか。
その間、邪神の脅威に晒される国民を放っておいていいのか。
ルミザの言いたい事が分かったのか、司祭が真剣な表情で話し出す。


「邪神の事が気になりますかな、ルミザ王女。……実は、邪神を何とかするために貴女にやって頂きたい事があるのです」
「私に…?」
「危険な目にも遭いましょう。そんな事を、貴女にさせたくはないのですが」


ルミザは少しだけ躊躇いを見せたが、元々邪神を鎮める為に命を捧げるつもりだったのだ。
今更、命を失う危険に逢おうが平気だ。
邪神を何とかできるのならば、今後、生け贄を捧げずともよくなるのならば、出来る事はやりたい。


「邪神を何とかできるのならば、やります。何をすればいいのですか?」
「やって頂けますか。有難うございます」


ルミザの決意を聞き、司祭は話し始めた。
司祭は最初の生贄、国王の娘を邪神に捧げた時から考えていたらしい。
単なる想像上の存在だと思っていた邪神が実在したのだから、邪神に対を為す存在、聖神も実在するのではないかと。
この18年間調べられる物を調べ尽くし、ようやく手掛かりを掴んだと言う。

この大陸には、それぞれ各地に7人の巫女がいるらしい。
一体何の巫女かと探りを入れた所、どうやら“虹”を司っていると思われると。
虹……空に架かる神秘の存在は、一部の地域でしばしば信仰の対象にされて来た。
また虹の神は聖神の右腕としても知られ、高位な神とされている。
虹を司る者は空を司り、空には聖神の住む天の国があると言われている

その聖神ならば邪神を倒せたりするのだろうか。
元々想像上の話だと思われていたのでいまいち信じる事が出来ない。
しかし、司祭が次に口にした言葉は……。


「実は、このラエティア王国に居る巫女とは先程連絡が取れまして。“ラエティア王国第4王女のルミザ王女になら会ってもいい”と言う事なのですが…」
「私に? 何故…」
「それは分かりません…」


何にせよ、邪神を倒せる可能性があるのなら、そしてその可能性が自分を呼んでいるのならやってみようと、ルミザは思った。
司祭はルミザに巫女の住む場所への地図を渡し、道中の無事を祈る。


「ルミザ王女、貴女に幸運がありますよう……。神よ、我らが王女をどうかお護り下さい」
「有難うございます、司祭様」


ルミザは祈りを受け取ると、さっそく出発の準備を整える。
早くしなければ敵兵がここへやって来てしまうかもしれない。
司祭から心ばかりの餞別を受け取ると、神殿を出て馬に乗った。
修道士の一人が、街まで下りられる隠し道を教えてくれる。


「では司祭様、行って参ります。ご自愛下さいませね」
「えぇ。王女もエリウッド様も、どうかご無事で……」


馬が嘶き、軽やかに走り出した。
城を横目に2人を乗せて。


++++++


山道を下り街へ出た。
民の姿が見えないのがせめての救いかもしれない。
普段なら仕入れなどで起きている民が居てもおかしくない時間帯なだけに。

この国はどうなってしまうのだろうか。
国民や貴族、城仕えの者達が酷い目に遭わされなければいいが……。
支配された国の民が受ける屈辱は想像に余りあった。
自衛の手段として、そうなる可能性を散々聞かされて来たから。
侵略して来た兵たちが民に無体な事をしないよう祈るばかりだ。
街にも敵兵が居て見つからないように避けながら進む。


「姫、国を解放したいのならば、やはり邪神を鎮めなければ。こんな事になってしまったからには尚更」


今回、生贄を捧げなかった事で邪神は怒っているかもしれない。
その邪神を何とか出来る可能性を持つ巫女は、ルミザになら会ってもいいと言っているのだ。
ルミザがやらなければ、最悪の事態が起きかねない。


「……私がやらなければならないのね」
「はい。そして勿論、僕もお手伝いをさせて頂きます」
「有難う……」


自分の後ろに座り力強く支えてくれるエリウッドに、ルミザは感謝の気持ちでいっぱいになる。
彼が居なければ、本当に自分は何も出来なかった。
そして、ロイとヘクトルも……。
城を振り返っても当然、誰も見えなかった。


++++++


やがて関所が見えて来た。
王都を護るため、様々な設備がある頑強な砦。
城はもう、遥か後方だ。
遠くからでもよく見える巨大な砦と門。
それを見て、2人は違和感を覚える。

関所が無理矢理突破されたような様子が見受けられないのだ。
その頑強な門はきっちりと閉じられていて、無理矢理こじ開けられたような形跡も争いがあったような形跡も無い。
ただ、この砦には常に数十人の見張りの兵が配置されている筈なのに、1人も居ないようだった。
一体どう言う事なのか。
あの国籍不明の軍隊はどこからやって来たのかと、疑問に思ったルミザが首を傾げた瞬間。


「おい、あれはまさか……!」
「! しまった…!」


敵兵に見つかってしまう。
ここは市街地、下手に戦えば民を巻き込む事になりかねない。
更に高い位置にある城から見下ろされるので、騒ぎに気付かれれば城から増援が来てしまう可能性もある。
エリウッドは馬の手綱を握り直すと、しっかり掴まって下さい、とルミザに注意を促し一気にスピードを上げた。
敵兵が続々と追い掛けて来る。


「ラエティアの第4王女が見つかっただと!?」
「あぁ、間違いない。確かにルミザ王女だ」
「あの娘は生け捕りにせよとの命令だ。行くぞ!」


ルミザとエリウッドは必死で逃げるが、ある問題が近付いていた。
関所の門は、扉がきっちりと閉められている。
砦の壁にそのまま取り付けられた扉で、余りに巨大な為に突っ込んでも開く事は無いだろう。
このままでは追い付かれるのも時間の問題だ。
後ろからは敵兵が追って来る。
悠長に門を開く暇なんて無いし引き返す事も出来る訳が無い。
もうこれまでかと思い、エリウッドがルミザだけでも逃がす事が出来ないかと思案した瞬間。


「エリウッド、見て!」
「!? 門が…」


門が突然、開き出した。
馬1、2頭が通れそうなだけ開いて止まる。
エリウッドが一気にスパートをかけて門をくぐり抜けると、誰かが操作しているのだろう、ルミザ達が門を抜けた瞬間に扉が閉まり出した。

一体どうして? とルミザは気になり、振り返って砦を見上げる。
人気の無い砦は、もう扉が閉まり切っていた。
誰も居ないのではなかったのかと、砦の上方にある幾つかの窓に注目する。

ふと、1つの窓に人影が見えた。
巨大な砦、遥か上方の窓なので、ただ人が居ると言う漠然とした事しか分からないのだが……。
確かにこちらを見ている。あの人が門を開けてくれたのだろうか?
確かめる事など出来る訳が無く馬は走り続け、どんどん遠ざかってやがて見えなくなってしまった。
あれが誰か、知る事は出来るのだろうか?


馬は構わず、走り続ける。

目指すは、虹の巫女。


++++++


「ルミザ……。上手く逃げる事が出来たか」


砦の中、遥か高い位置にある窓からルミザを見ていたのは、男。
蒼い髪を鉢巻で纏めた不機嫌な表情……いや、無愛想なだけだろう。
その男の周りには、この砦に駐留していたラエティア兵の死体がある。
ここだけではない。関所であるこの砦に駐留していた兵達は全て殺した。

あの軍をラエティア王都に侵入させる為に。
そしてルミザをラエティア王都から逃がす為に。

ルミザの為なら、ルミザを手に入れる為なら、こんな事だって躊躇う事無く出来る。


「お前が虹の巫女全員に会い、全ての“マテリア”を手に入れる事が出来れば、お前を俺のものにし易くなる訳だ」


男は、もう遠ざかって見えなくなったルミザの方を見ながら、1人呟く。


「ルミザ、早く邪神を倒せる力を手に入れろ。それが出来るのは、お前ただ1人だけだからな」


邪神を倒す事の出来る力を求め、ルミザはラエティア王都を脱出して虹の巫女の元へ向かう。
それが吉と出るか凶と出るかは、まだ、誰にも分からない。





−続く−



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